■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
自分の国ではなく隣の国という点を割り引いても、かなりの大きな規模の経済の高度成長期を見込めるのですから、需要を取り込むことができれば、日本経済に大きなプラスとなることは間違いないでしょう。何しろ、人口が日本の10倍、アメリカの4倍ありますから、中国が高度成長期をむかえたとするならば、その経済・社会的なインパクトは想像するに余りあります。
これまでは世界の工場として、輸出を最大のドライバーとしてきましたが、リーマンショック以降は積極的な公共投資に主導された内需が需要を引っ張るようになってきています。ベストシナリオとしては、今後この流れが続き、中流階層の厚みが都市部から内陸部に広がり、消費の拡大が経済のドライバーとなって行くことです。そこでは、保守的で、経済的自由、政治的自由に重きをおく中流階級が育っていくことで、政治的にもより穏健になり安定していくことでしょう。
前回、2000年以降、リーマンショック以前の世界景気の上昇回復局面では、アメリカの消費ブームがけん引役でした。日本企業もアメリカ向けの輸出を拡大しましたが、中国はアメリカ向けの消費財の生産で世界の製造拠点としての地位を確立しました。この流れでは、日本企業は中国向けの生産財や部品の製造で間接的に恩恵を受けました。
今度の隣国の高度成長シナリオでも、日本からの工場設備などの資本財や消費財の輸出が期待できるでしょう。中国向けの資本財の輸出は、これまでも日本からの輸出の主役でしたが、これまでは中国からの輸出基地を作るために必要であったのに対して、今後は、中国のインフラ投資や内需を満たすための工場向けということになります。具体的にいうと、かつて日本で一世を風靡した総合電機のような企業群が恩恵を受けそうな気がします。
消費財も、今回は中国の消費者が直接のターゲットです。消費財業界で、中国ビジネスが話題にならない業界のほうが少ないぐらいの状況ですが、日本企業としては、汎用の消費財は中国企業にまかせ、付加価値の高く日本製ということで高く売れるものを伸ばしたいところです。たとえば、すでにブランドの確立した、カメラや電気製品の一部などは確実にシェアをとっていくでしょう。また、一部の化粧品やトイレタリーのメーカーにも、非常に上手く中国でのブランドを立ち上げたところが見受けられます。
サービス業であれば、リッチになった中国人旅行客を相手にして、立地を生かした観光業にも期待が持てます。ここが伸びれば、落ち込みが厳しい地方経済の浮揚効果も期待できることになります。他の経路はどうしても、大企業・製造業から恩恵が及ぶことになりますが、観光であれば地方の中小・サービス業にも直にお金が落ちることになりますので、政府としても産業政策上、力を入れたいところです。
中国に、70年代の日本のような高度成長期が実現すれば、日本全体にも恩恵は及びます。 観光を除けば、インフラ整備だとか製造設備に競争力を持つ企業や、中国人が欲しがる消費財を作れる製造業が真っ先に、売上増という形で利益に与り、それが経済全般に波及していくことになるでしょう。
上手く高付加価値品の輸出に特化できれば良いのですが、中国企業は力をつけ、韓国や欧米企業も強力ですから、価格競争を免れるわけではいきません。コストを抑えるため、工場や雇用は日本国内に留まらない可能性も高いと思われます。その場合は、企業収益は回復しても、雇用や賃金の本格的な回復は難しいということになるでしょう。派遣労働や非正規雇用も、雇用数はもちろん増えるでしょうが、爆発的に増えたり、待遇改善とまでは行かないのではないかと思われます。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 山崎元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
ファイナンシャル・プランニングの世界に「72の法則」と呼ばれる、複利運用で試算を倍にするまでにかかる年数の計算方法があります。利回り(%)で72を割り算すると、元本が2倍になるまでの概略の年数が求められるというものです。中国のGDPは今年日本を追い越すことが確実視されていますが、当面の成長の巡航速度は年率8%と言われています。これを、72の法則に当てはめると、72÷8=9ですから、9年後の中国のGDPは日本の2倍であり、これは、日本の隣に、もう一つ日本と同じ大きさの経済圏が出来るということを意味します。
中国経済は、為替レートを自由に変動させていないせいで、国内に為替介入に伴う資金があふれて資産価格がバブル化しやすい弱点があり、バブルが崩壊した場合に国内の不良債権問題が深刻化するリスクを常に孕んでいますが、一人っ子政策の影響で将来労働人口の伸びが鈍化する問題がありますが、当面は、内陸部から沿岸部への人口移動による社会的な労働力供給もあり、高い実質成長率を維持できる公算が大きいように思われます。
中国の物質的な生産力と経済規模が拡大することは、日本人及び日本の経済にとっては、大いにプラスだと考えていいでしょう。簡単に言えば、日本の消費者は日本の生産物と中国の生産物を比較して有利な(安価又は価格に対して高品質な)商品を買うことが出来るようになりますし、日本の生産者もごく近隣に成長性のある大きなマーケットを持つことになります。日本国民の生活レベルは、中国が成長しない場合よりも、成長する場合の方が、より大きく改善されるはずです。大まかには、日本国民のどの層も中国の発展のメリットを享受するというのが、基本です。これに反対するには、貿易が取引当事者双方にメリットをもたらすことを否定するくらいの、とんでもない立論が必要でしょう。
但し、一般論としては素晴らしい自由貿易にも、個別には反対する業界があり、人がいるように、たとえば、中国の生産者と競合する日本の生産者について考える必要があります。
たとえば、かつて、米国のゼネラル・エレクトリック社は、日本の安価で高品質なエレクトロニクス製品との競合を避けて、医療用機器のような高付加価値で競争力を持てる分野に経営資源を配分し、日本のメーカーと競合するビジネス分野の多くを止めるなり事業売却するなりして整理しましたが、中国と主にアジアの新興国のメーカとの競合を考えた場合、今度は日本の電気メーカーが同様の事業ポートフォリオの再構築を迫られるでしょう。電気製品以外にも、貿易が可能な製品を作る産業は、中国をはじめとする新興国の生産者との競合について考える必要があるでしょう。
ただ、日本の企業がこれまでのような製品をこれまでのように日本国内で製造することに固執した場合には、経営が立ちゆかなくなるケースが出てくるでしょうが、中国との関係でいうと、製品を中国にも売り、その方が効率がいいと分かれば中国に生産も移すといった形で、企業の形態を変えながら、利益を成長させることが出来るケースは少なくないはずです。
企業なり、企業の資本を所有する投資家は中国の発展がもたらす変化に対応することが出来るはずですが、日本国内で中国と競合する製品を作る労働者は貿易や海外直接投資を通じて賃金に関して裁定が働くことで賃金の圧迫を受ける公算が大きいでしょうし、職を失う可能性もあります。今後は、いわゆるホワイトカラーも含めて、自分の労働が中国の労働者と実質的に競合しているか否かを考えて、キャリア形成の戦略を考える必要があるでしょう。
また、仮に20年後に中国が日本の4倍の経済規模を持つと仮定すると、ビジネスや生活にあって、中国の人々の影響を今とは比較にならないくらい強く受ける可能性があります。家主や勤務先の企業のオーナーが中国人というケースも増えるでしょうし、日本への観光客もビジネスでの来訪者も増えるでしょうから、日本人が中国の言語や文化に対応することの重要性が増すことは間違いないでしょう。さすがに中国が日本語に取って代わるようなことはないでしょうが、日本人ビジネスマンにとって、現在の英語くらい中国語が重要になっている可能性はあります。
こうした変化は、貿易や相互の海外投資のメリットと共に生じるものなので、何れかの階層の「損」として認識すべきものではありませんが、日本国内でもビジネス上重要な競争条件になりそうです。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )
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■ 金井伸郎:外資系運用会社 企画・営業部門勤務
中国が名目上のGDP規模でも日本を上回る成長を遂げ、わが国の隣国に「2番目」の規模を持つ経済地域が出現したことは、日本の経済にとっての脅威としてではなく、巨大市場の出現による大きな成長機会を得たと受け止めるべきでしょう。実際、中国はこれまでの経済成長の過程で、海外の企業に多くのビジネス機会を提供してきたことも事実です。中国は現在ではドイツを追い越し、世界最大の輸出額を誇りますが、その過程では輸出産業強化のために税制優遇などによって外資系企業を積極的に誘致してきました。そのため、2008年の輸出額で見ても55.4%が外資系企業によるものとなっています。
この背景には、中国は市場経済の導入に当たって漸進的なアプローチを採用すると同時に、積極的に海外からの資本とノウハウの導入に取り組んできた経緯があります。漸進的な経済改革によって、内需関連の分野などでは国営企業を中心とした非効率な産業を温存しながら、豊富な労働力を活かした製造業など外需の分野では、積極的な外資との提携を通じて「世界の工場」としての地位を確立してきました。
中国は「世界の工場」として、様々な先進国企業ブランドの製品を先進国市場に供給していますが、そうした競争力も、単に製造コスト面での優位性だけではなくなっています。アップル社のアイフォンやソニーPSPなどの美しいデザインは、コンシュマー・プロダクツとしては最高水準の加工技術によるものです。残念ながら、こうした高品質の筐体を実現する、精密な金型加工などの技術も、もはや日本企業独自のお家芸とは言えません。例えば鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)などの台湾企業は、台湾国内の工場では熟練した職人により技能の向上に取り組み、自社で確立した高い加工技術を中国国内の製造拠点に移植し量産する体制を築いています。中国経済は、台湾企業や香港企業などの持つ技術やノウハウも取り込みながら、より大きな中国圏経済として成長している側面があります。
従って、日本企業が国内で「ものづくり」の技術を極め、海外の製造拠点に移植するというモデルも簡単には通じなくなっているといえます。実際、日本の製造業が、自らがこだわる「ものづくり」の技術の国外流出に対する警戒感を捨て切れない中で、最先端の加工技術を要する分野での優位さえ失っているのが実情です。
一方で、最近の中国の輸出動向に見られる変化にも、注意する必要があります。特に、中国からの輸出額に占める新興国向けのシェアが先進国向けを上回るようになってきた点は重要です。新興国向けの輸出では、機能を絞り込んだ商品を低価格で提供することに強みを持つ中国国内企業が台頭してきた結果、主に先進国向けの高付加価値品を手掛ける外資系企業の輸出額に占めるシェアは低下基調にあります。
新興国の中でも発展途上の市場、例えばアフリカなども有望な成長市場とされていますが、先進国企業にとって、こうした市場で中国企業と正面から競争するのは、なかなか厳しい状況です。中国よりも低コストの生産拠点を活用した世界戦略も必要となりますが、自動車産業などでインドでのビジネスが重視される背景には、販売市場としての将来性と同時に、生産拠点としての可能性も注目されるためでしょう。スズキなど、インドで製造も手掛けるメーカにとっての強みと言えるかもしれません。
むしろ、先進国企業にとってのビジネス機会としては、中国の内需をいかに捉えるかが重要になっています。特に、個人消費関連などでは、中国社会の都市化が大きなビジネス機会を提供しています。これは、2007年以降、中国への海外からの直接投資についても、案件数では、第三次産業が製造業を上回っていることにも表れています。
中国は新興国の中では比較的、流通部門などの分野でも外資に対して開放的な政策を採っており、これまでも仏カルフール、米ウォルマート、英テスコなど外資系大手小売業が進出しています。都市化に伴い需要が拡大している外食産業では、ケンタッキー・フライドチキンなど既に約3千店舗を中国で展開する米ヤム!・ブランズなどをはじめ、グローバルなファースト・フード・チェーンの躍進は目覚ましいものがあります。
先進国の外食やアパレル関連の企業の多くは、中国を製品のグローバルな供給拠点として位置付けています。ブランド力やマーケティングのノウハウに加えて、こうした中国国内で確立した調達・物流の体制面も活用することで、中国でのビジネスを優位に展開しています。日本企業も、サイゼリアなどのきめ細かな店舗運営ノウハウなどを武器に進出を図っています。
今後は、中国国内での旺盛な起業意欲や資本の蓄積などを背景に、フランチャイズの活用が今後の事業展開では重要な要素となると考えられます。セブン・イレブンなどのコンビニ業者にも、フランチャイズを活用した積極的な店舗展開に踏み切る動きが見られます。こうしたフランチャイズ・ビジネスでは、本部と加盟店(フランチャイジー)との持続的な共存関係を維持するモデルが重要となるでしょう。コンビニ業界での本部と加盟店の関係は良好と言い難く、加盟店が大きく不満を抱えるモデルがそのまま海外で通用するのかは疑問です。
個人消費関連の分野は、現地の消費者に日本企業のブランドをどのように訴求するかが課題であり、強力なグローバルなブランド企業との競合というハードルもあります。家具・インテリアの分野で急速にグローバル展開を進めるIKEAは、中国でも大規模店舗の展開を積極化しており、5月に開業する瀋陽のストアが中国では8店舗目の進出となります。IKEAの展開する巨大店舗は、圧倒的な規模、豊富な品ぞろえ、質の高いデザイン、低価格で日本でも話題となっています。一方で、家具のサイズ設定などが大きく、日本の住宅事情に合わない、などの不満も聞こえます。同様な住宅事情を抱えるアジア市場では、そうした事情に対応した日本企業にもビジネスチャンスはありそうです。良品計画は、香港市場での消費者の支持を受けて、中国本土でも「無印良品」を16店舗展開しています。中国本土での売り上げの寄与は2010年度の計画でも3%程度に留まる見込みですが、中国を製品供給拠点として整備するとともに、中国で成功モデルを確立しアジアへの展開を目指している、とのこと
です。
以上のように、中国の経済発展は、多くの先進国企業、特に日本企業にとっても多様な収益機会を提供することが期待されます。一方で、どのような層が恩恵を享受し、どのような層が不利益を被るか、という問題は複雑です。企業活動は、最終的には株主への利益の還元を目指すものですから、日本企業の株式を保有する株主には少なくとも利益が及ぶと考える合理性はあります。ただし、日本国内での雇用機会などに直接結び付く分野は限られている、というのが実情ではないでしょうか。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 津田栄:経済評論家
先月からテレビで話題になっていました上海万博が開催され、人々がパビリオンに殺到し並んでいる状況は、1970年の大阪万博が連想されます。それは、GDPで万博前後に世界第2位の経済大国になる一方、一人当たりGDPで見ても、70年ごろの日本が3000ドル程度に対して、今の中国は約3500ドルと同じ状経済況にある点でも似ています。そして、上海万博に見られるエネルギーは、大阪万博と同様、中国が高い経済成長を遂げ、今後も明るい未来を目指していることを感じさせます。
確かに、今の中国には勢いがあります。中国は、08年秋の世界金融・経済危機をいち早く乗り越え、世界経済のリードの一翼を担ったという自負があります。そして、中国は、08年の北京オリンピック、09年の建国60周年に続き、今年の上海万博を、新興国から経済大国への変貌を世界に示す大イベントの総仕上げと位置づけています。しかも、上海万博は、外に向けるだけでなく、内に向けても将来への発展と自信を見せる場となっており、それが「より良い都市、より良い生活」というテーマに表れています。
一方、日本は、世界的な金融・経済危機で、大きな痛手を経済的に受けました。それは、以前も書きましたが、相対的な円安水準のなか、高い技術力のもとで欧米向けの高機能・高価格の製品を輸出して成長していくという日本の経済モデルが、今回の危機で欧米の経済が低成長に屈折したために機能しなくなり、輸出が大きく落ち込んでしまったからです。しかも、欧米の失速が為替にまで影響し、想定以上の円高が進行したために、輸出企業の業績が大幅に悪化し、貿易収支も一時赤字になるなど、もっとも大きな経済的打撃を蒙ったといえましょう。
しかし、ここにきて、生産、輸出も改善してきています。それは、この危機をいち早く乗り越え、景気回復を遂げている中国、インドなどのアジア向けの輸出が回復してきているからです。もちろん、金融・経済危機も一応の落ち着きを見せ、景気対策もあって、アメリカ向けの輸出も回復の兆しは見られますが、09年度の貿易額(輸出+輸入)で対アジアの割合が、全体の50.2%となり、対アメリカの13.2%、対EUの11.2%をはるかに上回っているように、アジアの存在感は大きくなっています。その中でも中国が大きな比重を占めています。
この流れは、今後も大きく変わらないのではないかと思います。4月21日発表のIMFの2010、11年の世界経済見通しでも、アメリカの2~3%前後、ユーロ圏の1%台の成長に比べて中国の10%前後、インドの8%台の成長と、世界経済の牽引車が、欧米から中印を中心とするアジアにシフトしていることが伺えます。こうした状況を見ると、日本の貿易も一段とアジアのウェイトが増していくことが予想されます。そして、その中でも高い成長が予想される中国向けがますます伸びていくと見られます。
こうした中で、中国の経済発展に合わせて、日本のなかで利益を享受できる層ですが、まず輸出が伸びている分野の企業でしょう。中国の経済成長に合わせて、自動車の輸送機械や産業機械などの機械類、電子部品を中心とした部品関係の輸出が伸びています。そうした企業は当面中国の成長の恩恵を受けることになります。また、日本で大阪万博を機に消費社会が広がったように、上海万博のテーマの「より良い生活」に向けて今後国民の消費が増えることが予想されます。それは、中国政府が労働者の賃金の引き上げを容認し、個人消費を伸ばして投資・輸出依存型から消費・内需主導型へと経済構造を変えていこうとする政策にも合致しています。その結果、日本にまだ優位なファッションや化粧品、アニメ、コンビニなどの企業は利益を受けることになりましょう。
一方、日本のなかで不利益を被る層は、中国国内の企業が、低賃金とIT技術、日本などからの製造設備の利用により、日本製品に技術的にキャッチアップし、低価格で生産する体制を整えているなかで、まず欧米向けの高機能・高価格製品の生産輸出が中心であった家電などの企業といえましょう。それは、中国では低価格の汎用品が中心であり、そうした製品での販売では苦戦を強いられ、収益的にも厳しくなる一方、高機能・高価格製品の販売はそこそこあっても収益への貢献は大きくないといえるからです。しかも中国などの企業の家電技術が伸びてきて、そういった品質の差は縮まってきています。それが、価格が安いのに品質の差がほとんどない家電を中国などの企業が日本へ輸出攻勢をかけ、ますます競争が激しくなり、日本の企業が収益的に厳しくなって不利益につながっていくことが予想されます。
しかし、こうした動きは、家電だけではありません。先ほど、利益を享受する層としての自動車や機械、部品などの輸出企業も、今は良くても、いずれ中国の国内企業が技術的に追い付いてくることになれば、競争激化で、収益的に厳しくなる時が来るのではないでしょうか。また優位にあるファッション、化粧品、アニメ、コンビニなども、中国の企業が参入してくることが予想され、その優位性を失っていくかもしれません。そうした中で、企業は、競争力を維持するために、中国やそれ以上の低賃金のアジア諸国へ生産拠点を移転して、収益確保に動くことになりましょう。
その結果として、日本の企業の従業員は、中国などとの競争から賃金の伸び悩みが続き、雇用情勢も弱含みが続くことになって、不利益を被ることになります。それも賃金などでの競争条件がイコールになるまで、長期にわたることになりましょう。それは、国内の個人消費の伸び悩みとなって内需型産業も低価格志向を強めざるを得ず、それが収益的に厳しくし、所得・雇用環境の悪化につながるというようにスパイラル的に物価下落、景気低迷が続くデフレ経済構造が定着し、容易にそこから抜けられないことになって、国民全体が景気回復感のないデフレ状況から長期的な閉塞感を感じることになりましょう(もちろん、中国などからの低価格の製品を買うことでメリットもあるともいえましょうが、所得が増えないなかでは景気回復の実感はありません)。つまり、かつて日本が成長し欧米に追い付いた時、経済的な低迷に陥った欧米の状況を今度日本が経験することになりましょう。結局、日本の国民が、中国の発展
の陰に不利益を受けることになるのかもしれません。
最後に、万博を開いた後で、経済大国としての行動を求められると同時に、往々にして、その後社会的に大きく変化してきます。それは、中国元の切り上げ問題であり、経済的に消費大国になると消費者の自由な意見が定着することによって、政治的自由の容認問題です。中国元の切り上げは緩やかに行う限り問題は小さいと思いますが、大幅であれば農村と都市部の貧富の格差など経済的なひずみのあるなかで、問題は大きくなるかもしれません。また、中国は経済的自由を認めながら政治的自由を制限していますが、経済的に充足して政治的な自由を求めてきたときには、政治的な混乱が起きるかもしれません。そうなったときには中国の高い成長は難しくなるかもしれません。そうした時の利益、不利益の状況は予想がつきません。
経済評論家:津田栄
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JMM [Japan Mail Media] No.583 Monday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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自分の国ではなく隣の国という点を割り引いても、かなりの大きな規模の経済の高度成長期を見込めるのですから、需要を取り込むことができれば、日本経済に大きなプラスとなることは間違いないでしょう。何しろ、人口が日本の10倍、アメリカの4倍ありますから、中国が高度成長期をむかえたとするならば、その経済・社会的なインパクトは想像するに余りあります。
これまでは世界の工場として、輸出を最大のドライバーとしてきましたが、リーマンショック以降は積極的な公共投資に主導された内需が需要を引っ張るようになってきています。ベストシナリオとしては、今後この流れが続き、中流階層の厚みが都市部から内陸部に広がり、消費の拡大が経済のドライバーとなって行くことです。そこでは、保守的で、経済的自由、政治的自由に重きをおく中流階級が育っていくことで、政治的にもより穏健になり安定していくことでしょう。
前回、2000年以降、リーマンショック以前の世界景気の上昇回復局面では、アメリカの消費ブームがけん引役でした。日本企業もアメリカ向けの輸出を拡大しましたが、中国はアメリカ向けの消費財の生産で世界の製造拠点としての地位を確立しました。この流れでは、日本企業は中国向けの生産財や部品の製造で間接的に恩恵を受けました。
今度の隣国の高度成長シナリオでも、日本からの工場設備などの資本財や消費財の輸出が期待できるでしょう。中国向けの資本財の輸出は、これまでも日本からの輸出の主役でしたが、これまでは中国からの輸出基地を作るために必要であったのに対して、今後は、中国のインフラ投資や内需を満たすための工場向けということになります。具体的にいうと、かつて日本で一世を風靡した総合電機のような企業群が恩恵を受けそうな気がします。
消費財も、今回は中国の消費者が直接のターゲットです。消費財業界で、中国ビジネスが話題にならない業界のほうが少ないぐらいの状況ですが、日本企業としては、汎用の消費財は中国企業にまかせ、付加価値の高く日本製ということで高く売れるものを伸ばしたいところです。たとえば、すでにブランドの確立した、カメラや電気製品の一部などは確実にシェアをとっていくでしょう。また、一部の化粧品やトイレタリーのメーカーにも、非常に上手く中国でのブランドを立ち上げたところが見受けられます。
サービス業であれば、リッチになった中国人旅行客を相手にして、立地を生かした観光業にも期待が持てます。ここが伸びれば、落ち込みが厳しい地方経済の浮揚効果も期待できることになります。他の経路はどうしても、大企業・製造業から恩恵が及ぶことになりますが、観光であれば地方の中小・サービス業にも直にお金が落ちることになりますので、政府としても産業政策上、力を入れたいところです。
中国に、70年代の日本のような高度成長期が実現すれば、日本全体にも恩恵は及びます。 観光を除けば、インフラ整備だとか製造設備に競争力を持つ企業や、中国人が欲しがる消費財を作れる製造業が真っ先に、売上増という形で利益に与り、それが経済全般に波及していくことになるでしょう。
上手く高付加価値品の輸出に特化できれば良いのですが、中国企業は力をつけ、韓国や欧米企業も強力ですから、価格競争を免れるわけではいきません。コストを抑えるため、工場や雇用は日本国内に留まらない可能性も高いと思われます。その場合は、企業収益は回復しても、雇用や賃金の本格的な回復は難しいということになるでしょう。派遣労働や非正規雇用も、雇用数はもちろん増えるでしょうが、爆発的に増えたり、待遇改善とまでは行かないのではないかと思われます。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 山崎元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
ファイナンシャル・プランニングの世界に「72の法則」と呼ばれる、複利運用で試算を倍にするまでにかかる年数の計算方法があります。利回り(%)で72を割り算すると、元本が2倍になるまでの概略の年数が求められるというものです。中国のGDPは今年日本を追い越すことが確実視されていますが、当面の成長の巡航速度は年率8%と言われています。これを、72の法則に当てはめると、72÷8=9ですから、9年後の中国のGDPは日本の2倍であり、これは、日本の隣に、もう一つ日本と同じ大きさの経済圏が出来るということを意味します。
中国経済は、為替レートを自由に変動させていないせいで、国内に為替介入に伴う資金があふれて資産価格がバブル化しやすい弱点があり、バブルが崩壊した場合に国内の不良債権問題が深刻化するリスクを常に孕んでいますが、一人っ子政策の影響で将来労働人口の伸びが鈍化する問題がありますが、当面は、内陸部から沿岸部への人口移動による社会的な労働力供給もあり、高い実質成長率を維持できる公算が大きいように思われます。
中国の物質的な生産力と経済規模が拡大することは、日本人及び日本の経済にとっては、大いにプラスだと考えていいでしょう。簡単に言えば、日本の消費者は日本の生産物と中国の生産物を比較して有利な(安価又は価格に対して高品質な)商品を買うことが出来るようになりますし、日本の生産者もごく近隣に成長性のある大きなマーケットを持つことになります。日本国民の生活レベルは、中国が成長しない場合よりも、成長する場合の方が、より大きく改善されるはずです。大まかには、日本国民のどの層も中国の発展のメリットを享受するというのが、基本です。これに反対するには、貿易が取引当事者双方にメリットをもたらすことを否定するくらいの、とんでもない立論が必要でしょう。
但し、一般論としては素晴らしい自由貿易にも、個別には反対する業界があり、人がいるように、たとえば、中国の生産者と競合する日本の生産者について考える必要があります。
たとえば、かつて、米国のゼネラル・エレクトリック社は、日本の安価で高品質なエレクトロニクス製品との競合を避けて、医療用機器のような高付加価値で競争力を持てる分野に経営資源を配分し、日本のメーカーと競合するビジネス分野の多くを止めるなり事業売却するなりして整理しましたが、中国と主にアジアの新興国のメーカとの競合を考えた場合、今度は日本の電気メーカーが同様の事業ポートフォリオの再構築を迫られるでしょう。電気製品以外にも、貿易が可能な製品を作る産業は、中国をはじめとする新興国の生産者との競合について考える必要があるでしょう。
ただ、日本の企業がこれまでのような製品をこれまでのように日本国内で製造することに固執した場合には、経営が立ちゆかなくなるケースが出てくるでしょうが、中国との関係でいうと、製品を中国にも売り、その方が効率がいいと分かれば中国に生産も移すといった形で、企業の形態を変えながら、利益を成長させることが出来るケースは少なくないはずです。
企業なり、企業の資本を所有する投資家は中国の発展がもたらす変化に対応することが出来るはずですが、日本国内で中国と競合する製品を作る労働者は貿易や海外直接投資を通じて賃金に関して裁定が働くことで賃金の圧迫を受ける公算が大きいでしょうし、職を失う可能性もあります。今後は、いわゆるホワイトカラーも含めて、自分の労働が中国の労働者と実質的に競合しているか否かを考えて、キャリア形成の戦略を考える必要があるでしょう。
また、仮に20年後に中国が日本の4倍の経済規模を持つと仮定すると、ビジネスや生活にあって、中国の人々の影響を今とは比較にならないくらい強く受ける可能性があります。家主や勤務先の企業のオーナーが中国人というケースも増えるでしょうし、日本への観光客もビジネスでの来訪者も増えるでしょうから、日本人が中国の言語や文化に対応することの重要性が増すことは間違いないでしょう。さすがに中国が日本語に取って代わるようなことはないでしょうが、日本人ビジネスマンにとって、現在の英語くらい中国語が重要になっている可能性はあります。
こうした変化は、貿易や相互の海外投資のメリットと共に生じるものなので、何れかの階層の「損」として認識すべきものではありませんが、日本国内でもビジネス上重要な競争条件になりそうです。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )
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■ 金井伸郎:外資系運用会社 企画・営業部門勤務
中国が名目上のGDP規模でも日本を上回る成長を遂げ、わが国の隣国に「2番目」の規模を持つ経済地域が出現したことは、日本の経済にとっての脅威としてではなく、巨大市場の出現による大きな成長機会を得たと受け止めるべきでしょう。実際、中国はこれまでの経済成長の過程で、海外の企業に多くのビジネス機会を提供してきたことも事実です。中国は現在ではドイツを追い越し、世界最大の輸出額を誇りますが、その過程では輸出産業強化のために税制優遇などによって外資系企業を積極的に誘致してきました。そのため、2008年の輸出額で見ても55.4%が外資系企業によるものとなっています。
この背景には、中国は市場経済の導入に当たって漸進的なアプローチを採用すると同時に、積極的に海外からの資本とノウハウの導入に取り組んできた経緯があります。漸進的な経済改革によって、内需関連の分野などでは国営企業を中心とした非効率な産業を温存しながら、豊富な労働力を活かした製造業など外需の分野では、積極的な外資との提携を通じて「世界の工場」としての地位を確立してきました。
中国は「世界の工場」として、様々な先進国企業ブランドの製品を先進国市場に供給していますが、そうした競争力も、単に製造コスト面での優位性だけではなくなっています。アップル社のアイフォンやソニーPSPなどの美しいデザインは、コンシュマー・プロダクツとしては最高水準の加工技術によるものです。残念ながら、こうした高品質の筐体を実現する、精密な金型加工などの技術も、もはや日本企業独自のお家芸とは言えません。例えば鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)などの台湾企業は、台湾国内の工場では熟練した職人により技能の向上に取り組み、自社で確立した高い加工技術を中国国内の製造拠点に移植し量産する体制を築いています。中国経済は、台湾企業や香港企業などの持つ技術やノウハウも取り込みながら、より大きな中国圏経済として成長している側面があります。
従って、日本企業が国内で「ものづくり」の技術を極め、海外の製造拠点に移植するというモデルも簡単には通じなくなっているといえます。実際、日本の製造業が、自らがこだわる「ものづくり」の技術の国外流出に対する警戒感を捨て切れない中で、最先端の加工技術を要する分野での優位さえ失っているのが実情です。
一方で、最近の中国の輸出動向に見られる変化にも、注意する必要があります。特に、中国からの輸出額に占める新興国向けのシェアが先進国向けを上回るようになってきた点は重要です。新興国向けの輸出では、機能を絞り込んだ商品を低価格で提供することに強みを持つ中国国内企業が台頭してきた結果、主に先進国向けの高付加価値品を手掛ける外資系企業の輸出額に占めるシェアは低下基調にあります。
新興国の中でも発展途上の市場、例えばアフリカなども有望な成長市場とされていますが、先進国企業にとって、こうした市場で中国企業と正面から競争するのは、なかなか厳しい状況です。中国よりも低コストの生産拠点を活用した世界戦略も必要となりますが、自動車産業などでインドでのビジネスが重視される背景には、販売市場としての将来性と同時に、生産拠点としての可能性も注目されるためでしょう。スズキなど、インドで製造も手掛けるメーカにとっての強みと言えるかもしれません。
むしろ、先進国企業にとってのビジネス機会としては、中国の内需をいかに捉えるかが重要になっています。特に、個人消費関連などでは、中国社会の都市化が大きなビジネス機会を提供しています。これは、2007年以降、中国への海外からの直接投資についても、案件数では、第三次産業が製造業を上回っていることにも表れています。
中国は新興国の中では比較的、流通部門などの分野でも外資に対して開放的な政策を採っており、これまでも仏カルフール、米ウォルマート、英テスコなど外資系大手小売業が進出しています。都市化に伴い需要が拡大している外食産業では、ケンタッキー・フライドチキンなど既に約3千店舗を中国で展開する米ヤム!・ブランズなどをはじめ、グローバルなファースト・フード・チェーンの躍進は目覚ましいものがあります。
先進国の外食やアパレル関連の企業の多くは、中国を製品のグローバルな供給拠点として位置付けています。ブランド力やマーケティングのノウハウに加えて、こうした中国国内で確立した調達・物流の体制面も活用することで、中国でのビジネスを優位に展開しています。日本企業も、サイゼリアなどのきめ細かな店舗運営ノウハウなどを武器に進出を図っています。
今後は、中国国内での旺盛な起業意欲や資本の蓄積などを背景に、フランチャイズの活用が今後の事業展開では重要な要素となると考えられます。セブン・イレブンなどのコンビニ業者にも、フランチャイズを活用した積極的な店舗展開に踏み切る動きが見られます。こうしたフランチャイズ・ビジネスでは、本部と加盟店(フランチャイジー)との持続的な共存関係を維持するモデルが重要となるでしょう。コンビニ業界での本部と加盟店の関係は良好と言い難く、加盟店が大きく不満を抱えるモデルがそのまま海外で通用するのかは疑問です。
個人消費関連の分野は、現地の消費者に日本企業のブランドをどのように訴求するかが課題であり、強力なグローバルなブランド企業との競合というハードルもあります。家具・インテリアの分野で急速にグローバル展開を進めるIKEAは、中国でも大規模店舗の展開を積極化しており、5月に開業する瀋陽のストアが中国では8店舗目の進出となります。IKEAの展開する巨大店舗は、圧倒的な規模、豊富な品ぞろえ、質の高いデザイン、低価格で日本でも話題となっています。一方で、家具のサイズ設定などが大きく、日本の住宅事情に合わない、などの不満も聞こえます。同様な住宅事情を抱えるアジア市場では、そうした事情に対応した日本企業にもビジネスチャンスはありそうです。良品計画は、香港市場での消費者の支持を受けて、中国本土でも「無印良品」を16店舗展開しています。中国本土での売り上げの寄与は2010年度の計画でも3%程度に留まる見込みですが、中国を製品供給拠点として整備するとともに、中国で成功モデルを確立しアジアへの展開を目指している、とのこと
です。
以上のように、中国の経済発展は、多くの先進国企業、特に日本企業にとっても多様な収益機会を提供することが期待されます。一方で、どのような層が恩恵を享受し、どのような層が不利益を被るか、という問題は複雑です。企業活動は、最終的には株主への利益の還元を目指すものですから、日本企業の株式を保有する株主には少なくとも利益が及ぶと考える合理性はあります。ただし、日本国内での雇用機会などに直接結び付く分野は限られている、というのが実情ではないでしょうか。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 津田栄:経済評論家
先月からテレビで話題になっていました上海万博が開催され、人々がパビリオンに殺到し並んでいる状況は、1970年の大阪万博が連想されます。それは、GDPで万博前後に世界第2位の経済大国になる一方、一人当たりGDPで見ても、70年ごろの日本が3000ドル程度に対して、今の中国は約3500ドルと同じ状経済況にある点でも似ています。そして、上海万博に見られるエネルギーは、大阪万博と同様、中国が高い経済成長を遂げ、今後も明るい未来を目指していることを感じさせます。
確かに、今の中国には勢いがあります。中国は、08年秋の世界金融・経済危機をいち早く乗り越え、世界経済のリードの一翼を担ったという自負があります。そして、中国は、08年の北京オリンピック、09年の建国60周年に続き、今年の上海万博を、新興国から経済大国への変貌を世界に示す大イベントの総仕上げと位置づけています。しかも、上海万博は、外に向けるだけでなく、内に向けても将来への発展と自信を見せる場となっており、それが「より良い都市、より良い生活」というテーマに表れています。
一方、日本は、世界的な金融・経済危機で、大きな痛手を経済的に受けました。それは、以前も書きましたが、相対的な円安水準のなか、高い技術力のもとで欧米向けの高機能・高価格の製品を輸出して成長していくという日本の経済モデルが、今回の危機で欧米の経済が低成長に屈折したために機能しなくなり、輸出が大きく落ち込んでしまったからです。しかも、欧米の失速が為替にまで影響し、想定以上の円高が進行したために、輸出企業の業績が大幅に悪化し、貿易収支も一時赤字になるなど、もっとも大きな経済的打撃を蒙ったといえましょう。
しかし、ここにきて、生産、輸出も改善してきています。それは、この危機をいち早く乗り越え、景気回復を遂げている中国、インドなどのアジア向けの輸出が回復してきているからです。もちろん、金融・経済危機も一応の落ち着きを見せ、景気対策もあって、アメリカ向けの輸出も回復の兆しは見られますが、09年度の貿易額(輸出+輸入)で対アジアの割合が、全体の50.2%となり、対アメリカの13.2%、対EUの11.2%をはるかに上回っているように、アジアの存在感は大きくなっています。その中でも中国が大きな比重を占めています。
この流れは、今後も大きく変わらないのではないかと思います。4月21日発表のIMFの2010、11年の世界経済見通しでも、アメリカの2~3%前後、ユーロ圏の1%台の成長に比べて中国の10%前後、インドの8%台の成長と、世界経済の牽引車が、欧米から中印を中心とするアジアにシフトしていることが伺えます。こうした状況を見ると、日本の貿易も一段とアジアのウェイトが増していくことが予想されます。そして、その中でも高い成長が予想される中国向けがますます伸びていくと見られます。
こうした中で、中国の経済発展に合わせて、日本のなかで利益を享受できる層ですが、まず輸出が伸びている分野の企業でしょう。中国の経済成長に合わせて、自動車の輸送機械や産業機械などの機械類、電子部品を中心とした部品関係の輸出が伸びています。そうした企業は当面中国の成長の恩恵を受けることになります。また、日本で大阪万博を機に消費社会が広がったように、上海万博のテーマの「より良い生活」に向けて今後国民の消費が増えることが予想されます。それは、中国政府が労働者の賃金の引き上げを容認し、個人消費を伸ばして投資・輸出依存型から消費・内需主導型へと経済構造を変えていこうとする政策にも合致しています。その結果、日本にまだ優位なファッションや化粧品、アニメ、コンビニなどの企業は利益を受けることになりましょう。
一方、日本のなかで不利益を被る層は、中国国内の企業が、低賃金とIT技術、日本などからの製造設備の利用により、日本製品に技術的にキャッチアップし、低価格で生産する体制を整えているなかで、まず欧米向けの高機能・高価格製品の生産輸出が中心であった家電などの企業といえましょう。それは、中国では低価格の汎用品が中心であり、そうした製品での販売では苦戦を強いられ、収益的にも厳しくなる一方、高機能・高価格製品の販売はそこそこあっても収益への貢献は大きくないといえるからです。しかも中国などの企業の家電技術が伸びてきて、そういった品質の差は縮まってきています。それが、価格が安いのに品質の差がほとんどない家電を中国などの企業が日本へ輸出攻勢をかけ、ますます競争が激しくなり、日本の企業が収益的に厳しくなって不利益につながっていくことが予想されます。
しかし、こうした動きは、家電だけではありません。先ほど、利益を享受する層としての自動車や機械、部品などの輸出企業も、今は良くても、いずれ中国の国内企業が技術的に追い付いてくることになれば、競争激化で、収益的に厳しくなる時が来るのではないでしょうか。また優位にあるファッション、化粧品、アニメ、コンビニなども、中国の企業が参入してくることが予想され、その優位性を失っていくかもしれません。そうした中で、企業は、競争力を維持するために、中国やそれ以上の低賃金のアジア諸国へ生産拠点を移転して、収益確保に動くことになりましょう。
その結果として、日本の企業の従業員は、中国などとの競争から賃金の伸び悩みが続き、雇用情勢も弱含みが続くことになって、不利益を被ることになります。それも賃金などでの競争条件がイコールになるまで、長期にわたることになりましょう。それは、国内の個人消費の伸び悩みとなって内需型産業も低価格志向を強めざるを得ず、それが収益的に厳しくし、所得・雇用環境の悪化につながるというようにスパイラル的に物価下落、景気低迷が続くデフレ経済構造が定着し、容易にそこから抜けられないことになって、国民全体が景気回復感のないデフレ状況から長期的な閉塞感を感じることになりましょう(もちろん、中国などからの低価格の製品を買うことでメリットもあるともいえましょうが、所得が増えないなかでは景気回復の実感はありません)。つまり、かつて日本が成長し欧米に追い付いた時、経済的な低迷に陥った欧米の状況を今度日本が経験することになりましょう。結局、日本の国民が、中国の発展
の陰に不利益を受けることになるのかもしれません。
最後に、万博を開いた後で、経済大国としての行動を求められると同時に、往々にして、その後社会的に大きく変化してきます。それは、中国元の切り上げ問題であり、経済的に消費大国になると消費者の自由な意見が定着することによって、政治的自由の容認問題です。中国元の切り上げは緩やかに行う限り問題は小さいと思いますが、大幅であれば農村と都市部の貧富の格差など経済的なひずみのあるなかで、問題は大きくなるかもしれません。また、中国は経済的自由を認めながら政治的自由を制限していますが、経済的に充足して政治的な自由を求めてきたときには、政治的な混乱が起きるかもしれません。そうなったときには中国の高い成長は難しくなるかもしれません。そうした時の利益、不利益の状況は予想がつきません。
経済評論家:津田栄
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