Ghost Riponの屋形(やかた)さんのサイトより
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<転載開始>

やはり不思議だ。統一教会こそ、ネット右翼諸氏が忌み嫌う「反日」の最たる組織ではないか
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<転載開始>

やはり不思議だ。統一教会こそ、ネット右翼諸氏が忌み嫌う「反日」の最たる組織ではないか
徽宗皇帝のブログ
私は " くたばれアメリカ " " がんばれBRICS " と思っているのですが、ふと気がつきました。「そういえばBRICSのことを何も知らない」と。何も知らないのになぜBRICSを応援しているかといえば、アメリカがあまりにもひどすぎるからで、いくらBRICSでもアメリカよりはマシだろうと思っているからです。また、世界的な情勢を見ても、アメリカは嫌われ、人気がないのに比べて、BRICSは参加希望国が続々と現れています。
とはいえ、あまりに何も知らないのもちょっと恥ずかしいので、簡単に調べられる範囲で情報に接することにします。
まずBRICSとはブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ(Brazil, Russia, India, China, South Africa)の国名の頭文字を並べたものになります。2000年代初頭に4か国で結成され、2010年に南アフリカが参加しました。ロシア、インド、中国という世界の大国が加入していますから、極悪非道の米英も迂闊に手を出すことはできません。
この5か国で、人口は世界の約4割、面積で世界の約3割を占めるといいますから、それだけでもNATOなど簡単に吹っ飛ぶような規模です。仮に、日本を含めた西側欧米諸国が、「BRICSはけしからん。経済制裁してやる。」などとほざいたところで、返り討ちに遭うのは火を見るよりも明らかです。
実際問題として、西側欧米諸国は現在ロシアに経済制裁を行っていますが、その結果、ロシアの経済は好調で、欧米諸国は息も絶え絶えです。これ以上ないくらいのブーメランといっていいでしょう。客観的に見ると大変に喜劇的なのですが、西側欧米諸国は見て見ぬ振りをしており、勝算もないのにラッパを吹き鳴らしています。当然のことながら日本の総理大臣候補たちも、「勝ち目のない戦いはやめよう」とこれ以上ない常識を、誰一人言い出すことができません。まるで大東亜戦争の末期状態ですね。
経済がダメなら軍事力で勝負してやると言いたいところですが、残念ながらそれも机上の空論でしかありません。ロシア、インド、中国は核保有国です。アメリカは自国に核ミサイルが飛んでくることを考えると、ロシア、インド、中国と正面切って戦争をすることができません。当然のことです。
それならばと、アメリカが好む戦略は " 代理戦争 " です。これが今行われている「ロシア・ウクライナ紛争」になります。アメリカは自国の被害を避けるために、ウクライナをけしかけてロシアと戦争をさせています。
けしかけるといっても、その力の入れようは並大抵のものではありません。使いきれないくらいの資金援助、武器、弾薬、兵器などの贈与、傭兵の派遣、作戦の指示、指揮、兵士の訓練など、あらゆることを丸抱えで面倒を見ています。
しかし、ロシア軍は強いです。昔からロシア陸軍は強いのですよね。ナポレオンはどうなりましたか? ナチス・ドイツはどうなりましたか? そして現在のNATO混じりのウクライナ軍はどうなると思いますか?
以上書いたことは、要するに「アメリカには未来がないが、BRICSには未来がある」ということになりますが、それは私のような素人でも先入観を持たず、利害から離れて考えれば分かることです。つまり、素直に考えると誰にでも分かることです。
その結果、BRICSにはイラン、エジプト、アラブ首長国連邦、エチオピアが新たに加盟しました。現在は9か国だそうです。さらに、パキスタン、タイ、トルコ、マレーシア、サウジアラビア、ベトナムなどの加盟が噂されています。今後の世界情勢によっては、BRICSは押すな押すなの大盛況になることも考えられます。
なぜこんなことになってしまったかといえば、それはとっても簡単で単純なことです。アメリカがあまりにも極悪非道で、多くの国が困り果てていたからです。日本も大変な被害国なのですが、今のところは自民党というアメリカの傀儡政党と、買収されたマスメディアが頑張って、アメリカからの被害を日本人に知らせないようにしています。
アメリカの何がそんなに嫌われているかといえば、それは「共存共栄」を否定するからです。他の国がどうなろうがそんなことはどうでもいいことであって、アメリカの目的はアメリカが繁栄することのみであり、そのためとあらば他国に難癖をつけて戦争に持ち込んだり、内部からクーデターを起こすように仕向けたり、他国同士で戦争をさせるなどのことを喜んで行います。日本も危ないのですよ。アメリカは何とか日中戦争をさせることができないかと、虎視眈々と狙っていますので。
元々が、アメリカインディアンを騙し討ちにして滅ぼし、建国した国ですから、そのようなことはアメリカ人にとってはスタンダードなことなのでしょう。もっといえば、アメリカを含めた西ヨーロッパ系の白人は、大航海時代を理想と考え、今でも夢よもう一度と狙い続けているのでしょう。
確かに、大航海時代のイギリス人に水を向けたら「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば」とスラスラと詠み上げるでしょう。彼らにとってはそのくらいの黄金時代でした。
発見した土地は自分たちのもの、発見した人々は自分たちの奴隷、その土地と奴隷を酷使して得た利益は全て自分たちのものですからね。大航海時をもう一度再現したいという野望を持ち、それをあらゆる手段を尽くして実行しようとしているのが、現在の西側欧米諸国になります。
しかし、西側欧米諸国にとっては理想の世界であっても、欧米白人以外にとっては地獄の世界になります。そうでありながら、これまでの世界情勢では欧米白人に抵抗することは許されませんでした。唯一日本くらいではないでしょうか。正面から戦おうとしたのは。
そして、その抵抗の結果は無惨なことになりました。戦争が終わって80年が経とうとしていますが、いまだに日本はアメリカの属国を抜け出せません。それどころか岸田総理の行なっている対アメリカ外交は、尻尾を振ることと「ワン、ワン」と二つ返事をすることのみです。単純で楽そうで、私でもできそうです。そして、次期総理大臣候補たちも似たような人たちばかりです。極悪非道なアメリカに魂を売り、その手先となって世界を混乱させることに迷いがありません。
日本の自民党や野党の大部分はそれで満足しているようですが、多くの常識ある国の政治家はそうはいきません。アメリカの言いなりになって、富を奪われ、自国民を殺されるようなことに我慢ができません。しかし、これまでのアメリカは、経済力も、軍事力も、群を抜いて世界一でしたから逆らうことができませんでした。
加えて、アメリカは覇権を裏付けるような技術力、科学力を持っていました。古くは産業革命時の蒸気機関、鉄道、鋼鉄船、その後は内燃機関、車、飛行機、原子力発電、宇宙開発、コンピュータなどです。そういったもので、米英文明は常に世界をリードしてきました。アメリカの残虐さや強欲さに腹を立てている者たちも、そのような技術力や科学力を持っているアメリカに逆らうことは得策ではないと考え、迎合してきました。
しかし、時代の流れとは面白いものですね。あれだけ栄華を誇っていたアメリカに売る物がなくなってしまいました。世界がアメリカの技術力、科学力に追いついてしまったからです。アメリカの凋落の根本原因はそこにあると考えていいでしょう。おそらく、今のこの瞬間にアメリカという国が突然消滅したとしても、BRICSは特別困るようなことにはならないと思います。
売るもののなくなったアメリカは、力づくで世界を支配しようとする傾向を強めました。世界のあちこちに火をつけて回る放火魔になりました。さらに、火をつけた後は火事場に乗り込んで行って略奪を繰り返すようにもなりました。さすがに世界の国々は我慢ができなくなりました。
そこでBRICSです。西側欧米諸国の横暴に不満を抱いていた世界の多くの国々は、それを言い出すことも、抵抗することもできずに困っていたのですが、BRICSという核ができることでBRICSに集まり始めました。「ひょっとすると、横暴な西側欧米諸国の支配から抜け出せるかもしれない」というのは、なんと夢のあることでしょうか。
それにしても、アメリカも愚かですね。原因はひとえにアメリカの残虐で強欲な他国に対する姿勢なのですが、それを省みようとする姿勢がありません。「従わないのならば、もっと苦しめてやる」という態度をむき出しにして襲いかかります。
ロシアと中国はもともと仲の悪い国でした。国境紛争を抱えていましたので。同様に、中国とインドも仲の悪い国でした。やはり国境紛争がありました。しかし、そんないざこざは、アメリカの悪質な侵略に比べると無視できる軽い問題であると思わせてしまいました。BRICSはアメリカの極悪非道さに対応するための防衛手段として成立したのです。
そのようなこともあって、BRICSは穏やかです。平等、公平、協力、格差の縮小、相互尊重、内政不干渉などを方針として掲げているようです。素晴らしいですね。アメリカのように、逆らった瞬間から冷飯を食わせられるというような雰囲気がありません。となると、世界の弱い国々がBRICSに関心を示し、なびいていくのは自然なことになります。
もちろん、だからといってBRICSが順風満帆に発展していけるかというと、その保証はどこにもありません。国と国との利害調整は大変に難しい問題です。BRICSだからといってそこを簡単に乗り越えられるとは思えません。
ただし、アメリカのようなやり方はしないと公言することは可能だと思います。アメリカのようなやり方とは、話し合いがなく最初から結論があること、アメリカの意に沿わない場合には軍事介入、経済制裁などの強制力を行使すること、どんな場合もアメリカの利益を優先させることです。BRICSがそれをしないという方針を打ち出すことができれば、かなりの支持を得られるようになると思います。
当然のことながら、時間がかかるでしょうし、苦難の道が続くでしょうが、アメリカの世界支配を反面教師として成長していってほしいものです。
ところで、今回BRICSを調べようと思ってネットを簡単に検索してみたのですが、情報が大変に少なくてあまり参考になりませんでした。やはり情報統制というか、日本の場合は忖度になるのかもしれませんが、じんわりとそのような圧力がかかっていることを感じさせます。仕方がないのでChatGPTに質問したのですが、驚くことにかなり満足のできる回答を得られました。
これまでChatGPTといえばガリガリのグローバリストという側面を見せていたものですから、BRICSについても、アメリカ民主党側からの否定的な見解を示すのかと思ったのですが、そうではありませんでした。いい意味で期待はずれでした。こういうこともあるのですね。
「馬鹿と鋏は使いよう」かな。
安全保障化(あんぜんほしょうか、英:Securitization)とは、オーレ・ヴェーヴァが提唱した概念であり[1]、コペンハーゲン学派の主要概念の一つである。日本語では、安全保障問題化やセキュリタイゼーションと表記されることがある。
安全保障化理論によれば、安全保障のアジェンダは、言語行為によって行為遂行的に決定されるものである。すなわち、ディスコースを通じて、ある問題が安全保障の問題であるという社会的事実が構築されることで決まるとされる。その構築プロセスは、安全保障化アクターによる脅威の存在の訴え及びその脅威に対処するための非常手段の要請と、オーディエンスによるその主張の受容からなる。安全保障化が成立するか否かは、オーディエンスが受容するか否か次第である。 このプロセスの分かりやすい例として、たとえば「敵が攻めてくる。家族が危険に晒される。守りを固めなければならない」という言説と、それを受け入れる一般市民という構図が挙げられる。
安全保障化の行為の基本要素は以下のとおりである。
安全保障化された問題を解決するための非常手段に関して、一般の民主的討論や科学的研究・批判が認められない傾向があることを、ヴェーヴァなどが指摘している。 [2]
上記とは逆に、それまで安全保障の問題であるとされていたものが、そうでなくなるという動きは脱安全保障化(desecuritization)と呼ばれる。
候補者が乱立する自民党総裁選(27日投開票)は三つ巴の展開だ。「選挙の神様」を陣営に引き入れた高市早苗経済安保相が猛チャージ。リードしてきた石破茂元幹事長や小泉進次郎元環境相を抜き去らんばかりだが、その勢いの影には問題集団の存在も見え隠れする。岸田首相が退陣理由のひとつに挙げた旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)だ。
党員・党友への電話調査と国会議員の支持動向調査を行った読売新聞(16日付朝刊)によると、高市氏と石破氏がそれぞれ123票を集め、同数トップ。105票の進次郎氏が後を追う。総裁選は国会議員票367票に、同数の党員・党友票を合わせた計734票で争うルールだ。誰も過半数に達さず、上位2人による決選投票にもつれ込むのは必至。そこへ進むには党員・党友票がモノをいう。
3年前の総裁選で高市氏がよりどころとした安倍元首相は、旧統一教会との癒着を背景に横死。タカ派若手のコバホークこと小林鷹之前経済安保相と保守票を奪い合う今回は、7月の東京都知事選で名を上げた選挙プランナーの藤川晋之助氏が高市陣営入り。「議員票固めなどのほか、SNS対策も担っている」(自民党関係者)というが、それだけでは急伸の説明がつかない。
旧統一教会問題に詳しいジャーナリストの鈴木エイト氏はこう言う。
「熱心な信者たちが『高市早苗さん一択』などと、X(旧ツイッター)に盛んに投稿しています。教団は政治団体の『国際勝共連合』を通じて憲法改正や伝統的家族観の重視を主張し、思想信条はおおむね高市氏と合致する。自民党との長く深い関係から相当数の党員を抱えていて、高市推しで動いているとみています。ただ、高市陣営は教団関係者からの直接アプローチは遮断しているとも聞く」
タカ派くくりで言えば、ホープと目される小林氏の存在感は侮れない。自民党の点検でも、統一教会関連団体の会合で挨拶したことが確認されている。高市氏と小林氏。教団は二股をかけているのか。
■コバホークは隙なし
「小林夫人はリベラル系弁護士で、宗教2世問題にも積極的に取り組んでいます。小林氏は出馬会見で『軽率だった』と反省の弁を述べていましたが、そうした影響もあってか、教団と断絶したのは事実のようです。教団からすれば、小林陣営にはつけ入る隙がない」(鈴木エイト氏)
反日カルトの受け皿化した人物が再び首相に就くなんて、ごめんだ。
◇ ◇ ◇
●関連記事【もっと読む】『高市早苗氏の「進次郎つぶし」が始まった! 夫婦別姓、解雇規制…掲げた政策に次々「反対」』では、高市氏の選挙活動について詳報している。
まずノモンハン事件を理解するためには、日中関係を理解する必要があるので、簡単に満州事変からの流れをおさえておこう。
第一次世界大戦で空前の好景気を経験した日本だったが、大正9年(1920)に戦後恐慌に見舞われてから10年以上不景気が続いたうえ、昭和5年(1930)には世界恐慌が波及して昭和恐慌が到来した。
国民は政党内閣に失望し、軍部に期待するようになる。この支持を背景に関東軍が暴走していく。関東軍は、満州に駐留する日本軍である。ポーツマス条約でロシアから得た関東州(南満州の一部)と満鉄を守備するために駐留した陸軍部隊が、大正8年(1919)に独立して関東軍となったのだ。
関東軍は昭和6年(1931)9月、自分たちで奉天郊外の柳条湖で満鉄線路を爆破し、蔣介石の国民政府(中国を統治していた政権)の仕業だとして中国基地への攻撃を開始(柳条湖事件)する。日本列島の3倍近い面積を有する満州を占領しようとしたのだ。こうして始まった満州事変だが、若槻礼次郎内閣は不拡大方針を公表した。
ところが関東軍はこれを無視して行動を拡大、朝鮮に駐留していた林銑十郎率いる朝鮮(駐箚)軍も勝手に越境して関東軍の支援を始めた。すると軍中央も関東軍の行動を追認。事態を収拾できないと考えた若槻内閣は総辞職した。
一方、不況に苦しむ国民の多くは、関東軍の行動を熱狂的に支持した。翌年、関東軍は占領下においた奉天・吉林・黒竜江省(東三省)に満州国を樹立した。国の執政(リーダー)には、清朝最後の皇帝だった愛新覚羅溥儀が就任するが、完全に関東軍の傀儡国家だった。
さらに関東軍は、北の興安省と西の熱河省へも進軍した。ただ、日本陸軍は満州だけでは満足せず、昭和10年(1935)から満州に隣接する華北五省(河北・山東・山西・綏遠・チャハル省)を中国から切り離して勢力下におこうとした(華北分離工作)。
陸軍がこれほど広大な地を支配しようとするのは、関東軍参謀・石原莞爾の世界最終戦争論の影響が大きかった。
石原は「日本はアメリカと航空機戦を中心とする最終戦争を戦うことになるので、それに耐えうる国力をつける必要がある。だからまず、五カ年計画で経済力をつけてきたソ連が満州を奪う前に日本の植民地にし、持久戦となってもアメリカと戦える国力を保持すべきだ」と考えたのである。
さらに、満州事変は経済的な理由も大きかった。世界恐慌から脱するため、イギリスやフランスなどは、他国の商品に高関税をかけたり輸入制限をおこない、自国と植民地とのあいだ(ブロック経済圏)で保護貿易政策をはじめた。このため、日本の商品は売れなくなった。
こうなってくると、植民地が少ない帝国主義国家は不利だ。だから新興国のドイツやイタリアは植民地の再分配を求め、軍事力を強化して他国へ侵攻し植民地を増やしていった。同じく日本も本土・台湾・朝鮮・満州と支配地を拡大し、ブロック経済圏(円ブロック)の確立を目指したのだ。
国民政府の蔣介石は毛沢東の共産党との内戦を優先し、日本軍の侵略を黙認してきたが、華北分離政策が進むと方針を転換、共産党と手を組んで中国から日本勢力を排除しようと決意した。
そんな状況の昭和12年(1937)7月7日、日本の支那駐屯軍が北京郊外の盧溝橋付近で夜間の軍事演習をしていたさい、銃撃をうけた。これを中国軍の攻撃だと考え、日本軍は中国軍に戦いをしかけて戦闘に発展した。世にいう盧溝橋事件である。紛争は現地で停戦が成立したが、近衛文麿内閣が軍部の意向を受け増派を決定したのである。
すると共産党と連携した国民党の蔣介石は徹底抗戦を宣言、日中両軍の全面衝突に発展してしまう。ドイツが仲介にはいって講和交渉(トラウトマン和平工作)がおこなわれるが、近衛内閣は相手への条件を厳しくするなどして破綻させた。
陸軍参謀本部などは、広大な中国との全面戦争は、ソ連に対する備えを薄くすると反対したが、近衛内閣はさらに「国民政府を対手とせず」という声明を発表し、講和・交渉の相手である国民政府を否認して戦争収拾の道を自ら閉ざした。
こうして日中戦争が泥沼化するなか、列強諸国は国民政府を支援するようになる。ソ連も支援国の一つであった。蔣介石が中国共産党と手を結んだからである。
ここで日ソ関係について簡単に説明しよう。第一次世界大戦中にロシア革命が起こると、日本はアメリカやイギリスとシベリアに出兵して革命を牽制、ソ連が誕生したあとも日本軍はシベリアに駐留し続けたが、大正11年(1922)に撤兵し、同14年に日ソ基本条約を結んで国交を樹立した。
だが、天皇制を国体とする日本は、社会主義国家であるソ連を警戒し続けた。日本の傀儡である満州国が樹立されると、その国境はソ連と接するようになり、国境付近では小さな紛争がたびたび起こり緊張状態が続いていた。
日中戦争が始まると、今述べたようにソ連が国民政府を支援したこともあり、日ソ関係はさらに険悪となった。ソ連は国民政府と相互不可侵条約を締結し、同政府に大量の軍需物資を輸送するとともに、極東に軍備を増強するようになる。
そして昭和13年(1938)7月、ソ連軍がソ連・満州国・朝鮮の国境地帯にある張鼓峰(豆満江下流の小丘陵)に陣地を構築したのである。このため朝鮮に駐留する日本軍は、第十九師団を送って張鼓峰周辺のソ連軍を撃退した。
しかしこのとき昭和天皇は武力行使を認めず、ゆえに大本営も許可していなかった。なのに勝手に動いたわけだ。このように関東軍をはじめ海外の大陸や半島に駐屯する日本陸軍は暴走する傾向が強く、これが結果として日本を破滅に追い込む一因となる。
現地の日本軍が武力行使に出たのは、ソ連が日中戦争にどれほど本気で介入してくる気かを判断する材料にするためだったといわれるが、日本が張鼓峰を占拠するとソ連は激しく張鼓峰を攻め立てるようになった。
8月に入ると、さらに機械化された部隊を続々と集結させ、日本の3倍の勢力で戦いを挑んできた。こうして激戦となり、日本軍(第十九師団)は526名の戦死者を出し、戦傷を含めると22%を超える損害率となった。
この苦戦は、日本軍中央が張鼓峰に増派しなかったことも大きい。ソ連が日中戦争に本格参戦することを警戒し、大本営が不拡大方針をとったからである。ただ、近年公開されたソ連側の資料によると、日本軍に比べてソ連軍は倍近い規模の犠牲者を出していたことが判明した。日本軍は寡兵で善戦していたのである。
とはいえ、ギリギリの段階で張鼓峰を維持している状況ゆえ、結局、日本政府からソ連へ停戦を求めることになった。こうして8月中に停戦が成立したわけだが、この武力衝突で日本軍は、ソ連軍が大量の戦車や重砲、航空機を所有する機械化部隊に転身しており、その手強さをはっきり知った。にもかかわらず、何も対応しなかったことで翌年のノモンハン事件の失態を招くことになったのである。
翌昭和14年(1939)5月、再びソ連との間で国境紛争が勃発する。ハルハ河東岸のノモンハンと呼ぶ満州国とモンゴル人民共和国(外蒙古)の国境地帯である。モンゴル人民共和国は、ソ連の支援で中国から独立したばかりだった。ノモンハンは満州国もモンゴルも自国の領土と主張する地域である。
5月10日から両国軍の衝突が始まり、日本軍(第二十三師団)はいったんモンゴル軍を退却させたが、ソ連軍が応援に来てモンゴル軍と共に再びノモンハンに陣地をつくりはじめた。
そこで日本軍は一部をノモンハンに派遣したがその主力は全滅した。なおかつ、ソ連軍は大量の航空機や重火砲、そして戦車を含む大兵力をノモンハン付近に集結させたのである。このため日本側(関東軍)も漸次兵力を増やしていった。
じつは、紛争が起こる1ヶ月前、関東軍の作戦参謀・辻政信が「満ソ国境紛争処理要綱」を作成、それが関東軍全軍に通達されていた。国境線をしっかり確定させ、もし紛争が起こったら兵力の多寡に関係なく武力を行使して勝てという内容だった。この要綱が事件を拡大したのは間違いないとされる。
こうしてノモンハンをめぐって日本軍とソ連・モンゴル連合軍の大規模な衝突が始まると、さらに国境紛争という範疇を超え、互いに敵の陣地を激しく空爆しあうようになる。ただ、大本営や軍中央は、敵陣地への空爆は認めていないし、戦いの規模の拡大も赦していない。つまり、またも関東軍(満州国を守備する日本軍)が暴走したのである。
なお、日本の戦車はソ連軍にまったく歯が立たず、第一戦車団は帰還を余儀なくされ、戦いは次第に日本側が劣勢に立たされていった。
日中戦争が泥沼化しつつあるおりゆえ、この事態を早期に解決すべきだという意見もあったが、結局、現地の関東軍は戦線を拡大していき、第二十三師団を全面投入していった。ただ、大本営は援軍を送らなかったので、兵力は敵の4分の1程度(異説あり)だった。
しかもソ連の機械化部隊には歯が立たず、約1万7000人の死傷者を出して完全に第二十三師団は壊滅状態となった。師団の約3割が戦死したというから、大敗北だといえる。
ただ、近年、ソ連・モンゴル軍のほうが犠牲者が多く、戦いでは日本軍のほうが優勢だったことが判明している。壊滅的な打撃を受けたものの、関東軍の参謀たちは負けていないという感覚が強かった。これは軍中央との大きな違いだろう。また、武器についてもソ連軍の高度な機械化は事実に反するという説もある。
なお、日本軍とソ連・モンゴル軍が激戦を演じている最中の8月23日、驚くべき外交上の出来事が起こった。独ソ不可侵条約が結ばれたのである。これまで反目していたドイツとソ連が手を組んだのである。じつは日本は、ソ連など共産主義に対抗するため、昭和11年(1936)、日独防共協定(翌年イタリアが参加)を結んでいた。ところが日本にまったく知らせることなく、ドイツはソ連と不可侵条約を結んだのである。
この外交上の失態を受け、平沼騏一郎内閣が総辞職してしまったのである。さらに、である。翌9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻、するとイギリスとフランスがドイツに宣戦、第二次世界大戦が勃発したのである。
この事態の急変を受け、大本営は関東軍に戦闘の停止(3日間)を厳命、その間に日本政府はソ連に停戦を申し入れた。しかも国境は、ソ連とモンゴルの主張するラインを受け入れてしまった。つまり結果を見れば、ノモンハン事件は日本側の敗北に終わったのである。
さて、寡兵な日本軍が優勢だったノモンハンでの戦いだが、大本営はこれ以後、ソ連への対応は極めて慎重になった。積極的にソ連と対峙すべきだという北進論が影を潜めたのである。またこの事件での責任を負わされ、関東軍の参謀の多くは予備役に編入された。いっぽうのソ連は、日本との全面戦争の憂いがなくなると、ドイツに続いてポーランドへ侵攻していった。
逆に日本では南進論が台頭してくる。東南アジアへの進出である。日中戦争は2年以上が過ぎても終わる気配がなく、85万人を超える将兵を投入し続けたので、日本国内では物資の不足が深刻化しはじめる。
どうにかして国民政府を降伏させたいが、イギリス、アメリカ、フランス、ソ連などが大量の物資を送り続けているので困難だった。逆に日本に対して列強諸国は、経済制裁を強化する一方だった。
このため、石油やボーキサイトなど資源が豊富な東南アジアへ進出しようというのが南進論である。北進論が消滅したのに加え、ドイツが連戦連勝を続け、フランスを降伏させ、イギリスを追い詰めていた。それがますます国民の南進論への支持を過熱させた。
このため日本政府は昭和15年(1940)に日独伊三国同盟を結び、さらに翌年、ソ連と日ソ中立条約を結んだのである。こうして北進論を完全に放棄した日本は、ドイツの勝ちに乗じて、英米との戦争覚悟でフランス領インドシナなどへの進出を開始してしまう。
その結果、アメリカが大いに怒り、日本への石油輸出を止め、結果として日本が暴発するようなかたちで太平洋戦争へなだれ込んでいくのである。ノモンハン事件による北進論の衰退・放棄からの南進政策の実施が、こうした流れをつくったわけで、まさにノモンハン事件は歴史のターニングポイントなのである。
それだけではない。NHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」の制作にあたった田中雄一氏は、その著書『ノモンハン 責任なき戦い』(講談社現代新書)で「日本はなぜ無謀な太平洋戦争に突き進んだのか。国家の破綻を避けることができなかったのか」という問いを発し、「戦後、数多くの識者や専門家たちが投げてきたこの問いにひとつの示唆を与える出来事が『ノモンハン事件』である」と明言する。
さらに「ロングセラーとなった『失敗の本質』(戸部良一他)も、ノモンハン事件を「失敗の序曲」というべき戦いと位置づけている」として「情報の軽視、兵力の逐次投入、軍中央と現地部隊の方針のずれなど、そこには太平洋戦争で噴き出す日本軍部の欠陥が凝縮されていた」と論じ、「ノモンハン事件を太平洋戦争へのポイント・オブ・ノーリターンだとするならば、日本軍はなぜそこで立ち止まり、進むべき道を再考できなかったのだろうか」と述べている。まさにその指摘どおりだと思う
ちなみにノモンハン事件の責任者の一人とされた辻政信は、一時左遷されたが、昭和16年(1941)に復権し、真珠湾攻撃と同時におこなわれたマレー半島奇襲上陸の作戦を主導し、その後も軍中央の命令を軽視して独断で戦いを進めていった。その後も辻のせいで、作戦に大きな混乱や支障を何度も招くことになった。
ウクライナ乗っ取りのために資金を投入してきた西側の金融資本
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202409140000/
2024.09.14 櫻井ジャーナル
アメリカ政府はソ連が消滅した1991年からウクライナを支配するための工作を開始、2013年までに50億ドルをウクライナに投入したとアメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補は2013年12月13日に米国ウクライナ基金の大会で明らかにしている。ヌランドが立った壇上には巨大石油企業シェブロンのマークが飾られていた。
それを含め、ウクライナの対外債務は増加し続け、IMFや同国の財務省によると、対外債務は1037億9000万ドル、公的債務の総額は1521億6000万ドルになる。今年7月31日にウクライナ政府は債務返済を一時的に停止することを可能にする法律を発動、8月から債務返済を停止した。2022年7月にウクライナは2年間の支払い猶予が認められたが、その期限が今年8月1日だ。
ウクライナのクーデター体制は金融資本に支配されている。表に出ているのは「闇の銀行」とも呼ばれている資産運用会社のブラックロック(アメリカ)やアムンディ(フランス)。西側から供給される兵器や資金の使い道についてアドバイスしているのはブラックロックだという。そのほか、JPモルガンやゴールドマン・サックスともゼレンスキー政権は協力関係にある。ちなみに、軍需産業も医療産業も闇の銀行に支配されている。
債務の支払い猶予期限が来る2カ月前、ロスチャイルド&Coはこうした金融会社とウクライナ政府を直接会談させたと伝えられている。ロスチャイルド資本が金融会社やウクライナ政府に今後の計画を示したのかもしれない。
西側の金融資本がウクライナへ多額の資金を融資している目的のひとつは言うまでもなくカネ儲けである。穀倉地帯が広がり、豊富な資源を抱えている。例えばチタン、マンガン、鉄鉱石、水銀、石炭など。そうした資源を「担保」にしたレベレッジド・バイアウトを行なっているのだろう。勿論、西側資本は石油も狙っている。だからこそ、ヌランドが立った壇上にシェブロンのマークが飾られていたのだ。
ウクライナにおける怪しげな工作で中心的な役割を果たしていると見られているのが「ブリスマ」だ。この会社はミコラ・ズロチェフスキーが設立したウクライナのエネルギー会社で、その重役には元ポーランド大統領のアレクサンデル・クファシニェフスキー、元CIA高官のジョセフ・コファー・ブラック、ジョー・バイデン大統領の息子であるハンター・バイデンも名を連ねていた。ブラックはブラックウォーター(後にXe、そしてアカデミに名称変更)の副会長を務めている。
2014年4月16日、ハンター・バイデンはビジネスパートナーであるデボン・アーチャーとホワイトハウスで会談し、その5日後にはウクライナを訪問、アーチャーは4月22日に、またハンターは5月12日にそれぞれブリスマの取締役会に加わった。2014年11月から15年11月までの期間、ブリスマはハンターやアーチャーが経営するロズモント・セネカ・ボハイなる会社へ350万ドル支払っている。
アーチャーはサリバンと同じようにエール大学の出身。そこでルームメートだった人物がジョン・ケリー元国務長官の義理の息子であるクリス・ハインツだ。
アメリカ政府はウクライナを従属させるため、中立政策をとるビクトル・ヤヌコビッチを2度にわたって排除している。最初は2004年から05年にかけての「オレンジ革命」。ジョージ・W・ブッシュ政権は西側の金融資本とつながるビクトル・ユシチェンコを大統領に据えたが、彼の新自由主義政策は国全体の経済力を低下させ、貧富の差を拡大させた。
そこで、2010年の大統領選挙でもヤヌコビッチが勝利したのだが、その際、WHOはパンデミックを宣言、ウクライナで致死的な豚インフルエンザが発生したとも報道された。そうした実態はなく、戒厳令を発令するための政治的な報道だったと言われている。
そして2013年11月から14年2月にかけてバラク・オバマ政権はクーデターでヤヌコビッチ政権を倒した。手先として動いたのはネオ・ナチ。このクーデターではヤヌコビッチを抹殺する予定だったとも言われている。
ちなみに、クーデターが始まる前年の2012年5月にジェイコブ・ロスチャイルドとデイビッド・ロックフェラーは手を組んでいる。ジェイコブ・ロスチャイルド氏が率いる投資会社RITキャピタル・パートナーズがデイビッド・ロックフェラーのロックフェラー・ファイナンシャル・サービシズが発行している株式の37%を取得すると発表したのだ。
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「日本属国論」は政治的言説としては繰り返し語られてきました(白井聡さんも、僕も書いてきました)。でも、政治学者は現状の分析とそこに至る文脈については語りますが、クーデタの手順について語ることまではしません。でも、文学者にはそれが許される。そして、今の日本人にもっとも必要なのは秩序を紊乱することができるほどの想像力の暴走である。島田さんはそう考えてこの小説を書いたのだと思います。
物語の中でも、中国諜報機関の「モグラ」であるミュートは審問の場で、日米中の関係をみごとに短い言葉でこう言い切ります。
「日本が集団的自衛権を行使できるようにしたからといって、アメリカは何もする気はなく、リゾート気分で日本に駐留し、その費用を日本に負担させ、さらに増額を要求するだけでしょう。(...)有事の際は日本を守ると曖昧にリップサービスをするだけで、アメリカは何一つ具体的な戦略を示してこなかった。空母も出動させ、戦闘機を飛ばしてくれるんですか?日本が爆買いしたF35を出撃させてくれるんですか?米軍がゴーサインを出さないと、高価な戦闘機も宝の持ち腐れになるだけです。もしかすると、ポンコツであることがバレるから、出撃命令は永遠に下されないかもしれない。そもそもの大前提として、アメリカは決して中国との戦争には踏み切らない。アジア太平洋地域における軍事的影響力が一気に低下し、ハワイまで奪われかねず。その損失は計り知れないからです。」(223-224頁)
米中戦争にかかわるミュートのこの見通しに僕は全面的に同意します。アメリカは米中戦争をする気がありません。全面戦争になれば核戦争になります。核戦争をすれば米中共倒れになることが確実である以上、アメリカが選択できるのは中強度の通常兵器による戦闘までです。
人民解放軍は中越戦争以来、45年間実戦経験がほとんどありません。海戦経験はほぼゼロ。装備はハイレベルですが、実戦能力は不明。やってみないとわからない。でも、そんなリスクの高い賭けにアメリカは応じられません。ですから、台湾に中国が軍事侵攻してもアメリカがコミットしないという可能性はかなり高い。現に「台湾のためにアメリカがリスクを取ることはない」と公言する政治家、政治学者はアメリカ国内には少なくありません。
それに、米中戦争の帰趨はどう転ぶか分かりません。いささか旧聞に属しますが、2017年にランド研究所は「妥当な推定を基にすれば、米軍は次に戦闘を求められる戦争で敗北する」というレポートを発表しています。同年、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長も「われわれが現在の軌道を見直さなければ、量的・質的な競争優位を失うだろう」と警告を発しています。つまり通常兵器による戦争ではアメリカは中国に敗けるかも知れないということです。もちろん「このままでは大変なことになる」という軍人からの警告は多少割り引いて聴く必要があります。リスクを過大評価して、国防予算の増額を要求するのは軍人の本務の一部ですから。
それでも、「中国と戦ったら敗けるかもしれない」とシンクタンクや軍高官が明言するというのは、かなりシリアスな状況だと考えてよいと思います。アメリカは「対中戦争はできるだけしたくない」と思っている。それは確かです。
とはいえ、中国が台湾に侵攻した時にそれを放置すれば、西太平洋におけるアメリカの軍事的優位も外交的信頼も失われます。日本と韓国は、アメリカが台湾を見捨てれば、アメリカと自分たちの間の軍事同盟も「実は空文かもしれない」と思い始めるでしょう。日韓の信頼を失うことがもたらすリスクと、中国との全面戦争にコミットすることがもたらすリスクのどちらが「致命的」であるとホワイトハウスは考えるでしょうか。ことは信義の問題ではなく、損得の問題です。そして、算盤を弾いた末に、アメリカは米中戦争を回避することを優先させると僕は思います。
ですから、台湾有事になったら、自衛隊の尻を叩いて「存立危機事態なんだから、まずは日本人が戦え」と命じておいて、在日米軍主力はとりあえずグアムまで後退すると思います(「日本を守るためには、米軍主力が無傷であることがどうしても必要なのだ」と言って)。
アメリカにとって必要なのは時間を稼ぐことです。そして、AI軍拡で中国に対してアドバンテージを持つことです。中国はこれから人口減と経済成長の鈍化を迎え、遠からず国力はピークアウトします。それに中国共産党は「海外からの侵略リスク」より「国内における反乱リスク」の方を重く見ています(だからこそあのような徹底的な国民監視システムを構築しているのです)。ということは、いずれ文化大革命や天安門事件のような壊乱的事態が出来するかも知れない(北京はそうならないことを願い、ホワイトハウスはそうなることを願っています)
いずれにせよ、アメリカにとって必要なのは時間です。日本や韓国を見捨ててもそれで時間が稼げるなら、アメリカにとっては帳尻が合う。
中国が台湾や韓国や日本に軍事侵攻した場合、かなりの抵抗が予測されます(特に台湾と韓国では。日本ではそれほどの抵抗はないと中国共産党指導部は考えているはずです。というのは日本人は「外国軍隊に蹂躙されることに対して特段の心理的抵抗を感じない国民」だと国際社会からは思われているから)。
それでも日本を実効支配するためには、長期にわたって数十万規模の軍隊と行政官を常駐させなければなりません。これは中国にとってはできれば負担したくないコストです。ですから、中国は日本を勢力圏に置く場合、直接統治するよりは、華夷秩序以来長い歴史を持つ「辺境の属領には高度の自治を許す」という使い慣れた「一国二制度」を持ち出してくるはずです。「かつての香港」程度の政治的自由を許せば、日本の支配層は簡単に「中国シフト」に切り替えて延命を図ります。日本の「被支配層」は久しく「長いものには巻かれろ」とだけ教えられてきたので、レジスタンスを戦うなどということは思いつきもしないでしょう。「アメリカに支配されるのも中国に支配されるのも、国家主権がない点では変わりがないからね。ははは」と寂しく笑って人々はこの事態をやり過ごすはずです。
アメリカに見捨てられ、中国の辺境の自治州となった日本は、その後どうなるのでしょうか。「アメリカ憎し」の一念で中国をバックにした「反米の尖兵」となるでしょうか。そんなことはないような気がします。だって、あまりにも愚かで腰抜けだったせいでアメリカに「いいようにされた」だけの話ですから。日本人がいくら「自分たちは被害者だ。日米安保条約ひとつであれだけ日本から収奪しておきながら、肝心のときに置き去りにするなんて・・・アメリカは80年分の『みかじめ料』を返せ」と泣訴しても、日本に同情して、ともにアメリカ批判に加わってくれるような親切な国は国際社会にはたぶん一つもないと思います。国連総会決議(アメリカは日本に謝罪して、金を返せという決議)もたぶん行われないと思います(それって自己責任でしょ・・・と言われるだけで)。