ウクライナ情勢をめぐって米中対立も新局面へ
中国外務省が発表した驚くべき内容の文書について解説する。日本ではまったく報道されていない。
ウクライナ戦争に関係して、中国をめぐる動きが大きくなっている。まず、9月22日、ロシア訪問中の中国の外交担当トップ・王毅共産党政治局員は、モスクワでプーチン大統領と会談した。プーチン大統領は、「ロシアへの訪問を待っている」と述べ、習近平国家主席の早期訪問に期待を示した。
そして24日には、ロシアのウクライナ進攻から1年に合わせ、中国が自国の立場を示す文書を発表した。
主権と領土の一体性の尊重や、停戦の実現、和平交渉の開始など12項目を提案し、一見すると、「和平案」と受け取れる内容だった。ロシアが核の威嚇を続けるなかで、核兵器使用や原子力発電所への攻撃に反対する立場も明記した。
ウクライナのゼレンスキー大統領は中国の和平案を一蹴したものの、習近平国家主席との会談を計画していると述べ、中国に期待する姿勢も見せた。
他方、そうしたなかでもバイデン政権による中国非難は止まらない。26日、サリバン米大統領補佐官は、中国について、ウクライナに侵攻したロシアに致死性のある支援を提供する方向には進んでいないとしたうえで、そのような動きを取れば深刻な結果を招くことをアメリカは明確に伝えていると語った。ただ、中国は支援の提供を進めてはいないが、その選択肢を排除してもいないと語った。
一方、ドイツのニュース誌、「シュピーゲル」によると、中国には100機ほどのドローンをロシアに提供する計画があるとして、中国のロシアへの軍事支援を警戒している。
王毅・プーチン会談の直前に発表された文書
このように、ウクライナ戦争に関連した中国をめぐる動きが慌ただしくなるなか、ある文書が中国外務省の公式サイトで公表された。王毅がモスクワを訪れ、プーチンと会談する2日前の9月20日に発表された文書だ。
これは「アメリカの覇権とその危うさ」という文書だ。王毅・プーチン会談の2日前に発表されたというそのタイミングから見て、ロシアを含めて内外に中国の対アメリカ外交の基本的な枠組みを提示する意図があったと考えることができる。その意味で非常に重要な文書である。
しかしそれは、妥協の余地がないほどアメリカを激しく非難する内容になっている。どの国もそうだろうが、普通外務省が発表する文書は将来の外交関係の変化に対応するために、基本的な外交姿勢を示しながらも、さまざまな問題に是々非々で対応する比較的に穏健な内容になることがほとんどだ。特定の国を敵として認識し、徹底的に批判することはない。そうした激しい内容の批判は、中国であれば「環球時報」のような政府系の新聞の社説やオピニオン欄、また軍の高官やどのかの大学の教授のような知識人の発言として報道されることが多い。
しかし、王毅・プーチン会談の直前に発表された文書はこれまでのパターンから逸脱した過激なアメリカ批判である。まずはその目次を見て見よう。次のようになっている。
はじめに
I. 政治的覇権―その重圧を振り回す
II. 軍事的覇権―ワシントンの武力行使
III. 経済的覇権―略奪と搾取
IV.技術的覇権―独占と抑圧
V. 文化的ヘゲモニー―虚偽の物語の流布
おわりに
以上である。目次を見ただけでもこの文書の過激さが伝わってくる。
Next: のっけから始まるアメリカ批判。中国外務省が公表した文書の中身は?
のっけから始まるアメリカ批判
それではその具体的な中身を少し詳しく見てみよう。この文書がアメリカを強く批判するものであることは、「はじめに」の部分を見てもはっきりしている。以下がその部分の抜粋だ。筆者が下手な解説を加えるよりも、文書を見た方が分かりやすい。
はじめに
二つの世界大戦と冷戦を経て世界最強の国となった米国は、他国の内政に干渉し、覇権を追求、維持、乱用し、破壊と浸透を進め、故意に戦争を行い、国際社会に害をなす行為をより大胆に行うようになった。
米国は、民主主義、自由、人権を推進するという名目で、「カラー革命」を起こし、地域紛争を扇動し、さらには直接戦争を仕掛けるという覇権主義のプレイブックを開発した。冷戦の精神にしがみついて、米国はブロック政治を強化し、紛争と対立をあおってきた。国家安全保障の概念を拡大解釈し、輸出規制を乱用し、一方的な制裁を他国に強要してきた。また、国際法や国際ルールに対して選択的なアプローチをとり、適当に利用したり捨てたり、「ルールに基づく国際秩序」の維持の名の下に、自国の利益につながるルールを押し付けようとしてきた。
本報告書は、関連する事実を提示することによって、政治、軍事、経済、金融、技術、文化の各分野における米国の覇権の乱用を暴露し、米国の慣行が世界の平和と安定およびすべての人民の幸福に及ぼす危険性について、より大きな国際的関心を喚起することを目指すものである。
このように、中国外務省の発表した公式文書とは到底思えない過激さだ。アメリカ中心の国際秩序をはっきりと拒否する姿勢が明確に出ている。
I. 政治的覇権―その重圧を振り回す
そして、最初の政治的覇権では、アメリカの政治的覇権に基づく現行の国際秩序を批判する。次のようなことが書かれている。抜粋しよう。
米国は長い間、民主主義と人権を促進するという名目で、他国と世界秩序を自国の価値観と政治システムで形成しようとしてきた。
米国による内政干渉は枚挙にいとまがない。民主化促進」の名の下に、ラテンアメリカでは「ネオ・モンロー・ドクトリン」を、ユーラシアでは「カラー革命」を、西アジア・北アフリカでは「アラブの春」を扇動し、多くの国に混乱と災厄をもたらしたのである。
そして、ユーラシアに関しては次のように言う。
2003年は、グルジアの「バラ革命」、ウクライナの「オレンジ革命」、キルギスの「チューリップ革命」と、相次いで「カラー革命」が起こった年である。米国国務省は、これらの「政権交代」で「中心的な役割」を果たしたことを公然と認めている。米国はフィリピンの内政にも干渉し、1986年にフェルディナンド・マルコス・シニア大統領を、2001年にはジョセフ・エストラダ大統領を、いわゆる「人民の力革命」によって追い落とした。
これはネットでは主流になっている陰謀論ではあるが、欧米の主要メディアからは完全に排除された見方だ。日本を含む欧米はいまだに「カラー革命」を独裁政権を打倒した民主主義の勝利としてしか認識していない。
そして、次のような非難でこのセクションを締めくくっている。
米国は、他国の民主主義に恣意的に判断を下し、「民主主義対権威主義」という誤った物語を捏造して、疎外、分裂、対抗、対立を扇動している。2021年12月、米国は第1回「民主主義サミット」を開催したが、民主主義の精神を愚弄し、世界を分断するとして、多くの国から批判と反対を浴びた。2023年3月、米国は再び「民主主義のためのサミット」を開催するが、これは依然として歓迎されず、再び何の支持も得られないだろう。
II. 軍事的覇権―武力の乱用
このように、アメリカは一見聞こえのよい「民主主義対権威主義」というスローガンを掲げながら、結局は世界の国々の疎外、分裂、対抗、対立を扇動していると非難する。さらに次のセクションでは、アメリカの軍事的な覇権を批判する。
米国の歴史は、暴力と膨張によって特徴づけられている。1776年に独立して以来、米国は常に力による拡張を追求してきた。インディアンを虐殺し、カナダに侵攻し、メキシコに戦争を仕掛け、アメリカ・スペイン戦争を扇動し、ハワイを併合してきたのである。第二次世界大戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、コソボ戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争、リビア戦争、シリア戦争など、アメリカが引き起こした、あるいは起こした戦争は、軍事的覇権を乱用し、拡張主義への道を開いてきた。近年、米国の年間平均軍事予算は7000億米ドルを超え、世界全体の4割を占め、後続の15カ国を合わせたよりも多くなっている。米国は海外に約800の軍事基地を持ち、159カ国に17万3千人の兵士が配備されている。
そして、このようなアメリカの軍事的覇権が多くの悲惨な戦争を引き起こしてきたとして、次のようにアメリカを断罪する。
米国は、戦争においても恐ろしい方法を採用してきた。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、コソボ戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争で、米国は大量の化学・生物兵器、クラスター爆弾、燃料空気爆弾、黒鉛爆弾、劣化ウラン弾を使用し、民間施設に多大な損害を与え、無数の民間人が犠牲になり、環境汚染は永続的に続くことになった。
Next: 日本はアメリカから被害を受けている?米国の経済覇権をボロクソに批判
III. 経済覇権―略奪と搾取
次は、アメリカの経済覇権の批判だ。次のように始まる。
第二次世界大戦後、米国はブレトンウッズ体制、国際通貨基金、世界銀行の設立を主導し、マーシャルプランとともに、米ドルを中心とする国際通貨体制を形成した。また、米国は、「85%以上の賛成による承認」をはじめとする国際機関の加重投票制度や規則・取り決め、国内の通商法制を操作することで、国際経済・金融分野における制度的ヘゲモニーを確立してきた。ドルが主要な国際基軸通貨であることを利用して、アメリカは基本的に世界中から「通貨発行益」を集め、国際機関に対する支配力を利用して、他国にアメリカの政治・経済戦略への奉仕を強要しているのである。
これは、ドルを国際決済通貨にすることで構築されたアメリカ中心の金融システムへの批判である。それは、次のような被害を世界の国々にもたらした。
アメリカの経済・金融覇権は地政学的な武器となった。国際緊急経済力法、グローバル・マグニツキー人権説明責任法、制裁によるアメリカの敵対者への対処法などの国内法を制定し、特定の国や組織、個人を制裁する大統領令を次々と導入し、一方的な制裁と「ロングアーム司法」を倍加させた。統計によると、米国の外国法人に対する制裁は2000年から2021年にかけて933%増加した。トランプ政権だけでも3,900件以上の制裁を実施しており、1日あたり3件の制裁を実施していることになる。これまで米国は、キューバ、中国、ロシア、北朝鮮、イラン、ベネズエラなど、世界40カ国近くに対して経済制裁を行っていた、または行っており、世界人口の半分近くに影響を与えている。”The United States of America” は “the United States of Sanctions” に変わってしまったのです。そして、”long-arm jurisdiction” は、米国が国家権力という手段を使って経済的競争相手を弾圧し、正常な国際ビジネスに干渉するための道具に過ぎないものに成り下がってしまった。これは、米国が長い間誇ってきた自由主義市場経済の原則からの重大な逸脱である。
日本について
この後この文書は「IV. 技術的覇権―独占と抑圧」と「V. 文化的ヘゲモニー―虚偽の物語の流布」の2つのセクションが続き、アメリカの覇権を包括的な視点から非難するが、記事があまりに長くなるので割愛する。
またこの文書で興味深いのは、日本がアメリカから被害を受けた国として書かれていることだ。
米国は、経済的な強制力をもって、故意に相手を弾圧する米国は、経済的な強制力をもって、故意に相手を弾圧する。1980年代、アメリカは日本の経済的脅威を排除し、ソ連との対決と世界支配という戦略的目標のために日本を支配し利用するために、その覇権的金融力を駆使して日本に対抗し、プラザ合意を成立させた。その結果、円高が進行し、日本は金融市場の開放と金融システムの改革を迫られた。プラザ合意は日本経済の成長力に大きな打撃を与え、日本は後に “失われた30年 “と呼ばれる事態に陥った。
このようにこの文書では、日本の失われた30年が結局アメリカが仕掛けた「プラザ合意」を起点に始まったのだとして、アメリカを強く非難する。
ただ、日本が「失われた30年」という長い停滞期に入った理由のひとつにアメリカの関与があることは間違いないにしても、その原因が円高と金融自由化を決めた「プラザ合意」にあるかと言えば、決してそうではないだろう。「プラザ合意」がもたらした円高と金融自由化は、バブル経済と日本の急速なテクノロジーの発展を促し、むしろ当時の日本の発展にはプラスに作用したように思う。
そうではなく、1988年の「日米構造協議」、そして1989年に始まり、当時は最先端であった日本製半導体を壊滅させた「日米半導体協議」こそ、「失われた30年」の長い低迷を引き起こした原因となった。
いずれにせよ、中国外務省のこの文書にある通り、日本を停滞させた原因の1つは間違いなくアメリカの圧力だったと言える。
Next: これは誰に向けられた文書なのか?王毅・プーチン会談の2日前に発表
これは誰に向けられた文書なのか?
さて、アメリカを厳しく断罪する文書だが、これは誰に向けられものなのだろうか?
この文書が王毅・プーチン会談の2日前に発表されたということは、読み手がロシアであることを想定した文書であることは間違いない。この文書に書かれた反米の世界観は、いまウクライナで欧米と激しく対峙しているプーチンのロシアも完全に同意するはずだ。
ということでは中国は、この文書を通して、ロシアと世界観を共有していることを示し、ロシアを支援する姿勢を明確にしたものであろう。
しかし、想定される文書の読み手はロシアだけであろうか?おそらくそうではない。インドが議長国となり、25日までG20財務相・中央銀行会議が開かれ、3月2日からG20外相会議が開催される。この会議には「グローバル・サウス」と呼ばれる発展途上国のグループや「BRICS+」の諸国も参加する。これらの国々の多くは、国連のロシア非難決議を棄権したか、または反対した。むしろウクライナ戦争後、ロシアとの経済関係を強化した国々も多い。
そうした国々の多くは欧米の植民地だった経験も持ち、また独立後も欧米政府に支援された多国籍企業によって、国内の資源が安く買い叩かれ、経済的な停滞を余儀無くされた国々だ。そうした国々では欧米、それも特にアメリカに対する潜在的な敵意と嫌悪感があるに違いない。これは「BRICS+」にも共通した特徴だ。
おそらく中国は、G20に結集した国々が潜在的に持つアメリカに対する否定的な感情を具体化し、共有できる世界観として提示することで、ロシアも含む「グローバル・サウス」と「BRICS+」の欧米に対抗する独立した枢軸としての結束を図るために、あえて反米的な世界観を明文化したものと解釈できる。
おそらくこれからは、米中の対立は一層厳しいものとなるだろう。中国外務省がこのような過激な反米的な文書をあえて公開した裏には、アメリカの覇権の衰退が加速化しているという中国の判断があるようだ。2023年、世界は凄まじい勢いで多極化する。要注目だ。
コメント
1. 無題
US Hegemony and Its Perils
2023-02-20 16:28
https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/wjbxw/202302/t20230220_11027664.html