(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
イタリアで9月26日に総選挙が行われた。大方の事前予想の通り、極右政党である「イタリアの同胞(FdI)」を中心とする政治会派・中道右派連合が勝利した模様だ。
同会派にはFdIをはじめ、同じく極右である同盟(Lega)に、中道右派のフォルツァ・イタリア(FI)と中道右派の少数政党による会派「われらに中道を」(NM)が参加している。
10月にも新首相に就任する見込みであるFdI党首のジョルジャ・メローニ氏は、筋金入りの保守派として知られる。
学生時代にはネオ・ファシスト政党であるイタリア社会運動(MSI)の青年組織に所属しており、近年はファシスト期を率いたベニート・ムッソリーニとはやや距離を置いているが、もともとは熱心なムッソリーニ支持者である。
外交面での親ロシア派的な発言に加えて、経済面では財政出動の強化を訴える。
その保守派としての経歴と、反EU(欧州連合)的なスタンスから、ドイツのニュース週刊誌シュテルンは、メローニ氏を「欧州で最も危険な女」と評したという。また日本の報道でも、極めて右派的な政治運営が営まれる可能性に対する警戒が散見される。
とはいえ、こうした見方はいささかオーバーシュートしていると考えられる。
確かに中道右派連合が勝利したが、極右であるFdIとLegaの関係は盤石ではないし、中道寄りのFIやNMの支えがなければFdIやLegaは政権を安定的に運営できない。それに議会では、中道左派連合や極左の「5つ星運動」(M5S)による反対にもあう。
イタリアでは近年、短期での政権交代が繰り返されており、そのたびに政権政党も変化している。聞こえの良い公約を掲げる政党に支持が集中し、それが実現できないと有権者の支持が別の政党に移り、政権が交代する。
この大きな流れの中で、今回はFdIが第一党になり、メローニ氏が新首相に就任することになったと考えるべきではないか。
事実、欧州中央銀行(ECB)前総裁時代のニックネームと同様に“スーパーマリオ”になることが期待されたマリオ・ドラギ前首相も、短期での退場を余儀なくされた。今回、有権者はメローニ氏がイタリアの“マンマ”(mamma, 母親の意味)になることを期待しているのではないか。メローニ氏もこうした期待を意識し、過激な主張を控えたのだろう。
“マンマ”が直面する金利急騰という評価
イタリアでは長年の間、経済の停滞が続いている。そしてその元凶ともされる肥大した公的債務(GDP比の150%程度)の圧縮について、EUから常に圧力を受けてきた。
さらに、最近は他のEU各国と同様にインフレの加速にも苛まれている。生活が困窮する有権者にとって、メローニ氏が訴える大規模な経済対策の実施は魅力的に映るはずだ。
しかしながら、その実現を許さないのが金融市場である。
世界的に上昇する長期金利だが、イタリアの長期金利の上昇ピッチは速く、欧州で最も信用力が高いドイツの長期金利とのスプレッドは足元で拡大基調を強めている(図)。新政権による財政拡張の可能性を嫌気した投資家が、イタリア国債を先んじて手放していることの表れである。
【重債務国とドイツの利回り格差】
ECBは7月の定例理事会で、金利が急騰した国の国債を買い取る支援策(伝達保護措置、TPI)を設けると発表したが、これは当該国がEUの財政ルールを順守する場合に限って発動される。つまりイタリアの新政権がEUの定めたルール以上に財政を拡張し、それが金利の急騰につながった場合、イタリアはECBによる支援を望めないわけだ。
独自の財政拡張が不可能な新政権
イタリアと同様に重債務国であるスペインとギリシャもまた、ドイツとの間で利回り格差が拡大している。ただ、スペインの場合は1%ポイント台前半にとどまっている。
ギリシャの場合も、イタリア以上にドイツとの利回り格差は拡大しているが、EUのルールに背いているわけではなく、その意味でECBによる救済対象になる。
このように、イタリアの新政権は、ECBによって財政拡張にあらかじめ強い制約が課されているのである。
ECBとして欧州域内の金融市場の安定を維持する必要はあるが、イタリアの過剰な財政の拡張を支える道理もない。言い換えれば、イタリアに自覚を持たせるためにも、ECBはイタリアを突き放したというところだろう。
財政拡張を主張するFdIだが、少なくとも年内はドラギ前政権下での予算の履行が求められるし、来年の予算で財政拡張を図ろうとしても、それはEUの定めたルールの下での拡張に限定される。EUが財政ルールを抜本的に緩めるか、あるいはイタリアがEUから離脱しない限り、イタリアが自由に財政を拡張することなど不可能である。
結局は“マンマ”も短命で終わる公算大
有権者の不満をEUへの不満に転じさせる術は、EU各国でよく使われる政治手法だ。そうした手法を使う政党の多くがEU離脱をちらつかせたり、自国に有利なかたちでのEU改革を訴えたりするが、それが結実することはまずない。
それはイタリア自身が、かつてLegaとM5Sという反EU政党同士による連立内閣で経験したことでもある。
特に、Fdlと主張が近いLegaの主張を振り返るとわかりやすい。
LegaはかつてEU離脱交渉を準備し、独自通貨の発行を目指すと主張した。コンテ政権下での2019年にも「ミニBOT」と呼ばれる、一種の政府紙幣の発行を提案するなどしたが、いずれも現実というハードルに阻まれてとん挫し、同党は徐々に支持を失うことになった。
メローニ新首相もまた、就任当初は意気揚々と財政拡張を打ち出してくるだろう。それが市場の金利急騰という逆風と、EUとECBの冷たい態度を前に、軌道修正を余儀なくされる。その姿に対して、FdIのみならず、首長が近しいLegaからも厳しい批判が浴びせられる。そして、中道右派連合の足並みが乱れ、政権運営が停滞する。
イタリアは本来、政権の安定を重視するため、前倒し総選挙の実施には慎重な国である。今回は例外的に、ドラギ前首相の辞任もあって前倒しで総選挙が行われたが、メローニ新政権が議会満期の5年を満了することはまず考えにくい。この間にも、新首相が擁立されては退場するサイクルが、イタリアでは数回生じるのではないだろうか。
コメント