固定費が捻出できなくなった病院も
『医療崩壊』──新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、この言葉がワイドショーなどでもよく取り上げられるようになった。新型コロナに感染したのに、病院のベッドに空きがないから入院できず、自宅療養せざるを得ない人が増えている。重症で入院したとしても、人工呼吸器や『ECMO(人工肺)』が足りなくなり、救える可能性がある命すら助からない。さらに、医師たちは十分な補填もされないなかで、感染リスクを負って昼夜構わず働く……恐ろしい現実だ。
西村康稔経済再生担当相は19日「軽症および無症状の感染者の受け入れ先として、全国で21万室を超える宿泊施設を確保した」との旨を発表したばかりだ。しかし、ホテルを増やしたところで、医師の数が増える訳ではない。各宿泊施設で治療にあたる医者は、最初は希望者を募るそうだが、実際に赴くのは開業医が多いと考えられているという。
報道では大学病院など大きな施設の動向が注目されがちだが、実は、みなさんの街にあるかかりつけの病院がピンチに陥っている。医療機関における経営危機が深刻化しているとの情報を得て、東京都・渋谷区にある『あおい内科』の桑井太郎院長にお話を伺った。あおい内科は11年前に代々木上原駅前に開業し比較的多くの通院患者を抱える、地域密着型のクリニックだ。
ワイドショーなどの報道を見る限り、新型コロナの感染に不安を覚えた人たちは地域の病院に押し寄せているのでは、と思っていたが、現実は違うらしい。
「院内感染を警戒される方も少なくなく、患者さんはかなり減っています。当院は、多い日の来院者数は100名を超えますが、最近では概(おおむ)ね半減。聞くところによると、それ以上に患者数が減少し『損益分岐点』(利益がゼロとなる売上高)を下回るクリニックも増えてきたようで、家賃などの固定費がまかなえなくなる医療機関も出てきています」(桑井院長・以下同)
正直なところ、お医者さんはいま、儲かっているとさえ私は思っていた。とんだ勘違いだ。慶應義塾大学病院などでは、新型コロナ感染の影響で外来診療を縮小し、手術を一部停止するなどの措置が取られている。手術を受けるべき患者さんが受けられないということは大問題であるが、病院の収益も下がる。
個人経営の病院に比べ、大学病院などは国からの公的補助などが入る可能性は十分にあるが、現場からの感染リスクを避けるために看護師の離職などが始まっている。そろそろ、リスクを抱えながら新型コロナの治療にあたる医療従事者の金銭的な補填についても、議論が始まるべきときなのかもしれない。
ちょうど22日には、大阪府の吉村洋文知事が「2000人程度の医療従事者らに対し、府独自で日額3000円の手当を支給する」という旨を発表したが、全国的にこのような動きが広まって欲しい。現場から医師らがいなくなれば、このウイルスとの戦いには勝てないだろう。
繰り返すが、地域のかかりつけ医は、もっと危機的な状況である。開業医といえば“お金持ち”というイメージがあるかもしれないが、現在では「営業すればするほど赤字になるという苦境に立たされている病院が多い」と桑井院長は肩を落とす。
「病院の経営は、単価をあげられません。全国一律で同じ治療を同じ価格でうけられるよう、すべてのサービスを点数化しています。例えば、飲食店であれば極端な話、似た品質のハンバーグを600円で売る店と3000円で売る店があってもいいなど、店舗が独自に価格設定することができますが、病院ではそれが不可能。ということは“患者さんが何人いらしてくれるか”が、収益を大きく左右するのです」
特に、都心や全国の中心街は地価が高いため自宅兼用などは難しく、賃貸開業が多いという。つまり、いわゆるテナントと同じで、固定の賃料や人件費が出ていく状況は変わらないのだ。
「よって、周囲でも来院者数の減少に伴い、非常勤の医師や看護師、医療事務の方々の契約打ち切りや、勤務時間の短縮が始まっています。飲食店等は休業補償がありますが、医療機関は国から営業を続ける依頼が出ていますから、補償がないのに休業もできない。新型コロナ感染のリスクが高い業態であるにもかかわらず、金銭的な援助は、通常の政策金融公庫や福祉医療機構からの貸付など、一般的なもののみ。つまり、このままでは借金がかさむだけなんです」
そのうえ、場合によっては風評被害による打撃も大きいだろう。通院患者に新型コロナ感染が発覚した病院のなかには、近所で噂になって一時休業に追い込まれ、営業再開後も、来院者数がほとんどゼロになってしまった事例もあると耳にした。
宿泊施設に赴いても状況はさらに厳しい
では、オンライン診療を始めるのはどうか。以前から必要性が議論されていたのにもかかわらず、医師会が強く反対していたことを私は忘れないが、今回の新型コロナ感染拡大に乗じて、オンライン診療の規制はかなり緩和された。しかし、そう簡単な問題ではないという。
「オンラインですと、対面と同じような診療をしても報酬が6掛けほどになることもあり、さらに、訴訟のリスクも高いのです。仮にですが、もし患者さんがわざと症状を隠すということがあって診断を誤ったとしても、現行の法律上、医師側が責任を負うしかないため、なかなか踏み切れないところがあります」
確実に花粉症で悩む人に必要な薬を出すということならできるが、症状が頭痛だけでも脳梗塞かもしれないし、胸が痛ければ心筋梗塞かもしれないし、呼吸に問題があれば、新型コロナかもしれない。「聴診器を当てればわかることすらも気づけない可能性がある」と懸念を示す。
今後、宿泊施設における軽症者らの受け入れが進んだ場合、医者や看護師たちは現場に常駐となる予定で、複数の医師が輪番制で業務にあたる。日当も出るそうで、待遇によってはこちらに参加したほうがいいのでは? とも思ったが……。
「輪番制に対して公的な日当は出るようですが、もし自分の医療機関を休診して従事した場合でも、開業医らが固定費を充足させるのに十分な金額は望めないと思います。従業員への給料のほか賃料や医療関係の物品代、開業時のリース代なども支払わねばならないわけですから、現実は厳しい。これについては本当に、新型コロナと戦う医師たちの正義感や公共心から参加することに意義を見出す事業になっています」
宿泊施設へ出向いて働くという選択は、かなり苦しいことがわかった。今のところ、施設に赴くのは希望者のみであるから無理に行く必要はない。だが、参加しても金銭的に辛くなり、自分や家族への感染リスクもあるなかで、これから招集がかかったとして、行けるだろうか。呼び出しは“赤紙”を意味することになるかもしれない。
現在、4日間にわたり37.5度以上の発熱がないと一般の人は検査も受けられない状態で、すでに国民の不満も高まっている。しかし、前述したように、検査を増やすことができても、医療従事者数を増やすことができるわけではない。医師が安心して働ける環境がなければ、なおさら難しいだろう。担当する医師や公務員らが過労死ラインを超えつつも、働き続けているという報道もなされている。
心苦しくはあるが、有事だから使命感で頑張ってほしい、と思う部分はある。しかし、その使命感で走れるのはあと何か月だろうか。命を危険にさらし、お金もない状態なのに、使命感や責任感だけで、あなたは残業をたくさんできるか。私はできない。改めて、医療従事者の方々に感謝の気持ちを述べるとともに、マスクや防護服など物品だけではなく、病院の経営面にも目を向けるべきだと感じた。
経済的援助がないと、地域医療の力が大きく減退する。また、開業医には高齢の医師も多く、感染のリスクがより高い。賃料の一部負担や、処遇面などの補填が必要ではないか。これまで患者に寄り添ってきた地域の病院が、来院者数を確保できず、診療単価をあげることももちろん許されない、病院で別の新規ビジネスも始められないなかで、どんどん潰れていく──。苦境に立たされる医師たちの声に、どうか耳を傾けてほしい。
(取材・文/お笑いジャーナリスト・たかまつなな)
※この記事は、私たかまつなな個人の発信です。所属する組織・勤務先とは一切関係ありません。問い合わせは、下記アドレスまでお願いします(infotaka7@gmail.com)。
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