「サイバーセキュリティ法」の導入に、ネット規制を回避するソフトウェアVPNの規制強化。SNSでの書き込みの実名登録化など、中国のサイバー統制が目立っている。
その一方、中国ネットサービス最大手の「アリババ」は、トランプ米大統領に100万人の雇用創出を約束……情報統制とは「非対称」にみえる地場ネット関連企業の隆盛との関係を読み説く。
「防火長城」の規制
中国ではGoogle、Facebook、Twitterなど、米国中心のネット検索大手やSNSにアクセスできない。LINE、インスタグラムも使えない。外敵の侵入を防ぐため築かれた「万里の長城」(GreatWall)をもじって、このネット情報検閲を「グレート・ファイアウォール(防火長城)」と呼ぶ。
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6月1日に施行されたサイバーセキュリティ法は「サイバー主権の保護」を強調し、「ネット関連サービスは、中国基準に合致したもの」を外国企業に要求している。「社会主義的価値観」を強調しているため「情報統制」という見方が広がった。VPNへの規制強化と併せ、10月に開かれる中国共産党第19回党大会を前に、安定を揺るがす「芽」を摘み取るのが目的だろう。
しかし、狙いはそれだけではない。アリババと騰訊控股(テンセント)の2社の株価時価総額が40兆円を超え、世界の「トップ5」入りも近いというニュースを知れば、国内産業の保護育成という経済的利益こそが、隠れた狙いなのではないかと思えてくる。
Google撤退などで急成長した中国企業
規制が経済実利につながった例の一つがGoogleである。2006年に中国市場に参入した同社は一時、中国で30%を超えるシェアを獲得した。当初は、中国政府が要求した新疆、チベット、民主化運動などの情報規制をのんでいたが、アメリカで「検閲容認だ」との批判を浴びたため、2010年、中国から撤退した。
Damir Sagolj/Reuters
日本メディアは中国の情報統制を非難したが、その陰で急成長したのが、中国発の検索サイト「百度(バイドゥ)」と中国版Twitter「微博(ウェイボー)」、それに中国版ラインの「微信(WeChat)」などのネット企業だった。百度は、検索サイト市場ではGoogleに次いで世界2位に成長。微信は、スマホ決済など電子商取引をはじめ飛行機、鉄道の予約、流行のモバイク(乗り捨て自由のシェア自転車)使用に必需なアプリ。中国ではいまや微信なしに日常生活はできない。
Googleの例は、アメリカのネット企業が中国市場で自由に競争すれば、未熟な中国企業が成長できなくなるため、国内産業を保護、育成する狙いがあったことをうかがわせる。
スノーデン、雨傘デモの効果も
「スノーデン効果」もあった。米国家安全保障局(NSA)の元職員・エドワード・スノーデン氏は2013年6月、「NSAは中国本土も含め世界中でハッキングを行っている」と暴露。中国当局はこれを契機に米IT企業への締め付けを開始した。中国政府は企業に国産通信機器を使うように要求し、米ネットワーク機器企業の中国での受注は激減するのである。
2014年には日本のLINEが使えなくなった。同年秋、香港で民主化を要求する若者中心の「雨傘デモ」が炎上すると、インスタグラムも規制された。公式の理由説明はないが、SNSを通じ政府批判が拡大することを恐れたのは間違いない。一方、規制によって潤ったのが中国の通信機器産業。政治的風波を商機に転じたのである。
「サイバーセキュリティ法」もその要素がある。同法が外国企業に要求するのは「ネット関連で提供するサービスは、自国ではなく中国基準に合致したもの」と「中国で得たデータは、中国に置かれたサーバーで管理する必要がある」の2点。
外国企業からすれば、コスト増と情報流出のリスクがある。中国ビジネスにブレーキをかける企業もあるかもしれない。半面、規制で利益が上がるのは中国企業だ。情報規制が主たる目的のように見えるが、経済実利を狙ったしたたかさが透ける。商業資本主義に長けた「社会主義国」。
サイバー主権の論理
とはいえ規制の主要な狙いは政治にある。「共産党独裁の維持」と単純化するのは簡単だが、彼らの論理を社会構造と政治文化、歴史から分析すると、別のカオがみえるはずだ。
情報遮断の根拠は中国が主張する自国の「サイバー主権」だ。トランプ政権の登場などで、グローバル化に抗う内向きベクトルが優勢のように見える。しかしそれは幻想である。ヒト、モノ、カネが国境を越え、相互依存が深まるグローバル化は不可逆的であり、中国だけが独自の価値観を押し通すことはできない。それがネット世界である。
中国は世界第2位の経済大国に成長したが、豊かさは国民の権利意識を強め、意識の多元化は共産党の統治を揺さぶる。共産党前総書記の胡錦涛氏は「共産党は外部環境の変化と試練に対応できず、一党統治の維持は困難になる」と、危機感を露わにしたことがある。これがサイバー主権を根拠にネット規制する党の論理である。
上に政策あれば下に対策
規制はネットだけではない。共産党はこの春から中国の大企業約3000社に対し「党組織を社内に設置し、経営判断は党組織の見解を優先する」という項目を「定款」(会社の規則)に入れるよう要求した。
「党支配を優先する国有企業との取引には消極的になる」と言うのは、日本の大手企業の経営者である。「党の指導」と「自由な企業活動」は「水と油」の関係だ。だから矛盾が「妥協できない臨界点」に達するかもしれないと予測するのが「常識」だろう。
だが中国には昔から「上に政策あれば下に対策あり」という“非常識”がある。「上部の決定に対し、庶民は抜け道をあみだす」という意。「面従腹背」にもつながる。改革・開放政策の下で、多くの外国合弁企業が生まれたが、その中にも党組織があり、企業内では党組織の意思が優先した。ただそれはあくまで建前の話だった。
中国は、日本のような「タテ型秩序」が貫徹する社会ではない。戦乱と革命の歴史の中で、国家と政治への帰属意識は薄い。それが人々の意識を経済志向にさせ政治的無関心に誘導する。引き締めを繰り返すのは、効率的な国家運営に必要な「タテ型秩序」が根付かないからだ。
情報統制と聞けば、息苦しい監視社会を想像するかもしれない。しかし中国社会が「柳に風」の柔構造であることは覚えておいてよい。情報統制が導入されても、すぐ抜け道が編み出される。VPNへの規制強化も同じ。またイタチごっこの始まりである。
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