異常な暑さが続く中、熱中症による児童・生徒の搬送が相次いでいる。今後も各地で猛暑が予想されるが、夏休み中もプールや部活で登校する機会は少なくない。安全なはずの学校でなぜ事故が起きるのか。子供たちを守るため、大人は何ができるだろうか。【中村かさね/統合デジタル取材センター】
17日に愛知県豊田市で校外学習から戻った小学1年の男子児童が死亡した後も、学校で熱中症にかかるケースは後を絶たない。
事故を受け、文部科学省は18日に部活動や校外活動の中止や延期などを含め柔軟に対応するよう求める通知を出した。それでも18日には宮城県名取市の小学校で児童38人が市の記念行事の航空写真の撮影中に体調が悪くなって病院に運ばれ、19日にも東京都練馬区の高校体育館で生徒25人が熱中症の症状を訴えている。
◇教員に「正常性バイアス」?
連日、熱中症への警戒を呼びかける情報が飛び交っているのに、なぜ教育現場で同じことが続くのか。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏は「正常性バイアスが働いていることを自覚すべきです」と指摘する。
正常性バイアスとは、異常事態が起きても「たいしたことではない、自分は大丈夫」と過小評価して平静を保とうとする心の働きのことだ。台風や大雪と違い、猛暑のリスクは目に見えにくい。「夏に暑いのは当たり前なので、教員たちは『長時間でなければ大丈夫』『気をつければ大丈夫』と考えてしまうのでしょう。気温や湿度によるガイドラインを定めた方が判断しやすいのではないか」
◇エアコンは「最低限必要なもの」
エアコンがない学校も多い。
文科省の調査では、公立小中学校のエアコン設置率(2017年4月)は全国平均で41.7%。10年前の15.3%と比べると大幅に増加しているが、まだ過半数の学校はエアコンなしだ。
死亡した男児の学校にもエアコンはなく、校外活動から教室に戻っても体を冷やすことができなかった。
名古屋大大学院の内田良准教授(教育社会学)は「エアコンは子供を熱中症のリスクから守るための最低限の施設整備です」と強調する。
内田准教授によると、都道府県ではなく市区町村でみると、エアコンがある自治体とない自治体にはっきり分かれる。「すべての学校にエアコンを付けるには予算が厳しく、公平性の観点から特定の学校だけに付けることも難しいのでしょうが、非常に不公平な状況が野放しになっている。補助を増やすなど、国の責任で一気に取り組むべきです」
◇プールにも熱中症リスク
「生理でプールに入れない子は『校庭10周』と言われた」「風邪気味なのに炎天下で体育を見学させられた」--。ツイッターには、危険なケースがいくつも投稿されている。
都内の小学校に3年生の男の子を通わせる女性(39)は「学校側の危機意識の乏しさにがくぜんとしている」と話す。健康上の理由でプールの授業を見学する際、屋根のないプールサイドで2時間近く座っているよう指導されたという。
学校と交渉したが、経口補水液などの持ち込みも認められなかった。女性は「『何かあったら保健室に常備している』と学校は言いますが、意識に大きな溝がある。モンスターペアレントと思われたくなかったので強く言えなかったけれど、見学者は図書室や教室で自習させてほしい」と話す。
一方、教員側にも事情はある。
神奈川県の中学校でバスケットボール部顧問を務める女性教員(36)は「体育館に冷房がなく、個人的には練習は中止した方がいいのかな、とは思う。でも周囲の先生に言っても『そうだよね』で終わってしまい、実際にやめる判断をするのは難しい。部活をやりたい生徒も多いので、結局は事故が起きないよう見守るしかできない」と明かす。
女性は小学生と保育園児を育てる母親でもある。豊田市の事故について「親として許せない気持ちもあるけれど、先生の判断も理解できる部分もある。後からはいろいろ言えるだろうけど、自分が教師の立場だったら引き返す選択ができたか自信がない。複雑です」と声を落とした。
◇「従わない」という選択も
子供の命を守るため、大人は何をすべきなのか。
おおた氏は「一番大切なのは、規律や統率を最優先に考える教育現場の考え方を変えること」と話す。さらに親についても「『先生が常に正しいとは限らない』と覚悟を決めて子供に伝えるべきです。どう考えても先生が間違っていると思ったら『従わずに帰って来なさい』と。先生には、モンスターペアレントと思われようと『しかるなら、親をしかってください』と伝えましょう。子供が自分で判断し、自分を守れるよう教えるのも親の役目です」
内田准教授は「全校集会や屋外での体育見学などは、教師個人の判断で変えるのは難しい。トップダウンなら通知一つで変えられるのだから、常識にとらわれずに上が判断すべきです」と話す。19日に都教委が体育館での終業式を避けるよう都立高に通知した例を挙げ、「すぐにできる好事例だ」と評価する。
また、部活動についても「屋内での活動に変更したり、夏に開催されるスポーツ大会の時期をずらすなどの工夫が必要だ」と提案した。「亡くなった小学生の死を無駄にしないためにも、我々大人が声を大きく上げなくてはいけない。規則だから、伝統だから、と思考停止に陥るのではなく、勇気を持って見直すきっかけにすべきです」
今年熱中症で児童や生徒が体調不良を訴えた主なケース(毎日新聞まとめ)
月日 場所 学校 人数 状況
5月25日 京都市 中学校 19 市立中のグラウンドで体育の授業中にリレーや縄跳びをしていて体調不良
6月19日 石川県七尾市 高校 11 陸上競技場で校内陸上記録会中、体調不良
7月2日 福島県伊達市 高校 6 公園野球場で野球部員とマネジャーが練習中に体調不良
12日 北九州市 高校 6 体育館でバレーボールやバスケットボールをしていて体調不調
14日 大津市 中学校 1 ソフトテニス部の2年生男子が、練習ミスの罰として顧問教諭の指示で校舎外周を走らされ、途中で倒れる
16日 埼玉県春日部市 高校 5 私立高の野球部員5人が練習後に体調不良
17日 愛知県豊田市 小学校 1 1年生男子が近くの公園であった校外学習から戻った後、意識不明となり死亡
18日 宮城県名取市 小学校 38 市立小の校庭で全校児童による航空写真撮影中「頭が痛い」などと訴えた
19日 北海道北斗市 高校生 14 道立高運動場で体育大会中の1~3年生が、手足の脱力などの症状。最高気温は平年よりやや高い25度
19日 東京都練馬区 高校生 25 都立高体育館で外部講師による講義を受けていた時に体調不良。冷房はなく、窓や扉を開け放していた
19日 三重県伊賀市 中学校 1 市立中3年生女子が教室の清掃を終え、気分が悪くなる
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