新型コロナウイルス(以下、コロナ)の流行が続いている。政府は緊急事態宣言を発令し、国民に対して、さまざまな規制を課している。本稿では、このような規制の妥当性を科学的見地から検証したい。
まずは、飲食店への規制だ。尾身茂コロナ感染症対策分科会会長は「飲食を介した場のリスクが一番高い(医療崩壊が全ての人にとって「他人事」ではない理由。尾身茂会長が避けたいと願う「最悪のシナリオ」/バズフィードジャパン/2020年12月30日)」、「昼間の飲食が増えている。(中略)社会全体が(宣言に)慣れてきて飲食を介して感染が増えている(「昼間の飲食が増えている」尾身氏、感染者下げ止まりの要因指摘/毎日新聞/3月10日配信)」と一貫して、飲食店での感染を問題視してきた。
飲食関係の感染源は「大多数ではない」
彼らが根拠とするのは、昨年11月にアメリカ・スタンフォード大学の研究チームがイギリス『ネイチャー』誌で発表した論文だ。この研究では昨年3~5月までのアメリカ主要都市を対象に、約9800万人の携帯電話の位置情報を用いて、どのような場所で感染が拡大したか分析している。もっとも危険だったのは飲食店、ついでスポーツジム、カフェ、ホテルだった。
確かに、飲食店での感染は問題だ。今年4月にもアメリカ・イリノイ州で、バーの新規開店イベントに参加した約100人のうち、46人が感染したクラスターの発生が報告されている。
しかしながら、コロナ対策が進んだ現在、飲食店が感染拡大に与える影響は限定的だ。例えば、昨年12月、ニューヨーク州での新規感染者の感染経路の4分の3は私的な集まりが原因で、飲食店は1.4%と報告されている。日本でも今年4月27日に厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードへ提出された資料では、4月のクラスター発生463件中、飲食関係は82例と少なくはないが大多数ではない。この82例の中には「飲食店と判断できない事例を含む」と追記されており、実数はさらに少ない。
実は、世界の多くの研究者が飲食店への規制について疑念を抱いている。2月26日、オランダの研究者は、欧州での政府の介入が感染拡大をどれほど防いだか検証した論文を『BMC公衆衛生』誌に発表したが、「イベント禁止と学校閉鎖は有効だが、飲食店の閉鎖の効果は限定的」と結論している。
また、3月30日、『ネイチャー』誌は「なぜ、屋内空間はいまだにコロナのホットスポットになるのだろう」という論文を掲載しているが、広く屋内でのコロナ対策を論じており、飲食店だけを特別視していない。
昨年の第1波で多くのクラスターが発生した飲食店は、利用者も減少し、またソーシャル・ディスタンスや換気など、コロナ対策も強化している。第1波を対象としたスタンフォード大学の解析結果を、現状にあてはめるのは慎重でなければならない。
ところが、政府や専門家は「飲食店悪玉説」に固執する。例えば、尾身氏は「家族内での感染が増えていることは大きな問題だが、歓楽街や飲食を介しての感染拡大が原因であって、家族内や院内の感染はその結果として起こっている(昨年12月23日コロナ感染症対策分科会)」と主張し、その後の緊急事態宣言でも飲食店を中心とした規制を支持した。尾身氏たちの主張は、検証されていない仮説に過ぎないのだが、日本の国策となってしまった。
クラスターの大多数はむしろ医療・介護施設
政府が非科学的な政策を強行すれば、割を食うのは国民だ。飲食店経営者や従業員が被った苦痛は改めて言うまでもないだろう。被害者は、これだけではない。介護施設入所者や患者たちだ。政府・専門家は飲食店への規制強化を求める一方、病院や介護施設には十分な検査を提供せず、感染の蔓延を許した。
第3波のピークであった今年1月、961件のクラスターのうち、604件(63%)が医療・介護施設で発生していたし、第4波で感染拡大が深刻な関西では、神戸市内の老健施設で133人が感染し、25人が死亡するクラスター、宝塚市内の介護施設で53人が感染し、7人が死亡するクラスターが発生している。
私の知る限り、いまだに医療・介護施設での感染拡大が止まらない先進国は日本だけだ。海外は、検査を頻回に実施し、さらにワクチン接種や感染歴を考慮して職員を配置することで、集団感染を抑制しようとしている。5月14日、アメリカ・ハーバード大学の研究者たちは、このような対策を講じることで、介護施設の感染を49%減らすことができるという研究をアメリカの『JAMAネットワークオープン』で発表している。
医療・介護施設での感染は政府・専門家の不作為と言っても過言ではない。では、なぜ、彼らは医療・介護施設での感染対策を軽視するのだろうか。それは、病院職員や介護職員を一斉に検査することは、彼らが推進してきたクラスター対策を否定することになるからだ。
クラスター対策とは感染者が出たら、濃厚接触者を探し出し、検査・隔離することだ。感染症法に規定された法定措置で、わが国の感染症対策の根幹だ。尾身氏は「感染拡大するいちばんのドライビングフォースはクラスターを通しての感染ということは、もう当初からわかってて、今もその事実は変わりません」(衆院厚労委員会/2020年11月18日)、「われわれのクラスター分析結果だと、大体、跡を追っていくと、そこがどこからそのクラスターが始まったかわかるんです」(衆院厚労委員会/2021年4月2日)とクラスター対策を擁護し続けてきた。
世界4大医学誌の2誌がコロナ空気感染を論考
現在、このように主張する専門家は世界にはいない。それは、コロナが空気感染でうつることがわかってきたからだ。イギリス『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』は4月14日に「コロナ空気感染の再定義」、イギリス『ランセット』は5月1日に「コロナが空気感染することを示す10の理由」という「論考」を掲載している。この2誌は世界4大医学誌に数えられ、その「論考」は世界の医学界のコンセンサスを反映する。
空気感染の主体はエアロゾルだ。咳やくしゃみで発生する飛沫の直径は0.02~0.05mm程度だが、エアロゾルの直径はその10分の1。最大で3時間程度、感染性を維持しながら空中を浮遊し、長距離を移動する。検疫のための宿泊施設で、お互いに面識がない人の間で感染が拡大したり、バスや航空機の中で遠く席が離れた人が感染したりするのは空気感染が原因と考えられている。
コロナが空気感染するなら、濃厚接触者に限らず、広く検査しなければならない。「クラスターさえ見つけていれば、ある程度の制御ができる」(押谷仁・東北大学大学院教授、NHKスペシャル『“パンデミック”との闘い~感染拡大は封じ込められるか~』/2020年3月22日)という従来の方針を撤回しなければならなくなる。
このことに対しても、政府や専門家は抵抗した。尾身会長は、エアロゾルの中で、比較的粒子が大きいものをマイクロ飛沫と呼び、「(エアロゾルと比べて)短距離で起こる感染」であるため、「実は三密のところで起きて、(中略)、いわゆる飛沫が飛ぶということで起こることは間違いない(衆院厚労委員会/2020年12月9日)」と説明している。
この説明も、検証されない仮説の域を出ない。そもそもコロナ感染における「マイクロ飛沫」の役割について研究は進んでいない。私が、”micro-droplet”という単語をタイトルに含むコロナ関係の論文を、アメリカ国立医学図書館論文データベース「PubMed」を用いて検索したところ、ヒットしたのはわずかに2報だった。イランの研究者が感染症専門誌、ニュージーランドの研究者が眼科専門誌で発表したものだ。
クラスター優先の対策にまだ固執するのか
一方、“aerosol(エアロゾル)”という単語をタイトルに含むコロナ関係の論文は419報だ。これだけの研究が蓄積され、コロナ感染におけるエアロゾルの役割が解明され、そして、そのことを権威ある医学誌の『BMJ』や『ランセット』が掲載したのだが、政府や専門家たちは、このような科学的な議論を無視している。
彼らが“micro-droplet”という概念を持ち出した理由も容易に想像がつく。それはクラスター優先のこれまでの対策が正しかったことを強調したいからだ。もし、感染の主体がエアロゾルによる空気感染で、どこに感染者がいるかわからないとなれば、濃厚接触者だけを検査しても無駄で、幅広くPCR検査を実施しなければなくなる。そうなれば、彼らが作り上げてきた「濃厚接触者さえみておけば大丈夫」というシナリオが崩れてしまう。
東アジアで唯一、コロナが全土に蔓延しているのは日本だけであるという状況を考慮すれば、クラスター対策の蹉跌は明らかなのだが、いまだに日本は方針転換できていない。そして、主要学術誌に掲載された研究成果を無視して、仮説レベルの主張を繰り返す。このようなやり方は必ず失敗する。飲食店や医療・介護施設は、このような施策の被害者だ。今からでも遅くない。コロナ対策に関わる人心を一新し、方針を見直さなければなるまい。
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