11月5日、アメリカでは地方選挙が行われ、民主党はバージニア州議会で上下両院を奪還し、ケンタッキー州知事選でも民主党候補が勝利宣言した。ミシシッピー州知事選では事前予想通り共和党が勝利したものの、全般的に勢いに乗る民主党について大きく報じられた。
2020年大統領選を占う上で2つの重要な結果が見られた。1つは民主党が2018年中間選挙と同様に郊外で支持を拡大したこと。だが、もう1つは、民主党の支持基盤である黒人の投票率がミシシッピー州知事選で事前予想を下回ったことだ。
民主党がホワイトハウスを奪還するには、主に郊外に住み、宗教色がなくかつ大学を出ていない穏健派の白人女性の支持を拡大することが必要だ。一方、激戦州のミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア、フロリダ、ノースカロライナ、アリゾナのうち、アリゾナを除く5州で民主党が勝利するには、黒人票が重要だ。民主党はこの2つの有権者から支持を得られる候補を予備選を通じて指名できるかが、本選の行方を左右する見通しだ。
ワシントンの政治アナリストの間では、エリザベス・ウォーレン上院議員が民主党予備選で指名を獲得するとの見方が浮上している。もちろん、判断するのは時期尚早なのだろう。ウォーレン候補の支持率は10月半ばから伸び悩んでおり、彼女の選挙キャンペーンは岐路に立たされている。
民主党予備選は、既存の政治体制の破壊と一新を望む「革新派」と政治体制の一新までは望まない「穏健派」との対決の様相を見せている。前者がウォーレン氏やバーニー・サンダース上院議員、後者がジョー・バイデン前副大統領やインディアナ州サウスベンド市長のピート・ブティジェッジ氏だ。民主党支持者は左傾化して「革新派」に心を魅かれているものの、本選でトランプ大統領に勝つことを重視すれば、安全策として「穏健派」を選択する可能性も残されている。
約3カ月先の予備選まで、情勢が一変する可能性は大いにあるが、果たしてウォーレン氏に勝算があるのか検証したい。
民主党先頭集団に躍り出たウォーレン
一時は20人を超えた民主党大統領候補も徐々に脱落者が出て、全国世論調査平均値では先頭集団がバイデン、サンダース、ウォーレンの3氏に絞られてきた。年初にはバイデンとサンダースの2氏が知名度から、ほかの候補を引き離していたが、6月の民主党候補による第1回テレビ討論会開催から選挙戦が本格化するにつれてウォーレン氏が頭角を現してきた。
3人に続くのがカマラ・ハリス上院議員とブティジェッジ氏だが、多くの世論調査で先頭集団からは10ポイント以上の差を付けられている。ハリス氏は第1回テレビ討論会で活躍し追い上げたが、現在は伸び悩んでいる。一方、ブティジェッジ氏は全米平均値では大差を付けられているものの、予備選勝利に極めて重要な序盤戦が行われるアイオワ州(2020年2月3日実施)とニューハンプシャー州(同年2月11日実施)で先頭集団に加わっていることから、まだ目が離せない。
ウォーレン氏は2018年12月に一番乗りで出馬を検討する準備委員会を設立した。だが、翌年2月に正式に立候補を表明するも、支持率の低迷が続き、選挙資金もほかの候補ほど集まらず、当時は勝算のない戦いとみられていた。その後、ウォーレン氏だけが先頭集団に加わることができた理由として、第1に大統領を目指すストーリーの存在、第2に政策通アピールの戦略が挙げられる。
政治家となる前のウォーレン氏はハーバード大学ロースクールで破産法の教授を務め、中間層を守るため、その知識を基に専門家として政府に助言してきた。破産に関するルーツはオクラホマ州で過ごした幼少の12歳までさかのぼる。
当時、カーペット営業マンの父親が心臓発作で倒れて職を失い、多額の医療費が積み重なる中、自宅のステーションワゴンが差し押さえられたという。しかし、母親がデパートのシアーズに最低賃金で働きに出たことで家までが差し押さえられることは免れたと、ウォーレン氏は語る。
ディベート能力が評価され、大学に奨学金で進学。破産法の教授として、1995年に国家破産審査委員会の上級顧問に就任、これをきっかけに政治に関わる。2008年のリーマンショックを契機とする金融危機で設置された不良資産救済プログラム(TARP)の施行を監視する議会監督委員会の議長を務め、消費者金融保護局設立の中心的役割を担った後、上院議員に出馬して政界入りした。
中間層が主に病気、離婚、失職によって自らの責任とはいえない理由で破産することを学び、アメリカ政治は企業寄りの政策を続けており、壊れた仕組みであると、長年、批判してきた。アメリカの中間層を回復するには、その仕組みを抜本的に改革する必要があるとして、政界入りし、今回、大統領選に挑んでいる。
ウォーレン氏には、このように、「自らが破産の危機に直面して、政府の役割や被害者の支援といった問題に人生の大半をささげてきた」というストーリーがある。個人的なストーリーを幅広い国民が懸念する社会問題に関連づけ、「共に改革を推し進めよう」と呼びかけることで、有権者の共感を得ることに成功している。バラク・オバマ前大統領も、「他国と違いアメリカでは、黒人で変わった名前であっても、何事も達成可能なのだ」といった希望を個人のストーリーをもとに語り、政治システムの変革を掲げて当選した。
「政策通」のイメージを有権者に植え付けた
ウォーレンの強みは難しい問題をかみ砕いて誰にでも分かりやすく説明することに長けていることだ。ウォーレンのもとで働いていた筆者の知人によると、同氏は政策の詳細まで詰めるという。ウォーレンは多くの人にも分かるようにシンプルに説明することもできる一方、政策通の人物に詳細まで説明することもできるのだという。このスキルは同氏が長年、教鞭をとった経験で培ったと思われる。ウォーレンは政策通としてまず、アメリカ政界で知名度が高まり、その後、政治家に転身した。
対抗馬から攻撃を受ける材料を増やしかねないことから、選挙戦においては一部の政策では詳細を発表しても大部分は発表しないのが、これまでの通常のやり方だ。だが、この定説を覆そうとしているのがウォーレンだ。
キャンペーンの政策チームには力を入れており、ウォーレン上院議員事務所で立法ディレクターを務めていたジョン・ドネンバンーグ氏を政策ディレクターとして登用し、エール大学やハーバード大学出身の政策通のスタッフやアドバイザーを多数揃えているという。
「私にはそれについて政策がある(I have a plan for that)」。ウォーレンの支持者集会でよく聞かれる言葉だ。他の候補も政策を打ち出しているものの、ウォーレンは「政策通」であるとのイメージを有権者に植え付けることに成功している。
トランプ大統領の下では、熟慮なしに突発的に政策が発表されるケースが増えている。こうした中、ウォーレン氏の戦略は効果を発揮しているようだ。次々に発表される政策が、随時ニュースに取り上げられて、支持率上昇につながったとも見られている。他方、バイデンは「トランプ打倒」「勝てる候補」というアピールであり、ニュース性に欠ける。
今後、勝利を左右すると思われるポイントについて整理したい。
(1) 序盤戦で勝てるか
州ごとに予備選が行われるが、序盤戦のアイオワ州とニューハンプシャー州の選挙結果は重要だ。1972年以降、両州を落とした候補者で党の指名を獲得できたのはビル・クリントン元大統領(1992年民主党予備選)のみ。
メディアは序盤戦を大きく取り上げて勝者と敗者を明示する。上位につけた候補者は選挙資金や有力者の支持を確保することが容易になるため、その後の予備選から勢いを増す。世論調査会社メルマングループによると、有権者は序盤戦で勝利した候補がその後も勝利を重ねると確信するという。
2008年大統領選の民主党予備選では開始までヒラリー・クリントン候補がオバマを約20ポイント、リードしていた。だが、その情勢が一変したのが予備選初戦アイオワ州でのオバマの勝利であった。ここでの好成績でオバマは一気に「勝てる候補」として注目を浴びることとなった。
2020年大統領選の民主党予備選は、例年以上に重要といえよう。民主党有権者はトランプ大統領と対決して勝てる候補であることを最も重視しているからだ。自らを勝てる候補としてアピールしてきたバイデンが序盤戦で苦戦し、ウォーレンが1~2位の上位を獲得できた場合は、ウォーレンが勢いを増すだろう。
(2) 支持層を拡大できるか
現在、ウォーレンの支持層はリベラルな高学歴の白人だ。一方、バイデンが最も強い支持層は45歳以上の中・高齢層、黒人、穏健派などだ。そしてサンダースを支持するのは白人の若年層が多い。
ウォーレンは夏以降、中・高齢層の一部にも支持を拡大しているものの、非白人層の支持拡大はほとんど見られない。序盤戦のアイオワ州とニューハンプシャー州では有権者の9割以上が白人であることから、ウォーレンには比較的有利だ。だがニューハンプシャー州の2週間後に開催されるネバダ州、そしてその翌週のサウスカロライナ州の予備選では非白人が増えるため、現状のままではウォーレンの苦戦が予想される。
(3)他候補の選挙戦離脱のタイミング
バイデンは今後の失速も予想され、資金集めでも徐々に懸念が高まっている。一方、サンダースは熱狂的なファンに支えられ、資金集めでは民主党トップであり、当面は残りそうだ。だが、サンダースとウォーレンは民主党リベラル派の票を分け合っているため、サンダースが早期離脱すれば、一部の熱狂的なサンダース支持者を除き、多くがウォーレンに流れる可能性がある。今月初めに撤退を表明した前下院議員のベト・オルーク候補のように、他の白人系大学卒の支持を受けてきた候補者が離脱すると、ウォーレンが恩恵を享受するだろう。
(4)「国民皆保険」政策が命取りとなるか
ウォーレン氏が仮に予備選で勝利したとしても、本選では勝てないとみる有権者や専門家は多い。つまり、リベラル派では中道派の支持を集められず、本戦ではトランプ大統領に勝てないとの見方だ。10月まで上昇していたウォーレン氏の支持率は、世論調査でトップの座を獲得した後、伸び悩んでいる。背景には、世論調査で上位に入ることで他の候補から攻撃を受けるようになったことに加え、政策がリベラルすぎるとして、有権者の懸念が高まっていることもありそうだ。
特に命取りになりかねないのが、「メディケア・フォー・オール(国民皆保険制度)」だ。財源として富裕層への増税を行うという提案は、超党派で有権者から支持を得られるものの、民間保険を廃止して公的保険に切り替えるといった同氏の案は民間保険業界に従事する約55万人の雇用に影響を及ぼす可能性に加え、民間保険に満足している国民の選択肢を奪うことが心配されている。
メディケア・フォー・オールの財源を民主党の対抗馬などから指摘され、11月1日、ウォーレンは詳細を公表した。だが、問題は財源以上にメディケア・フォー・オールの政策自体が本選では票を確保できない可能性があることだ。また、ウォーレンが掲げるハイテク産業の解体やフラッキング(天然ガス・シェールガスの採掘方法)禁止などの政策も労働者の雇用に影響するとの懸念から支持を失いかねない。
「本選で勝てる候補」と判断されるか
ウォーレン氏に国民の注目が集まり、政策の詳細に理解が深まる中、「勝てる候補なのか」についての懸念が増すリスクがあろう。リベラル派の支持は比較的容易に確保できる特性がある。支持率がすでに上限に達している可能性も指摘されており、今後、さらに拡大させるのは容易でないかもしれない。
通常、この時期は予備選の話題が尽きない。だが、今回は、ここ数カ月、大統領の弾劾調査が脚光を浴びてきた。今後は大統領選への国民の関心が高まること必至だ。同時に先頭集団に加わったウォーレン氏に対する他候補からの批判も強まっていく。大統領選ではなお女性蔑視が根強く残っているとの指摘もある。2016年大統領選でヒラリー・クリントン候補を選んだ民主党有権者が再び女性を選択するかは不透明とみる向きもある。
民主党支持者と話をすると、最も重視するのは「ホワイトハウスからトランプ大統領を追い出すこと」であり、本選で勝てる候補であれば誰でもよいとのコメントを頻繁に聞く。本選で民主党候補がトランプ大統領に勝利するにはラストベルト地域での勝利は不可欠と思われている。現状で、同地域においてウォーレン氏はバイデン氏に比べ劣勢だ。
2020年大統領選で民主党支持層において、心を魅かれるだけでは票を投じず、本選を見据えた投票行動をとる「評論家の投票者(pundit voters)」が増える可能性が高い。予備選に向け選挙戦が本格化する中、ポイントは、有権者がウォーレンを「本選で勝てる候補」と見るか、「勝てない候補」と切り捨てるかだろう。今がその岐路だ。
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