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<転載開始>
欧米では感染者が爆発的に増え、国内でもその兆しが見えてきた。原因はひとえに感染力が強いオミクロン株だろう。このまま感染者が増え続けると、また医療逼迫が起きるのか。だが、コロナ禍終息の救世主になるとの見方もある。この変異株の戦略とはいかに。
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年末年始、欧米各国では新型コロナウイルスの感染者が爆発的に増えた。大晦日にはイギリスで19万人弱、イタリアで14万人など、いくつかの国で過去最多を記録し、フランスでは1日の新規感染者数が、1月1日まで4日連続で20万人を超えた。アメリカも40万人を超える日が続いている。
周知の通り、原因は感染力が強いオミクロン株だと考えられている。欧米ではすでにオミクロン株が主流で、フランスでは12月2日に初めて検出されてから1カ月弱で、約62%を占めるまでになった。
そのわりには、ロックダウンを続けるオランダなどを除いて、各国とも厳しい措置を講じるわけでもない。フランスのマクロン大統領も、国民にワクチン接種を呼びかけただけである。空前の感染者数を記録しながら、各国政府はなぜ、こうも微温的な姿勢を保っていられるのだろうか。
しばらく感染者数が少なく、欧米の数字を対岸の火事のように眺めていた日本も、状況が変わりつつある。東京都の1日当たりの新規感染者数は、12月18日まで37日連続で30人以下だったのが、すでに増加傾向に転じ、1月3日には103人と、およそ3カ月ぶりに100人の大台を超えた。
むろん、オミクロン株も忍び寄りつつある。厚生労働省によれば、1月1日までに国内で確認されたオミクロン株の感染者は、累計695人で、そのうち173人は市中感染の可能性があるという。特に米軍基地で感染が拡大している沖縄県では、1日までの2日間に45人がオミクロン株に感染したという。蔓延するのも時間の問題だろう。
なぜ感染力が高くなったのか
オミクロン株の感染力について、浜松医療センター感染症管理特別顧問の矢野邦夫医師は、こう話す。
「最初に発見された南アフリカでは、デルタ株がピークをすぎた後で、二つの感染力をガチンコ勝負でくらべることができませんでした。しかし、イギリスやデンマークでは、デルタ株がはやっているところにオミクロン株が現れ、どんどん増加しているので、感染力はデルタ株よりも明らかに強いと見ています」
また、埼玉医科大学の松井政則准教授も、
「世界的にデルタ株をしのいで広がっており、世界の感染状況を見ると、デルタ株より感染性が高い。日本でもすでに市中感染が起きているので、いずれ国内でもデルタ株を凌駕して、第6波が起きるでしょう」
と指摘する。では、なにゆえに感染力が高くなったのか。その仕組みを、東京農工大学農学部附属感染症未来疫学センター長の水谷哲也教授が解説する。
「オミクロン株は、ウイルスがヒトの細胞に侵入する際に足がかりになるスパイクタンパク質の変異が、約30カ所もあります。従来株の数カ所から10カ所程度にくらべて格段に多く、この変異によってウイルスがヒトの細胞のレセプター(受容体)と結合しやすくなったと考えられています」
怖そうな話だが、水谷教授は続けてこう説く。
「通常は感染力が高まった分、体内に侵入するウイルス量も増え、重症化リスクも増すはずなのですが、オミクロン株は不思議なことに、重症化や死亡リスクはデルタ株より低いとみられます。考えられる理由の一つが、約30カ所と変異が起こりすぎたため、ウイルスのもつ特性が打ち消されてしまった可能性です。スパイクタンパク質に変異が生じすぎると、全体のバランスをとろうとするかのように、ウイルスのある特性が抑え込まれるケースがあります。オミクロン株の場合、抑え込まれた特性のなかに“致死性”や“猛毒性”が含まれていた可能性は、排除できません」
入院割合や重症化率は減少
試みにイギリスのデータを見たい。12月31日の発表では、オミクロン株への感染が確認された24万6780人のうち、入院した人は981人、死亡した人は75人とされている。この数字だけで判断できないのは承知のうえで致死率を計算すれば、0.03%と低い。
オミクロン株の感染者の入院率などは、すでに感染拡大している各国で、どうなっているのか。東京歯科大学市川総合病院の寺嶋毅教授が説明する。
「南アフリカの報告では救急外来を受診した人のうち、入院した割合がデルタ株や従来株では60~70%だったのが、オミクロン株では41.3%と、3分の2ほどに減っています。また、酸素治療を行うほど重症化した人は5分の1で、人工呼吸器を装着した人と死亡した人は、5分の1から10分の1だったといいます。ただし平均年齢が、デルタや従来株についての報告では59歳だったのに対し、オミクロン株では36歳と、感染者が若いことも考慮する必要があります」
データはまだある。
「ほかに南アの報告では、入院率が約10%から約2%に下がったというものもあります。またイギリスでは、1日以上入院した人が60%減になった、という報告があります。ただし、いずれもデルタと従来株の患者の年齢が、平均して50代くらいなのに対し、オミクロン株では30代後半です」
だから、ウイルスが弱毒化したと即断すべきではない、というのが寺嶋教授の主張なのだが、
「現状、強毒化しているという報告は、上がってきていません」
と、つけ加えるのだ。では、症状はどうか。
「韓国の報告では、発熱やのどの痛みが多く、味覚や嗅覚に関する症状は少ないそうです。アメリカの報告でも、主な症状は咳や鼻水、発熱、倦怠感などで、味覚や嗅覚障害は少なかったといいます。論文にはなっていませんが、オミクロン株は肺より気管支で増殖しやすいので重症化しにくい、との発表もあります」
毒性がデルタ株より弱いと考えられる
寺嶋教授は慎重な姿勢を崩さないが、報告を聞くかぎり、デルタ株までよりもマイルドになったように思える。矢野医師も同様に、
「現状、感染者の多くが旅行に行くなど動き回れる若い年齢層で、ワクチン接種者が多いことも考慮する必要がある。ですから、オミクロン株は本当に重症化しにくいのか、ウイルス自体が弱毒化したのかについては、WHOやCDC(米疾病予防管理センター)が言う通り、まだ評価するのは難しい。ワクチン未接種の高齢者などの症例を見ないと、なんとも言えないところがあります」
と、慎重な姿勢だが、一方でこうも言う。
「弱毒化したのかという点では、私はそうだと思います。ワクチン接種率が30%未満と低い南アのデータでも、重症者や死者が増えたようには見えません」
水谷教授も、同様に南アのデータをもとにして、
「オミクロン株そのもののもつ“毒性”が、デルタ株より弱いと考えられるのです。より致死性の低いオミクロン株がデルタ株を駆逐することで、結果的に人類にとって、コロナ感染へのリスクが減じる方向に向かうかもしれません。オミクロン株の感染急拡大を、いたずらに恐怖と不安の感情でばかり捉えると、本質を見誤りかねません」
そもそも南アでは、すでに昨年末の時点で、感染者が前の週にくらべて3割近く減少し、重症者や死者が増える前にピークをすぎたと見られていた。ただ、矢野医師の次のような懸念も無視はできない。
「重症化のレベルが半分になったとしても、感染者が2倍になれば病院の逼迫度は変わらないため、油断はできません」
水谷教授もこう強調する。
「欧米にくらべ日本が小康状態を保っているのは、検疫体制と8割近いワクチン接種率、および高いマスク着用率の三つの賜物。オミクロン株には未知の部分も残るため、これから感染者をできるだけ抑え込むためにも、これら三つの盾の堅持が必須だという状況に、変わりはありません」
だが、いずれにせよ、オミクロン株の感染者は全員入院させるという、政府の方針に忠実でいたら、医療逼迫は避けられまい。
「全員入院を見直すべき」
政府分科会の尾身茂会長ら専門家有志は、医療体制が手薄な年末年始について、無症状を含めて全員入院の方針を見直すよう提案したが、その後についても矢野医師は、「全員入院を見直すべきだ」と、こう訴える。
「1月から3月初旬は、コロナ禍でなくても救急を断ることがあるほど、病院が忙しくなる時期。いま中国でインフルエンザB型、アメリカでA型が出はじめています。日本でも流行すれば、インフルエンザから肺炎に進行した患者さんも増えます。それに、この季節は脳卒中や心筋梗塞も増えます。コロナで入院するのは呼吸困難な人に限定して、隔離が必要ならホテルですべきです」
未知の点があるとはいえ、オミクロン株の重症化率や症状に鑑みるに、全員入院が過剰な対策であるのは明らかだろう。そのために医療が逼迫しうるなら、本末転倒も甚だしい。
しかし、オミクロン株がさらに変異するなど、強毒化するなら話は別だが、寺嶋教授はこう述べる。
「その可能性は高くはないでしょう。オミクロン株のさらなる変異、まったく新しい変異株の出現と、二つの可能性がありますが、前者に関しては、デルタ株も各地域で細かな変異を重ねましたが、すごく強毒化したケースはありません。後者は、そういうものがある地域で出ることはありえても、各国に蔓延する可能性は高くないと考えます」
終息途中の段階か
感染爆発している欧米各国が微温的な対策にとどまっているのは、オミクロン株を恐れていないからだろうか。それはうがちすぎかもしれないが、松井准教授はこんな見方を披露する。
「100年前のスペイン風邪は第3波で収まりました。終息理由ははっきりとは解明されていませんが、諸説あり、一つは集団免疫ができたということ。ほかには、病原性が下がったということ。私はその両方ではないかと考えます。では、オミクロン株に関してはどうか。私の推測の域を出ませんが、オミクロン株の登場が、新型コロナウイルス感染症終息のサインの可能性は、あると思う。終息途中の段階の一つではないか、というのが私の考えです」
矢野医師も主張する。
「ウイルスが進化の過程で、感染力が強く弱毒化した変異株を作らざるをえないのは、自然の流れです。いま風邪のコロナウイルスが4種類ありますが、それらも新型コロナ同様、かつて大流行し、鼻水やのどの痛みなど、風邪の症状で終わるようになったと思われます。この新型コロナも、病原性が落ちて重症度が減り、近いうちに5番目の風邪のウイルスになると思います。私はオミクロン株、もしくは次の変異株でさらに病原性が低くなったとき、そうなると考えています」
ウイルス自体への包囲網も狭まりつつある。
「経口薬も今後続々と登場するでしょう。ファイザーやシオノギの3CLプロテアーゼ阻害薬には、かなり期待します。机上の理論では、1996年以降、死者を劇的に減らしたHIVの薬と同じ作用機序で、今後の変異株にも対応できそう。今年度中には使えるようになると思います。ワクチンもCDCによれば、3回の接種でオミクロン株の感染予防効果が7割5分だといい、依然、大きな役割を果たします」(同)
外来で対処できる風邪に
東京大学名誉教授で、食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏が言う。
「南アではあっという間にピークアウトし、死者の増加がなかったと南ア政府が発表し、それを研究者たちも認めています。オミクロン株の実態はインフルエンザに近いといえるでしょう。北海道大学と東京大学の実験でも、細胞毒性が非常に弱いことが明らかになっています。ヨーロッパも、南アと同じコースをたどることが容易に予想されます」
そして、こう続ける。
「オミクロン株が世界中に広がり、デルタ株を駆逐してくれたほうが、人類にとってありがたいことだと思う。オミクロン株に置き換わったほうがトータルで死者は減るかもしれないという意味では、コロナ禍の救世主といえるでしょう」
最後に矢野医師の見通しを示しておきたい。
「7、8月までには、新型コロナは外来で対処できる風邪になっていると、私は予想しています。そのころまでには、国民のほとんどが3回目のワクチン接種を終えて、抗体が十分にでき、コロナは流行しても、ただの風邪でしかなくなっていると思います。ただし、指定感染症であることが、コロナを外来で診られる病気にするうえでネックになっている。3回目のワクチン接種と並行して、指定感染症を外す議論を進めていくべきです。今年はコロナ禍に区切りをつける年にしなければなりません」
マスクに手洗い、ワクチン。地道に対策を続けるうちに数カ月でコロナ禍が終息することを、切に願う。
「週刊新潮」2022年1月13日号 掲載
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