おそらくこの引用記事の筆者自身が右翼に近い思想らしい「意見」(特に中国敵視思想)があちこちに散見されるが、意見と「事実」を区別してきちんと読むなら、日本人が常識とすべき大事な「事実」が書かれた記事である。それは国連憲章の「敵国条項」で、日本が少しでも他国との戦争の意志を見せただけで、第二次大戦戦勝国は日本を武力攻撃してもいい、という条項だ。
集団的自衛権を行使することのできるフランス
戦後70年が経った今、日本の敗戦が日本以外の国でいかに捉えられているのかを示す象徴的な事があった。
6月29日、午後3時から外国人記者クラブで行なわれた日本大学名誉教授の百地章氏と駒澤大学名誉教授の西修氏の記者会見がそれである。
百地、西両教授とも、国会審議中の安保法制を巡る議論の中で論陣を張る、数少ない集団的自衛権「合憲派」である。両氏は記者たちの前で、簡潔にして明快な憲法論を展開して、集団的自衛権がいかに合憲であるかを陳述。その後、質疑応答になった。
日本人記者の質問にも、外国人記者にも丁寧に英語で答えて、和やかな雰囲気で時間が経過していた。やがてフランス人の初老の記者が立ち鷹揚な態度でこう質問した。
「国連憲章51条の規定によると、国際紛争は国連安保理に預けることになっているのにもかかわらず、なぜ日本は集団的自衛権まで行使しようとするのか。1930年代の日本は数々の国際条約を破り、侵略戦争を起こした。日本が再度侵略をしないとの保証があるのか」
これに対して百地氏は、「なぜ日本だけが侵略すると思うのか、日本の集団的自衛権行使は日本国憲法の規定に従ってごく限定的なものである。全面的な集団的自衛権を持っているフランスが集団的自衛を理由に侵略戦争を起こさないという保証はどこにあるのか」と逆に質問したところ、そのフランス人記者は「フランス人は憲法を尊重するからである」と答えた。
これには場内から失笑が漏れた。すかさず百地氏が、それではフランスの現行憲法が制定される1789年以前に施行されていた奴隷制度がフランス政府によっていつ採用されるかわからないとの議論に繋がってくる。日本国民も日本国憲法施行以来、戦後70年にわたり、平和を守り、憲法を尊重している、と切り返した。
フランス人のみを法を守る優れた国民であると決めつけたうえでの、強引な論理に反感を持ったジャーナリストが多くいたということだろう。この百地氏の発言に対して会場のあちこちから拍手が湧いたのである。
国連憲章にある「敵国条項」はまだ生きている
国際連合憲章第51条には、「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、加盟国は個別的・集団的自衛権を行使できる。加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」となっている。
周知のように国連安全保障理事会の常任理事国5か国は拒否権を持ち、1カ国でも反対があれば、案件を決定できない仕組みになっている。冷戦時代は互いが拒否権を行使して、朝鮮戦争時以外は国連軍が創設されて軍事行動が取られた例はない。
従って動きのとれない仕組みになっている安全保障システム発動以前に、小国が集団を組んで武力紛争に備えようとしたのが、国連憲章51条の集団的自衛権である。
つまり、このフランス人記者の論理は、国連加盟国ならば自然権として与えられている集団的自衛権は、特殊な国家、たとえば、第二次世界大戦で連合国に敵対した国家にはいまだにこれらの自然権は付与されていない……との考えが思考の中に自然な形で組み込まれてしまっていたと言えないだろうか。
事実、国連憲章には「敵国条項」なるものが存在している。ご存じのように、国連の機構の中には世界遺産を決めるものから、難民救済をつかさどる機構までさまざまあるが、中でも最も重要なのが安全保障理事会である。
ここには常任理事会があって、米国、イギリス、フランス、ロシア(ソ連から継承)、中華人民共和国(中華民国から継承)の5カ国で構成されている。この5カ国のうち、中華人民共和国を除いた4カ国は第二次大戦の戦勝国である。
UNITED NATIONを素直に日本語にすれば「連合国」であり、これを国際連合と訳するのは、平等で平和的なニュアンスを醸し出す日本独特の言い回しであろう。しかしながら、国連の実態はこのような繊細な日本語の言い回しとはかけ離れた実体であった。
この事を如実に示したのが「敵国条項」と言われるものである。そして、紛れもなく日本は敵国条項に当てはまっている存在である。
敵国条項とは、国連憲章第53条、第77条1項b、第107条に規定されている。その内容を端的に言えば、第二次大戦中に連合国の敵国であった国が、戦争の結果確定した事項に反したり、侵略政策を再現する行動等を起こした場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は、安保理の許可がなくとも当該国に対して軍事制裁を科すことができる、としている。
つまり、あらゆる紛争を国連に預けることを規定した、先の国連憲章51条の規定には縛られず、敵国条項に該当する国が起こした紛争に対して、自由に軍事制裁を課する事が容認されるのである。さらに言えば、これらの条文は敵国が敵国でなくなる状態について言及していない。
そのため旧敵国を永久に無法者と宣言したのも同様であり、旧敵国との紛争については平和的に解決義務すら負わされていないとされている。従って、敵国が起こした軍事行動に対しては話し合いなど必要なく、有無を言わせず軍事的に叩き潰してもよろしいということになる。
一方、国連憲章第2章では、主権平等の原則を謳っており、この敵国条項の規定は国連の基本趣旨に反し、特定の国を差別していることは確かである。
「敵国条項」を持ち出して日本を牽制する中国
では、いったい敵国はどのように定義されているのか。敵国とは1945年4月サンフランシスコで開かれた連合国の会議で、連合国憲章が完成したことに由来している。
国際連合の英語名UNITED NATIONSは、戦時同盟国と同じであり、そこには連合国の団結を戦後も維持し、「米国方式」での国際秩序維持を図るとの発想があったのである。従ってサンフランシスコ会議で憲章に署名した米国、イギリス、フランス、ソ連、中華民国を含むUNITED NATIONSの原加盟国51カ国、すなわち第2次世界大戦で連合国に敵対していた国が敵対国となる。
これに対する日本政府の見解では、当時の枢軸国であった大日本帝国、ドイツ(現ドイツ連邦共和国)、イタリア王国(現イタリア共和国)、ブルガリア王国(現ブルガリア共和国)、ハンガリー王国(現ハンガリー)、ルーマニア王国(現ルーマニア)、フィンランド共和国がこれに相当するとしている。
一方、タイ王国は連合国と交戦した国ではあるが、この対象に含まれていない。またオーストリアは当時ドイツに、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国はそれぞれ日本にそれぞれ併合されていたが、旧敵国には含まれないという見方が一般的である。
これらの点からすれば、戦勝国とは1945年のUNITED NATIONS憲章成立時に署名した国に限定されることになり、この時国家として存在さえしていなかった中華人民共和国と韓国・北朝鮮は戦勝国としての資格を持っていないことになるのだ。
日本が国連に加盟したのは1956年、以来延々60年にわたって国連外交を政策の重要な柱として優等生的な役割を果たしてきたことは、多くの日本人の間ではほぼ常識となっているだろう。
見逃せない、中国の変容
たとえば、直近の国連向け加盟国負担金の割合を見ても、そのことは一目瞭然である。2015年1~12月までの国連通常予算で日本の負担金は、概算で356億円(割合は10.83%)、2014年7~2015年6月までの国連平和維持活動(PKO)の予算分担金は1112億円(割合は10.83%)となっており、2つのカテゴリーとも加盟国中第2位である(1位は米国)。
これは国連安保理常任理事国のイギリス、フランス、ロシアよりも多い。
当然のことながら、日本は多額を負担しながら、敵国条項が存在する状態に抗議を続け、1995年の第50回国連総会では憲章特別委員会による旧敵国条項の改正削除が賛成155、反対0、棄権3で採択され、同条項の削除が正式に約束された。
しかし、憲章改正には安保理常任理事会5カ国を含む加盟国3分の2以上に批准されたうえでの発行となっており、これらの国が批准するかどうかは各国の自由である。敵国条項は死文化しているとして、敗戦国とされた日本、ドイツなどの国以外にはあまり関心を持たれず、実際の国連活動には支障がないとされているが、昨今の事情はこのような見方を許さなくなってきている。
戦後70年をファシスト日本に勝利した戦勝記念として大々的にアピールする中国の存在がそれである。事実、中国は国連の場で尖閣諸島を巡る問題に関して「第二次大戦の敗戦国が戦勝国中国の領土を占領するなどもってのほかだ」(2012年9月27日)と日本を名指しで非難しているのだ。
つまり中国は、国連の場で暗に敵国条項を意識した発言を行ったわけである。スプラトリー諸島の埋め立ての例を挙げるまでもなく、東シナ海での尖閣に対する領海侵犯、さらには勝手に防空識別圏を設定するなど、国際海洋法などの国際法をことごとく無視してきた中国が、70年前の条文を案に持ち出してきた。
1945年の終戦当時、成立もしていなかった中華人民共和国が国連敵国条項を持ち出して、自らを戦勝国と位置付けるカードとして使っているわけだ。事実上は死文化していると言われていても、敵国条項は未だに削除されていない。
日本は敵国であるがゆえに、戦争はもとより国際紛争を解決する手段としての武力行使は認められていない。日本国憲法でもそのための明文規定である第9条が存在している。日本が敵国であるままで、集団的自衛権行使容認の解釈変更を閣議決定して、平和維持活動(PKO)の枠を超えて多国籍軍に参加したり、あるいは国連平和維持軍(PKF)に参加したりすることは、論理上は真っ向から敵国条項に衝突することになる。
このような論理を持ち出してくる中国は、国連の場において戦勝国の資格のない自己矛盾もお構いなく、日本国家の選択肢を狭めようとするばかりでなく、国連安保理の常任理事国である限り、いつでも敵国条項を持ち出して、日本の安保理常任理事国就任の道を閉ざす口実になるのである。
なお、今回の記事でふれた国連の「敵国条項」については、7月16日発売の拙著『日本人だけが知らない「終戦」の真実』(SB新書)でもふれている。併せてご一読いただきたい。
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