これまで10年近く使っていたパソコンが壊れ、新しいパソコンはまだインターネットにつなげないので、「徽宗皇帝の娯楽的語学ブログ」と「酔生夢人のブログ」はしばらくお休みにします。こちらの「徽宗皇帝のブログ」は、別経路で更新してますが、毎日の更新は難しい状況です。
少し前に保存してあった記事を今掲載して、「8月30日を日本独立記念日にしよう運動」の烽火としたいと思います。ご賛同の方が増えれば、先行きの怪しくなりかかった日本革命の方向を正しい方向に向け変える力の一つになるのではないかと思います。それでは、また会いましょう。
「阿修羅」より転載。少し長い文章だが、昨年以来の政治状況をわかりやすくまとめているのと、「8月30日を日本独立記念日としよう」という趣旨から、ここに転載する。すべて戦いには「旗」が必要だ。その旗とは、前に書いた「我に自由を与えよ。しからずんば死を与えよ」というような言葉などであり、その旗の下に人々の心は結集するのである。記念日もその旗の一つである。
では、その「独立記念日」には何をするか? 当然、日本が「真の独立をしていない」ということを歴然と示す沖縄米軍基地の前で、壮大なデモ行進をやるのである。できれば、日本全国から心ある人々が結集してくれれば、沖縄県民だけのデモよりも大きな効果があるだろう。夏休みのレジャーも兼ねて、今年の夏は沖縄で「独立記念日」を祝いませんか?
そうすれば、9月の民主党総裁選挙への大きなメッセージにもなるはずだ。米軍基地を黄色いリボンで飾り、花火を上げて、全員で「ヤンキー・ゴーホーム!」と三唱しましょう。
(以下引用)
植草事件の真相掲示板
投稿者:渡邉良明
投稿日:2010年 6月 8日(火)13時03分34秒
昨年の8月30日こそ、忘れてはならない、われら日本国民の独立記念日。―
本日(6月8日)、菅内閣(マッドマン氏の仰る官内閣)が誕生した。原口一博氏、亀井静香氏、細野豪志氏以外は、新自由主義を引きずる「従米派・芋ヅル内閣」といった感じである。上記の三氏が干されたり、封じ込められたり、あるいは排除されたりしないことを念じたい。
ところで、菅氏は、1980年の第36回衆院選で初当選した。それは、4度に及ぶ涙ぐましい挑戦の結果だった。若き日の彼は、確かに努力・精進の市民運動派・政治家だったと思う。
私事だが、在京中、若き日の私も、まだ清新だった若き菅氏を支援した一人だった。伸子夫人が、私の教え子(当時、市会議員)に伴われて、東京の寓居を訪ねて下さったことがある。しかし、後年、私は、菅氏に直にお会いしてみて、正直、幻滅を感じた。人間としても政治家としても、余り魅力を感じなかったからだ。伸子夫人の方が、まだましだと感じた。
菅氏は、山口県(宇部市)の出身らしく、高杉晋作の「人生、一度だけ」という言葉を愛する。その思いで、若き日の彼は、高杉の生き方を理想としていた。今回、この思いで、彼は、満を持して総理になったのだと思う。実は、今回の総理就任も、民主党代表になって、「3度目の正直」だった。たいへんチャレンジ精神に富む菅氏ではあるが、そんな彼の熱情と執念を、誰も否定はできないと思うのだ。
ところで、日本の政界には、「総理になりたい人と総理にしたい人(=なるべき人)」がいる。その数は、前者が99.9%、後者が0.01%ぐらいだと感じる。
菅氏は、明らかに前者であろう。正直、後者には、小沢一郎氏しかいないと思う。今までは、総理になりたい人(=政略だけは巧みな人)のオンパレードで、どれ程、日本の政治が官僚の言い成りになってきたことか。
正直、菅総理も、そんな狡猾な官僚たちの大きな蜘蛛の糸に絡め取られた“派手な蝶々”のように感じる。だが、実際は、そうであってほしくない、と心から願う次第だ。
菅氏が、今でも、「人生、一度だけ」を座右の銘になさっているのなら、官僚や閣僚(=取り巻き)に負けることなく、かつ自らの魂を奪われることなく、あくまで「日本独立」を目指して誠実・真摯な政治生活を送ってもらいたいものだ。
少なくとも、口先だけの団塊世代ではあってほしくない。たとえ優しくても、口先ばっかりの未熟な政治指導者など、鳩山由起夫氏だけで充分だ。
今回は、少し視点を変えて、「独立記念日」について一考したい。
アメリカの独立記念日は、周知のごとく、来月の4日である。1776年の同日、トーマス・ジェファーソンが起草した『アメリカ独立宣言』が、大陸会議で採択された。
米国民は、祖国の独立記念日を、それはそれは豪華絢爛たる花火で祝う。東京隅田川での花火大会も見事だろうが、アメリカの独立記念日のそれは、まことに鬼気迫る迫力だ。まるで、“戦争でも始まったのか”という思いにさえなる。実に迫力満点の祝日だ。
また、フランスの「革命記念日」は、7月14日である。1789年の同日、バスチーユ牢獄襲撃・政治犯の解放で、フランス革命の火蓋が切られた。この日は、日本でよく言われる「パリ(巴里)祭」の日でもある。
それでは、現代日本には、「独立記念日」に当たる日は無いのだろうか? ご高齢の方々は、2月11日の「建国記念日(かつての「紀元節」)」がそれだ、と仰るかも知れない。
つまり、紀元前660年、記紀における神武天皇が即位したとされる日で、この日が、旧暦の1月1日に当たる(Wikipedia 参照)。
しかし、正直なところ、現代の日本人(特に、若い方々)にとっては、2月11日の「建国記念の日」に、それほど親しみが持てるとは思えない。では、「その日」は、全く無いのだろうか?
私は、「その日」こそ、昨年の8月30日、つまり、民主党(社民党や国民新党を含めた)が、自公政権を圧倒して、政権交代(未だ、権力交代ではないが)の端緒を開いた日だと思う。
それこそ、律令制の時代以来、連綿と続いた官僚政治から、国民主体の政治の緒(いとぐち)が開かれたと思うのだ。
植草先生始め、多くの方々が語られる通り、その歴史的意義は、限りなく大きいと感じる。その意味で、来月に迫った参議院選挙を前にして、われわれは、今一度、昨年8月30日の衆議院選挙の果たした”歴史的意義”を、じっくりと再考すべきではないだろうか。
事実、昨年を、「日本独立元年」と位置づける識者も多い。リチャード・コシミズ氏は、その代表格であろう。氏の言に従えば、今年が、「独立2年目」ということになる。確かに、この年数の高まりに合わせて、われわれは、アメリカ帝国からの独立(=自立・自尊)の度合いを高めていくべきである。
その思想・運動の原点に、「日本、未だ独立せず」との認識を国民共有の思いとしたい。これは、今回の普天間基地移設問題を見れば明らかだ。
無論、この意識や運動の普遍化は、決して容易ではない。だが、「千里の道も一歩から」である。また、植草先生も記されたように、「有志者事竟成也(志が有れば、事はいつか成就する)」のだ。
どれほど時間がかかろうとも、「日本独立」への方向性は、決して間違っていないと思う。その大きな”一里塚”としての「昨年の8月30日」は、その価値を、どれほど強調しても、し過ぎるということはないと思うのだ。
実際、リチャード・コシミズ氏の後援会として、有志たちにより結成された「独立党」の党是は、「アメリカ合衆国及びその背後で糸を引く国際金融資本勢力からの日本独立」というものである(Wikipedia 参照)。
この気宇広大なる党是を、私は、決して破天荒なものだとは思わない。また、同党是を、笑いもしない。
むしろ、この党是は、明治維新以来、わが国が国際金融資本勢力から受け続けてきた搾取と隷属の実態を実に的確に突いていると思う。事実、植草先生が指摘される日本の「悪徳ペンタゴン」を背後で操る巨大組織こそ、それがロスチャイルドであれ、ロックフェラーであれ、この「国際金融資本勢力」なのだと感じる。
それゆえ、「真の日本独立」のための戦いは、私たち一代で果たせるものではないかも知れない。だが、志を強く持って、われわれが一致団結すれば、必ずや「日本独立」への道が開かれると思う。少なくとも、その先鞭をつけておくべきだと思うのだ。
ところで、私事だが、一昨年の春、横浜の或る会合で、高著『洗脳支配』(ビジネス社)で有名な苫米地英人(ひでと)博士が、「日本人は、史上、未だかつて一度も民衆(=国民)主体の政治を体験したことが無い」と語られていたことを、懐かしく思い出す。同発言は、昨夏の「政権交代」前のものである。
苫米地氏は、かつてのオーム信者(麻原の家族や幹部たちも含めて)を、その洗脳状態から解放したことで有名だ。
博士の言を裏返せば、われわれ日本国民は、昨年の8月30日、民衆(=国民)主体の政治を、日本史上初めて、自分の手中に収めたのである。この平和な無血革命を、日本現代史上初の快挙と言わず、一体何と言おう。
私にとって、昨年8月30日の「独立記念日」は、同時に、「革命記念日」でもある。この革命は、“選挙”を通して為された。それは、まことに民主的、かつ平和な革命だった。だが、この民主革命は、未だ成就していないのだ。
今回の「政権交代」の第一の立役者は、何と言っても、小沢一郎氏であろう。同氏の功績は、限りなく大きいと思う。だが同時に、小沢氏の個人的活躍だけで、事が成就したわけではない。
むしろ、「後期高齢者」なる非道な名を冠されたご高齢の方々や、常日頃、自公政治に辟易していた一般国民こそが、この長い間、閉ざされていた「天の岩戸」の扉を開けたのである。
言うなれば、この度の「政権交代」は、決して民主党員や労組員だけの力によるものではない。あくまで、国民の”総合力”によるものだ。
それゆえ、私は、次のように訴えたい。「民主党議員諸氏よ、昨年の壮挙を、決して自分だけ、あるいは自党だけの力に由るものと、錯覚する勿れ! また、決して驕る勿れ! そして、何よりも、初心忘るべからず!」と。
この国民の精神力と団結力によってなされた、昨年8月30日の「政権交代」(第一段階)こそが、新生日本の”独立記念日”と言えるのではあるまいか。
正直、今回のタイトルは、このような歴史的事情に基づいている。この重い史実を、われわれは、努々(ゆめゆめ)軽んじてはならないと思うのだ。 【了】
少し前に保存してあった記事を今掲載して、「8月30日を日本独立記念日にしよう運動」の烽火としたいと思います。ご賛同の方が増えれば、先行きの怪しくなりかかった日本革命の方向を正しい方向に向け変える力の一つになるのではないかと思います。それでは、また会いましょう。
「阿修羅」より転載。少し長い文章だが、昨年以来の政治状況をわかりやすくまとめているのと、「8月30日を日本独立記念日としよう」という趣旨から、ここに転載する。すべて戦いには「旗」が必要だ。その旗とは、前に書いた「我に自由を与えよ。しからずんば死を与えよ」というような言葉などであり、その旗の下に人々の心は結集するのである。記念日もその旗の一つである。
では、その「独立記念日」には何をするか? 当然、日本が「真の独立をしていない」ということを歴然と示す沖縄米軍基地の前で、壮大なデモ行進をやるのである。できれば、日本全国から心ある人々が結集してくれれば、沖縄県民だけのデモよりも大きな効果があるだろう。夏休みのレジャーも兼ねて、今年の夏は沖縄で「独立記念日」を祝いませんか?
そうすれば、9月の民主党総裁選挙への大きなメッセージにもなるはずだ。米軍基地を黄色いリボンで飾り、花火を上げて、全員で「ヤンキー・ゴーホーム!」と三唱しましょう。
(以下引用)
植草事件の真相掲示板
投稿者:渡邉良明
投稿日:2010年 6月 8日(火)13時03分34秒
昨年の8月30日こそ、忘れてはならない、われら日本国民の独立記念日。―
本日(6月8日)、菅内閣(マッドマン氏の仰る官内閣)が誕生した。原口一博氏、亀井静香氏、細野豪志氏以外は、新自由主義を引きずる「従米派・芋ヅル内閣」といった感じである。上記の三氏が干されたり、封じ込められたり、あるいは排除されたりしないことを念じたい。
ところで、菅氏は、1980年の第36回衆院選で初当選した。それは、4度に及ぶ涙ぐましい挑戦の結果だった。若き日の彼は、確かに努力・精進の市民運動派・政治家だったと思う。
私事だが、在京中、若き日の私も、まだ清新だった若き菅氏を支援した一人だった。伸子夫人が、私の教え子(当時、市会議員)に伴われて、東京の寓居を訪ねて下さったことがある。しかし、後年、私は、菅氏に直にお会いしてみて、正直、幻滅を感じた。人間としても政治家としても、余り魅力を感じなかったからだ。伸子夫人の方が、まだましだと感じた。
菅氏は、山口県(宇部市)の出身らしく、高杉晋作の「人生、一度だけ」という言葉を愛する。その思いで、若き日の彼は、高杉の生き方を理想としていた。今回、この思いで、彼は、満を持して総理になったのだと思う。実は、今回の総理就任も、民主党代表になって、「3度目の正直」だった。たいへんチャレンジ精神に富む菅氏ではあるが、そんな彼の熱情と執念を、誰も否定はできないと思うのだ。
ところで、日本の政界には、「総理になりたい人と総理にしたい人(=なるべき人)」がいる。その数は、前者が99.9%、後者が0.01%ぐらいだと感じる。
菅氏は、明らかに前者であろう。正直、後者には、小沢一郎氏しかいないと思う。今までは、総理になりたい人(=政略だけは巧みな人)のオンパレードで、どれ程、日本の政治が官僚の言い成りになってきたことか。
正直、菅総理も、そんな狡猾な官僚たちの大きな蜘蛛の糸に絡め取られた“派手な蝶々”のように感じる。だが、実際は、そうであってほしくない、と心から願う次第だ。
菅氏が、今でも、「人生、一度だけ」を座右の銘になさっているのなら、官僚や閣僚(=取り巻き)に負けることなく、かつ自らの魂を奪われることなく、あくまで「日本独立」を目指して誠実・真摯な政治生活を送ってもらいたいものだ。
少なくとも、口先だけの団塊世代ではあってほしくない。たとえ優しくても、口先ばっかりの未熟な政治指導者など、鳩山由起夫氏だけで充分だ。
今回は、少し視点を変えて、「独立記念日」について一考したい。
アメリカの独立記念日は、周知のごとく、来月の4日である。1776年の同日、トーマス・ジェファーソンが起草した『アメリカ独立宣言』が、大陸会議で採択された。
米国民は、祖国の独立記念日を、それはそれは豪華絢爛たる花火で祝う。東京隅田川での花火大会も見事だろうが、アメリカの独立記念日のそれは、まことに鬼気迫る迫力だ。まるで、“戦争でも始まったのか”という思いにさえなる。実に迫力満点の祝日だ。
また、フランスの「革命記念日」は、7月14日である。1789年の同日、バスチーユ牢獄襲撃・政治犯の解放で、フランス革命の火蓋が切られた。この日は、日本でよく言われる「パリ(巴里)祭」の日でもある。
それでは、現代日本には、「独立記念日」に当たる日は無いのだろうか? ご高齢の方々は、2月11日の「建国記念日(かつての「紀元節」)」がそれだ、と仰るかも知れない。
つまり、紀元前660年、記紀における神武天皇が即位したとされる日で、この日が、旧暦の1月1日に当たる(Wikipedia 参照)。
しかし、正直なところ、現代の日本人(特に、若い方々)にとっては、2月11日の「建国記念の日」に、それほど親しみが持てるとは思えない。では、「その日」は、全く無いのだろうか?
私は、「その日」こそ、昨年の8月30日、つまり、民主党(社民党や国民新党を含めた)が、自公政権を圧倒して、政権交代(未だ、権力交代ではないが)の端緒を開いた日だと思う。
それこそ、律令制の時代以来、連綿と続いた官僚政治から、国民主体の政治の緒(いとぐち)が開かれたと思うのだ。
植草先生始め、多くの方々が語られる通り、その歴史的意義は、限りなく大きいと感じる。その意味で、来月に迫った参議院選挙を前にして、われわれは、今一度、昨年8月30日の衆議院選挙の果たした”歴史的意義”を、じっくりと再考すべきではないだろうか。
事実、昨年を、「日本独立元年」と位置づける識者も多い。リチャード・コシミズ氏は、その代表格であろう。氏の言に従えば、今年が、「独立2年目」ということになる。確かに、この年数の高まりに合わせて、われわれは、アメリカ帝国からの独立(=自立・自尊)の度合いを高めていくべきである。
その思想・運動の原点に、「日本、未だ独立せず」との認識を国民共有の思いとしたい。これは、今回の普天間基地移設問題を見れば明らかだ。
無論、この意識や運動の普遍化は、決して容易ではない。だが、「千里の道も一歩から」である。また、植草先生も記されたように、「有志者事竟成也(志が有れば、事はいつか成就する)」のだ。
どれほど時間がかかろうとも、「日本独立」への方向性は、決して間違っていないと思う。その大きな”一里塚”としての「昨年の8月30日」は、その価値を、どれほど強調しても、し過ぎるということはないと思うのだ。
実際、リチャード・コシミズ氏の後援会として、有志たちにより結成された「独立党」の党是は、「アメリカ合衆国及びその背後で糸を引く国際金融資本勢力からの日本独立」というものである(Wikipedia 参照)。
この気宇広大なる党是を、私は、決して破天荒なものだとは思わない。また、同党是を、笑いもしない。
むしろ、この党是は、明治維新以来、わが国が国際金融資本勢力から受け続けてきた搾取と隷属の実態を実に的確に突いていると思う。事実、植草先生が指摘される日本の「悪徳ペンタゴン」を背後で操る巨大組織こそ、それがロスチャイルドであれ、ロックフェラーであれ、この「国際金融資本勢力」なのだと感じる。
それゆえ、「真の日本独立」のための戦いは、私たち一代で果たせるものではないかも知れない。だが、志を強く持って、われわれが一致団結すれば、必ずや「日本独立」への道が開かれると思う。少なくとも、その先鞭をつけておくべきだと思うのだ。
ところで、私事だが、一昨年の春、横浜の或る会合で、高著『洗脳支配』(ビジネス社)で有名な苫米地英人(ひでと)博士が、「日本人は、史上、未だかつて一度も民衆(=国民)主体の政治を体験したことが無い」と語られていたことを、懐かしく思い出す。同発言は、昨夏の「政権交代」前のものである。
苫米地氏は、かつてのオーム信者(麻原の家族や幹部たちも含めて)を、その洗脳状態から解放したことで有名だ。
博士の言を裏返せば、われわれ日本国民は、昨年の8月30日、民衆(=国民)主体の政治を、日本史上初めて、自分の手中に収めたのである。この平和な無血革命を、日本現代史上初の快挙と言わず、一体何と言おう。
私にとって、昨年8月30日の「独立記念日」は、同時に、「革命記念日」でもある。この革命は、“選挙”を通して為された。それは、まことに民主的、かつ平和な革命だった。だが、この民主革命は、未だ成就していないのだ。
今回の「政権交代」の第一の立役者は、何と言っても、小沢一郎氏であろう。同氏の功績は、限りなく大きいと思う。だが同時に、小沢氏の個人的活躍だけで、事が成就したわけではない。
むしろ、「後期高齢者」なる非道な名を冠されたご高齢の方々や、常日頃、自公政治に辟易していた一般国民こそが、この長い間、閉ざされていた「天の岩戸」の扉を開けたのである。
言うなれば、この度の「政権交代」は、決して民主党員や労組員だけの力によるものではない。あくまで、国民の”総合力”によるものだ。
それゆえ、私は、次のように訴えたい。「民主党議員諸氏よ、昨年の壮挙を、決して自分だけ、あるいは自党だけの力に由るものと、錯覚する勿れ! また、決して驕る勿れ! そして、何よりも、初心忘るべからず!」と。
この国民の精神力と団結力によってなされた、昨年8月30日の「政権交代」(第一段階)こそが、新生日本の”独立記念日”と言えるのではあるまいか。
正直、今回のタイトルは、このような歴史的事情に基づいている。この重い史実を、われわれは、努々(ゆめゆめ)軽んじてはならないと思うのだ。 【了】
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