アルバイトとして潜入取材を敢行し、このほど「ユニクロ潜入一年」(文藝春秋)を発表したジャーナリストの横田増生氏。現場から見たユニクロの今と、柳井正・ファーストリテイリング社長について、語ってもらった。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部 津本朋子)
ユニクロ店舗の仕事はなぜしんどいのか?
──1年間でイオンモール幕張新都心店(千葉県千葉市)、ららぽーと豊洲店(東京都江東区)、そして、超大型店であるビックロ(東京都新宿区)の3店舗に潜入したわけですが、本を読むと、なかなかどこもしんどい職場ですよね。
ユニクロの決算数字を追っていけば分かりますが、国内ユニクロ事業に関しては、対売上高人件費比率をだいたい10%前後に抑えています。そうやって利益を確保しようという戦略だから、ヒマな時期は「早く帰ってくれ」となるし、逆に繁忙期にも人手を増やすのではなく、今いる人数でヘトヘトになるまで働け、となるわけです。
でもね、僕は人件費はその他の経費とはやっぱり違うと思うんです。だって人の心がついている経費だから。その先にはリアルの従業員がいて、彼らの生活がかかっている。本にも書きましたが、関西でアルバイトをしていたシングルマザーの女性は、ヒマな日はシフトの途中でも帰ってくれと言われる一方、ギリギリまでシフトを削っておいて、当日に回らないとなると「お願いです!!!!」と悲鳴のような出勤要請がLINEで送られてくる日々で、「本当に振り回された」と涙声で話してくれました。
──ユニクロはSPA(製造小売り)で成功した企業で、それまでのアパレル業界で一般的だった、幾重にも挟まっている中間流通業者を整理したという意味では画期的だったと思うのですが、店舗のオペレーションに関しては、驚くほど前時代的というか、人海戦術でなんとか乗り切ろう、という根性論に見えました。
ユニクロは元々、ロードサイドに展開した小型店から出発しています。「Help Yourself」を掲げ、小さな倉庫みたいな雰囲気だったんです。しかし拡大路線を走る中で、店舗運営に関しては、業務を上からどんどん足して無理やり積み上げたような成長の仕方をしたと思います。
たとえば、2015年11月、書き入れ時の感謝祭(毎年5月と11月に行われる)が不調だったため、当時働いていた幕張新都心店の60畳ほどのバックヤードには、300個以上の在庫が積み上がりました。それなのに、本部からは販売計画通りに次々と商品が送られてくるから、在庫は増える一方。お客様から欲しい商品を尋ねられ、それが店頭にないとなると、われわれスタッフはバックヤードに走って在庫確認をするんですが、社内ルールで「在庫確認は5分以内」という縛りがあるんです。
無理難題で疲弊する日々システムの未熟さがブラックの原因
──なかなかハードですよね。
もうね、ほぼムリですよ(笑)。大量の段ボールが置かれたバックヤードを走るのは、まるで障害物競走のようでした。豊洲店は幕張新都心店よりバックヤードが狭かったんですが、あるとき、探していたスタッフの頭上に段ボールが落ちたことがあった。たまたま中身がほとんど入ってない箱だったから良かったけれど、パンパンに詰まっていたらケガをしたと思いますよ。
──店舗の運営システムが現実の作業量に追いついていないからブラックにならざるを得ない、言わば「構造的ブラック」というような話ですが、不満の声はなかったんですか?
転職組の人たちは、「おかしいんじゃない?」と口にしたりしてましたね。あと、取材で会ったユニクロを辞めた人たちは、退職後に目が覚めたようでした。「今の仕事は土日にちゃんと休めるんです」とか、「この仕事でこんなに給料がもらえるなんて!」とか、みんな感激してるんですよ。「いや、それが普通だから」って話なんですが。
でも、外の世界を知らないで働いている人たちの多くは、僕には一種の宗教なんじゃないかと思えるくらいに信じきっているように見えた。
たとえば16年11月のビックロでの感謝祭のときは、前年が不調だったために4日間から7日間に日程が増えたこともあって、本当にきつかった。7日目にもなると、さすがに休憩室でもみんなぐったりしてるんですが、40代くらいの地域社員の女性は、「感謝祭って人がいっぱい来て、チョー楽しいよねえ!!」って、大声でキンキン騒ぐんです。さすがに異様で、僕らバイトはドン引きですよ。この人もユニクロ一筋の職歴でした。
「やりがい搾取」の一方で疑問を持たない社員たち
──幕張新都心店では、店長が真顔で「会社が倒産するかも知れない危機です」とスタッフに告げて、シフト時間を削るシーンもありました。
これは豊洲店でも言ってました。どうやら閑散期にシフトを削るための常套句のようです。ビックロではたまたま、僕がいた期間はずっと繁忙期だったから聞かなかったけれど、閑散期になったら言っている可能性はあります。大ウソもいいところですけどね。
ファーストリテイリングは業績だけ見れば優良企業なわけで、人件費を削らないと倒産するだなんてあり得ないでしょう?ただ、みんなの反応を見ていると、どうやら信じているみたいでした。逆に、こういうのを信じられない人は辞めていきます。「一緒に決算書読もうよ」って言いたかったですね、本当に。休憩室に置いてあった日経新聞はいつもまっさら。誰も読んでないんです。
──忙しすぎて読むヒマがないんですかね。
きっとそうでしょうね。ほかにも「なんで?」って言いたくなるような、おかしな話はいっぱいありました。店舗では週に1回、柳井社長の発言が載る「部長会議ニュース」が貼り出されるんです。僕は潜入中、欠かさずチェックしていましたが、柳井社長は「〜していただきたい」とオーダーを頻発します。でも、「一体どうやったら達成できるんだ」と首をかしげるような話が多かった。
彼は人の2倍、3倍働け、そうすればバイトだって給料をうんと上げる、というようなことを言うけれど、現実として、ユニクロのバイトは4年働いてもたった20円しか時給が上がらないような仕事です。それなのに、バイトであってもプロ意識を持て、人の倍働けだなんて、「やりがい搾取」そのものです。
バイトだけじゃなくて、社員だって大変です。僕が取材した限りでは、「店長クラスでも年収は400万円台が大半なんじゃないか」という話でした。しかも、本当に余裕なく働いています。外の世界を知らないと、これが当たり前だと思ってしまう。「やりがい搾取」の罠にまんまとハマってしまうんです。
ユニクロを覆う秘密主義にノーを突きつけたかった
──この本を読むだけで、頭痛がしてくるくらいに現場の疲弊感がひしひしと伝わってきましたが、よくこんな大変なルポをしようと思いましたね。
僕は前著(「ユニクロ帝国の光と影」文藝春秋刊)の執筆時から、ユニクロを取材してきました。随分取材を申し込みましたよ。だけど、あまり受けてもらえないから、独自取材を中心に前著を書いたところ、名誉毀損で文藝春秋が訴えられました(14年に文春の勝訴が確定)。その後も決算会見すら出入り禁止になりました。
あの会社は徹底的な秘密主義なんです。社員たちに取材をしようにも現役の人はもちろん、退職後の人も「守秘義務違反になる」と怯えて口が重い人が多い。クビになるんじゃないかとか、辞めた人でも訴えられるかもとか、恐怖があるんです。
でもね、守秘義務って商品に関わるデザインとかパターンとか、そういうものを守るというのは分かるけれど、何でもかんでも守秘義務を盾に言動を縛るっていうのはおかしいでしょう? だったら僕が潜入取材をして記事を書いたらどうなるんだろう、本当に僕を懲戒解雇にできるの?と問うてみたかったんです。結果は、諭旨解雇でした。対応した人事もおっかなびっくりに見えましたよ。やっぱり簡単に人をクビになんてできない。こんだけ書いても、僕は懲戒免職にはならなかったんです。
──おかしなことに「ノー」を突きつけたかった、と。
ユニクロでは、柳内さんの言うことは、どんなおかしなことであっても“絶対”なんですよ。「柳井教」なんじゃないかと言いたくなるくらい。僕は、それってヘンじゃない?って問いたかったんです。そして、社員や元社員にも「もっとしゃべろうよ。大丈夫だよ」と言いたかった。
柳井さんには、「現場をもっと見ようよ」って言いたいですね。たとえば感謝祭で自らレジ打ちするなんて、僕はいいと思うけどなあ。どんなチラシをまくよりも集客効果もあるだろうし、現場を知るチャンスにもなるでしょう。
柳井さんは新聞のインタビューなどで「勤務環境を改善した」と言っています。確かに良くなっている面もありますが、まだまだ道半ばです。僕が潜入した3店舗とも、社員はサービス残業をしていましたし。しかし、勤務記録には載せていなかったから、柳井さんの目には入らないのでしょう。
残業時間が予定をオーバーしたら罰する、というようなやり方をすれば、現場は隠したりごまかしたりする方向にいってしまうのは当然です。「なぜオーバーしてしまったのか」、経営者は理由を現場に聞いて、効率化策を考えないと。これからもユニクロはウォッチしていきますよ。
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