https://news.livedoor.com/article/detail/26153962/
こういう落とし穴を考える官僚さんは超優秀ですね。
<転載開始>
第1弾、第2弾で計2万円分のポイントを付与する大盤振る舞いの政策には副作用が伴った(記者撮影)
国のマイナンバーカード普及促進策「マイナポイント」。マイナンバーカードを取得した人に、各種キャッシュレス決済で利用できるポイントを付与する事業だ。
2020年から第1弾、2022年から第2弾が行われ、事業が終了した2023年9月までに計7556万人の利用者が、マイナポイントを申請した。1兆円規模の国家予算が投じられたこの事業は決済事業者にとっても、会員獲得や決済利用の好機となった。
ところが、この大盤振る舞いの政策には落とし穴があった。ポイントが「使われすぎた」ために、一部の事業者が想定外の損失に直面しているのだ。
年間利益が吹き飛んだ
「12億円ほどのマイナスを計上した」。2月9日、セブン銀行が行った今2023年4~12月期決算説明会で、清水健執行役員(現常務執行役員)はこう話した。震源地は、セブン銀行の子会社でクレジットカードや電子マネー「ナナコ」を発行するセブン・カードサービス(以下、セブンカード)だ。
多くの決済事業者と同様、セブンカードもマイナポイント事業に参加していた。ところが、事業を通じて付与したナナコポイントが想定以上に使われた結果、当初見込んでいなかった12億円を費用として計上した。
同社は今2024年1~3月期にも別途20億~25億円程度の損失を見込んでおり、セブンカード単体では通期ベースで最終赤字に転落する見通しだ。
損失のカラクリは、マイナポイント事業の制度設計にある。
マイナンバーカードを取得すると第1弾では5000円、第2弾では1万5000円分のポイントが受け取れ、各種キャッシュレス決済で利用できる。
反面、利用先に指定された決済事業者は、会計処理としてポイント付与額を売上高から控除したり、費用として計上したりする必要がある。このままでは事業者の持ち出しとなるため、国は付与したポイントと同額の補助金を交付することに決めた。
失効率をめぐる誤算
問題は、大抵のポイントに有効期限が存在することだ。期限が到来して失効したポイントは、会計上、事業者の収益になる。つまり、ポイントの全額に補助金を充当すると、失効分だけ事業者が得をする。
税金で事業者が潤う事態を避けようと、マイナポイント事業の事務局は参加を希望する事業者に対して、過去数年の利用実績に基づくポイントの「失効率」を事前に提出させた。失効が見込まれる分をあらかじめ控除し、実際に利用されるであろうポイントにのみ、補助金をあてがおうとしたわけだ。
マイナポイントの裏側では、複雑な会計処理が繰り広げられていた(記者撮影)
セブンカードが付与した「ナナコポイント」をめぐる損失は、この失効率をめぐる誤算にあった。
ナナコポイントにも有効期限が存在するため、セブンカードは事業への参加に先立って失効率を算出し、事務局に提出した。
第1弾では、当初の想定と、実際のポイントの使われ方との差異が小さく、損失はほとんど認識されなかった。
問題は、ポイント付与額が3倍に増えた第2弾だ。マイナポイント事業経由で付与したナナコポイントが想定以上に利用されていった結果、有効期限を迎えて失効するポイントが減り、セブンカードの収益を下押しする事態が表面化したのだ。
マイナポイント事業では前述の通り、失効率が想定通りであれば、利用されたポイントには補助金が交付されるため、事業者は損も得もしない。ところが、事務局提出時の想定よりもポイントが多く利用されると、失効に伴う収益が減る一方、補助金は提出時の失効率に基づいてしか交付されない設計になっていた。
セブンカードが算出した失効率は、普段の買い物で貯まったポイントを「散発的」に使う一般の利用者を想定していた。一方、マイナポイント事業で流入した利用者は、数千円から1万円超のポイントを「一気に」消費していった。
すると失効率の想定と実績に大幅な乖離が生じ、セブンカードの持ち出しが増えていった。関係者によれば、セブンカードは追加の補助金交付を事務局にかけあったものの、認められなかったという。
他の事業者でも損失発生か
こうした損失は、ほかの事業者でも発生しているのだろうか。
東洋経済がマイナポイント事業に参加した各社に問い合わせたところ、ある事業者は「足元では想定よりもポイントが利用されている。ただ、有効期限はまだ到来しておらず、最終的な着地を見守りたい」と答えた。ポイントの有効期限がこれから到来する事業者は、同様の損失に見舞われる可能性がある。
一方、「影響はない」と回答した事業者も複数あった。有効期限を設定していないポイントには「失効」という概念が存在せず、損失が発生する余地がなかったようだ。
また、あるクレジットカード会社は「(失効率を事前に算出するのではなく)ポイントの有効期限が到来した後、利用実績を踏まえた失効率を算出し、補助金を申請する予定」と話した。
実は、事業者の公募要項にはポイントの利用状況が「精緻に計測可能な場合」、例外的に補助金額の事後精算を容認する、との記載がある。事後精算であれば、失効率が想定と異なる事態は生じない。
この点、決済サービスコンサルティングの宮居雅宣代表は、事後精算の規定をこう指摘する。「通常の買い物で付与されたポイントと、マイナポイント事業で付与されたポイントとを別々に管理する必要がある。場合によっては大規模なシステム改修が必要となる」。
別の関係者によれば、セブンカードは両ポイントの切り分けがシステム上困難だとして、事後精算を選択しなかったという。
ポイントを制度に落とし込む難しさ
事業者の一部に損失が発生した事実ついて、国からマイナポイント事業を受託している一般社団法人キャッシュレス推進協議会の担当者は、「決済事業者に対しては、(交付された補助金額以上にポイントが利用される)リスクを事前に開示している。各社はそのリスクを認識したうえで、制度に参画している」との認識を示した。
また、セブンカードが追加の補助金交付を求めた点については「個別事業者とのやり取りは回答を控える。あくまで事前に定めたルールに基づいて判断している」(担当者)と回答した。
マイナポイント事業によって、国の目論見通りマイナンバーカードが加速度的に普及した。反面、消費者が通常のポイント利用とは異なる行動をとったため、一部の事業者が煽りを受けた。宮居氏は「国の政策に参画した事業者が損をすると、今後は国への協力に消極的になる可能性がある」と指摘する。
日本のキャッシュレス比率は4割と、マイナポイント事業が始まる前の2019年の約2・5割からは上昇したが、欧米にはいまだ水をあけられている。今後キャッシュレス決済を推進する際、ポイントという「人参」をどのように制度設計に組み込むべきか、検証が必要であろう。
(一井 純 : 東洋経済 記者)
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