プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
貴族やロスチャイルドを敵に回せない?AT1債保有者より株主を救済
経営危機にあったスイスの大手銀行・クレディスイスは、政府の支援を得てUBSに救済合併させることになりました。その際、クレディスイスの株主は保護される形となりましたが、政府はクレディスイスの劣後債の1種であるAT1債の保有者は保護しないとし、この債券を無価値化しました。
これで市場は混乱しました。ほかの優先債券に比べれば償還の順位は劣後するものの、その分資本に組み入れできるメリットがあり、当然株式よりも優先的に保護されると信じ、それで投資家は購入していた面があります。ところが、クレディスイスの株式は保護する一方でAT1債は無価値にされました。
この「常識」を覆す力はどこから来たのでしょうか。
その答えはクレディスイスの大株主を見れば明らかになります。つまり、クレディスイスの大株主は、ロスチャイルド・ファミリー、ロックフェラー・ファミリーなど国際金融資本の雄のほか、欧州の王侯貴族の名がずらっと並んでいます。
彼らの保有する株式を無価値にするわけにはいかないため、今回のような異例の形をとることになったのですが、債券投資家には疑心暗鬼を呼ぶこととなりました。
このため、欧州委員会は慌てて、欧州のAT!債は原則保護されるとの姿勢を打ち出しました。スイスの当局としては、国の経済を左右する大銀行ゆえに、その大株主である王侯貴族やロスチャイルドを敵に回すわけにはいかなかったことになります。
デフレをでっち上げたアベノミクス
これほどあからさまではないにしても、日本でも国民の利益を無視した政策が平然と採られています。
その典型例がアベノミクスです。
アベノミクスでは「3本の矢」として大規模金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略が掲げられました。現実に実行されたのは第1の「大規模金融緩和」でした。
この大規模金融緩和を行わせるために、アベノミクスは日本経済を「デフレ」と断じ、デフレから脱却するために、大規模な金融緩和、円安が必要との論理だてをしました。
その前から政府はメディアに「円高デフレ」という言葉を流布させていましたが、このデフレという認識が意図的、作為的に用いられました。
「デフレ」現象は起きていない?
「デフレ」とは、持続的に物価が下落する状態で、そのもとで価格下落、収益悪化、賃金所得の減少、需要の減少、生産所得の減少、物価下落という「縮小スパイラル」が働くので、デフレはインフレ以上に厄介なもの、と喧伝されました。
ところが、戦後の日本ではこの「デフレ」現象は起きていません。物価の持続的な下落もなく、せいぜい年に1%未満の小幅下落にとどまり、しかもその物価下落が企業収益の悪化、賃金所得の減少などにつながる「縮小スパイラル」をもたらしたこともありません。これは後になって米国の経済学者も認めています。彼らの目には日本には真正デフレはなかったと映っています。
実際、日本の消費者物価はこの30年でみると年平均0.1%の上昇と、世界に冠たる「安定」を見せていました。物価安定目標はそもそも不要な安定を実現していました。
ところが、日本だけ物価が安定していては、購買力平価の考えから、為替市場ではどうしても円高になりやすい、との危惧がありました。特に産業界からは日銀の緩和が不十分なために円高になっているとの批判が起きました。
物価高で苦しむ国民より緩和で利益を上げる勢力の声
この日本の物価安定は、国民生活にとって望ましいもので、インフレによる格差拡大も回避でき、将来の生活設計も容易になりります。
この物価安定は消費者には大きなメリットでした。企業にとっても中期、長期の計画が立てやすい環境にありました。
しかし、前述のように日本の物価安定が円高要因であれば、この円高を阻止してもらいたいというのが製造部門の企業の声で、そのためには日銀に円高抑制のための金融緩和策をとってもらいたい、ということになります。
しかし、日銀は黒田前総裁が再三述べていたように、為替を目的とした金融政策はとれません。そこで政府と一体となって日本を「デフレ」と断じ、「デフレ脱却」を目指して大規模金融緩和を正当化しました。
この点では消費者よりも企業優先で、安倍政権が産業界と二人三脚で政策運営してきたことを示唆しています。
企業のほかにも多くの力が日銀を動かしています。国内では財政当局です。財務省(旧大蔵省)にはいまだに金融政策を動かしているのは自分たちで、日銀はその駒に過ぎないとの認識があります。このため、金利を常に低く抑えて、国債の金利コストを抑えようとの意図や、国債消化の面でも安定的な買い手としての日銀を利用したい思いがあります。
さらに海外には国際金融資本の強い影響力があります。もとをただせば、日銀を創設したのはロスチャイルドで、以来彼ら国際金融資本と深く結びついています。国際会議の場や、多くの機会をとらえて、日銀の金融政策に影響力を行使しています。彼ら国際金融資本にとって都合の良い政策が好まれ、当然金融緩和の大きなバイアスがかかります。
彼らの投資戦略にプラスになるよう、時にはFRBやECBの金融引き締めの際にはその尻拭いまでさせられます。すべての中央銀行が引き締めに出れば、国際金融資本も逃げ場がなくなります。欧米が引き締めていれば、日銀や中国に緩和をさせ、必要な資金調達を行う手はずです。黒田前総裁は長年、G30など国際金融マフィアとのつながりがあり、彼らの影響から逃れられない立場にありました。
国民の手に金融政策を取り戻す
「バブル・サイクル」という言葉があります。中銀は金融緩和でバブルを作り、これで投資家に利益を与え、バブルが弾ければまた金融緩和で次のバブルを生み出す習性があります。これで国際金融資本を含めた投資家に利益のチャンスが生じますが、一般投資家や国民は良い迷惑となります。
今回の日本では国民が望まないインフレを生み出し、新たな格差や不均衡を作りました。インフレも金融緩和も資本家や富裕層をますます富ませ、格差拡大の中で国民の多くは生活が困窮します。
政策はそもそも所得分配に影響しますが、このところ政策を通じて一部の資本家、企業、富裕層に利益となる一方で、国民生活が犠牲になっています。「経世済民」から遠く離れるばかりです。
一部の力持ち、権力者の利益に資する政策を続ければ国民はますます疲弊します。政策の成果を国民の手に取り戻すために、国民のためにならない物価目標などに反対の声を上げる時が来ました。欧米では国民の声が政権に届いていて、物価高抑制がなされていますが、日本では国民の声も小さく、政府のアンテナも鈍いので声が届きません。「沈黙は金」は昔の話で、政治の私物化を抑えるためにも国民の声がますます重要になりました。
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