人格的にはいかがわしさも感じるが、増田俊男は「経済」と「本音の政治」をリンクさせて考えるという長所があり、時々、実に鋭いことを言う。大半の経済学者が机上の空論や政府に指示されたような寝言しか言わないのに比べたら、少なくとも経済を「過激にかつ根本的に」とらえているところは買える。
要するに、「政治で起こることに偶然は無い」のだから、実は経済的事件の大半も、あらかじめ仕組まれた方向に動いている、と観るべきだろう。その好例が1929年の大恐慌であり、学校教科書ではそれがまるで自然災害であるかのように書かれ、「全員が大不況で損をした」みたいな話になっているが、そんな馬鹿な話は無いのであり、誰かが損をすれば誰かが大儲けをしたに決まってる。では、それは誰かと言えば、大恐慌の後も大富豪であった連中、大恐慌の後に逆に発展した大企業に決まっているのである。したがって、この大恐慌自体があらかじめ仕組まれたものであることは当然の推理になるが、学校社会科ではそこまでは教えることはできない。つまり、学校とは「自分の頭で考える」人間や「正直な発言をする人間」はそこから排除されるシステムなのである。
余談が長くなったが、そういう「本物の経済」を語る数少ない人間の一人が増田俊男だと私は考えているわけだ。
下に書かれている内容は実に合理的な話である。
私が特に注目しているのは赤字にした部分だが、これは日本の労働者にとっては暗い見通しである。労働者需要が減少し、労働者の貧困化が進むということだ。(関東や東北の建設労働者・運輸労働者需要や、一部の外食産業やコンビニなどでの労働者需要の増加は、偏在的な需要増でしかなく、大局的なものではない。)これは国民全体にとっての貧困化が今後いっそう進んでいくという話である。
そういう経済や政治の流れに対する処方箋についてはまたいずれ考えてみたい。
(以下引用)*赤字部分は徽宗による強調。
アベノミクスで「デフレは絶対に脱却できない!」。
デフレ脱却をめざし物価2%上昇目標を掲げて「円安政策ではない」などと言い訳をしながら鳴り物入りでスタートしたアベノミクス第一の矢「異次元金融緩和政策」は元より失敗の運命にある。需給で決まる物価を通貨(円)の購買力を下げることで商品・サービスの価格が円表示で上がっても緩和を止めれば元の木阿弥になるだけ。金融緩和と言う、市場が求める以上の通貨を放出して金融・不動産資産を必要以上に膨張すればバブル資金(余剰資金)が市場からスマート層の懐に入り低所得層は住宅と生活必需品価格の上昇のあおりで一層困窮する。アメリカで顕著なように大型長期金融緩和は常に社会格差を拡大する。
日本もアメリカも国家の債務は悪化の一途。国家債務のGDP比は日本240%、アメリカ100%と両国とも将来返済不能である。だからFRBも日銀も債務のGDP比を実質下げる効果のあるインフレを望むのは当然である。日米企業は200兆円以上の余剰資金を抱えているが、余剰労働者と製造能力を持て余しているから新たな設備投資は製造コスト削減・生産性向上のために限定されている。生産性向上のため有能な労働者を採用、賃金の高い古い労働者を解雇する。今日米企業は余剰資金を使って生産性向上への投資を進めているのでやがて労働者の数は減り、又製品の価格は下がる。つまりデフレ化が進む。
金利についても同様で、企業は余剰資金を持て余しているから実体経済に資金需要はほとんどないから金利は上がらない。いくら中央銀行が緩和で貨幣価値を下げても実効金利は上がらない。つまり金融緩は一種のショック療法であっていつまでも続けていると物価も金利も下がり経済成長が鈍化し、やがてデフレ化して逆効果に終わる。成長戦略ではイノベーションや構造改革が主流になるが、前述の通り生産性向上で労働者数を減らし、物価を下げるからデフレ志向となる。
コメント