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徽宗皇帝のブログ

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永続無責任体制
「逝きし世の面影」から抜粋転載。
「永続敗戦論」は読んだことはないが、読まなくても内容は分かる、という感じだ。多少でも自分の頭で考えることのできる者なら日本という国の戦後史について「戦争責任問題を有耶無耶にしたために、政治と経済の無責任体制が永続している」という以外の結論にはならないだろう。
それを端的に示しているのが安倍政権(自民党政権)におけるフクシマその他の原発政策である。詳しくは下記記事に任せよう。



(以下引用)


『白井聡の永続敗戦論ならぬ、フクシマの永続原発事故論』

原子炉4基が暴走した史上初めてのレベル7の『福島第一原発事故が止められない』。
止められないばかりか、『事故の原因も分からない』。
原因が分からないから、『今後の見通しも分からない』。
もちろん『放射能の汚染や被害が止められない』。
この事実はマスコミだけでなく、日本人全員が薄々気が付いているのです。
ただ、全員がその事実を認めたくない。
ところが政府や原子力規制委員会は逆に、『鹿児島で原発を動かすぞ』と言い出したのですから、今回の『岩下俊三のブログ』記事の指摘、『フクシマの隠蔽工作だ』との可能性は限りなく高い。それ以外の可能性はほぼゼロですよ。
ところが・・・岩下さんが折角重大な事実を指摘しているのに、残念ながらコメント諸氏もマスコミ報道に影響されたのか、この一番大事な部分をスルーした。(今の日本のマスコミですが最初から最後まで完璧にスルーして、読者を間違いに誘導している)
多くの一般市民ですが、フクシマのことを何とか考えないように苦労しているのですね。(フクシマの真実を認めると、自働的に今の日本が既に破滅していることを認めることになる)
フクシマの原因も分からず、現状も分からず、将来の見通しも分からないのですから、これは駄目ですね。危機管理として基本的に無茶苦茶なのです。
失敗(敗戦)の事実を認めないから日本は何時までも敗戦体制のままだとの、丸っきり白井聡の『永続敗戦論』と同じなのです。
ところが、『永続敗戦論』の結論部分では白井聡は、『日本は敗戦で終わったあの戦争を、もう一度戦いなおすだろう』との目も眩むような恐ろし過ぎる予言を行ったいるのです。
白井聡ですが、『偉大な出来事は二度繰り返されることによってはじめて、その意味が理解される』とのヘーゲルの言葉を引用して説明しているのですが何とも恐ろしい。
悲惨な出来事は『二度経験して、やっと完結する』のである。フクシマの悲劇をもう一度日本人が経験しないと、この究極の悲劇話は終わらないのでしょう。
ただ今回の原発再稼動の話ですが、8月15日の『太平洋戦争の敗戦』では無くて、中国との15年戦争の泥沼から、破れかぶれで真珠湾奇襲攻撃に走った12月8日ですよ。政府の言う『世界一の安全基準』など、これは神州不滅、日本軍不負神話そのもの。
69年前の8月15日に、すべての日本人はとんでもなく高い代償を払って神話とは所詮神話(口から出まかせの嘘八百)であり『現実とはなり得ない』との厳しい事実を知らされることになる。
69年前に『敗戦』の事実を『終戦』と言い換えて曖昧にして、責任者は誰も責任を取らなかった。
我が日本国では責任者が責任を取らないのですから、当たり前ですが(責任が無い)戦争を煽ったマスコミも有識者も誰一人も責任を取らなかった。
フクシマでも全く同じで3年が経過したが未だに誰一人逮捕されていない。責任を取って辞めたものもない。
『失敗した現実を認めない無責任』(永続敗戦論)は明治維新以来一貫して日本の精神構造なのである。
卵が先か鶏が先かの話のように、失敗の責任を誰もとらず少しも恥じない原因とは、(最初から責任感も羞恥心も持っていないので)そもそも『失敗』の事実を口先だけで隠蔽して仕舞ったので、誰も責任を取らず恥ずかしいとも思わないのである。


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