ただし、私自身は玉城デニーの政治家としての資質をあまり評価してはいないし、その実績にも疑問を感じている。まあ、政府によるいじめで思うような政策実施ができなかったとは言えるだろうが、翁長前知事のような明確な「政府との対決姿勢」も無かったと思う。
もちろん、振興予算を全部カットされたら沖縄経済は破滅的状況になる可能性もあるだろうが、いつまでも「実家からの仕送り」で生活している学生のような生き方をしているわけにはいかないだろう。(ただし、その「仕送り」の大半は県民が日本政府に治める税金から出ているのだが。)場合によっては沖縄独立も視野に入れた毅然とした態度を取る選択肢もあると思う。つまり、琉球王国時代の「日中両属」という姿勢を幹にして、世界のすべての国と友好関係を結ぶ「コスモポリタン(世界市民)アイランド」という生き方(行き方)である。産業の主軸は観光になるが、亜熱帯特有の野菜や果実を活かした農業も有望だろう。何しろ、温暖な気候というのはそれだけで絶対的な優位性があるのである。老後を過ごす土地としても最高である。
(徽宗追記2)このような、反則何でもありの政府(自民党)と同じ土俵で戦うことの意味をよく考えるべきである。引用は「阿修羅」所載の「長周新聞」記事の一部。赤字は徽宗による強調。
佐喜真陣営の総決起集会で応援演説に立った西銘恒三郎前沖縄・北方担当相(沖縄四区)は「沖縄担当大臣として在職中、(玉城)知事さんは予算の要求にきた。コロナ禍が3年続いて観光関連業者の皆さん、あるいはさまざまな仕事をしている人がたいへん苦しんでいる。さらにロシアのウクライナ侵略で物価高騰に先行きが見えない。本当に苦しんでいるなかで、知事さんは148万県民の暮らしが県知事の肩に乗っかっているという重責を感じておられるのか。残念ながら迫力も気迫も感じられない!」と玉城県政を批判。
だが実際は、西銘代議士が沖縄担当相だった昨年12月、沖縄県が従来通り3000億円規模で要求していた沖縄振興予算を、逆に前年度から330億円削って2684億円とし、10年ぶりに3000億円を割った。さらに知事選を目前に控えた今年8月、岸田内閣は、来年度の沖縄振興予算(概算請求)を、前年度(同)から200億円少ない2798億円に削減。ここでも西銘代議士が「前年より100億円ほど引いたらどうか」と閣僚職退任まぎわに官邸に進言していた。「佐喜真が勝ったら年末の予算編成で増やせばいい」とあからさまに語っていたことが暴露されている。
県民の苦しみを知りながら振興費を削り、基地建設推進のための脅しの具にすることに県民の怒りは強く、「沖縄選出の国会議員がやることか!」と激しく語られている。「県民の苦しみは知事の無策無能によるもの」「国とのパイプで危機突破!」といっても内実は見透かされ、求心力は乏しい。
(徽宗追記)
玉城デニーの勝利は安倍の死と統一教会問題という「神風」が吹いたことによるもので、それが無ければ敗北は確実だったと私は見ている。自分の力や自分への支持の多さだと勘違いするべきではない。以下に朝日新聞記事を載せておく。本気の沖縄振興策を自前で考えないと、ダメ知事という評価しか残らないだろう。
政権側が勝つ条件そろっていたが 沖縄知事選、敗因の底流にあるのは
辺野古移設ノーの民意が改めて示された。日米政府は今度こそ、計画の見直しに着手するべきだ。
そう書き記すべき知事選の結果だろう。
しかし、ためらわれる。
今日からか、明日からか。「辺野古が唯一という考えに変わりはない」という、判で押したような政府答弁が繰り返される。さして追及もなく、議論も深まらず。何事もなかったかのように日々が過ぎていく様が容易に目に浮かんでしまうからだ。
政権側が勝つ。そのための条件はそろっていた。
沖縄戦や米軍統治を直接知らない世代が増え、基地への意識は変化してきた。
コロナ禍のなか経済は疲弊した。辺野古移設ノーを訴えてきた保守経済界の重鎮は、政府との対立に限界を覚え、「オール沖縄」を離れた。「オール沖縄」はその基盤が大きく揺らいだ。
基地問題よりも経済を重視する県民意識が各種調査で浮かんだ。辺野古をめぐり、あきらめが広がったと受け止められた。
国際情勢も緊迫し、沖縄の基地の重要性が改めて唱えられた。政府との協調路線が説得力を持つ、はずだった。
それでもなお、政権側が勝つことができなかったのはなぜなのか。
覚えているだろうか…
<玉城デニー候補再選・山本太郎代表談話>「県民をコントロールしようとする乱暴な運営を自民・公明政権は改める時だ」
http://www.asyura2.com/22/senkyo288/msg/169.html
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