"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「類は友を呼ぶ」というわけで、私がネット上でひいきにしている崖っぷち社長と飯山「戦う」老人の師弟関係は有名だが、また同族嫌悪というものもあり、「東海アマ」と飯山老人は犬猿の仲のようだ。まあ、人間は感情の動物だから、些細な行き違いがこじれることもある。
私は井口博士の皮肉な文章が好きなのだが、また藤永博士の温厚で誠実な文章も好きだ。しかし、この二人は多分気が合わないだろうな、と思っていたので、井口博士の記事の中に藤永博士への言及を見つけて少し嬉しくなった。
リビア問題については、もはや事態が改善されることは不可能だから、私自身はこれ以上は書かないつもりだが、せめてリビアの真実、あれが革命でも何でもない、ただの国際的強盗事件だということについての共有認識は作っておきたい。イギリス、フランス、アメリカはそういう犯罪国家なのである。
(以下「井口和基ブログ」より引用)
まあ、簡単に言えば、カダフィ大佐(といっても、リビアの象徴、日本の天皇のようなもので実権はない存在となっていた)が、アフリカの通貨を「金(ゴールド)」を基調にした「リアル通貨」にしようという考えを出し、それにアフリカ全土が応じようとしていたことに対する、ロスチャイルド家に乗っ取られた大英帝国(今では大英帝国の威光も何もないが)が、それを潰しに来たということが真相のようである。そしてロスチャイルド家の傭兵の1つである米軍がていよく使われているということのようである。
リビア問題に関しては「私の闇の奥」の理論物理学者の藤永博士の意見も興味深い。以下のものである。
リビア挽歌(1)
一方、私の記憶では、このリビア、そしてその前のサウジアラビアなど、アラブ諸国で「民衆蜂起」した連中のリーダーはすべて国連で「民主化」の名の下に、欧米のイルミナティーの庇護の下で育成された、「偽旗作戦(偽軍事作戦)」のためのエージェントである。
このことは、大分前からデービッド・アイク氏やイングドール氏によって警告が出されていたと記憶している。
結局、教育のない国民や民衆は簡単に権力(ユダヤ)に騙されるという、歴史を再び繰り返すわけである。
いずれにせよ、ロンドンの地下都市で決まったという「アングロサクソン・ミッション」=「アルバート・パイクの3つの戦争計画」の方向への1つの手段でしかないというのが本当のところだろうヨ。PR -
「スロウ忍ブログ」から備忘のために転載。
こういう記事は、後で貴重なものになる。イケ面細野豪志(あるいは細野モナ豪志)なども、前原の子分であることがバレた以上は、売国奴勢力の一員としてこれからは勘定されることになる。
官僚などもこうして名前が表に出て「誰が何をやったか」ということが明らかになれば、悪行ができなくなるのである。あの原発村のハゲの西山などもテレビに出て顔をさらさなければ、ハゲを全国に暴露されることもなく、愛人を作ってもばれなかっただろう。つまり、闇にいる人間を表に出すことはとても大事だということ。
公人にはプライバシーは存在しない。だからこそ公人と言うのである。
(以下引用)
posted by スロウ忍 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | |
民主党代表選各候補者の推薦人一覧。細野豪志は前原誠司を推薦。
民主党代表選の各候補者の推薦人を読売新聞が公表している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110827-00000356-yom-pol
前原氏の推薦人(24人)
読売新聞 8月27日(土)12時30分配信
民主党代表選に立候補した前原誠司前外相の推薦人は次の通り(敬称略、数字は当選回数)。
▽衆院 古川元久〈5〉、渡辺周〈5〉、小宮山洋子〈4〉、細野豪志〈4〉、山井和則〈4〉、泉健太〈3〉、下条みつ〈3〉、高井美穂〈3〉、菊田真紀子〈3〉、小川淳也〈2〉、城井崇〈2〉、柚木道義〈2〉、阿知波吉信〈1〉、井戸正枝〈1〉、黒岩宇洋〈1〉、斉藤進〈1〉、高橋昭一〈1〉、仁木博文〈1〉、小原舞〈1〉
▽参院 小川勝也〈3〉、林久美子〈2〉、徳永久志〈1〉、中谷智司〈1〉、松浦大悟〈1〉
最終更新:8月27日(土)12時39分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110827-00000361-yom-pol
野田氏の推薦人(25人)
読売新聞 8月27日(土)12時30分配信
民主党代表選に立候補した野田佳彦財務相の推薦人は次の通り(敬称略、数字は当選回数)。
▽衆院 藤村修〈6〉、荒井聰〈5〉、中川正春〈5〉、武正公一〈4〉、牧野聖修〈4〉、近藤洋介〈3〉、手塚仁雄〈3〉、松本大輔〈3〉、山口壮〈3〉、大串博志〈2〉、三谷光男〈2〉、森本哲生〈2〉、打越明司〈1〉、江端貴子〈1〉、岸本周平〈1〉、柴橋正直〈1〉、橋本博明〈1〉、花咲宏基〈1〉、森岡洋一郎〈1〉、森山浩行〈1〉、谷田川元〈1〉、山田良司〈1〉
▽参院 広田一〈2〉、蓮舫〈2〉、長浜博行〈1〉
最終更新:8月27日(土)12時39分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110827-00000357-yom-pol
馬淵氏の推薦人(20人)
読売新聞 8月27日(土)12時30分配信
民主党代表選に立候補した馬淵澄夫前国土交通相の推薦人は次の通り(敬称略、数字は当選回数)。
▽衆院 滝実〈5〉、高山智司〈3〉、長安豊〈3〉、石井登志郎〈1〉、磯谷香代子〈1〉、大西健介〈1〉、櫛渕万里〈1〉、阪口直人〈1〉、杉本和巳〈1〉、高井崇志〈1〉、高野守〈1〉、高邑勉〈1〉、玉置公良〈1〉、福島伸享〈1〉、宮崎岳志〈1〉、吉川政重〈1〉
▽参院 ツルネン・マルテイ〈2〉、藤末健三〈2〉、前川清成〈2〉、横峯良郎〈1〉
最終更新:8月27日(土)12時39分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110827-00000363-yom-pol
鹿野氏の推薦人(25人)
読売新聞 8月27日(土)12時30分配信
民主党代表選に立候補した鹿野道彦農相の推薦人は次の通り(敬称略、数字は当選回数)。
▽衆院 大畠章宏〈7〉、池田元久〈6〉、小林興起〈5〉、末松義規〈5〉、筒井信隆〈5〉、石田勝之〈4〉、大島敦〈4〉、中山義活〈4〉、松崎公昭〈4〉、吉田公一〈4〉、楠田大蔵〈3〉、篠原孝〈3〉、田名部匡代〈3〉、佐々木隆博〈2〉、橋本清仁〈2〉、川村秀三郎〈1〉、小山展弘〈1〉、樋口俊一〈1〉、和嶋未希〈1〉
▽参院 白真勲〈2〉、前田武志〈2〉、増子輝彦〈2〉、大島九州男〈1〉、大野元裕〈1〉、舟山康江〈1〉
最終更新:8月27日(土)12時39分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110827-00000358-yom-pol
海江田氏の推薦人(25人)
読売新聞 8月27日(土)12時30分配信
民主党代表選に立候補した海江田万里経済産業相の推薦人は次の通り(敬称略、数字は当選回数)。
▽衆院 赤松広隆〈7〉、小沢鋭仁〈6〉、東祥三〈5〉、川内博史〈5〉、原口一博〈5〉、松野頼久〈4〉、小宮山泰子〈3〉、中塚一宏〈3〉、山花郁夫〈3〉、糸川正晃〈2〉、辻恵〈2〉、中川治〈2〉、福田昭夫〈2〉、岡本英子〈1〉、奥野総一郎〈1〉、初鹿明博〈1〉
▽参院 小川敏夫〈3〉、桜井充〈3〉、尾立源幸〈2〉、佐藤公治〈1〉、武内則男〈1〉、谷亮子〈1〉、谷岡郁子〈1〉、藤田幸久〈1〉、安井美沙子〈1〉
最終更新:8月27日(土)12時39分
少し気になったのは、前原グループでもない「細野豪志」が、「前原誠司」を推薦しているところである。どうやら正体がバレてしまった様だね(プ 細野と前原は、同じ京都出身で京大の先輩後輩という関係だけでなく、両者とも松下政経塾相談役である稲盛和夫の操り人形なんじゃないかな。 -
小沢が海江田支持を決めたことにがっかりしている人は多いだろう。私もその一人で、あんなのを日本の総理にするくらいなら、そのへんの町工場の親爺でももっとすぐれた見識の持ち主はたくさんいるだろう、と思っている。しかし、総理は代議士の中から選ぶしかないのだから、仕方がない。
だが問題は実は総理ではない。誰が筋書きを書くかということであり、誰が演出をするかということだ。映画や芝居で言えば、俳優より脚本家や監督が大事なのだ。なまじ俳優に勝手なアドリブをされたら、映画や芝居が台無しになる。「影武者」で勝新太郎が黒澤明と衝突して降板したのがいい例だ。
そういう意味では海江田は、小沢監督の意思に逆らうことのなさそうな人物だから、これを選んだことに不思議はない、ということである。
小沢一郎は、総理の椅子など眼中にない、と私は見ている。総理になりさえすればそれが人生のゴールだという連中とは次元が違うのである。いや、なまじ総理などになると、横田幕府(ジャパンハンドラーズ)との確執が大変だから、総理にならないほうがいいと思っているのではないか。
何度も書いてきたように、日本の政治を見るにはアメリカを観察する必要がある。そのアメリカは今、破産状態で大変な有様だから、日本のことはジャパンハンドラーズに任せっきりだろう。そしてマスコミはその指示で好き勝手なことを書いているわけだ。
世界から見れば、コップの中の嵐である。
日本に滞在しているあるイギリス人は、日本の政治がこれほどひどいのに、日本社会の秩序が見事に維持されているのに感心して、「日本には政治はいらない」と言ったという。
実際そうなのであり、政治はむしろ国民生活を悪化させる役にしか立っていないのだが、しかし、その害悪を被っている人々も無数に存在する。非正規労働者や東日本大地震被災者、福島原発被災者などがそれだ。やはり、政治を改革する意思が国民一人一人の中に無いと、日本は良くならない。
そしてその改革の根底にあるのは、不幸な他人への自然な同情なのである。政治とは人々を幸福にする手段だという根本が、今の世の中には見失われ、政治とは自分が利益を得るために利用するものだとなっているのではないか?
放っておくと政治は私物化されるものである。国民は政治を監視し(今、「誠司を監視し」と偶然に変換された)それが国民の不利益にならないようしなければならない。小泉時代の「痛みを伴う政治改革」「骨太の方針」のような、国民に犠牲を強いる政治を国民自体が受け入れるという愚行を二度と繰り返してはならないのである。
(以下、「毎日崖っぷち」から転載)
すべては日本だけの問題ではないというか、国境も国籍も関係ない連中の影響下にあるということを考えないとならないわけで、感情的に脱原発だけ標榜しているわけにはいかんのだ。
対抗する手段はなにかと言えば、軍事的な管理はもちろんのこと、国民が完全に監視できるシステムを構築し、あらゆる工作ができない体制を整えることだ。
そのために必要なのは、経産省はもちろんのこと、環境省、文部科学省、防衛省、警察庁、総務省などが全部同じ方向を向いて、最も安全かつオープンな形で原発を解体することが彼らの利益になるようにすることだ。
つまり、公共事業としての原発解体利権を応援していかなければならんわけ。
これを実現するためには、官僚をまともに扱えるというか、官僚と敵対するのではなく、取引と交渉によって動かす政治力が必要なのだ。
そのへん理解してるのって、小沢一郎、亀井静香、田中康夫とその周辺の人間しかおらんと思うし、なんとかして権力を握ってもらわないと困るんだよな。
海江田がどうこうではなくて、とにかく民主党乗っ取り組に、小沢・鳩山グループが勝利してもらわなきゃならんのだよ。
まあ、この話、世の中の大半の人はアレルギーたっぷりだろうな。
「なんなんだ、このブログ?」って思う人も多いんだろうね。
官僚や利権を応援してる政治ブログってのも、マイノリティーもマイノリティーだもんな。
みなさん、なんでも自分でどうにかできて、官僚なんかただ邪魔してるだけだと本気で思い込んでたりするからな。
前にも書いたことだが、残念なことに、日本という場所は一度として共和国であった歴史がなく、民衆が自発的にシステムを構築したこともない。
そのへんに当たり前にあるものが、どっかの誰かさんたちによって作られ、維持・運用されてきたものであるということを、それがいいか悪いかはべつにして認めるべきだ。
原発に関する話も同様。
こうして問題が起こったからこそ、原発アレルギーにつながっているわけだが、以前は原発について考えていた人間だってほんのわずかで、必要悪どころか、当然に必要なものだと思ってる人も多かったんじゃないの?
このブログでも以前から原子力に関する話をチラホラ書いてきたが、ほとんど反応なかったしな。
官僚や利権が暴走していたというのも、言い換えれば、意識的・無意識的の違いはあれど、その暴走を我々国民が黙認していたということだ。
いままでなにも言わず恩恵を受けてきたくせに、問題が起こったときだけ大騒ぎするなってのが彼らの本音じゃないかね。
問題が起こってからのアタフタぶりのような、ゼニの奴隷の本領発揮による殺人行為まで是認する気はまったくないが、これまでに起こってしまったことは、いやでも我々国民全員が詰め腹取るよりないんだよ。
それが民主主義ってものの正体なのだ、残念なことにね。
知らなかった、気づかなかった、興味がなかった、ダマされた我々が愚かだっただけのことだ。
しつこいようだが、民主主義というのは、民衆の総意で物事が決まるという前提に、情報操作というエッセンスを加えることにより、利益はどっかの誰かさんたちが享受し、責任と負担は民衆すべてが取らされるというものだ。
そして、その情報を操っているのは、カネという搾取ツールである。
この現実はフランス革命の時代からなんにも変わっちゃいない。
現実に、いまリビアなどの中東諸国で起こっていることもみんなそれだ。
人権やら民主化やら、耳障りのいいことを抜かしているが、結局、あらゆる国富を金融屋が奪い取る結果になるのは目に見えている。
もっとも、カダフィにしろフセインにしろ、そのほかの独裁者連中にしろ、完全な愛国者でもなんでもなく、国民の生活を豊かにするのと同時に海外の金融屋勢力とつながってもいたわけだが、どっちが国民にとって「マシな選択」であるかと言えば考えるまでもあるまい。
まあ、この民主化革命とやらが終わってから、いやってほど思い知ることになるだろうけどな。
冷静に考えてみりゃわかるんだがね、日本の官僚主義うんぬんって話も、中東で起こってる話も、まったく違うように見えるが実はほとんど同じ話なのだ。
このことについては、今日はもうこれ以上書かない。
オレなんぞがその根拠を書くよりも、自分で過去を振り返ってみたほうが理解しやすいだろうしな。
ヒントは「カネ」と「分断」だ。
この視点に立って、日本と世界の現実を見据えれば、我々のなにが問題であり、どこが愚かだったのか、ほとんどすべて理解できると思うぜ。
というわけで、話を戻すが、重要なのは、これからどうするかじゃないか?
そして、それをやり遂げるために、どのような人材や組織を活用するかということも戦略的に考えなきゃならんのじゃないか?
だからこそ、オレは今後やるべきと思うことを、オレ自身の利益というモノサシで考えてこのブログに書いているし、いまのところ大してうまくいってないが、行動にも移しているというわけだ。
ほかの利権の立場にある人たちにそんなことを言ってもしょうがないと思うが、大半の国民は、変な思い込みを排除すれば、オレと利害が一致すると思うんだよな。
そうなると、海江田なんかどうでもいい話で、とにかく小沢・鳩山グループに勝利をもたらさないとならんってことがわかると思うんだけどね。 -
「ダイヤモンドオンライン」から転載。
リビア「革命」が欧米によるリビア強奪であることは、「陰謀論」ですらない。まともな目のある人間ならほとんどがそう見ている。それは、リビアについての情報を誠実にとらえれば、誰でも同じ結論になるからだ。にも関わらず一般ジャーナリズムは欧米によるこの略奪行為への批判の言葉をほとんど載せない。したがって今後は学校教科書ではリビア侵略戦争は「リビア革命」として記述されることになるわけだ。学校の歴史教科書とはそんなものだ。
下記記事は、珍しくリビア戦争が欧米による侵略戦争であると明言しているので、転載しておく。筆者の経歴を見れば、実際にリビアで生活した経験のある人間のようだ。だからこそ、今回の戦争が欧米による政権転覆テロにすぎないことが分かっているのだろう。
(以下引用)
今回のリビアの革命で、忘れてはならない疑問点がある。今後の不安材料に繋がっていくのだが、そもそも誰が最初に今回の革命の火を放ったのかということだ。
単純に言えば、リビアの民主化を求めた国民、ということになろうが、そんな単純なものではない。実は反体制の動きが起こった当初の段階で、パキスタンの情報部が、イギリス、フランス、アメリカが軍事顧問をベンガジに送り込んだ、という情報を伝えていた。
カダフィ大佐に嫌われ、チャドに長い間派兵されていたハリーファ・ヘフタル大佐がチャドから他のアフリカの国に移動した後、彼と彼の部隊をアメリカが受け入れ20年もの間バージニアに匿っていた。そのハリーファ・ヘフタル大佐も内戦勃発と同時期にリビアのベンガジ市に戻っている。しかし不思議なことに彼の名は、いまだ全くリビアから聞こえてきていない。
イギリス、フランスは反政府派が軍事行動を起こし始めると、彼らの軍事行動への具体的な支援を始め、飛行禁止区域の設定に加え、空爆、武器の供与が行われた。それにアメリカが後発で加わる。アメリカは無人機を多数送り込み、空爆を実行した。もちろん偵察衛星や偵察機で集めたカダフィ大佐側の軍の動きも逐一、反体制側に送られていたものと思われる。
そして最終的には、カダフィ大佐側が追い込まれ、彼の住居とされていたバーブ・アジージーヤも反政府側によって落とされた。
これで一件落着と言いたいところだが、そうは行かない。カダフィ大佐側が拠点を移して反攻に出る可能性が否定できない。彼にはいまだに、多数の武器と莫大な資金がある。
だからと言ってカダフィ大佐にもこの革命の流れを変えることはできなかったはずだ。それは時代の変化ということに加え、リビアで起こっている革命戦争に欧米が全面的に介入しているからだ。ここまできて反政府側がカダフィ大佐側によって敗北させられたのでは、欧米の面子が丸つぶれになるばかりではなく、戦争に費やした費用が回収できなくなるからだ。欧米はなんとしても、カダフィ体制を打倒しリビアの富とエネルギー資源を、手中に収めようと考えている。
こうした欧米側の考えを裏付けているのが反体制側の要人たちの発言だ。現在反体制側の代表者となっている、ムスタファ・アブドッジャリール氏は「リビアに居住していたユダヤ人に帰ってきて欲しい」と呼びかけ、彼らがリビアの政治活動に参加することを期待している。彼以外にも、王制時代の閣僚の子息である、アハマド・シェイバーニ氏は「イスラエルとの協力関係が重要だ」と語っている。彼に言わせれば、イスラエルの持つ国際的な影響力を通じて、新生リビアが国際的認知を受けていく必要があるからだというのだ。
何のことは無い、イギリスやフランスに加え、最初の段階からイスラエルやユダヤ人がリビアの革命に深く関係していた、ということではないのか。つまり、今回のリビアの革命騒ぎは、欧米諸国やイスラエルなどが、こぞってリビアの富を奪うために仕掛けたものだったということであろう。
そのことをカダフィ大佐ははじめから分かっていたのであろう。だからこそ欧米に支援される革命派に対し、徹底抗戦を叫び続けたのだと思われる。結果的に彼は妥協するタイミングを失い、敗北していくことになった。この結果、リビアは欧米の新しい形の植民地支配下に置かれることになった。
佐々木良昭(ささき・よしあき)
1947年岩手県生まれ。拓殖大学商学部卒業後、国立リビア大学神学部、埼玉大学大学院経済科学科修了。トルクメニスタンインターナショナル大学 名誉博士号授与。大阪万国博アブダビ政府館副館長、アラブ・データ・センター・ベイルート駐在代表、アルカバス紙(クウェート)東京特派員、在日リビア大使館、拓殖大学海外事情研究所教授などを経て、2002年より東京財団シニアリサーチフェロー、2010年より笹川平和財団アドバイザー(いずれも現職)。近刊に『革命と独裁のアラブ』(弊社刊)がある。 -
「井口和基ブログ」から転載。
最近あまり触れていないが、私は「陰謀論こそ正解」という主張を持っている。だからこそNATOのリビア侵略戦争を「革命」だなどと言う連中はすべて馬鹿だと言っているのである。馬鹿でなくても、他国で無数の人命が失われることを「正義」だと言う人間は、人間のクズだ。私の言う革命は、人の命を無駄に奪うテロリズムではない。しかし、NWOに対しては、彼らが社会の表に出てこないだけにテロしか対処方法は無いだろうと思っている。
下記記事は、そのNWOグループが避難場所として予定していた地下都市が核攻撃を受けたという趣旨のものだ。あるいは、軍内部でNWOに反対するグループによるものかもしれない。もしそうなら、慶賀すべきことである。同じ米国内でもNWOグループの手先ばかりではなく、世界のためにNWOグループと戦っている人間がいる可能性があるのだから。それが軍人ならば、本物の対抗能力も持っているわけだ。ただし、米政府や軍のトップはNWO側だから、それは大統領や軍のトップへの命令違反や軍令違反の形になる。つまり、表面的には「2.26事件」のようなものになる。近いうちに米国で軍人の大量処分が出たら、それはNWOに逆らったことへの処罰だと考えられる。
下記記事の記述の中で井口博士は「これでNWOはご臨終であろう」と言っているが、「ご臨終」ではないだろう。第三次世界大戦を起こした時の避難場所が無くなっただけのことである。それよりも、NWOの敵が顕在化したことのほうが彼らにとっては脅威のはずだ。いくら金と情報で世界を支配していても、軍隊という「本物の暴力」は彼らに対してもやはり有効なのである。
私がこれを軍隊の一部によるものだと判断するのは、もちろん原爆が使用されたらしいということからのものだが、「自家製原爆」の可能性も無いことはない。あるいは旧ソ連の軍隊から横流しされた原爆か。いずれにしても米軍が管理していた地下都市が破壊されたなら、その犯人は米軍内部にいると見るのが一番確率は高い。
(以下引用)
以前ここでもメモしたように、アメリカのNWOイルミナティー一族(俗にいう、MJ12)は、全米の地下、特に山岳地帯の中西部の地下に「巨大な地下都市」を建築した。そのネットワークはこんなものであるという。
ところが、ごく最近、この地下都市が何ものかに核爆弾で襲われたようだ、というのである。
「今日のクレムリン(Kremlin today)」で伝達される、恐ろしい外国軍諜報総局(GRU)の報告が言うには、過去ほとんど36時間で、過去ほぼ45年の永きにわたって米国空軍によって構築された、広大な大陸間軍事トンネル複合体が、米中央情報局(CIA)によってほぼ独占的に使用されていた、その主な終端であるコロラド州とバージニア州で、ある2つの強力な核爆発の攻撃を受けたということである。
このレポートによれば、この前例のない核攻撃は8月22日の夜に始まった。フロリダ州タンパのマクディル空軍基地に位置した、このCIAトンネルのための主空気圧解放トンネルが何十万立方フィートの空気を突然大気中に放出することを余儀なくされた。この出来事のユニークな音が、マックギルの近くのトロピカーナ野球場で行なわれた野球の試合中にビデオ2で捕らえられたのである。アメリカ政府は偽音声システムのせいだとしたのだが。
このレポートは続けている。この広大なトンネル複合体の排気をする2、3時間内に、コロラド州トリニダード近くに位置した西終端駅で爆発した。これはヴァージニア州のカルペッパー近くの東終端駅で12時間後に起こった第2の爆風を伴った。そして、両方がアメリカの何万人もの人々によって感じられた大地震を引き起こした。
アメリカの国の地下に1960年代の初期以来広大な軍事トンネルネットワークが推定40トリリオンドルかかったことはアメリカ人の膨大なマジョリティーには知られていない。この攻撃を除いて衰退する兆候はない。
とまあ、そういうことらしい。要するに、MJ12=NWOの地下基地が核攻撃を受けたのである。しかも2発。そのために、爆風が内部のトンネル中を吹き荒れ、一気にトンネル末端の空気穴から吹き出したのである。その時の音が、奇妙な音として全米ないし世界中に響きわたったのである。
これがロシア、クレムリンの諜報機関が得た情報らしい。
もしこれが事実だとしたら、NWOはご臨終であろう。内部は放射性物質だらけだからである。
いったいだれがそんなことをしたのだろうか?
これについては今の所何の情報もないが、これで「第三次世界大戦」時にだれも地下都市に逃げることが出来なくなったということだろう。
ちょっと前にNASAの長官が「何かが起こる。それに備えろ」というメッセージを出したが、はたしてその何かとはこれのことだったのだろうか?
いずれにせよ、この爆風は放射能の風なのだから、アメリカやカナダの人々もかなり被爆したのではないだろうか?
今後を注意しておくことにしよう。 -
「AFPBBニュース」から転載。
「リビア革命」が欧米によるリビア政府(カダフィ政権)転覆工作にすぎないことは前に何度か書いた(「リビア革命の真相」で検索すればよい)。
「革命」前のリビアはアフリカでもっとも福祉の行き届いた国であったが、「革命」後のリビアがおそらく今のイラクやアフガニスタン、あるいはソマリアのような無法国家となることはほぼ確実だろう。
欧米にとってはリビアの石油さえ手に入ればそれでいいのであり、そこの国民が飢え死にしようが射ち殺されようがかまわないのである。もはや私は、白人(もちろん、一部の者の責任を全体に及ぼすのは誤りだが)がいる限り、世界に真の平和と幸福は来ないのではないかとすら思っている。
欧米から武器の供与を受け、「革命」のために戦った連中は、ではどういう連中なのか。
下記記事を見るかぎりでは、ゲーム感覚で戦争を楽しみ、戦争が終わればカリブ海に遊びにいく、(地中海ではなく、「カリブ海」である。)遊び半分で戦争をやっている連中ではないか。その大半は欧米国家に雇われた「職業テロリスト」だと私は見ている。ソマリアなどのように国家崩壊した国の人間は職業テロリストになるしかないのである。彼らにとってはテロは商売だ。と同時に、娯楽でもある。人を射ち殺すのが楽しいという人間もこの世にはいるのである。
平和が日常である我々は戦争を大げさに考えるし、生命を大事なものと考える。だが、戦争が日常であるような社会では、他人の生命も自分の生命も深刻に考えるほどのものではないのである。要するに、人権も何も存在しない暴力の時代にまだ世界はあるのである。そういう世界の中で日本が平和であるのは、ただ日本が島国であり、目ぼしい資源が無いからにすぎない。
何も持たない人間から泥棒することはできない。ただ、面白半分で殺すことはある。日本が戦争に巻き込まれるとすれば、世界から憎悪される存在になった場合だけである。だがむしろ、日本文化は世界から高く評価され、敬愛されている。
最低の政治家、最低の経済界指導者、最低の官僚が社会の上位にありながら日本が高い社会秩序を維持し、すぐれた物を生み出しているのは、まさしく世界の奇蹟だろう。その有難さを一番知らないのが日本人だ。好戦的発言を好む右翼文化人がその代表である。
(以下引用)
「対狙撃兵」特殊戦闘員は北アイルランドの19歳、リビア反体制派
• 2011年08月22日 18:10 発信地:ザウィヤ/リビア
【8月22日 AFP】
野球帽を反対向きにかぶり、「Just Do It」と書かれたTシャツを着たタレグ・ガゼル(Tareg Gazel)さんは普通の19歳の青年のように見える。だが彼の仕事は、知恵と策略を駆使してリビアの最高指導者、ムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐側のスナイパー(狙撃兵)を見つけ、殺すことだ。
母は北アイルランドのベルファスト(Belfast)出身、父はリビア出身のガゼルさんは、まるでハリウッド映画の登場人物のようだ。狩猟で身につけた技術を生かして、リビアの砂漠で首都トリポリ(Tripoli)への玄関口であるザウィヤ(Zawiyah)の解放のために戦っている。
反体制派は19日夜、トリポリからわずか40キロにあるザウィヤの解放を宣言した。だが、市内には依然、近隣の森からロケット弾が飛来し、市内のカダフィ政権側のスナイパーが一掃されたかどうかも不確実だ。
ガゼルさんは仲間の戦闘員たちと共に高速道路の高架下に身を潜め、休憩を取りつつ武器の手入れをしながら次のスナイパーの情報を待っているところだ。ガゼルさんはAFPの記者に、「昨夜は4人殺した。その前の晩は2人」と語った。
■わざと撃たせて場所を探る
8人の部隊を率いるガゼルさんは、スナイパーを見つける方法の一部を教えても良いと言う。「最新の手は教えられないけどね」
「まず情報提供者からスナイパーが近くに潜んでいるとの情報を受ける。それでぼくらが様子を見に行くんだ。数時間そこで観察を続け、それから作戦を始めるのさ」
「夜の方が簡単だね。イヌに光をぶらさげて道を歩かせて、イヌが道を通るときにどこからスナイパーのレーザーポインターが来ているかを探すんだ。最後に倒した奴はこのやり方だった。あと、自分たちで道路を走り抜けて、発砲させたりもする」
「一番長かったときは8時間待った。ぼくらは(米海軍特殊部隊の)SEALS(シールズ)みたいなものじゃないよ。単にラッキーなだけさ」
■ナイジェリアの凄腕女スナイパー
運と経験は革命前のリビアで人気があった娯楽で身につけた。「ぼくらの大半は狩猟をする。だからライフルの扱いは得意なんだ。ぼくらが殺したときは大体、頭か心臓に命中させている」
ガゼルさんによると、敵のスナイパーの多くは雇い兵だという。カダフィ大佐側は、過去40年の統治の末に支持を失っているため、金で戦闘員を雇わなければならないからだ。
「2日前にはナイジェリアの女スナイパーを捕らえたよ。とんでもなく優秀だったね。彼女は今、秘密拘束施設にいる。ぼくらが捕らえた人はみんなそこにいる。彼女がどこで訓練を受けたのか知らないが、とても賢かった」
ガゼルさんは秘密拘束施設を紹介しても良いという。だが、ジュネーブ条約(Geneva Convention)違反になるから撮影は駄目だと指示された。
■最後の戦いへ?
ガゼルさんはカダフィ大佐側の戦闘員にほとんど哀れみを感じない。ガゼルさんの叔父は、モスクで礼拝を終えて出たところでカダフィ大佐側の兵士に殺された。
「あいつらは墓地にまで迫撃砲を撃ち込む。そこにぼくらの殉教者が眠っているからさ」と語るガゼルさんの横を、カダフィ体制派の黒人戦闘員の遺体を乗せた反体制派のトラックが通り過ぎた。
「ぼくは英国のパスポートを持っているけれど、あいつらに捕まればそんなの何の意味もないね」とガゼルさん。写真撮影を求めたところ、「親族がまだ獄中にいるから」と拒否された。
ガゼルさんは、戦いが終わればカリブ海にでも行って革命前と同じようにのんびりしたいと言う。「もちろんぼくらはみんなトリポリへ行くよ」と語ったガゼルさんは、「いや、でも、行かないかもしれないな。実は別の予定もあるんだが、そのことについては話すことができないんだ」とだけ述べた。(c)AFP/Charles Onians -
「日本の良心」藤永茂博士のブログから転載。
藤永茂博士の文章は、「文は人なり」という言葉どおり、その誠実な人柄をそのまま表している。嘘ではこういう文章は書けない。こうした人が日本にいるというだけでも、日本は捨てたものではない。
その藤永博士ほどアフリカの真の姿を知り、その事実を日本国民に伝えるために努力してきた人を私は他に知らないが、残念ながら藤永博士の一般的知名度はあまり高くはない。もともと理系の学者だから、その人がこうした社会的発言をしても素人の発言扱いされてきたのかもしれない。もう一つの理由は、これはファンとしての気安さから言うのだが、その文章があまりに生真面目なせいかもしれない。まあ、私のように無知無学をむしろ素人の特権として直観的発言ばかりしているのも何だが、学者的誠実さのために「面白さ」が犠牲になっていることは否めない。博士のファンである私にしても、博士の書いた記事のすべては読んではいないのだ。しかし、そういう誠実さがあるからこそ、博士の書いた記事の内容は信頼できる。
下記のリビアについての記事も、おそらく世間のほとんどの人の知らないアフリカの姿だろう。私自身、これまで藤永博士のブログで学んできたくらいだ。
ともあれ、リビアは死んだ。リビア国民にはこれから地獄の日々が始まることを私は予言しておく。これは無知の罪に対する罰であり、日本国民にとっても対岸の火事ではない。
ついでに今回のリビア戦争について、無知のためか、意図的に欧米プロパガンダに乗っているのかは知らないが、愚劣きわまる論評をしている例をその下に挙げておく。私もよく自分が知りもしないことについて論じるが、無名だから影響力は少ない。大学の先生というものは世間的な権威があるだけに、そういう人間が書いたこういう文章は世間に害毒を流すものだ。リビアと北朝鮮を同一視し、指導者が独裁者であることだけで(本当は独裁者ですらないが)その国を内部から破壊し、無数の人命を失わせたことを正当化している。誰の文章かは書かないが、文体から分かる人もいるだろう。
(以下引用)
2011/08/24
リビア挽歌(1)
桜井元さんから、前回のブログ『中東/アフリカの女性たちを救う?(2)』に、長く重い内容のコメントを戴きました。それにお答えする気持で以下の記事を書きます。まず、桜井さんのコメントをお読みになって下さい。
いま、「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」(日本外務省による呼称)、英語では The Great Socialist People’s Libyan Arab Jamahiriya という一つの国が、私たちの目の前から、姿を消そうと、いや、抹殺されようとしています。「ジャマーヒリーヤ」はカダフィが作った合成語で「大衆による国」といった意味だそうです。私たちがこの国について殆ど何も知らないままに、歴史の一頁がめくられようとしています。しかし、この地域の人たちが、今からアメリカと西欧の傀儡政権の下で味わう事になるに違いないと思われる悪性の変化を予測するに充分な基本的事実の幾つかが明らかになっています。石油産業、治水事業、通信事業などが国営で、原則として私企業にコントロールを許さなかったことが最も重要な事実でしょう。つまり、WB(世界銀行)もIMF (国際通貨基金)も好き勝手に切り込めなかった国であったことが、米欧の軍事介入による政権打倒が強行された理由です。社会的インフラ整備、教育、医療,生活保障などに注がれていた国家収入は、外国企業と米欧の操り人形であるリビア支配階級の懐に流れて、一般市民のための福祉的出費は大幅に削減されるのは、避けられますまい。カダフィの息子たちに限らず、これまでのジャマーヒリーヤ風の政策を続行しようとする政治家は、オバマ大統領が早くも約束している“民主的選挙”の立候補者リストから、あらゆる手段で排除しなければなりません。前回のブログで指摘したように、ハイチやルワンダがその典型的な例を提供しています。暗殺も極めて有力な手段の一つです。
反カダフィ軍のトリポリ制覇のニュースに接して、私の想いは、過去に逍遙します。チトーのユーゴースラヴィア、サンカラのブルキナ・ファッソ、ルムンバのコンゴ、・・・・・、その土地の人々がせっかく何とかまとまって平和に生きようとした試みを米欧の悪の力は一つ一つと地表から消し去って来ました。現在に戻って、ムガベのジンバブエ、イサイアスのエリトリア、・・・、こうして考えを巡らして行くと、カストロのキューバがどんなに奇跡的な歴史の例外であるか、あったかが、痛切に胸を打ちます。
テレビのスクリーンで、「カダフィは倒れた。自由を取り戻した」と、新品らしい自動小銃を天に向かって発砲しながら叫び躍る若者たちにとって本当に大切な自由とは何でしょうか。空腹からの自由、失業からの自由、医療費の心配からの自由、教育費からの自由、・・・、これらを失って、いわゆる言論の自由という何の腹の足しにもならないものを手にいれることで彼らは新政権下の“民主主義的自由”を謳歌しつづけることが出来るでしょうか。考えてみると、ここに数え上げた四つの基本的自由はアメリカ本国の数千万の下層階級の人々には与えられていません。自国の民草にも与えない自由をアメリカが、“人道主義的立場”から、自腹を切ってリビア国民に与えるだろうと信じる人は世界に一人もいないでしょう。最近の米国内の状況を見ていると、パトリオット条令の下で、言論の自由も消えつつあると思われます。
この「リビアの春」は本当の春ではありません。北アフリカの青年たちはもう一度立ち上がらなければなりません。そう言えば、トリポリで火器を乱射しながら自由獲得を謳歌している人たちの中に、アフリカ黒人らしい黒い肌の人たちがほとんど見当たらないのも気になります。
藤永 茂 (2011年8月24日)
(引用終わり)
(以下、第二の引用。これは批判対象としての引用である。上の藤永博士の文章とはリビアについての知識の量も質も、人間性の品格の違いも明らかだろう。この筆者の考えではリビア戦争は「正義の戦争」であり、失われた人命の量が少ないからこの戦争は成功だったんだそうだ。)
2011年08月24日
◆ リビアと戦争の原理
リビアの内戦は、独裁者の追放という形で集結した。このような形の「戦争」をどう評価するか?
──
一般に、「すべての戦争は悪である」という発想がある。
しかし、今回の戦争は、「独裁者の追放」という形で集結した。それによる被害は、
・ 政府軍側は、傭兵が多くて、かなりの死者数
・ 反政府軍側は、地方部族の国民が多くて、死者数は少数
という形となり、国民の側の被害は少なかった。
それでいて、「独裁者の追放」という利益は大きかった。全国民が独裁者の圧政から解放されたことは、とても喜ばしいことだと言える。(そう思わない人は、独裁者のいる北朝鮮で暮らせばいいだろう。)
つまり、「すべての戦争は悪である」という発想は、今回においては成立しなかった。リビア解放の戦争は、正義の戦争だった。被害も最小で済んだと言えるだろう。
──
このような戦争について、私は以前、どう評価したか? 初期の時点で、次のように評価した。
→ リビア情勢とカオス理論
ここにすべては書いてある。それを読んでほしい。
簡単にまとめるなら、次の原理だ。
「流れを右から左へ変えるような戦争は、多大なコストがかかるので好ましくないが、流れが右か左か迷っているような分水嶺となる戦争は、小さなコストによって(右か左かという)大きな違いをもたらす。ゆえに、そのような戦争では、介入することによって、好ましい結果に導く方がいい」
この原理によって、次のように説明した。
「リビアの状況は、二つの状況のあいだで揺らいでいる。体制側の勝利で安定するか、反体制側の勝利で安定するか。そのどちらの状況になるとも決まらずにいる。ここでは、外部の力によって、一方の側に安定させることが可能だ。国際社会の要望が、カダフィ追放による民主主義政権の樹立であれば、その方向に進むように力を入れると、容易にその方向に進めることができる。(今のようなどっちつかずの状況であれば。)」
「しかしながら、いったん状況が安定したあとでは、それを反対方向に動かすことは、非常に困難である。たとえば、カダフィ側が勝利したら、それをひっくり返すことは非常に困難である」
そのあとで、次のことを提言した。
「国連主導のもとで(あるいは米国中心の主要国の連合で)、リビアに介入する。カダフィ側の傭兵を壊滅させる」
具体的には、降伏を呼びかけたあとで、次々と空爆して、傭兵を壊滅させればいい。
そして現実には、そうなった。つまり、NATO 軍の介入のもとで、空爆により、カダフィ側の軍を壊滅させた。
私の提言通りと言える。ただ一つ、違いがあるとすれば、NATO 軍の主力が米軍でなくフランス軍であったことだ。しかしまあ、そのくらいの違いは、どうでもいいだろう。
私としては、フランスの決断を高く評価したい。サルコジ大統領というのは、ろくでもない大統領なのだが、リビア内戦への介入については、きちんと正解を出したことになる。おかげでリビアの国民は救われた。
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[ 余談 ]
私のことを「戦争好きの軍事マニアめ!」と思っている人もいるだろうし、私のことを「軍事のことも知らないで平和を好む軟弱な素人め!」と思っている人もいるだろう。
しかし私は、どちらでもない。合理主義だ。(人的な)コストがとても小さくて大きな戦果が得られるならば、戦争をした方がいい。(人的な)コストがとてもかかるならば、戦争をしない方がいい。物事を一律には考えない。その点では、軍事マニアの右翼とは違うし、降参することしか知らない左翼とも違う。
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「朝日com.」から転載。
戦後65年以上もたつと、戦争の悲惨さも忘れられ、「戦争加害者」の子供の世代が社会の上位に来るようになる。そうした連中は当然、先の戦争を正当化するのである。
先の戦争で生き残った人間の中には戦争加担者が多いのだが、実際に戦場に出て、加害者意識のある人間は戦後、自分から発言することは少ない。発言すれば自分の加害体験を語ることになるのだから。ところが自分は銃後の安全な場所にいて戦争利益のみを手にしていた連中は、あの戦争を正当化する発言を堂々と行うのである。厚顔無恥とはこのことだが、そういう図々しい人間ほどこの社会では上に行きやすい。そういう発言をふだんから聞いているその子弟も、右翼的傾向を持つわけである。
戦争記憶の風化とともに社会の右傾化が始まるのは、右翼の本質、つまり「保守とは所有に伴う傾向である」にある。どんなわずかな財産であれ、所有しているとそれを失いたくないと思う。そして、それを失う可能性のある変革に対して攻撃する。それが右翼だが、その攻撃性が好戦性となり、戦争擁護の傾向になるのである。要するに自己防衛本能である。ただし、他人を戦場に行かせて自己防衛をするのだが。
(以下引用)
つくる会系教科書、沖縄で初採用 八重山の3市町
沖縄県石垣市など3市町の教育長らによる教科用図書八重山採択地区協議会の会合が23日、開かれ、同地区の中学校で来春から使う公民教科書に「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版が選ばれた。委員8人の多数決で決まった。同県内で、つくる会系の教科書が選ばれるのは初めて。
3市町は石垣市と竹富町、与那国町。玉津博克・石垣市教育長が会長となった6月以降、教育委員会の指導課長ら5人を委員から外し、学識経験者ら4人を加えた。県教委が学校関係者を加えるよう求めたが、応じなかった。
育鵬社版は、つくる会を脱退した元会長らが編集に携わる。公民教科書では在日米軍基地の沖縄集中に触れつつ「戦後の日本の平和は米軍の抑止力に負うところも大きい」と紹介する。 -
「泉の波立ち」から転載。
私は経済のことはほとんど知らないのに経済「学」的なのが好きなのは、それがまるで推理小説みたいだからだ。いや、現実に密着している分、本当の推理小説よりも、面白い。しかも、経済的に見た世界は壮大な詐欺の世界であり、「経済の世界とは犯罪の世界である」と言いたいくらいだ。なぜこれほど面白いものを世間の人間が興味を持たないのかと言うと、もちろん経済を難しいと思っているからだが、なあに、経済用語の大半は犯罪者の隠語でしかない。
要するに、「馬鹿な大衆から金を吸い上げる理由をいかにこじつけるか」が御用経済学の使命のようなものである。その一方で、一般大衆のために戦う経済学もある。まるでモリアーティ教授対シャーロック・ホームズの戦いである。現実には、そのモリーアーティが、竹中のように表に堂々と出ているわけだが。アメリカで言えば金持ち優遇政策を推し進めるのに寄与した新古典派(すなわち自由放任主義者、言いかえれば「新自由主義者」)、マネタリストなどがそれだ。
下記記事の南堂氏は、私とぶつかる面もいろいろあるが、基本的には国民の中流層ないし下層に金を流すことで景気回復を図るべきだという思想を持っており、ケインジアン(政府の経済への介入を良しとする点で、社会主義的経済学派・反自由放任主義者)の一人だと見られる。その点では私とまったく同様である。
今回は「ビッグマック指数」という面白い言葉が出てきたが、それで見るとアメリカで4.07ドルのビッグマックが日本では320円のようだから、1ドル79円が適正水準であり、現在の1ドル76円(75円になったのか?)はやや円高という程度で、わざわざドル買い介入するほどではない。そもそも、何の歯止めもなく無闇に印刷し、湯水のように世界に溢れさせているそのドルを買えば買うほど日本国の金が紙屑になっていくだけである。
(以下引用)
● ニュースと感想 (8月22日b)
「円高・ドル安」について。
円高・ドル安が進んでいるので大変だ、という記事があふれている。
→ とどめ刺された・壊滅だ…超円高に町工場悲鳴
しかしよく読むと、自分の製品が売れなくなるというよりは、「自動車会社からの注文が来なくなる」という心配。
しかし現実には、自動車会社は世界における総生産台数を増やしつつある。(前日分で記したとおり。)
だから、上記のような「空洞化の心配」は、当てはまらない。
そもそも、今回の現象は、特に「円高」というほどではない。なぜなら、海外では物価上昇があるので、物価上昇のない日本と比べると、時間がたつにつれて少しずつ円高になるのは当然だからだ。(物価上昇があると、貨幣価値が低下するので、その国の通貨は価値が低下する。)
この点を補正すると、「購買力平価」というものが出るが、この値を見ると、現時点では特に遠田なに(徽宗注:もちろん、「円高に」の間違いだろう)なっていないことがわかる。
購買力平価の一種として、「ビッグマック指数」というものがある。
→ 購買力平価説 - Wikipedia
→ ビッグマック指数 - Wikipedia
この数字に着目すると、現状は別に円高というほどではない、とわかる。そういう報道がある。
→ ビッグマック指数だと…極端な円高ではない?
→ 2011年エコノミスト誌のビックマック指数(表) - Bloomberg.co.jp
結論。
「円高だ、円高だ」と大騒ぎしている人が多いが、現状は「ほんのちょっとの円高」というにすぎない。本当は、今までは円安だったのが、いくらか補正されたという程度のことだ。
また、対ドルでは円高になっているが、他の国との比較では特に円高というほどでもない。
要するに、たいして騒ぐほどのことじゃない。一時的な変動を是正するために、いくらか介入するのは構わないが、大幅にレートを変動させることはできないし、そうしようとめざすべきでもない。適正レートは 78円ぐらいだろう。現状(75円)は、あえて大幅介入するほどのレートではない。放置しても、特に問題はない。 -
「ちきゅう座」掲載の浅川修史という人の記事の一部である。
ここに引用された某エコノミストの言葉の通り、「日本では革命は起こらない」かもしれない。だが、それは「解脱」と言うよりは「無知」「無気力」「ニヒリズム」「あきらめ」のためだろう。確かに、与えられたもの(与件)をそのまま受け取り、それに満足して、あるいは我慢して生きていけば、周囲に波風を立てずに平穏無事に生きていくことはできる。世の中の人間の大半はそういう生き方をしている。そして「変革」を叫ぶ人間を冷ややかに見て、自分の生き方こそ大人の生き方だと考える。だが、それは自分の臆病や無気力を正視する勇気が無いからである。
東洋的諦念は、為政者にとっては都合の良いものだ。
日本人はあらゆる物事に対し、変革する気力を持たず、ウォルフレンの言う「シカタガナイ」ですべてを片づける。まあ、生ける屍に近い。特に若者ほどそうである。実際、それ自体は当然なのであり、先の無い老人とは違い、彼らはこの奴隷的社会でこれから生きて行かねばならないのだから「革命」などという無謀な行為は彼らにはできないのだ。
だが、やはりそれは臆病だという自覚は持った方がいい。その屈辱を心に抱くことが大事なのだ。特に、社会の底辺にいる人間は、下の人間はどうあがいても絶対に上に行けない、この社会システムを自覚するべきだ。
また、中年以上の人間は、自分たちの政治的無関心や無知、無気力が東日本大地震や福島原発事故の処理、いや放置に見られる最低の政治システムを自分たちが作ってきたことを自覚しなければならない。
我々は官僚(為政者)を監視し、コントロールする義務があったのである。(その逆ではない。現実は官僚に国民が支配されているが、それは正しい姿ではない)その義務を怠ってきたツケがこの、弱者を踏みつけにし、悪を放置する残酷な社会なのである。
「革命」はまず心の中から始まる。国民の一人一人が社会悪を正しく認識し、それに対する自分の責任(選挙における投票の義務)を考えるだけでも、この社会は変わるだろう。そういう意味では「革命」は可能である。
下記記事の最後の「解脱とはノーリタンという意味である」という言葉は意味不明だが、私に言わせれば、社会悪に目をつぶって自分だけ無事に生きようとし、結局はその社会悪に自分も飲み込まれる生き方は「ノータリン(脳足りん)」とまでは言わないが、あまり賢い生き方でもないのである。「気が飢える」という言葉があるが、表面的には満足できても心の底に忸怩たるものがある生き方で、気持ちのよい生き方でないことは確かだ。
いや、卑怯なら卑怯でもいい。自分がそうだという自覚を持って生きるなら、いざと言う時に行動できる。自分で自分を騙すことだけはしないことが大事だ。
オスカー・ワイルド曰く「意識してなされたことはすべて正しい」。逆に言えば、自分で自分を騙すことこそが悪なのである。
(以下引用)
しかし、奇妙な現象がある。世界恐慌になれば、日本も当然影響を受ける。だが、日本は先にバブル発生と崩壊を経験して地獄を見ているので、「時限爆弾がない」ということだ。国民も若い世代を中心に、「モノ離れ、不況慣れ」という状況だ。
スペインの有名リゾート地であるコスタ・デル・ソル。熱海や伊豆とあまり変わらない景観だ。ここのリゾートマンションは、20年前には筆者の記憶では1000万円程度(当時のペセタと円で換算)だった。だが、欧州バブルの最盛期、ユーロ高の時期には2億円くらいに上昇した。
コスタ・デル・ソル以上にインフラが整い、景観も豊かな伊豆の中古リゾートマンションは1000万円以下で買えるだろう。数百万以下かもしれない。
「日本は世界経済の負け比べ競争の勝ち組になる」というのが、筆者の見立てだ。
とはいえ、生活者にとってはさらに厳しい時期を迎える。インフレ、増税、年金・医療など社会保障の縮減などが容易に想像されるからだ。
余談になるが、世界恐慌になっても、少なくとも日本では、団塊の世代の一部が期待するような革命運動は起こらないというのがこのエコノミストの見立てである。その理由は、就職氷河期や、ワーキングプアなどの経験で痛めつけられた若い世代が、「モノ離れ」「贅沢をしない」「他人やイデオロギーを受け付けない」ということで悟りを開き、解脱しているからだという。解脱とはノーリタンという意味である。
