「NHKスペシャル 全貌 226事件」についての「阿修羅」コメントの一部を転載。
私は226事件にはあまり関心も無く、詳しくないが、おおよその知識で判断すれば、コメント13、14氏の見解がかなり的を射ているように思う。コメント12氏の言葉は一般的な見方として、事件の全体像を把握する意味でいいコメントだと思う。
私は該当番組を録画したが未見なので、番組に出た内容については何とも言えないが、「226事件」とは、要するに、陸軍海軍の中心的人物たちが容認していたクーデター事件だったと言えるのではないか。
クーデターとは言っても、天皇制は維持したまま、軍事政権を樹立しようというクーデターだったと思う。まさに、それこそが「皇道派」の主張そのものだったと記憶するが、どうだろうか。ところが、その「クーデター」に昭和天皇が激怒して、自ら反乱軍鎮圧の先頭に立ったので、彼ら「天皇のために」動いたと自分たちでは信じていた馬鹿たちは投降するしか無くなったということだろう。
つまり、「意図が良ければ悪行も許されるか」というと、まったくそんなことは無いわけで、226事件は馬鹿の集団の起こした馬鹿事件というのが私の見方だが、一番悪質なのは、彼らの行動をはっきり予見していながらそのまま放置した陸軍海軍の親玉たちである。軍事政権が樹立されたら、当然自分たちがその政権の重職を占めると皮算用をしていたのだろう。
その「悪質な大物」たちを無罪放免したために、その後の軍国主義の跋扈があり、日本は日中戦争の拡大、太平洋戦争へとどんどん坂を転げ落ちていったわけだ。
なお、コメント13の言うように、226事件の背後に英米あるいは英米露の「ハンドラー」がいた可能性は高いような気がする。
つまり、当時の日本はまさに国際政治の危機の中にいたのであり、日本の「アジア侵略」は、欧米勢の攻勢に抵抗し、国家を拡張し力をつけようという(まあ、今から見れば能天気とも言える)計算からの「遅れた帝国主義国家」の足掻きだったとは言えるだろう。近隣諸国にかけた迷惑は謝罪し続けるべきだが、当時の「国家経営」の困難さは現代の比ではなかったことは大前提として当時の政治を論じないと、正当な批判にはならないだろう。
(以下引用)
12. 2019年8月18日 09:22:53 : a5CVCnPZWE : SG40UzVJOVdJbUU=[1] 報告
▲△▽▼
興味深い内容だった。貴重な資料をよく見つけたと思う。
一番の衝撃は事件の一週間前に、当事者でない海軍側が事件の首謀者、殺害予定者等の計画の詳細を把握していた事実。
ただ、海軍が知っていたとするならば、実行者を出した陸軍側も当然、計画を知っていたはずだとの推論が成り立つ。
陸軍側が計画を知っていて、2・26事件を起こさせたとすれば、怖い。
海軍は知っていたから、暗殺対象だった海軍出身の首相の岡田啓介を救えたのか(身代わりで義弟が殺害された)とも考えた。
海軍が計画を知らず、陸軍だけが知っていたのならば、義憤にかられた青年将校たちを利用して首相殺害を暗黙で了承していたことになる。だとしたら、これはある意味、立派な陸軍のクーデター。
ダルマの高橋(大蔵大臣)は殺されてもいいと陸、海の軍部は了解していたのか?
侍従長の鈴木貫太郎(海軍出身)は辛うじて生き残ったが、多数の銃弾を浴びた。海軍は鈴木に危険だというシグナルを送っていなかったのか? 鈴木が死んでいたら、終戦(敗戦)に向けて首相としての彼の働きはなかった。
番組でも最後にナレーションが流れたが、2・26事件を契機に軍部の力は増大し、戦争への道を日本は歩んでいった。
武力を持つ者は強い。
彼らが行動を起こした2・26事件を目の当たりにし、恐怖心から政治家はモノを言えなくなった。当時の陸海軍の士官クラスは当時の俊才、俊英が集っていたとされ(馬鹿な決定を数えられないくらいしたが…)、いまの自衛隊に比べれば、桁違いのエリート集団だが、武力を持つ者は怖い。
資料をしっかりと残した昔に比べ、改ざん、破棄、隠ぺいが当たり前になってしまったいまの官僚連中の愚行にあきれ、嘆くとともに、馬鹿どもに武力を持たせることの怖さをあらためて実感した次第。
自衛隊、馬鹿なことをするなよ!! いや、いまの時代はヒトラー気取りの馬鹿な政治家と志を捨てた官僚に自衛隊はただ利用されているだけかもしれないが。
13. 2019年8月18日 09:49:09 : k3VrrzzmmY : bTA1N3B6QnNtY0k=[79] 報告
▲△▽▼
そんなの、当たり前のことだろ、いまさら大騒ぎするようなニュ-スでもなんでも
なかろう。
2.26事件(昭和11年)の前から、軍部主導の政権樹立の動きはすでなあったでは
ないか
昭和6年の桜会(陸軍 橋本欣五郎中佐ら)が3月事件、 10月事件という
青年将校によるクデタ-未遂事件をおこした。
海軍もだ昭和7年に若手将校が5.51事件を起こし、犬養毅首相暗殺、。だが規模
は小さかった15名が決起しただけだ。
そして最後が2.26事件 1400名を上回る兵隊が動員された、何年も前から
陸軍でも、海軍でも軍閥内閣を作る動きが若手青年将校の間にあたようだ
最後に爆発したのが2.26事件。 1400名も動員する大きな計画だ、色々な
根回しが 首魁 磯部浅一らが行っている、当然陸軍大臣らにももそれ
となく、決起後の後ろ盾の可能性をさぐっている、陸軍首脳が味方について
くれないと最終的成功はないからな。 ゴソゴソ動き回ってるのに海軍が全然
知らないほうが目くらというべきだろう、海軍も5.15事件をおこしてんだから。
8>>バカとひとことで一言で片づけられるもんだいじゃないぞ、陸軍、海軍
の中に軍閥内閣を望む人間が多数いたということだ、特に若手将校。
昭和天皇の一喝で 吹き飛んだけれどな「速やかに反叛を鎮定せよ」
で陸軍首脳もあてがはづれて お終い。
最近 昭和天皇の昭和天皇「拝謁記」なるものがでてきて、天皇は「下克上」
の動きがあったとおっしやられているようだが、上記のような動きを指すの
ではないか。
7.>>ハンドラ-ズてだれよ スパイは 米国 ソ連からもはいってたろうが
昭和天皇の一喝でク-デタ-は失敗した。
ハンドラ-ズて海のむこうにいた ル-ズベルトや スタ-リンのこと
じゃないのか。
14. 2019年8月18日 10:05:33 : k3VrrzzmmY : bTA1N3B6QnNtY0k=[80] 報告
▲△▽▼
12>>。ヨただ、海軍が知っていたとするならば、実行者を出した陸軍側も当然、計画
を知っていたはずだとの推論が成り立つ。」
当然陸軍側も計画は知ってたさ、推論じゃなく、首魁磯部浅一らは決起後
陸軍首脳が自分たちの後ろ盾、あと処理をしてくれないとクデタ-
成功とはならないからな。陸軍もちろん知ってました。
海軍も知ってたろ、目をつぶって、推移をみるだけ、高見の見物
決め込んだんだろ。
私は226事件にはあまり関心も無く、詳しくないが、おおよその知識で判断すれば、コメント13、14氏の見解がかなり的を射ているように思う。コメント12氏の言葉は一般的な見方として、事件の全体像を把握する意味でいいコメントだと思う。
私は該当番組を録画したが未見なので、番組に出た内容については何とも言えないが、「226事件」とは、要するに、陸軍海軍の中心的人物たちが容認していたクーデター事件だったと言えるのではないか。
クーデターとは言っても、天皇制は維持したまま、軍事政権を樹立しようというクーデターだったと思う。まさに、それこそが「皇道派」の主張そのものだったと記憶するが、どうだろうか。ところが、その「クーデター」に昭和天皇が激怒して、自ら反乱軍鎮圧の先頭に立ったので、彼ら「天皇のために」動いたと自分たちでは信じていた馬鹿たちは投降するしか無くなったということだろう。
つまり、「意図が良ければ悪行も許されるか」というと、まったくそんなことは無いわけで、226事件は馬鹿の集団の起こした馬鹿事件というのが私の見方だが、一番悪質なのは、彼らの行動をはっきり予見していながらそのまま放置した陸軍海軍の親玉たちである。軍事政権が樹立されたら、当然自分たちがその政権の重職を占めると皮算用をしていたのだろう。
その「悪質な大物」たちを無罪放免したために、その後の軍国主義の跋扈があり、日本は日中戦争の拡大、太平洋戦争へとどんどん坂を転げ落ちていったわけだ。
なお、コメント13の言うように、226事件の背後に英米あるいは英米露の「ハンドラー」がいた可能性は高いような気がする。
つまり、当時の日本はまさに国際政治の危機の中にいたのであり、日本の「アジア侵略」は、欧米勢の攻勢に抵抗し、国家を拡張し力をつけようという(まあ、今から見れば能天気とも言える)計算からの「遅れた帝国主義国家」の足掻きだったとは言えるだろう。近隣諸国にかけた迷惑は謝罪し続けるべきだが、当時の「国家経営」の困難さは現代の比ではなかったことは大前提として当時の政治を論じないと、正当な批判にはならないだろう。
(以下引用)
12. 2019年8月18日 09:22:53 : a5CVCnPZWE : SG40UzVJOVdJbUU=[1] 報告
▲△▽▼
興味深い内容だった。貴重な資料をよく見つけたと思う。
一番の衝撃は事件の一週間前に、当事者でない海軍側が事件の首謀者、殺害予定者等の計画の詳細を把握していた事実。
ただ、海軍が知っていたとするならば、実行者を出した陸軍側も当然、計画を知っていたはずだとの推論が成り立つ。
陸軍側が計画を知っていて、2・26事件を起こさせたとすれば、怖い。
海軍は知っていたから、暗殺対象だった海軍出身の首相の岡田啓介を救えたのか(身代わりで義弟が殺害された)とも考えた。
海軍が計画を知らず、陸軍だけが知っていたのならば、義憤にかられた青年将校たちを利用して首相殺害を暗黙で了承していたことになる。だとしたら、これはある意味、立派な陸軍のクーデター。
ダルマの高橋(大蔵大臣)は殺されてもいいと陸、海の軍部は了解していたのか?
侍従長の鈴木貫太郎(海軍出身)は辛うじて生き残ったが、多数の銃弾を浴びた。海軍は鈴木に危険だというシグナルを送っていなかったのか? 鈴木が死んでいたら、終戦(敗戦)に向けて首相としての彼の働きはなかった。
番組でも最後にナレーションが流れたが、2・26事件を契機に軍部の力は増大し、戦争への道を日本は歩んでいった。
武力を持つ者は強い。
彼らが行動を起こした2・26事件を目の当たりにし、恐怖心から政治家はモノを言えなくなった。当時の陸海軍の士官クラスは当時の俊才、俊英が集っていたとされ(馬鹿な決定を数えられないくらいしたが…)、いまの自衛隊に比べれば、桁違いのエリート集団だが、武力を持つ者は怖い。
資料をしっかりと残した昔に比べ、改ざん、破棄、隠ぺいが当たり前になってしまったいまの官僚連中の愚行にあきれ、嘆くとともに、馬鹿どもに武力を持たせることの怖さをあらためて実感した次第。
自衛隊、馬鹿なことをするなよ!! いや、いまの時代はヒトラー気取りの馬鹿な政治家と志を捨てた官僚に自衛隊はただ利用されているだけかもしれないが。
13. 2019年8月18日 09:49:09 : k3VrrzzmmY : bTA1N3B6QnNtY0k=[79] 報告
▲△▽▼
そんなの、当たり前のことだろ、いまさら大騒ぎするようなニュ-スでもなんでも
なかろう。
2.26事件(昭和11年)の前から、軍部主導の政権樹立の動きはすでなあったでは
ないか
昭和6年の桜会(陸軍 橋本欣五郎中佐ら)が3月事件、 10月事件という
青年将校によるクデタ-未遂事件をおこした。
海軍もだ昭和7年に若手将校が5.51事件を起こし、犬養毅首相暗殺、。だが規模
は小さかった15名が決起しただけだ。
そして最後が2.26事件 1400名を上回る兵隊が動員された、何年も前から
陸軍でも、海軍でも軍閥内閣を作る動きが若手青年将校の間にあたようだ
最後に爆発したのが2.26事件。 1400名も動員する大きな計画だ、色々な
根回しが 首魁 磯部浅一らが行っている、当然陸軍大臣らにももそれ
となく、決起後の後ろ盾の可能性をさぐっている、陸軍首脳が味方について
くれないと最終的成功はないからな。 ゴソゴソ動き回ってるのに海軍が全然
知らないほうが目くらというべきだろう、海軍も5.15事件をおこしてんだから。
8>>バカとひとことで一言で片づけられるもんだいじゃないぞ、陸軍、海軍
の中に軍閥内閣を望む人間が多数いたということだ、特に若手将校。
昭和天皇の一喝で 吹き飛んだけれどな「速やかに反叛を鎮定せよ」
で陸軍首脳もあてがはづれて お終い。
最近 昭和天皇の昭和天皇「拝謁記」なるものがでてきて、天皇は「下克上」
の動きがあったとおっしやられているようだが、上記のような動きを指すの
ではないか。
7.>>ハンドラ-ズてだれよ スパイは 米国 ソ連からもはいってたろうが
昭和天皇の一喝でク-デタ-は失敗した。
ハンドラ-ズて海のむこうにいた ル-ズベルトや スタ-リンのこと
じゃないのか。
14. 2019年8月18日 10:05:33 : k3VrrzzmmY : bTA1N3B6QnNtY0k=[80] 報告
▲△▽▼
12>>。ヨただ、海軍が知っていたとするならば、実行者を出した陸軍側も当然、計画
を知っていたはずだとの推論が成り立つ。」
当然陸軍側も計画は知ってたさ、推論じゃなく、首魁磯部浅一らは決起後
陸軍首脳が自分たちの後ろ盾、あと処理をしてくれないとクデタ-
成功とはならないからな。陸軍もちろん知ってました。
海軍も知ってたろ、目をつぶって、推移をみるだけ、高見の見物
決め込んだんだろ。
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