経済を巻き込んでエスカレートする日韓両政府の対立に、経済界が「沈黙」を守っている。良好な隣国関係はヒト、モノ、カネの自由で活発な往来で利益を得る企業活動の大前提のはず。対立の激化はビジネス環境を損ない、業績にも影響しかねないのに、経済人から政治への苦言が聞こえてこないのはなぜなのか。
政府が半導体材料3品目の対韓国輸出規制の強化を決めた7月以降、財界3団体の記者会見では、日韓関係への見解を問う記者からの質問が相次いだ。
だが財界トップらは「早期の関係改善を望む」と口をそろえつつ、慎重に言葉を選ぶ。経団連は「基本的には政府と同じ立場。それ以上のことはない」(久保田政一事務総長)。普段は政府への直言で存在感を示す経済同友会も「政治と経済はいま、どこを見ても密接に関連しているのが現実」(桜田謙悟代表幹事)と評価を避けた。
8月に入り、政府が韓国を輸出手続きの優遇対象国から外す措置を打ち出すと、韓国が猛反発。それでも日本商工会議所を含めた財界3団体は文書でのコメントも出さなかった。
「発信力が弱い。もっと意見を言っていいはずなのに」。財界団体の幹部を経験した企業首脳からは、こんな声も漏れる。
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「沈黙」の背景に、安倍政権への配慮があるのは間違いない。
「例の件については、会見で発言を控えていただきたい」。財界団体の元首脳は在任中の数年前、今回の日韓問題とは別の政治的に微妙な問題を巡り、首相官邸筋から踏み込んだ発言をしないよう定例会見の直前にくぎを刺されたことがあるという。
アベノミクスで息を吹き返した経済界では2014年、経団連が会員企業に政治献金の呼び掛けを再開した。蜜月が続く安倍政権の方針に「経団連、経済同友会に日本商工会議所。みんな言いたいことを言えなくなっている」と元首脳は明かす。
しかも今回の日韓対立は元徴用工問題に端を発している。韓国の訴訟で賠償を命じられた日本製鉄(旧新日鉄住金)や三菱重工業は財界団体の主要メンバー。日本企業が損害を被らないよう韓国に強硬姿勢を取る政府に対し「何か言えるはずがない」(大手自動車メーカー関係者)。
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もっとも、財界には「政府の措置に、経済に悪影響を与える意図はないのでは」との見方が強い。
経済産業省は既に、個別審査に切り替えた半導体材料3品目から韓国輸出を許可。個別許可が必要な他の約240品目でも、多くの日本企業の輸出実務は変わらないと説明する。
だが韓国ビジネスは製造業だけではない。韓国ではビールや衣類、化粧品など幅広い日本製品が不買運動の対象に。訪日旅行のボイコットも予想以上に拡大した。九州の影響は大きく、温泉地などで韓国人観光客が減り、都市部では百貨店など小売りが早くも打撃を受けている。
高ぶる国民感情は、個別の企業をさらなる沈黙に追いやる。日韓どちらの世論を刺激しても、ビジネスに影響しかねないからだ。九州の地方銀行頭取は「今の状況では韓国について何も発言できない」。思わぬ攻撃の対象にならないようリスクを避ける。
緊張緩和に経済界が果たせる役割はないのか-。両国の企業・団体のトップらによる日韓経済人会議は9月24、25日、ソウルで開かれる。一度延期されただけに、対話と交流に関係者の思いは深いという。どんなメッセージを発信できるか、経済界の覚悟に注目が集まる。
■事態打開へ発言を
韓国経済に詳しい日本総研の向山英彦上席主任研究員の話 経済界は、元徴用工問題への対応で政府と歩調を合わせており、政府に直接的に発言ができない。ただ、韓国の不買運動の影響が予想を超えて広がっており、経済界が事態打開に向けて役割を果たすことが求められる。経済界は政府に慎重な行動を求めるなど、日韓関係の一段の悪化を避けるためのメッセージを発信してほしい。
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