◆高プロの省令・指針に向けた議論が開始
働き方改革関連法が6月29日に成立し、高度プロフェッショナル制度が2019年4月より職場に導入可能となった。労働基準法の労働時間規制の縛りを外した働かせ方を可能とするものであり、経済界が求めてきたものだ。
野党と労働団体の反対を押し切って一括法案によって導入に持ち込んだこの高度プロフェッショナル制度について、その具体的な対象業務や年収要件、健康確保措置、同意の手続き、裁量性の確保などを定める省令・指針の策定に向けた労働政策審議会労働条件分科会が10月15日より始まっている(参照:当日の配布資料/当日の議事メモ)。
この労働条件分科会の論点を取り上げたTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」の10月22日の番組(参照:TBSラジオによる音声配信)に共に出演した全労連の伊藤圭一・雇用労働法制局長から、番組終了後に教えていただいた厚生労働省のリーフレット「働き方改革~ 一億総活躍社会の実現に向けて ~」(参照:厚労省)を見て、驚いた。野党の追及をはぐらかし、騙し通そうとした政府は、今度は国民も騙しにかかっているのか、と。
◆リーフレットのトンデモな内容
「別紙1 労働時間法制の見直しについて」のp.7およびp.8が、高度プロフェッショナル制度の解説部分だ。まずはご自身でご覧いただきたい。
どうだろう。様々な疑問が湧くのではないか。
●「本人の希望に応じた自由な働き方の選択肢を用意」とあるが、その「自由な働き方」とは何かが、書かれていない。
●「自由な働き方の選択肢」と言いながら「長時間労働を強いられないよう」と続くのは、変ではないか?
●「対象は高度専門職のみ」「対象は希望する方のみ」「対象は高所得者のみ」「ごく限定的な少数の方々です」と、ことさらに限定性を強調するのはなぜか?「自由な働き方の選択肢」なら、幅広い人にその選択肢が用意されるべきではないか?
●「Q&A」の1番目の内容は、つまりは高収入の方は「残業代ゼロ」になるということではないか?それのどこが「自由な働き方」なのか?
高度プロフェッショナル制度の中身や国会の議論を知らない人でも、このリーフレットをじっくり読めば、上のような疑問が生じてきてもおかしくない。
◆「自由な働き方」ではない高プロ
国会審議に注目してきた方なら、ご存知だろう。高プロが「自由な働き方」などではないことが。
国会パブリックビューイングの国会審議解説映像「第1話 高プロ危険編」(参照:映像/文字起こし)でも紹介した通り、石橋通宏議員は6月26日の参議院厚生労働委員会でこう指摘していた。法案が成立する3日前のことだ。
【石橋通宏議員(立憲民主党)】
”これ(注:高プロのこと)、本当、誰のための制度なんですか。誰に要望されて、誰のために設計された制度なのか。
総理、この委員会でも明らかになりました。元々、産業競争力会議からの提案ですと。長谷川さんや竹中平蔵さんですよ。あの方々が提案した制度なんだと、これは加藤大臣も認められたわけです、この場で。昨日の予算委員会でも、総理、それ認められておりますね。びっくりしました。
ということは、これまで総理が言ってきた、これは働く者のための制度なんだ、自由でやりがいがある働き方なんだ。誰がそんなこと言ったんですか。
企業のための、企業による、そういう制度なんだ、総理、そのことをもし認められるのであれば、これまでの説明はうそです。であれば、立法事実、根拠がありません。是非、それを認めるのであれば、ここで撤回してください。総理、いかがですか。”
高プロは働く者のための制度だと政府は主張してきたが、それを裏付けるデータはなかった。労働者のヒアリング結果と言われたものも、後付けで行われたものだった。実際のところは、労働者のニーズに基づく制度ではなく、長谷川閑史氏(武田薬品工業社長・当時/経済同友会代表幹事・当時)や竹中平蔵氏(慶應義塾大学教授・当時/パソナ会長)らがメンバーとなっている産業競争力会議が制度創設を求めたものだった。
この産業競争力会議には、労働側の代表はメンバーに含まれていない。高プロの創設や裁量労働制の拡大を求める経済界の意向が、産業競争力会議で取りまとめられ、「日本再興戦略改訂2014」として閣議決定され(2014年6月24日)、厚生労働省に押し付けられた、というのが実際の経過だ。
経済界が求めるものでありながら、あたかも労働者が求めるものであるかのように国会に提出された、それが高プロだ。そしてその欺瞞が野党の指摘によって暴かれ、安倍首相は最後には開き直って経済界からのニーズに基づくものであることを認めた。にもかかわらず、法成立後に厚生労働省が作成したリーフレットで、同じ欺瞞がまた改めて繰り返されているのだ。国会審議における野党の追及など、なかったかのように。
◆高プロの本質は、労働時間規制の適用除外
高プロの本質は「自由な働き方」ではない。「自律的で創造的な働き方」でもない。使用者を縛っていた労働基準法の労働時間規制を適用除外(エグゼンプション)した働き方だ。具体的には下記の表のとおりだ。
働き方改革関連法のうち高プロに係る規定の主要部分は下記だ。
(労働基準法第41条の2)
”……ときは、この章で定める労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定は、対象労働者については適用しない。”
いろいろと条件を付けた上で、その条件を満たした場合には、労働基準法の第4章の上記の規定は、は、高プロの対象者には適用しなくてよい、というのが高プロ制度の意味するところだ。
この労働基準法の第4章とは、
●使用者は・・・労働させてはならない
●使用者が・・・支払わなければならない
●使用者は・・・与えなければならない
というように、使用者を縛っているものであって、労働者を縛っているものではない。
時間外・休日労働をさせる場合には36協定を結んでその範囲でしか残業させてはならない、また、その場合でも、時間外・休日労働に対しては割増賃金の支払いを行わなければならない、そのような縛りをかけることによって、過重労働を防いでいるのがこの労働時間規制だ(参照:上西充子「高度プロフェッショナル制度「きほんのき」(1):「労働時間の規制を外す」→でも労働者は時間で縛れる」)。
したがって、高プロによって「自由」になるのは、使用者であって、労働者ではない。労働者が指揮命令を受けないとか、裁量性を確保されるとか、そういう規定は法改正の条文のどこにもない。裁量労働制については始業・終業時間の指定をしないこととする規定を法改正によって設けようとしていたが(拡大案の廃止と共に廃止)、そのような規定も高プロでは予定されていない。
◆労使委員会と適用対象者をだますためのリーフレット
国会審議の中で政府側は、これは望む人のための制度であって望まない人には適用されないのだと繰り返し主張してきた。上の6月26日の石橋議員の質疑に対しても、安倍首相はこう答弁している。
【安倍晋三内閣総理大臣】
”本制度は、望まない方には適用されることはないため、このような方への影響はないと考えています。このため、適用を望む企業や従業員が多いから導入するというものではなく、多様で柔軟な働き方の選択肢として、整備をするものであります。”
高プロは事業場における労使委員会の5分の4以上の賛成による決議がなければ導入されないし、本人同意がなければ適用できない。だから望まない人には適用されない、というのが政府の主張だが、だとすれば、この制度がどのようなものであるかの正確な周知は不可欠だ。しかし、その周知のためのリーフレットが、これなのだ。
もう一度、リーフレットを見てみよう。この説明では、高プロが労働基準法の労働時間規制の適用除外であることが読み取れない。「その働き方」とあるが、それがどういう働き方であるかが、明記されていないのだ。
「現行の労働時間規制から新たな規制の枠組みへ」と書かれてあるだけで、時間外・休日労働を36協定の制限なく行わせることが可能となることや、残業しても残業代が支払われないことが、この説明では読み取れない(なお、高プロでは、そもそも8時間という法定労働時間の枠組みもなくなるので、残業という概念も残業代という概念もなくなる)。
これも国会パブリックビューイングで取り上げた場面だが、6月7日の参議院厚生労働委員会で福島みずほ議員は、高プロを望む労働者の声として国会に示されたヒアリング結果に関して、ヒアリングの際に、対象者に対して高プロの本質を伝えていたのかと問うた。
【福島みずほ議員(社会民主党)】
”大臣は、高度プロフェッショナルに関して、ニーズをどうやって把握したかということに関して、衆議院の厚生労働委員会で、「十数名からヒアリングを行いました」と。これが根拠になっていたんですよ。唯一の根拠ですよ、唯一の。唯一、話を聞いたという根拠がこの12名で、それがどうして(今年の)2月1日なんですか。しかも、これ漠然としていますよね。
例えば、今年、「様々な知見を仕入れることが多く、仕事と自己啓発の境目を見付けるのが難しい」。何でこれが高度プロフェッショナルを望む声になるんですか。誰も、高度プロフェッショナルの具体的な中身を聞いて、それを支持すると言っている中身ではないですよ。
高度プロフェッショナル法案の一番重要なこと、「労働時間、休憩、休日、深夜業の規制がなくなります。そういう働き方を望みますか」と聞いたんですか。”
ニーズを聞き取るというのなら、制度の概要を説明するのは当然のことだ。しかし、「高度プロフェッショナル法案の一番重要なこと、『労働時間、休憩、休日、深夜業の規制がなくなります。そういう働き方を望みますか』と聞いたんですか」という問いを福島みずほ議員が2度繰り返したにもかかわらず、山越労働基準局長(当時)は、「いずれにいたしましても」の一言で、その問いを無視した。
不都合な事実は認めない。説明しない。それが高プロに関して国会で政府が見せた一貫した姿勢だ。そしてその姿勢が、新制度を説明する厚生労働省のリーフレットでも受け継がれているのだ。
あの国会審議を経て、このリーフレットであるというのは、意図的な欺瞞であると言わざるを得ない。このような不誠実な姿勢で制度周知を図ることは、とうてい認められない。
厚生労働省にはリーフレットの作り直しを求めたい。必要なのは、欺瞞に満ちた説明ではなく、適切な説明による注意喚起だ。
<文/上西充子 Twitter ID:@mu0283>
うえにしみつこ●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『就職活動から一人前の組織人まで』(同友館)、『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆。
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