職人の味方、ワークマンの自信
工場を経営していた当時、筆者はワークマンの作業服の愛用者だった。
油まみれになる構内作業に、トラックでの納品引取り。作業服が必須な現場だった。
ワークマンの作業服は、安くて丈夫でサイズも豊富。何より、家と工場の行き来にちょっと買い物で足を延ばす程度の毎日においては、ちまたにある「ザ・作業服」とは違った普段着っぽさがうれしかった。
当時のワークマンには、まだ女性モノの作業服のバリエーションが現在ほど多くなく、必然的に選ぶ服は男性ものばかりだったが、女性が女性モノの服を着なければならないという感覚が元々なかった筆者にとって、それは全く苦になることではなかった。
工場を閉じて以降、海外への移住やライター転身などで以前のように通うことが少なくなったワークマンに、筆者が再び注目したきっかけになったのは、「楽天からの撤退」だった。
これまで作業服の生産過程で培った「動きやすさ」、「機能性」への開発技術を活用し、キャンプウエアやカジュアルウエアなどといった「非ブルーカラー向け」の商品を次々と開発・商品化。新形態の「ワークマンプラス」をオープンさせ、店舗拡大を軌道に乗せていた。
楽天が「送料一律出展者負担」を決定した直後に行われたワークマンの撤退発表は、全国にある実店舗での商品受け渡し体制や、自社プライベートブランドに対する「自信」の表れだろう。
こうして店舗数も業績も順調に伸ばしてきたワークマンが、新たに乗り出したのが「#ワークマン女子」という新業態である。
「女子」の謎
ニュースリリースによると、10月16日に「#ワークマン女子」店が横浜桜木町駅前のコレットマーレにオープン。当初は1店舗のみのコンセプトストアと位置付けていたが、前評判が非常に高く、今後は作業服、作業用品を扱わない一般客向けだけの店舗の名称を「#ワークマン女子」に統一し、10年間で400店舗を目指して全国へ新規出店していくという。
ブランド名の前にハッシュタグを付けることでSNSでの拡散を図ったり、メディア向けの内覧日を設けたりするなど、アピールにも抜かりない。
さっそく多くのメディアに取り上げられ話題性も十分なのだが、元ブルーカラーでワークマン愛用者だった身として単刀直入に言うと、今回の「#ワークマン女子」には共感が持てない。
その要因は、大きく分けて2つある。1つは、アパレルブランド名に付けた「#女子」の違和感だ。
オールジェンダートイレが増加したり、女子大がトランスジェンダー学生を受け入れたりするなど、世間ではジェンダーレス、ジェンダーフリー化が急速に広まっている。最近ではJALが「Ladies and Gentlemen」の呼びかけを「Everyone」に移行した。
女性4割、ユニセックス2割、男性4割
そんな時流の中で、アパレルブランドの名前にわざわざ「女子」を付けるのには、やはりそれなりの意味や「こだわり」があるのではと思うところだ。
が、「#ワークマン女子」では、女性向け商品だけでなく男性向け商品も取り扱うとのこと。最終的に女性4割、ユニセックス2割、男性4割にするという。
こうした「名と内容のズレ」も気になるところだが、さらに謎なのは、「男性客向け製品も扱っていることが認知されるまではチラシ媒体などには『#ワークマン女子with男子」の店名も使う予定』という点だ。
こうしたネーミングの迷走には、Twitterでも
「男性が超入りにくいのでワークマンライフウエアとかにしたほうが……」
「令和に…? わざわざ……? 女子、男子……?」
「ワーク“マン”→女子→男子。二重否定みたいに感じる」
といった声があがる。
ワークマンが群馬県伊勢崎市に「職人の店 ワークマン」1号店をオープンさせたのは、1980年。その頃の日本の世相やジェンダー観を考慮すれば、「ワーク“マン”」も「固有名詞だ」と理解できる余地はあるのかもしれない。が、今回の「#ワークマン女子」の店舗展開によって、「ジェンダー観の甘さ」が強調されたことは否定できない。
「ワークマン」という源流からの「ブレ」
また、この「#ワークマン女子」では、先述通り男性用の商品も取り扱うとのことなのだが、逆に「源流」であるはずの「作業服」は置かないという。そこにもう1つの違和感がある。
創業当初からブランド名の通り「働く人」向けに展開してきた「ワークマン」だったが、先述通り「高品質な作業服」を開発していく中で培った技術を活用し、「キャンプウエア」や「カジュアル(スポーツ)ウエア」などを次々に商品化。一般客の需要を取り込み、昨今急成長してきた。
その反面、こうした変化に違和感を抱く常連客も少なくない。
ニュースリリースによると、<作業服を扱っている従来店からの転換はできないので、「#ワークマン女子」は全て新規出店になる>とのこと。
つまり、従来店から転換できず、作業服の販売もせず「マン」ですらもない。それであれば「#ワークマン女子」は、もはや「ワークマン」の名前から切り離したブランド展開をすべきではないのだろうか。
作業服を売っていない店舗に「働く人」のイメージを維持させつつ、わざわざそこにジェンダーの意味付けをする店舗展開から感じるのは、CMでうたう「声のするほうに進化する」ではなく、「流行に引っ張られている」という印象なのだ。
さらに同社の公式サイトでは、来る「ハロウィン」のコスプレ衣装用の作業服やナースの白衣までをも提供しており、こうした源流をないがしろにした変化や「プロと遊びの混同」は、創業当時から「ワークマン=我々の味方」と信じてきた現場作業員からの信頼を見失う危険性もある。
現場と机上で起きている「ズレ」
ワークマンのジェンダー観がいまいち定まっていないのは、CMと「#ワークマン女子」の店舗を見ても分かる。
いま放映中のワークマンのテレビCMでは、女性に「女子だからピンク⁉ 絶対イヤ」と発言させていたのに対し、今回の「#ワークマン女子」の店舗前にはピンク一色のブランコが設置されている。ちなみに、CMの「女子だからピンク⁉ 絶対イヤ」のテロップもピンク色だ。
実はワークマンに限らず、ブルーカラーの世界には、“上”のホワイトカラーが進める商品開発や問題対策が、現場作業員の要望や問題意識、さらにはその時代の流れと大きくかけ離れていることがよくある。
男性社会だからか、ジェンダー観に関してはとりわけその傾向が強い。
元工場経営者・トラックドライバーという立場で、さまざまなホワイトカラーに会うのだが、「なんでこんな決定をしたのか」「いまだにそんなことを思っているのか」と驚かされることが非常に多い。これはつまるところ、「現場」と「机上」とに、価値観や感覚に対する「ズレ」が生じていることを意味する。
その一例が、国土交通省が2014年、女性トラックドライバーの活躍を促進するために始めた「トラガール促進プロジェクト」だ。
愛用者にも言わせて「原点を忘れないでほしい」
「スチュワーデス」から「キャビンアテンダント」へ、「看護婦」から「看護師」へと、仕事におけるジェンダーの境をなくしていこうとする時代に逆行し、「トラガール」という性別でのすみ分けを進めるのは、時代錯誤以外のなにものでもない。
そこへさらに「女性ならピンクを入れれば興味を持つだろう」という浅はかな固定観念を働かせたがために、同プロジェクトのウェブサイトに目立つのは、やはり「ピンク色」。さらには「トラガール」のためにと「ピンクのトラック」まで開発するに至った。
この「トラガール」というネーミングによって、よく「橋本さんはトラガールだったんですよね」と言われるのだが、筆者には「トラガール」だった自覚は全くなく、現役女性トラックドライバーの中にも、「女性トラックドライバー=トラガールと呼ばれるのは居心地が悪い」という人も少なくない。
奇抜なネーミングをすれば、確かに存在感や知名度は得られるだろう。好調な「ワークマン」がその勢いに乗って「女子」という空白市場に挑戦することも決して悪いことではない。
が、源流が「働く人」である以上、安易に流行りのハッシュタグを付けたり、ジェンダーでの住み分けを図ったりするのは、やはりやめたほうがいいと個人的には感じる。とりわけ、長年「職人の味方」としてやってきたワークマンにとっては、「女子」との関連付けは慎重にすべきだ。
今後は、女性用製品の充実だけでなく、人気製品のジュニアサイズ化をも進めるという同社。元愛用者としてワークマンが今後、一時の流行ではなく世間の時流を掴み、何より原点を忘れることなく発展していくことを切に願う。
---------- 橋本 愛喜(はしもと・あいき) フリーライター 元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。 ----------
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