「宮古島バブル」が地元住民にもたらす光と影 観光業が成長する中で問題が起こっている
通称、宮古島(正確には宮古諸島、沖縄本島から南西に約300kmに位置)は、宮古島、来間島、伊良部島、下地島、池間島、大神島の6島からなっている。
主な産業は、農業と観光業だ。十数年前までは、移住者も今ほど多くなく、島の歴史をそのまま受け継いだ文化に包まれていた。
今、その島はバブルを迎えている。
その要因はいくつかあるが、まずは、「下地島空港が国際空港に生まれ変わる」という点だ。
下地島空港が国際空港化する光
下地島は、6つの島からなる宮古島の中でも、東端に位置するのどかな場所だ。
2015年1月31日に開通した、伊良部大橋(無料で通れる橋では日本一長い)が開通するまでは、宮古島から船で渡るしかなかった。
その島に2019年、国際空港が誕生する。
私が行った日は、平日だったが、敷地外から見ると、工事が行われているようには見えない。ちょうど潮干狩りの時期で、空港の周りの海では、多くの家族やカップルが貝掘りをしていた。
下地島空港とは、もともとパイロットを養成する訓練用の空港だった。以前は民間航空機が発着したこともあったが、近年では、訓練飛行場として活用されている。
この空港が、国際空港に生まれ変わるのだ。これからの活用方法としては、既存の訓練飛行場事業に加え、国際線、国内線、プライベートジェットの離着陸を行うとのこと。その狙いは、宮古諸島を国際的なリゾート地にすることだ。
沖縄県は、2021年までに入域観光客数1200万人を目標にしている。2017年度(2017年4月~2018年3月)の宮古諸島の観光客数は98.8万人。さらに多くの観光客確保のため拡大の一翼を担う国際空港になる予定だ。その旅客ターミナル施設の建設工事を大手企業の三菱地所が行っている。2017年10月に着工しており、2019年3月の開業を目指す。
今年の春時点ではこれから国際空港になる雰囲気は見られなかったが、来年の夏には海外発の飛行機からたくさんの観光客が降りてくるだろう。
下地島空港に続く道を車で走るとサトウキビ畑の間から、あちらこちらで大規模な工事が行われている。
全国でホテルやリゾート開発を手がける森トラストは2016年1月、伊良部島の土地を取得した。2019年には高級ホテルを開業させる見通しだ。
また、フィリピンの新興住宅企業レボリューション・プレクラフテッドは、宮古島にヴィラタイプのブティックホテルを建設する事業を受注したと発表。この事業が同社にとって日本進出の足ががりとなる。
さらに、宮城県仙台市の不動産業は、伊良部島に低価格ホテルと賃貸マンションの建設を予定。その他、埼玉県の不動産コンサルティング企業もホテル建設に参入するなど、まさに宮古島、特に伊良部島はホテルの建設ラッシュで沸いている。
宮古島市の下地敏彦市長は、「今、宮古島の景気がいい。都内も東京オリンピック開催で建設業の景気がいいだろう。それと連動しているのではないだろうか。さらに、下地の空港が国際空港として生まれ変わる準備をしている。空港が開設されると、グレードの高いホテルが必要となるので、今、大手企業が参入し建設を始めているところだ。これからも建設ラッシュは、進んでいくので平良(宮古島の中心街)だけではなく、伊良部もどんどん栄えるだろう」と語る。
下地島空港に続く道路の開発は、まだまだ手付かずだが、今後数年の間には、さらなる大手企業の進出も考えられる。
だが、このリゾート開発に地元民は手放しに喜んでいるわけではない。
海岸が買われる恐怖が現実に
大手企業が、リゾートホテルを運営することにより、観光客が増え、雇用も増える。その中で、50代の宮古島在住の男性は、リゾートホテル建設に対して次のように語った。
「宮古島は、どんどん変わっていっています。伊良部島の海岸線は本土企業に買い占められ、リゾートホテルの建設ラッシュで、僕たちが見てきた昔の風景とはどんどん変わってきているんです。それは伊良部島民の方がいちばん感じていることでしょう。
はじめに東急ホテル(1984年開業)が来て、ユニマットプレシャス(シギラリゾート、1993年開業)が来て、今度は森トラストが来ました。大手企業がどんどん宮古島に入ってきているんです。
東急さんが来たとき、あの一帯は何もない雑木林とさとうきび畑でした。そこに突然リゾートホテルができたんです。その後、ユニマットさんが上野村(2005年に合併)一帯を買っていきました。
そのとき、仲間内から『ちょっと待てよ、これ大変なことじゃない?』という声が上がったんです。なぜなら今まで簡単に出入りできていた海岸に行くことが難しくなってきたから。
これまで雑木林を駆け抜け、遊んでいた浜辺も企業のものになり、ホテルの敷地になってしまいました。当時、もしかして宮古島の海岸線は、全て本土企業に買い占められるんじゃないかという大きな衝撃があったんです。そう思っていたのが、まさに現実になったんです」
このように考えている島民は決して少なくない。
別の50代男性は、「島の土地は限られているので、自分たちが代々大切にしてきたいた土地が内地の企業や外国人の手に渡るのは、いい気がしない。城辺(ぐすくべ)、来間島などの海岸を買われているのは嫌だな」と島民感情を語った。
さらに40代の女性は、「基幹産業は、サトウキビでもそれだけでは成り立たないので、観光産業も大きな柱になっています。観光で多くの人が来て、おカネも落ちるし、ホテルで雇用も生まれているのはいいことだけど、見慣れた風景がどんどんなくなっていくというのに関しては、すごく寂しいことだなと思います」と続けた。
島の発展とともになくなっていく自由と自然。この問題をどう解決すべきなのか。
利便性を求める声も確かにある。続々と内地企業が進出する中、40代の男性は、「宮古島に昔から何度も来る観光客は、どんどん変わっていく島を嘆くけど、それならもっと田舎の島に行けばいい。生活している俺たちは、便利になった方がいいんだから」という。
観光客が求めるものと、現地に住む人の間には、少なからず乖離がある。観光するのと住みよい島にするのとでは異なるので、当然と言えば当然かもしれない。
内地企業が潤い、現地の企業はバブルではない
景気がいいからといって、手放しで喜んでもいられない。別の40代男性は、「外から入って来た大手企業が儲けているだけで、宮古の企業は潤っていない」という。
タクシー業界は人手不足という反面、「観光客はレンタカーを使うので、そんなに儲からない」(60代のタクシーの運転手)
沖縄本島でも見られるが、大手レンタカー会社は無料バスで空港から営業所まで送迎するサービスを行っている。やはり内地企業におカネを吸い上げられているという肌感覚があるのだ。
さらに、横浜から移住して来たゲストハウスの30代オーナーは、「大手企業が入り、個人経営で頑張っている現地商店のお店が減るのは嫌だなと思うので、ぼくはなるべく現地のお店に行くんです」と話してくれた。
ほとんどの大手企業は、島外から来ている。また建設業界や観光業界だけではなく、飲食業界においても、マクドナルドや吉野家、大戸屋などの大手チェーン店の進出により、個人商店が危機を迎えているようだ。
この現状を下地市長にぶつけてみた。
島外の大手企業の売り上げに対して、地元民の企業のそれは、多くないどころか、減っているという現状を下地市長は認識しており、以下のように語った。
「観光業にも力を入れているが、いちばんは、やはり農業だ。観光業は、いついかなるときにどうなるかわからないので、農業を基幹産業にしている。この分野を活性化させることで島民の生活は守られるだろう。
だからさらなる農業の成長を促すために農産物の新しい商品開発の資金や技術の支援をしている。こうしながら生産量を増やすという地道な活動をしているのだ。さらに農業と観光をリンクできれば、地元の小さな企業も景気が良くなると思う」
宮古島には地下ダムがある。地下にはサンゴ層と粘土層があるため雨が降ると、粘土層で止まる。この水を組み上げて農業用水として活用しているのだ。昔の水無農業から水あり農業へと変換。結果、生産量は伸びている。
たとえば、サトウキビ、ゴーヤー、かぼちゃの生産高は、県内トップ。サトウキビに関しては沖縄県の生産量の半分を占める。
また、宮古島市の農業生産額は、県内の市町村別で3年連続県内トップの182億4000万円(2016年)と県内の農業界を牽引しているという。
大型観光クルーズ船入港によるバブル
宮古島のバブルは、新たにできる下地島の国際空港だけではない。これまで宮古島空港とともに観光客を入島させてきた平良港がある。この港にクルーズ船が就航し、アジアの観光客が続々と入島するようになった。
現在は改修工事が進められ、さらなるバブルを引き起こすトリガーとなりそうだ。
下地市長は、「現在15万トンのクルーズ船が埠頭に接岸するための工事をしている。3年間で完成させようと工事を進めている最中だ。世界では25万トンクラスのクルーズ船が主流の時代になってきている。この工事が終わると、それに対応するために港湾のルールを改定し工事を始める計画も考えている」という。
宮古島におけるクルーズ船での入島は、昨年だけで約36万人。直近の5月には約6万3000人で、前年度比約170パーセントを記録した。工事が進めばさらに多くのクルーズ船観光客を受け入れることができる。
彼らが飲食し、お土産を買えば、わずか人口5万5000人の島に、大きな経済効果をもたらしていくことは間違いない。宮古島の農産品を訪日観光客にうまく紹介できれば、地元経済も活発化できるだろう。
宮古島はダイビングスポットとして有名だが、魅力はそれだけではない。観光客の集客のために、鉄人レースのトライアスロンをはじめとするさまざまなイベントを企画してきたのだ。
1月は、100キロワイドーマラソン。日本最南端のウルトラマラソンとして県内外から参加者が集まる。
2月はロマン海道。伊良部島マラソン、4月はトライアスロン、6月は、全国から観客が集まるロックフェスティバルや、2日間にわたって行われる自転車レースのツール・ド・宮古島。11月にはエコアイランド宮古島マラソンなど1年を通して観光客が集まるイベントを組んでいる。
りゅうぎん総合研究所は、2016年6月開催の宮古アイランドロックフェスティバルの経済効果は4億3800万円と試算。観客総動員数は7400人で県外からの観客は約3200人という。
また10月に行われる「カギマナフラ in 宮古島」はインターナショナルフラコンペティションで全国から2000人近い参加者や観光客が集まるという。2015年には、伊良部大橋全体を使って1509人がフラダンスをし、ギネスに認定された。このような試みが観光客を引き寄せている。つまり行政も参加したイベントが観光客を集める大きな役割を果たしているのだ。
イベントをさらにもり立てるのは、美しい風景が映えるインスタグラムやツイッターという情報発信ツール。夕日をバックに開催されるロックフェスタや、どの瞬間を切り取っても感動できるトライアスロンなど、多くのイベントを全国へとPRしてくれるのだ。
移住者が住むためのアパートがない
こういった取り組みも奏功し、近年は観光客だけではなく、内地からの移住者も増えている。
島民も移住者も口を揃えて言うのが、「家賃が急騰している」という言葉。これまで家賃3万円前後のワンルームマンションが、高いものだと5万円を超えるほどになっている。
地元の不動産に話を聞くと、「4、5年前からすると2倍近く家賃が上がっている。しかも高騰するだけではなく、物件自体がない。入居したいというご連絡は連日いただくのですが、紹介できる物件がないというのが実情です」と話す。
また、ゲストハウスで出会った移住希望の20代女性は、「マンション入居の契約はもう済んでるんですけど、そのマンションがまだ建設中なので、できるまで、ここにいるんですよ」と語る。
このような移住希望者は山ほどいるという。移住や長期出張などで島内に住もうと思っても住む場所がないのだ。
移住者が増える一方で、増えるのが荷物だ。日本全国から集まる船の荷物の運送を行う海運業に勤める40代男性は、「伊良部大橋ができてから、荷物が1.5倍に増えたんです。宮古島はもちろん、伊良部島への荷物が大変多くなりました」と汗を拭く。近年、アマゾンや楽天などのネット通販が多く、離島には欠かせないものとなっている。この流れは当分続くだろう。
アパートやホテル建設、空港や港など公共の大型工事が増える中、1つ興味深い話がある。島内の仮設トイレが、足りていないのだ。
4月のトライアスロン取材のルール説明のため、各メディアの取材者たちが集められた。そこで発せられた言葉は、「他の工事で島内の仮設トイレが足りないため、なるべく用を済ませてから、来てください」とのこと。
仮設トイレが足りなくなるという珍事。逆にいえば、想定を上回る工事量だともいえる。
今の宮古島が直面する問題
建築資材を扱う40代男性は、「建築資材は高くなっているが、入ってくれば、まだいい。資材が入ってこない」と嘆く。資材や人材の不足が建設を遅らせ、アパート不足につながる。それがまた移住者を困らせるという、景気が良いからこその悪循環が起きている。
今の宮古島は、観光業が大きく成長する中で生じた問題に直面している。
経済的豊かさを重視するのか、また生まれ育った自然を守るのか。島民の間でも意見は分かれている。これからも、インバウンドを中心とした観光客増加、移住希望者増加の波は変えることができないだろう。その中で、大切なものを失わない努力をしなければならない。
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