翻って日本はどうなっているか?
キリンでもアサヒでもサッポロでも、元々の看板商品とノンアルコールは、似ても似つかない味に仕上がっている、これはどう考えてもそう言い切って間違いないでしょう。
それもそのはずで、日本のノンアルコールビールは、ビールとは全く製法が違う、完成品のビールからアルコールを抜くのではなく、麦汁その他から別の飲料を作り出しているのです。
「日本のノンアルコールビール」はビールのようでビールではない、実はビールとは別の飲料としてしか、作ることができない事情があるのです。
大別してビール風別飲料・ノンアルコールビールの製法は3つあるようです。
第1は、ビールと同じ原料である麦汁を使い、これをビール発酵させず炭酸や合成調味料、合成香料その他を加えてジュースを造るというもの。
発酵していないのだから、ビールの風味があるわけがない。当然です。
第2は、麦汁とは別ものの「麦芽エキス」を使って、やはり炭酸や添加物をいろいろ付け加えてジュースを作るというもの。
要するにビールとして必要な最低限の発酵プロセスを経ていないので、味やら素っ気やらがないのは不思議でも何でもない。
第3は、麦汁を用い、ビール同様の発酵プロセスを取らせながら、アルコールの度数が高くならないように、あるいはアルコールができないような別の酵母を使うなど工夫して、ビール風飲料を作るというもの。
第1、第2の方法よりは、発酵させているので、もう少しビールに近いのかもしれませんが、基本的に別のものを作っているのは間違いありません。
たとえて言えば、「ヤクルト」のような乳酸菌飲料を造ると言って、その実、納豆菌でドリンクを造っているような話ですから、所詮ビールではなく、別ものができて当然という話にしかならない。
ではなぜ、こんなへんてこりんな方法で、不自然な飲み物を造らねばならないのか?
ドイツみたいに、普通のビール製品からアルコールだけ抜けばよさそうなものなのに、それができないのは酒税法など法的な規制によるというのです。
酒を造るには免許が必要、モグリの焼酎作りなどは検挙されると罰されてしまいます。
要するに贋金作りと同じことで、政府が認可し、税金という上前をハネられるものだけを認めて、それ以外は認可しないという考え方による立法になっている。
ちょっと話が飛びますが、米国で車を運転するとガソリンの安さを痛感します。日本はスタンドでガソリンを入れながら、油の代金というより税金を払って、車が路上を走っているようなことになっている。
お酒についても同様のことが言え、酒税法が様々な規制を加え、またルールに従わないと醸造の免許が取り消されてしまったりしかねないというのです。
お酒にかかる税率は、アルコールの度数が高い方が高率になるとは聞いていました。酒税法を見てみると、こんな取り決めになっているのですね。酒税法第二三条第一項の条文を引いてみます。
第二三条 酒税の税率は、酒類の種類に応じ、一キロリットルにつき、次に定める金額とする。
一 発泡性酒類 二十二万円
二 醸造酒類 十四万円
三 蒸留酒類 二十万円(アルコール分が二十一度以上のものにあつては、二十万円にアルコール分が二十度を超える一度ごとに一万円を加えた金額)
四 混成酒類 二十二万円(アルコール分が二十一度以上のものにあつては、二十二万円にアルコール分が二十度を超える一度ごとに一万千円を加えた金額)
この二三条第一項の三とか四を見ると、要するに21%以上の度数のお酒は、1キロリットルあたり「度数万円」の税金がかかることになっている。
25度の焼酎なら25万円、42度のウイスキーなら42万円・・・ということになるのでしょう。実務では違うことがあるのかもしれませんが、大枠要するに「強い酒は税率が高い」と言って外れないでしょう。
ところが発泡酒については、いろいろ附則が増えているのです。酒税法二三条第二項を見てみると
二項 発泡性酒類のうち次の各号に掲げるものに係る酒税の税率は、前項の規定にかかわらず、一キロリットルにつき、当該各号に定める金額とする。
一 発泡酒(原料中麦芽の重量が水以外の原料の重量の百分の五十未満二十五以上のものでアルコール分が十度未満のものに限る。) 十七万八千百二十五円
二 発泡酒(原料中麦芽の重量が水以外の原料の重量の百分の二十五未満のものでアルコール分が十度未満のものに限る。) 十三万四千二百五十円 (後略)
以下煩瑣な詳細を略しますが、要するにビールのようでビールでない発泡酒がビールより廉価で売られている、あの法的な裏づけがこれに当たるようです。
さて、ここで問題になるのは、ビールとして醸造し、アルコール分が1度未満、あるいは0.5度未満の「飲料」を作るとしたら、それは酒になるのか、ならないのか、いったい何に相当するのか?
そういう問題で、税務署の細かな判断は別に置くとして、日本では「酒からアルコールを抜く製品」を市場に出すことが難しいとされている。
ここに「別飲料」製造の原点、味の観点からは、“癌”があるようです。
清酒を蒸留して焼酎を造るのは構わない。度数が上がるから税収も増えるので、お役所はノーとは言わない。また原酒を適宜ブレンドして法に定められた税率になるよう調整するのも、徴税事務に際して必要なプロセスと認められている。
ところが、ビールの類をよく見てみると、アルコール分はせいぜい4%とか5.5%とかなのに、22万円という高額設定で、税収としても割のいい設定になっているのが分かります。
この、いわばドル箱商品からアルコールだけ抜いて、酒税法の管轄外のようなところにお酒が流れてしまうことを、どうやら法が阻んでいる。
それに対応して日本のビールメーカー各種も、やたらと捏ねくった製法で、しかし率直に言って味としてはパッとしない飲み物を造り続けていることになる。
こういう現状、率直に疑問を持たざるを得ないように思いました。
進行する社会の高齢化、醸造産業の未来と国民の健康を考えるとき、こんなつまらない仕かけで旨くて健康を害さない低アルコール・ビールが作れないというのは、率直に言って「人災」ではないかと思います。
議員立法なり何なりの方法で、ここにメスを入れて、旨くてローアルコールな日本の「新世代ノンアルコールビール」ができないものか、と思わざるを得ません。
日本でも各地で地ビールが作られるようになりました。モータリゼーションの進んだ地域では、運転に差し支えがなく、かつ地元の味を楽しんでもらえれば、伸びる消費も多々あるように思います。
半透膜などを用いたビールのノンアルコール化イノベーションは十分に進んでいる。
ところがそれを社会に送り出せない壁として、旧態以前とした法制度が立ちはだかっている。そのような印象を強く持った次第です。
国としては税収が確保されれば本来は文句がないはずでしょう。立法の大きなメスを入れる、勇気ある人の工夫が必要かと思います。
技術的に可能なことと、それが製品として社会に出、産業か活性化することの間には様々なギャップがありますが、地ビールなどのアルコール除去製法によるヘルシーな消費増大は地場産業活性化などの観点からも進めていいのではないか。
交通安全のためにも酒税法改正を、などと言うと、やや飛躍があるかもしれませんが、工夫があってよい部分ではないかと思います。
この原稿はドイツ連邦共和国バイエルン州オーストリア国境のブルクハウゼンで記していますが、当地のノンアルコールビールを傾けながら、そう思わずにはいられませんでした。
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