(以下引用)
【無料記事】議論や対話を受け入れない菅義偉氏の一方通行な「菅話法」
日本学術会議の新会員任命拒否問題を巡り、菅義偉首相の説明が「説得力を欠くばかりか矛盾に満ちている」と指摘されています。
東京新聞特報部は、安倍前政権の加計学園問題などが取り沙汰されていた2017年6月、当時官房長官だった菅首相が定例記者会見などで「全く問題がない」「承知していない」など一方通行な「菅話法」を多用していることを問題視しました。官房長官から首相へと立場は変わっても、民主政治の根幹である議論や対話を受け入れようとしない姿勢は変わっていないように見えます。
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(2017年6月3日東京新聞に掲載)
「全く問題がない」「承知していない」-。菅義偉(すがよしひで)官房長官の常套句(じょうとうく)だ。森友学園、加計学園を舞台とした政権の疑惑が晴れぬ中、使用頻度も増えている。表情を変えない応答は一見「鉄壁」に映るが、論理の破綻が透けて見える。政府は国民から適正な行政の執行を委ねられている。官房長官は国民への説明責任を負っているが、「無理が通れば、道理が引っ込む」言葉が繰り返されている。(安藤恭子、白名正和)
「承知していない」説明責任の放棄が日常化
「承知していません」「承知していませんから、政府の立場でコメントすることじゃない」
6月1日午前11時20分すぎ。首相官邸での定例記者会見。菅氏は学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画で、内閣官房参与だった木曽功氏が前川喜平・前文部科学省事務次官に「(計画を)早く進めて」と要請したとされる報道について、こう繰り返した。
政府は国民から負託されて行政を運営している。その運営に疑惑が生じた。政府を代表し、説明する役職である以上「承知していない」ではなく、認めるか、否定するか、分からねば調べると答えるのが筋だ。
まして、案件は内閣官房参与という「身内」が関わった内容だ。説明責任の放棄と見なされても仕方がない。だが、こうした光景は現政権で日常化している。
加計学園疑惑では当初、内閣府が文科省へ「総理の意向」と伝えたという文書が注目された。菅氏は「全く怪文書みたいな文書」と一蹴。だが、前川氏が「文書は存在する」と爆弾発言をした。これに対し、菅氏は「文科相が(文書はないと)申し上げている」。説明責任をただされても「文科相のもとで調査をして(文書は)ない。それに尽きる」と繰り返した。
加計学園をめぐる疑惑で、記者会見する前川喜平氏(右)=2017年5月、東京・霞が関で
「国民の理解を得ようという思いが感じられない」
元共同通信政治記者で4人の官房長官番を経験した政治ジャーナリストの野上忠興氏は「菅氏は『問題ない』などと繰り返すばかりで、国民の理解を得ようという思いが感じられない。官房長官は政権の大番頭。国民が政権にまつわる疑念を抱く問題については、言葉を尽くし、応じる誠実さが必要と思うが」と話す。
「承知していない」「批判に当たらない」「全く問題ない」。菅氏の常套句は常に一方通行だ。民主政治の根幹である議論や対話を受け入れようとしない。
学校法人「森友学園」への国有地売却問題でも、籠池泰典前理事長が財務省職員との会話の音声データを公表したが、菅氏は「詳細に承知しておりません」。安倍首相夫人の昭恵氏が、小学校の名誉校長として名を連ねていたことも「コメントは差し控えたい」。
参院予算委での証人喚問で質問に答える籠池泰典氏=2017年3月
陸上自衛隊の南スーダン派遣でも、PKO参加五原則に抵触する事態が生じたが「当たらない。法的な戦闘は生じていない。全く問題ない」。租税逃れを暴露した「パナマ文書」への対応についても「詳細は承知していない。(調査は)考えていない」と断言した。
菅氏が当事者となったケースもある。2016年10月、参院予算委で菅氏が政治資金パーティーで白紙の領収書を受け取り、事務所で金額を記入していたと追及された。菅氏は「パーティー主催者の了解のもとにやっている。法律上の問題はない」とし、水増しなどがないかの証明を求められても「主催者側の了解がある」と繰り返した。
「問題あり」発言も擁護 透けて見える法の軽視
菅氏の発言からは説明責任の放棄ばかりか、法の軽視も透けて見える。最近の例では、自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長が先月の記者会見で、憲法に自衛隊を明記する安倍首相の改憲案を問われ、「一自衛官としてありがたい」と発言した問題への対応だ。
自衛隊法の政治的行為の制限に抵触するか否かを尋ねられた菅氏は「個人の見解であるという形で述べたことで、全く問題があるとは思わない」と擁護した。
だが、衆院憲法審査会で大平喜信氏(共産)は「憲法尊重擁護義務に反し、文民統制の原則を侵す」として、河野氏の罷免を要求。これに対し、自民党の中谷元・前防衛相は「自衛官も国民であり、言論の自由がある」と反論したが、自衛官の政治的行為をめぐる処分には前例がある。
沖縄返還を控えた1972年の「反戦自衛官」事件がそれだ。自衛官6人が防衛庁前で制服を着て、自衛隊の沖縄派遣中止などを訴えた。懲戒免職処分を受けた2人が最高裁まで争ったが、「隊員の表現の自由に対し必要で合理的な制限を加えることは、憲法が許容している」と95年に敗訴が確定した。これに照らせば、「問題あり」だ。
加計学園での前川証言への攻撃も、組織の不正を告発した人を守る公益通報者保護法と相反する。この法の対象には、公務員も含まれる。制度の精神からすれば、公務員OBである前川氏は当然、保護されるべきはずなのだが、首相までもが現職中に告発しなかったのは不可解と証言の否定に躍起になっている。
問題の本質からずれた的外れな発言も
菅氏の発言を丹念に追うと、最近では表情の裏に隠れた「乱れ」も透ける。
加計学園問題では、証言した前川氏に対し、「天下りを隠ぺいした文科省の事務方の責任者として、地位に恋々としがみついた」「教育行政の最高責任者がそうした店(出会い系バー)に出入りし(女性に)小遣いを渡すようなことは到底考えられない」と論点ずらしを図ったが、これは的外れな人格攻撃だった。
加計学園問題を巡り、文部科学省内の記録文書の存在を証言した前川喜平氏を衆院決算行政監視委で批判する菅官房長官=2017年6月、国会で
ちなみに菅氏は14年、当時の宮沢洋一経済産業相が、政治資金でSMバー代を支出していたことが発覚した際には「本人は行っていないということだ」と問題視しなかった。
獣医学部新設計画が「民主党政権で格上げされた」とも言及。だが、これは国家戦略特区を利用し、学園側に政府が便宜を図ったのではないか、という問題の本質を外している。
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設問題をめぐっては、昨年8月、基地問題と沖縄の振興予算が「政府として総合的に推進していくという意味合いにおいて、リンクしている」と予算削減をにおわせた。予算で民意をねじ伏せようとする「職権乱用」という批判が高まった。
共謀罪法案をめぐっても、ケナタッチ国連特別報告者が政府へ懸念を伝える書簡を送れば、「不適切だ」とすぐに抗議。「手続きが極めて不公正。何か背景があるのではと思わざるを得ない」と、ネット並みの陰謀論までにじませた。
「権力者が説明する誠実さを失ったら終わり」
政治評論家の森田実氏は「友達に税金を使い、利益供与するような政治に疑念が強まっている。それなのに、政府のスポークスマンである菅さんは知らぬ存ぜぬ、異論のシャットアウトばかり。力ずくで乗り切ろうとしている」と語る。
菅氏への権力集中が背景にあるという見方もある。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏は、その力を「14年の内閣人事局新設で霞が関の幹部人事を握り、自民党内でも副大臣以下のポストを左右できる」とみる。
森田氏は「政権を守りたい一心だろうが、権力者が道理をかなぐり捨てて、個人批判を始め、国民に説明する誠実さを失ったら、終わりだ」と警告した。
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