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徽宗皇帝のブログ

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業家の兄弟

第八章 裁判

 翌日、濫三郎殺しの「犯人」、乱の裁判が行われた。
 一日も仕事を休めない貧しい人々を除き、町の大人のほとんどは裁判を傍聴しに来ていた。近くの町の人間までも来ていたが、大半の人々にとって裁判の内容は不満なものだった。彼らの期待していたような、親と子が一人の女を奪い合って、子が親を殺したという話にはならなかったからである。検察側は、殺人の動機の一つにそれも挙げていたが、主な動機は、ただ、目の前のわずかな(金持ちにとってはだが)金銭の強奪であり、被告の粗暴で短気な性格、目先の事しか考えない無思慮による、激情からの犯罪だと決め付けていたのである。それも当然であり、しばらく我慢すれば、親の遺産はすべて乱の物になるはずだのに、わずか200円のためにそれを失うのは無思慮以外の何物でもないだろう。
 検察の弁論を、被告席の乱は薄笑いを浮かべて聞いていたが、時々は真面目な表情になり、物思いに耽っているようであった。検察官が、盗まれた金の50円の差について言及した時だけ、はっとしたような顔で真剣になったが、それについての弁明はやはり拒否し、裁判長にはあまり好印象は与えなかったようである。
 検察官が、証人として次男の論を呼んだ。
 論は法廷の後ろの扉から入ってきたが、体が何だか揺れているような妙な歩き方だった。重そうな黒い外套を着ていて、それにはまだ外の雪がついているところを見ると、法廷の建物に到着してそれほどたっていないことがわかる。
 論は、弁護席に立つと、法廷内を見回したが、無関心な表情である。兄の乱を見ても、特に表情の変化は無い。乱に近い席にいて気遣わしげな表情をしている憐には、ほとんど目も止めなかった。
 所定の手続きを経て、弁護側の質問、検察側の質問に淡々と答えていき、当日は論も憐も屋敷にはおらず、事件については知るところが無い、という所で、彼の証言は終わりのはずだった。
「以上です」
 検察官の言葉で、論は証人台から降りようとしたが、そこで足を止めた。
「そうじゃない」
 彼は小さく呟いた。
「どうしましたか?」
 裁判長が聞いた。
「茶番ですよ。これは」
「どういうことです?」
「あいつがやったんだ」
「あいつとは?」
「あの犬ですよ」
「それはどういう意味です。ちゃんと話してください。さもないと、法廷侮辱罪になりますよ」
「あの犬。……そうじゃない。犬は俺だ。俺がやったんです」
法廷は大きくざわめいた。事件にはまったく無関係と思われていた次男が、自ら真犯人の名乗りを上げたのである。
その後の論の話は、まったく要領を得なかった。あくまでも論は自分が犯人だと言うのだが、彼にははっきりしたアリバイがあり、彼が犯人ではありえないことは確かだったのである。彼が病気で意識朦朧とした状態であることは明白であり、兄を思う気持ちのあまり、頭がおかしくなってそんな証言をしたのだ、と検察官も弁護人も裁判長も判断した。
論は廷吏に体を抱えられて退出し、裁判は続けられたが、この一幕は、乱の求刑に微妙な影響を与えた。つまり、乱が犯人であることはほぼ確かだが、あるいは冤罪の可能性もある、という心証を人々に与えたのである。
乱は、懲役20年の判決を受けた。
論はそのまま病院に担ぎ込まれ、精神の異常と診断されて、もっと大きな町にある精神病院(当時は、癲狂院と言ったが)に収容された。

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