4月にスタートしたドラマの視聴率は軒並み低調、平日深夜の報道情報番組「ユアタイム~あなたの時間~」も直前の“降板騒動”の影響か、視聴率は低迷している。いずれもフジテレビの話だ。


「なぜこのような事態に陥ったのか」を歴史や社風などから丁寧に分析したのが、『フジテレビはなぜ凋落したのか』(新潮新書)だ。著者の吉野氏は、報道部の記者や情報番組のプロデューサーを務めた同社の元社員。その吉野氏にあらためてフジテレビ凋落の原因を訊いてみた。


「なかなかその理由をひとつに絞るのは難しいのですが」と前置きしつつ、吉野氏はフジテレビと世間に生じた“ズレ”を指摘する。


「ひとつは時代感覚のズレ。いまだ視聴率三冠王を連発していた“栄光の1980年代”を引きずっている社員も多い。視聴率三冠王を連発していた1980年代、フジテレビは“庶民的な”テレビ局でした。



報道部の記者や情報番組のプロデューサーを務めた吉野氏


 当時ヒットしたフジテレビの番組に共通する特徴は、反権威主義でリアルを追求するところ。例えば『オレたちひょうきん族』は、台本通りで進行するそれまでのバラエティー番組とは一線を画していました。番組スタッフや舞台裏のゴタゴタが映り込むのもお構いなし。ビートたけしさんは『ブス』『ババア』など乱暴な言葉を使ったり、アドリブでロケを休んだことさえ笑いに変えたりして、テレビの権威や建前の世界を“ぶち壊し”、本音を露呈させる新たな笑いに挑戦していました。


 この80年代前半は、TBSの『3年B組金八先生』や『積み木くずし―親と子の200日戦争―』がヒットしていたことからもわかるように、校内暴力が社会問題となっていた時代です。個性化が進む若者たちは、権威主義的に教員や親から一つの考え方を押し付けられることに対して鬱屈した感情を溜め込でいたのでしょう。



『フジテレビはなぜ凋落したのか』(新潮新書)


 フジテレビがバラエティー番組などで権威を“ぶち壊し”定型的な常識や社会規範を相対化させて見せる時、若い視聴者が共感を示したのはこのような社会状況があったからにほかなりません。


 あの頃は、日本社会がフジテレビを欲していたと言えるのではないでしょうか。


 問題は、フジテレビがこの時代の視聴者との蜜月関係をいつまでたっても忘れることができない点でしょう。言い換えれば、80年代に過剰適応してしまったことのツケが回ってきているのです」


 さらに「社風」の問題もあると語る。


「フジテレビの社風は仲間意識が強いことで、それ自体は悪いことではありません。


 そして、80年代は仲間意識を強く押し出し、“内輪のバカ騒ぎ”のような番組を作っても、視聴者の感性との『ズレ』がなかったため高視聴率がついてきたのです。


 視聴者の好き嫌いや生理的感覚を考慮しなくても、『制作者側の感性』で伸び伸びと番組をつくればそれでよかった。むしろ、それが“勝利の方程式”だったのです。


 しかし、何もかも上手くいきすぎたことが今はアダとなっています。全盛期の成功体験はフジテレビ社員の血となり肉となって身体の中にとどまり、『制作者側の感性』で番組を作り続けましたが、やがて社員の時代感覚は世間とズレ始めました。それなのに、その『ズレ』を修正する番組制作の方法論をフジテレビは見いだせないままなのです」


 その“ズレ”が決定的になったのは、1997年に社屋を新宿の河田町からお台場に移転したことだという。
「それまでフジテレビの強みだった庶民感覚や仲間意識が失われたのが、お台場への社屋移転です。


 日本を代表する建築家・丹下健三設計、総工費1350億円の新社屋で働いているうちに、徐々に社員の意識が変わってきてしまった。“俺たちは、業界のリーディング・カンパニーに勤める一流社員だぞ”というような。恥ずかしながら、これは私自身の当時の実感でもあります。どうしても意識は環境に左右されます。そんな人間が作る番組が、世間の生活感覚から乖離するのは時間の問題でした」


 さらに追い討ちをかけたのが、2011年8月に起きた「韓流びいき批判」デモだという。


「これは全くの見当違いで、フジテレビとしてはとばっちりもいいところ。韓流コンテンツは当時比較的安く購入できるうえに視聴率もよく、コストパフォーマンスが高い。決してフジテレビが反日なのではなく、単純な経済原理に従っただけ。


 全くの誤解だったわけですが、フジテレビに対する不満や鬱屈がこれを機に爆発してしまったように思います。デモの数カ月前に東日本大震災が発生しているのも偶然ではないでしょう。フジテレビが叩かれたのは、震災の影響で社会の雰囲気がシビアになる中、相変わらず仲間内で楽しそうにはしゃぐ“一流社員たち”に対する苛立ちや鬱憤もあったはずです。


 ところが、フジテレビはこうしたバッシングへの対応を誤ったと思います。それを警告と捉え、叩かれる理由を徹底的に分析し、その結果を社内で共有して対処していれば、もしかしたら“復活”のきっかけとなったかもしれません。フジテレビは自らを省みるチャンスを逸したのです」


 そう吉野氏が語るように、2011年以降、フジテレビは各時間帯の年間視聴率でトップを獲得していない。さらにテレビ朝日やTBSの後塵を拝し、民放第4位に転落することも。はたしてフジテレビは、吉野氏が指摘するような“ズレ”を埋め、再び業界のトップに返り咲く日は来るのだろうか――。


デイリー新潮編集部