最後に、第三の課題です。すなわち、私たちは、今後10年間に国際問題全般のさらなる悪化に直面しうる脅威にさらされている、という点です。結局、国内で未解決の社会経済問題が増加すると、すべての責任を負わせる誰かを探し出し、国民の苛立ちや不満をそらそうとしがちです。すでにこうした動きは見られます。対外政策におけるプロパガンダ的なレトリックの度合いが高まっていることが、感じられるのです。実際の行動が一層攻撃的な性質を帯びてくる可能性もありえます。聞き分けがよく御しやすい衛星国の役割を良しとしない国々への圧力や、貿易障壁や不法制裁、金融・技術・情報分野の制限などのことです。
ルール無用のこうしたゲームは、一方的に軍事力が使われるリスクを著しく高めます。何らかの口実を設けて武力が用いられてしまう危険性があるのです。これはまた、新たな『ホット・スポット』が地球上に出現する可能性を倍増させます。私たちはこうしたことすべてを憂慮せざるを得ません。
親愛なるフォーラム参加者の皆さん、くい違いや課題のもつれにもかかわらず、私たちは未来への前向きな見通しを失わず、建設的アジェンダへのコミットを続けていかなければなりません。もしこれまでに挙げた問題の解決策として、普遍的かつ奇跡的処方箋を提案したとしたら、あまりにも無邪気というものでしょう。私たちに間違いなく必要なのは、共通のアプローチを模索し、それぞれの立場を可能な限り近づけ、世界的な緊張を生み出す原を特定することなのです。
世界成長が不安定である根本的原因の多くは、積もり積もった社会経済問題にあるという持論を、改めて強調したいと思います。したがって、今日の主要課題は、パンデミックの影響により打撃を受けた世界経済、各国経済をただ単に迅速に回復させるだけでなく、回復が長期的に持続し、質的にも優れた構造を有し、社会的不均衡という重荷を克服するものであるためには、どのように行動計画を構築していくべきか、という点にあります。前述の制限やマクロ経済政策を考慮すれば、今後の経済の発展は財政インセンティブに基づくところが大きく、主たる役割を担うのが国家予算と中央銀行となることは明らかです。
実際、この傾向は先進国と一部発展途上国におい&すでに見受けられます。一国レベルの社会経済領域で国家の役割が増大するということは、当然グローバルな議題の問題においても、より大きな責任と国家間の緊密な相互活動が求められることを意味します。さまざまな国際フォーラムで絶えず聞こえてくるのは、包括的成長とすべての人が尊厳ある生活を送るための条件作りを求める声です。これはあるべき姿であり、私たちの共同作業はこうした方向性で検討されるべきなのです。
世界が100万人、いや『黄金の10億人』だけに利益をもたらす経済を構築し続けることができないのは、あきらかです。こうした姿勢はただ破壊的なだけですし、このようなモデルでは持続性を欠くに決まっています。移民危機等の最近の出来事では、この点が再確認されました。
今大切なのは、一般的な事実確認から実行へと移行することです。一国内の社会的不平等を是正するとともに、国家間・地域間の経済発展格差を漸進的に削減していくために、努力とリソースとを費やしていかなければなりません。そうすれば、移民危機といった問題も起きなくなるはずです。
持続可能で調和のとれた発展を保障するこの政策が意味し、力点を置くところはあきらかです。それは、すべての人のために新たな機会を生み出し、生まれた場所や住んでいる場所にかかわらず、人々がその可能性を拓き実現できる条件を作り出すことにあるのです。
ここで、4つの重要な優先事項を指摘したいと思います。どうしてこれらを優先事項としたのか、何も目新しいことは言えないかしれませんが、クラウスがロシアの立場、私自身の立場を述べる機会を与えてくれたので、是非お話ししたいと思います。
第一に、人間には快適な生活環境が必要だという点です。それは、住居であり、輸送・光熱エネルギー・公共サービスといったインフラストラクチャーへのアクセスです。良好な環境も決して忘れてはなりません。
第二に、人にはこの先も仕事があるという確信が必要です。仕事をすることで持続的に上昇する収入を得、それによって尊厳ある生活を送ることができると、確信を持てなければならないのです。また、生涯を通じて効果的な教育システムを享受できなければなりません。これは今や絶対に不可欠で、人が成長してキャリアを築き、リタイア後には十分な年金と社保障を受けることを可能にします。
第三に、人は必要なときには高品質で効果的な医療支援を受けられるという確信を持てなければなりません。また、どのような場合でも、先進的サービスへのアクセスが保健システムによって保障されていることを確信できることが必要です。
第四は、家庭の所得にかかわらず、子供は十分な教育を受け、可能性を実現する機会を与えられなければなりません。可能性はあらゆる子供にあるのです。
これが、現代経済がより効果的に発展していくことを約束する唯一の方法です。ここで述べる経済とは、人を手段ではなく目的として見る経済を意味しています。前述の4つの分野で前進することができた国だけが、(いや、私は主な事項述べたに過ぎず、この4つに限定されるわけではないので、むしろ)『少なくとも』前述の4つの分野で前進することができた国だけが持続可能で包括的な発展を遂げることができるのです。わが国ロシアが実施している戦略の基礎にあるのは、まさにこうしたアプローチです。ロシアでは、まず人間や家族に関わることを優先し、人口動態の改善や国民の保護、人々の生活向上と健康維持を目指しています。また、効果的で優れた活動や意欲ある起業家を後押しする条件作りや、限られた一部の企業グループではなく国全体の未来のハイテク構造の基盤となるようなデジタル変革に取り組んでいます。
この課題に向けて、国家、ビジネス、市民社会が集中して力を注ぎ、関連インセンティブの予算を盛り込んだ政策を今後数年間に.施していく予定です。
国の発展目標達成に取り組みつつも、ロシアは国際社会と幅広く協力していくことにオープンです。グローバルな社会経済上の課題について協力し合うことによって、国際関係の雰囲気全体に良い影響が及ぶと信じています。また、喫緊の重大な問題を解決する際に相互依存することは、互いの信頼を高めることにつながります。これは今、非常に大切で急を要する事柄です。
中央集権的な一極集中の世界秩序の構築を試みる時代が終わったことは、あきらかです。実際のところ、そんな時代は始まってもいなかったのです。ただ試みがなされていただけで、それももう過去のことです。人類の文明は、文化的、歴史的な多様性を有しています。独占は、その多様性に本質的に盾するものです。
現実には、独自のモデル、政治システム、社会機構を備えた、それぞれまったく異なるいくつかの発展の中心が世界で形成され、名乗りを上げている状況です。発展の極が多様であるということやその間で当然の競争が行われるということを、無政府状態や長期的紛争へとつなげないためには、それぞれの極の利益を調整するためのメカニズムを構築することがきわめて重要です。
そのためには、とりわけ、世界の安定・安全保障や世界経済・貿易における行動ルール作りについて特別の責任を負う、普遍的機関の強化・推進に取り組む必要があります。すでに何度も述べたように、今日、これらの機関にとってきびしい時代を迎えています。これについては、さまざまな首脳会議で言及してきました。もちろん、こうした機関が創設されたのが、今とは違う時代であったことはわかっています。ですから、これらの機関が今日の課題に答えるのは、客観的に見て、難しいかもしれません。しかし強調したいのは、だからと言って、代わりになるものを示すこともなく、こうした機関を拒絶する理由にはならないという点です。ましてや、こうした機構には作業を通して得たユニークな経験と(多くは実現されることのなかった)大きなポテンシャルとがあるのです。これらを今日の現実に注意深く適応させなければなりません。歴史のごみ箱に捨ててしまうのは、時期尚早です。これを利用し、作業しなければならないのです、
と同時に、一方では、相互協力のための新たな追加的フォーマットを利用すること重要です。ここで言及しているのは、多国間主義という現象についてです。もちろん、多国間主義は、様々な形で、自分なりに解釈することが可能な概念です。他国が首を縦に振って賛成するしかない状況で自国の利益を推し進め、自国の一方的な行動をさも正当性があるかのようにふるまうことだと解釈するのがひとつです。一方で、具体的問題の解決に際し、複数の主権国家が力をひとつにして共通の利益をもたらすことだと解釈することもできるのです。このケースでは、地域紛争の解決や技術同盟の創設、国境を越えた輸送・エネルギー回廊の形成等、さまざまな分野での活動が関係してきます。
尊敬する友人、紳士淑女の皆さん、
共に取り組むべき広汎な領域があることは、ご理解いただていると思います。こうした多国間主義のアプローチが実際に機能していることは、実践によって証明されています。たとえば、ロシア、イラン、トルコはアスタナ・フォーマットの枠組においてシリア情勢安定化のために多くのことを行ってきました。今は、シリア国内における政治対話の確立に向け、もちろん他の国々と共に、支援を行っています。私たちは、こうしたことを共に行っているのです。全体としてなかなかうまくいっていることを、強調しておきたいと思います。
我が国はまた、ロシアにとって近い国であり人々であるアゼルバイジャンとアルメニアが関与したナゴルノ・カラバフ地域での武力紛争において、その停止にむけ積極的に調停の努力を行ってきました。その際にロシアが拠り所としたのは、欧州安全保障条約機構ミンスクグループ(とくに共同議長国であるロシア、米国、フランス)が達成した主要合意事項です。これもまた、協力の好事例だと思います。
ご存知のように、11月にはロシア、アゼルバイジャン、アルメニアによる3カ国共同声明に署名がされました。ここで重要なのは、概ねその内容が着実に履行されているという点です。流血を止められたこと、これが一番重要な点です。流血を止め、完全停戦を達成し、安定化に向けたプロセスに着手することができたのです。
今、国際社会、そして危機の解決に関与している国々が直面している課題は、被害を受けた地域における人道的問題の解決のための支援です。人道的問題には、難民の帰還や破壊されたインフラの復旧、歴史・宗教・化的記念碑の保護と再建とが関わってきます。
さらに別の例として、世界のエネルギー市場の安定のために、ロシア、サウジアラビア、米国、その他の国々が果たした役割について述べたいと思います。このフォーマットは、グローバルプロセスについての多様な(時としてまったく対極する)考え方や世界観を持つ国々が協同作業を行っていく上での、効果的な例となりました。
一方、当然のことながら、あらゆる国に例外なく関わってくる問題もあります。例えば、新型コロナウィルスの研究と対策での協力です。最近になって、この危険な病気にいくつかの変異種が出現しました。例えば、新型コロナウィルスの変異はなぜ、いかにして起きるのか、各変異株の違いは何なのか、こういった問に学者、社会学者が協力して取り組んでいくことができるよう、国際社会は件を整えていく必要があります。そしてもちろん、国連事務総長や先頃行われたG20サミットが要請したように、世界中が足並みを揃えて力を結集していかなければなりません。新型コロナウィルス感染拡大を阻止し、今不可欠とされるワクチンをより多くの人が接種できるように、世界中がひとつとなって力を合わせていくことが必要なのです。アフリカ諸国等、支援を必要としている国々には、援助を行わなければなりません。検査数を増やし、ワクチン接種を実施するということです。今日、ワクチンの集団接種が可能となるのは、まず先進国の国民です。一方で、同じ地球上の何億という人々は、こうした保護を希望することすらできないのです。こうした不平等は、現実においても万人に対する共通の脅威となる可能性があります。なぜなら、周知のように、流行を長引かせ、制御不能な感染源を温存することにつながるからです。感染症に国境はないのです。
感染症やパンデミックには、国境はありません。ですから、私たちに必要なのは、現状から教訓を学び、世界中で発生している同様の感染症、状況を監視するモニター・システムの有効性を高める措置を提案することです。
もうひとつ、国際社会全体が各国の努力をコーディネートしつつ取り組んでいかなければならない分野として、地球の気候・自然の保全があります。これについても、目新しい何かを述べることはしません。
私たちが共に手を携えて初めて、地球温暖化や森林資:の減少、生物多様性の損失、廃棄物の増加、海洋のプラスチック汚染といった深刻な問題の解消に取り組み、経済の発展と今日そして未来の世代のための環境保全との最適バランスを見出すことができるのです。
尊敬するフォーラム参加者の皆さん、そして親愛なる友人のみなさん!
世界の歴史を見ても、国家間の競争、競合が止むことはありませんでした。それは今なお止まず、これからも決して止むことはないでしょう。また、人類文明のような複雑な有機的組織において、意見の相違や利益の衝突は、実際のところ、当然のものなのです。ターニングポイントとなる時には、こうしたことは妨げにはならず、逆に、運命を左右するような重要な場面で力を結集する契機となってきました。今こ、まさにその時なのです。
非常に大事なのは、状況を正直に評価し、人為的ではない現実の国際問題に集中し、国際社会全体にとってきわめて重要な問題である不均衡の排除に専心することです。そうすれば、私たちは成功を収め、今後10年間、さまざまな挑戦を受けても適切に対応していくことができるでしょう。
これにてスピーチを終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。
K.シュワブ:大統領、ありがとうございました。
大統領が言及された問題の多くは、『ダボス・ウィーク』で討議される予定です。私たちはプレゼンテーションのほかにターゲット・グループも組織していますので、発展途上国を置き去りにしないことや、これからの世代のためのスキルや能力の開発についても話し合っていきます。
大統領、この後討議に移っていくわけですが、その前にひとつ、短い質問があります。14ヶ月前にサンクトペテルブルクでお会いしたときにも話し合った問題なのですが、大統領はこれからのロシアとヨーロッパとの関係をどのように見ていらっしゃいますか。
プーチン大統領:ロシアとヨーロッパには、絶対的根幹となる性質を有するものがあります。すなわち、共通の文化です。先頃、ヨーロッパの主要政治家が「ロシアはヨーロッパの一部だ」と指摘して、両者の関係を推進していく必要性について述べたことがありました。(非常に重要なことですが、言葉の文化的意味においては)地理的にも、実際のところ、ロシアとヨーロッパとはひとつの文明なのです。フランス首脳は、リスボンからウラルまで、統一的な空間を作る必要があると述べましたが、私としては「なぜウラルまで?ウラジオストクまでではないのか?」と思いますし、実際そう言ってもきました。
ヨーロッパの傑出した政治家であるヘルムート・コール元首相の立場を、私は個人的に聞いたことがあります。彼は、「ヨーロッパの文化が今後も生き残り、世界文明が抱える問題や発展の傾向をふまえた上で、世界文明の中心のひとつであり続けることを望むのであれば、西ヨーロッパとロシアとは一つにならなければならない。」と語ったのです。これに異議を唱えるのは困難というものです。ロシアの視点、立場もまさしくこれ(同じなのです。
あきらかに、今日の状況は正常ではありません。私たちは前向きなアジェンダに戻らなければならないのです。これは、ロシアにとって、またヨーロッパの国々にとっても利益になると信じています。パンデミックもまた、マイナスの役割を果たしたことはあきらかです。ロシアでは、主要貿易相手国であるEUとの貿易高が減少しました。私たちの課題は、上向きの動向に戻ること、そして経済貿易での相互活動を強化していくことにあるのです。
ロシアとヨーロッパとは、経済や科学技術開発の点でも、またロシアの国土がヨーロッパ全体を合わせたよりもわずかに大きいということをふまえると、ヨーロッパ文化の空間的拡大という点でも、絶対的当然のパートナーと言えるのです。ロシアの資源、人的ポテンシャルは莫大です。今この場で、ロシアに利益をもたらすヨーロッパの利点をひとつひとつ挙げることは、あえてしないでおきましょう。
今、大切なのはただ一つ、互いに誠実に対話に向き合うということです。過去の『○○恐怖症』から解放され、数世紀も前から受け継がれた問題を内政過程で利用するような真似は止めて、未来を見据えなければなりません。私たちが過去の問題を乗り越え、恐怖症から解き放たれるならば、ロシアとヨーロッパの関係は前向きな段階へと踏み出すことでしょう。
その準備はできています。それこそが私たちの望むところですし、その実現に向け私たちは努力しているのです。しかし、愛は片方の告白だけでは成立しません。愛とは相:に交わすものなのです。
K.シュワブ:大統領、どうもありがとうございました。
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