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徽宗皇帝のブログ

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マスコミという腐ったドブの中で生きること
小田嶋隆(いつも「小田嶋師」と書いているが、下に引用する「アンチ陰謀論」姿勢については、「師」とは言わない。ここでは明らかに間違った姿勢を取っているからだ。)による「陰謀論」についての評論、あるいはエッセイだが、マスコミで生きている人間の限界、あるいは悲哀を示していると同時に、「腐った素材で一流の料理を作る」表現力が素晴らしい。
言うまでもなく、マスコミが「陰謀論」と一言で片づけている世界は、「真実の暴露」をかなりな割合で持っているのであり、それは(真実を隠している)マスコミ否定の言説になるしかないのである。その「陰謀論」の中にネトウヨ的「インフルエンサー」を入れ、しかもそれが陰謀論の中心的存在であるかのように描くのは、それ自体が「マスコミ防衛」のための下っ端兵士的活動なのである。


(以下引用)


 トランプアイコンの人間がいかにもどうかしているのは、文字を読むまでもなくはっきりしているのだが、それとは別に、比較的真摯な文体でおかしな見立てを伝えてくる日本人の数も、この一週間でめっきり増えた。


 彼らは、CNNやAP通信をフェイクメディアと呼ぶ一方で、ニューヨーク・ポストやワシントン・タイムズのソースにリンクを張った文言を伝えてくる。
 「この記事を読みましたか?」
 と。
 で、読みに行ってみてびっくりするわけなのだが、ワシントン・タイムズ(統一教会系)とニューヨーク・ポスト(トランプ支持)のセットと、ワシントン・ポストならびにニューヨーク・タイムズの紙面は、びっくりするほど正反対の主張(時には「ファクト」も)を展開している。


 いったい何が起こっているのだろうか。


 いったいいつの間に、アメリカのメディアは、これほどまでに相容れない「事実」を伝えるようになってしまったのだろうか。
 ともあれ、共和党と民主党の間での分断が進行し、それ以外にも、白人/非白人、富裕層/貧困層、都市/郊外、北部/南部などなど、様々な座標軸で相容れない主張が繰り返されているアメリカでは、メディア自体が2つの陣営に分断しているようなのだ。
 であるから、自国から一歩も外に出たことのないわたくしども日本のツイッター愛好者であっても、ちょっとした検索のウデと翻訳ソフトを持っていれば、親トランプ/反トランプの双方のファクトやニュースや記事や論説を、自在に収集できる。
 つまり、われわれが日々触れているインターネット上の情報ソースは陰謀論のインキュベーター(孵化器)そのものだということになる。


 ネットが玉石混交であることはいまにはじまったことではない。デマや陰謀論が掲示板やまとめサイトのページビュー稼ぎのネタである事情も、はるか昔からのインターネットの基本仕様ではある。


 しかし、個人的な体感として、ここへきての(つまり、大統領選の結果と世界同時多発のコロナ禍を受けての)陰謀論の蔓延ぶりは、これまでとは次元が違うと思う。
 まず、第1点として挙げられるのは、陰謀論にハマる人間の単純な数が、明らかに増加していることだ。
 第2点として、陰謀論を語る人々の真剣味の度合いが上がってもいる。
 さらに言えば、ここが大切なところだと思うのだが、3つ目のポイントとして、ネット上でそれなりに知名度と影響力を持った「インフルエンサー」と呼ばれる立場の人々の中に、あからさまな陰謀論を振り回す人間が目立つようになってきている点が見逃せない。


 インフルエンサーの影響力は、年々増大しつつある。
 たとえば、芸能人やお笑い芸人は、単純にフォロワー数が圧倒的に多いツイッターアカウントとして影響力を発揮している。
 彼らがカジュアルにつぶやくスピリチュアル寄りの言葉や、偏見混じりの断言は、時にとんでもない追随者を集めることになる。


 より深刻なのは、思想的な偏向を隠さないインフルエンサーのカルト的な影響力だ。
 表向きの肩書きの上では、美容整形外科医院の院長だったり、エンターテインメント小説の書き手だったり、あるいは政令指定都市の市長だったりするその人たちは、最近、単に意見表明をするだけのポジションには飽きたらなくなったのか、地方自治体の首長をリコールする運動を主導するという、具体的な行動を起こすようになっている。そして、その運動は、当然のことながら、単なるネット言論上の小爆発とは別の、物理的な脅迫をもたらしている。
 その彼らの具体的な運動がどんなふうに展開され、どういう結果を招いているのかについては、もう少し事態がはっきりした段階で、あらためてテキスト化することになるかもしれない。


 この原稿の中で私がとりあえず強調しておきたいのは、どんな立場のインフルエンサーであれ、一定の水準に達したインフルエンサーは、必ず無敵化するということだ。
 それほどSNSの影響力は、バカにならない。
 一度影響力を持ってしまった人間の力は、多少の失敗があってもほとんどまったく失われない。なんとなれば、影響力のネタ元は影響力だからだ。
 この無限ループのクローズドサーキットはオンラインサロンとしてマネタイズの回路にもなれば、マルチまがい商法の新たなチャンネルとして映画のチケットを螺旋上昇させていたりもする。


 背景にはメディア不信がある。
 メディア不信は、ネット依存をもたらす。
 というよりも、もともとは、マスメディアの凋落が陰謀論の蔓延の一因であったわけなのだが、やっかいなことに、陰謀論はメディア不信を補強するのだ。
 陰謀論の信者は、マスメディアを敵視する。
 というのも、陰謀論を背後から支えるひとつの核心は、「大衆はメディアによって洗脳されている」というドグマだからだ。
 そのドグマが、陰謀論者に脱大衆の選民意識を与え、さらなるメディア不信を植え付け、そのメディア不信が、陰謀論からの脱却を妨げる。実にうまくできた回路ではないか。


 そんなこんなで、21世紀のインターネット周辺民は、マスメディア発の情報をうっかり鵜呑みにしない。
 このことは、一見、メディア・リテラシーの向上の結果であるようにも見える。なんとなれば、20世紀の人間は、メディアの情報を鵜呑みにすることで、何回か痛い目を見たり、ひどい状況に陥ったりしたものだからだ。
 ただ、21世紀のネット民は、画一的なマスメディアの情報を鵜呑みにしなくなった代わりに、ネット上に転がっているデマやらフェイクやらをカジュアルに鵜呑みにする、よりチョロい民衆に成り果てている。


 告白すれば、私自身、時に応じて、鵜呑みをやらかしている。
 というよりも、これほどまでに情報が錯綜している世界では、よほどの知的優越者でない限り、最初の段階で何らかの「鵜呑み」をしてからでないと、その先の「リテラシー」には到達できないものなのだ。
 実際、何の予断も含まないまっさらなところから考えはじめて、ひとつずつ情報を収集し、それらを精査し、点検し、比較考量し、さらに、整理した情報を総合する見地から仮説を組み立てつつひと通りの分析結果をまとめ上げるなどという七面倒くさい作業は、普通の人間にはまず不可能だ。


 私自身、多くの分野に関して、直感的なお気に入りの結論からさかのぼって説明を組み立てる形でものを考えているし、そうでない場合でも、自分が信頼している専門家の説明をそのまま鵜呑みにする形で他人に受け売りをしている。
 私が、自分の眼力で情報収集をして、それらを論理的かつ総合的にチェックしつつ結論を導き出すみたいな真摯な態度で立論できているのは浦和レッズのチーム構成ならびに戦術についてくらいなものだ。


 鵜呑みそのものがいけないと言っているのではない。
 どうせわれわれはほとんどまったく鵜呑み以上のことはできない。
 私が懸念しているのは、その「鵜呑み」のネタ元が劣化しているのではなかろうかというそのことだ。
 ありていに言えば、20世紀の庶民が鵜呑みにしていたのは、新聞記事でありテレビのニュースであり、雑誌に寄稿する文化人や小説家であった。
 であるからして、20世紀の一般人の世界把握のありようはびっくりするほどカタにハマっていた。そのことを否定するつもりはない。


 当然、鵜呑みが鵜呑みである限りにおいて、その時代の鵜呑みにも弊害やら愚かさやらは山ほどあったわけで、われわれはおしなべて、どうにも凡庸な取るに足らない人間たちであった。
 だからこそ、マスメディアは「マスゴミ」と呼ばれて嘲笑される存在に身を落としたわけだし、マスメディアのチャンネルを通じて自分たちの言論を独占的に配信していた専門のインテリの皆さんは、盛大に嫌われて現在に至っている。それは仕方のないなりゆきでもあれば、当然の報いでもある。


 ただ、そのマスメディアの代わりに代置されたのが「SNS」で、筋目のインテリの先生方の代わりに発言力を獲得したのが「インフルエンサー」だということになると、鵜呑みのネタ元としては結局のところ格落ちだと思う。
 というのも、インターネット経由で配達されてくる食材は、気取ったレストランで供される型にハマったメニューとは違って、結局のところ、食べ手の偏食に媚びた不健康なレシピに落着しがちだと思うからだ。


 たとえば、吉本隆明や司馬遼太郎や三島由紀夫や湯川秀樹といった、20世紀の「有識者」たちと、この20年ほどの間にあまたあらわれている21世紀の「インフルエンサー」たちを見比べてみれば、いずれが信ずるに足る人々であるのかは、おのずからはっきりしている。


 結論を述べる。


 どう頑張ったところで鵜呑み以外に情報摂取の方法を身につけることができないわれら一般人は、とりあえず、マスメディア発の情報を鵜呑みにするところから出発して、それを順次修正しながら世界を把握するのが、最も安全なのではあるまいかというのが、今回の結論だ。


 わたくしども21世紀のツイッターランドで暮らすパンピーは、世界一の権力者であるアメリカの現職大統領が、子供にもわかるような恥知らずなウソを大文字でタイプし、ベストセラー作家がウソを毎日のように発信する世界の中で、正気を保ち続けなければならない。


 これは、口で言うほど簡単なことではない。


 いったいどんな学校でひねくれた魂を磨けば、大統領を疑い、市長を嘲笑するリテラシーを身につけられるというのだろうか。


 マスメディアを疑うのは、マスメディアを鵜呑みにするのと同じく、わりと簡単なことだ。


 一方、インターネット上で見つけたライフハックを疑うのは、とてもむずかしい。


 なぜなら、ライフハックは、自分そのものだからだ。


(文・イラスト/小田嶋 隆)

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