メタンハイドレートやレアアース泥など、日本近海に眠る海洋資源が注目を集めています。
その開発に成功すれば、日本は「海洋資源大国」になれるとの期待も膨らんでいます。
石井 私に言わせれば、海洋資源大国はまったくの幻想です。
あるいは、政治家、官僚、企業、学者が一体となって作り上げた「神話」と言ってもいい。
なぜなら、いわゆる海洋資源は本物の「資源」ではないからです。
日本の周辺海域にメタンハイドレートやレアアース泥が大量に存在するのは事実です。
しかし、人間が有効に利用できなければ本物の資源とは呼べない。
そこにあるだけなら単なる「物質」に過ぎません。
の3つです。
海洋資源はこれらの条件を満たしていないと。
石井 決定的に重要なのは「濃縮」です。再生可能な資源を除けば、あらゆる資源は
地球が気の遠くなるような年月をかけて濃縮した自然の恵みです。
人間はその中から濃度の濃いもの、つまり質の高いものを選んで利用しています。
要するに、資源は「量」ではなく「質」がすべてなのです。
メタンハイドレートは、メタンガスと水が結びついたシャーベット状の結晶です。
水深500~1千メートルの海底斜面や、シベリアの永久凍土の地下にあることが何十年も前から知られていました。
しかし、低温・高圧という限られた条件下でしか存在できず、それが広大な海域に広く薄く、ばらばらに分散しているのが実態です。資源としての質は低い。
マスコミは「日本近海だけで国内の天然ガス消費量の100年分が埋蔵されている」などと期待を煽っていますが、資源の質を無視した空論です。
政府は4月に閣議決定した「海洋基本計画」で、官民一体で技術開発を進め、2023年度以降の商業化を目指すと宣言しています。
石井 どんなに技術が進んでも、元々の資源の質を上げることは不可能です。
例えば在来型の海洋ガス田なら、井戸を掘るとガスが勢いよく自噴します。
ところが、メタンハイドレートは固体なので、井戸を掘るだけではガスは出て来ません。
井戸からポンプで水を抜き、地層の圧力を下げるとともに、熱をかけてメタンを気化させなければならないのです。
それでも、取り出せるガスは井戸の周囲の限られた量だけです。
大量生産するには膨大な数の井戸を掘り続けなければならない。
水深500~1千メートルの海洋上での話ですよ。
エネルギーの質を表す指標にEPR(エネルギー収支比)があります。生産されたエネルギー量と、それを得るために直接間接に投入されたエネルギー量の比のことで、値が大きいほどエネルギーの質が高い。
一方、EPRが1を割り込むと、出力エネルギーより投入エネルギーの方が大きいことになり、資源として成り立ちません。
現在、在来型の石油や天然ガスのEPRは10~30、非在来型のシェールガスは5程度といわれています。メタンハイドレートのEPRは不明ですが、濃縮されておらず、自噴もせず、大量のエネルギーを投入しなければ取り出せない。私はEPRは1を割り込むと見ています。
だからメタンハイドレートは資源ではないのです。
ーーレアアース泥や海底熱水鉱床などの金属資源はどうですか。
石井 本質はエネルギーと同じです。南鳥島沖のレアアース泥は“高濃度”だそうですが、含有率は1%に達しません。それが水深5千メートル以上の深海底に広く薄く堆積しており、やはり資源としての質は低い。商業化は夢のまた夢でしょう。
ーー政府主導の海洋資源開発には、資源工学などの専門家もお墨付きを与えています。
■魂を売った御用学者たち
石井 政治家は人々の歓心を買うために経済成長を公約します。アベノミクスが典型です。
経済成長を是が非でも実現するには、エネルギーや資源の大量投入が欠かせない。
だから海洋資源大国などという「神話」が必要なのでしょう。
官僚は予算と天下り先を拡大できるし、企業は公共事業を受注できる。学者は研究費を増やせる。
海洋資源開発は利権そのものであり、関係者にとってはいいことずくめ。しかし、壮大な浪費のツケを払わされるのは神話を吹き込まれた国民です。
私自身を含めて、学者は本来なら科学的に証明できる事実を語らなければなりません。
ところが、最近は御用学者ばかり増えている。その構図は、根拠なき「安全神話」で国民を欺き、福島原発事故を招いた「原子力ムラ」にそっくりです。
ーー御用学者の罪は大きいですね。
石井 現役の大学教授の後輩に聞くと、国立大学の独立行政法人化(2004年)が実施された頃から、その傾向が強まったといいます。
研究費を継続して確保しようと、官僚や企業に魂を売るうちに、学者としての本分を忘れてしまうのでしょう。
このままでは国の将来を誤ります。
もうこれ以上、国民に神話を吹き込み、子供たちに禍根を残すのはやめにしなければなりません。(インタビュアー 岩村宏水)
石井 吉徳氏(いしい よしのり)東京大学名誉教授地球物理学者
1955年東京大学理学部卒、帝国石油に入社。71年東大工学部に転じ、78年教授。
93年に退官し名誉教授。94年から98年まで国立環境研究所副所長、所長を務めた。
「地球は有限、資源は質がすべて」を信条に、低エネルギー社会への啓蒙活動を続けている。
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