まもなく4月。育児休業が明けて、保育所通いがスタート!という共働きの方や、望んでいた保育所には入れず、「どないせぇちゅうねん……」という方もいらっしゃるかもしれません。
以前も触れましたが、女性が出産しても仕事を続けることができれば、世帯収入は大幅に増え、結果としてそれは、男性にかかる経済的負担を軽減することにもつながります。
しかし、育児休業が終わったあとに、子どもの預け先が見つからないようでは、共働きは不可能です。「女性の活用を!」と言いながら、保育所は足りない。なぜなのでしょう?
私は今、大学にある保育所の運営にかかわっています(無給ですが)。その保育所には2人の子どもを連れて利用者として10年間通い、なおかつ卒園後を含めて、保育所を経営する側からも10年以上かかわってきました。ですので、利用者+経営者の立場から、大都市圏の待機児童問題について考えてみようと思います。
なぜ、大都市圏で保育所が不足するのか
経営に携わると、大都市圏で保育所が不足する理由は簡単にわかります。場所を食う割には儲からない、言い換えれば土地生産性が低すぎるのです。
そもそも保育所には、国の基準を満たす認可保育所と、その基準を満たさない認可外保育所(無認可と呼ばれることもあります)の2種類があります。認可保育所の場合、0歳児(≒育休明け)には1人当たり3.3平方メートル、子ども3人に1人の保育士が必要です。これを確保しようと思うと、10階建ての保育所ができるならともかく、民間企業が参入しようと思っても採算がとれません。
もちろん、参入してくる企業はあります。どうするかというと、基本的には人件費を削るケースが多く見られます。時給1000円ほどで保育士の資格を持たない人をたくさん雇うのですが、結果として、子どもを連れて行くと、担当の保育者が替わっていたとか、公設民営で年度が替わると別の業者になっていた、といったことが起きます。
「そんなら、補助金増やせよ」と思われるかもしれませんが、若者や子育て世代の投票率が高齢層に比べて著しく低いために、政治家は高齢者をより重視します。福祉の予算を高齢者から割いて、子育て関係に回すのは至難の業なのです。
私が保育所の運営にかかわるようになったのは、2002年ごろのこと。男女共同参画社会基本法との関係で、大学の取り組みの一環として保育所整備が認められ、大学の予算で2004年に新しい園舎ができました。
一方で私たちも、父母と保育士の代表が集まる運営委員会を中心にして、自分たちの保育を守るために、運営に参画することになりました。何よりも、民間の業者に丸ごと委託されるようなことになっては困ると心配したからです。
そこでNPO法人を立ち上げ、大学の建てた保育施設に「入居」するかたちをとり、東京都の認証保育所として、学外の利用者にも開かれた形で、運営をすることになりました。
認証保育所というのは、東京都独自の制度で、国の定める認可保育所の基準を満たさなくても、都の定めた基準を満たせば、認可外とは区別して補助金を出す仕組みです。特に大きいのは、園庭がなくても認められる点。東京で広い園庭(認可園では必須)を持つことは難しいために、ビルのワンフロアだけでも、補助金が出る仕組みにしたものです。めでたし、めでたし……、と言いたいところですが、問題はそれほど簡単ではありませんでした。
認証保育所でも、経営は厳しい
確かに認可外だった時代に比べると、補助金が増えて、経営状態はかなりよくなりました。収入は自治体からの補助金と利用者からの保育料がほぼ半分ずつという割合で、ちょうど収支がトントンといった感じです。しかし、現場の保育士さんたちの待遇は、公立の保育所に比べるとはるかに劣悪です。年収でいうと、半分から3分の1でしょうか。
子どもたちから大人気の男性の保育士さんに、飲み会の席で「この給料では、自分が子どもを持ったときに働き続けられるかどうか」と言われてしまうほどだったのです。この発言に腹をくくった私たちは、運営委員会として父母会を巻き込みながら、中堅の保育士さんに定着してもらうために、デフレのさなかに保育料値上げの提案をしました。
利用者なら誰だって、保育料は安いほうがいいでしょう。でも私たちは、手間暇をかける質の高い保育を守る以上、「値上げをしないのなら、あなたはどういう貢献をしてくれるのですか?」と問いかけました。
背景には、今よりもずっと経営が大変だった時代に、子どもも動員してキャンパスのミミズを大量に捕まえ、生物学の研究室に買い取ってもらったり、といった自助努力の歴史があったからです。保育士さんたちにも、ベースアップで受け取る数千円に、感謝と期待の想いを込めることができました。逆に言えば、市場原理で「よい保育」を確保するのは、たいへん難しいことなのです。
東京大学にはキャンパスがたくさんあるために、全部で保育所が7つあるのですが、(国の基準を満たす)認可保育所から、私たちのような(都の基準を満たす)認証保育所、さらには業者にすべて委託するタイプのところまで、形態はさまざまです。
土地生産性という意味から見ても、私たちの保育所の経営が成り立つのは、大学から家賃を優遇されているからです。これでもし、東大駒場キャンパスという、渋谷まで徒歩圏内の平屋の園舎に対する相場の家賃を払えば、あっというまに破産です。
要は、公有地や、鉄道会社が自社ビルを使って駅前保育所を作るといったケースでないかぎり、大都市部の保育所というのは、普通に考えると更地のまま駐車場にしたほうが儲かるような、粗利の少ない施設なのです。
横浜市が待機児童を解消したと話題になっていますが、あれは小規模な家庭的保育(いわゆる保育ママ)を、NPO法人などを含めて活用したのが大きな要因のひとつです。子育て経験者を利用して、少人数の家庭保育を行う仕組みで、確かにもっと普及してよい保育形態だと考えられます。ただ、多くの人が、施設型の保育を希望します。しかも専業主婦世帯でも潜在的な就労希望者がいるために、保育所は当面、作っても作っても、新しい需要を生み出すでしょう。
待機児童問題は、市場原理では「解決」しない
一方で、幼稚園は少子化に伴って閑古鳥が鳴く状態になりつつあります。私は大都市圏の公立の幼稚園というのは、もはや役目を終えて民業圧迫の域に達しているため、保育の機能も備えた「こども園」になるべきだと考えるのですが、なかなかそうもいかないようです。
3歳以上を対象とする幼稚園が、突然、0歳児を受け入れるといっても、スペース・技能とも大きな違いがあるのは事実です。もう20年以上言われていることですが、幼稚園が文科省、保育園が厚労省の管轄で、それを統合した「こども園」は、一向に整備が進みません。
周辺の小学校には、1学年に1クラスしかないところがけっこうあります。そういった公有地を使わないかぎり、保育所の経営を成り立たせることはかなり困難です。ただ、6年生がボールを蹴っている横で、1歳児がよちよち歩きをすることはできません。小学校の側が簡単に、「うちのスペースを使ってください」と言うとも思われません。
北欧を除けば、日本の保育所のシステムというのは、世界的に見て、比較的よくできているほうではないかと思います。量的にも、質的にも。保育ママのような小規模保育の制度をうまく活用すれば、もう少し待機児童数を減らすことはできるでしょう。
また、認可外保育所というと事故のイメージばかり浮かびますが、認可外でもきちんとした保育をしているところはたくさんあります。ただ、大都市圏で圧倒的に保育サービスが供給不足になるのは、端的に言って市場原理では解決できないからなのです。
規制緩和をすれば企業がたくさん参入して待機児童問題は解決する、などという主張もありますが、私には現実を見ていない議論にしか思えません。それはおそらく「解決」したとしても、市場原理に基づくのですから、今よりも質の悪いサービスがより高い価格で提供されることになるだけでしょう。
うちの保育所も、今ではたいへん人気が高く、すでに来年4月からの利用を見込んでの申し込みも来ています。本来ならば専業主婦世帯でも、気楽に保育所が利用できるような環境を作るべきなのですが、そこまでの道のりは視界のはるか彼方です……。
あ、最後にひとつ。保育所は子どもが産まれてから探すと手遅れになることもよくあります。安定期に入ったら、カップルで検討を始めましょう。
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