なぜ日本経済は低迷し続けているのか。元HSBC証券社長の立澤賢一さんは「アベノミクスの大幅な金融緩和によって日本円の総量は増えたが、市中に回るお金はたいして増えていない。一方で円安が進み、輸入に依存している日本に物価上昇という大ダメージを与えている」という――。
景気後退を表す矢印
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円の大暴落を引き起こした「日銀の指値オペ」

2022年3月28日、日本中の金融関係者を「戦慄せんりつ」させる、「ある大事件」が発生しました。


それは、「日本円の暴落」です。


この日の円相場は、一時1ドル125円まで下がるなど、大幅な円安となりました。1日に3円以上下がったのは、2014年10月以来、実に8年ぶりの出来事です。


ただ、世界中の市場関係者がこの事件に「戦慄」したのは、単に「円が大幅に下落した」というだけではなかったのです。この事件の最も重要なポイントは、円相場暴落の原因をつくったのが、ほかならぬ日銀だったというところにあります。


この日、日銀は、3日間にわたって+0.25%の固定金利で10年物日本国債を無制限に買い入れる「連続指値オペ」の実施を発表しました。


「指値オペ」とは、日銀が指定した利回りで、国債を無制限に買い入れることです。これは、基本的に「金利の上昇」を防ぐ(利上げ抑制)目的で行われます。


日本国債には「この国債を持っていればいくらリターンがありますよ」という「利回り」が設定されています。日本国債を買う投資家が増えれば、国債が品薄になるので、価格が上がって利回りが低くても売れます。


一方、金融商品としての日本国債の魅力が下がれば、国債が市場でだぶつくので、利回りが高くないと売れなくなります。市場でのこうした取引を通じて、国債の利回りは日々変動しています。

利上げのアメリカと利上げ抑制の日本

日銀が「指値オペ」で、「利回りが安くても国債をたくさん買います」と宣言すれば、当然日本国債は市場で品薄になります。そのため、「指値オペ」を行うと、日本国債の利回りが下がるのです。


日本とは逆に、アメリカは「利上げ」に動いています。アメリカではいま、約40年振りの「高インフレ」が発生しています。その抑制のために、金利を引き上げ、お金を市場から吸い上げようとしています。


アメリカが「金利引き上げ」、日本が「金利引き上げ抑制」に動いている時、資産は「米国債」と「日本国債」、どちらで持つ方が良いでしょうか。

「悪い円安」の原因は「アメリカの真逆」を行く日銀

答えはもちろん米国債です。米国債の利回りが上昇基調で、日本国債の利回りは抑えられる見込みですから、日米の金利差が拡大していきます。その場合、日本国債を売り、米国債を買う方が得になります。


目下起こっている「悪い円安」は、「日米金利差」の結果、円を売って、ドルを買う動きが強まっていることが理由なのです。


日銀は「指値オペ」によって日米金利差拡大を明確化したことで、「円の大暴落」の引き金を引いてしまったのです。


「悪い円安」に対して、日銀が取りうる選択肢は大きく2つあります。


1つ目は、今後も「指値オペ」を継続的に行い、10年国債の利回りを抑えて、今後も円安進行を容認する、という選択肢です。


2つ目は、10年国債の利回りの上昇を受け入れ、急激に進んでいる円安傾向を抑えるという選択肢です。


ただ、円安による輸入物価上昇と、景気後退が同時発生し、「スタグフレーション」となるリスクを考えると、日銀としては後者を選択するしかないように思います。

円の購買力は半世紀前の水準まで低下している

いま日本円はかなり円安で、円の購買力は50年前の水準まで低下していると言われています。わずか10年ほど前、当時の民主党政権下で「1ドル=80円」前後で推移していたことを考えると、大きな変化です。


それがなぜ「円安」になっているかですが、1つの理由として「アベノミクス」の影響であると考えて差し支えないように思います。


「アベノミクス」とは何かを語るのは簡単ではありませんが、その最大の「売り」が、日銀による大規模金融緩和であることは間違いないでしょう。


2012年末に第2次安倍政権が発足し、2013年3月に日銀総裁に黒田東彦氏が就任して以降、日銀は「大規模金融緩和」を実施しています。金融緩和とは、簡単に言うと、市中に出回るお金の量を増やす政策です。要するに、お金をたくさん刷っているわけです。

アベノミクスの看板政策がもたらしたもの

日本円をたくさん刷るとどうなるか。


いわゆる「リフレ派」の人々の理論によりますと、円の「量」が増えれば、円の「価値」が下がることになります。円の「価値」が下がるとは、要するにインフレになるということです。

はかりにかけられた円とドル
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安倍元首相や黒田総裁をはじめとする「リフレ派」の方々は、日本経済が低迷する原因は「デフレ」にあると考えました。よって、円をじゃんじゃん刷って、インフレにして、デフレから脱却すれば、日本経済は回復すると訴えていたのです。


ただ、円をじゃんじゃん刷れば、為替相場はどう動くでしょうか。


円の価値が下がるわけですから、当然、対ドルでの相場は「円安ドル高」になります。そのため、「アベノミクス」開始以降、日本円は大幅な円安となったのです。

「アベノミクスとは要するに円安政策だった」と言っても過言ではないでしょう。

輸入依存の日本にとって「円安」こそ危険

かつて、円安は日本経済にとってプラスだと言われていました。円高だと輸出品の価格が上がり、世界市場で売れなくなります。そのため円高は日本経済にダメージを与えるというのが「定説」でした。


しかし、いまは経済構造が大きく変化しています。


製造業を中心とする輸出企業は、すでに現地生産に切り替えています。アメリカに輸出するものをアメリカで生産しているのですから、取引はドルで行われます。日本円の相場が変動しても、さほど影響はありません。


一方、日本全体で見ると、「輸入依存」が目立ちます。特に、福島第一原発事故を受けて、原発を停止して以降、原油や天然ガスなどの輸入が増えています。エネルギー以外でもわたしたちの生活を見渡してみれば、輸入品に囲まれています。


つまり、現在の日本の経済構造は、むしろ「円安」に弱くなっているのです。



円安になればなるほど、輸入品の価格が上がっていきます。そんな中、黒田日銀は、「異次元緩和の継続」を宣言し、「指値オペ」を実施して、大幅な円安を招いたのです。

アベノミクスに日本経済を成長させる力はなかった

そもそも「アベノミクス」で日本経済は成長しているでしょうか?


GDP成長率、実質賃金、どれも「横ばい」がやっとというのが現実ではないでしょうか。それもそのはず。「アベノミクス」にはもともと、日本経済を成長させる力などなかったのです。


先ほど、「アベノミクスで日銀がじゃんじゃん円を刷った」と言いました。実際、日本円の「総量」とも言うべき「マネタリーベース」は、2022年3月の時点で「662兆円」まで膨らんでいます。「アベノミクス」開始前の2012年12月の時点では「132兆円」でしたので、「激増」しています。


「マネタリーベース」とは、簡単に言うと「日銀が直接供給するお金」です。その内訳は、「日銀当座預金」と、市中に出回る現金がほとんどです。


しかし、マネタリーベースが増えても、お金が市中に出回らなければ、意味がありません。その「市中に出回っているお金」は、マネタリーベースではなく、「マネーストック」が該当します。


その「マネーストック」の推移を見てみると、実はあまり増えていないのです。

大きな「ツケ」をいま国民が払わされている

2012年12月に1135兆8000億円だったマネーストック(M3)は、2022年2月には1532兆4000億円と、1.35倍にしかなっていません。「マネタリーベース」が約5倍になっていることを考えると、ほとんど増加していないといっても過言ではありません。


つまり、日銀がじゃんじゃんお金を刷っても、市中にはほとんど出回っていないのです。


「アベノミクス」には3本の矢が配備されていました。「第1の矢」は大胆な金融政策、「第2の矢」は機動的な財政政策、そして「第3の矢」が民間投資を喚起する成長戦略でした。


ところが、実際に行われたのは「第1の矢」だけで、残り2本の矢は放たれなかったのです。


仰々しいキャッチコピーや、メディア対策によって、「アベノミクス」は世論の圧倒的な支持を集めました。しかし、それはイメージ戦略にすぎなかったのかもしれません。


一方、いま発生している「円安」と「物価上昇」は、アベノミクスの「ツケ」といっても過言ではありません。



SNSが発達した現代、さまざまな「情報」が「意図」を持って流されています。そんな中、わたしたちが資産を守り、増やしていくためには、一つひとつの情報が本当に正しいかを、自分の目で確かめることが必要になっていると思います。