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<転載開始>
国民がよく理解できない状態で、いつのまにか増税が行われる、いわゆる「ステルス増税」が横行している。こうした手法が常態化すると、税に対する信頼度を低下させ、最終的には必要な財源すら確保できないという事態にもなりかねない。
復興特別税と入れ替わった森林環境税
2024年から徴収が始まった森林環境税が、見えない形での増税ではないかと指摘されている。森林環境税は、住民税に上乗せされる形で、1か月あたり1000円が徴収されているのだが、この税金は、負担増になることを多くの国民が理解した上で実施されたものではない。
もともと住民税には、1ヵ月あたり1000円の復興特別税が上乗せされてきた。これは東日本大震災をきっかけに創設されたもので、各自治体の防災事業の財源となってきた。この増税は10年間の時限措置で2023年度に終了しており、2024年度からは住民税の額が1000円減っているはずだった。
だが今年度の徴収額は以前と同じとなっており、引き続き1000円の上乗せが行われている。
徴収が終わっているにもかかわらず、税金が安くならないのは、復興特別税と入れ替わる形で、あらたに森林環境税がスタートしたからである。本来1000円の増税はなくなっているはずだが、新しい税金が始まったので、国民から見れば、引き続き1000円の徴収が続く。
森林環境税は、事業としての持続が難しくなっている林業を支援するための税金である。
国民が気づかない「ステルス増税」
国内にある森林は、国が管理する国有林、自治体などが管理する公有林、個人や企業が管理する私有林の3つに分かれている。特に私有林については、所有者が不明になっていたり、高齢化などで管理がままならないケースが増えており、何らかの支援が必要な状況となっている。森林を管理せずに放置すると土砂崩れなどの災害を引き起こす可能性があり、森林が少ない地域の住民にとっても無関係ではない。
こうした森林整備事業は2019年からスタートしていたが、当初は暫定的な財源が充当されていた。だが復興特別税が終了するタイミングで、恒久財源として森林環境税の徴収が始まったことから、復興特別税の終了を見越した措置と見えてしまう。金額が同じであれば、国民は詳細に調べない限り新しく増税されたとは気づかない。この税金がステルス増税と批判されている所以である。
復興に関して設けられた税金をそのまま継続する形で増税するという手法は防衛費の増額でも用いられている。震災以降、所得税については2.1%が復興特別所得税として上乗せされてきた。本来、この復興特別所得税は2038年で終了する予定となっていた。
だが防衛費を増額するにあたって財源の確保を迫られた政府は、復興特別税を2.1%から1.1%に引き下げる代わりに、当該引き下げた分については付加税として防衛費増額に充当することを決めた。復興特別税を半額にしたことから、このままでは徴収総額が減ってしまう。
これを補うため、同税については当初の終了見通しだった2038年以降も徴収を継続する。金額を減らして徴収期間を延長し、減額分に新しい税金(防衛費の付加税)を加えたので、これも完全な増税だが、金額が変わらないので、多くの国民はこのカラクリに気づかない。森林環境税と防衛費増額の付加税は、仕組みがよく似ており、ほぼ同じ手法と考えて良いだろう。
医療保険制度も「流用」
政府が行っているのはこれだけではない。子育て支援策の実施にあたっては、子育て支援とは異なる枠組みの医療保険制度を事実上、流用する形で財源を捻出している。
子育て支援制度は、児童手当の拡充や保育士の配置基準見直し、時短勤務への給付金創設など3兆円程度の支出が見込まれている。全体の金額をカバーできる財源はまだ確定していないものの、約1兆円については「支援金」からの充当が決まっている。支援金は医療保険の枠組みを使って徴収されるのだが、これについては多くの専門家から異論が出ている。
保険というのは事業の位置付けになるので、受益者と負担が一致していることが前提条件となる。だが子育て支援策はあくまで一般的な政策であり、本来、保険の枠組みにはなじまない。こうした一般的な政策を実施する場合には、税を用いて財源を確保するのが原理原則であり、今回の措置はある種の保険の流用であると批判されても仕方ないだろう。
近年、政府がこうしたやり方を乱発しているのは、財源の確保に苦労しているからである。
増税と聞くと多くの人は相当なアレルギーを示すが、もともと存在していた税金が名前を変えて継続されたり、保険料の金額が変わることにはほとんど無関心である。多くの国民は、そもそも自分がいくらの税金や保険料を徴収されているのか無頓着なので、徴収額が増えることに大きな反対は起きないのが現実だ。
インフレ放置が最大のステルス増税
政府によるこうした手法は民主国家においてあってはならないことだが、国家の主権者は私たち国民であるという現実を考えると、やはり国民の側にも一定の責任があると言わざるを得ない。国民がもっと税の使い道や徴収について高い意識を持ち、責任ある議論を行う政治環境であれば、政府もこうしたやり方は持ち出してこないはずである。
今回の定額減税をめぐる一連の騒動は、戦後日本の税制が抱える矛盾を露呈させたといえるだろう。
終戦後、GHQ(連合国軍総司令部)による占領を受けた日本は、直接税を中心とした米国型の税制に改めるべきとの指摘を受けた(シャウプ勧告)。これは国民が税について理解し、納税者としての意識を高め、民主主義を推進するという観点で行われたものである。だが日本側はこの勧告を完全には受け入れず、戦費調達のために導入した源泉徴収制度をそのまま残す形で今の税制を作り上げた。
源泉徴収制度は、一方的に所得の源泉(給与など)から税金を差し引くというもので、徴収を最優先した仕組みといえる。しかもその業務を企業に丸投げし、年末調整で納税額を確定するので、国民はいくら税金を払ったのか、よほど注意しないと分からない。
近年、いくらでも国債を発行できるという経済学の原理原則を無視した議論が一部から出てきているのも、こうした税に対する関心の低さと決して無関係ではないだろう。
日本の財政は危機的状況に瀕しており、このままの状態を続ければ、ほぼ確実にインフレが進み、預金の価値が減少する(反対に政府債務の実質的価値が減少する)という形で実質的な大増税になってしまう。つまり国債を過剰発行し、インフレを放置することこそが、最大のステルス増税なのだ。税に対する無関心は、最終的には私たちの生活にすべて跳ね返ってくる。
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