"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「47NEWS」から転載。
今の自民党がどういう政党であるのか、実にわかりやすい行動である。(笑)
(以下引用)
自民党、「不戦の誓い」削除 運動方針の最終案で
自民党は8日、2014年運動方針の最終案を発表した。靖国神社参拝に関する項目で、原案に記した「不戦の誓いと平和国家の理念を貫くことを決意し」との表現を削り、新たに「(戦没者に対する)尊崇の念を高め」との文言を加えた。
安倍晋三首相(党総裁)は昨年12月の参拝後に「不戦の誓いをした」と記者団に語っており、首相発言とは食い違う表現となった。「尊崇の念」は首相が参拝理由として繰り返し強調する言葉で、この部分では「安倍カラー」を強めた。
方針最終案は19日の党大会で正式決定する。
2014/01/09 00:51 【共同通信】PR -
「阿修羅」に非常に興味深い記事があったので、転載しておく。
江川紹子という人物は、原発問題では、もしかしたら原発村の一員ではないか、と思われるような言動などがあったと記憶しているが、下記記事では国民の人権を守るために戦う姿勢を見せており、素晴らしい。
下記記事に見られる、司法による「証拠秘匿」も「特定秘密保護法」と同じ精神である。つまり、「民は依らしむべし、知らしむべからず」という、日本の伝統的な政治的悪習だ。また、そこにあるのが、「士農工商」の思想、すなわち、自分たち官僚は武士・支配者であり、庶民は無知蒙昧な輩、という認識だろう。ここで「士農工商」とは実際には「士・農工商」の二分法であることは言うまでもないだろう。
要するに、我々は現代に生きていると思っているが、社会上位者の精神的風土は徳川時代と何も変わってはいないのである。
(以下引用)
「品位」を問われるべきはどちらか~証拠の「目的外使用」で弁護士会の審尋開かれる 江川 紹子
http://www.asyura2.com/14/senkyo159/msg/172.html投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 1 月 07 日 21:45:00: igsppGRN/E9PQ 

事実経過を語る佐田元弁護士
「品位」を問われるべきはどちらか~証拠の「目的外使用」で弁護士会の審尋開かれる
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20140107-00031350/
2014年1月7日 21時11分 江川 紹子 | ジャーナリスト「DVDは、違法な取り調べがされた証拠。それを多くの国民に知っていただくことこそが弁護士の義務であって、それを消去してしまうことは、むしろ弁護士としての倫理に反します」
取り調べのDVDをNHKの報道番組に提供した佐田元真己弁護士が、大阪地検から懲戒請求をされた件で、大阪弁護士会綱紀委員会は1月7日に佐田元弁護士に対する審尋を行った。その席で佐田元弁護士は、事実経過を説明するとともに、自身の行為の正当性を訴えた。
佐田元弁護士は、自宅での兄弟げんかの際に弟が死亡した事件で、傷害致死で起訴された兄Aさんの弁護を担当。Aさんに弟の命を奪うような故意はなく、事件は不幸な事故だった、と無罪を主張した。裁判員裁判で行われた裁判で、大阪地裁は「誤想防衛」の成立を認め、無罪とした。決め手となったのが、最後の検事取り調べを録画したDVD。検察官の請求証拠として、法廷でも再生された。その結果、調書ではAさんが「力いっぱい3分間首を絞めた」などと故意を認めたような記載になっているが、実際の取り調べでは「(もみあっているうちに)結果的にそうなってしまった」と語っていたことが明らかになった。つまり、このDVDは、Aさん無罪の有力証拠であると同時に、検察が供述とは異なる調書を作成しているという密室での取り調べの問題点を暴く証拠でもあった。
DVDが放映されたNHK大阪の番組「かんさい熱視線」
http://rpr.c.yimg.jp/im_sigg1zYlct101vUFqVVIojqmtw---x280-n1/amd/20140107-00031350-roupeiro-004-4-view.jpgこの事件は、NHK大阪が作成した、取り調べの可視化の有用性を印象づける事件として取り上げられた。佐田元弁護士は、番組の趣旨を聞いて、取り調べの可視化が議論されている中、多くの人に取り調べの実情を知ってもらおうと、DVDの提供に同意。NHKは、DVDに記録されている取り調べ場面の一部を紹介した。Aさんとその母親は、NHKがDVDを使うことには同意しており、番組ではAさんだけでなく、検事や事務官の顔にはぼかしを入れ、音声も変えるなどの配慮がなされている。
DVDが出したことで、実際の取り調べと調書の食い違いを、わかりやすく、臨場感を伴って伝える効果は間違いなくあった。と同時に、検察を激怒させた。
そうでなくても検察は、刑事訴訟法に開示証拠の目的外使用を禁ずる規定が盛り込まれて以降、弁護士が刑事裁判以外の場で、証拠を使うことをとがめるようになった。冤罪事件の理解を深めるために調書などの証拠の一部を見せてジャーナリストや支援者に説明する行為も、懲戒請求をちらつかせて牽制する。今回の場合は、特に検察の取り調べの問題を示す証拠が番組で使われたということで、とりわけ頭に来たらしい。だが、佐田元弁護士はNHKからDVD提供で金銭的利益を得ているわけでもないため、罪に問うことはできない。そのため、「弁護士の品位を失うべき非行」として、大阪弁護士会に懲戒請求した。
懲戒請求があると、まず弁護士会の綱紀委員会で、調査を行う。「審尋」は、同委員会が当事者から意見を聞く手続き。通常は非公開で行われるが、今回は佐田元弁護士側の希望で公開となった。
大阪弁護士会で行われた審尋。手前にいる3人が綱紀委員会委員。
http://rpr.c.yimg.jp/im_sigghW9z15YT7TaLGFIbvDNzag---x280-n1/amd/20140107-00031350-roupeiro-001-4-view.jpg委員側からは、事実経過や関係者のプライバシー配慮や意思を確認したかどうかについて質問があり、佐田元弁護士が説明をし、同席した3人の代理人弁護士がそれを補う発言をした。
代理人の一人で、刑事弁護のプロとして名高い後藤貞人弁護士は、次のように熱く佐田元弁護士を弁護した。
「いいですか。(検察に)不正があったんですよ。弁護士にとって看過できない不正が。そして、その動かぬ証拠がある。内容は言葉で語っても、なかなか世の中には伝わらない。映像でないと分かるものがある。それで公表した。その行為が、どうして弁護士倫理に反するのか」
「彼がやったことは、不正があった証拠のビデオを消去しなかったこと。そのビデオを(裁判終了後も)検察に渡さず、国民みんなが見るべきものとして、プライバシーなどに配慮しながら提供した。それに、どういう問題がありますか?大事なのは、彼が弁護士として正しいことをやったかどうかだ。彼は正しいことをやった」
証拠開示は、法律で要件や手続きが定められている。ところが大阪地検は、懲戒請求申立の中で、「弁護士を信頼して証拠開示を行っている」と、あたかも検察官が行為や恩典として「開示してやってる」かのように述べた。そして、佐田元弁護士の行為は「弁護士に対する信頼を大きく失墜させる」ものであって、これを弁護士会が許容すれば「証拠開示の制度や運用にも悪影響を及ぼしかねない」と、威嚇めいた”警告”をしている。
佐田元弁護士を支援する弁護士らが傍聴した
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggU_lyOhaB1NyTz8hv2xHhxg---x280-n1/amd/20140107-00031350-roupeiro-002-4-view.jpg佐田元弁護士には、大阪弁護士会の刑事弁護に精通した弁護士たちが支援を買って出て、代理人団が形成されている。この日の審尋にも、発言した3人以外に、多くの弁護士が傍聴席を埋めた。しかし弁護士の中にも、検察の”警告”を心配したり、刑事訴訟法の条文上は目的外使用に当たると検察の主張に理解を示すなど、佐田元弁護士の処分を求める声もあるらしい。
審尋の中で綱紀委員は「懲戒請求に批判的な意見が多数あることは理解しているが、弁護士会内でも(佐田元弁護士に対して)厳しい処置をしなければ、証拠開示について悪影響があるのではないか、弁護士に対する信用低下につながるのではないか、との意見もある」として、それに対する意見を求めた。
これには、最高裁元判事の滝井繁男弁護士が次のように述べた。
「(開示証拠の目的外使用を禁じる刑訴法改正の際)法務大臣は、(開示証拠の利用について)制限を加えないと名誉毀損やプライバシー侵害が起こり、偽証に使われることもある、と述べた。しかし、本件で何らかの具体的な弊害、権利侵害があったという主張や証拠は、検察側から出されていない。検察庁は、証拠はあたかも検察の私的なものと考えているのではないか。検察によって(虚偽の調書作成という)重大な違法行為が行われている時に、それを国民に知らせることは国民の知る権利に由来する。刑事訴訟法の規定は、(国民の知る権利を保障した)憲法の趣旨に従って解釈すべきだ。よもや懲戒相当の結論が出ることはありえないと考えているが、(その決定の)理由の中に、いささかなりとも弁護活動を萎縮させるような文言が入れば、検察側に最大限に利用されることは明らかだ。そのようなことになれば、悔いを千代に残すことになる」
左から下村、後藤、佐田元、滝井の各弁護士
http://rpr.c.yimg.jp/im_siggFFd.7uA4_wD_fmcgeewUsw---x280-n1/amd/20140107-00031350-roupeiro-005-4-view.jpg後藤貞人弁護士がそれに続いた。
「第1に、この件によって証拠開示に悪影響が出るというのは全く違う。検察は、元々できるだけ証拠を開示したくないという立場。プライバシー侵害など、弁護士として問題があるような形で証拠を他に流した場合は、懲戒にすればよい。しかし、佐田元さんは違う。この範囲は弁護士として許される、こうした行為は許されないという判断を、(弁護士会として)示すべき。検察が、(今回のケースを理由に証拠開示の制限を)言ってくるおそれもあるから、判断するのをやめておこうというのは違う。
第2に、弁護士の信用低下というのが、世間一般から見ての弁護士への信頼という意味であるとするならば、それも全く違う。今回の件を報じるマスコミ、ジャーナリスト、元裁判官のコメントなどを見ても、検察官の対応は間違っていると言っている。弁護士会が正しい判断をしたからと言って、信用が低下するはずがない」
また、やはり刑事弁護人の経験豊富な下村忠利弁護士は「検察は、捜査記録は検察のものだ、証拠開示も恩恵だという考え方でいる。これは完全に間違いだ。現代では、こういう発想は通用しない」と検察を批判。「不正を隠蔽しようとした検察の懲戒請求をいささかでも正当化することがあってはならない」と語気を強めた。
最後に佐田元弁護士が、穏やかな口調でこう述べた。
「番組は、DVDの映像が入ったことで、問題がよく分かったと反響があったと聞いている。Aさん本人もお母さんも、DVD放映については十分に納得し、私が懲戒請求されたことを心配して下さっている。私は、弁護士として当然のことをしました」
審尋が終了したことで、同綱紀委員会は近々、結論をとりまとめると見られる。
検察官が被疑者の供述とは異なる調書が作成した証拠を、廃棄せずに公表した行為が、果たして「弁護士としての品位を失うべき非行」なのだろうか。
私はむしろ、刑事訴訟法の規定を形式的に適用したり、弁護士会の懲戒請求の制度を利用することで、国民が刑事事件の真相や捜査の問題を知る機会を奪い、弁護士の活動を萎縮を狙う検察の「品位」こそが問題にされるべきだと思う。
何より、こうした検察による”悪用”を許す刑事訴訟法の規定は、一日も早く改正されなければならない。
江川 紹子
ジャーナリスト神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。
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「反戦な家づくり」ブログから転載。
ネズミーランドの話と、安部政権を若い層が支持しているという話の両方とも、非常に示唆的な感じがするのだが、それが何か、まだ私自身明確ではない。岸田秀ではないが、まずは「国家の精神分析」を行うことが、この日本という精神病国家を治療する上では一番必要なのではないか、というのが今のところの感想だ。
相手がキチガイなら、それに合わせた治療法が必要なのであり、キチガイに「正論」をいくら説いてもまったく無意味だろう。
というわけで、私の「国家改造案」提出は無期延期としておく。
それより先に、なぜ日本の若者は右傾しがちなのか、という考察をしようかと思うのだが、これはヒトラーを支持した多くのドイツの若者たちとの類似点がありそうなので、昔書いた文章を後で自己引用しておこうと思う。
(以下引用)*赤字部分は引用者(徽宗)による強調。
さて、朝の5時半に家を出て、夜12時過ぎに戻ってくるという過労死すれすれのネズミ-行きで、つくずく感じたことがある。
入るのに行列、できあいの遊具に行列、メシ食うのに行列、ネズミやクマと写真を撮るのに行列、たかがポップコーンを買うのに行列、トイレにも行列。高いカネ出して行列する連中の、なんと喜々としていることか。2時間待ち、3時間待ちがザラなのに、危機ではなく喜々である。
世界中にネズミ-ランドは浸食しているが、本場のネズミ-ワールドでも1時間以上並ぶことはまれだという。おそらく、並ばされ、待たされて喜ぶのは、人類65億の中でも日本人だけだろう。
本国で軒並み3時間も待たせたら暴動が起きるか、誰も行かなくなって倒産するだろう。
ネズミ-ランドがどうなろうと知ったことではないが、この喜々として行列をつくる人々は、まぎれもなくわが同胞なのである。少なくとも、私と同じ国の選挙権をもった人々とその予備軍なのだ。
原発が爆発しても抗議のデモには20万人しか集まらない国で、ネズミ-ランドに並びに行く人は年間2750万人もいるのだ。
これは容易ならざることだなあと 改めて しみじみと つくづくと 感じ入った。
(中略)
一歩ひいて今の状況を眺めると、これまで甘い汁を存分に吸ってきた食える世代が、もう汁の残っていない食えない世代に、無関心はけしからんと説教している図が見える。
半数が非正規雇用、正社員でも給料は年金以下。そんな2~30代から見れば、食える世代の説教など、正論であればあるほどバカらしくて聞いてられない。その端的な表れがこれだ
首相の靖国参拝、20~30代は「評価」の声が多数
2014.1.6 産経
首相の靖国参拝の評価を世代別にみると、30代は「評価する」が50.6%と半数を超え、「評価しない」の41.4%を10ポイント近く上回った。20代も評価する(43.2%)が評価しない(41.6%)を上回っている。特に30代の男性に限定すると「評価する」は64.3%に達した。
(引用以上)
そもそも安倍政権の支持率を見ると、ハッキリと若年層の支持が高い。
自民党は今やオジンの党ではない。若者の党なのである。
安全地帯から正論を吐く中高年よりも、戦争で強い日本を取り戻すと叫ぶ安倍晋三に、食えない若者は希望を見いだしリアリティを感じている。この状況を、護憲とか反原発とかの運動をやっている人々が ハッキリと自省し、認識しない限り、日本はもう終わったも同然だ。
まずはここから。
(徽宗追記)
昔書いた文章を探してみたが、前にこのパソコンを初期化した時に、何かのはずみで、幾つかのフラッシュメモリーに蓄積してあったデータもすべてお釈迦になってしまったので、その文章はもはやこの世に無い。要点だけ言えば、ヒトラー当時のドイツの若者は、今の日本の若者と同様、当時の社会体制や社会状況によって未来への希望を奪われており、そのはけ口となった(あるいは希望となった)のがヒトラーであった、ということである。つまり、資本主義の矛盾(極端な貧富の差や階層社会)に苦しみながら、自らはその資本主義の中で生まれ育ってきたために、資本主義を否定することができず、自らの恵まれない状況を、資本主義体制そのものにではなく共産主義者やユダヤ人(今の日本ならさしずめ韓国人や北朝鮮人や中国人)に責任転嫁し、彼らを絶滅させることが自分たちの幸福につながるという無茶苦茶な論理で行動し、ヒトラーを自分たちの代弁者、自分たちの理想の指導者として祭り上げた、ということである。
[1月16日追記] 先ほど、自分の過去記事を見ていたら、当該記事が見つかったので、ここにコピーしておく。こうしてネットに上げておけば、自分のパソコンや記憶装置が壊れてもこの世には残っているわけだ。これもクラウドコンピューティングの一種だろうか。メモ日記「政治・社会」40
#266 お祭り騒ぎの若者たち
「長いナイフの夜」事件でヒトラーが逮捕・殺害した一人が突撃隊長レームであるが、この突撃隊はいわばヒトラーの私兵集団である。つまり、ナチスに反対し、批判する人々をテロで脅し、押しつぶすのが彼らの役割であった。ヒトラーがただの浮浪者から権力の頂点に上るまでは、彼らの働きが絶大だった。
ナチスとは「国家社会主義」という全体主義思想の集団であるが、ナチスという怪物を作り上げた原動力である突撃隊に、なぜ多くの若者が参加したかというと、ナチスが彼らにパンと遊び(生きがい)を与えたからである。第一次大戦での敗戦で困難な生活を強いられた若者たちにとって、突撃隊は一つの職場であり、しかも敵との戦いという生きがいを与えてくれる楽しい職場であった。仲間との集団生活も、スポーツの合宿のようなものであり、「アカ」や「ユダ公」をやっつけるのは楽しいスポーツであったのである。レームは、チームスポーツの監督のような存在であり、いわば彼らの「親父」であった。
正しい歴史的認識も無く、社会の病因を正しく認識する力も無い若者は、邪悪な人間に容易に利用される。彼らは「資本主義は自分たちに何も提供してくれないと確信しながら、しかもマルクス主義を不倶戴天の敵と見なす、階級のはざまに陥った人々」(ノルベルト・フライ)である。これは、現在の日本における右翼あるいはネット右翼の若者とそっくりではないか。資本主義の悪に痛めつけられながら、その根源の敵に立ち向かおうとせず、共産主義という架空の敵のみを敵とするという、「突撃隊」の若者たち!(1月2日) -
「播州武侯祠遍照院」ブログに素晴らしい記事が載っていたので転載する。
明治維新ほど謎と矛盾に満ちた出来事は無い。そして、現在の日本が形成されたのが、その明治維新の結果である。明治維新の正体を知らずして、現在の日本を正しく考察することは不可能だろう。
ところが、学校教育の中で習う明治維新は謎と混沌に包まれているのだから、たいていの人は思考放棄、思考停止に陥るのが常である。つまり、御用学者による「定説」と大衆小説家による「歴史小説」と称するフィクションをほとんど歴史的事実だとして終わりにするのである。
下の「山伏 太賢」氏による明治維新解釈は、私が不可解に思っていた明治維新の謎を余すところなく見事に解明している。私自身は(無数の映画や小説の影響で)明治維新のヒーローたちが大好きだったから、そのアイドルたちの醜い実像を知るのは正直言って悲しいのだが、日本人全体がこの「明治維新の虚像」を乗り越えないかぎり、新しい日本は生まれてこないだろう。その意味で、下の文章は多くの人に読まれてほしい文章である。
なお、私自身は「尊皇攘夷」主義者であり、またフェビアン協会的な「漸進的社会主義者」であるから、下記文章の筆者とはまったく反対の思想的立場にいるものだが、それはそれ、これはこれ、である。
(以下引用)
「維新」と云う幻想
山伏 太賢さまのブログより転載
「明治維新」とは一体どこからが維新なのか、そして「維新」の本当の意味を御存知だろうか?
またこの時使われた様々なスローガンの本当の意味を改めて検討したいと思う。
○1853年 黒船来航。
断って於くが先ず明治維新の勝者は長州藩であり、明治新政府はその長州藩が作ったと云うこと。
この時点で多くの史実は明治新政府(長州藩)に都合の良いように作り変えられており、江戸幕府や他の諸藩は悪役であるように伝えられているということである。
「 腐敗の為に不満の溜まった諸藩によって江戸幕府は既に崩壊寸前だった」
「 無為無策で統治能力を失った徳川幕府に代わって薩長等の若い志士が立ち上がり、明治維新を成し遂げ、輝かしい近代国家を建設した」
これらのことは江戸幕府を悪役にする為の 真っ赤なウソである。
従って黒船来航以来様々な事件は起きるが、まだまだ日本は安泰であった。
◎「開国」と「攘夷」
先ず黒船が来航し開国を要求した。この時に持ち上がった「 開国」とはどう云う事なのか。
分かり易く云えば
「 国民と自由に貿易をさせろ」
と云う事である。
これによって諸外国は、国を弱体化させる為の物資を、それが麻薬でも最新式銃火器であろうと、いくらでも売ることが出来るようになる。
そしてタダ同然の食糧を長期にわたって輸入し国内の食糧生産業界を破綻させ、その後価格を通常に戻せばよい。
もうその国は、輸入に頼らなければ生きていけない国になる。
そして輸入品を買うと云うことは、日本の金が海外に流れると云う事である。
そしたら最終的には日本人は海外資本の奴隷に貶められることになる。
それが「 開国」である。
断って於くがこの「 開国」は「先進技術導入」では無い。
つまり「先進技術導入の為には日本が進んで植民地にならなければならない」と云う意味である。
即ちこの「 開国」とは「植民支配受容」と云うことである。
これに対するのが「 攘夷」。
「攘夷」とは夷人(いじん)を攘う(はらう)と云うことで、「外国人を見たら斬って斬って斬りまくれ!そしたら怖くなって二度とやって来ようとは思わないだろう」と云うこと。
つまり「海外勢力を武力で追い出せ」と云う事である。
情報が乏しいその当時の人々がどれだけ世界の動向を知っていたのか分からないが、直感でこの結論に至ったのであるなら我が国の人々の直感力には底知れぬものがある。
そもそもが艦砲射撃で威嚇して「 植民支配要求」を突きつけて来るような礼儀知らずな連中に、弱腰で接してどうするのか。
◎公議輿論と公議政体
公議とは公正な議論(公論)、輿論とは世間一般の議論(民意)のことである。そして、公議輿論派とは、公論や民意に基づいて政治を行おうとした人々のことである。
これに第一に着手し、抜群の政治手腕を発揮し獅子奮迅の働きをしたのが名宰相、首席老中阿部正弘である。
まず阿部老中は一般情報公開、庶民からも意見を公募し、御三家代表の前水戸藩主徳川斎昭を幕政参与に任じ、親藩代表の越前藩主松平慶永と外様代表の薩摩藩主島津斎彬を幕政の相談役として、全員参加の 民主的挙国一致体制を確立した。
この「情報公開による民主的対応」によって諸大名・幕臣のみならず、庶民からも多数の意見書が出され、後に「国民的議会主義への胎動」と評価された。
この公議輿論尊重の考え方の延長線上に公武合体論が展開され、さらにそれが西洋議会制度の知識で洗練されると、公議政体論が生まれてくることになる。
阿部老中が安政の改革で着手したことは、優秀な人材を登用し、海防技術を飛躍的に高め、徳川幕府の事だけでなく我が国の将来を視野に入れた偉大なる事跡であった。
安政四年、三十九歳の若さで没す。
○1858年 日米修好通商条約、
安政の大獄
○1860年 桜田門外の変
この日米修好通商条約に端を発する「安政の大獄」や「桜田門外の変」などは、水戸藩と彦根藩が十四代将軍の継承をめぐって跡目・派閥争いをしていただけで「維新」ではない。
そしてこの時点で幕府の威光がもともと衰えていたのなら、こんな過激な争いにはなっていなかった筈である。
常識で考えても倒産寸前の会社の社長の座を巡って争う者はいないであろう。
従って未だ幕府は安泰。
実際、彦根藩の井伊直弼が暗殺され、水戸藩の徳川斉昭が亡くなると、両藩とも維新の歴史に関わらなくなって来る。
○1862年 公武合体
◎公家たちの尊皇
黒船来航から始まった世情不安のなか、天皇を担ぎ出して幕府と対立し、日本の内戦を誘うような動きが過激公家から出てきた。
この過激公家たちから出た「尊皇」とはこの混乱を機に幕府から権力を奪うためのスローガンで、幕府や諸藩が天皇に対して「尊ぶ」と云う意味と違う。つまりこの時点での公家たちの「尊皇」とは「幕府は自分達の下に就け!」と云うこと。
◎公武合体論
この状況に対処するべく天皇家と徳川家の婚姻を実施し、公武の分裂と対立を未然に防ごうとした。
それが和宮降嫁による「 公武合体論」である。
公武合体論とは、朝廷と幕府、諸藩が一致協力して国政を運営しようとする考え方である
そもそも幕府を弱体化してどうやって攘夷すると云うのか。
攘夷にしても、外交で立ち回るにも、日本が一丸となって立ち向かわなければどうしようもない。
それに孝明天皇は将軍家茂を深く信頼していた。
だからこそ孝明天皇は公武合体に賭けたのである。
そしてこの公武合体はそのまま幕権強化論の一部となる。
◎幕権強化論(佐幕)
攘夷論で外国人を威嚇するのは良いが、相手が引き下がらなかったらどうするのか?
長く続いた太平の世とは云え幕府は専門戦闘集団である武家の元締めであり、将軍は武家の棟梁である。冷静に戦略を立て国家総動員で長期戦の構えでいれば決して負けることは無かったであろう。戦国時代には世界の銃火器の三分の一を我が国は保持していたのである。
しかし、そうなれば甚大なる犠牲が出るのは間違いない上、軍事技術が遅れていたのは事実であるし、何よりその最新式軍事技術や高性能銃火器を目の当たりにした幕府は、当然それを欲しがった。
その最新式軍事技術を手に入れ迫り来る外圧に対抗すれば、攘夷も可能になり対等に外交が出来る。
海外諸勢力をそれぞれ競合させることによって牽制させ合い、好条件に協力してくれる国を選び、最新式軍事技術を提供させる。
その為には外交窓口を幕府に一本化させる必要があり、幕府の権力を上げる必要がある。
それが「 最新武装技術導入+外交窓口一本化=幕権強化論」である。
つまり攘夷断行の為には最新式軍事技術が必要であり、その為には一旦は開国(決して植民支配受容では無い)し武力を高め、それを円滑に行う為に幕府の権限を強化すると云うことである。
実際に黒船来航から幕府は財政の総力を挙げ、死に物狂いで近代型海軍創設に当たり、十四年の歳月を掛け慶応三年には 対米七割の幕府海軍を整備した。
この頃から攘夷テロが散発し出すが、同年に発生した「寺田屋事件」は薩摩藩の名君島津斉彬の跡目を、島津久光が継いだことに端を発する薩摩藩のお家騒動である。
その島津久光にかかわる「生麦事件」は、日本人をナメきった不良英国人たちによる狼藉で、薩摩藩に非は無い。
従ってこの時点でも未だ幕府は健在、「 維新」でも無い。
ここまでのスローガンは
幕府= 尊皇+攘夷の為開国
天皇= 佐幕+攘夷
長州= 佐幕+尊皇+攘夷
薩摩= 佐幕+尊皇+開国
しかしこの年・・・
1862年の夏、上海から国家転覆を企む男がひとり、日本に帰って来たことから歴史の歯車が狂い出す。
即ち長州藩を過激な倒幕運動に導き、国際金融資本の手先として動いた男、 高杉晋作である。
ここからが倒幕テロリズム開始の年となる。
それに先立つ22年前、清国では英国との貿易の結果アヘン輸入量が増大、大量の銀が国外に流出したため、英国との貿易を禁止。これを不服とした英国は貿易保護を理由に軍隊を派遣した。アヘン戦争である。
敗れた清国は南京条約を締結し、英国に香港を割譲、上海・広東・アモイ・福州・寧波を開港した。
つまり香港を始め上海等は英国に本拠地を置く国際金融資本家たちの集合地帯となっていた。
この連中は世界のほとんどを植民地にし、アジアもインド・ビルマ・シンガポール等を支配下におき、アヘンを撒き散らし、略奪・虐殺の限りを尽くして荒稼ぎしていた者たちである。
そして当時清は「太平天国の乱」真っ最中で、「滅満興漢!」(満族から漢族へ)のスローガンを掲げ、そこかしこに打倒・清を目論んでいる連中がいた。
おそらく高杉率いるグループはここで国際金融資本家や打倒・清を目論む連中から革命思想でも吹き込まれたのであろう。
そもそも高杉の師匠、吉田松陰は易姓革命の理論的根拠となっている「孟子」を信奉していた。
つまりその松陰から薫陶を受けた高杉が革命思想に取り付かれるのも故無きことではない。
フランス革命も後のロシア革命もこの国際金融資本家たちが資金の提供元とされていることを考えると、さもありなんである。
○1863年 薩英戦争
長州藩、外国船を砲撃
八月十八日の政変
この薩英戦争は先の「生麦事件」の報復攻撃であるが、そもそも薩摩は英国と密貿易で儲けてきた藩であり、ただの仲間割れである。
一方、当時の長州の藩論の主体は「攘夷」であり、長州の外国船の打ち払いはこれが実行された訳である。
この長州藩の考えていた事は、漁業を妨害する外国船を打ち払い、攘夷を唱えていた孝明天皇の信を得ようという、自衛と忠誠心であった。
しかし当の孝明天皇は
「長門宰相の暴臣のごとき、その主を愚弄し、故なきに夷舶を砲撃し、幕使を暗殺し実美らを本国に誘引す。」
とお怒りになるのだが・・・。
従ってこの時点での長州は「倒幕」ではない。
◎尊皇=倒幕
一方、高杉晋作ら過激派テログループの悲願は「倒幕」。 つまり攘夷なんかよりも、自分らが日本の政権を握ることに野心を燃やしていた。
いわば、高杉ら過激派の活動は、攘夷の邪魔にこそなれ、長州藩の思惑とはまったく関係のないところで動いていたわけである。
だからこそ、長州正規軍と高杉率いる奇兵隊は相容れず仲が悪い。
それは同年に起きた「教法寺事件」で、奇兵隊が長州正規軍を襲撃したことで表れている。
これも、そういった実情を考えれば不思議なことではない。
この過激派テログループの自分らが日本の政権を握る野望と、幕府を倒して公家の時代を到来させたい過激公家たちが結託して掲げたスローガンが「尊皇=倒幕」である。
いつの時代でも、世情不穏になるとその黒幕になって国家転覆を企むのは公家の伝統行事みたいなものである。
こうして過激派テログループや倒幕派公家たちの陰謀によって攘夷運動がいつの間にやら尊皇(倒幕)思想に巻き込まれていき、京都に長州や各地のテロリストたちが結集、「天誅」の名の下に攘夷テロの嵐が吹き荒れることになる。
ここで確認であるが、「尊皇」と「攘夷」は本来別モノ。
「倒幕」を企むテロリストたちが、公家たちにそそのかされ掲げたのは「尊皇」、当事者である孝明天皇が掲げていたのは「攘夷」である。
孝明天皇はこの倒幕派公家と過激派テロリストたちを危険視する。
当たり前である。
もう一度言うが、幕府を倒してどうやって攘夷するのか。
それで京都守護職松平容保公や薩摩に命じてこの愚か者どもを京の都から一掃することにした。
それが「八月十八日の政変」。
この辺りから攘夷テロによって治安崩壊に瀕していた京の都を勇猛果敢に守り、大活躍し始めるのが「新撰組」である。
次の年、「八月十八日の政変」で追い出された長州テロリストたちが、すぐにまた京都に集まって大規模なテロを画策する。
それを未然に防ぎ大打撃を与え、新撰組の名を天下に轟かすのが「池田屋事件」である。
この京都守護職松平容保公や新撰組が京の都を攘夷テロから守ってくれなかったらどれだけの死傷者がでたであろう。
○1864年 禁門の変
下関戦争
第一次長州征伐
長州藩は池田屋事件後すぐさま反撃に出て、あろうことか京都御所を包囲し総攻撃をかける。これが「禁門の変」である。
御所に向かって発砲するとは何と云う暴挙だろうか。しかも旗色が悪くなり逃げ出すのは良いが、京の都に火を放ち二万七千世帯を焼き払う無差別テロを起こす。
これで「勤皇の志士」とは聞いて呆れる。
これに激怒した孝明天皇、長州征伐の勅令を出す。それが「第一次長州征伐」である。
一方その頃、前年の長州からの砲撃で被害を受けた各国が英国を中心として連合艦隊を組織、報復攻撃へ出る。それが「下関戦争」である。
倒幕派中心グループが京都にいる間に仕掛けてくるとは、まるで共謀してたかのようである。
弱り目に祟り目の長州藩はこれではいけないと椋梨藤太たち保守派層によって藩内の倒幕派テロリストたちを排斥、藩体制の統一を実施し幕府への恭順を表明する。
討伐軍参謀を任されていた薩摩の西郷隆盛は、「禁門の変」の責任者である三家老を切腹させ、過激公家たちを長州から追い出し、何とか幕府にとりなす。
ここでやっと日本は統一された。決して腐敗して弱体化などしていない。
幕府は天皇と手を組み朝幕一体化し、幕権強化を成し遂げ、過激公家や長州藩のテロリストたちを鎮圧した。
これからも海外の諸勢力と渡り合っていける。
ここまでのスローガン
幕府= 尊皇+攘夷の為開国
天皇= 佐幕+攘夷
長州= 佐幕+尊皇+攘夷
薩摩= 佐幕+尊皇+開国
公家= 尊皇+倒幕
テロ= 倒幕
問題はこの後・・・。
いよいよ「明治維新」の幕開けである。
○1864年 元治の内乱(維新前夜)
第一次長州征伐によって壊滅的打撃を与えられた高杉晋作や伊藤博文、公家三条実美たち過激派テログループが再び決起し「功山寺挙兵」でクーデターを起こし、椋梨藤太を中心とした保守派を排斥してしまう。それが維新前夜「元治の内乱」である。
ここからが「明治維新」の幕開けである。
このクーデターによって長州藩は完全に反日倒幕テロ組織、「新長州藩」となる。
すっかり国際金融資本の手先となっていた高杉晋作は藩政を掌握すると「開国」、これまで攘夷派が封鎖していた下関港を開港し外国船をどんどん迎え入れ、武器弾薬、外国製品で下関港は溢れかえった。
この辺りから今まですっこんでいた極悪人岩倉具視や武器密売人坂本龍馬、そして薩摩の売国奴たちが一斉に動き出し、時代は風雲急を告げる。
○1865年 米国、南北戦争終結。
○1866年 第二次長州征伐
薩長同盟
ここでまた不思議な事に米国では、頃合を見計らってたかのように南北戦争が終結する。
後にその南北戦争で使われた武器を二束三文で買い叩き、薩長に高値で売りさばいていたのが英国の金融資本ジャーディンマセソン系列のグラバー商会である。麻薬貿易で暴利を貪った連中である。
そのパシリとなって暗躍した男こそ死の商人・坂本龍馬である。
その頃、薩摩のテロリストたちも動き出していた。
もともと薩摩藩論の主体は「佐幕」であり、「攘夷」ではない。
つまり、「開国」という悲願を内に秘めている。
そもそも薩摩は地理的に本土の末端であるということから、欧米との密貿易で藩政を賄い利益を上げていた。
薩英戦争などの遺恨は色々あったように見えるが、実は薩摩は初めから英国と手を結んでいたようなものである。
だから長州が「攘夷」から「開国」へ転身したところで利害が一致、それなら同盟を結んで自分たちに有利な新政権を立てることも出来ると考えた。
ここで薩摩は「開国」の為「佐幕」を捨て、「倒幕」に変節した。
長州と並ぶ二大反日藩、「新薩摩藩」の誕生である。
つまり薩摩も結局は日本の行く末よりも、自分たちの利益が大切であったのである。
その急進派の代表が、大久保利通と西郷隆盛である。
そして薩摩は長州の武器調達のため英国を紹介した。これを「薩長同盟」と言う。
一般的には「坂本龍馬が、薩摩と長州を結びつけた」と言われてるがそれは間違いで、正確には「薩摩が、英国の商社お抱えの武器密売商人坂本龍馬を長州に紹介した」と云うのが正しい。
○同年、第二次長州征伐
将軍家茂薨去
○1867年 孝明天皇崩御
大政奉還
幕府はついに朝敵長州に「第二次長州征伐」を開始、薩摩は当然、出兵を拒否。
しかしこの途中、時代の波に翻弄され幕府の苦悩を一身に背負った悲劇の将軍家茂が21才の若さで亡くなり、幕府軍は撤退を余儀なくされる。
将軍就任以降打ち続く難局をなんとか乗り越え、さらに薩長+英国連合と云う幕府最大の危機に直面した、この真っ只中に病没した。
さらに悲劇は続き、翌年には36才の若さで孝明天皇が亡くなってしまう。
死因は毒殺である。
慶応二年十二月十一日から十六、七日に掛けて発熱し痘瘡(天然痘)によるものと典医一同診断す。
その後回復に向かうが二十五日一転して重体に陥る。
激しい嘔吐、下痢、下血を繰り返し、その日の夜十一時頃には「九穴より御脱血」の重症となり、のたうち回って苦しんだあと息を引き取ると云う、凄惨な最後であった。
明治維新にもっとも深くかかわった孝明天皇の研究は、維新から大東亜戦争終結まで約八十年間、タブーであったのは不可解なことではないだろうか。
歴史家の石井孝氏は法医学者の見解も求め、痘瘡が回復の時点で突如、病状が悪化したのは、砒素をもられたことによる急性砒素中毒であり、使われた毒薬は当時の砒素系の殺鼠剤「石見銀山」をあげている。
石井氏は
「孝 明天皇の毒殺説は没後ただちに広がり、サトウの自叙伝によると、明治初年(1868)には、半ば公然の秘密として語られてたらしい。しかし、戦前の天皇制 下にあって、痘瘡による病死が国定説とされ、毒殺説は国家権力によって禁圧されていた。戦前には天皇の死因について虚像が罷り通り、実像は権力により隠蔽された」
と述べている。
明治天皇の祖父中山忠能は
「毒を献じた結果であり、陰計が企てられた」
と日記に記している。
また「旧皇族が語る天皇の日本史」の著者竹田恒泰氏は
「現代医学の知識を動員して考察すると、痘瘡は空気感染であるが、この時期に天皇の周辺で痘瘡感染者が居ないため、痘瘡自体が生物テロであった可能性が指摘される。また、感染症の常識からしていったん回復に向かったのに急変して死に至ることはありえない。さらに天皇の最期が急性砒素中毒症状と酷似することもあり、天皇が天然痘にかかったことに乗じて、二十四日の晩に誰かが砒素を盛った可能性がある。」
と述べている。
下手人最有力候補は勿論、極悪策士・岩倉具視である。
孝明天皇は、前年の岩倉具美の策謀によって倒幕派公家22人が押し掛け幕府批判を述べ、朝廷が大政を行うべしと訴えでた際には「徒党を組んで乱訴とは何事か!」と烈火の如く怒り、倒幕派公家22人に厳しい処断を下す決断力に溢れた一面があり、また攘夷強硬論者であった天皇ではあるが、中川宮に「深く時機を考えて見ると、慶喜や容保らの奏上するように、まだ武備が充実していないのに開戦するのは時機尚早である」と言い、冷静に状況を分析する栄邁な方であられた。
何より内外の時局を深く憂い、塗炭の苦しみに喘ぐ万民を自らの子とし、その苦しみを救いたいと、将軍家茂に賜った御宸翰でその叡慮を述べられているように慈愛に満ちた天皇であらせられた。
孝明天皇は決して脇役などではない。
陰謀渦巻く朝廷にあって孤軍奮闘し、自ら「国民の盾」となって我が国最大の危機を救おうとした英雄である。
後年、明治新政府の御用学者や小説家等が孝明天皇を
「時局を考えられない、ただの外人嫌いの頑固者」
と無能扱いのレッテルを貼っているが笑死千万の大嘘である。
黒船来航以来一貫して佐幕攘夷を掲げていた孝明天皇は、倒幕派公家やそれと結託した過激テロ組織らの最大の障害となっていた。
孝明天皇が生きてる限り倒幕は有り得なかった。
そこで私利私欲の塊、岩倉具視の毒牙にかかり亡きものとされてしまったのであろう。
幕府の大黒柱である将軍と、その守護者である天皇の余りにも早すぎる死。
ここに来て幕府は突然、求心力に不安を生じさせてしまう。
将軍には、これまで家茂を補佐して来た一橋慶喜がつき、孝明天皇の後継者は明治天皇となる。
しかし当時、明治天皇はまだ15歳。優しく柔和で、政治や武芸にも興味の薄い方であった。
一方、最後の将軍慶喜は後に家康公再来と云われ、短い間ではあったが獅子奮迅の働きをすることになる。
問題は、海外の手先となって倒幕を企てる勢力が一気に膨らんだという事実である。
しかも、一旦遠ざけていた倒幕派公家たちも、これに再び結びつき、倒幕工作に暗躍している。
◎大政奉還(公儀体制)
そして倒幕派がいよいよ決起しようとした時、最後の将軍慶喜は先手を打った。
将軍慶喜による大政奉還と公議体制樹立の奏上である。
大政奉還の上奏文に
「従来の旧習を改め、政権を朝廷へ帰し奉り、広く天下の公議を尽くし、聖断を仰ぎ、同心協力、ともに皇国を保護仕り候わば、必ずや海外万国と並び立つべく、臣慶喜、国家につくすところこれに過ぎずと存じ奉り候」
とあるとおり慶喜は、政権を朝廷に返したのちは、
「広く天下の公議を尽くし」て、天皇の御英断を仰ぎ、諸侯と同心一体となって協力し、彼らと共に我が国を安んじ守りたい、それが自分として国家につくす最大の誠意である、と、公議体制による国家運営を奏上しているのである。
大政奉還と公議体制樹立は、幕末の我が国が採るべき道として最高の政治判断であった。
なぜならそれは、幕府の政権を朝廷に返し、朝廷の下で上下両議会を設置して、議会もしくは行政府の長が、天下の公論を以て政治を行うことであるから、倒幕派は名目を失い、戦乱を避けて平和裏に新しい政治体制に移行できるからである。
この場合の上下両議会とは、当時の概ねの議論では、上院が諸侯を議員とするもの、下院が藩士の中から有能な人物を議員とするものであり、一般庶民まで下院に登用すべきとする議論もあった。
新体制に参加することを余儀なくされれば、海外勢力を牽制しつつ、その中で薩長の不満に対して何らかの対策を講じることも出来る。
そして大政奉還は実行され公家、長州、薩摩ら、倒幕勢力はクーデターの名目を失い、初代将軍家康以来政権を担い、統一国家「日本」の礎を築いた幕府は終焉を迎え「公儀政府」となった。
ここまでのスローガン
公儀政府= 尊皇+攘夷の為開国
天皇= 公儀+攘夷
新長州= 倒幕+開国
新薩摩= 倒幕+開国
公家= 倒幕
しかし、新長州、新薩摩、過激公家のテログループは表向きのスローガンとして「尊皇攘夷」を掲げ、情報工作した。
○1868年 倒幕の密勅
王政復古の大号令
倒幕の動きは、これまでのテロ活動とは打って変わり変わり、大規模な反乱計画となっていた。
最後の将軍慶喜が「大政奉還」をしたその頃、朝廷から薩長に「倒幕の密勅」が下った。
これは岩倉具視・大久保利通・西郷隆盛らの姦計で、前大納言・中山忠能、前大納言・正親町三条実愛、権中納言・中御門経之らに出させたものであった。
この「密勅」は、幼帝のまったく関知しないところで作成された即ち「公文書偽造の偽勅」である。
慶応3年12月9日、岩倉具視や大久保利通らは武力クーデター計画を進め、佐幕派の摂政・二条斉敬や賀陽宮朝彦親王らを排除し、御所を包囲制圧し明治天皇の掌握した。
この時岩倉具視の主導のもとに発令されたのが「王政復古の大号令」である。
これは「王政復古」と言いながら天皇には実権を渡さず、摂政・関白などの伝統的な上級公家を排除し、天皇親政の名の下、岩倉具視一派や薩長のテロリストらが主導する新政府樹立宣言であった。
そして小御所会議にて徳川家廃却の為「辞官納地」を決定。
その頃最後の将軍慶喜は近代化された旧幕府陸軍五千余人、会津藩兵二千余人、桑名藩兵千余人、その他あわせて一万余人の大軍を率いて二条城にいたが、薩・長・芸の藩兵が続々と入京し京都は一触即発に状態となった。
将軍慶喜は偶発戦争を回避するため大阪へ拠点を移し、江戸へ旧幕府陸海軍の精鋭部隊の来援を命じ軍事的優位を確立する。
のみならず小御所会議での決定に反撃に出る為、外交面でも手を打った。
英・仏・米・蘭・独・伊の六ヶ国の行使を引見し正論で小御所会議の決定を非難し、徳川政権の正統性を諸外国に認めさせ、逆に岩倉具視や大久保利通らを追い詰める。
国際社会から認められた政権が正統政権である。
こうして将軍慶喜は政治的挽回を果たし、巻き返しに成功した。
しかし・・・
ここで岩倉具視のクーデターを鎮圧することが出来れば、歴史はまだ修正出来たのであろう。
○同年、鳥羽伏見の戦い
将軍慶喜の大政奉還によって武力倒幕の名目を失った西郷隆盛は開戦の切っ掛けを作る為、江戸で薩摩のテロリストたちに無差別テロを繰り返させ、幕府を挑発し続けた。
ここへ来て今まで海外勢力が迫る中、同じ日本人同士が血を流す愚を避けようと隠忍自重し、我慢に我慢を重ねた将軍慶喜も幕府も遂に堪忍袋の緒が切れた。
幕府は江戸薩摩藩邸へ総攻撃、焼き討ちにする。
そして将軍慶喜は明治天皇を奪回する為に京へ軍を進め、そこで戊辰戦争の緒戦となる「鳥羽伏見の戦い」が発生する。
滝川具挙率いる幕府軍、「討薩表」を朝廷へ奉上の為鳥羽伏見街道を進発。
薩摩軍に行く手を阻まれ、押し問答の末戦闘開始。
会津藩兵大活躍するも形勢不利の為、滝川隊退却。
これに対して幕府軍は近代化された幕府陸軍を投入。砲兵隊からの支援砲撃を受けた幕府精鋭部隊、善戦し敵中深く突入。
幕府軍有利であったが、この時、
テロリスト側薩長陣営に「錦の御旗」が翻った。
戦況は逆転し幕府軍総崩れ。
敗退・・・。
なぜ幕府軍は、一万五千対五千、三倍近くの兵力を持ちながらこの戦いに敗れてしまったのか。
本来、正規軍によるテロリスト討伐戦だった。
武器の差が、三倍の兵力差を凌いだのであろうか。
いや、その原因はテロリストたちが掲げた天皇の「錦の御旗」である。
つまりクーデターによって無理矢理身柄を拘束されていた明治天皇が、今度はテロリストたちを正規軍だと認め、正規軍であるはずの幕府軍を賊軍とみなしたということである。
「明治維新」は、ここに完了した。。。
将軍慶喜は徹底抗戦派らの意見を抑え、上野の寛永寺に入って謹慎恭順に踏み切った。
こうして政権はテロリスト側に移った。
抗戦派が主張するように幕府が総力を挙げて戦えば絶対に負けなかったろう。
そうなれば外国勢力も介入した激しい内戦となり、どちらが勝っても壊滅的被害が出たであろう。
それが将軍慶喜は良く分かっていた。
この時点でのスローガン
明治新政府= 開国(殖民支配受容)
◎維新後
新政府軍、国民の不満を抑えるため赤報隊に「新政府は年貢半減」と呼ばわせる。
その後、豪商らからの苦情に慌てた明治新政府は赤報隊を解散、幹部を処刑し公約はなかったことにした。
これは現政権民主党が「政権交代」「国民の生活が第一」をスローガンに、出来もしないマニフェストを掲げ国民の支持を得たのと同じである。
そして江戸市中砲撃をやめる代わりに江戸城を開城させ、史料捏造を開始する。
この政権交代以後、国際金融資本の傀儡政府である明治新政府は、政府とは別個の軍事組織である総督府を勅命で組織し、官軍を名乗り戊辰戦争と云う目を覆いたくなるような「侵略戦争」を開始、江戸を攻め、会津を攻め、東北、函館へと蹂躙し、略奪暴行虐殺を続け、植民地とする。
この総督府には、軍令、軍政に関する一切の権限、並びに民政一般にわたる広範囲な裁量権まで与えられた。
この軍事組織である総督府は、後の植民地経営にも応用され、台湾総督府、朝鮮総督府として受け継がれる。
政府ではなく総督府が戊辰戦争を取り仕切った理由は、政府内部には慶喜に味方する意見や東征反対論があったため、政府自体が戦争指導を行うと、反対派らの意見によって戦争遂行が妨げられるから別立ての組織を整えたのである。
後の大日本帝国憲法は、この軍・政分離の仕組みを明文化したものであった。
即ち軍隊を統帥・編成し、宣戦布告や和平を結ぶ権限を天皇が独占して、議会は、予算面における関与だけで軍部をコントロールする道が閉ざされてしまったのである。
実際には軍事を支配する者たちが、天皇の御名を利用して、議会からの干渉を排除し、自分たちの軍事行動の自由を確保するために定めたものであった。
昭和に入って政治問題化した統帥権独立の議論は、帝国憲法の軍・政分離とシビリアンコントロール排除の規定に起因するものであったが、これらは、根源的には、戊辰戦争時の総督府に由来するものである。
即ち明治新政府の成立過程で既に内在化されていたものなのである。
既に幕府が消滅し「攘夷か開国か、尊皇か佐幕か」の争点に決着がついている以上、明治新政府が東北諸藩を攻める理由は、今や全く無い。
にもかかわらず恭順を申し出る東北諸藩を呵責無きまでに攻撃した。
死んだ者の埋葬を許さず、埋葬した者を罰し、降伏したものを虐殺し、そこかしこで女達を「分捕り」として強姦しまくり、少年達の首を刎ね、その生首を肴に酒盛り・・・。
東北諸藩は搾取と隷属の対象とされ、明治新政府の方針は「搾れるだけ搾れ!」であった。
戦国時代さながらである。
これが近代化を目指す者たちのやることであろうか。
戊辰戦争は、公議輿論に基づく公議体制樹立を阻み、我が国の良き伝統である祭祀王としての天皇のあり方を崩し、天皇の御名を利用して薩長のテロリストとその後継者である藩閥・閨閥・財閥出身の政治家が長く政治を支配するシステムを確立し、国民に対する政治責任を忌避し、我が国の近代型立憲主義の運動を歪め、その発展を遅らせた。
「四民平等」をスローガンに掲げたのにも関わらず、現実には華族・士族・平民と新たな階級をつくり、華族を特権階級化して権勢を振るった。
◎誇り
維新に於ける僅かな誇りとすべきは、旧幕府側が公議政体論を掲げ、新政府内の倒幕派に非を唱え、まさに血の贖いによって「五箇条の御誓文の発布」を政府から引き出したこと。
そして戊辰戦争では短期間で崩壊したとはいえ、会津と奥羽越列藩同盟が郷土防衛のために一致協力して公議体制を樹立し、近代型議会主義のさきがけとなったこと。
新政府の悪辣非道なやり方に異議を唱え、尽忠報国を貫き、老若男女一丸となって薩長土の侵略軍に対して最後まで奮戦した会津藩や、忠義のため、誠のために五稜郭で最後まで戦い抜いた方々によって武士道の誉れを後世に輝かせたことである。
◎保守主義
黒船来航から遡ること64年前、フランスでは「自由・平等・友愛」をスローガンに革命が起きた。
穏やかなスローガンとは裏腹に略奪暴行虐殺の嵐で、ギロチンによる恐怖政治の幕開けとなるものであった。
このフランス革命における革新思想に対してイギリスでは保守主義の父、エドマンド・バークが『フランス革命についての省察』を公表し、保守主義を大成した。
『フランス革命についての省察』に於けるバークのフランス革命に対しての批判はそのまま明治維新にも当てはまる。
何故なら明治新政府が行ったことは、フランス革命後の恐怖政治と非常に酷似しているからである。
つまり「維新」とは今さら言うまでもないが極左テロリストによって政権転覆させられた「革命」のことなのである。
「文明開化」や「脱亜入欧」などのスローガンのもとにあれほど多くの欧米の哲学者・思想家の著書を翻訳刊行し流布せしめたにもかかわらず、英米の保守主義のみはほとんど排除された。
明治憲法の運用なども、上からの改革を推進するためドイツ法を範にされることになり、その後東大法学部はドイツ憲法学を中心として英国憲法学を排除した。
そのためコークやウィリアム・ブラックストンとともにバークなどの保守思想は東大のカリキュラムから排除され、ドイツ観念論やマルクス主義がもてはやされた。
これなどはバークなどの保守主義が出回ると革命政権である明治新政府はあらゆる意味で不都合が生ずるからである。
このことは昭和に入っても同じで、日本の知識層と軍部中枢が社会主義一辺倒となり、全体主義(社会主義、共産主義)と対極にある保守主義は、これまた時代に反逆する思想でしかなかった。
また戦後になってもこの傾向は変わらず、ことにマルクス主義に汚染された学界は英米系保守主義の研究を意識して積極的に排斥し、「検閲」と「弾圧」が陰湿に実行された。
我が国に左翼が多いのはこれが原因である。
◎伝統文化の破壊
新政府は思想統制と自らの権威付けの為に「神道国教化政策」を実施、神仏分離令や神社統合令などの大悪法を発令し、それに伴う廃仏毀釈によって神仏を無理矢理分けられ、我が国の心の拠り所を破壊されまくった。
明治新政府の権力を笠にきた神主どもや役人どもによる寺院破壊や仏像破壊等で多くの国宝が失われた。
そして皇室からは古代からの神道に拠るものや仏教、陰陽五行に拠るものなど、即ち神仏習合思想に拠るものを全部撤廃してしまった。
現代の日本人が精神を病みやすいという原点はこの我が国が誇るべき神仏習合思想などの心の拠り所を奪われたからに他ならない。
◎我が国の保守主義とは?
一般に、明治維新によって「日本は世界に雄飛した」、と賛美する人々もいるが、それは明治以降の政府がそのように史実を捻じ曲げたものを、そのまま素直に信じているに過ぎない。
明治新政府が樹立後に始めた数々の悪行は、知れば知るほど恐ろしいものである。
現在から見て幕末の正義と悪が混然としてしまっているのは、当時のテロリストたちが情報の乏しい中にそれぞれ好き勝手な喧伝をし、実態を伴わないスローガンで人々の思想を捻じ曲げようとしたことに第一の原因がある。
それは恰も「尊皇攘夷!尊皇攘夷!」と叫んで、幕府が天皇と敵対し、開国して外人を引き入れようとしていると、その当時の人たちに思わせ、実は自分達が天皇と敵対し開国しようとしてたようなものである。
それともう一つは、「勝てば官軍」の明治新政府が自分たちの悪行を覆い隠し、正道をすりかえる為に、事実の端々を塗り替えた事にもある。
このように欺瞞に満ち、捏造した歴史を押し付け、国体を大いに歪め、天皇を操り人形にし、数々の公約に違反し、偽勅を連発し、自国民を虐殺し、弾圧政治を行った英国の傀儡・明治新政府を賛美するのが真の保守であろうか。
長らく続いた戦乱の病を癒し、太平の世を拓き、庶民文化を花開かせ、同じ日本人同士が争う愚を何としても阻止し、近代化への布石をすべて打って西欧列強から我が国を守ろうとした幕府こそが真の保守であったのではなかろうか。
つまり当時佐幕こそ真の保守主義であったのだ。
しかし、その幕府も今はもう無い。
であれば、その幕府が目指そうとし、「維新」がなかったら歩んでいたはずの「もう一つの日本」を模索し、独立国家「日本」であった頃の江戸文化を現代に適合させた「新江戸体制」を構築していこうとすることが、現代の真の保守主義ではなかろうか。
◎これからの戦い
以上見てきたように明治からの日本は日本では無い。
英国の策略に負けて植民地となったのである。
歴史は繰り返す。
現在の我が国が明治へ回帰したら、また戦争を引き起こし、そして負けるであろう。
大東亜戦争に於いて我が国は欧米列強に「大独立戦争」を挑み、そして負けた。
英国の植民地から米国の植民地に変わった。負けたから・・・。
今度は支那か露西亜か・・・。
日本が日清戦争の勝利に酔い痴れていたその頃、米国では対日戦争計画が立てられていた。つまり第二次世界大戦より五十年近く前から対日長期戦略が策定されていたのである。
それが「オレンジ計画」である。
そしてその計画通り戦争は進み、計画通り勝利した。
計画誤差は殆ど無い。
つまり米国の勝利は戦争前から確定していたのだ。
戦争に於いて「やってみなければ分からない!」などと言ってるのは愚か者である。
戦国時代の諸武将たちが学んだ兵法書「孫子」には以下のように書かれている。
『昔えの善く戦う者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ』
古代の巧みに戦う者は、まず敵軍が自軍を攻撃しても勝つことの出来ない態勢を作り、敵軍が態勢を崩して、自軍が攻撃すれば勝てる態勢になるのを待ち受けた、と云う意味である。
さらに
『善く戦う者は、不敗の地に立ちて、敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦い、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝を求む』
巧みに戦う者は、決して敗れる恐れの無い態勢に身を置き、敵が敗れさる機会を逸しない。だから勝利する軍は、まず勝利を確定しておいてから、その勝利を予定通り実現しようと戦闘するが、敗北する軍は、先ず戦闘を開始してから、その後で勝利を追い求める、と云う意味である。
このように戦争とは先ず勝たなければならない。実際の戦闘はその勝利の確認作業なのである。
最近やたらと、「隷米体制を脱却せよ!」或いは「中国と一戦交えてやれ!」と威勢良く云っている方を見かけるが、果して我が国の軍事力と我が国を取り巻く軍事情勢を理解してるのであろうか。
属国支配から脱するにしても、一戦交えるにしても、何十年何百年と云う視野で見なければならないのである。
そして戦いに於いて「勝つ」ことより最も大切なことは「負けない」と云うこと。
これからの戦いは「物資の量」でも「核」でも「経済」でもない。
我が国独自の伝統文化に基く「価値観」である。
そう、明治以前の「循環と調和」を尊ぶ、即ち「和を以って尊しと為す価値観」である。
これこそが我が国最大最高の武器である。
その為に早く「維新」と云う幻想から覚めなければならない。
今度こそ「負けない戦い」を始めよう。
◎おわりに
真の黒幕とは一体誰であったのだろうか。
国際金融資本ジャーディン・マセソン?、英国首相パーマストン?、英国公使パークス?、通訳官アーネスト・サトウ?、仏国公使ロッシュ?・・・
勿論、グラバーだの坂本龍馬だの岩崎弥太郎だのはジャーディン・マセソンの手駒の一つに過ぎない。
そして、そのジャーディン・マセソンも・・・。
それとも「明治維新」とは薩長を支援した英国と幕府を支援した仏国の代理戦争だったのか・・・
それとも英仏の日本植民地化共同作戦だったのか・・・
何れにしろその当時の世界情勢からこの「明治維新」を読み解かなければ、その本当の姿は見えて来ないだろう。 -
「播州武侯祠遍照院」さんに載っていた山本太郎の新年のメッセージが素晴らしいので転載しておく。ぜひ多くの人に読んでもらいたい言葉だ。
聖書の中に、ソドムの滅亡について次のような言葉がある。果たして国会内に「十人の義人」はいるだろうか。
「エホバ言たまひけるは、我もしソドムに於て邑(まち)の中に五十人の義人(ただしきもの)を看ば其人々のために其処を悉く赦さん。…(中略)…アブラハム言ふ、請ふ我が主怒らずして今一度言しめたまへ、若(もし)かしこに十人看えなば如何。エホバ言ひたまふ、我十人のためにほろぼさじ」
真実を探すブログ より
上記文抜粋
・・・・・・・・・・
参議院の山本太郎議員が公式ブログ上で、新年の挨拶と今年の目標について書いていたのでご紹介します。山太郎議員によると、初めての国会議員生活で永田町が中々動かないことや、お金にならないことは殆ど見向きもされないという事が分かったとのことです。
また、当選直後から連日のように行われたバッシングに対しては「ネガティブキャンペーンを張られても、不思議と大きく落ち込む事はなかった。無所属でたった1議席しかない僕を潰そうと躍起になる勢力があるなんて、素敵じゃないか。そんなに恐がらなくてもいいのにね」と話しています。
昨年のバッシングは山本太郎氏の赤ん坊を叩いたりと凄まじかったですが、これを乗り越えることが出来たので、彼は最後まで何があっても辞める事だけは無いでしょう。
山本太郎氏が言っているように、一番重要なのは一人ひとりの力です。日本人は権力者や有識者に任せて、「自分は関係ないから何もしなくていいや」という考えの方が非常に多いので、これを絶対に変えなければ駄目だと私も思っています。
今年は都知事選などのイベントもあるので、今まで政治を他人事のように見ていたあなたも一緒に立ち上がってください!
引用:2014年がスタート。
新年を迎えたからと言って、何かが急に変わる訳じゃない。
刻一刻と迫る被曝による影響や、大企業の利益を守る為の「人間の切り捨て」に対し、722分の1の国会議員として、間抜けな程ノンビリと進む国会内で焦りながらも、皆さんとの横の繋がりをより強く持ち、圧倒的多数派にプレッシャーを掛けて行くだけだ。
でも急がなきゃいけない状況の中で、すぐに物事は動かない、と言う 永田町の当たり前を、身を持って経験できたことは貴重だった。
ハッキリした事は、国会内では金にならないことは殆ど見向きもされないという事。
命に関わることでも「直ちに影響ない」という事なら、平気で無かった事にされてしまう。
卑しさの塊のような集まりが、国権の最高機関なんて笑えない。
その中で空回りしすぎた自分がいたことも事実。
2014年は一歩いっぽ、踏みしめながら、大切に生きるぞ。
2013年に受け取った1番大きなMessageは、
皆の力が集まれば、どんな事でも出来るって事。
だって山本太郎が国会議員になったんだもの。
皆が本気になれば、選挙でもひっくり返す事が出来る、と証明できた。
この一年で10年過ぎた位の経験を積ませて貰った。
濃い濃い一年だった。
ネガティブキャンペーンを張られても、不思議と大きく落ち込む事はなかった。
無所属でたった1議席しかない僕を潰そうと躍起になる勢力があるなんて、素敵じゃないか。
そんなに恐がらなくてもいいのにね。
恐れられているのは山本太郎でなく、山本太郎を国会議員にまで押し上げた市民の力なんだけどね。
芸能人をやっていた時に、言われの無い誹謗中傷の嵐を受けたならば、立ち上がるのに随分時間が必要だっただろう。
でも、今は違う。
足を引っ張られれば引っ張られる程に燃えてくる。
どうして?
自分にはやるべき事があるから。
皆と約束した事があるから。
それを達成するまでは、潰れられないんだよ。
参議院選のときのような集中した力が出せれば、どんな事でも変えられる。
今はその絶対数が少ないだけ。
現状を認識出来ていない人たちに知って貰おう。
一歩踏み出せていない人の背中を押そう。
数を増やして皆でプレッシャーをかけよう。
大企業や経済団体の御用聞きに成り下がった政治家や、反対勢力という名の既得権益に生きる議員を本気にさせるのは、皆さんの声だ、力だ。
秋の国会が「秘密保護法国会」になり大紛糾したのは、皆さんが動いたから。
大きな声が上がらなかったら、メディアもスルーしていただろう。
結局、法案は強行採決されたけど、監視し、声をあげ圧力をかけ続けよう。
先々、議席が入れ替われば廃止できる。
でなきゃ、国や、企業の奴隷にされるような未来はすぐにやって来る。
多国籍企業の究極の金儲けは戦争。
戦争にならなくても、緊張状態を作り出せば、商売になるもの。
だからこそ耳触りのいい言葉を駆使しながら、戦争出来る国に変えられるよう、着々と準備は整えられている。
このままでは、あなたが、あなたの大切な人が戦場に引きずり出されるのも、それ程先の話ではないだろう。
この国を大企業に売り渡す規制緩和を次々に進め、既得権益を守るために原発事故の影響も隠蔽する者たちがこの国をコントロールしている。
でも、強行採決やるような勢力が余裕だなんて思わない。
ビビりながらやってるよ。
この国に生きる者たちの幸せや権利を叩き売っている事実は消せないから。
人は騙せても、自分自身は騙せない。
愛国者の振りをしながら売国に精を出す、悪魔に魂売った様な政治家でさえも、国中から批判の声が上がればスタンスを変えるしかない。
変えなきゃ、政治家続けられないのだから。
一番の権力者は、企業でも政治家でもなく、あなただ。
それを確かにする為にもあなたから、沢山の人たちを賛同者に変えるアクションが必要。
あなたには力がある。
この世界を変えるのはあなた。
2014年は、大切な一年になる。
泥舟と化したこの国が沈む前に、何とか岸に着ける為に、あなたの力が必要です。
今年こそ、よろしくお願いいたします。
山本太郎 -
「株式日記と経済展望」に引用されていた下の記事が面白かったので、元記事から引用部分を少し変えて引用する。
今後の日本経済の進路を展望するのに良いガイドになる記事だと思う。ただし、株や投資関係の部分は、私は関心が無いのでカットした。
デフレと格差拡大というのがバブル崩壊後の日本経済の骨子だったわけだが、そのツケがこれから回ってくるわけである。デフレ自体は、物価を抑制することで国民生活を守ってきたわけだが、その一方で国民の平均所得はどんどん減少し、さらに生産現場ではあらゆるコストカットが行われてきた。いわば、限界までダイエットした人体のようなもので、ほとんど病人に近い。まったく体力など残っていないわけだ。ギリギリの人員で組織を動かすことが常態化しているので、景気が拡大してもそれに対応できない。何よりも、即座に補充できる「人材」がいないのである。
まあ、詳しいことは下記記事を読めばいい。今後の日本経済は「空前の人手不足」に悩むことになるという筆者の予測はかなり高い確率で当たると私は思っている。それを(一時的にだが)救うのはシルバー世代の再雇用となるのかもしれないが、はっきり言って老人など体力的にはポンコツであり、1日8時間もの労働は老人虐待に近い。
さて、日本の経済界や政界はこの問題を「グローバル化」で解決できると思っているのだろうが、それは甘い、というのは私がかつて何度も書いてきたことである。
(以下引用)
2014年、回復する日本経済に「空前の人手不足」が立ちはだかる! /藤野 英人
現代ビジネス 12月27日(金)8時5分配信
(前半略)
*** 抑制基調だった5年間の影響が一気に噴き出す ***
では、2014年の日本経済について考えてみましょう。
来年の経済のキーワードは「人手不足」です。空前の人手不足の時代がやってきます。というか、もうそれは激しく始まっています。有効求人倍率は0.98倍まで来ていて、1を超すのは時間の問題。建設業はすでに人手不足となっています。自動車業界など生産の現場も人手が足りず、1000人単位で探していますが、なかなか見つかりません。それはそうでしょう。なぜなら、人はどこにもいないからです。
いないなんてバカな! 日本は格差社会が始まっていて、多くの仕事にあぶれた人がいるのに、何を言っているのだと思われた方も多いでしょう。そして、それも一面で事実です。
2008年にリーマン・ショックがありました。これは本当に世界や日本経済に大きな打撃がありました。最近、米国で金融緩和の縮小を始めましたが、そもそも大規模な金融緩和を始めたのはリーマン・ショックから立ち直るためです。5年間も世界はリーマン・ショックに向き合ってきたのですね。
日本経済にも大きな打撃があり、多くの企業が派遣切りを行いました。テント村ができて、大きな社会問題になりました。多くの労働者が路頭に迷ったわけです。生活保護受給者が急増したのも、この時期からです。日本の企業サイドは派遣を切り、新規採用を抑制して、現有勢力をフル回転してなんとか乗り切ってきました。それはある意味、仕方がないことだったかもしれません。
そして、グローバル景気は2011年に一度回復に向かうのですが、日本だけが2011年3月11日の東日本大震災で景気が腰折れをしてしまいました。天災なので仕方がないのですが、本当にアンラッキーでした。
この5年間、日本企業はとにかく採用を抑制し、設備投資を抑制し、多くの日本人は節約をモットーとした辛い時期だったのです。本来、2011年に回復するはずの景気が回復しなかったので、私はその分のマグマが溜まっていると考えています。アベノミクス景気というか、アベノミクス相場の伏線は、この溜まっていたマグマにあります。安倍さんであろうがなかろうが、溜まったマグマはかならず噴き出します。上昇したエネルギーがいつかは消失するように、抑圧されたエネルギーは上に噴き出すのです。
事実、現場は相当投資を抑制しているので、「機械のビンテージ化」が起きています。老朽化した機械を騙し騙し使っていたのですが、ほぼ限界に達しつつあるのです。今後はこうして更新時期に入った機械の需要が続々増えるものと考えられます。しかし、機械以上に更新が必要で、かつ短期的にどうにもならないのは人材です。2014年、日本経済は人手不足に悩まされるでしょう。
*** 生産者人口は、東京五輪までの7年で600万人減少 ***
まずは生産者人口。総務省のデータによると、2008年のリーマン・ショック当時は約8230万人いた生産者人口が、2013年には7900万人(推計値)になっています。5年で330万人減っているのです。それも、シニアの引退と若い人の減少が重なっているから、事態は想像以上に深刻です。これがオリンピックの2020年の予測値となると7300万人。これからわずか7年で600万人も減るわけです。
ただでさえ生産者人口、それも若者が減っているのに、多くの企業はこの5年間、新卒採用を抑制して、若い人に機会も与えず、十分な投資を怠ってきました。そして結果的に、意図しないニートをたくさん作ってしまいました。本来は雇用をし、OJTなどを通じて教育をし、経験を積んで初めて本来の「生産」者になるわけです。
建設業も非常に厳しい時代が続いていたので、下請け業者は若手の採用を抑制してきました。その結果、現場の高齢化がどんどん進んでいます。そこへ東日本大震災の復興特需とオリンピック特需がやってきました。小さい規模の経済で適正化されていた経済圏が一気に膨張したわけです。そもそも生産者人口が減ってきているのに、現場で作業をしたり、現場監督をしたりするノウハウを持った現場の人が圧倒的に不足してしまったのです。
資材も不足していますが、それだって誰かが現場でモノを作らなければ解消しません。セメントも、足場も、機械で自動的に作られるわけではなく、機械を動かす人が必要です。トラックを動かすのにも大型の免許を持った人が必要です。しかし、大型免許を保有している人の高齢化が進み、若い人はそもそも大型免許の取得を嫌がっているので、これから深刻なドライバー不足になるのは目に見えています。
今まで「幸運にも」生産者人口の減少の痛みを受けてこなかったのは、リーマン・ショックの上に東日本大震災が続き、経済が縮小均衡をしていたため気が付かなかったのだと思います。しかし、わずかに景気が持ち直すだけで、この問題点が浮上してきます。
本来、精魂を込めて仕込まなければいけなかった若者たちの就業機会を社会全体で受け止めてこなかったツケは、社会全体で負っていくことになるでしょう。
*** 建設、外食・小売、物流…「現業」従事者の不足をシニアが埋める ***
これは外食・小売の分野でも切実な問題として起きています。アルバイトが採用できないのです。それはそうです。なぜなら若者が減っている上に、社会全体の教育力が落ちているので、時間通りに出勤したり、敬語を使ったりできない若者が増えているのです。
ブラック企業問題も影を落としています。長時間労働の辛い仕事はすべて「ブラック」である、というような風潮が広まっています。もちろん、そのようなブラック企業が多いのは事実です。しかし、そのおかげで大学生が居酒屋でアルバイトをしようとしても仲間に止められたり、親に止められたりするケースが増えているようです。「そこまでして働かなくてよい」と、多くの人が考えているのです。
そこで起きるのは時給単価の上昇です。それはもうすでに始まっていて、外食や小売のアルバイト時給はジリジリ上昇しています。しかし、時給が上がったからといって、優秀な子が来るわけでもありません。厳しく叱ったらすぐ来なくなるし、朝来ないと思ったら、店長にLINEやメールで「体調不良で」と送るようなドタキャンも日常茶飯時になっています。これは外食・小売業に共通の悩みです。
これは結果的に価格に反映されていきます。もしくはサービスの低下です。デフレ時代には「安くてよいサービス」が成り立っていました。しかし、これからは「安くて悪いサービス」か「高くて良いサービス」を選択するようになっていくものと思われます。これは予言ではなく、未来の事実だと私は思っています。
物流も同じ状況です。ネットの普及で、運ぶ人の負担が増えてきています。アマゾンや楽天の成長はすばらしいことですが、それは買い手ではなく売り手が運ぶということを意味しています。運ぶ人たちの現場での負担は厳しく、またドライバーも不足気味です。アマゾンに対して、ヤマトも値上げ交渉をしているという話を聞きます。
このように、実際にモノを作ったり運んだりサービスをする「現業」の人たちが不足しつつあり、それは短期的に解消する見込みはありません。なぜなら人口は加速度的に減っていて、かつ経験値はカネで買えないので、育てるには時間を要するからです。そこは、シニア世代を投入して埋めていくことも一定程度可能ですし、マクドナルドを見ればわかるように、すでに現場にはシニアの人たちが大量に「進出」しています。
一方で、経理や事務など、IT技術で取って代われるようなホワイトカラーの人たちの居場所は、どんどんなくなるでしょう。付加価値の少ない仕事をしているホワイトカラーの人たちは、デフレ下の勝ち組だったのですが、これからは相対的に貧乏になっていくかもしれません。
企業サイドは、上昇する労務費、材料費、物流費、外注費と向き合う必要があります。これらは、消費税の転嫁よりも、むしろインパクトが大きくなる可能性があります。
(後略) -
「反戦な家作り」の下記記事が面白かったので転載しておく。
銀行が預金者から利息0.06%で預かった5年定期の金を日銀に預けると、0.1%の利息が付くのなら、銀行は何も仕事などしなくても良い、ぼろい商売になる。それが、「異次元の金融緩和」でも、銀行から民間への融資がほとんど増えていない理由の一つというか、根本原因だろう。つまり、民間に流通する金はほとんど増えていないのだから、実態として景気が良いはずはないのである。
そもそも、物価が上がれば景気が良い、などというのは愚劣な考えであり、今の物価上昇は円安による(石油を初めとする)輸入品価格の上昇が最大原因であり、それは庶民を苦しめているのである。それを政府は「デフレ退治をした」と威張っているのだから、あきれた話だ。そして、今の消費増加は、言うまでもなく来年の消費税増税を前に、家の改築や高価な物品の購入を前倒しでやっているだけだから、下の記事に言うように、4月からは大不況がやってくるのは当然の話だ。
さて、その来年もあと数日後になったが、何か奇跡が起こって来年が明るい年になってほしいものである。
(以下引用)限界を露呈して、暗い来年を垣間見せるアベノミクス
GDPが7年ぶりに500兆円を超えた と新聞にデカデカと見出しが躍る。
しかし、よく見ると実質成長率1.4%、名目ですら3.3%だという。いずれも政府の見通しであり、何の保証もない。
7月-9月の成長率は、実質GDPで1.9%、名目GDPで1.6%だという。補正予算をドカンと放出して、さらに7~9月は消費増税前の駆けこみで、住宅の契約が激増した。この時期ですらこの数字なのに、何をどうしたら名目で3.3%にもなるのか不可思議である。
いずれにしても、日銀による「異次元の緩和」をして、大型補正予算を含む目一杯の予算出動をしてもこの程度だ。来年が暗いくらい年になるのは、残念ながらアベノミクスが続く限りはほぼ間違いない。
このあたりのことを、生活の党・元衆議院議員の中村てつじさんが解説しているので、一部引用させていただく。全文は、下記のリンクから
アメリカ金融緩和縮小 ~日本との違い~
(以下引用)
じっさい、統計をみれば、日銀が猛烈な勢いでマネタリーベースを増やしても、民間に流通する通貨の量、マネーストックは増えていません。
参照:マネタリーベース統計
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/mb/
2013年11月時点
総額191兆6182億円
(内訳)
紙幣84兆6465億円
コイン4兆5856億円
日銀当座預金102兆3861億円
(3月末は47兆3674億円、55兆円増)
参照:マネーストック統計
http://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/
2013年11月時点
M2:854兆8000億円
(3月末は833兆6000億円、21兆円増)
黒田総裁が4月に日銀総裁になられて「異次元緩和」を始められました。この8ヶ月で、日銀当座預金の額は55兆円も増えているのに、経済学上はその数倍の信用創造があるはずのマネーストックは21兆円しか増えていません。
どういうことでしょうか。日銀から銀行にいくらお金を渡しても、銀行は融資を増やせていないという現実が見て取れます。新規国債の発行+政府支出でマネーストックは増えますので、21兆円のうち、相当部分が政府支出によるものだと理解できます。
いま、銀行は日本国債の保有量を減らしていますが、それは猛烈な勢いで日銀が買っているからです。いま銀行が日本銀行に国債を売ってそのまま日銀当座預金にお金を預けると、当座預金なのに0.1%の金利が付きます。
そら、もうかりますわな。
銀行は、国債を日銀に売りますわな。
預金者からは5年定期で0.06%(年利)
そのまま日銀に預けると超短期なのに高金利0.1%(年利)
見方によってはぼろい商売です。
こういう数字を見ていると、今年の「アベノミクス」成功は、金融緩和ではなくて財政出動だったことが見えてきます。さて、来年はどのように私たち国民は対応しなくてはならないのでしょうか。
(引用以上)
と、異次元の緩和とは、何のことはない銀行に利ざやを稼がせるだけのものだったことが分かります。
さらにこの中村さんの稿には続きがあります。彼の本日付のメルマガよりこれも一部引用します。全文を読みたい方は、メルマガ登録して下さい。→ http://tezj.jp/mailnews/
(以下引用)
昨年末に安倍政権が誕生し一般的には「アベノミクス」により日本経済が回
復したと言われています。しかし残念ながら経済統計を見る限り、2013年秋か
ら経済の回復のスピードは減速して参りました。「アベノミクス」なるものは
限界に来ています。
2013年7月-9月の成長率は、実質GDPで1.9%、名目GDPで1.6%、G
DPデフレータはマイナス0.3%でした。この数字は、年始に編成された平成
24年度補正予算により追加された10兆円の公共事業と、消費税増税前の駆
け込み需要により建築が増えた住宅に、下駄を履かされた数字です。
しかし、2014年は、このような上積みの要素がなくなります。公共事業は追
加の補正予算がされない限り2013年ほどの水準にはなりません。また消費税増
税が始まります。個人消費は鈍化していきます。一方で、金融緩和の影響で円
が安くなり、輸入物価が上がっています。「給料も上がらないのに、生活必需
品ばかり高くなって」とお嘆きの方も多いでしょう。
(引用以上)
アベノミクスが限界に来る前に、私たちの暮らしのほうが限界になるような気がする。
日本経済が破綻するよりも、私たちの家計が破綻する方が先だ。
日本が大丈夫ならば自分も大丈夫だという幻想にすがるのは、もう危険きわまりない。
2013年は、アベノミクスやオリンピックの幻想に浮かれた年だったかもしれないが、来年は現実を突きつけられる年になる。
その時に泡を食って「強そうな者」にすがりついてファシズムに雪崩落ちるないように、今から心の準備をしておくことだ。そして、何とか生き残り、食いつなぎ、アベノリスクをひっくり返すことだ。 -
「大摩邇」から転載。
時事的な話題は他のブログに任せて、このブログではあまり扱わないようにしようと考えているのだが、下記記事はできるだけ拡散した方がいいか、と思って転載する。
次回のTPP会合は来年一月にスイスの、あのユダ金御用達の「ダボス」で開かれるという話があり、そこで報道関係をシャットアウトして一気に話をまとめる目論見のようだ。それまでに米国内でも日本国内でもTPP反対の機運が盛り上がってほしいものである。米国議会でTPPが拒否される見通しである、という情報は日本でのTPP議論に大きな影響を与えるのではないか。
米国議会(国際的大資本と同じ穴の狢である共和党では賛成派も多いようだが)がTPPに反対するのも当然であり、何しろ、国家主権が国際資本の意思よりも下位になるかどうか、という話なのだから。
(以下引用)
2013年12月14日23:38
カテゴリ真実を探すブログTPP
TPP、アメリカ議会での批准は不可能に!151名の民主党議員がTPP反対書簡を提出!共和党も反対多数!賛成派は大統領達だけ!
真実を探すブログさんのサイトより
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1377.html
<転載開始>
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日本では安倍首相が早期締結を指示した「TPP(環太平洋戦略的)」ですが、アメリカでは議会の大多数がTPPに反対を表明しており、議会でのTPP条約批准は不可能な状況となっています。
今月上旬に米国で与党をしている民主党議員151名が、オバマ大統領に反対を表明する書簡を提出しました。民主党は下院議員だけで201名いますが、その内166名も反対しているのです。
アメリカ議会は上院と下院で過半数の賛成を得なければ、TPPのような条約を締結することは出来ないため、約8割もの議員が反対している現状では、TPPが成立することはまず無いでしょう。
アメリカにおいてTPPを推進している勢力は、オバマ大統領とモンサント社などから支援を受けている議員らだけで、数は2割程度しかいません。
先月辺りからアメリカの情報公開制度の影響で、TPP秘密交渉に関する情報が次々に漏れ出ています。その影響で、アメリカ国内では多くの方がTPP反対を呼び掛けており、時間が経過すれば経過するほど、オバマ大統領ら推進派は厳しい立場になる可能性が高いです。
このようなアメリカの状況を知っていると、ノリノリでTPPを推進している安倍首相は、1人漫才をしているように見えてしまいます(苦笑)。アメリカ議会で批准が失敗し、TPPが消えた時にはどんな反応をするのか楽しみです。
☆米国議員のTPP反対書簡
URL http://www.yamabiko2000.com/modules/wordpress/index.php?p=395
引用:
米国のパブリックシチズンのローリー・ワラック女史から連絡が入ってきました。
米国ではTPP協定はたとえ合意ができたとしても連邦議会では批准されることはないとのことです。
この9月に、米国政府は連邦議会にTPPの秘密協定の内容にアクセスできるようになってからは議員の間では反対の声が急速に高まって来ています。
ついに、オバマ大統領を支えている与党民主党からも151名が反対の書簡を大統領宛に送るに至りました。…
民主党は下院議員だけで201名ですが、その内166名も反対しているのです。
共和党はもともとオバマ大統領に反対の立場ですが、TPPについても21名が反対の書簡を送っています。また穏健派の6人も反対表明しています。
これは米国憲法では、連邦議会に外交交渉権限があり、TPPを批准するにはTPA法律を、成立させなければなりません。
その法律を成立させる見込みがなくなったのです。
写真を見て下さい。
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:引用終了
☆米の州議会議員ら129人 TPP反対 政府に書簡
URL http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-22/2012072201_02_1.html
引用:
米国全50州の州議会議員と米領プエルトリコの議員のうち129人が環太平洋連携協定(TPP)に反対する公開書簡を米政府の通商代表部にこのほど送りました。TPPに盛り込まれる「投資家対国家の紛争解決」(ISDS)条項が外国企業の利益を優先させ、州法や州の権限を侵しかねないと批判しています。
5日付で送られたこの書簡は「TPPにISDS条項が盛り込まれ、州の規制や法律、司法上の権限に影響を与えることを特に憂慮する」と述べています。「資源採掘の規制やたばこの箱の外装に関する法律など中心的な公共政策の決定に挑戦するため外国企業が力を振るうことになりかねない」と懸念を表明。「北米自由貿易協定(NAFTA)のもとで州の法的決定が挑戦を受けた」と指摘しています。
書簡を中心になってまとめたマラリン・チェース・ワシントン州上院議員(民主党)はホームページ上で「われわれの義務は州の法規を守ることだ。州法を超越した国際的協定を支持することではない」と述べました。「TPPに州法を超える権限を持たせれば、民主主義に障害をもたらす」と警告しました。
:引用終了
☆安倍首相、TPP早期妥結指示=日米協議継続も求める-西村副大臣に
URL http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2013121200343
引用:
安倍晋三首相は12日、環太平洋連携協定(TPP)交渉の早期妥結に向け、協議を進めるよう西村康稔内閣府副大臣に指示した。特に日米連携の重要性を指摘し、関税をめぐる日米協議の継続も求めた。
西村副大臣は、10日までシンガポールで開かれ、年内妥結が見送りとなったTPP閣僚会合について首相に報告した。副大臣は報告後、首相官邸で記者団に対し、米国が日本にコメなど重要5項目を含む原則全品目の関税撤廃を要求していることについて「米国側の主張に変化があるわけではない」と、日米協議の厳しさを改めて強調した。(2013/12/12-11:31)
:引用終了 -
「人生は冥土までの暇つぶし」というブログに載っていた「月刊日本」という雑誌から引用された文章である。私が、天皇制というのはもしかしたら優れて未来的な政治システムではないか、と思う理由がここに書かれている。「内乱最小化の原則」とは、私流に言えば、「権威」が「権力」の暴走にストップをかけるシステムのことだ。
この「内乱最小化の原則」は日本の歴史によって明確に実証された、と私は信じている。たとえば、太平洋戦争の敗戦処理が平和裏に終わったのは、日本人の皇室尊重の念に由来するところが大きいだろう。つまり、天皇が、戦争は終わりだ、と言ったからピタリと戦争が終わったのである。それが無ければ、日本本土でのゲリラ戦が延々と続き、日本は焦土になっていたかもしれない。昭和天皇の戦争責任問題とは別に、この「一言で国家が大きく動く」という天皇の権威というものは、実は、愚民政治、大衆操作政治になりがちな民主主義の補完機構になりうるものとして考察に値すると思う。
山本太郎の「天皇直訴」を自民党政治家たちがキチガイみたいに非難したのは、山本太郎の行為が、まさにこの、目には見えない日本のシステムを顕在化させることを恐れたからである。
今、のんびりと書いている「国家改造論」の基本思想の一部がここにあるので、とりあえずメモしておく。
パソコンが正常に使えるようになったのでブログを再開したが、以前のように頻繁な更新はしないつもりである。まあ、この古いパソコンが完全に壊れるまで、細々と、不定期に更新するが、終わる時は、断り無しになるかと思う。
(以下引用)
ここで有史以来のわが国の統治の跡を辿ってみる時、いかなる時代の変化に際しても、「国民相搏つ内乱の悲劇を最小に抑える」という「内乱最小化の原則」が現れていることに気が付く。
これこそわが皇室の不朽の統治理念ではあるまいか、と推察するのは私だけであろうか。つまり、「皇室が敢えて親政を避け有力政治勢力を選んで大政を委任する」わが國體の本義は、権力者が創めた政体の備品、すなわち「時の官僚」が、自らを変革することが原則として不可能との先験的知見に基づくことを洞察しないでは、畢竟わが国史の理解はムリかと思うのである。 -
久し振りに「株式日記と経済展望」から転載。
同記事にはロイター記事とZAKZAKからの記事が引用されていたが、長くなるのでZAKZAKの方はカットした。管理人氏コメントには興味深い考察があるので、そちらはそのまま載せる。
そのコメントとは、要するに、中国の防空識別圏はあまりに広すぎて、軍事的には無意味だ、という話である。それを実証したのが26日の米軍の行為である。米軍は中国に無通知で尖閣上空、つまり中国が新たに設定した防空識別圏内を航空したが、中国からは何の反応も無かったのである。つまり、中国側は探知できなかったのだ。
だが、軍事的には無意味だが、政治的には意味がある。この圏内で空軍や民間機による紛争が起こった際に、中国はそれを相手側の責任にすることができる、ということである。そして、尖閣諸島は中国の領土である、と中国が主張している以上、その上空まで防空識別圏に入れるのも当然、ということになる。日本から言えば、こちらも尖閣上空は日本の防空識別圏に入る、と言うのは当然である。
つまり、尖閣の帰属が不明瞭な以上はこうした問題が起こるのは時間の問題だったということだろう。まったく、尖閣諸島は喉に刺さった魚の小骨である。まさに魚釣島の名にふさわしいが、釣られて戦争をするのは魚ではなく愚かな人間である。
領土境界の帰属は常に戦争原因になるが、21世紀にもなってまだそんなことをやっていることを人類は恥じるべきだろう。こんなのはお互いが少し妥協すればまったく問題にもならない話である。
妥協こそ大人の叡智であり、自己主張を一歩も譲らないのは子供である。などと言う私自身は中学生並みの頭の人間ではあるのだが。
(以下引用)
中国が、東シナ海上空に一方的に防空識別圏を設定したことに続き、尖閣や
周辺海域を着弾点とする軍事演習を行い、領有権をアピールするというのだ。
2013年11月27日 水曜日
◆米軍爆撃機が防空識別圏を飛行、中国に事前通報せず 11月27日 ロイター
[ワシントン 26日 ロイター] - 米国防総省当局者は26日、米軍のB52戦略爆撃機2機が米東部時間25日夜、中国への事前通報なしに沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)上空を飛行したと明らかにした。
中国は週末に尖閣諸島上空周辺を含む東シナ海に防空識別圏を設定。米軍爆撃機の識別圏通過に、これまでのところ中国側は反応していない。
一方、米ホワイトハウスのアーネスト報道官は26日、尖閣諸島をめぐり日中が対立していることについて、外交的に解決すべきとの見解を示した。
また、報道官は記者団に対し、中国が設定した防空識別圏について「不必要に対立をあおる」とした上で、「こうした問題は脅しや対立を激化するような表現を通じて対処すべきではなく、外交的な解決が可能であり、そうすべきだ」と述べた。
国防総省当局者によると、今回の飛行は以前から計画されていた訓練の一環で、爆撃機は武器を積んでいない非武装の状態で飛行した。
国防総省の報道官、スティーブ・ウォレン大佐は「尖閣諸島付近でオペレーションを実施した。通常の手続きに引き続き従っており、飛行計画の通知や事前の無線連絡などは行っていない」と語った。
同大佐によると、訓練中に中国側の航空機に監視されることはなかったという。国防総省は訓練には「グアムを出発した航空機2機が参加し、2機はグアムに戻った」と明らかにしている。
専門家らは、中国の動きについて、日本側の主張を徐々に弱めていきたい狙いがあるとの見方を示している。
(中略)
(私のコメント)
中国がいよいよしびれを切らして、いろいろな強硬手段を打ってきました。防空識別圏の設定もそうですが、尖閣諸島を目標としたミサイル発射訓練も計画しているらしい。日本の領土へのミサイル発射は認められるわけがないから、日本もイージス艦を並べて尖閣諸島に着弾しそうなら迎撃すべきだろう。
中国本土では、ミサイル部隊の大規模な移動が見られるという事ですが、尖閣を目標としたミサイル演習なのかもしれない。以前にも台湾に向かってミサイル演習を行いましたが、アメリカの空母が台湾の海域に入って中国に対抗して収まった。台湾への露骨なミサイルによる恫喝ですが、中国軍はその時よりも大幅な強化と近代化を行っている。
防空識別圏の設定とミサイル実験とはセットであり、周辺諸国への恫喝に他ならない。東シナ海は中国はもとより日本や韓国や台湾の民間航空機が飛び交う交差点のような海域であり、公海自由の原則によって自由な航行が認められなければならない空域だ。アメリカの爆撃機が尖閣上空を飛んだという事ですが中国側は何のリアクションも行わなかったようだ。
今回中国が定めた防空識別圏は、中国の沿岸からあまりにも遠くにまで定められていて、地上レーダでは高空しか監視できないし、常時早期警戒機でも飛ばしていないと監視できない。もしレーダーで捉えたとしてもジェット戦闘機が現地に到達するには遠い所では1000キロ近くもあり目標機をとらえる事は難しいだろう。
中国空軍がどれだけのスクランブル能力があるのかは分かりませんが、米軍のB52が二機防空識別圏を飛んでも中国軍機のスクランブルは無かった。あまりにも防空識別圏が広すぎて、たとえ発進しても現場に着くころは米軍のB52はより遠くに飛び去っている。P3Cなどのプロペラ機なら追いつくだろうが、P3Cは海面すれすれを飛ぶから地上レーダーに映らない。
だから広大な領域をカバーする早期警戒機を常時飛ばしておく必要がありますが、尖閣の巡視船ですら常時張り付くことはできていないから多くの早期警戒機が必要になる。しかし中国の早期警戒機が飛べば自衛隊のジェット戦闘機がスクランブル発進するから中国の早期警戒機を追い払う事になる。
つまり尖閣で起きているような巡視船同士の睨み合いのように、中国軍機と自衛隊機の睨み合いが東シナ海の空域でも行われるのだろうか? 中国空軍がどれだけのスクランブル能力があるか試す機会にもなるかと思いますが、今回の防空識別圏全部をカバーする事は物理的に不可能だ。中国軍機の最新鋭機はJ-10ですが、行動半径が1000キロに満たない。
防空識別圏は便宜上作られた空域に過ぎず、リストにない航空機が侵入してきたら警告して追い返すだけだ。だから空域を設定しても監視能力がなければ意味は無く、中国紙がミサイルを打つような事を言っているが出来るような空域ではない。問題は尖閣の領土領空を含んでいる事でありこれは明らかに挑発行為だ。
中国空軍の最新鋭機の性能はまだなぞであり、ロシアから最新鋭機スホイ27を輸入してもエンジンの国産化がまだできない。いずれ尖閣上空で自衛隊のF15と中国のスホイ27の模擬戦闘でも行われれば性能が分かるのでしょうが、スクランブルでスホイ27が出撃してくるのはいつになるだろうか?
日本の自衛隊機も老朽化が進んで、後続の戦闘機の選定が終わっていない。F35も決まってはいてもまだ完成もしていない。すでに有人戦闘機の時代は終わり無人戦闘機の時代が来るのかもしれませんが、今回のような中国からの挑発が続けば日本人も目覚めて再軍備化が進むかもしれません。集団的自衛権や秘密保護法案などもそれに関連していますが、中国の挑発で法案が通しやすくなった。安倍首相にすれば中国に感謝したいところだろう。
