"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「神州の泉」から転載。
日本(自民党政府)のTPP加盟は規定路線であり、もはやTPPについて何を書いても無駄だ、という感じもあるが、神州の泉氏は根気よく記事を書き続けている。こうした粘りや執念こそが日本人にもっとも欠けているものであり、彼のこの姿勢は称賛に値する。
下記記事は拡散すべき内容を持っている。
要するに、政府とマスコミが足並みを揃えて、「聖域無き関税撤廃には反対する」という一点に話を絞りこんで、国民を騙そうとしている、ということだ。この一点に話を絞れば、ほんの一つでも、日本の関税を維持してよいという関係各国の譲歩があれば、即座に、TPP参加はOKという成り行きになるわけで、そこが政府の狙い目だろう。つまり、小泉の「ワンフレーズポリティクス」の応用であり、国民はそういう単純化された話に弱いという大衆心理の悪用である。
「神州の泉」氏を見習って、できるだけ多くの大衆発メディア(ネットやミニコミ紙)などでこの事実(TPP参加のための、政府とマスコミの詐欺行為の事実)を拡散していくことが、今は必要だろう。
そう言えば、上に書いた「大衆発メディア」の必要性を私は政治改革の最大のポイントだと書いてきたのだが、しばらく忘れていた。そのうち、日本の政治改革、社会改革の「ゴールと手段」をまとめてみようかと思っている。
聖書の中に「幸いある日は楽しめ。悩みの日には考えよ」という箴言がある。これから日本は「悩みの日」に入る。ならば、その期間は、日本や世界の来し方行く末についてじっくりと考えることが、より良い未来を作るためには大事だろう。
(以下引用)
2013年8月13日 (火)
「J-ファイル 2012」のTPP公約違反は既定路線だったのか!?
2013年8月12日 06:50 (日刊サイゾー)には重要な意見が書かれている。
この記事を書いたのは久保田雄城氏(メディア・アクティビスト)である。
その記事を参照しながら少し考えてみる。
昨年の衆議院解散総選挙における政権公約集「J-ファイル 2012 総合政策集 自民党」というリーフレットの中には次の6項目がある。
1、政府が、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対する。
2、自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標を受け入れない。
3、国民皆保険制度を守る。
4、食の安全安心の基準を守る。
5、国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
6、政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。
以上のTPP判断6項目は、本ブログでも何度も記している。
安倍政権は(1)ばかりにこだわって、(2)から(6)までの非関税障壁カテゴリーという重要5項目は故意に無視していた。
安倍政権や管轄官僚たちの強硬とも言えるこの非関税カテゴリーの無視はあまりにも異常すぎた。
この「J-ファイル 2012 総合政策集 自民党」のTPP関連公約は、読めば一目瞭然のように、「聖域なき関税撤廃」だけが問題なのではない。
むしろ(1)以外の5項目こそが日本の命運を左右する重大な案件となっている。
国の形と日本のアイデンティティを形成する骨組みや枠組み全てが瓦解する危険があるのだ。
自民党の解散総選挙における政権公約では上記6項目がしっかりと謳われている。
にもかかわらず、安倍首相は政権発足時から、TPP参加の可否条件を一貫して「聖域なき関税撤廃」が一部でも崩れるかどうかだけに異常にこだわってきた。
マスコミもその時期には一貫して、安倍首相の「聖域なき関税撤廃」云々だけを報じていた。
途中から東京新聞(中日新聞)だけが、そのバイアス性に言及し始めたが、他のマスメディアは今でも一貫して重要5項目に触れようとしない。
この流れの中で久保田雄城氏は、上記5項目の(6)「政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。」に関連し、安倍政権は明らかな公約違反をしたと喝破している。
この記事を書いた久保田雄城氏の指摘はすこぶる重要である。
それはマレーシアで開かれた、日本初参加の第18回TPP交渉の全日程が7月25日に終了したあとに突然起きた。
この翌日7月26日、日本郵政とアフラックの業務提携が発表されたのである。
驚天動地(きょうてんどうち)とはこのことだ。
久保田氏によれば、これは明らかに上記項目(6)にある「金融サービス(等)のわが国の特性」を踏まえていないという。
全くその通りだ。
日本郵政は収益力強化のため、2008年に日本生命保険と提携し、5年の歳月を費やしてがん保険を共同開発した。
両者がタイアップして開発された新型のがん保険商品は実現間近だったが、このがん保険を反故にしてまで協働の相手をアフラックに切り替えた。
親友を裏切るこのような日本郵政のこの経営判断は、従来日本の企業慣習には滅多にない暴挙である。
日本は個人レベルでも企業レベルでも、親和的に、互恵的に、友好的にやってきた相手を裏切らないのが従来の慣習である。
それは、日本が過去の村落共同体精神で培った「和を以て貴しと為す」の日本型特性であり、商習慣においてもきっちりと守られてきた。
いわゆる日本型社会秩序の重要なプリンシプルである。
あろうことか、日本郵政社長の西室泰三氏は互恵関係を築いていた日本生命を思いっきり裏切ってアフラックとの一本化を決めた。
久保田氏のいうように、この業務提携強化は「J-ファイル2012」のTPP公約(6)「政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。」の完全な違反である。
現在の段階で日本郵政の株式を、政府が100%保有することを思えば、政府が日本郵政のこの動きを制止して当然なのである。
ところが、安倍政権は動くどころか歓迎ムードである。
それもそのはずで、日本生命を外してアフラックとの提携強化をぶち上げた西室泰三氏を日本郵政社長へ抜擢したのは政府の意向だったからだ。
つまり、この提携強化は、国際金融資本、米政府(USTR)、日本政府、西室泰三氏、アフラックが、先刻裏で合意された工程の中に組み込まれていたからだ。
「J-ファイル 2012」の「109 自由貿易への取り組み」の中に、「TPPに関しては、政府が国民の知らないところで、交渉参加の条件に関する安易な妥協を繰り返さぬよう、わが党として、判断基準を政府に示しています」と明記されている。
したがって、今回の提携強化を政府が是認しているのは、明らかに自民党の悪質な公約違反である。
わが国の金融サービスの特性を踏みにじるこの提携強化こそ、国際金融資本特有のレトリックである“イコール・フッティング(同等条件)”の実態だ。
これはTPPが本格稼働した場合、日本がどうなるかの一つの雛型と言っていいだろう。
久保田氏によれば、「J-ファイル2012」リーフレットのTPP非関税関連5項目が破られたのは(6)だけではないという。
(4)の「食の安全安心の基準を守る。」も、たしか今年の2月にBSE(牛海綿状脳症)対策の輸入規制が、月齢を「20カ月以下」から「30カ月以下」に拡大されている。
以上の流れを見ると、自民党の上層部は昨年の総選挙前から、CSIS(米戦略国際問題研究所)の意を受けて、政策工程に組み込んでいたものと思われる。
マスコミは裏で進んでいたこの策動に従って重要情報を隠蔽し、アメリカの対日戦略に沿って報道した。
政府やマスコミのこの異様さは占領統治以来、慣習となっている「閉ざされた言語空間」に忠実だからである。
アメリカの奸智に長けた戦略的な利益誘導を日本人はいっさい批判してはならないという不文律が、マスコミにはがっちりとできあがっているのである。
これこそが現代の『閉ざされた言語空間』ではないのか!?PR -
「晴れのち曇り 時々パリ」から、記事全文を転載する。「生活の党」にとっては厳しい言葉が並んでいるが、これくらいの「総括」が無いと、先には進めないだろう。
この筆者ほどではないが、私も小沢一郎に期待し、鳩山小沢時代の民主党や民主党離脱後の生活の党を応援する文章を何度か書いてきた。だが、小沢一郎のここ数年の政治的行動は「悪手」の連続だったと思う。
彼が裁判で有罪にならなかったのは慶賀すべきことだが、今の日本の司法状況の中で彼が有罪にならなかったのは、奇跡である。そこには何かの裏取引があったのではないか、という気もする。つまり、「本気で政権を取るような行動」を封印する、という約束があったのではないか。それほどに、彼のここ数年の政治行動は歯がゆいものだった。
その一つが「不正選挙」の追及をまったく彼がしようとしないことだ。前回の衆議院選の時に、あれほど不正選挙の証拠がありながら、生活の党はその追及をまったくしようとしなかった。そして、今回の参議院選でもまた同じである。その結果、生活の党は、もはや政党とも呼べないほどの小集団になってしまった。
私が参議院選挙の少し前から生活の党と小沢一郎を見限ったのも無理のない話だろう。つまり、小沢一郎が真剣に政治をやっているのなら、あまりにも無能だし、もはや自己保身しか頭に無く、政権を取る意志も無くしているのなら、政治家としての生命は終わりである、ということだ。そして、私は、その後者が正解だろう、と思っている。そこで、この文章の筆者と共に、「さらば、小沢一郎」と言うことにする。
もちろん、何度も言うように、政治家という商売は厳しいものだ。下手をすると無実の罪で監獄行き、どころか、石井代議士のように、白昼堂々、暗殺されることもある。だから小沢一郎を責めるつもりはまったく無いし、一時期彼を支持したことを後悔もしていない。だが、もはや生活の党(あるいは緑の風)などが政治を動かす存在になることはないだろう。ならば、そういう存在は政治的には存在する価値は無い、ということである。
ただし、亀井静香などは、その去就によって一つの政党と同じ重みを持ちうる存在だ、と私は思っている。小沢一郎にも(やる気さえ本当にあれば)それくらいの重みはまだあるだろうし、そうした重量級の数名が手を結べば、日本の政治に大きな影響力を持てる可能性もあるのではないか、とまだかすかな望みは持っているのである。たとえば、「小沢一郎、亀井静香、福島瑞穂、山本太郎」で新党を作れば、これは相当なネームバリューを持つ政党になる。「数」には頼れない今となっては、そういう知名度に頼るというのも一案だろう。もちろん、ここに鳩山由紀夫が入れば、鳩山由紀夫ファンの私としては、もっといい。
(以下引用)
宴は終わった。
2013-08-02 22:11:29 | 政治と社会
小沢一郎殿。
楽しい夢を見させて頂きました。
日本の国民が始めて、まともな自立した社会を持つ国家を手に出来るかもしれないと言う、見果てぬ夢に突き動かされた4年間でした。
『国民の、国民に依る、国民の為の政権』を、日本人が始めて手にする機会をこの目で見る、そんな見果てぬ夢を追い続けた4年間でした。
2009年の8月の終わりに、我々の夢は最高潮を迎えました。
あとは、ただただ下り坂。
自民党の仕掛けた事件捏造を、特捜官僚達が巧みに演出して舞台に乗せ、シロアリの提灯持ちのマスコミによって見事にロングランへと成長しました。
国民からは愛想を付かされ、政界からはほぼ消えかかり、小沢一郎の見果てぬ夢も、幕を閉じようとしています。
小沢さん、ご苦労様でした。
政治生命をほぼ絶たれ、家庭は崩壊し、財産も底をついた貴殿の現状は、支持者にとっては涙無くしては、見られません。
極右が政権を握り、宗教政党が補完して、その他の右翼政党が周辺応援団となって、今や日本の政界は文字通りの『大政翼賛体制』が再来しました。
野党と言うべき勢力は消え去り、社民党と生活の党がかろうじて極小反対勢力として留まっては居ても、蟷螂の斧にも等しく、日本は再び強権政治へと成り果ててしまったのです。
小沢一郎殿。
貴殿は、いまだ戦う姿勢を崩して居られない。
その意気や良し。
もっとも、この局面までに至ってしまって、いまさらスゴスゴと諦める訳にはいかない事も、事実でしょうが。
それでも、このように仰る。
「国民が自公政権に対抗する受け皿を望んでいるのは間違いない」
「しっかりした政権を担い得る受け皿ができれば、もう一度政権交代が可能だと思う」
「私もその受け皿を作る仕事をやり遂げたい」
確かに、理屈はその通りです。
小沢一郎は、常に正論を言う。
今回の参院選だって、受け皿が有れば、負けてはいませんでした。
しかし。
一体、何処に「自公政権に対抗する受け皿」を作れる芽が、有ると言うのでしょうか。
リベラル派の議員諸氏は、殆ど落選して下野してしまっています。
勿論その彼等は、受け皿が出来れば、その有力候補者ではあるでしょう。
で、その受け皿の核となるものは、一体全体何なのでしょうか。
もち論『生活の党』で有る筈は有りません。
小沢一郎が代表で、諸族議員10名の政党が「自公政権に対抗する」受け皿の母体になれるとは、信じろと言う方が無理と言うものです。
コアな支持者は別として。
所謂B層の国民達が<小沢一郎率いる10名>を熱狂的に支持すると思われますか?
社民党と組めば、ますます「左翼」的イメージを深められてしまう。
実は最近知ったのですが、嘉田某と組んで以来、国民のかなりの部分に「生活=左翼」というイメージが出来上がって、話を聞いてもくれなくなった状況が生まれていたそうです。
みんなの党が、生活と「本気で」組むと考えられますか?
他に、受け皿を作る「母体」が、存在しうるのでしょうか。
亀井静香?
その「生活の党」所属の議員達ですら、資質には『?』を付けざるを得ない人だらけ。
党組織は旧態依然として、動脈硬化も著しい。
選挙戦に、それこそ手弁当で参加した多くの支持者達を、仲間意識で見るどころか、うろんな輩扱いする始末です。
代表の周囲は「虎の威を借りる狐」達が固めて、代表に風を通さない。
仕事の出来る女性議員は敬遠するか、あろう事か虐める始末。
その「生活の党」で、唯一と言っても過言では無い有能な人材であった「森ゆう子」は落選させる始末。
その彼女を、党運営に迎え入れる事もせず。
落選議員を仲間に入れるだけの意識も包容力も無い、「普通の」政党に過ぎない事が自明となった。
そして、その森ゆう子自身が、自意識過剰で人の心をイラつかせる。
自分で自分の知識や行動力を自慢する有様では、離れて行く支持者が居ても当然かと思える有様。
田舎に行けば行く程、大半の有権者は「人当たり」と「人情」とで票を入れるのです。
颯爽としたキャリアー・ウーマンでは無く。
そして、もう一方の看板となり得た「三宅雪子」も、実際の行動となるとみていられない頼りなさ。
演説はへたくそ。
人の忠告は聞かない。
そのくせ、批判や反対意見には敏感で、独りくよくよ悩んで落ち込む。
「橋下久美」も「はたともこ」も「太田和美」も、いい加減にせんかいと言いたくなる事実に多し。
勿論、この五人とも、余人を以っては変え難い貴重な人材で有る事には、異を挟むものでは有りませんが。
皆が皆、党も議員も前議員も、独りよがりでスタンドプレーにうつつを抜かすのを見せられて、ウンザリしたのは私だけではない筈です。
それでもこの顔ぶれは、失うにはあまりにも惜しかった。
それで、残った顔ぶれで、一体全体何が出来るのかしらん。
「官僚支配の打破」と「共生」という小沢イズムは、日本の根本的矛盾の多くの解決への道筋を示している。
困難な財政状況も、米軍の傍若無人ぶりも、中韓との軋轢も、フクイチの事故対策も、原発再稼働も、日本の社会と経済との基盤を崩壊させるTPP参加も、憲法改悪への流れも、日本社会を蝕む悪しき事共の殆どは、思い上がった官僚達の暴走を潰す事で、解決に向かう事が可能である。
労働環境の悪化も、大衆の所得の減少も、一部大企業だけが潤う経済システムも、生活困難を訴えるシングルマザーやワーキング・プアーの増加も、年々増える「餓死」も「自殺」も、『共生』の思想で中央官僚の支配から地方への権限委譲で、相当の部分を改善する事が可能となる。
その、小沢イズムによって「日本を取り戻す」事を期待させてくれた、2009年8月30日の「歓喜の頂点」から、「幻滅と諦めの谷底」への4年間は、名も無き市井の一国民が、日本の救済に何らかの参加が出来るのでは無いかと、楽しい夢をみてがむしゃらに走り続けた時間であった。
楽しかったでは有りませんか。
菅直人に、仙谷由人に、岡田克也に、前原誠司に、野田佳彦に、罵詈雑言を浴びせていた当時も、それはそれで我々は生き生きしていたでは有りませんか。
政治を変えられるかもしれない、と期待させてもらえたのですから。
そして、宴は終わった。
一介の庶民等、所詮は非力で何の力も無い事を、充分に分らせられた4年間で有りました。
シロアリ軍団恐るべし。
更には。
支持者達もいがみ合う。
参議院選挙戦の最中から続いていた軋轢が、選挙の惨敗を機に一気に広がって、評論家やら学者やら、有名ブロガーやらツイッター・ユーザーやらが、互いに相手の傷に塩をぬり込める様に、傷付け合っている。
この様な状態を「末期的症状」と言うのです。
まさに、泥舟は沈み行く。
生活支持者達は「民主党」を泥舟と呼び、その崩壊を声高に言い募ってきたが、実は自分達の方が泥舟に乗っていたという、笑えない現実に気がつかされた2013年7月でした。
米国に居を定める多国籍企業の後押しを受ける米国政府に、好きな様に貪られ、都合の良い様に「世界戦略」の末端の駒として扱われ、真の主権を持たず、植民地扱いされて来た祖国が、やっと真の独立を手にする事が出来るかもしれない、という不遜な夢はとうに破れた。
一瞬目の前にぶら下げられたニンジンは、とても瑞々しいく、紅くて美味そうだった。
ネットと言う仮想世界であろうと、現実の生活の中であろうと、反政府的言動を弄せば、即座にしょっぴかれ散々なめに合わせられる状況が、法的に整備され始めている。
なにしろ、天賦の権利である「人権」すら認めない方針の「改憲案」は、ねじれ解消国会と、意地汚い与党周辺のおこぼれ待ちの補完政党によって通過するだろう。
国民投票でも、きっと賛成が多数を占める様な流れに持って行くに決まっている。
今でも6割以上が「改憲に賛成」との調査報告が為されて、着々と洗脳に余念がないのだから。
日常に於いては、正社員も安泰ではなくなり、企業側の理論でのみ雇用関係が創出されて、国民の大半はただ食いつなぐ為に働かされるという、19世紀産業革命期の英国の庶民の如き有様になる果てるだろう。
生活環境が悪化すればする程、日本人は闘争心を失い、反抗心を無くして、生霊の如き存在に成り果て、生物学的に生きて行く為だけに生かされて行く事になるのだろう。
チェルノブイリの一千倍以上の放射能を浴び続け、汚染食品を食べさせられ続けて、日本人のDNAは徐々に変化し、『ネオ・ジャポニクス』として新たな種に変質して行くのだろう。
人口も半減して。
司法は正義を果たさない。
警察も、検察も、裁判所も、シロアリに有利な行動しか取らず、罪無き国民を次々獄に繋ぎ、それらの悪行を行う身内は互いに庇い合って、国民の「法の下に平等」は存在しなくなりつつ有る。
それもこれも、総ては「小沢一郎の没落」に掛かっていた。
目的はほぼ達成された。
日本の支配体制は、シロアリ達の手から奪い返すどころか、より強固な在り方として形を整えている。
すべて、選挙と言う「国民の信託」によって。
天守炎上す。
守る側はその依って立つ牙城を失い、シロアリ達に依る殲滅作戦の前に、風前の灯といった状態である。
宴の後は、ひたすら耐えるしかない。
楽しい時は二度と無い。
生きる喜びも二度と求めるに能わず、生きる事のみが生存の目的として、
この先の時代を生きて行かなければならないのだ。
巷では、未だに「小沢の復活」を信じている人達も居る。
その一方で「山本太郎」に、次の時代を託そうとする人達も、居る。
どちらも、見果てぬ夢の続きに拘るだけの事に過ぎないのでは無かろうか。
確かに、山本太郎は「新しい市民」を開拓した。
これまで政治にも選挙にも関心を示さなかった層に、政治への参加の意志を産み出させた。
これが、これからの日本の政治風土の「台風の目」であると、信じたい気持ちはよく分る。
私自身、投票用紙には「山本太郎」としっかり書き込んだのだから。
分るのだが。
貴方は、山本太郎が「自民公明政権に対抗する受け皿」になれると思うか?
「政党には与しない」という謳い文句で当選したのです。
政権交代を果たしうる「受け皿」の核になれるのか。
正しく、先日拙ブログで「山本太郎」を担ぎ出せ、と書いた。
書きました。
だがしかし。
現実問題として、政党に与せず、「一人」で何がやれるのだろうか。
誰かと統一会派を組まないと、質問する権利すら与えられない。
たまさか、その機会が訪れても、委員会での数分間の質問が「既成メディア」で紹介されるだろうか。
彼の活動は、一切国民の耳目に触れる事無く、メディアにシカとされたままで6年間が過ぎてしまわないとも限らない。
よしんば、「受け皿」の形成の為に小沢一郎と組んだとしたら。
彼を支持した大半の若者達は、非難囂々と浴びせかけて、彼から離反するだろう。
日本の現状は、ここまで来ているのです。
昨今の、支持者同士のいがみ合いと、生活の議員同士の軋轢とその結果としての体たらく、更には党自体の無機能性に加えて、ヘタすると党内で「裸の王様」になってしまっているかもしれない小沢一郎の置かれている状況等を鑑みれば、そろそろ「落としどころ」を考える時期に来ているのではなかろうか。
皆様方には大変申し訳ない事ですが、「日本居なくて良かった」という考えが、頭をよぎる昨今であります。
で?
どうしようか…。
小沢一郎は、支持する。
今後も。
彼が引退するまでは。。。
でも、それ以外には、どうする!? -
「阿修羅」から転載。
参院選もあの結果に終わり、自民党独裁がこれから3年間も続く状況では真面目な政治的発言もただの欝憤晴らしにしかならないので、こちらの意気もあまり上がらないのだが、かと言って、飯山老人みたいに「自分で自分を守るしかない」という考え方もまた私は好まない。庶民の大半は、政治によって守られなければ自分を守れない存在だろう。その、庶民を守る働きをしてきた貴重な政党が日本共産党だと私は考えているわけだが、この考えを絶対に受け入れない層が日本には多い。
東海アマ氏なども、かつて日本共産党内で冷遇された恨みからか、日本共産党を信じるな、という発言をすることが多いようだ。しかし、日本共産党の日本の政治における活動自体は、庶民を守る役割を十分にしてきたものだと私は見ている。「アカ」呼ばわりされながら強権政治と戦ってきた人々の生き方も立派なものだ。他人をひたすら否定し、他人に罵声を投げかけることしかしない連中(ネット右翼や工作員。下の記事のコメント欄の最初のあたりはほとんどそれ。)とは雲泥の相違である。
私の父親は自民党支持者だったが、それは(沖縄という貧困県にとって)「地方に利益配分をする」のが自民党だったからであった。つまり、政権党しか利益配分の権利は持っていないということだ。しかし、そうすると、一度政権を握れば、その政党は安泰である、となり、「絶対政権は絶対に腐敗する」わけだ。(正確には、「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」だったか。)それが55年体制の終末で証明されたのだが、私の父親が生きていたら、それでも自民党を支持していたとは私は思わない。何しろ、若い頃はマルクスの「資本論」を読んでかなり共鳴もしたという人間である。その血を私も受けているから、自民党を支持する層の「現実主義」も、共産党支持者の「理想主義」も理解はできる。そして、今の社会は理想主義が馬鹿にされ、現実主義だけがはびこっているから、共産党という政党の出番だ、というのが私の考えである。
(以下引用)*コメント7が私の考えとまったく同じである。他のコメントはクズコメントだが、比較のために転載した。なお、元記事自体にも私はべつに賛成ではない。むしろ、コメント7氏の言うようにステロタイプ(ステレオタイプ)の考えだと思うが、世間の常識的な層の意見もこんなものだろう。
共産党が躍進したのではない、99%の側に立つと表明した野党がなかっただけだ。(日々雑感)
http://www.asyura2.com/13/senkyo152/msg/395.html
投稿者 笑坊 日時 2013 年 8 月 11 日 20:56:39: EaaOcpw/cGfrA
http://km2295.iza.ne.jp/blog/entry/3155558/
2013/08/11 14:32 日々雑感
7月の参議院選挙では共産党が党勢拡大したが、それは共産党が票を獲得したからだが、共産党が国民の支持を得たからではない。それが証拠に共産党の機関紙「赤旗」が購買部数を減らしている。
野党再編を御用評論家たちは自民党の圧勝を得て、余裕を以て千日談義を弄している。つまり、どんな発言をしようと野党再編は出来っこないから責任をとる必要はない、ただ出演したテレビで少数分裂野党を愚弄して安心して遊んでいる。
ただ余りに無定見過ぎる議論遊びをしているのには腹が立つ。少なくとも評論家たちはもっと現代日本社会の死に到る病の病巣の所在を示すべきではないだろうか。
そうしなければ永遠に野党は少数分裂野党として政治を弄んでいれば飯のタネにしているだけだと思われかねない。国民はチマチマとした野党政党が掲げる公約に何も期待していない。
維新の会の掲げる大阪都構想やみんなの党の道州制は行政区分の変更に過ぎず、それが行政改革の起爆剤になるとは到底思えない。むしろ複式簿記を全国の公的機関に採用させて、会計システムを全国で統合する方が遥かに効果は大きいだろう。
それが困難なことでないことは全国に一万軒以上のフランスャイズを抱えるコンビニがポスシステムにより一瞬にして売り上げから在庫の把握まで行っていることに鑑みれば明らかだ。それらのシステム改革に莫大な金が掛るというのは官僚の根拠なき脅しであって、コンビニのシステム担当を国会に招聘して話を聞けば簡単に解ることだ。
つまり与野党が対決すべきマターはそうしたチマチマとした行政のテクニックの問題で終始してはならないということだ。政治家が政治的命題として現代社会のありようを選択すべきは1%のための社会か99%のための社会かだ。
明快な意志を持って自らの不利益を承知の上で99%の側に立つと宣言したのは「消費増税」の民主党から反対を貫徹して離党した小沢氏たちだけだ。共産党は常に与党提案に反対してきたから、消費増税にも反対なのは考慮するほどのことでもない。他の野党政党は社民党を除いて明快に「消費増税」に反対していなかったことを忘れてはならない。
TPPに反対していなかった政党も信用してはならない。原発に関しても即時廃炉を主張しなかった政党も信用してはならない。
テレビで出演料稼ぎの商売評論家たちは論点をわざとぼかして、国民に政治が1対99の対決の局面に到っていることを知らせない戦略のようだ。彼らもまた1%の勢力に奉仕する走狗に過ぎないのだから。
関連ニュース
真夏の“怪”? 共産党「躍進」なのに『赤旗』は大幅減 (10:53)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/676030/
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コメント
01. 2013年8月11日 21:28:16 : W18zBTaIM6
小沢があくどいから、共産党に入れたんだね。
02. 2013年8月11日 22:06:11 : ITcxbkH7JQ
共産党は消極的選択だった。それは確かだ。
03. 2013年8月11日 22:37:44 : x7sAk2C9HU
小沢党や山本太郎に票が入らないように”協賛党”に票が流れるように仕組んだ。
それに乗せられただけの事。
でも化けの皮は剥がれる。
04. 2013年8月11日 22:48:13 : Sz0ZTMVhEk
共産党がガス抜きの効果をはたし何十年も本当の民意が反映しないようにする役割をはたしてきたのは事実である。
もう一つは共産党が反対しているから、自分は賛成にまわろうと考える層もかなりいる。原発事故に対する姿勢でもその傾向が見られる。
共産党がなければ日本はずっと良くなるし変われる可能性が高い。
05. 2013年8月11日 23:06:16 : dzSvvl4VUI
01ゲリゾーがあまりに汚く、低脳なので清水の舞台から飛び降りるつもりで共産に入れたんだよ。バカウヨ君。
06. 2013年8月12日 00:02:18 : il7axXETZk
そうか、そうか。
07. のんぽり 2013年8月12日 00:12:32 : 7p9CCripgLT3w : Xwj79mb5Vs
まぁ何でこうアカ=悪というステレオタイプな意見ばかりが出てくるんだろうね。この投稿そのものもそうなんだが。
今の自民党に対する対立軸を明確に共鳴しているのは共産党と生活の党、社民党ぐらいだろう。社民党は護憲以外の明確な主張が見えないから選択肢には入らない(おいらの見解に過ぎないが)。
共産党はガス抜きと言うが、それでもいいではないか。対立軸が見えない政党や公約を守らない政党に比べれば。
おいらも共産党そのものを支持しているわけではないが、適当なところへソフトランディングさせるためには、そういった選択肢もあるのだと言うことを有権者が明確に意思表示しなければいつまでも政治は変わるまい。
いつまで政局や英雄待望で有権者をたぶらかそうとするのか。
もっと自分や子ども達の将来を真面目に考えろ。 -
今日はロクなネタが無いのでお休みにしようかと思ったが、武田邦彦のブログがなかなか痛快な内容だったので、紹介しておく。確かに、自分たちが無駄遣いをしておいて、「財政健全化のために増税します」はおかしな話である。まあ、泥棒に財布を預けているとこうなる、ということだ。
そういう詐欺行為を延々と許している日本国民も寛容というか鷹揚というか、まあ、もっと適切に言えば白痴である。
いや、まともな白痴の人には失礼な発言で済まない。だが、個人が少々知能が低いくらいはそれほど害は無いが、国民全体として白痴であるのは、困ったことだ。おっと、と言うことは、当然、私もそのお仲間である。(^◇^)
(以下引用)*赤字部分は徽宗による強調。
なぜ、増税になるのか?・・・不健全にした人が健全にする??
「fukenzentdyno.338-(8:41).mp3」をダウンロード
リサイクル工場の悪臭で税金を使った工場が停止している。
「国の補助金を使って2012年に建設された、東京都内最大級の民間生ごみリサイクル施設「八王子バイオマス・エコセンター」が、悪臭の苦情が相次いだことで今春以降、停止している。再稼働の見通しは不透明だ。」
補助金事業は「税金を知り合いに配っている」と言っても良いもので、こんな事をくり返していては税金は足りなくなり、増税、また増税となる。「足りないから増税」というのは実に奇妙な論理で、収入より多くのお金を杜撰に使ったら破産する。でも政府は「杜撰に使ったから無くなった」と言えば国民からお金を取れると思っている。
自民党もお金を官僚に出さないと政治ができないから弱腰だ。そして「財政健全化」というのも実に奇妙な言葉で、予算を決めることができる政府が自ら「財政を赤字」にして、「赤字になったから不健全」と言い、「不健全を健全にするために増税」すると言っている。
ということは、増税するとまた使って「財政を赤字」にして、「不健全」と言い、「健全化」として「増税する」ことになる。つまり、今年も赤字を増やしているのだが、「健全化」するとしている年に「使いすぎ」をしているのだから、増税しても不健全の人が健全になるはずもない。
(平成25年8月9日) -
「飯山一郎のHP」と「朝日新聞デジタル」から連続して転載する。
日本とはこういう国である。
(以下引用)*写真はコピーできていないので、この面々の顔が見たければ元記事を参照のこと。まあ、見ても不愉快になるだけだろうが。
◆2013/08/09(金)2 どんな犯罪を犯してもEー国
こんなにも平身低頭して 謝っていたのだが…
________________________________________
この者たちは 今どこに?
WANTED
東電元会長↓勝俣恒久 東電元社長↓清水正孝
(敬称あえて省略)
________________________________________
本来なら…、あれだけの大事故、前代未聞の大災厄をおこしたのだから、即刻逮捕!克明な事実認定と厳しい責任追及。これが法治国家の常識!
それで、迅速で公正な裁判により刑期も決まり…、今頃は、塀の向こう側で刑事罰(無期懲役が妥当!)に服しているのが当然なんだが…、
塀の向こう側ではなく、海の向こう側。 はい!全員が海外に逃げました。
________________________________________
・ 勝俣恒久会長 (現在、家族と共に海外在住)
→日本原子力発電の社外取締役に再任
・ 清水正孝社長 (現在、家族と共に海外在住)
→関連会社・富士石油の社外取締役に天下り
・ 武井優副社長 (現在、家族と共に海外在住)
→関連会社・アラビア石油の社外監査役に天下り
・ 宮本史昭常務 (現在、家族と共に海外在住)
→関連会社・日本フィールドエンジニアリングの社長に天下り
・ 木村滋取締役 (現在、家族と共に海外在住)
→関連会社・電気事業連合会の副会長に再任
・ 藤原万喜夫監査役 (現在、家族と共に海外在住)
→関連会社・関電工の社外監査役に再任
【出展】:『北海道は素敵です!!』
(引用2)
原発事故、全員が不起訴へ 東電前会長や菅元首相ら
東京電力福島第一原発の事故をめぐり、検察当局が、業務上過失致死傷などの疑いで告訴・告発された東電幹部や政府関係者ら全員を、不起訴処分にする方向で調整していることが8日、わかった。今月中にも処分を出す見通しだ。
巨大津波の予測、困難と判断
菅直人元首相に事故後の対応などで説明を求めたことも、関係者への取材でわかった。菅元首相は告訴内容を否定するとみられ、検察当局は説明の結果も踏まえて最終判断する。
原発周辺の被災者ら計約1万5千人は、入院患者が事故直後の避難途中に死亡し、住民が被曝(ひばく)して傷害を負ったなどとして、震災以降、断続的に告訴・告発した。対象は菅元首相のほか、東電の勝俣恒久前会長、清水正孝元社長、原子力安全委員会の班目春樹元委員長、枝野幸男元官房長官と海江田万里元経済産業相ら数十人で、検察当局は昨年8月に受理。東京、福島両地検に応援検事を集め、事情を聴いてきた。
検察当局は、事故と死亡との因果関係は「ないとは言い切れない」とし、「被曝による傷害」は、現時点ではそもそも認定できないと判断。その上で、原発の電源をすべて失い、原子炉が冷却できなくなるような大規模な津波を予見できたか▽予見の程度に見合う対策をとったか――などの点で捜査を進めた。
その結果、今回の規模の大地震や津波は、発生以前に専門家の間で予測されていたとは言えず、原子炉格納容器の圧力を下げるベント(排気)の遅れが原発建屋の水素爆発を招いたとする告訴内容も、放射線量が高く、停電したことが作業遅延の原因と判断。菅元首相や東電幹部らの刑事責任を立証するのは、困難と結論づけるとみられる。 -
「マガジン9」所載の、インターネットニュース配信会社「デモクラTV」社長のインタビューの一部である。長い記事なので、「権力がいかにしてジャーナリズムを利用するか」に話を絞った。山田社長は自分のこの苦い経験から、真のジャーナリズムを模索してきたようである。だが、六ヶ所村の原発施設は半永久的に残る。ジャーナリズムの妄動の罪は重い。
今、山本太郎が「16年前」の強姦(当の女性の主張)事件とやらでマスコミに騒がれているが、「16年前」の、自分の名誉でもない話をわざわざマスコミに訴えた女性の話を世間が信じるかどうか。そもそも、男女がそういう関係になる時、女性から「セックスしよ」などと申し出る例はほとんどない、と私は思うのだが、そうなると、和姦のほとんどは、後では強姦認定される可能性が大である、と私は思う。もちろん、本物の暴力的な強姦事件の場合は話がまったく別だ。
まあ、こういうことがあるから、男は滅多な事では女に手を出せない。日本で独身男女が増え、少子化が進むのも当然だろう。(笑)
ところで、強姦事件の時効は何年なのかね? 時効が無いにせよ、「16年前」の話に、いったいどういう証拠が出せるのだよ。まさか、その時の「体液」をまだ体内に保存していたとでも言うのか。(笑)当人が証言すればそれで「強姦事件確定」だとすれば、何とも恐ろしい話である。
(以下引用)*赤字部分は、言うまでもなく徽宗による強調。
●新米記者の苦い経験がジャーナリストとしての出発点
───山田さんご自身のことをお聞きします。ジャーナリストとしての山田さんの出発点は、大学を卒業されて朝日新聞に入社した時からでしょうか?
私は関西の大学を卒業後、大阪の毎日放送に入社しましたが半年で辞め、朝日新聞社に入社。すぐに青森支局に配属になり5年いました。そこでいわゆる警察担当のサツまわりを2年、それから市役所の担当を2年、教育担当を1年、最後に県政担当を1年やりました。
青森県は、ちょうどその頃、「原子力船むつ」の関係(※1)でおおいに揺れていましたね。それだけでなく、今の六ヶ所村の問題につながるむつ小川原開発計画や核燃料サイクル(※2)のこと、自衛隊の泊射撃場の問題、また農政も冷害のため収穫量が少なくて大変でした。厳しい気候条件のため、冬になると多くの人が出稼ぎにいく。当時の青森はそのような場所でした。
新米記者の私は、サツまわりをやっていましたから、エネルギー問題なんて書ける立場にはありませんでした。でも、六ヶ所村関係で、警察がらみでも何か書きたいなと思って、休日に青森市から六ヶ所村まで自転車で往復したことがあります。まだ、車を持っていなかったので。
※1 「原子力船むつ」:日本初の原子力船として、1968年に着工。青森県むつ市大湊が母港だったが、太平洋沖での度重なる放射能漏れにより、住民・漁民らの大規模な反対運動が起こり帰港できず、16年に渡り日本の港を彷徨って改修を受ける。その後、新設されたむつ市関根浜に回航。原子炉部分は撤去された。
※2 むつ小川原開発計画や核燃料サイクル:1960年代より、六ヶ所村を中心とする一体に石油化学コンビナートや製鉄所などを主体とする臨海工業地帯を整備する開発計画が持ち上がった。しかし実現できず、代わりに大規模な原子力関連施設が進出することになった。現在の六ヶ所にある核燃料サイクル施設もその一つである。
───えっ、自転車でですか? 青森市内から六ヶ所村まで、かなりの距離ですよね。
100キロぐらいありますかね。夜、青森市を出発して深夜に陸奥湾に面した漁場の小屋で仮眠して、朝日の中、またこぎ出すということをやってました。若かったね(笑)。特ダネを自分の力で見つけたい、という思いがあったんでしょう。そう、一生懸命やっていたんですね。
そのころ、僕は、当時の青森市長の実弟が、収賄罪によって逮捕されたという記事を他に先駆けて書きました。いわゆるスクープです。市の議事堂を建てる時に、口利き代として、設計会社からお金をもらっていたんですね。警察は逮捕をしたのですが、それを発表しなかった。でも、僕が書いたことによって、青森市長は責任をとって辞任をしたのです。この市長は自民党を抜けて革新政党と組んで当選した人で、青森県では革新首長の中心にいた人でした。
ちょうど同じ頃、六ヶ所村でも村長選挙がありました。いわゆる六ヶ所村の開発賛成、反対をめぐって対立をしていて、現職の革新村長は反対をしていた。しかし、僅差で開発賛成派の村長が当選。結局、青森市長の辞任をめぐるゴタゴタで、革新グループの足並みが揃わず、また選挙応援も六ヶ所村まで手が回らず、そのような結果になったのです。
その後、親しい警察官に言われました。「担がれたね。あれは、六ヶ所村の村長選挙を見据えてやった捜査だったんだよ」と。
───え! そういうことだったんですか?
僕としては「スクープ記事を書いてやった」と思っていたのに…まんまと「担がれた」というわけです。
その時の青森県警捜査2課長が、漆間巌(うるまいわお)氏です。元警察庁長官で麻生内閣の内閣官房副長官でしたね。検事は、服部三男雄(はっとりみなお)氏で、自民党の国会議員にもなった人です。強引な捜査を指示した県警本部長の安田修氏は、山っけのある人で、革新つぶしで手柄をとりたいと思っていた、と現場の警察官は言っていました。
新聞記者としていい仕事をしたと思っていたのに、結局は、彼らの手の上で踊らされていたんだなということがわかりました。己の功名心のために、どこか冷静さを失っていたというか…。これが僕の一生の不覚であり、今につづくジャーナリストとしての原点でもあります。
───そんなことがあるんですね。たしかに、六ヶ所村の当時を知る人から話をお聞きすると、様々なやり方で「反対派」の分断が行われたそうですから…。
新聞記者やジャーナリストは、客観的な立場に立っているつもりでいるかもしれないけれど、実はまっ暗闇の中にいて、我々の知らないところで、いつの間にか大きな動きの中に乗せられてしまっている、ということがあるんです。 -
「阿修羅」記事を転載。元になっている記事自体は2011年12月の記事のようだが、コメント欄も含めて、現在でも心に刻んでおくべき情報がいろいろと含まれている。
現在の話をするが、放射能による病気の中でも発症の早い白血病の患者が関東近辺で増え続けているように私には思われる。代議士原口一博の夫人が亡くなったばかりだが、ポスト米英時代氏によると、白血病が死因らしい。私が時々読んでいる某漫画家のブログ(「あつじ屋」という)でも、奥さんが白血病になったという事が書かれていた。白血病という病気は、昔はそんなに頻繁に見られる病気ではなかったはずだ。ということは、やはりフクシマとの関連を第一に疑うべきだろう。
もちろん、放射能汚染は希釈された形で日本全国のあらゆる食品に広がっているから、関東だけが危険なわけではない。それに、医者の中にも内部被曝などたいして危険ではない、と言う人も多いようだから、「専門家」を信じる人は、その信念に従えば良い。私はただ私の考えを書いているだけだ。
私の素人考えを言うが、白血病とは血液(白血球)生産の異常である。つまり細胞生産に関わる病気だ。ならば、放射能によるDNA損傷は、白血病の形を取ることが多いのではないか。そう考えれば、関東での白血病患者の増加は福島原発事故(今なお、放射能を撒き散らしている)に原因があると考えるのは自然なことだろう。
なお、有名人の場合には何らかの形で病名や死因が明らかにされるが、普通人の場合は、どういう死因だろうが、どういう病気だろうが、ほとんど世間に知られることはない。そう考えると、有名人やその近親者の中で、3・11以降に白血病になった人数(かなりな数になるはずだ)を数えてみれば、無名の人間の間での白血病患者数は恐るべき数字になると推定できるのではないだろうか。そして、その数は、おそらく政府によって各病院に緘口令が敷かれ、秘匿されている、というのは私の妄想だろうか。
(以下引用)
飯舘村を殺したやつの正体
http://www.asyura2.com/13/genpatu32/msg/790.html
投稿者 taked4700 日時 2013 年 8 月 06 日 20:21:54: 9XFNe/BiX575U
2011年12月に書かれたブログのようです。報道されるデータがかなり線量を甘く見積もったものであるということが書かれています。この記事の最後には次のような文章が書かれています。
>日本は今、闘わなあかん時がきてん。
>平和ボケ時代は終わってん。
>もう平和でも安全でも普通でもないねん。
>危機やねん。それもごっつい危機!
>末期的に気が狂てる、宗教よりもきつい洗脳されてる、一大殺人集団の組織犯罪に、イカレたシステムに、真っ向から立ち向かわなあかんねん!
>もうほんま、誰かの揚げ足取りはやめような。
>そんなことしてる場合ちゃうねん。
>どないかして、今の日本を救える方法を考えなあかんねん。
>電気が足りる足りないの問題ちゃうっちゅうねん!
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/e105122adcde0ea2d91d6dfeb199fa3a
飯舘村を殺したやつの正体
2011年12月01日 | 日本とわたし
Eisbergさんという方が書かれている『Eisbergの日記』というブログに、『福島県飯館村前田区、長谷川区長さんのスピーチ』が掲載されていました。
ドイツ在住のEisbergさんが、ベルリンで行われた、『福島県の人びとによる報告』と題する講演会に行かれ、飯舘村の区長さんのスピーチを書き留められたものです。
それを全文、ここに転載させていただきます。
『福島県飯館村前田区、長谷川区長さんのスピーチ
今日、ベルリンにて、ブント(ドイツ自然•環境連盟)、ドイツ放射線防護協会、ベルリン日独平和フォーラムという三つの団体が共同で「福島県の人びとによる報告」と題する講演会を行った。
参加者は120人ほど。日本人もたくさん来ていた。非常に濃い内容だったので、そのすべてをここに記したいところだが、
ひとまずは講演者の一人、福島県飯館村前田区区長である長谷川健一氏のスピーチ内容を紹介したい。
大変印象深く心を打つスピーチであった。
録音機などは持参しなかったので必死にディクテーションした。
そのため、100%長谷川氏の言葉通りではないことをあらかじめお断りした上で、内容をできるだけ忠実に書き留めたものを以下に転載する。
私は、福島第一原発事故のヒバクシャです。
私の住む飯館村にプルトニウムが降ったのです。
放射能は目に見えませんが、もし見えるならば、私の体は今、ドイツの街を輝かせるクリスマスの飾りのように光っていることでしょう。
事故が起こってすぐ、私は原発がおかしい、何かが起こっているのではと強く思いました。
そして、新聞に三号基の爆発が発表された3月14日、私は慌てて村役場に飛んで行きました。
「原発はどうなっているのですか」と問いただすと、「大変なことが起きている。空間放射線量が40マイクロシーベルトを超えている」という説明を受けました。
驚いた私が部屋を出ようとすると、役場の人はこう言うのです。
「誰にも言わないでくれ。村長に口止めされているんだ」
しかし、私はすぐさま部落に帰り、言うなと口止めされたことなど気にせずに部落の人に危険を知らせました。
翌朝、3月15日の朝、6時半に地区の人が続々と集まって来ました。
そのとき、外は雨が降っていて、そのうち雪に変わりました。
後でわかったことですが、ちょうどその頃、飯館村の放射線量は100マイクロシーベルトを超えていたのです。
それを知らせてくれたのはジャーナリストの方です。
大勢のジャーナリストが村に来ていたのです。
私は、地区の住民に言いました。
「外にはなるべく出るな。どうしても出なければならないのなら、マスクをしろ。肌を出すな。外から帰ったら玄関で服を脱ぎ、風呂に入るかシャワーを浴びるかしろ。畑の野菜を食べてはいけない。換気扇を回すな」と。
そのとき、北西の風が吹いていました。
飯館村は原発からの放射能の風をまともに受けてしまったのです。
私は、ジャーナリストをかき集め、訴えました。
「飯館村を避難対象にしてくれ。どうか、それを報道してくれ」。
しかし、それはかないませんでした。
避難を希望する者がいるなら避難してもよいが、村は避難対象にならないと言われたのです。
ですから、一部の人しか避難しませんでした。
これは公式に発表された村の放射線量です。
3月15日の午前6時20分のところを見て下さい。
44.7マイクロシーベルト/時と書いてあります。
ジャーナリストから知らせてもらった数値は100マイクロシーベルト以上です。
なんという違いでしょう。
公の発表は正しい数値ではないのです。
嘘の報道をしているのです。
そして、国や県から、専門家達が次々に村にやって来ました。
みんな口々に、大丈夫だ、安心しろと言います。
しかし、その少し後に、今度は別の大学の先生のチームがやって来て、村中の放射線量を測りました。
先生は「おそろしい。こんなところに住んでいてはいけない。私達が集めたこのデータを村長のところへ持って行ってください。避難しなければなりません」と言いました。
しかし、村長は「このデータは公表しないでくれ!」と叫んだのです。
村長は村を守ろうとしました。
村をゴーストタウンにしたくなかったのです。
そのまま二ヶ月半もの時間が経過しました。
避難せずに住み続け、子ども達を被曝させてしまいました。
その後、村は計画避難区域に指定されましたが、その前日の4月10日には国の方から偉い学者がやって来て、安全だと言っていたのです。
それなのに、翌日の11日になると、「危険だ!避難しろ」と突然言われ、村民は怒りました。
私は酪農家です。
この写真は私が事故後に牛乳を捨てているところです。
毎日、牛乳を捨てました。
村が避難の対象となったとき、牛は連れて行ってはいけないと言われました。
私達は泣く泣く酪農を諦めることになりました。
この酪農家の奥さんは、牛が乗ったトラックを「ごめんね。ごめんね」と言いながら追いかけました。
そしてこの若者は、東京生まれで、どうしても酪農がやりたくて村へ移住して来た人です。
飯館で10年間酪農をやって、ようやく軌道に乗ったとき、それを諦めなければならなくなりました。
彼はそれが悲しくて泣いているのです。
飯館村では、村人がみんなで力を合わせ、良い村作りに励んで来ました。
日本一美しい村に推薦され、認められた村です。
その村が放射能に汚染されました。
そして、ある日、私がもっとも恐れていたことが起こりました。
相馬市の同じ酪農家の友人が自殺したのです。
この写真に写っているのは友人が亡くなる前に壁に書き残した言葉です。
「原発さえなければ」と書いてあります。
「2011年6月10日 1時30分 大変お世話になりました。
私の限度を超えました。
ごめんなさい。
原発さえなければと思います。
残った酪農家は原発に負けずに頑張って下さい。
仕事をする気力を無くしました」。
時期を同じくして、隣の地区の102歳のおじいちゃんも自殺しました。
南相馬市の93歳のおばあちゃんも「墓へ避難します」と書き残して自殺しました。
こういうことが次々に起きたのです。
これからも起こるでしょう。
これは7月下旬の私の自宅の雨どいの線量です。
27,62マイクロシーベルト/時と出ています。
現在、村民はみな避難していますが、我々は24時間体制でパトロールしています。
雑草が伸びきって、温室の屋根を突き抜けています。
これが今の飯館村の姿です。
私は、国が原子力を推進して来たのだから、国は事故の対策をきちんと取ることができるのだろうと思っていました。
ところが、事故が起こって、今頃、どうやって除染をしたらよいかの実験をやっているのです。
私達村民は、村に戻れるのかどうかもわからない状態です。
でもただ一つ、はっきり言えることは、私は子どもや孫を飯館村へは絶対に返さないということです。
飯館村の面積の70%は山です。
家の周りや農地をいくら除染しても、山の除染はできませんから、山から放射能が移動して来るのです。
我々は今から何年か後に、村を捨てる決断をしなければならないかもしれません。
可哀想なのは子ども達です。
子ども達は飯館村というステッカーを一生背負って生きて行かなければなりません。
広島や長崎の被爆者とおなじように、差別を受けることになるでしょう。
そんな差別の起きない社会を私達はなんとしてでも作っていかなければなりません。
今回このようにしてドイツを周り、私はドイツは素晴らしい国だと思いました。
なぜなら、福島の原発事故の危険をきちんと見極め、ドイツは脱原発を決めたからです。
それにひきかえ日本という国は、こんな事故が起こってもなおかつ、原発を再稼働するという。
それどころか、原発を輸出しようとすらしているのです。
そんなことは絶対に阻止しなければなりません。
これからは、日本人も声を大きくし、戦っていかなければならないのだと思います』
朝日新聞の連載記事にも、真実を伝えてもらえないまま、被ばくさせられた方々のことが載ってた。
この区長さんのように、3.12までは誰もが、国が原子力を推進して来たんやから、国は事故の対策をきちんと取れるんやろと思てた。
そやのに……どこの国よりもお粗末で、狡賢うて、強慾で愚かな連中が、デタラメで無責任なウソをつき続けていたことがわかり、
国のあちらこちらで、ささやかな希望や祈りのシャボン玉が、パチンパチンと音をたてて割れ、子供達の頭の上に滴を落としてる。
行政と司法は地に落ちた。
もはや気が狂ってるとしか思えへん。
市から、あるいは村から、人が流出することを恐れるあまり、そこに生きる人々をだまして動けへんようにした。
そのことで、その人々が、重い病にかかろうが、死んでしまおうがかまうか!とでもいうように。
そんなバカなことがあるやろか?
そんな理不尽なことがあるやろか?
大人も子供も、ペットも植物も、生き物すべてにまんべんなく襲いかかる放射能物質は、今もこの美しい飯舘村の、山に、田んぼに、湖に存在する。
避難をさせんかった政治家、官僚、自治体の長、そいつらをひとり残らず裁いてやりたい。
その前に、己の危機管理ミスで施設が爆発して漏れた放射性物質を、自然界の無主物と同じ、とか言うてるド阿呆な東電も解体させる。
悪が世に蔓延れるやなんてこと、それを大の大人がなんもせんと、ただボォ~ッと見てるだけやなんて、そんな恥ずかしい姿、子供に見せててええの?
日本は今、闘わなあかん時がきてん。
平和ボケ時代は終わってん。
もう平和でも安全でも普通でもないねん。
危機やねん。それもごっつい危機!
末期的に気が狂てる、宗教よりもきつい洗脳されてる、一大殺人集団の組織犯罪に、イカレたシステムに、真っ向から立ち向かわなあかんねん!
もうほんま、誰かの揚げ足取りはやめような。
そんなことしてる場合ちゃうねん。
どないかして、今の日本を救える方法を考えなあかんねん。
電気が足りる足りないの問題ちゃうっちゅうねん!
(Lee Tabasco君、言葉をちょいと借りました!)
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コメント
01. 2013年8月06日 22:00:14 : KsNV6YEcpQ
マスコミは風評被害と補償金や除染は記事にするが
原発が原因の死者や奇形児の記事は見かけない。
本当に大変なのか、それとも駆引きなのか、
未曾有の出来事に判断がつかない。
02. taked4700 2013年8月06日 22:41:31 : 9XFNe/BiX575U : v4ooQ54hb2
>>01
>本当に大変なのか、それとも駆引きなのか、
>未曾有の出来事に判断がつかない。
確かに、今回の事故は未曽有のものなので判断の基準になるような先例がありません。
しかし、多分、次の二つのことを考えると事態はかなり厳しいと判断することになると思います。
1.植物や昆虫、またはウサギなどの動物でかなりの奇形が発生していること。
2.福島第一原発の原子炉建屋に付けられていたかなり多数の監視カメラ映像が全く公開されていないこと。
1についてはかなりの事例が相当程度に信頼性のある形でネット上にも挙げられています。
2については、政府も東電も、各種の事故調査委員会も無視したままですし、マスコミも、そして反原発を掲げる小出さんや広瀬隆氏なども言及しません。しかし、監視カメラが付いていることは事実であり、特に東電以外の電力会社も監視カメラ映像について何ら言及しないということは、全国の電力各社自身も福島第一原発が地震で壊れたであろうことをある程度理解しているということです。そして、それでもなお、原発再稼働をこれらの電力各社がやろうとしているのは、ある意味、合理性を超えて原発再稼働をやれという圧力が存在しているのだと考えざるを得ません。そして、そういった勢力が安全神話を作り出しているのではないでしょうか。
つまり、現実には相当程度に「原発が原因の死者や奇形児」が既に出ている、または今後出ることが予測されているのではないでしょうか。
自分が特にある意味絶望視しているのは、福島県外の三県の小児甲状腺がん検査の結果です。青森、甲府、長崎で福島とほぼ同程度の汚染が確認されたのです。
これは今後かなり後になって白血病などの被害が全国的にかなりの頻度で出てくることを意味しているはずです。今日のNHKの原爆被害の番組で、原爆投下後10年で第一次の白血病被害が出始め、次に50年程度経過してから第2次の白血病被害が出てきたとしていました。2000年ごろから出始めた白血病に似た症状をMDSと言うのだそうです。骨髄異形成症候群のことのようで、
http://ganjoho.jp/public/cancer/data/MDS.html
にその病気のことが説明されています。
ともかく、原発事故の現実が隠ぺいされていることは、福島県の甲状腺検査のやり方を見ても明らかです。本来数分間かけてやるべきソナーでの検査を数十秒で済まし、しかも普通はその場でもらえるソナー検査の映像資料(写真をプリントしたもの)を情報公開しないともらえないようにするなどです。
放射線による被害が多くの場合、数年、または10年以上、あるいは数十年以上経過した後に出てくることがこういった隠ぺいを可能にしていると思います。
03. 2013年8月06日 23:12:59 : EYoQQOLOi6
立派とされる地位に座っているクソ犯罪者どもが日本を滅ぼそうとしている。
07. 函館の犬。 2013年8月07日 04:58:16 : bhbAK3m6MJQx2 : 5Tnzd0hBdQ
アメリカはすぐさま80キロ避難を指令した。今思うと最低限の、いい判断だった。50キロ圏の福島市(人口約28万)や郡山市(人口約32万)の人たちは、まともに被ばくしたのである。たぶん日本各地の米軍基地でも放射線値を計測してたはず。米軍基地どころか各自衛隊駐屯地でも放射線値ぐらいは計測してるだろ。 現在の環境省や文科省が発表してる数字と、米軍や自衛隊が計測してる数字は相当乖離があるんだろうな。
10. 2013年8月07日 12:21:51 : 3pdzwUDjBc
ていうか、何で「データを隠してくれ」と言って多くの人間を被曝させた村長がまだ逮捕されてないわけ?
まあ、東電すら誰も逮捕者が出て無い訳だから、「放射能関連」は何やろうと逮捕も起訴もされないという事かな。
11. 2013年8月07日 13:00:04 : hINe5Ywxuk
何を怖がって情報を隠すのか!
一番怖いのは隠したことで被ばくすることではないのか?
今でも再稼働を目論んでいる連中が多いことは腹立たしい限り!
そんな自民党政権を選ぶ日本人!
なんだかねぇ!
矛盾だらけ
12. 2013年8月07日 13:21:22 : GzCuHSyuDI
恐ろしい国、日本。除染したから一時的に帰還出来る、等といい加減な事をしている福島の市町村、政府や東電。自分達がまず現地で仕事なり生活をしてみて欲しい。原爆の恐ろしさは広島、長崎で世界のどの国よりも解っているのに、何故福島の子供を今も疎開させないのか、自分達の利権にしがみ付いている原発村と東電。責任を負わせるべき。明らかに人災であるのに、誰も責任取らないし、検察の家宅捜査もしない、これで法治国家なのか。
(追記)同じく「阿修羅」の下記記事の方が、より切実さを感じさせるかもしれない。これを載せると長くなるので、上の記事のコメントの一部を割愛する。要するに、この労災基準は、放射能被曝と白血病には明らかに因果関係がある、と国も認めているわけだ。
(以下引用)
1万人、白血病労災基準超す 福島第一で被曝の作業員 (朝日新聞)
http://www.asyura2.com/13/genpatu32/msg/773.html
投稿者 赤かぶ 日時 2013 年 8 月 05 日 16:07:00: igsppGRN/E9PQ
http://www.asahi.com/national/update/0805/TKY201308040236.html?ref=com_top6_2nd
2013年8月5日15時14分 朝日新聞
【青木美希】福島第一原発で事故から9カ月間の緊急作業時に働いた約2万人のうち、白血病の労災認定基準「年5ミリシーベルト以上」の被曝(ひばく)をした人が約1万人にのぼることが、東京電力が7月に確定した集計から分かった。作業員の多くは労災基準を知らず、支援体制の整備が課題だ。
原発作業員は年50ミリ超、5年で100ミリ超を被曝すると働けなくなる。これとは別にがんの労災を認定する基準があり、白血病は年5ミリ以上被曝した人が作業開始から1年過ぎた後に発病すれば認定される。原発事故後には胃がんなどの労災基準もできた。
東電の集計によると、福島第一原発で2011年3月11日の事故から同年12月末までに働いた1万9592人の累積被曝線量は平均12・18ミリで、約5割にあたる9640人が5ミリ超の被曝をした。この人たちは白血病を発病すれば労災認定される。今年6月末には累積で5ミリ超の被曝をした人は1万3667人になった。今後も汚染水対策など被曝の恐れが高い作業が予定され、白血病の「年5ミリ以上」の労災基準に該当する人は増え続けるとみられる。
一方、福島第一原発で事故後に働いた人からがんの労災が申請されたのは今のところ4件(いずれも認定するか調査中)。厚生労働省は「全員に労災基準を知らせる仕組みがない」として、リーフレットの配布を検討するという。厚労省や東電が無料で行うがん検診は「50ミリ超」の人に限られ、「5ミリ以上」の人の約9割は対象外だ。
被曝管理に詳しい阪南中央病院の村田三郎副院長は「国が本気で作業員を守ろうとしているように見えない。廃炉を着実に進めるためにも、国の責任で健康診断をするべきだ」と指摘する。 -
2005年の「阿修羅」記事のようだ。「東海アマ」経由で知った記事だが、フクシマ後の日本、自民党一党独裁体制確立後の日本という現在の段階で読むと、「日本人は変わっていない」という絶望的な気持ちになる。しかし、ネットの普及によって一般庶民が「歴史の真実」に触れることが容易になった今、歩みは遅いが、日本人が変わる可能性はゼロではない、という思いもある。
その僅かな光が、参議院選で日本共産党に投票した人々である。彼らは古い世代のようには従来の偏見に目を眩まされていない。お仕着せの思想で動くのではなく、自分の頭で判断できる人々だ。
何度も言うが、真の社会主義とは、一部の集団の利益ではなく、国民全体の利益を第一義とする思想のことだ。今の日本がその対極であり、一部の利益、僅かな富裕者や特権階級の利益のための政治しかやっていないことは明らかだろう。そして、社会主義を是とする政党は、今のところ社民党と共産党くらいである。
我々はあまりに社会主義というものに恐怖心を持ち過ぎた。(その原因の一つは、ほとんどの人間に社会主義と共産主義の区別がついていないことだ。学校の教師ですら、この点ではあやふやだろう。)それが日本の社会をここまで歪めてしまったのである。ついでながら、かつての学生運動はマルキシズムという「奇形社会主義(共産主義)」に毒されたアナーキズム的運動であり、「革命後のプログラム」などゼロであった。おそらくいざとなればソ連に頼ればなんとかなる、くらいの気持ちでしかなかっただろう。あの凶悪なスターリニズムに毒された、かつてのソ連にである。
今のロシアは、ソ連当時の残酷なスターリニズムとソ連解体後の「強者総取り」の悪辣な新自由主義(貧困階級の女性の多くは売春するしか生きる手段は無かったという)の両方を経験してきた。その後で大統領になったプーチン自身が苦々しい思いでかつてのその過程を見、その教訓を心に刻み込んでいるはずだ。だからこそ、彼の政治は常に「国民第一主義」なのである。だからこそ、彼は国民の敵であるユダ金をロシアから追い出すという離れ業ができたのである。
さて、日本の政治がその段階に行くまで、あとどれくらいの歳月が必要だろうか。日本にプーチンレベルの政治家が現れるまで、あとどれくらいかかるだろうか。
TPPによって「新自由主義最終形態」をこれから日本は経験するのだが、おそらくそれは「真綿で首を絞められる」ような社会になる、と私は予測している。国民の多くは窮乏するのだが、それがなぜそうなったのか、ほとんどの国民は理解できず、ただ苦しむのである。
ニーメラーの箴言をもじれば「農民が苦しんだが、私は農民ではないからそれを見過ごした。生活保護受給者が苦しんだが、私は生活保護受給者ではないからそれを見過ごした。老人医療費が値上げされたが私は老人ではないからそれを見過ごした。電力料金やガス料金が次々に値上げされたが、私の財政からは些細な金額だったから私はそれを見過ごした。福島で多くの人が苦しんだが、私は福島県民ではないからそれを見過ごした。そして、或る日私の番になった」というわけだ。
(以下引用)
清沢洌 『暗黒日記』 (東京新聞)
http://www.asyura2.com/0502/war69/msg/264.html
投稿者 彗星 日時 2005 年 4 月 11 日 18:09:05: HZN1pv7x5vK0M
特報
2005.04.11
清沢洌 『暗黒日記』
特攻作戦を経験した2人と読む
敗戦直前の一九四五年五月までの二年半の間、戦時中の政治と世相を記した日記がある。自由主義者の知識人、故清沢洌が記した「暗黒日記」(評論社と筑摩書房から出版)だ。鋭い視線は「国民は被害者」といった感傷とも一線を画す。今年は戦後六十年。この日記を「特攻」に加わった斉藤一好、信太正道両氏と読んだ。六十年間で日本社会は変わったのか、変わらなかったのか。 (田原拓治)
「昨日、アッツ島の日本軍が玉砕した旨の放送があった。(略)何故に本部は進んでこれに援兵を送らなかったか。(略)もっとも一般民衆にそんな事は疑問にならないかも知れぬ。ああ、暗愚なる大衆!」(四三年五月三十一日)
「(本土決戦の宣伝に)海において撃退し得ないのを、(米軍)上陸の際、どうして破ることができるのか」(四五年三月十四日)
日記上で、清沢は非科学的な軍部の発表に押し流される政治家と民衆にしばしば憤りをぶちまける。
■正論で殴られる怖さが先に立ち
信太氏はこう振り返る。「海軍では『大変な苦戦』は伝わっていた。でも、戦局不利なんて口に出せない。兵隊は正論を語り、それで殴られる方の怖さが先に立った。本土決戦になれば、米兵は足腰が弱く、われわれは柔道や相撲で鍛えられているから勝てると平然と語られた。危機感よりも安心感すら漂っていた。一般の国民に客観的な視点はない。誰もが戦局不利とは思いたくなかった」
四三年夏、南洋ラバウルの前線で従軍記者(海軍報道班員)から取材された斉藤氏も「現実の苦戦にもかかわらず、なぜ内地では勝った勝ったと騒いでいるのか、不満だった」と語る。
「体制に国民が流されるのは現在も変わらない。しょうがないと日本人はすぐ思ってしまう。自衛隊のイラク派遣しかりだ。散発的な反抗のみで続かない」
そのイラク派遣で、政府は批判的な専門家の意見は聞く耳持たずだった。戦時中はどうだったのか。
「物を知らぬものが、物を知っている者を嘲笑(ちょうしょう)、軽視するところに必ず誤算が起こる。大東亜戦争前にその辺の専門家は相談されなかったのみではなく、いっさい口を閉じしめられた」(四三年七月十四日)
斉藤氏は「日米開戦の年に戦艦長門に配属になった私たち少尉候補生を指導した海軍少佐は、日本は米国に勝つ見込みはなく、日米開戦はあり得ないと断言していた。だから、年の暮れに開戦と聞いて半信半疑だった。後はしょうがないの論理だ」と回想する。
「不思議なのは『空気』であり、『勢い』である。(米国にもそれはあるが)日本のものは特に統一的である。その勢いが危険である」(同六月二十七日)
「空気は怖い。客観性を覆い隠してしまう」と信太氏は話す。「特攻隊の自分でも最後は助かる、これは悪夢に違いないと思っていた。この楽天性は日本人の遺伝子なのかとも思う。裏を返せば、見ざる、聞かざる、言わざる、の“三猿主義”の結果なのだが」
斉藤氏は「国家によるマインドコントロール」と空気の正体を看破する。「江田島(海軍兵学校)の同級生でもいまだ、敗戦を認めない人がいる。ただ、(二〇〇〇年の)森喜朗首相の『神の国』発言をみても、それは過去の話ではない」
清沢はさらに統一的な空気が「あれはアカ(社会主義者)だ」「米英的思想だ」といったレッテル張りの排撃で成り立ち、知識層を委縮させた点に注目する。
この点を信太氏は「日本人は決めつけが大好き。相手から学ばず、でかい声を出した方が勝ちになる。この点は右翼でも左翼でも変わらない」と冷静にみる。
決めつけと同時に告げ口も横行した。「鮎沢巌君世界経済調査会を辞む。(略、彼は)愛国的動機から外国人と交際していた。それが疑いを買ったのである。鮎沢君は密告されたのだという。この密告好きの国民!」(四三年十月二日)
当時、社会では隣組制度があった。信太氏は「配給制度で広がり、表面的には仲良くやっていた。でも、実態は告げ口のため、隣組を大事にしつつも、一方では恐れていた」と話す。
排撃されたのは知識人だけではなかった。言うまでもなく、中国人や朝鮮人に対しては攻撃的だった。
「お前(七歳の長男)は『お父さん、あれは支那(中国)人じゃないの?』と壁にかけてある写真を指して聞いた。『ウン、支那人ですよ』と答えると、『じゃ、あの人と戦争するんですね』というのだ。(略)お父さんは憂鬱(ゆううつ)になったんだ」(三三年三月十四日、『暗黒日記』序文として転載)
海軍兵学校の教育では、「脱亜入欧」が貫かれていたと斉藤氏は振り返る。「戦争をしながらも、米英には敬意を抱いた。裏返しにアジア人には、潜在的な蔑視(べっし)の意識が強かった」
信太氏は子供時代の銭湯を思い出す。「帰還兵の人がいて『チャンコロ(中国人の蔑称)の首を切るとどんな音がするか、分かるか』と言い、手ぬぐいをパンとはたいた。その音を聞き、このおじさんは英雄だと疑いもなく思った」
戦火が激しくなるにつれ、民心も荒れていく。
「ある男が(無断で)垣根の枝を折っている。(略)日本人のモラール(道徳)の低下したことは驚くの外はない。(略)戦争の際は、(略)物資が不足する事、気が荒くなる事、道徳面の統制力が弱化する事」(四三年十一月一日)、「どこでも喧嘩(けんか)である。(略)今後数十年間、日本はこの不親切が常道になるのだろう」(四四年三月八日)
戦争が先か、民心の荒れが先かは微妙だ、と斉藤氏は話す。「戦前も現在と同様に大不況の後、一気に軍国化していった。生活の不安定さは特定の政治方向に引っ張られる条件になる。おぼれる者はわらをもつかむ、という心境なのだ」
「東条(英機)首相の演説に対する感想を満州国、タイ(略)から集めて(略)大々的に取り扱っている。こうした子供らしい自己満足が世界をして日本を侮辱させることになるのだ」(四三年六月十七日)
斉藤氏は現在、敗戦によっても、こうした心性はぬぐえなかったと考える。
■海軍の中ですら戦争批判あった
「理解し難いのは、戦前の誤りに対する指摘が『自虐史観』になるという考えだ。海軍の中ですら、日中戦争批判はあった。反省すべきことを反省してこそ、自分の祖国を誇れる。愛国心教育にしても、愛国心は自然にわき上がるもので押しつけるものではない」
「時が経(た)つにつれ、物事を美化したがる」のは「お上の情報を信じたがる」ことと併せ、日本人の悪い癖だと信太氏は指摘する。
「水に流すという言葉に日本人はイチコロだ。一億総ざんげでおしまい。この六十年間で日本人は何も学べなかったのではないか」
清沢も激しいいら立ちを込め、こう記している。
「日本人の美徳はあきらめにあり。しかし、積極的建設は到底不可能である。(略)日本人も必ず今後同じことを繰り返さん」(四三年七月二十五日)
きよさわ・きよし 自由主義の評論家でジャーナリスト。1890年、長野県の裕福な農家の三男として出生。キリスト者、内村鑑三の弟子が主宰する私塾に学び、16歳で渡米。邦字紙で活躍した後、28歳で帰国。「中外商業新報」(現日本経済新聞)や「朝日新聞」を経て独立。外交方針批判で1941年に政府の「意見発表禁止者」リストに。暗黒日記の原題は「戦争日記」で後に現代史を書こうと社会状況を克明に記したが、45年5月に55歳で病没。暗黒日記は98年、米国でも出版された。
さいとう・かずよし 1920年、山梨県生まれ。38年、海軍兵学校(69期)入校。連合艦隊旗艦「長門」に乗艦し、41年12月の日米開戦に加わる。その後、駆逐艦「雪風」、潜水艦「イ400」に乗り、45年7月、ウルシー環礁への特攻作戦に出撃したが、攻撃直前に敗戦。戦後、弁護士となり、54年、青年法律家協会結成に参加。スモン薬害訴訟や水俣病弁護団に加わり、日弁連理事も務めた。
しだ・まさみち 1926年、札幌生まれ。42年、海軍兵学校(74期)入校。45年7月、神風特攻隊員に指名され、前線基地に移動中、敗戦。戦後、大学卒業後、海上保安庁で朝鮮戦争時の機雷掃海に従事。海上警備隊を経て航空自衛隊へ。58年、日本航空に入社し国際線機長。86年に退職後、居住地の神奈川県逗子市で池子米軍住宅建設反対運動に参加。現在は「厭戦(えんせん)庶民の会」代表。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050411/mng_____tokuho__000.shtml -
広島原爆記念日にふさわしい、タイムリーな記事が「マスコミに載らない海外記事」に載っていたので、管理人氏感想も含め、全文転載する。「原爆投下はあの戦争を終わらすのに必要だった」「原爆投下で日本が降伏したため、その後の米軍兵士の犠牲が食い止められた」という米国の決まり文句の嘘(後者は必ずしも嘘とは言えないが、原爆の膨大な民間人被害、非戦闘員虐殺という歴史上最大の犯罪を正当化できるものではない。)をできるだけ多くの人が知るべきだろう。こうした過去の歴史の偽装こそが、人類の精神的進歩を頑強に阻んできたのである。
なお、イスラエルがシリアに原爆攻撃をしたという情報がある。詳しくは飯山一郎氏のブログ、「つむじ風」ブログなどを見られたい。
(以下引用)*赤字部分は徽宗による強調。ここが全文の要である。青字部分も徽宗による強調だが、初めて知った事実である。米国人(その米兵の遺族)にとっても許し難い話だろう。
広島の神話 責任を負わない戦争犯罪とアメリカ軍の歴史の嘘
医学博士ゲーリー・G・コールズ
Global Research
2013年7月31日
広島
来る2013年8月6日、火曜日は広島爆撃68周年だ、戦争に疲弊したアメリカ人が、10日後に戦勝を祝って以来ずっと、その全ての真実は、厳しく検閲され、神話化されてきた。
創造性のない/退屈な歴史の先生方(大半、スポーツだけは得意な連中に思えた)に教えられたつまらない歴史の授業、戦時に、イギリスとアメリカ軍がしたこと全て高潔で献身的で、敵がするあらゆることは残忍だという愛国的で、しっかり検閲された教科書のおかげだった。26人の同級生全員が、アメリカ歴史教科書の戦後プロパガンダを鵜呑みにした。我々が対日戦争“名誉の”終結を学んだのはこうした教科書からだ。
もちろん、今の私は、ダグラス・マッカーサー将軍を先頭に、戦争を正当化する軍国主義者連中(そして雑多な愛国心過剰の歴史家達)が練り上げた、偽りの情報を与えられていたことを知っている。マッカーサーは、原爆爆発の真下の地面で実際一体何が起きたのかについて、見事に完全な検閲を課した。日本総督の地位についた後、彼の最初の行動の一つは、広島と長崎の原爆の恐ろしさを記録する全ての写真証拠没収し、および/または、破壊することだった。
かつて1995年、スミソニアン博物館は、原爆投下に関する率直で、歴史的に正確な展示を見せることで、約50年間の似非愛国神話を修正する準備をしていた。(スミソニアン博物館に対する連邦の財政援助を止めると脅したニュート・ギングリッチの共和党が支配する議会を含め)右翼の退役軍人団体や、他の愛国団体から発せられる猛烈な、組織化された、反動的な激しい怒りを受けて、スミソニアンは、文脈上重要だが、不快な部分を全て削除することを強いられた。かくして、またもや我々は、国家指導者に対する、一般的アメリカ人の信頼を揺るがせる可能性がある“愛国的でない”歴史的真実が暴露されるのを恐れたがゆえに、政治的動機に基づく団体が、本当の歴史を大きく書き換えるというもう一つの例を得ることになった。何千人もの無辜の人々が亡くなった、2001/9/11のワールド・トレード・センター・ビル三棟の制御解体や、アフガニスタンの無辜の国民に対して、戦端が開かれたことに対する、ある種ほぼ完全なマスコミ報道管制のようなものだ。(これを主張する文書は以下を検索されたい。 www.ae911truth.org)
1945年8月9日の長崎
もちろん、スミソニアンの歴史家達は頭に銃を突きつけられていたのだが、大混乱の中で、大企業が支配する大手マスコミも、それゆえ一般大衆も、重要な歴史的観点を学び損ねた。それは、こういうことだ。戦争は、夏の原子爆弾無しに、1945年春に終わっていた可能性があり、それゆえ沖縄での何千人ものアメリカ海兵隊員や兵士達の大量戦死者もなかった可能性がある。国際戦争犯罪と、人類に対する犯罪の定義に合致する、無防備の民間人に対する原子爆弾投下を正当化した、それに続いた宣伝攻勢の根拠である、アメリカの日本本土侵攻も必要性など無かったのだ。
アメリカ諜報機関は、トルーマン大統領政権もそれを全て把握していたのだが、トルーマンが、広島を焼却するという運命的な命令を下す何ヶ月も前に、日本が名誉ある降伏の方法を必死に探し求めていたことを知っていた。
1980年代に明らかにされた諜報データは、アメリカの大規上陸という緊急対応策(1945年11月1日より後の時期に予定されていた)が不要だったことを示している。日本は、1945年4月という早い時期から、駐モスクワ日本大使経由で和平交渉工作をしていた。アメリカは、日本の暗号を何年も前から解読しており、日本の全ての軍・外交メッセージは傍受されていたので、トルーマンは、こうした進展を承知していた。1945年7月13日、東郷外務大臣はこう述べていた。“無条件降伏(あらゆる主権の放棄、特に天皇退位)が唯一の和平への障害である。”
トルーマンと顧問連中は、こうした取り組みを知っており、日本では神と見なされていた天皇裕仁に、戦後、単純に、名目上の首長の地位を認めるだけで、戦争は外交によって終わらせられたはずなのだ。この妥当な譲歩は、見たところ、不合理にも、 ルーズベルトとチャーチルとの1943年のカサブランカ会談で最初に要求され、トルーマン、チャーチルとスターリン三人のポツダム会談でも繰り返された、無条件降伏の為の要求の中で、アメリカに拒否された。それでも、日本は交渉による名誉ある平和を求め続けていた。
ヘンリー・スティチムソン陸軍長官はこう述べている。“本当の疑問は、原爆を使用せずとも降伏が実現できたか否かではなく、別の外交的・軍事的な進路が、より早期の降伏をもたらしたろうか、否かだ。日本閣僚の大半は、1945年春に、最終的に合意したものと実質的に同じ条件を受け入れる用意があった。”言い換えれば、スティチムソンは、アメリカは不必要に戦争を長引かせたと感じていたのだ。
日本が降伏した後、マッカーサーは、屈辱的な“無条件降伏”の条件受け入れを拒否させるよう日本指導部に強要したまさにその条件、日本の精神的な象徴として、天皇の在位を認めたのだ。
そこで下記が、舞台裏で起きていたこと理解する為に、解答が必要な重要な二つの疑問だ。
1.一体なぜアメリカは、日本の降伏(天皇の維持)に関する、日本の唯一の要求を受け入れることを拒否したのか
そして
2.太平洋における勝利は既に確実だったのに、一体なぜ原子爆弾が使用されたのか?
第二次世界大戦後直ぐに、軍事アナリストのハンソン・ボールドウィンは書いている。
“ポツダム宣言(日本の無条件降伏を主張する)が出された1945年7月26日頃には、日本は、軍事的な意味で、戦略的に絶望的な立場にあった。”
トルーマン大統領の最高軍事顧問ウイリアム・リーヒー海軍大将は、その戦争回顧録、「I Was There」(私はそこにいた)でこう書いている。
“この残忍な兵器を広島と長崎で使用することは、対日戦争における物質的支援にならないというのが私の意見だった。効果的な海上封鎖と、通常兵器による爆撃の成功のおかげで、日本は既に敗北し、降伏する構えだった。私自身の感覚は、最初の使用者となることにより、暗黒時代の野蛮人と共通の倫理規範を採用してしまったとというものだ”
ドワイト・D・アイゼンハワー将軍も、爆撃の数週間前の個人的なトルーマン大統領訪問で、原子爆弾は使わぬよう勧めていた。アイゼンハワーはこう語っている。(1963年のニューズウイーク・インタビュー):
“連中をあの恐ろしいもので攻撃する必要はなかった... [交渉]しようともせずに、民間人を殺害し、おびえさせる為、原子爆弾を使用するのは二重の犯罪だ。”
原爆を使用するというトルーマン政権の決断に貢献した多数の要素があった。
1) アメリカは、三発の爆弾製造に、膨大な時間と人力と資金(1940年のドル価格で20億という途方もない額)を投入しており、勢いを止めようという気持ちも根性も皆無だった。
2) アメリカの軍・政治指導部は、多数の一般のアメリカ人同様、真珠湾のおかげで、復讐の意欲に燃えていた。アメリカ軍と、戦争に疲れた国民の頭の中に、慈悲は存在せず、対広島・長崎作戦は、出来事の、好ましくない部分が削除された、国家安全保障版の説明しか知らない人々の大半によって、何の疑問も出されること無しに容認された。
3) 広島原爆の核分裂物質はウランだった。長崎原爆はプルトニウム爆弾だった。科学的好奇心は、計画を完了まで押し進めた極めて大きな要素だった。マンハッタン計画の科学者達(そして、アメリカ陸軍の計画指揮者レズリー・グローヴス将軍)は“もし都市が丸ごと一発のウラン爆弾で破壊されたら一体何がおきるだろうか?”“プルトニウム爆弾ではどうだろう?”ということに好奇心を持っていた。
二発の原爆を使用するという判断は1945年8月よりずっと前になされていた。科学実験を推進するためには、日本の降伏を受け入れるという選択肢はありえなかった。もちろん、もし広島への原爆投下が即時降伏を強制することを狙ったものだったのであれば、三日という二発の爆弾の間隔は良心のかけらもないほど短い。日本の通信・運輸能力は壊滅状態にあり、誰も、アメリカ軍すら、まして日本最高司令部は、広島で起きたこと十分理解できていなかった。(マンハッタン計画は余りに極秘だった為、太平洋戦域全体の司令官ダグラス・マッカーサーでさえ、広島の5日前まで、蚊帳の外に置かれていた。)
4) ロシア人はV-E Day(ヨーロッパ戦勝記念日、5月8日)の90日後に日本との戦争に突入する意図を表明しており、それは広島が爆撃された二日後の8月8日にあたる。実際、ロシアは8月8日に日本に戦争を宣告し、長崎が焼かれて灰と化した時には、満州を東に向かって進撃していた。アメリカは日本がロシアに降伏したり、戦利品を分け合ったりするのがいやだったのだ。
ロシアは、間もなく唯一のもう一つの超大国、そして将来の敵になるところだったので、冷戦最初の核戦争の脅威“メッセージ”が送られたのだ。ロシアは実際、期待していたものよりはるかに僅かな戦利品しか得られず、二超大国は、まかないきれない核軍拡競争と、人類絶滅の可能性をもたらす、冷戦という膠着状態に即座に陥ってしまった 。そこで起きたのは、数世代の軍事的狂気を経た、両国の道徳的・財政的破綻だった。
広島爆撃では、推計80,000人の無辜の民間人と、20,000人の武器を持たない若い日本人徴集兵が即死した。更に何十万人もが、短くされた余命の間、極めてつらい火傷、放射能による病、白血病、貧血症や治療不能の感染症による緩慢な死に苦しめられた。生き残った人々の何世代もの子孫までもが、放射能で引き起こされる恐ろしい病気、癌や早死に苦しめられる状態が、まさにこの瞬間も続いている。
隠蔽されてきた、もう一つの恥ずべき現実は、その存在をアメリカ軍司令部が十分承知していた12人のアメリカ人パイロット達が、運命の日に、広島刑務所内で、瞬時に焼き殺された事実だ。
そこで陸軍省公認の太平洋戦争終結説明には、アメリカ人が、アメリカ大企業、軍、政治、マスコミのオピニオンリーダーによって絶えず吹き込まれている長たらしい神話の中に、しっかり位置を占めた新たな一連の神話が含まれており、その過程で、戦争の身の毛もよだつ恐ろしさは、讃美へと置き換えられた。北朝鮮、イラン、ベトナム、ラオス、カンボジア、レバノン、グラナダ、パナマ、フィリピン、チリ、エルサルバドル、ニカラグア、グアテマラ、ホンジュラス、ハイチ、コロンビア、クウェート、イラク、アフガニスタン、等々の国々でのアメリカ軍侵略と占領で、実際に何が起きたのかということも、検閲で削除されてしまった他の実相だ。このリストにはcoverそれ以外の国々での、無数の秘密のペンタゴン/CIA隠密作戦や、暗殺計画、150もの国々にアメリカ軍基地(基地を承認すれば、たっぷり賄賂が支払われ、さもなくば、経済制裁で脅された)。
しかし、どういうわけか、私達の多くは、依然“正しかろうが、間違っていようが、我が祖国”という、あやふやな愛国心にしがみついて、戦争で金儲けをする超億万長者の大企業エリート連中(そして連中お雇いの政治家、軍首脳やマスコミ解説者連中)は、平和、正義、平等、自由と、略奪的資本主義の為“世界を安全にする”為にのみ尽力しているのだと言う、巧妙に練り上げられた神話を必死に信じようとしている。
アメリカ軍が、たまの専制君主と対決し、死者や(肉体的、精神的に)瀕死の重傷を負ったアメリカ兵士達という、必要な犠牲者達を生みだしたのは事実だが、戦争に赴くことの合理化は、往々にして、我々ヤンキー達に自分の国に帰れと説得しようとしている“神なき共産主義者”や、反米“武装反抗勢力”や“自由の戦士”達のそれとそっくりだ。
1945年8月6日と9日は、婉曲に“巻き添え被害”や“誤爆”と表現される、不可避の大量殺りくを常に伴う、あらゆる“総力戦”という政治課題の中で行われる洗脳の二つの好例にすぎない。
我々がかつて知っていて、愛していた、人道的な平和をもたらすアメリカを救い出し、復活させるには、もはや遅すぎるのかも知れない。大企業によるアメリカ・リベラル民主主義乗っ取りに、効果的に対決するには、もはや遅すぎるのかも知れない。利己的に世界を破滅への道へと引きずりこんでいる傲慢で強欲な支配層エリートを、首尾よく打倒するには、もはや遅すぎるのかも知れない。私が「愛想の良いアメリカ・ファシズム」と呼ぶ、継続中のクーデターは、既に目標を達成してしまったのかも知れない。
だが、依然、多少の望みはあるかも知れない。戦争を挑発する連中が(ペンタゴン、軍需産業や、議会内の連中のイヌどもによる極めて意欲的な支援を得て)世界中で引き起こしている戦争に対して、沈黙し続けるのでなく、真実をこれ以上無視することが不可能な今、良識のある人々は、我々が感じるであろう不快さ(認知的不協和)にもかかわらず、歴史の真実全体を学び始める必要があるのだ。
我々の名において仕立てあげられてきた、アメリカの数えきれない戦争犯罪を素直に認める必要がある。そして、我々は街路に出て、犯罪的ならずもの国家へとアメリカを転換している連中に、公に抗議し、ナチス・ドイツとファシスト日本に起きたのと同様に、究極的に、アメリカ国境の外で、苦しんでいる何十億人もの犠牲者達によって、崩壊の標的とされることになる、連中への協力を勇敢に拒否する必要がある。
儲かることや、過度に特権を持った、過剰消費で、持続不可能なアメリカ風生活様式にとって有利なことだけをするのではなく、人類全体にとっての変化の為に正しい事をすることが、本当の名誉、本当の愛国心であり、本当の平和に向けた重要な出発点だろう。
記事原文のurl:www.globalresearch.ca/the-hiroshima-myth-unaccountable-war-crimes-and-the-lies-of-us-military-history/5344436
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原爆の代りに、ヘリコプターがふってきた。驚くことはない。間もなく、雨が降ろうが、槍が降ろうが、日本軍兵士は宗主国の侵略戦争の尖兵として活躍できるようになる。アメリカで、スパイ活動や、軍事活動の多くがが、民営化されているのと同様、ワタミや楽天が、傭兵派遣会社を設立し、大いに収益を上げる様になるだろう。いや、その前に、パソナが傭兵派遣部門を設立するだろう?テレビでは、朝から晩まで、傭兵会社の傭兵になって、大学に行こうというコマーシャルが流される。素晴らしい新世界。
敗戦後、日本が独立したと歴史の授業でも、大本営広報部でも吹き込まれる。振り返ってみると、現代日本史を小学校や、中学校で習った記憶はない。
創造性のない/退屈な歴史の先生方に教えられたつまらない歴史の授業は、戦後、アメリカがすること全てが高潔で献身的だ、という愛国的で、しっかり検閲された教科書のおかげだった。50人の同級生全員が、日本の歴史教科書の戦後プロパガンダを鵜呑みにした。我々が日本は“独立している”ことを学んだのはこうした教科書からだ。
数日前、新聞にピーター・カズニック教授の小さな記事が載ったのに驚いた。氏は、オリバー・ストーンの連続シリーズの脚本を一緒に書いた人ゆえ、当然な説。
この話題、ピーター・カズニック教授の『広島・長崎への原爆投下再考 日米の視点』税込み2940円を拝読中。
全体的に納得できる主張をされている筆者には大変申し訳ないが、「我々がかつて知っていて、愛していた人道的な平和をもたらすアメリカを救い出し、復活させる」という部分の論理、全く理解できない。
藤永茂氏の『アメリカン・ドリームという悪夢 建国神話の偽善と二つの原罪』三交社、2010年3月の読者として、またハワード・ジンの『民衆のアメリカ史 上・下』の読者として、到底納得しがたい。
「かつて知っていて、愛していた人道的な平和をもたらすアメリカ」という神話にとらわれていては、人道的な平和はもたらせないだろう。
なによりもまず、彼等の名において仕立てあげられてきた、人道的な平和をもたらすアメリカという神話の嘘を素直に認める必要があると思う。 -
「るいネット」から転載。
アフラックと日本郵政の提携は、まあ、下記のような狙いだろう。それ以前に郵貯マネー自体が何らかの形で(まあ、郵政の社長に手下を配すれば、それでいいだけだが)ユダ金の手中に入るのだと思う。
せっかくの亀井静香の郵政民営化との戦いも、こうして無駄に終わったわけだが、亀井静香が命を賭けて戦ったという事実だけは残った。
問題は、その戦いを知る人間が日本国民の8割を占めるB層の中にはまったくいないことだ。
小沢も実質的に政治的な力を失い、亀井静香は沈黙状態、衆参で圧倒的多数を獲得した自民党公明党の手で、何でもやり放題というのが現在の政治状況だ。麻生の迷言を借りるまでもなく、すでに日本はナチス自民党が完全に全権を握っているのである。
ヒトラーも、自分の時代に電子投票(あるいは電子読み取り機)があれば、もっと簡単に政権が取れたのに、と残念に思っているだろう。
冗談はさておき、日本を肥らせて、それから収奪する、というユダ金の長期戦略はいよいよ最終段階に入り、日本はこれから貧困化が加速していくわけである。郵政マネーの収奪はその第一歩だろう。その次がTPPであることは言うまでもない。
(以下引用)
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郵便局と「提携」した、21世紀の黒船=TPPの尖兵アフラック:損失は投資信託に付け替え
日本郵政がアフラックと業務提携を強化し、全国の年金生活者や勤労者に投資信託なるものを販売する。ようするに、「資産略奪の目的でゴミクズ商品」を押し付けられたということだ。日本人の多くはバブル崩壊を契機に多くを学んだはずだが、アベノミクスで再びバブル中毒への道を歩もうとしているように思われる。以下の記事から、投資信託がいかに怪しげなものかを知り、広めることは重要である。私たちが国を守る方法は、そのような、事実にもとづく共認闘争しかない。
オルタナティブ通信
リンク より
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現在、日本国内で販売されている投資信託は1万種類を超えているが、その多くはマイナス配当になっており、財産の70%を消失しているものもある。
既に郵便局窓口での投資信託販売は10億円を超えており、今後も投資信託の販売額が急増して行く事は、ほぼ間違いない。
マイナス配当、マイナス70%の配当等、米国資本・外資が日本の高齢者達の「資産略奪の目的で、ゴミクズ商品」を意図的に日本の郵便局に持ち込んで来ている。
ゴールドマンサックス等の銀行の自己売買部門が、仮に投資対象のA社の株式が高騰し莫大な利益を上げると予測し、1株30ドルで購入し、その後、予測に反し、10ドルに値下がりした場合、損失は20ドル=70%近くになる。
ゴールドマンサックスは、自己の子会社である投資信託部門に、この「負債=70%」を背負わせる。投資信託会社「自身」が、最初からA社の株式の値上がりを予測し、その株式を購入した「事にする」。投資の失敗は、「常に」投資信託に「付け替えられる=押し付けられる」。
この70%のマイナスを支払うのは、郵便局の窓口で投資信託を「購入させられた」日本の高齢者達である。
日本人の高齢者の老後の生活資金が、マイナス70%の「目減り」を背負う。
ゴールドマンサックスの自己売買部門は、「投資に成功した場合」、その利益をゴールドマンサックス自身の収益とする。逆に、損失が発生した場合、その損失は子会社の投資信託部門に「付け替える」。投資信託のファンドマネージャーは、この「付け替え」に応じた額によって、本社のゴールドマンサックス=親会社に呼び戻され、出世の道を歩む。
投資信託自身の投資の成功の一部も、「当初から、ゴールドマンサックス自身の投資であった事にし」、その利益は、ゴールドマンサックス本社の「利益」となり、投資信託の購入者の「配当」とはならない。
これが、投資信託を購入すると、多くの場合、損失を出す、カラクリである。
利益は常に、ゴールドマンサックス本社のものとされ、損失は常に子会社である投資信託=日本の高齢者の生活資金で「支払いを強制される」。
これが、郵便局の投資信託=「外資専用の、ゴミ箱」の役割である。
日本の高齢者に「ゴミを押し付け、日本を欧米金融業のゴミ廃棄場にする」、そのゴミ箱の入り口が、郵便局の窓口である。
サラリーマンとして40年、50年、苦労し、汗を流し、働いてきた日本人サラリーマンは、その老後の生活資金を、サギ師達に、ダマシ取られてはならない。
TPP、金融「自由化」等の、キレイな言葉の背後には、常に、善良で、過酷な国際政治の現実を知らない日本人をダマス、トリックと、サギが存在する。
郵便局と「事業提携」した外資の保険会社アフラックにおいても、上記のギャンブル投機と同様の事態=ギャンブル投機による利益は「上部組織」に上納され、損失は保険会社そのものの損失として保険加入者に対する支払いの「制限」として処理される。元々、「かけ捨て」である外資の保険では顧客は配当・利益配分を求めていないため、そのギャンブル投機の内実は報告されない=極めて簡素な収支報告となり、事態は「闇の中」となる。
