"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「櫻井ジャーナル」の記事が参院選後の日本がどうなるかをうまくまとめているので、全文転載しておく。
もっとも、これは多くの人が言っていたことでもあり、拙いながら私も自分のブログで似たようなことを何度も書いてきた。今さらどうなる、という感じでこの文章を読む人も多いだろう。
今さら、ではないのである。問題はまったく終わっていない、むしろこれからが本番なのだ。
これから始まる暗黒の時代に備えて、まず起こったことを総括し、分析し、これから起こることを想定し、対処法を考えなければならないのである。
日本人は(という大きなくくりで話すのは嫌なのだが)終わったことを水に流しすぎる。だから毎度毎度同じ失敗をし、少しも進歩しない。政治面でも社会面でも。変わるのは表面的な些細な現象だけだ。たとえば携帯がスマホに変わる程度のことに大騒ぎするだけだ。その一方、たとえば原子力村の支配、という根本構造はまったく変わらない。
すべては、根気が無いから、執念深さが無いからだ。この点では西洋人の執念深さを見習うべきだろう。
私のブログは、いつも同じようなことを書いている気がするが、それは当然である。自分が正しいと思うことが、そうコロコロ変わるはずはないからだ。私は「君子豹変す」という言葉(君子は変わるべき時は変わる、というのが本来の意味)も悪くはないと思うが、日本人の場合はあまりに豹変しすぎるようである。それも、ただ毛皮の模様が変わるだけで、中身はまったく変わらないのだ。(戦後すぐに、日本の民主主義に疑問を呈した、伊丹万作の書いた有名なエッセイを想起されたい。)
(以下引用)
2013.07.22
参院選で自民党を勝たせた結果、日本はTPPに参加し、民主主義を放棄することになりそうだが、新体制を維持するために治安システムを強化、軍事力を増強することに
カテゴリ:カテゴリ未分類
歴史には節目があり、そこには「ルビコン」が流れている。見た目は大したことのない川だが、渡ってしまうと再び戻ることはできない。今回の参議院選によって、日本はルビコンを渡る準備ができてしまった。が、まだ渡りきってはいない。
目の前にあるルビコンはTPP(環太平洋連携協定)だろう。巨大企業が送り込んだ約600名のアドバイサーの意見を聞きながらアメリカ政府がまとめているようだが、その内容は秘密にされている。
アドバイサーを送り込んでいる企業には、遺伝子組み換え作物で悪名高いモンサント、庶民の住む社会から富を搾り取って金融/投機/博打の世界へ資金を流し込む金融機関、例えばバンク・オブ・アメリカ、巨大石油企業のシェブロンやエクソンモービルなどが含まれているそうなので、それだけでも内容は推測できる。国を巨大多国籍企業に従属させる仕組みがTPPなのである。
今年、アメリカで成立した包括予算割当法の第735条は「モンサント保護条項」とも呼ばれている。遺伝子操作作物の作付けを規制、あるいはブレーキをかけることを禁止しているのだ。TPPでは、この条項が標準になると考えるべきだろう。
1980年代から加速度的に広がった「新自由主義経済」は強者総取りの仕組みで、富は一部に集中して大多数の人は貧困化、滞留した資金は投機市場に流れて金融が肥大化していく。この仕組みを作り上げる課程で、アメリカの政府や議会はグラス・スティーガル法(1933年銀行法)を廃止してしまった。投機の邪魔になるからだが、これを復活させることをTPPは拒否する。オフショア市場/タックス・ヘイブンに対する規制も無理になるだろう。
金融市場で行われていることは「転がし」にすぎず、市場への資金流入が細れば早晩、破綻する。そこで、庶民からカネを巻き上げて市場へ流し込む一方、カモを探す必要がある。1980年代にイトマンなど投機の素人企業が破綻したが、要するにカモになったのである。が、最近は破綻した企業を国が救済する。庶民のカネを渡すわけだ。すでに博打ではなく、喝上げの領域に入っている。
こうした金融の仕組みを問題視する人は増えているが、TPPは金融界に対する規制を許さない。低賃金で劣悪な労働条件で働かせたい企業としては、最低賃金の設定や労働環境の規制にも反発している。大きな事故が起こると殊勝なことを言うが、口先だけ。
生物にとって最も大事な「食」も巨大資本に支配されつつある。すでにアメリカでは家族経営の農家が潰されているが、日本でも同じことが行われようとしている。飲料水も企業が支配しようとしている。
公的な健康保険や年金はすでに日本の政治家や官僚は潰しにかかっている。社会保障システムが破壊されるだけでなく、労働条件、環境汚染、食糧の安全などに関する規制、あるいは健康保険や年金など社会保障の仕組みを各国政府が最終決定することはできなくなる。「著作権」を突破口にして、インターネットから自由を奪い、監視下に置こうとしている。
言うまでもなく、TPPのポイントはISDS(国家投資家紛争処理)条項である。民主主義を破壊する条項だとも言える。この仕組みを守るため、監視システムを強化し、武装警察を充実させ、軍事力を強化しようとしている。この仕組みに刃向かう人間、あるいは国が出てきたならば、力で押さえつける必要がある。
最初に新自由主義経済を取り入れた国、チリで行われたことを思い起こせば、TPPが何をもたらすかが推測できる。軍事クーデターの後、反対勢力を拘束、拷問、虐殺し、この経済システムを導入したのだ。排除すべきだと判断した勢力を攻撃するのは簡単。「テロリスト」というタグをつけるだけだ。
(徽宗追記)先ほど、「播州武侯祠遍照院」を見ていたら、そこに引用されていたマドモワゼル愛さんの言葉に、これからの世界、これからの日本の進むべき道が示されているように思えたので、それを再転載しておく。無力な庶民こそが、(企業に金を与える立場である消費者として)世界を変える本当の力を持っている、という考えは大きな勇気を与えてくれる。
(以下引用)*赤字は引用者(徽宗)による強調。これに「マスコミ」「教育」「芸能界」などを入れてもいいのではないだろうか。つまり、我々庶民がそれによって生きている(と思いこんでいる)現代版「パンとサーカス」のすべてだ。
今、一番行き詰っているのは、庶民ではなくて、実は既得権益を守ろうとしている人たちなのです。だからがむしゃら。嘘もつく。すべて嘘。
しかし、庶民から新しい、地球の命と一体となる工夫、アイデア、実行によって、なんだこうして生きていけるよ、、、と示さなくてはいけない。
その責任が私たちにはあるのです。金をかけず、こうすれば、みんな、生きていけるよ、、、というものを作らなくてはいけない。
化学薬品、化石動力、原発エネルギー、加工食品、こうしたもので生きてきたから、ここまで追い詰められた。
私たちが追い詰められれば追い詰められるほど、儲かる人がいるから、このシステムが終わらない。
私たちが新しい生き方、新しい生活の仕方を開発実行できれば悪いシステムに血がまわらなくなる。悪いシステムをシステム維持する必要がなくなる。そうなれば、既得権益者も舞台を降りて、もしかしたら私たちと一緒になれるかもしれない。
(さらに徽宗追記)上記の「化学薬品、化石動力、原発エネルギー、(加工食品)」に依存した社会をまとめて、「無機物依存社会」というキーワードにできるのではないだろうか。つまり、これからの世界は「有機物(生命体)循環社会」へと進むという見通しができる。前に書いた「木質ペレット利用の発電」などもその一つになるだろう。
無機物の利用は巨大な「便利さ」や「効率」を生むが、結局、形を変えて公害になって終わる、ということである。PR -
「velvet morning」から転載。(英語のブログ名は、綴りが間違っているとワードが注意してくれるので楽だ。その反対に漢字の間違いはホッタラカシ、どころか、ワード自らデタラメな漢字熟語を提示してくれる。日本人はこうしてワードを使用することで正しい日本語を忘れていくのだろう。ここにすでにグローバリズムの精神的侵略があるのだ。)
さて、選挙も終わり、巷ではあきらめ半分の、無理やりめいた楽観主義が広がっているが(私もそういう記事を書いているのだが)、あるアニメだか漫画だかの名言を借りれば、「答というものは、それで終わりではなく、次の問題を導くためのものだ」であり、参院選で出た答(理不尽な現実と悲惨な未来)を新しい問題として考え、日本をより良い社会にしていくことが我々大人の未来世代への責務、いや、債務だろう。我々はすでに未来世代に、最悪の政治、最悪のマスコミ、放射能に汚染された国土、拝金主義に汚染された社会という負債を押し付けているのだ。
下記記事は、その第一段で、いかにして不正選挙を無くすか、という、民主主義の根幹に関わる重要かつ画期的な提案だ。この提案を現実化するにはまず不正選挙の事実を明らかにする必要があるが、それは多くの人が既に動いているだろう。しかし、不正選挙を不可能にするにはどうすればよいかという事については、ほとんど言われていないと思う。一種の盲点になっていたわけだ。それでは3年後もまた同じ結果になる。今の時点から、「ベルベットモーニング」さんの提案を現実化するような働きかけをしていく必要がある。特に、今回の選挙で大敗した野党は、まず不正選挙の追求と新しい選挙管理システムの推進から始めるべきだろう。
(以下引用)*後半は供託金の問題で、こちらも重要だが、長い文章が苦手な人は前半だけでも読めばいいかと思う。
絶対に不正選挙出来ない選挙の投票と開票方法とは? ― 2013/07/23 13:13
絶対に不正選挙出来ない選挙の投票と開票方法とは?
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/07/23/6913930
不正選挙の解説をする前に、絶対に不正選挙出来ない選挙の投票と開票方法を教えましょう。
これが解決方法です。
まず、投票所を地域の小学校か中学校の体育館にする。
投票箱は半透明か透明
その場で投票し、終了次第、その箱を開けて、手作業で開票。
複数の政党と一般市民の立会人が、チェック
集計した票数を本部に随時送る。
以上
本来、これで何の問題も無いはずです。
たとえば、有権者が10万人居る市で、10カ所の投票所で投票を行ったとすると、1つの開票所で1万人分になるわけです。
これを10人で開票すれば、一人あたり1000票の開票作業なのです。
1000票開票するくらい、機械を使わなくても、簡単に出来ますよ。
1時間あれば充分でしょ。
ようするに、私たちは騙されていたのです。
時間を節約するために、機械を導入する。
投票箱を開票所に移動する。
全ては騙しだったのです。
その場で開票する方が、はるかに速いし、正確だし、簡単でコストもかからない上に、不正選挙も起きないのです。
それをしてこなかったのは、不正選挙のためとしか考えられないのです。
この作業を、現地で見ることが出来るだけでなく、生中継するのも大事ですね。
皆で、選挙の開票を楽しむわけです。
これを実現するだけで、日本の選挙は、あっという間に変わると思います。
書きたいことは様々あるわけですが、今回選挙の仕組みを様々見てきて、出た結論は以上のことです。
有志の方々は、以上の仕組みを選挙で実現すべく、まず、都道府県議会議員選挙や市町村議会選挙から立候補してみてください。
町村議会なら、預託金が無料です。
以下
日本の公職選挙における供託金の金額および供託金没収点
選挙の種類 供託金の金額 供託金没収点
衆院選(小選挙区) 300万円 有効投票総数の10分の1
衆院選(比例代表区) 名簿単独登載者数×600万円
+重複立候補者数×300万円 (注1)
参院選(選挙区) 300万円 有効投票総数と議員定数(注2)の商の8分の1
参院選(比例代表区) 名簿登載者数×600万円 (注3)
都道府県知事選挙 300万円 有効投票総数の10分の1
政令指定都市の市長選挙 240万円
その他の市区長選挙 100万円
町村長選挙 50万円
都道府県議会議員選挙 60万円 有効投票総数と議員定数(注2)の商の10分の1
政令指定都市の市議会議員選挙 50万円
その他の市区議会議員選挙 30万円
町村議会議員選挙 (供託金は不要)
wikipedia
ちなみに、
各国における供託金の金額[6]
選挙 金額 没収点 備考
イギリス £500(約8万円) 小選挙区制で5%
アイルランド €500(約6万5千円) 単記移譲式でドループ基数の25% 政党公認候補と30名の推薦人を得た候補は免除
カナダ $1,000(約10万円) 小選挙区制で10% 収支報告の提出により没収免除
オーストラリア(上院) $2,000(約18万4千円) 優先順位付(単記移譲式)投票の1位票で4%
オーストラリア(下院) $1,000(約9万2千円) 優先順位付投票(Instant-runoff voting)の1位票で4%
ニュージーランド(選挙区) $300(約2万4千円) 5%
韓国 1500万ウォン(約135万円) 小選挙区制で10%
(15%未満は半額没収)
wikipedia
以上のように、日本の選挙システムは、世界的に見て極めて異常だということが分かる。
先進各国の供託金の金額は、5〜10万円
日本は300万円で、しかも不正選挙し放題だったのである。
小さい政党が潰れる。
有権者の声が反映されない。当然のことだと思います。
でも、それは変えることが出来るはずです。
ごくごく簡単な事なんです、本当は。
この記事は、広めていただきたいので、転載フリーとします。
転載する場合は、当ブログのurlを必ず入れてください。
よろしくお願いします。
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/07/23/6913930
(徽宗追記)「阿修羅」の或る記事のコメントが、大事な事を言っているので、それも引用しておく。「不正選挙」防止と同時に、「B層への啓蒙」のための新しいマスコミが必要だ、ということである。
46. 2013年7月23日 17:30:24 : XZ2uHaevNs
>>35
>誰がどう考えても、 この選挙結果は自民党による不正選挙でしょう。
>日本人は、こんなバカではない。前回の衆院選で野田が当選してるのみて、私も「ありえねー、間違いなく不正あるなー」
って思ったけど、最近 周囲の人達やカミさん見てると、実際バカ8割…って可能性もあるな…と思っている。
みんな毎日の生活に忙しく、今 直接生活に影響していない原発やらTPPのことなど考える時間もあまりなく、職場で頼まれた自民党候補者によく分からないまま投票。
その後、挨拶まわりしている議員の「いや~ありがとうございました。」って笑顔に「いえいえ、頑張って下さい~」なんて笑顔で応え、その議員の政策など聞いたこともない……みたいな日常風景。
不正選挙があった可能性より、実は日本人はバカ8割…の可能性のほうが高いような気がする今日この頃…… -
「村野瀬玲奈の秘書課広報室」から転載。
最近の私のブログは共産党応援ブログになっていると感じている方もいるだろうが、実はその通りである。(笑)
私は「是は是、非は非」という主義であり、世間の常識とか空気とかを嫌悪するへそ曲がりな人間だ。そして傲慢な強者や弱い者いじめが大嫌いである。そういう人間が共産党に肩入れするのは何の不思議もないだろう。
その共産党の主義の対極にあるのが新自由主義であり、その代表が小泉元首相、竹中、橋下、石原、前原、野田、麻生、安倍、渡辺美樹(とうとう彼も議員様だ!)、三木谷、新浪、そして経団連の全員である。彼らは日本の庶民全体の敵だ、と私は思っている。
私は世間の貧乏人や中流階級の人間がなぜ共産党を恐れ、嫌悪するのか、さっぱり分からない。彼らは共産党に害を与えられたことは一つも無いはずであり、それどころか、共産党は庶民の権利を守るために常に戦い続けてきた、と私は考えている。(現在の日本の労働状況は、官僚と保守政権の手で、長い時間をかけて「労働三法」が切り崩され、骨抜きにされてきた結果だが、その労働三法を守るために常に闘ってきたのが共産党だ、と私は思っている。)
共産党への長年の迫害を考えれば、共産党員や共産党シンパであることを公言するだけでも大きな勇気の要る行為だろう。その逆に、体制(あるいは権力)に肩入れし、体制の犬になるほど容易な(そして下劣な)道は無い。私はそういう人間を軽蔑する。そういう人間がなぜ自分で自分を軽蔑せずにいられるのか、不思議である。(私がこのブログで引用してきたブログの筆者たちの中にも体制の犬になることを選んだ人間はかなりいる。その事は残念だが、「人はパンのみで生きるのではないが、パンが無ければ生きられない、」ということで、彼らはいわゆる「毒饅頭」を食わされたのだろう。けっして、彼らが進んで「庶民の敵」《=「現在の自民党支持者」》になることを選んだとは思わない。)
ただし、何度もこのブログで言っているように、私は共産主義自体は実現不可能なファンタジーだと思っている。しかし、宗教を基盤とする公明党のように、ファンタジーもまた現実的な力となるのであり、共産主義自体の是非よりも、「日本共産党」が日本の政治に起こしうる潜在的な力を重視するべきだ、と私は考えているわけである。言い換えれば、共産主義という一種の理想主義(私に言わせればファンタジー)は看板として用いつつ、より現実的な社会主義を政策にしていけばいいということだ。
そういうわけで、私は「共産主義(あるいはマルキシズム)には否定的な共産党シンパ」だと考えてくれればよい。
私は、下記記事の質問をした小学五年生を心から尊敬する。私が政治や社会についてまともに考えるようになったのは、やっと40歳を過ぎた頃からであった。下の小学生は、それ以前の私よりはるかに優れた精神を持っている。私は彼女の前に頭を下げたい。そして、自分たちの世代において、日本をこういう滅茶苦茶な状況にしたお詫びをしたい。
このような子供や若者が増えてくることが、日本が破滅から再生する道を開いていくだろう。
(以下引用)
「なぜ日本共産党は『白い目』で見られるの?」という小5の質問に答える田村智子・参議院議員
• ジャンル : 政治・経済
• スレッドテーマ : 日本共産党
まず、こちらをよろしければごらんください。
■選挙運動期間中、有権者が意思表示のためにできることをもう一つ提案。
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-4589.html
2013-07-19
さて、日本共産党の参議院議員・田村智子さんのホームページにあった記事。この小学校5年生の質問もいいけど、田村智子議員の答えもいいですね。私自身が繰り返し読むために転載させていただきましょう。
●田村智子ホームページ
おたより紹介08
■小学5年生から「なぜ日本共産党は『白い目』で見られるの?」という質問が寄せられました。
http://www.tamura-jcp.info/letter/letter09.htm
田村智子様、僕は小学校5年生です。
1つ質問があります。周りの人は、共産党は赤で自民党は良いが赤の共産党は信じてはだめだと、お父さんに言われました。
会社でも共産党というと仲間はずれになるそうです。でも共産党は弱い人や学費も払うのに困っている弱い人を助けているように思います。
なぜ白い目で見られるのか教えてください。
これからも田村智子さんの政治の仕事の成功を祈ります。
(小学校5年生)
あなたが5年生で政治や社会のことに目を向けていることに驚きました。
どこで日本共産党のことを知ったのかな、と興味も持ちました。
自分が日本共産党について知ったことが、事実にもとづくものであれば、自分の意見を大切にしてよいと思います。
なぜ日本共産党が「白い目」で見られるのか。
機会があれば冷静に、お父さんにも聞いてみるというのも、あなたが判断するうえでの材料になるでしょう。
日本共産党員である私からの説明をそのまま信じるのではなく、色々な事実にそって考えてもらえたらと思います。
私の意見は次の通りです。
日本共産党が「アカ」といわれたのは、日本が朝鮮や中国に軍隊を送り、アジアの国々を日本の領土にしようとしていた時代です。
日本は第2次世界大戦が終わるまで、天皇がすべてを決める力をもち、国民はみんな天皇の子ども、天皇のためにつくすことが一番大切とされていました。
そのなかで、日本共産党は、戦争反対、国民が主人公の世の中をつくろう、とよびかけました。 戦争反対、国民主権、このことを主張する人は、天皇に逆らう罪人、「アカ」といわれ、警察につかまったり、命を奪うようなひどい扱いをうけたのです。
いまでも「アカ」という言い方をする人がいるのは、とても残念です。
戦争が終わって、日本は、アジアに侵略した戦争は間違いだったと認めました。
日本国憲法には、国民主権、戦争放棄がはっきり書かれました。日本共産党が求めたものが、たくさんの人の命の犠牲のうえにみとめられたのです。
会社のなかで日本共産党員や共産党を応援する人が仲間はずれにされる、これもとても残念なことです。 私たちの国は、意見の違いで人間を差別することを禁じています。
仲間はずれは、おそらく会社の上の人(社長や役員)の意見によるものでしょう。
働く人を大切にする世の中をつくる、この日本共産党の主張が気に入らないのだと思います。 あるいは、日本共産党が会社をつぶそうとしていると、誤解しているのかもしれません。
私たちは、会社の上の人ばかりがたくさんのお金をかせいで、働く人の給料がとても少なかったり、 「会社のもうけのためだから」と、働く人を苦しめるようなやり方に反対しています。 そういう日本共産党の主張が通れば、「自分たちのもうけが少なくなってしまう」「会社のやり方に反抗するのは許せない」ということかもしれません。
しかし、どのような理由があっても、学校での「いじめ」が卑怯でゆるせない行為であるように、 会社での共産党への差別は、絶対にゆるされるものではないのです。
5年生のあなたにとって、政治のことは、これからたくさん学ぶ機会があるでしょう。
日本の歴史や、社会のしくみを学んでいくと、政党のこと、日本共産党のことも、もっといろんなことがわかってくると思います。
そういうなかで感じた疑問、意見など、またメールなどでよせてください。
それでは、元気に学んで、遊んで、あと1年と少しの小学校生活を大切に!
(田村智子)
(転載ここまで)
私、以前に「共産党差別」という記事を書いたことがあるけど、こういうテーマはこういう風に書くものだという一つの見本を見せてもらった感じです。
この小学校5年生の未来に幸いあれと祈ります。 -
「神州の泉」から転載。
ふだんはかなり右寄りに見える「神州の泉」氏でさえ、今回は共産党に入れるというのだから、TPPによる日本の主権喪失、自民党による国民生活破壊、棄民政策への危惧は多くの人に共有されているようだ。飯山一郎翁も棄権呼び掛けから一転して投票を呼び掛けている。
こうした有名ブロガーの声は、実に心強い。今さら遅すぎる、とは私は思わない。
勝負は最後の数秒でも決まるのである。ジョージ・フォアマンを逆転KOしたモハメッド・アリのように。どんなに劣勢でも逆転は可能なのである。関光徳を、ファイティング原田を逆転KOしたジョー・メデルのように。
政党ポスターに「TPP反対」を明確に書いてあるのは、ここ京都でも日本共産党だけである。しかも、そのポスターはかなり前から出されていた。これだけでも他政党との姿勢の違いは歴然だ。他の野党政党の弱腰ぶりを見れば、共産党が大幅に議席を増やす以外に自民党政治にストップをかける術は無い、と断定していいだろう。
共産党は「毒薬」だという頭は、少なくとも今の若い人には無いはずだ。なぜなら、彼らは、いや、日本国民は共産党によって害を受けたことは一度も無いからだ。むしろ、庶民のために地道に粘り強く戦ってきたのが日本共産党だったということは、表マスコミの記者たちさえ陰では認めている。
その日本共産党の力はまだまだ弱いし、「個人の利益よりも全員の利益を」という思想はエゴイズムに満ちた現代社会では嘲笑され、これまで共産党は次第に力を失ってきた。
だが、3・11以降の状勢は、日本国民が本来の思いやりを取り戻す方向に進んでいる。政治だけがそれに逆行しているのである。
国民の意思が政治に反映されるのが民主主義である。今回の選挙は民主主義の最後の火が消えるかどうかという選挙でもある。「一部の人間の利益のために多くの人が犠牲になる」という社会とはもはや決別しなければならない。そして、その新自由主義の対極にあるのが(本来の)社会主義であり、それを具現した政党は、現在の日本では日本共産党だろう、と私は考えている。
もちろん、生活の党やみどりの風にも優れた人物はいる。彼ら彼女らを落選させてはならないが、しかし政党として自民党に立ち向かえる政党は今の状況では共産党だけだろう。「神州の泉」氏の判断も私と同様なものだったと思う。
(以下引用)
2013年7月20日 (土)
静岡参院選6候補、いよいよ明日に迫った投票日!
神州の泉は静岡県に住む。
6人の参院選候補がいて、その中でTPPに絶対反対のノロシをはっきり上げているのは唯一共産党だけである。
選挙公報を見ると、共産党以外の他の5名はTPPには露とも触れていない。
したがって、神州の泉はためらわず共産党候補に1票を投じる。
今の日本でTPPに危機感を感じない政治家なんぞは無用であり、税金の浪費になるばかりか有害でさえある。
彼らは意識してか、あるいは無知のためか知らないが、グローバリストたちの甘言に引きずられてTPP参加に引き込まれ、売国潮流に乗るしかない害悪だ。
静岡選挙区では「日本維新の会」と「みんなの党」という“偽装チェンジ派”候補が2名もいる。
植草一秀氏を参照すると偽装チェンジ派のミッションは、真正チェンジ派の野党勢力をパワーダウンさせることにある。
みんなの党も日本維新の会も自民党勢力の別動隊であり、後方から別の野党勢力の背中を狙い撃ちして自公勢力を助けるのが彼らの使命である。
植草氏はいう。「みんなの党」も「日本維新の会」も、官僚利権排除を謳いながら、実際には、官僚機構と妥協を図る。
また彼は、これら偽装チェンジ派が対米隷属・市場原理主義・官僚利権温存が三本柱ということになると、これは、ほとんど、小泉竹中政治と同じものであると喝破する。
偽装チェンジ派は、大資本と子飼い的な位置関係にある。彼らが唱える市場原理主義とは、「グローバル資本の論理」である。以下の項目は植草氏のブログからお借りした。
「法人税を下げろ」、
「TPPに参加しろ」、
「雇用を自由化しろ」、
「外国人労働力を輸入せよ」
などの主張が彼らの本質を物語っている。
ゆえに、有権者が自公勢力に独走を許さないために、対抗馬として「みんなの党」や「日本維新の会」に頑張ってもらおうとするなら、全くお門違いである。
むしろ偽装チェンジ政党に入れることは、安倍自民党の暴政体制を強力に補完することになる。静岡県民に限らず、これに気づいた有権者は注意した方がいい。
神州の泉はTPP断固反対の共産党候補にためらわずに票を投じる。 -
「長周新聞」の7月3日付けの記事の中のトルコの反政府デモに関する記述が、まさに今の日本の半年、一年後の未来像かのように思えるので、抜粋して転載する。
さて、明日の選挙で日本国民が選ぶ未来はどんなものだろうか。
言うまでもなく、日本はこのトルコの現状よりもっと悪い。なぜなら、福島原発事故で日本は半分滅んでいるからだ。日本の豊かな美しい自然はすべて放射能に汚染され、安心して食べられる食品など無い。だが、そうした目に見えない死神の姿を存在しないものとすれば、今の日本はまだトルコその他の中東の国々よりは豊かに見える。だからその(一部の人間にとっての)豊かさを維持するために、保守政党に投票する人々もいるわけだ。はっきり言って、そういう投票行動をする人間は日本人大多数にとって敵である。3.11以降の日本の姿を見ていて、自公やその補完勢力に投票する人間は国賊であると言っていい。つまり、日本に寄生し、日本国民の血を吸う吸血鬼やその手下に等しいのである。
少し前に書いた記事の一部をもう一度繰り返す。
今でも福島の避難所で生活している人たち、原発事故収束のために放射線を浴びながら働いている人たち、不正ルートでしか売れるあてのない農作物を作っている人たち、罪悪感に苛まれながら放射能汚染された魚を取って売っている人たち、TPPで失業する可能性の高い業種に就いている人たち、生活保護削減や年金削減で苦しむ人たちのことを考えても、あなたは自民党や公明党、あるいはその別動隊の維新の会やみんなの党に投票できるのだろうか?
(以下引用)*赤字は引用者による強調。今の日本社会や自民党政治との類似は明白だろう。
トルコ 独裁政治への怒り 米国の軍事的要衝
トルコの反政府デモは、イスタンブールのタクシム広場の再開発に抗議する座り込みを警官隊が催涙弾や放水銃をもって弾圧し、多数の負傷者を出したことがきっかけとなった。エルドアン政府が「過激分子のデモに譲歩しない」と主張し、横暴な姿をあらわしたのが契機となって、デモはまたたく間に全国主要都市をはじめ200カ所に拡大した。6月初めには公務員労組連盟24万人が46時間ストをやり、17日には公務員や民間労働者約90万人が加盟する五団体のストがやられるなど、労働者を軸にした反政府行動に発展している。
反政府デモの背景にあるのは、こちらもIMFや米欧資本による新自由主義、グローバル化で外資や国内財閥は肥え太り、労働者、勤労人民が貧困化したことがある。2001年2月、トルコが金融危機に見舞われ、IMFや世銀、欧州連合(EU)など国際金融機関から純総額206億㌦の融資を受けた。03年に誕生したエルドアン政府はその金融支援への見返りとして、公共投資や公務員給与の削減で財政赤字を削減したほか、インフレ抑制、国営企業の民営化、銀行改革、貿易自由化など一連の新自由主義の構造改革・緊縮財政政策を実行した。
また政府は構造改革の一環として、03年に新外国直接投資法を施行し、外資に利益と資本金の移転の自由や出資比率100%、法人税引き下げなどの優遇策をとった。すでにセメント、牧畜飼料、乳製品、飲食サービス、石油販売などは完全に私有化され、旅行・観光、鉄鋼、繊維、海運や肉加工業では50%以上が外資に握られた状況となった。
労働関連法の改悪など「雇用の柔軟化」と称する低賃金政策で無権利の非正規労働者を増やし、約2300万人の雇用労働者のうち約1052万人が非正規とされている。欧米や日本の自動車メーカーなどは安価で豊富な青年労働力に目をつけ、あいついでトルコに進出。外資の投資額は04年の28億㌦から05年は98億㌦へ、06年には200億㌦へと急増。今ではトルコの輸出のトップが自動車となった。安倍首相は先日、独占企業トップを引き連れてトルコを訪問、原発などをトップセールスした。
この民営化や外資導入の過程で、労働者は情け容赦なく首を切られ、近年失業率は公式発表でも10%をこえ、今年2月には失業者は289万人に達した。加えて近年の通貨戦争を反映して、生鮮食料品の価格が上昇、酒・たばこ税の引き上げ、通貨リラ安にともなう各種輸入品の価格上昇が続いている。衣料品や電気、水道、ガスなど生活関連の物価は、この一年間で6・51%も上昇するなど、インフレが生活を圧迫していた。
トルコは欧州と中東・北アフリカをつなぐ戦略的要衝に位置する。米欧支配層はトルコをNATOに加盟させ、中東地域支配の前線基地としてきた。トルコの米空軍基地インシルリクが中東全体をにらみ、一昨年来のシリア政府の転覆策動ではCIAの司令部が置かれてシリアの反政府の傭兵部隊を指揮し、地対空ミサイル・パトリオットも配備されるなど、米国がとくに力を入れて支配してきた。国民の反米感情も昔から強いことで知られている。
対米従属のもとでエルドアン政府が戦争政治とセットで強権支配を実行し、国内の反政府行動を敵視し、独立メディアを解体、既存メディアを買収するなど言論封殺に血道を上げてきた。当初はイスラムを前面に出さず、世俗政府を標ぼうしてきたのが、最近は酒販売規制や「婦人は子どもを3人産むべきだ」などイスラムの戒律まで利用して、独裁的な戦争政治を突き進んでいた。これへの反発が公園開発への抗議行動鎮圧という一つの事件をきっかけにして全土で噴き上がり、米国の軍事的要衝の支配基盤を揺るがしている。
(付録)「村野瀬玲奈の秘書課広報室」で知った記事である。
miyamoto 宮本徹@miyamototooruすごいことになってきた。千葉県議を30年もつとめた自民党の元幹部がしんぶん赤旗日曜版に登場して、公然と、比例代表で日本共産党への支持を呼びかけています。平和憲法を変えると公言する安倍首相の暴走への懸念が広がっています pic.twitter.com/9eIHCPzOQT
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「晴耕雨読」に転載されている「マガジン9」の鈴木邦男、想田和弘対談の後半を再転載する。
私自身も、鈴木邦男氏は右翼を自称しているわりには、実にまっとうな言動をしている人物だなあ、と思っていたがこの対談での発言を読むと、「天皇・憲法・自衛隊」の在り方について、私自身が長い間主張してきたこととほとんど同じと言っていい。そうか、私は左翼を自称してきたが、本当は右翼だったのだ!(笑)
まあ、右翼も左翼も今どきあまり意味を持たないレッテルではあるのだろうが、使うと便利な場合が多いので私自身もこれまで良く使ってきただけである。本当は「愛国者」と「売国奴」で分けるのが正しい分類かもしれない。そして、今の日本において「TPP推進派」と「原発擁護派」が売国奴であり、日本を破壊する連中であることは論じるまでもない。それがどの政党であり、それに反対しているのがどの政党であるかも明白なことだ。
さて、参院選まであと二日となった。我々は売国奴政党の大勝利をこの目で見ることになるのかどうか、興味津々である。それを後押しした人々(残念ながら、その中には井口博士のような興味深い人物もいるし、あるいは選挙での棄権を呼びかけた飯山一郎氏やきのこ女史などもいるのだが)は、日本の未来への罪を永遠に背負うことになるだろう。
(以下引用)
●自由のない自主憲法より、自由のある押しつけ憲法を
編集部 さて、参院選の争点の一つとされている「改憲」ですが、想田さんは自民党が昨年4月に発表した「日本国憲法改正草案」の危うさ、とんでもなさについて、マガ9掲載のコラムなどでもたびたび取り上げられていますね。
想田 最初、「国防軍の創設」が明記されたということについてはかなり騒がれましたよね。僕も最初は「そこだけが問題なのかな」と思ってたんですけど、ネットで検索して自民党のホームページに掲載されている草案の全文を読んでみて、「なんじゃこりゃ」とぶっ飛んだんです。僕たちの基本的人権が制限されるような改変があちこちにある。それなのに、そのことが全然話題になっていないし、ほとんど報道もされないということに、現実的な危機感を持ったんですね。それでツイッターでいろいろ発信したりするようになったんですけど…。
鈴木 おっしゃるように、あの改憲案では、いろんな権利や自由が抑圧されますね。しかも、国防軍の問題もそうなんだけど、前文にも戦争に対する反省の言葉などがまったくなくなってしまっている。それも酷い話だなあ、と思います。さらには、96条――憲法改正のルールを政府が自分たちで変えようというせこい話まであって。
僕はもともと学生時代から「アメリカに押しつけられた憲法はダメだ、自主憲法をつくろう」という意見でした。でも、今の自民党改憲案が通ったら、アメリカが戦争をするときには国防軍を出すなど、さらにアメリカに従属した国になりかねない。今言ったように自由も権利も抑圧されるし、それなら僕は自由のない自主憲法より自由のある押しつけ憲法を取る、と言っているんですよ。
想田 押しつけ憲法というのも、押しつけられたのはその当時の支配者階級であって、民衆ではないんじゃないかと僕は思っています。権力者にとっては大日本帝国憲法のままのほうが都合がよくて、だからGHQが「改憲案をつくるように」と言ったときにも、それとたいして変わらない案しか出てこなかったんでしょうけど。
だって、例えば日本国憲法14条に、人種や信条や性別、身分や門地によって差別されない、貴族制度は廃止するという文章がありますけど、それで困る一般の民衆っていないですよね。あるいは、24条の「両性の本質的平等」が出てきたときに、「平等じゃ困る」って怒る女の人はあまりいなかったでしょう。「押しつけられた」のはあくまで特権階級や男性、つまりは権力の側にいた人なんだと思うんです。
僕は、今の憲法が自分の権利を抑圧してると感じたことは一度もありません。もちろん、例えば同性愛者にとっては24条が抑圧になるかもしれないとか、改善の余地はあると思うけれど、おおかたの部分において、憲法があるから自由にできない、権利が抑圧されているということはないと思います。制定過程がどうあれ、「押しつけられた」と実感として感じない。逆に言えば、自民党の改憲案をつくったような人たちが「押しつけられた」と感じるのは、憲法があるから自分たちの権力が十全に振るえない、民衆を自由に支配できないと思っているからじゃないんでしょうか。
●戦争の「やられる側」になることが、想像できなくなっている
編集部 また、自民党改憲案では、第3条に「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」とあり、日の丸・君が代に対する強制もさらに強まっています。鈴木さんは、以前から「強制には反対」だと主張されていますが…。
鈴木 もし僕が首相だったら、まずその条項のもとに、在特会のデモなんか全部禁止しますね。あれは日の丸をまったく尊重してないですよ。僕らも街宣をやっていたころはそうだったんですが、汚れた日の丸の旗をぐちゃぐちゃに立てていたりして。日の丸に失礼な話ですよ。
あと、卒業式や入学式で強制するなんていうのも、日の丸・君が代をむしろ侮辱していると思います。そもそも、『君が代』って難しい歌だから、大して練習もせずにみんなで歌おうとしても、全然合わない。それじゃとても国歌を尊重しているとは思えないんですよ。
想田 鈴木さんが君が代や日の丸を好きだというのは、どういう感情なんですか? もしあれが、違うデザインの旗だったり違う歌だったりしても好きなのか、それともあの旗であの歌だから好きなのか…。
鈴木 違うものでもいいと思いますよ。極端に言えば、国歌も国旗もなくてもいいと思います。だって、君が代も日の丸も明治維新以降にできたもので、それ以前の歴史のほうが圧倒的に長い。国旗国歌がなかったら日本じゃないなんて思いません。
日の丸って、もともとは江戸幕府が開国して外国と貿易をするときに、船に「日本の印」が必要だからと使い始めたものなんですよね。だから、幕府軍対薩長軍の戊辰戦争のときには、幕府軍が日の丸を掲げて、薩長軍は錦の旗を使っていた。でも、その後戦争に勝って明治政府を成立させた薩長の人々は、なぜかそれまで「賊軍の旗」だったはずの日の丸を日本の旗として使い始めるんです。錦の旗はさすがに畏れ多いとでも思ったんでしょうが、倒した敵軍の旗を自分たちの旗にするなんて、世界でもなかなかないことじゃないでしょうか。
君が代も、誰がつくったのか正確にはわからないような歌ですし、いいかげんというか、やっぱり寛容な国だなあと思いますね(笑)。そういう意味で僕は日の丸も君が代も好きなんです。
想田 天皇制についてはどうですか。
鈴木 僕は、あったほうがいいと思っています。天皇制の成り立ちはともかく、いろんな意味で日本が全体主義になるのを阻止する力になってきた民族の英知だと思う。日本でヒットラーやムッソリーニが出なかったのは、天皇制があったからだと僕は思っているんです。
かつて、日本は戦争に反対する天皇の意思を超えて戦争に突入したけれど、戦争をやめるにあたっては天皇の決断が大きな影響をもたらした。立憲君主制の弱さと利点がそこにありますね。そして今、天皇は政治には一切かかわらない「象徴」となったわけですが、自民党の改憲案ではそれを再び「元首」にするということになっている。政治的なことに今よりもっと巻き込んで、何かあったら責任を負ってもらう、というふうに読めます(※)。
そんなふうに、天皇を再び政治、そして戦争の場に出すべきではないですよ。長い日本の歴史の中でも、象徴的存在であった時期のほうが長いくらいなのですし、精神的、伝統的な象徴としてあったほうがいいと考えています。もちろん、天皇陛下はじめ皇室の方々には、ものすごく重い仕事を国民が強制しているともいえるわけで…政治的なことに関与しない限り、もっともっと自由にしていただいていいとは思いますが。
※自民党改憲草案第1条は、「天皇は、日本国の元首であって…」と定めている。また、現憲法では天皇の国事行為には内閣の「助言と承認」が必要とされているが、同草案ではこれを内閣の「進言」と変更(6条4項)。6条5項では、国事行為以外の「公的な行為」を行う、との定めもある。
想田 自民党の改憲案は、自分たちの権力を思い通りに行使するために、天皇を使おうとしているということですよね。かつての戦争のときには、きっとまさにそういうことが起こっていたんじゃないでしょうか。
鈴木 だから、これからも戦争をしようと思っているのかと勘ぐりたくなります。そもそも、天皇を元首にする、国防軍をつくるというのは、日本を「強い国家にするんだ」というジェスチャーでしょう。そして、領土交渉では「戦争も辞さずに」なんて言い出す。戦争を体験していたら、そんなことは絶対に言えないと思うんだけど。
想田 かつては自民党の中でも、戦争体験のある議員が「ストッパー」になっていたのかもしれませんが、みんな引退していってしまった。戦争体験そのものがこの社会全体から失われていっていて、それはもちろん素晴らしいことなんですけど、一方で「戦争って怖いよね」と肌感覚で捉えられる人がどんどん少なくなっているということなんでしょう。
しかも、戦争で「やられる側」になることが、みんな想像できなくなっていますよね。常に自分たちは「やる側」。僕はアメリカに住んでいてアフガン戦争が始まったときに、アメリカ人の考える「戦争」の中には、自分たちが「やられる」イメージが一切ないんだな、だから「世界の警察」として、いろんな紛争に介入するんだな、と改めて思ったんですけど、日本も徐々にそういう感覚になってきている気がします。
●人の生活を守ることこそが、国益を守ること
鈴木 本来、政治家の一番大きな役割は「戦争をしないこと」だし、それができる政治家が支持されてしかるべきだと思います。でも、今の社会の雰囲気はそうなっていないんですよね。以前、テレビである旅館の主人が「(日中関係の悪化で)中国から観光客が来なくなって大変だ」という話をしているのを見たんですが、続けて「でも、やっぱり国益のことを考えたら我々も我慢しなくちゃいけませんよね」というんです。
想田 その人が、自分からそう言っているんですか。
鈴木 そうです。そういう人の生活こそが「国益」であるはずなのに、「国益」というのは何か別のところにあるものだと考えられている。そして、「毅然とした態度で挑む」とか、週刊誌レベルの勇ましい言葉を言っている政治家のほうに支持が集まって、「話し合いで解決する」なんていうと「反日的だ」「売国奴だ」とか言われたりする。それが怖くて、政治家も「まずは相手の言い分を聞いて…」とはなかなか言えないんでしょう。
ただ、本当の「愛国者」なら、戦争を避けるためには「国賊」と呼ばれる覚悟くらいはするべきですよ。かつて、小村寿太郎が「国賊」と呼ばれながら日露戦争の講和条約締結に踏み切った(※)みたいに。今の「愛国者」は、安全圏にいながら「戦争をしてでも島を守れ」みたいなことを口で言ってるだけなんですから。そんなのインチキですよ。
※小村寿太郎は日露戦争当時の外務大臣。1905(明治38)年、全権大使として日露講和条約(ポーツマス条約)を成立させた。政情不安が続いていたロシア、国力の違いからこれ以上の戦争継続は困難と判断した日本、両政府の意図が合致しての講和だったが、それまで「日本軍の勝利」ばかりの報道に接していた民衆は直接の賠償金なしの講和に納得せず、帰国した小村には「国賊」の言葉が投げつけられ、内務大臣官邸などに火が放たれる「日比谷焼き討ち事件」も起こった。
想田 僕は、いわゆる「現実論」と言われるものが、本当に現実的かどうかを検証する、想像することがとても大事だと思っています。例えば原発にしても、ずっと原発を推進するのが現実派で、いらないというのが理想主義だと言われてきた。でも、福島第一原発の事故が起きたことで、その捉え方は間違っていたことが明らかになりました。だって、廃棄物処理の方法もわからない、事故が起きたら国土が汚染される、しかもメンテナンスのためには誰かが必ず被曝しなきゃならない…。いろんな意味で、実は原発というのは現実的な発電手段ではないことがわかってきたわけです。
領土問題もそうで、強硬論をとる人が現実派のように言われているけど、それをどんどん押し進めていけば、究極的には戦争になります。でも、例えば中国と戦争になれば日本経済はガタガタ…というか、多分もう終わりですよね。それが現実的な選択だとは僕には思えません。やっぱり、現実的な選択というのは鈴木さんのおっしゃるように、どんな手を使っても戦争を避けることだと思うんです。
鈴木 ただ、これまで「憲法を守ろう」「戦争はよくない」と言ってきた側の言葉に、まったく説得力がなかったのも事実だと思います。憲法9条があるから日本は平和なんだ、憲法さえ守っていれば大丈夫だとひたすら言い続けるだけ。それだけでは、中国や北朝鮮の脅威が拡大していて、領土が取られるし拉致被害者も帰ってこない、やっぱり強力な国防軍が必要だ――という声のほうが、説得力を持って聞こえて来てしまうんですよ。
想田 「護憲」を言う人たちの言葉に説得力がないというのは、そこに日常的な「実感」が伴わないまま「正しさ」を言い続けてきたからじゃないでしょうか。平和とか憲法とかの話をするとき、ややもすると僕らは、集団的自衛権がどうのとか、自主憲法がどうのとか、概念の世界でばかりしゃべろうとしてしまいます。だから「9条を守れ」といった言葉はもはやただの決まり文句、スローガンになってしまっていて、人々の感情を喚起しない。そうではなくて、もっと日常に引きつけて考えるというか、「9条がなくなる」のが現実としてどういうことなのかを、きちんと伝えないといけないんだと思います。
例えば、僕が応援している「全日本おばちゃん党」の基本方針である「おばちゃんはっさく」なんて、まさに概念ではなくて実感です。〈その1〉は「うちの子もよその子も戦争には出さん!」なんですが、子どもを戦争に出したい親なんていないわけで、その実感は誰もが共有できますよね。概念ではなくてそういう、生物しての実感ともいうべきところから出発すると、もっと共感が広がりやすい気がするんです。
鈴木 あと、「平和憲法を守ろう」という人たちが一番弱いのは、「自分の国のことしか考えてないじゃないか」と言われることじゃないかと思います。世界には困ってる国がたくさんあるのに、自分たちさえ良ければいいのか、と。そこにやましさを感じてる人が多いから、「日本も金だけ出してるんじゃダメだ」なんていう言説が説得力を持ってしまうんじゃないでしょうか。
僕は、日本ももっと「攻めの論理」を打ち出していくべきだと思います。例えば自衛隊が、外国で血を流していない、人を殺していない、戦争に参加していないことに対して、やましさを感じる必要なんてないですよ。むしろ、自然災害の現場での自衛隊の活躍は、世界中から賞賛されてるんだから、世界の軍隊を自衛隊化する、自衛と災害救助にはあたるけれど外に出て行って戦争はしない、そういう組織に組み替えていくべきだという理想を発信するくらいのことを考えたほうがいいと思う。
想田 なるほど、そうですね。僕はアメリカに住んでいますけど、9・11テロ事件の後、そのアメリカが戦争に進んでいく過程を見ていて、とても怖かったんですよ。世論調査で「アフガニスタン攻撃を支持する」という意見が、たしか9割以上。みんなこぞって星条旗を掲げて、本当に翼賛体制というべき状況でした。
野球を見に行っても、大リーグでは7回終了後に、『私を野球に連れてって』っていう歌をスタンドでみんなで歌うのが慣例なんですが、9・11の後1年くらいはそれが『God Bless America』に替わってしまって。それをみんなで起立して歌うんです。僕は嫌だったので座ったままでいましたけど、ものすごいプレッシャーを周囲から感じましたよ。
鈴木 一つ流れができてしまうと、それに異を唱えるのは難しいんですよね。
想田 はい。アメリカって、どちらかというといろんな価値観が混在していて、ファシズム一色にはなりにくいというイメージだったので、余計にショックでした。僕が今のような、いわゆる「右傾化」というような流れにすごく警戒心があるのは、その経験も関係しているかもしれません。
このままの流れが加速したときに、僕が特に怖いなと思っているのは、改憲にまで至ってしまって、表現の自由が定められた憲法21条までが変えられてしまうことです。もし表現の自由を「公益及び公の秩序」で制限できるとする今の自民党改憲案(※)のような条文ができてしまったら、もう僕たちは政府批判さえできなくなってしまう。事実上、民主主義は終了ですよね。それをもう1回ひっくり返そうと思ったら、武力革命を起こすしかないわけで…そこまで行く前に、なんとかこの流れを止めたいと思っています。
※自民党改憲案では、現憲法にある「公共の福祉に反しない限り」という言葉が、「公益及び公の秩序」に差し替えられている。人権と人権がぶつかり合ったときのみ、それを調整するために人権が制限される、という考え方の「公共の福祉」に対し、「公益及び公の秩序」では政府が「公益のため」と称して、政府に反対する運動などを禁止・弾圧することも可能になる。
(構成/仲藤里美 写真/塚田壽子)
←その1
─対談を終えて─
とても真面目で、真剣にこの国の現状を憂えている。想田さんと対談し、そう思った。僕のイメージの中では、「映画監督」というのは、いつも威張っていて、尊大で、イライラして他人に八つ当たりし、怒鳴っている。でも結果(出来た映画)さえよければいい。そんなイメージだった。
でも想田さんは、そんな「監督」増からは最も遠い。「映画監督とはこういうものだ」という世間のレッテルや印象、「説明」「ナレーション」に僕らは支配されていた。右翼・左翼・護憲派・改憲派という言葉もそうだ。そんなレッテルを貼って、安心し、その人間を理解したつもりになっている。いけないことだ。さらに悪いことには、そのレッテルを貼られた人が、それで満足し、その「役柄」を演じてしまうことだ。もっと右翼らしく生きよう。もっと改憲派らしく生きよう…と。〈現実〉の方が、映画的であり、演劇的なのかもしれない。
そして国民全体が〈現実〉を重視し、現実的であろうと演技している。いや、演技しているという意識もない。それが自然な生き方だと思っている。想田さんは言う。そんな〈現実論〉が果たして現実的か? と。原発を見ても分かるだろう、と。そのとおりだ。今、この国に足りないのは〈現実論〉を疑う知性だ。想像力だ。防衛・憲法にしても、現実を見すえながらも現実を超える夢や理想を語ることだ。本当は、映画監督として想田さんは「改憲し右傾化する日本」をドキュメンタリーとして撮りたいのかもしれない。「改憲後」の日本を映画にしたいのかもしれない。しかし、時間がない。「終わった後」で、教訓を残しても意味がない。だから、焦っているのだろう。たとえ映画の仕事は一時休んでも、「発言」しなくてはならない。そう思いつめているのだろう。「武力革命」まで口にしている。そうならないように僕らも命がけで頑張らなくてはならない。と痛感した。(鈴木邦男)
まだ僕が日本に住んでいた20年以上前から、「右翼」として「朝まで生テレビ」などに出ていた鈴木邦男さんにずっと関心を抱いていた。肩書きとは裏腹に、なんだかいちばん真っ当な人に思えていたからだ。そのギャップが不思議でたまらなかった。だから今回初めてお会いする機会に恵まれて、本当に嬉しかった。思った通りの方だった。そして積年の謎が少しは解けたような気がする。鈴木さん、マガジン9の皆さん、ありがとうございました。(想田和弘)
次の日曜日は、いよいよ参院選。まさに「この国はどこへ向かっていくのか」の正念場です。とはいえ、もちろんそれを越えたあとも、考えること、声をあげることをやめるわけにはいきません。鈴木さんのいう「レッテルを貼って安心しない」こと、想田さんのいう「何が現実論なのかを検証する」ことの重要性を、胸に刻み込みたいと思います。鈴木さん、想田さん、ありがとうございました。 -
「独りファシズム」から、記事の後半を転載。
私の粗雑な頭は、全体を把握することしかできないが、雪乃氏の強靭な知性は全体を把握するとともに、常に細部をも把握している。こうした人間だけが真に社会の木鐸になれるのだろう。
繰り返しになるが、下記記事の二段落目を箇条書きにする。
1.年金支給年齢を5年以上も引き上げ、
2.国保料や消費税率を倍化し、
3.生活保護や教育費を全面削減し、
4.非正規労働を絶対化し、
5.解雇規制を緩和し、
6.国民皆保険制度を解体し、
7.原発被害の補償を打ち切り、
8.原子炉を増設し、
9.放射能ガレキを全国に撒き散らし、
10.放射性廃棄物レベルの食品流通を励行し、
11.被爆地の児童を抑留し、
12.水道事業を外国人に売り飛ばし、
13.多国籍企業に生活保護予算2倍相当の優遇税制を施し、
14.TPPにより伝統農業を終焉させ国家主権すら譲渡する
などと公言しているキチガイ政党
まさにそのキチガイ政党が来る参議院選で勝利確実だとされているのである。
日本人の知的レベルは12歳程度だ、と言ったマッカーサーの言葉は、まだ過大評価であったらしい。
上の赤字部分をぜひ大新聞は自分の紙面に載せてもらいたいものだ。これが、あなたたち国民が選ぼうとしている政党の政策なのですよ、と。
学校の教師たちは、自分の生徒たちに同じことを言ってもらいたい。そうすれば、「あの教師はアカだ」と生徒や父兄たちに言われるだろう。日本人は大政翼賛会時代からまったく変わっていないのだ。
(以下引用)
共同通信は内閣支持率が68%、成長戦略支持率が65%、原発海外輸出支持率が49%などと参院選を射程に捉え、自民党圧倒有利とする世論を激しく捏造しているのだが、それはつまり白昼のサイキック・ドライビング(精神誘導)なのであり、かくもあからさまに支配集団は国民の知性を冒涜し続けているわけだ。
年金支給年齢を5年以上も引き上げ、国保料や消費税率を倍化し、生活保護や教育費を全面削減し、非正規労働を絶対化し、解雇規制を緩和し、国民皆保険制度を解体し、原発被害の補償を打ち切り、原子炉を増設し、放射能ガレキを全国に撒き散らし、放射性廃棄物レベルの食品流通を励行し、被爆地の児童を抑留し、水道事業を外国人に売り飛ばし、多国籍企業に生活保護予算2倍相当の優遇税制を施し、挙句TPPにより伝統農業を終焉させ国家主権すら譲渡するなどと公言しているキチガイ政党を、国民の7割近くが支持しているわけなどないだろう。
そもそも先の衆院選でプログラム改竄が疑われた集計マシーンを再使用するのであり、また政権のステークホルダーがその運営企業に資本参画するというデタラメであり、さらには野党第一党が検察による国策捜査とメディアバッシングにより実質の解体状態なのだから、はなから国民に選択権など不在なのであり、この国の代表民主制度は二重、三重に殺されていると言えるだろう。これはもはや、正常選挙のため国連軍の監視を要請する第三世界の様相だ。
かつてピサロのアステカ侵略に帯同したカトリック司祭は、ジェノサイドの実践にあたり「その拒否から結果する死と損失は、汝らの落度である」と原住民に宣誓したのだが、今夏の衆院選挙もまた、その後に生起する経済殺戮を有権者の自己責任とする悪意のセレモニーなのであり、あらゆる制度改変による近未来の絶望を、国民のコンセンサスによるものであると既成事実化する儀礼行為に過ぎない。
つまるところ衆参両院で過半数議席を獲得する自民党政権とは、本質として「ヒトラー全権委任法」を制定しヴァイマール憲法を終焉させたナチス・ドイツの再現なのであり、彼らもまた日本憲法を破棄し、平和条項を無効化し、思想・言論弾圧法を施行し、公共福祉と人権原理を解体し、戦争国家に陶酔し、若者を徴兵し、戦地あるいは福島原発に送還し、そのような抑圧の社会構造によって企業利潤の最大化を達成するのであり、近未来にあるのは再生不能の国土と破壊された人間の夥しい残骸である。
ナチスが共産主義者を弾圧したとき
私は不安に駆られたが
自分は共産主義者でなかったから
何の行動も起こさなかった
その次、ナチスは社会主義者を弾圧した
私はさらに不安を感じたが
自分は社会主義者でないので
何の抗議もしなかった
それからナチスは学生、新聞、ユダヤ人と
順次弾圧の輪を広げていき
その度に私の不安は増大したが
それでも私は行動に出なかった
ある日、ついにナチスは教会を弾圧してきた
そして私は牧師だった
だから行動に立ち上がったが
もうそのときはすべてがあまりにも遅すぎた
(マルチン・ニーメラー牧師) -
「晴耕雨読」から転載。
中身の濃い対談だが、特に前半に語られた「公職選挙法」の問題は、本来ならもっと前に解決しておかなければならなかった問題だろう。たとえば「供託金」のために、志のある人間が選挙に出られないという問題もある。その中でも一番の問題は「選挙公報」でしか候補者の政見が分からない、という問題だ。その「選挙公報」自体が、どこで見られるのかも分からない。各家庭に郵送されることになっているのか? 昔(私の子供時代)はそうだったように思うが、私はここ数十年、自分の家に郵送されたそれを見た記憶が無い。つまり、我々は候補者の政見を知らないままで投票するように強いられているわけである。これでは、候補者の属する政党が何かで投票するしかないが、マスコミが一部の政党に肩入れし、その政党に有利な情報を流し続けていれば、国民はそれに誘導されるだけである。
これが現在の選挙の状況であり、それに加えていざとなれば「不正選挙」もありだ、となれば、この国から民主主義はとっくに滅亡したと見るしかないだろう。
「霜を踏みて堅氷至る」とは「易経」にある言葉だが、現在の災厄は一朝一夕に現れたものではなく、前々からの蓄積が大きくなり、現在のような最悪の状況になったのである。
国民が「権利の上に眠っている」と、その権利(民主主義)はやがて奪われるぞ、という丸山真男の警告は、いわば予言として実現したわけだ。
(以下引用)2013/7/17
「鈴木邦男×想田和弘「この国はどこへ向かっていくのか」その1:「寛容」と「謙虚」を失ったニッポン」 憲法・軍備・安全保障2013-07-10up
マガ9対談:鈴木邦男さん(作家・評論家)×想田和弘さん(映画作家)「この国はどこへ向かっていくのか」その1:「寛容」と「謙虚」を失ったニッポンから転載します。
この夏、全国で公開中の映画、想田和弘監督の『選挙2』。ある地方議会選挙の様子を通じて、日本の政治の、そして社会の「今」を焙り出す内容に、 注目が集まっています。自民党圧勝との報道が続く参院選を経て、この国はどこに向かっていくのか。私たちは、それに対して何ができるのか。想田監督と、連載コラム「愛国問答」でおなじみ鈴木邦男さんとの対談から考えます。
鈴木 邦男(すずき・くにお)1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
想田 和弘(そうだ・かずひろ)映画作家。ニューヨーク在住。台本やナレーションを使わないドキュメンタリー「観察映画」作品に『選挙』(07年)、『精神』(08年)、『Peace』(11年)、『演劇1』『演劇2』(12年)がある。最新作『選挙2』が全国で公開中。著書に『精神病とモザイク』(中央法規出版)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs. 映画』(岩波書店)がある。「マガジン9」では『映画作家・想田和弘の「観察する日々」』を連載中。公式サイト:映画作家・想田和弘 OFFICIAL WEBSITE
●選挙制度は、「有権者が関心を持たないように」つくられている
編集部 自民党圧勝の衆議院選挙から半年あまり。そして、参議院選挙ももうまもなくです。そんな中で公開中の想田さんの最新作『選挙2』は、東日本大震災直後の2011年4月に実施された川崎市議会選挙の様子を、完全無所属で出馬した「山さん」こと山内和彦さんを中心に追ったドキュメンタリー映画ですが、まずこれをごらんになっての鈴木さんの感想からお聞きできますか。
鈴木 この、(ポスターにある)街頭で防護服を着て演説するシーンが面白かったですね。どう見ても勝てそうにない闘いなんだけど(笑)、よくここまでやったなあ、と思って。
あと、公職選挙法ってくだらない規定がいっぱいあるんだなあと思いました。
よく駅前で、ビラも配らずにひたすら「おはようございます、○○です」ばっかり繰り返してる候補者を見て、「なんだこいつら」と思ってたんだけど、あれは法律に従って行われているものなんですね。有権者は誰もそんなこと知らないんじゃないですか。
想田 候補者の1人が、「本当なら政策をきっちり書いたビラを配りたいけれど、公職選挙法で禁じられている」とカメラの前で訴えるシーンですね(※1)。
編集部 候補者の選挙カーが名前だけを連呼して走っていくシーンも何度も出てきますが、あれも公職選挙法で、走りながら政策を訴えることはできないようになっていると聞きました(※2)。
※1…公職選挙法142条で、地方議会選挙における頒布物は葉書のみとなっており、ビラは含まれないので配布できないとされている。
※2…公職選挙法141条の規定では、走行中の自動車の上からの「選挙運動」は禁止、ただし「選挙運動のための連呼行為」は許される、となっている。
想田 なんだかすごいことになっていますよね(笑)。公職選挙法というのは多分、有権者が政策や主張や人柄で候補者を選ぶための選挙制度を想定していない。むしろ、そういう選挙制度にしないための規定なんだと思います。
例えば、選挙ポスターは税金を使ってつくられてるわけですけど、よく考えるとあれって、候補者の政策も主張も何も伝えてないですよね。それを伝えようとしたのが、政策提言を細かく書いた今回の「山さん」のポスターなわけですけど(笑)、普通の選挙ポスターには顔写真の他に名前と党名とキャッチフレーズくらいしか書いてませんから、それを投票先を選ぶための材料にするというのは実はすごく不条理です。でも、その不条理を当然のように制度化したのが今の選挙システムなんですよね。
じゃあ、その他に候補者から政策を聞いたり、議論したりする場が設けられているかといったらそれもない。選挙公報と政見放送くらいですね。僕は川崎の市議選を2度観察しましたけど、一度も候補者同士の討論会は開かれませんでした。つまりは、構造的に政治や政策についての議論が起きないように、有権者が関心を持たないように、選挙制度がつくられているんだと思います。
鈴木 候補者同士が市民会館などに集まって討論する会というのは、昔はよくあったんですよ。社会党の委員長だった浅沼稲次郎が、選管などが主催した立会演説会で刺殺されるという事件があって以来、行われなくなってしまったようです。警備上の都合などがあるようですが、今もどんどんやったらいいのになあ、と思いますね。外国には選挙カーもないというし、立会演説会や討論会をちゃんと開けば、かわりに選挙カーを走らせるのを禁止したって十分選挙はできますよね。ネットでの選挙運動も解禁されたし、そのほうがうるさくなくていいかもしれないですよ。
あと、想田さんが自民党のある候補者にカメラを向けていると、本人や周囲の選挙の運動員が「撮るな」と制止しようとするシーンもありましたけど、あそこまでよく出しましたね。あんなものを公開して訴えられるとかいうことはなかったんですか。
想田 今のところはないですけど、あり得ますね。すでにあれを撮ったその日、党の顧問弁護士から文書が来て「あのシーンは使うな」と要求されました。でも使ったんですけど(笑)。
鈴木 彼らは個人情報保護だとか言っていたけど、選挙なんだからね。誰にでもオープンにすべきものでしょう。盗み撮りしたわけじゃないんだし。
想田 はい。たすきを掛けて拡声器を使って演説していて、プライバシーも何もないだろう、と。しかも、それは税金を使って行われているわけで…弁護士とも相談したんですけど、訴訟になっても負けるはずはないし、ここで自主規制しちゃまずいな、と思ったんです。
で、当の自民党が出してきた改憲案では、表現の自由を定めた憲法21条も骨抜きにされてますけど、ああいうシーンを出せるということこそがまさに表現の自由が守られている、憲法が生きているということだと思うんですね。今はまだ、憲法がちゃんと僕たちの権利を守ってくれている。それなのに自主規制してしまったら、自分から表現の自由を放棄して、自民党の改憲案を事実上認めてしまうことにもなる。だからここは恐れずに出して、もし物言いがついたら、憲法を使ってちゃんと反論しよう、憲法上認められている権利をちゃんと行使しようと思ったんです。表現の自由が憲法上は保障されていても、それを使わなかったら意味ないんですよ。
●「右翼」「左翼」というレッテル貼り
編集部 さて、改憲についてのお話も出ましたが、ここからはそれも含め、今の社会や政治状況のお話に移っていきたいと思います。
想田 まず、僕が鈴木さんにお聞きしたいのは、最近よく言われる「日本社会の右傾化」についてです。イメージとしては多分、在特会(※)に代表されるような排外主義、教育現場で日の丸・君が代が強制されるといった全体主義、あと例えば安倍首相が「国防軍をつくる」と言っているような、軍事化というかマッチョイズムのようなもの。そうしたことを指して「右傾化」と呼んでいると思うんですね。
で、「右翼」を自称している鈴木さんからすれば、本来は社会の「右傾化」は望ましいことになるはずだと思うんですけど、どうもそうではないような気がします(笑)。こうした「右傾化」と言われる現象は、そもそも本当に右翼思想と関係があるんでしょうか。
※在特会…在日特権を許さない市民の会。日本社会において在日コリアンが不当な「特権(在日特権)」を得ていると主張し、その撤廃を目標に掲げる市民団体。各地でデモや街宣活動を展開してお り、その中では「在日を殺せ」「朝鮮人を叩き出せ」といった過激な排外主義的発言も多く見られる。
鈴木 いや、無縁だと思いますね。在特会も、あれは右翼ではまったくない。そもそも、右翼の世界には民族差別はないですよ。以前から、「日本と韓国と台湾は共産主義に対して連帯して戦わなきゃいけない」といった反共インターナショナリズムが、ナショナリズム以上に強いですから。在日コリアンで右翼団体に入っている人も何人もいますよ。一水会にもいました。
それから、日の丸・君が代や国防軍の話の前に言っておくと、実は僕は自分で右翼だと名乗ってるわけじゃないんです(笑)。
想田 あれ、そうなんですか。
鈴木 そう。テレビなどに出るときは、「この人は右翼です」と説明が入るんですけど、自分で名乗ることはありません。
想田 でも、否定はなさらないですよね。
鈴木 そうですね。あだ名みたいなものだし、いちいち訂正するのも大変だから「まあいいや」と。勝手に何とでも呼んでくれ、と思っています。
そもそも、大学時代に政治団体に入ったときも、僕は自分が右翼になったという意識はなかったんですよ。学内で、あまりにも左翼の学生団体が横暴だから、それに対抗して自由を求めて闘うんだ、という感覚だった。今でも、自分は右翼だとかいうつもりはなくて、左右の全体主義に対して闘ってるんだと思っているんですよ。なかなか理解されないんですけど(笑)。
本来は、人にはそれぞれ、いろんな問題についていろんな考え方がある。原発について、TPPについて、憲法について、夫婦別姓について、意見はみんな違うはずです。でも、テレビ番組などは、それだと大変だから、「この人は右翼」「この人は左翼」とレッテルを貼る。そうすると楽じゃないですか。見てる人もそのほうが安心できるし楽なんでしょうね。
●「思い上がり」よりも「自虐」のほうがずっといい
編集部 鈴木さん、「右翼」を自称されているわけではないとのことですが、「愛国者」という言い方はされていますよね。マガ9での連載コラムのタイトルも「愛国問答」ですし、『愛国者は信用できるか』というご著書もありました。
想田 鈴木さんの「愛国」ってどんなことですか?
鈴木 僕が日本という国で好きなのは、文化についても人的交流についても、非常に寛容である意味アナーキーなところなんです。
かつては中国、朝鮮、あるいは明治維新以降は欧米と、あらゆる国々の文化を取り入れてきて。たいていの国なら多分もう、文化の洪水状態になっちゃって自分たちの文化がなくなっちゃってるんじゃないかと思うんですよ。実際、ヨーロッパなどはかなり受け入れを限定しているように思えますが、日本はそこを相当無制限に受け入れて、それでも自分たちの文化も守り続けてきたわけで。
想田 包容力がある。
鈴木 包容力と、あと咀嚼力があったということでしょう。ただ、最近は「外国人を追い出せ」みたいなデモが堂々とやられていたりと、どんどん寛容性がなくなってきている感じがしますが…。
あと、非常に「謙虚」な文化のある国だったとも思うんですね。例えば古事記とか日本書紀とか、建国にまつわる神話を見ても、神様やその子孫の天皇が、闘ったり殺し合いをしたり、悪いこともたくさんやっている。神話なんだから、もっと立派な、きれいなだけのものにしようと思えばいくらでもできたはずなのに、そこをあえて…
想田 矛盾を含めたまま残している。弱さとか誤りをも抱擁するというか、受け入れるということですよね。
鈴木 そう。そしてそこには、神様も天皇もこれだけ過ちを犯す、ましてや我々は神でも天皇でもないんだからもっと謙虚になろうよ、という教えがあったように思うんですね。
ところが明治維新以降、西洋列強と肩を並べて「強力な国家をつくろう」とする中で、だんだんと思い上がりが生まれて、そうした「謙虚さ」はどんどん失われていった気がします。そして今、日本人は何も悪いことをしてないとか、謝れと言うなんて反日だとか言う人が増えてきている。本来、そこでちゃんと誤りを認めて謝れるのこそが日本人だと思うんですけどね。
想田 最近、橋下(大阪)市長の従軍慰安婦をめぐる発言が波紋を呼びましたけど、その議論の中でも、彼の発言を擁護して「過去の戦争を侵略だと認めるのは自虐的だ」「売国奴だ」という声が、けっこう聞かれましたよね。それは鈴木さんからすれば、本当の意味の「愛国」とはいえない?
鈴木 だって、個人だっていっぱい失敗もあるし、「あのときああすればよかった」ということはたくさんありますよね。集団だったらなおさらですよ。それが一点の過ちもなかったかのように言い張って、過ちを指摘することが反日だなんて、おかしいですよ。それなら「自虐」のほうがずっといい。 「謝れというなんて自虐だ」という人の中には、自分自身は普段弱いけれど、国家が強くなったら自分も強くなれるかのように錯覚している人が多いような気もします。それがそもそも間違っているんですよね。
●「富国強兵」から抜け出られていない日本
想田 いま、明治維新以降に思い上がりが生まれてきてしまった、とおっしゃいましたけど、たしかにそのころから、日本はどんどん「日本的」じゃない方向に進んできてしまった、そしてその延長上に今があるんじゃないかというのは僕も感じます。
例えばTPP。普通に考えれば、あれは日本には相当不利な条約です。TPPに参加すれば、農林水産物の4割くらいは駆逐されてしまうといわれていて、ということは僕たちが慣れ親しんできた田園風景も破壊されて、国土も荒れてしまうだろう。日本はさまざまな面で主権行使さえできなくなるかもしれない。そんな条約であるにもかかわらず、世論調査ではTPP参加を支持する人のほうが多いという結果が出ていますよね。
なんでなのかなと考えていたんですけど、当然ながらTPPに参加すると、得もいっぱいありますよという宣伝がされているわけですが、その「得」って何かというと、関税障壁がなくなるから外国に進出しやすくなるということですよね。つまりTPP賛成派が多いということは、自分もそれによって得をする、収奪される側ではなくて収奪する側になれると期待している人が多いのかなという気がしてきて。それって実は、明治時代の「富国強兵」と同じ発想なんじゃないかと思ったんです。富国強兵も、産業を興して軍隊を強くして収奪する側に回るぞっていうことですよね。その路線が敗戦後も払拭しきれず、潜在的に残されているから、これだけTPPに対する受容的な雰囲気があるのかな、と。
鈴木 原発もそうですね。あれだけ「危ない」とわかっていながら、よその国に輸出しようとする、それでもみんな何も言わない、という。
想田 日本の精神、日本的な美徳の一つだったはずの「謙虚さ」にも大きく反しますよね。
鈴木 明治維新以降も、日清戦争くらいまではまだ謙虚な部分があったと思うんですけどね。日露戦争で勝った――本当に勝ったかどうかは別にして、勝ったということになって、そこから思い上がりが生まれたんじゃないですか。あんな不利な状況でも勝った日本は神の国だ、と。そこから、アメリカと戦争するときも、「我々は神の国なんだから」と、精神力だけで勝てるかのように暴走してしまった。今もだんだんとそうなってるんじゃないかと思うことがあります。
想田 『坂の上の雲』がブームになったりするのを見ていても、あの日露戦争「勝利」の時期に、すごく郷愁を覚える人はいるんだろうなと感じますね。
でも、よく考えたらおかしな話ですよね。日清も日露も、勝った戦争は私たちの中にどちらかというと「いい戦争」のイメージがある気がする。一方、負けたアジア太平洋戦争は「悪い戦争」というか、基本的にネガティブなイメージ。勝った戦争はいい戦争、負けた戦争は悪い戦争と、そういう感覚がどこかにあるんでしょうか。
鈴木 僕らが学生のときも、右翼学生は「次の戦争で勝てばいいんだ」とよく言ってましたよ。
想田 戦争ってそういうものなのかもしれないですね。橋下市長も、あの慰安婦に関する暴言の中で「敗戦国として、侵略したということは受け入れなくてはならない」と言っている。翻れば、同じことをやっていても勝っていたら侵略だと認めなくていい、ともいえます。
鈴木 そうすると、もし日本があの戦争に勝っていたら、どうなってたんでしょうね。東京裁判じゃなくてワシントン裁判があって、アメリカを日本が占領して…そして、アメリカに天皇制を押しつける。今度、そんな映画を撮ってみたらどうですか。ドキュメンタリーじゃなくなっちゃうけど(笑)。
(構成/仲藤里美 写真/塚田壽子)
その2へつづきます -
「so-netブログ」というサイト(ブログ)から転載。
ネットで「参院選公約各党比較」で調べても、ほとんどヒットしないという異常な状態である。つまり、政策の比較をされては困るから、「経済良化ムード」だけでこの選挙を押し切ろう、という政府姿勢に、ネットも含めたマスコミは協力しているわけだ。
その中で、やっと見つけたのがこのサイトだが、この比較表にも主観的判断が入っている。(それは記述者自身が言っている。)特に、「改革」とは何なのかが不明だ。日本維新の会のように外資やユダ金の道具として日本を破壊し、国民の主権喪失を積極的に進める政党が「改革に前向き」とされ、「○」を貰い、日本を守ろうとする政党は「▲(黒三角)」や「×」をつけられたのでは、まるで前者は良くて後者は悪いような印象になる。
そういう点に注意すれば、各政党の基本姿勢を単純に把握する上では、このような表は役に立つ。とは言っても、単純化すれば野党はすべて似たようなもの、保守政党(維新の会やみんなの党も当然、政権補完政党であり、保守政党・偽野党だ。)は、偽野党を含むだけに表面的公約には微妙な相違があるが、本質は同じ、となる。
人間の頭はそれほど複雑なものを保持する能力は無いので、こうした「単純化された知識」はある程度利用できるだろう。
なお、ブログ記事タイトルは「各党公約比較」で、記事内では「公約各党比較」としたのは意図的である。こうした事に関心のある人が検索した時に、少しでも多くヒットさせたいという戦略である。
(以下引用)参議院選挙 2013
参議院選挙 2013 最新情報! 政治は参議院選挙で決まると言われています。注目の選挙情報!
参議院選挙 2013 マニフェスト・公約ブログトップ2013 参議院選挙 公約 比較 [参議院選挙 2013 マニフェスト・公約]
2013 参議院選挙 公約を比較してみました
各党の公約・マニフェストの争点を整理し比較してみました。政党 原発 消費増税 TPP参加 憲法 改革 自由民主党 再稼働推進 賛成 賛成 改憲 ▲ 公明党 脱原発 賛成 賛成 加憲 ▲ 民主党 脱原発 賛成 不明 不明 ▲ 日本維新の会 フェードアウト 賛成 賛成 改憲 ○ みんなの党 脱原発 反対 賛成 改憲 ○ 生活の党 脱原発 反対 反対 加憲 ▲ 日本共産党 脱原発 反対 反対 護憲 × 社民党 脱原発 反対 反対 護憲 × みどりの風 脱原発 反対 反対 護憲 × 新党大地 脱原発 反対 反対 改憲 ▲ 緑の党 脱原発 反対 反対 護憲 × 幸福実現党 不明 反対 不明 改憲 ▲
※上記の比較は、各党の公約・マニフェストから当ブログが独自に解釈し、
整理したものです。
※各党の公約・マニフェストは、各党名からリンクしています。
※詳細の内容については、ご自身で各党のマニフェストで確認して下さい。
※特に改革については、独自の判断しており、改革と公約されていても、
他の公約やマニフェスト内容から、判断させて頂きましたので、ご了承下さい。
※争点についても、関心が高い思われるものを独自に選択しています。
・原発:前の衆議院議員選挙では、意外と争点とならず、一番曖昧な主張をしていた
自民党が政権の中心となる結果となりました。政権奪取後は再稼働に意欲的な姿勢
を見せ始め、この選挙では争点の1つとして浮上しているように思えます
・消費税:来年より消費税増税されることが決定していますが、最終的な決定は、
今年の秋に行われます。(参考ブログ:消費税増税 いつから?)この選挙結果で消費税増税が先送りされる
可能性もあり、争点として注目されています。
・TPP:TPP交渉参加表明は安倍政権により決定されていて、マレーシアでの交渉参加も
話題になっています。(参考ブログ:TPPとは?わかりやすく考えよう!)
農業や、医療など国民生活にも直結するテーマであり、注目度は高いでしょう。
・憲法:憲法は当初言われたほど注目されませんでしたが、やはり注目度は高いでしょう。
・改革:独自に各党の公約・マニフェストから読み取りました。










