"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「株式日記と経済展望」経由で、中野剛志の記事を転載。
現在の韓国が米国の経済的支配下に置かれていることもだんだんと知られてきた。サムスンだのヒュンダイだのが世界的企業になったと言っても、あれは実質的には米国企業なのである。つまり、韓国自体が繁栄しているわけではない。むしろ経済的には疲弊し、いつデフォルトするか、とも言われている。その一因に米韓FTAがあると考えてよいだろう。
米国の政治は、「企業支配政治」である、というのが一番に着目すべきポイントであり、米政府は企業の使用人にすぎない。その米政府の要望とは国際的資本家が要求しているにすぎない。その目的は全世界的な収奪である。国家的利害などを問題にしているわけではない。収奪できる獲物があれば世界のどこへでも行くのが国際的資本家であり、そのために自由貿易は推進される。自由貿易とは、「企業が自由に、つまり自分に都合の良いルールを作って貿易できること」である。
下記記事に見られる韓国やメキシコ、カナダの惨状を見て、それでもTPP推進を唱える人間は完全な売国奴であり、国民の敵と言うべきだろう。
(以下引用)
◆米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか 10月24日 中野剛志
まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。
そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。
だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。
では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。(中略)
このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
要するに、ISD条項とは、
各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。
気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
ISD条項は毒まんじゅうと知らず
進んで入れようとする日本政府の愚
米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。
ところが信じがたいことに、
政府は「我が国が確保したい主なルール」の中に
このISD条項を入れているのである(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。
その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、許されるべきではない。
それ以上に、愚かしいのは、
日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、
国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。
政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。
しかし、TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。
それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。(後略)PR -
「ちきゅう座」から転載。リビア問題についての見事な総括である。
こういう記事があると、頭の悪い私などが苦労して文章を書く必要もなく、引用・転載するだけでいいから実に楽である。それなら、もとのサイトを見ればいいだけだ、と言われそうだが、忙しい現代人のために、私は「記事拾い」の仕事をしているとも言える。それはそれでなかなか面倒な仕事でもあるのだ。
とにかく、「あらゆるジャンルの90%はクズである」というスタージョンの法則ほど正しい法則はない、と言いたいくらい、ネット世界はジャンク記事や右翼の詭弁、基地外の妄想で溢れており、また意図的洗脳記事も膨大にある。それを読むだけでこちらも立派な基地外になれるくらいだ。
まあ、私の記事がそうでないとは言わないが、要は自己判断である。読んだ記事の論理性や、書かれた事実の確からしさによって自己判断し、その際に「世間の権威」などに惑わされないようにすることである。大新聞やテレビなどは支配層によるプロパガンダにすぎないから、漫画や大衆小説ばかり読んでいるほうがましである。(というのは私の自己弁護だが)
(以下引用)
“独裁”よりも帝国主義を批判せよ!
2011年 10月 22日時代をみる “独裁”宇井 宙帝国主義
<宇井 宙(ういひろし):ちきゅう座会員>
唖然とするほど低劣なデマゴギーをマスコミが撒き散らすのは、もちろん原発問題に限らない。この国のマスコミによれば、カダフィ大佐が「死亡」して、リビア全土は「解放」されたそうだ。そしてこれは、「チュニジア、エジプトで始まった「アラブの春」の続きといえる」(朝日新聞10月22日社説)そうだ。はぁ~、そうですか!
カダフィ大佐は病気か何か自然的原因で「死亡」したのだろうか? むろんそうではない。これまで伝えられた情報によれば、NATO軍が20日早朝、シルト近郊でカダフィ氏の乗っている車列を空爆した後、反カダフィ派の部隊が負傷したカダフィ氏を拘束(拘束時に口論するカダフィ大佐の映像が衛星テレビ局カルカラビアに映っている)したが、その後、病院到着までの間に「死亡」したとされる。これは普通、「殺された」と表現される事態ではないのか。捕虜の殺害は言うまでもなく1949年ジュネーブ第3条約違反になるから、「死亡」時の状況の詳細は殺害者たちによって故意に隠蔽されたり歪曲されたりしているが、「反カダフィ派の兵士によって、連行の際に暴行され、殺害された」との情報も漏れている。他方で、「カダフィは自分の護衛に撃たれた」と語る反カダフィ派の兵士もいるそうだが、素直にそれを信じる人間は、日本のマスコミ以外、世界にいるのか?
拘束後の殺害、という反人道的犯罪は、オサマ・ビンラディン氏に対する手口と共通するが、生かしておいて裁判などになればどんな不利な事実を暴露されるかわかったものではない、という殺害者(ビンラディンのケースの米国、カダフィのケースのNATO=反カダフィ連合軍)の恐怖心がおそらく動機になっているのも共通しているであろう。その意味で、おそらく反カダフィ派の部隊には、カダフィ氏を拘束した場合は殺害するようにとの指示がNATO側から出ていたと考えてまず間違いないだろう。もちろん、カダフィ氏の殺害は、彼の親族や側近に対する殺害と、無数のリビア市民の殺害、リビアのインフラストラクチャーの大規模破壊をもたらした犯罪的侵略戦争の総仕上げにすぎない。
では、カダフィ政権の崩壊とカダフィ氏の抹殺は、チュニジア、エジプトに続く、「アラブの春」、すなわち民衆革命なのだろうか? はぁ~…。反論するのもバカバカしいようなことだが、「嘘も百回繰り返せば真実になる」(真実と受け止められるようになる)というナチスのゲッベルス宣伝相の洗脳手法をことのほか愛用する日本マスコミに洗脳されかけている善良な国民も少なくないと思われるので、ごく手短に反論しておこう。米国の支援を受けたエジプトやチュニジアの独裁者に対して若者を中心とする市民が反政府運動に立ち上がったのとは対照的に、リビアにおけるいわゆる「反乱軍」とは、CIAによって設立されたリビア救国国民戦線とアルカイダなどテロリスト集団と旧王党派などの寄せ集め集団であり、一般市民の支持を背景としたものではなく、彼らは当初からCIAなどの指示のもと、米軍やNATO軍の軍事介入を求めており、実際、NATOの空軍力と作戦計画・後方支援・偵察・資金援助・直接介入がなければ、反乱軍はカダフィ政府軍との戦闘でただの一度も勝利することはできなかったであろう。したがって、「反乱軍」から成立したリビア暫定国民評議会とは、NATOによる傀儡政権以外の何物でもない。そして、カダフィ政権の転覆という国際法違反の侵略・介入戦争を遂行した米国・英国・フランス・イタリアなどNATO諸国の狙いが、アフリカ最大、世界第8位という石油埋蔵量を誇るリビアの原油資源の支配であることもまた明白である。
カダフィ体制崩壊後、日本のマスコミはこぞって、カダフィ体制がいかにも極悪な独裁体制であったかのように描き出し、カダフィを「悪魔化(demonization)」することで、「カダフィ独裁体制=悪」、「悪の崩壊=善」という単純極まりない善悪二元論を振りかざす一方、NATO(とりわけ米英仏伊)軍の戦争犯罪は見て見ぬふりを決め込んでいる。しかし、はっきり言おう。ポルポト政権下のカンボジアのように自国民(の一部)を大量虐殺しているといった状況でない限り、独裁体制など大した問題ではない。(因みに、日本や欧米諸国の多くは自国民を大量虐殺したポルポト政権を支持し、ポルポト政権を転覆したベトナムのヘンサムリン政権を非難した。)独裁政権など世界中にたくさんあるし、その中でカダフィ体制は相対的にましな方であったし、それ以前の王制時代に比べて国民の生活水準が大幅に上昇したことは事実である。独裁体制を選ぶか否かはその国の国民自身が決める問題であって、外国が一方的にその善し悪しを判定して介入する権利など存在しない。仮に、独裁体制は武力を行使しても転覆すべきである、という哲学を首尾一貫して支持するというのであれば、国家主権の平等原則、内政不干渉、武力行使の違法化、といったこれまでの国際法原則はすべて放擲し、「独裁体制か否か」という判定権も含め、事実上、米国とNATOに無制限の軍事介入権限を与えることになるが、それを首肯しうる人は果たしてどれだけいるのか? 問題は、独裁体制ではなく、こうした帝国主義的介入主義にこそある、というべきである。1999年の旧ユーゴ空爆と2001年のアフガン戦争以後、米国とNATOが行っていることは、国際法を無視したこうした帝国主義的軍事介入であり、これこそが今日の国際社会が直面している最大の問題なのである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1674:111022〕 -
Rockway Expressから転載。
下記記事中にあるように、これからは世界的な水資源争奪闘争が起こると見られている。ところが、我が日本は世界でも珍しいほどに水資源に恵まれている国なのである。何もしなくても天から豊富に水が降ってくる。モンスーン気候のおかげである。つまり、日本は資源貧乏国どころではなく、「青い黄金」を世界で一番保有している国なのである。
ところが、工業化によって河川や湖沼は汚染され、今では「水は買って飲むもの」になってしまっている。だが、水道水が一応そのまま飲めるというだけでも、まだ恵まれてはいる。
リビアのカダフィ殺害の原因の一つに、リビアの水資源を奪うという目的があったと下記記事には書かれている。大いにあり得ることである。
暴君どころか、真に国民のための政治を行ってきた政治家であるカダフィの死は残念だが、もはやこぼれたミルクを嘆いてもしかたがない。カダフィの運命は、明日の我々の運命なのである。
カダフィの運命を教訓として、我々はNWOグループの世界支配に対抗する方策を考えていくしかない。それには、一人でも多くの人が、世界の真実の姿を知るように先に目覚めた者が伝道していくことである。エヴァンゲリオンならぬエヴァンゲリスト(伝道者)になることだ。それは福音(良い知らせ)ではなく、人々の破滅を知らせる荒野の声であるが。
「目覚めよと呼ぶ声がする」
(以下引用)
●シオニストによるカダフィ殺害
http://www.realzionistnews.com/?p=666
【10月21日 Real Zionist News】
◆シオニストに支援された反乱によるカダフィの残虐な殺人は、ユダヤ系国際的銀行に抵抗した政治的リーダーに何が起きるのかということを示す例である。
カダフィは5つの分野でロスチャイルド系世界的銀行カルテルの参加要請を拒否した。
●共通通貨を持つアフリカ連合
●リビア中央銀行
●150トンの金塊
●石油産業
●青い金としての水資源
2011年7月、カダフィの後継者と見なされていた息子であるサイフ・アル・イスラムは、リビアの黒いダイヤとしての石油だけがシオニスト系欧米が求めているものではなく、リビアの青い金としての水も彼らが求めたものだ、と述べた。リビアの地下にはヌビアン・スタンドストーン帯水層が500マイルに渡って存在している。
このヌビアン帯水層は北アフリカに残っている唯一の淡水資源であり、そのため「水戦争」と今言われる状況での焦点となっているところだ。
世界最大の二つのフランスの水道関連企業である、ヴェオリアとスエズSAは、このヌビアン帯水層を獲得しようとしている、とアル・イスラムは語る。水によって育成される食糧によって膨大な利益を得ることができるからだ。
ヴェオリアとスエズSAの両社とも、他の多国籍企業同様、ユダヤ系資金によって支えられていることは間違いないことだ。またユダヤ系企業のルイス・ドレフュス・インターナショナルが食糧ブローカーであろう。
アル・イスラムは、シオニスト・ユダヤ人によってコントロールされているIMFと世界銀行のローンの全ては、その水資源を私企業に売却することが条件で組まれていると指摘する。
シオニスト所有のリビアの反乱者によってセイフ・アル・イスラムは10月21日包囲され、同日彼の父親は捕えられ無慈悲に殺害されたので、セイフ・アル・イスラムのシオニスト・ユダヤに対する証言は、永久に封じられた。
国際的ユダヤ系銀行カルテルに対するカダフィの主要な脅威は金を裏付けとするリビア・ディナールのアフリカ共通通貨計画であった。これはアフリカの主要通貨であるドル、ポンド、フランという不換通貨にとって代わることになったであろう。
ユダヤ系銀行利益はアメリカ・ドルがユダヤが運営する連邦準備銀行で支えられている状況なので明らかに行き詰まっている。
リビアに対する三つの最大の投資家たち、シオニストが買収した指導者たちである、オバマ、キャメロン、サルコジのアメリカ、イギリス、フランスがリビア元首のムアマール・カダフィの残虐な殺害を称賛したことは、驚くことだろうか?
●シオニストの血への渇望
リビアへの侵略はカダフィを「政権交替」を通して倒すことにあると認めた後に、外交問題評議会のユダヤ人議長のリチャード・ハアスの、ブーツ・オン・ザ・グランドの呼びかけは、アメリカ主導のNATOのトリポリ占領を求めたことを表す。
このハアスの血への渇望の呼びかけに素早く反応して、ユダヤ人ネオコンで、アメリカ国務省顧問で9・11委員会議長のフィリップ・ゼリコウは、「カダフィの破滅」は「民主的な春」の動きをアラブ世界全体に起こすと書いた。
「大量破壊兵器」をサダム・フセインが持っているという嘘で我々を戦争に引っ張り込んだ、シオニスト論争を引っ張るユダヤの不埒な輩どもの集団、新アメリカ世紀のためのプロジェクト、今は「外交政策イニシアチブ」と名乗っている集団が、カダフィの打倒を2011年6月の公開書簡で督促した。
この書簡の署名者は、バルミツバー(13歳の成人式)への招待状の宛名のような、ただし今回のは非常に血塗られたもののようだ。
エリオット・アブラムス、ジョン・ポドホーレッツ、ロバート・カガン、フレッド・カガン、ロバート・リーバー、マイケル・マコフスキー、エリック・エデルマン、ケニース・ウェインステイン、ポール・ウォルフォウィッツ、ランディー・シューニマンだ。
そして勿論、シオニスト鼠集団の頭でユダヤ・ネオコンのウィリアム・クリストルは、以下のフォックス・ニュースでのインタビューを見ればアメリカ軍の政策を明らかに指示していることが見て取れる:「我々はカダフィを権力の地位に留まらせておくことはできないし、そうはさせないだろう」
クリストルと彼の血に飢えたユダヤ人の仲間たちは今や彼らの夢が実現したのを見ている。
国際法とジュネーブ協定で禁止されてる戦争における捕虜の身体障害(徽宗注:「傷害」か?)違反で、ムアマール・カダフィはシオニスト殺害者(徽宗注:「シオニストによって殺害された者」か?)の一人となった。 -
「株式日記と経済展望」から転載。
書いてある内容は、政治ワッチャーにとっては常識だが、一般国民の大半は知らない現在の政治情勢が簡単に分かる、いい纏めになっている。
特に経世会と清和会所属政治家の明らかな政治生命の違いは、慄然となるほどである。まあ、小渕総理の場合は、アメリカに逆らう行動を取ったという事実は寡聞にして知らないから、これはアクシデント的な死かもしれないが、その他は、米国の意思に逆らう行動や発言をした瞬間に抹殺されている。
日本が独立国家ではなく、米国によってコントロールされている仮面植民地、属国であることはこの経世会と清和会の運命からも明らかだ。その前提に立たない政治評論はすべて無意味であることも分かるだろう。したがって、大手マスコミやテレビなどでの政治評論もニュースもすべて米国指示による洗脳やプロパガンダにすぎない。いや、学校教育ですらそうなのである。
米国による日本収奪は、これから本格化する。その布石がTPPであることは言うまでもない。
(以下引用)
新ベンチャー革命で書かれているように、米韓FTAと今回の野田総理による通貨スワップを5倍に拡大したこととは関係があるのだろう。米韓FTAによって韓国に物を売り込んでも韓国に外貨がなければ支払うことが出来なくなりますが、アメリカ政府は日本から金を借りて支払えと言うことなのだろう。野田政権は菅政権や小泉政権以上の従米政権であることがはっきりとしましたが、小泉政権のようにアメリカの言いなりにならなければ長期政権となることが出来ない。アメリカに逆らえば小渕総理や橋本総理のように不可解な死を遂げることになる。
韓国の大統領も、アメリカに逆らったノムヒョン大統領は不可解な自殺を遂げましたが、朴政権の時も朴大統領は暗殺されましたが、アメリカに逆らうと不可解な死を遂げることが多いようだ。日本の総理がは一年ごとに代わるのも、暗殺される前に辞任して命拾いをしている。中川一郎や中川昭一親子が不可解な死を遂げたのもこれと同じ理由なのかもしれない。
現在一番の暗殺のターゲットになっているのが小沢一郎ですが、経世会出身であり田中角栄や竹下登が失脚したのを見ているから用心深く振舞っていたのでしょうが、同じく東京地検にやられてしまった。日本の諜報機関や防諜機関があれば日本の政治家を守ることも可能なのでしょうが、日本の政治家は丸裸であり、アメリカや中国やロシアや韓国・北朝鮮のスパイの巣窟になっている。だから日本の総理は脅されれば彼らの言うなりになるしかない。
◆「経世会」と「清和会」 2010年1月6日 JANJAN
(田中派)田中角栄 逮捕 ロッキード事件(←東京地検特捜部)
(経世会)竹下登 失脚 リクルート事件(←東京地検特捜部)
(経世会)金丸信失脚逮捕 佐川急便献金・脱税(←東京地検特捜部&国税)
(経世会)中村喜四郎 逮捕 ゼネコン汚職 (←東京地検特捜部)
(経世会)小渕恵三 (急死)(←ミステリー)
(経世会)鈴木宗男 逮捕 斡旋収賄 (←東京地検特捜部)
(経世会)橋本龍太郎 議員辞職 日歯連贈賄事件(←東京地検特捜部)
(経世会)小沢一郎 西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
(経世会)二階俊博 西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
(清和会)岸信介 安泰
(清和会) 佐藤栄作 安泰 *
(清和会)福田赳夫 安泰
(中曽根派)中曽根康弘 安泰 *
(清和会)森 喜朗 安泰
(清和会)三塚 博 安泰
(清和会)塩川正十郎 安泰
(清和会)小泉純一郎 安泰 *
(民間) 竹中平蔵 安泰 *
(清和会)尾身幸次 安泰
(清和会) 安部晋太郎 安泰 *
(清和会) 福田康夫 安泰 *
(麻生派) 麻生太郎 安泰 *
(清和会) 中川秀直 安泰 *
(清和会) 町村 信孝 安泰 *
(私のコメント)
このように日本は独立国の体をなしていないのですが、マスコミも東京地検もアメリカの犬であり、在日米軍基地という実力部隊が日本に駐留している限り、日本は独自外交を取ることができない。それを一番良く知っているのが韓国政府であり、日本を動かすにはアメリカ政府に頼めばいいことを知っている。アメリカ政府はその見返りに韓国政府を自在に動かすことが出来る。2002年のサッカーのワールドカップもアメリカの圧力で共催になってしまった。
日本としては死んだフリをしながらアメリカが衰退してアジアから引き揚げてくれる事を待つしかない。2012年に発生する金融恐慌によってアメリカのドルや米国債は紙切れになりアメリカはソ連のように崩壊するだろう。中国は米国債を大量に売り払っていますが、やがて米中は共倒れするだろう。日本はそれを待って真の独立を勝ち取ることが出来るのであり、米中の軍事経済の対立がアメリカの滅亡を早めるだろう。
◆中国:米国債を大量売却 毎日新聞 2011年10月19日
【北京・共同】米国債が初めて格下げされた8月、中国が365億ドル(約2兆8000億円)の米国債を売り越していたと19日付の中国各紙が伝えた。格下げでドル資産保有に不安が広がり、大量に売却したとみられる。売り越しは3月以来5カ月ぶり。米財務省の資料によると、中国の8月末の米国債保有高は1兆1370億ドルに減ったが、世界最大の保有国としての立場は維持した。一方、中国は8月、日本国債1789億円を買い越した。 -
リビアのカダフィ大佐が殺害され、リビア「(欧米製造による)革命」は終結したようだ。
前に書いたことだが、カダフィの過ちは、この「革命」が始まると同時にパリ、ロンドンへの爆撃を行わなかったことだ。
自国内での戦争ほど馬鹿げたものはない。いくら戦闘を行っても相手国の戦闘員を殺すだけで、相手国支配階級には何の痛痒も感じさせないだろう。戦闘員など、貧民階級の人間でしかないから、彼らにとってはただの消耗品であり、それが死ねば死ぬほど国家経済の上からはむしろ好都合である。だが、一国の首都には支配階級が住んでいる。まあ、本当はスイスやオーストリアに住んでいるかもしれないが、とりあえず、政治経済の中心は首都にある。そこを攻撃すれば、相手へのダメージになる。
喧嘩をするなら、有効な打撃を相手に与えなければ意味がない。
パリ、ロンドンを攻撃すれば、リビア「革命」の正体が世界中に明らかになり、リビアを支援する機運も生まれた可能性はあっただろう。そして、うまく行けば相手国内に厭戦気分を醸成し、「手打ち」に持っていくということもありえたと私は思っている。
自国内で逃げ回ったあげくカダフィは惨殺されたわけである。
(スロウ忍ブログ8月24日記事から転載。)
リビアにおけるクーデターの本質は、米英仏(米国右派)による侵略戦争である。CIA内部の政権交代が起こった此のタイミングで、米国右派の駒(プロレスの悪役)であったカダフィ大佐を切り捨てるという目的もあったと考えられる。
http://surouninja.seesaa.net/article/190036872.html
そして、今回のクーデターでは結果的に、中国やブラジル等のBRICS諸国が、リビアでの権益を欧米諸国に奪われるという懸念が発生している。リビアにおけるBRICS諸国の利権を奪うこともまた、米国右派の狙いの一つだったのだろう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110824-00000104-mai-cn
<リビア>中国、権益失う懸念 国連などへ協力要請
毎日新聞 8月24日(水)21時19分配信
【北京・工藤哲】リビアのカダフィ政権後をにらみ、中国が国連や新興国への協力要請を強めている。中国企業はこれまでリビア国内における原油関連事業などに関与、融資活動も続けてきた。このため政権崩壊でこうした権益が損なわれ、欧米諸国に奪われることを懸念している。
国営新華社通信によると、中国の楊潔※(ようけつち)外相は24日、ブラジルのパトリオタ外相と電話会談し、ブラジルなど5カ国(BRICS)が連携し、リビアへの人道支援を継続すべきだとの考えを示した。パトリオタ外相も中国との緊密な意思疎通を図る意向を示したという。
また、楊外相は23日、潘基文(バン・キムン)国連事務総長と電話協議。国連が内戦後のリビアの体制作りで主導的な役割を果たすべきだと訴えた。
背景には中国の危機感がある。長引く戦闘で、中国企業がリビア国内で進める計50の開発プロジェクト(総額約188億ドル)は停止状態にある。さらに反体制派の幹部は、民主化運動を支援しなかった中国などに対し、原油関連事業などからの排除を表明。中国は国連やブラジルなどの新興国と協力することで、中国の権益を守ろうとしている。
※は竹かんむりに褫のつくり
リビアでは今後も、国連(左派勢力)と米英仏(右派勢力)による苛烈な覇権争いが繰り広げられることになりそうである。 -
ブリア・サヴァランの「美味礼讃」は、グルマン(美食家・グルメ)に関する古典的著述だが、その中に非常に重要な歴史的証言がある。それは、かつてこの世に真の民主主義社会が存在したという事実の記録であり、民主主義が何をもたらしうるかという記録である。
岩波文庫「美味礼讃(上)」P117以降に書かれた文章を抜粋する。時は1794年である。つまり、米国独立革命(1775~83年)の約10年後である。
(以下引用)
あるアメリカの地主さんが自分の地所へ来て猟をしないかと誘ってくれた。……(中略)……ビュロウ氏(注:前出の米国の地主)はわたしをわきに呼んで、次のような注意すべきことを話された。
「ごらんのとおり、この世に幸福な男がいるとすれば、わたしこそその幸福な男ですよ。あなたをめぐるすべて、あなたがわたしの家でご覧になったすべては、皆わたしの持ち物から生まれたものです。このくつ下は娘たちが編んでくれたものですし、くつだって衣服だって皆うちの羊からの賜物です。羊はまた菜園や家畜小屋といっしょになって、わたしのために単純でしかも身になる栄養を供給してくれます。皆さんは政府をえらくおほめになるが、それというのもコネチカットに住む何千の農夫が、皆わたしと同様に満足しているからですよ。かれらの家には、わたしの家と同様、戸締りなんてものはないんですよ。
税だってここではほとんどないも同然です。そしてその税金さえ納めていれば、われわれはまくらを高くして眠れるんです。議会はわれわれの始めたばかりの工業をできるだけ補助してくれるし、郵便配達は東奔西走してわれわれが売りたいと思うものをさっさと片づけてくれます。わたしは長いこと現金には事かきません。わたしは最近メリケン粉を、いつもは八ドルで渡すものを一たる二十四ドルで売りましたよ。
それらのことは、皆われわれが自ら獲得してよき法律の上に置いた自由の賜物です。わたしはここに来てから太鼓の音なんか聞いたことがありません。七月四日すなわちわれわれの独立記念日のほかには、兵隊も制服も銃剣も目にすることはないのです。」
(引用終わり)
さて、この記録を読んで、何も感じないようなら、そういう人と私は別人種と言うしかない。私は、この文章を読んで、この世にこういう社会が存在しえたということに感嘆と羨望の気持ちを抑えきれない。
もちろん、こういう幸福な人間は一部だけであったという可能性もあるが、いや、そういう可能性の方が高いとは思うが、私が驚嘆するのは、「国民が政府に満足している」という事実である。これは、昨日書いた「独立宣言」の精神が政府の中に生きていたことによるものだと私は思う。(「1776年の独立宣言から憲法の制定、1783年のパリ講和条約締結から連邦諸制度の新設と続いたアメリカ建国の四半世紀は、アメリカの政治リーダーたちがノブレス・オブリージュを行動規範にしていた時期であることは間違いない。」(「超・格差社会 アメリカの真実」小林由美著より))政府とは国民の福祉を増進するために存在するものだ、という精神である。それに反する政府なら、それを打倒する権利が国民にはある。
今、アメリカで、そして世界中で起こっている「反格差デモ」は、その格差を許し、むしろ積極的に推進してきた各国政府への国民の「ノー」でもある。
つまり、それらの諸国の政府は打倒される資格がある、ということだ。
一部の人間が政府と結託し、政治を私物化してきた結果、国民の大多数が貧困化し、さまざまな不幸に苦しんでいる。
今、そういう一般大衆が悲惨な状況にあるアメリカと、この「美味礼讃」に描かれたアメリカを比べるなら、そのあまりの違いに茫然とならないだろうか?
なぜ、こうなったのか。
もちろん、それは政府が一部の人間(資本家)に奪われたからだ。政府が国民のための政府ではなくなったからだ。
長い間、米国民は「自主独立の精神」を教えられ、自分の国は公正な自由競争社会だと信じていた。だから、競争に敗北した人間はそれを自己責任とし、泣き事を言わないのが男らしさだと信じていた。競争のシステムそのものを平等にしようという試みや、競争の敗者に配慮する試みはすべて「共産主義的である」として排除された。その結果が現在の貧困国家アメリカである。1%の富裕層が残り99%を支配する経済的奴隷制度(超・格差社会)のアメリカである。
米国民が独立宣言を読み、そして新約聖書の中のキリストの言葉(ほとんど共産主義思想である)を先入観なしに読めば、自分たちがいかに愚かな社会を作ってきたかがわかるはずである。地上の天国を作ることも可能であり、一時はそうなりかけていたのに、一部の人間の強欲と悪辣な策謀により、多くの国民が貧苦の中に投げ込まれてきたのである。
民主主義を批判する人間は、真の民主主義が何をもたらしうるかを知らないで、ただ観念だけで批判しているのではないだろうか? 民主主義の腐敗は、民主主義のせいだろうか? それとも金で人間を支配する資本主義のせいだろうか? 資本主義が宗教などに由来する自制心やモラルを失った時に、それに歯止めをかけることはできるのだろうか? 今、世界中で沸き起こっている怒りの行動が、その答えである。 -
何度も書いてきたが、一般庶民が誤解するのは、政府を国家と同一視することである。政府は国家ではなく、国民の手足にしかすぎない。国民が政府を雇用しているのである。公務員は、だからこそ公僕と言うのだ。しかし、使用人が主人の財産を盗んでいたら、その使用人を首にできるが、公務員の大規模窃盗である天下りや高額退職金、公務員専用の福祉制度などを廃絶することはできない。それどころか、堂々と増税を口にする始末である。
国民には革命権がある、とアメリカの独立宣言にあることをご存じだろうか。
「天ノ人ヲ生ズルハ億兆皆(みな)同一轍ニテ、之ニ附与スルニ動カス可カラザルノ通義ヲ以テス。即(すなわ)チ其通義トハ人ノ自カラ生命ヲ保シ自由ヲ求メ幸福ヲ祈ルノ類ニテ、他ヨリ之ヲ如何トモス可ラザルモノナリ。人間(じんかん)ニ政府ヲ立(たつ)ル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメ初(はじめ)テ真ニ権威アルト云フベシ。政府ノ処置、此趣旨ニ戻(もと)ルトキハ、則(すなわ)チ之ヲ変革シ或ハ之ヲ倒シテ、更ニ此(この)大趣旨ニ基キ、人ノ安全幸福ヲ保ツベキ新政府ヲ立ルモ亦人民ノ通義ナリ。是レ余輩ノ弁論ヲ俟(ま)タズシテ明了ナルベシ。」(福沢諭吉による訳)
簡単に訳しておくと、「天はこの世に生まれさせた億兆の人々に平等で譲渡不可能な権利を共通に与えている。その共通の権利とは、自らの生命の保障や、自由と幸福を求める権利などである。人民の間に政府を建てる理由は、この共通の権利を堅固にするためであって、政府というものは国民に満足を与えて初めて真に権威あるものと言うべきである。政府のやり方がこの趣旨に反する場合は、これを変革し、あるいは倒して新たにこの大趣旨に基づいて人の安全幸福を保つべき新政府を打ち立てるのも人民の権利である。これは我々が弁論するまでもなく明瞭なことである。」といったところか。
「通義」の訳が難しいが、英語原文ではrightであるから、「権利」とした。ついでに英語原文も掲載する。
We hold these Truths to be self-evident, that all Men are created equal, that they are endowed, by their CREATOR, with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty, and the Pursuit of Happiness.--That to secure these Rights, Governments are instituted among Men, deriving their just Powers from the Consent of the Governed, that whenever any Form of Government becomes destructive of these Ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its Foundation on such Principles, and organizing its Powers in such Form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness.
アメリカは、英国への隷属に対する「革命」によって生まれた国であった。そのアメリカが今や世界各国を奴隷的状態に置こうと画策しているのである。イラクやアフガンへの武力侵略がそれであり、日本に対するそれがTPPである。 -
「風が吹いたら」というアニメ映画があるが、核戦争の勃発した社会で、政府アナウンスを信じて自宅避難をした老夫婦が次第に放射能によって衰弱死していくありさまを淡々と描いた、静かな映画だ。ユー・チューブなどでその一部が見られるから、見るといい。といっても、有名な作品だから、たいていの人は知ってはいるだろう。
下記の現代ネットの記事を読んで私が受けた印象も、「風が吹いたら」の老夫婦から受けた印象に似ているが、違いは、あの老夫婦は最後まで政府を信じて死んでいったが、現代日本の福島の農民は、おそらく政府を信じてはいない。だが、どうしようもないから静かに迫りくる死を受け入れているという点だ。
「ママレモン」で放射能を除染!
これを嗤うのは簡単だ。だが、嗤う人に聞こう。それなら、彼らに何ができるのだ、と。
(「現代ネット」から転載)
計画的避難区域に指定されている飯舘村にも行った。墓参りのために一時帰宅している人たちが大勢いた。村人はふだん通りの格好で、防護服はおろか花粉症用のマスクすら着けていない。
草刈り器を使って沿道の雑草を手分けして刈っている村人たちを見た。作業は5、6人。50~70代の男女が中心だ。動きやすい作業服や雨がっぱに軍手に長靴という野良仕事スタイル。作業現場の空間線量は4.7マイクロシーベルトで、刈った草の上にガイガーカウンターを置くと8.54マイクロシーベルトになった。記者は防護服と防塵マスクを用意していたが、自分だけ装着することはできなかった。
村役場の広報には「草刈り作業における放射線対策について」という文書が掲載されている。「作業時間は1日あたり2時間を超えないこと。マスク、帽子、手袋は必ず着用すること」と書いてあるが、守られていない。
「最初は気にしてたけど、被曝しちゃったんだから、もう遅いっぺ……」
草刈りに励む50代の女性はこう言った。
3月15日、大量の放射性物質が飯舘村に降り注いだ。このとき、村人は何も知らされず、外で遊んでいる子どももいた。
佐藤ひろ子さん(56)は一時帰宅のたびに玄関先を除染する。
「毎週帰るたびにママレモンかけてるのさ」
年配の人の中には自宅に帰るつもりになっている人は多い。
(取材・西牟田靖) . -
「遠くを見つめて」というブログから転載。
日本の「民主化」はGHQ内の社会主義者的思想を持つ若手指導者によって進められ、米国内での資本家たちの意思によってそれにストップがかけられた。それが「逆コース」である。これによって日本を戦争に導いた保守主義者たちの政界官界復帰が行われ、その後の日本の腐敗が始まった。
そういう意味で、「逆コース」は日本近代史の中で最重要キーワードであるにも関わらず、学校の日本史の中にはほとんど出てこない。これこそ「教育は家畜養成手段である」ということの証明だろう。
(以下引用)
『アメリカが本当に望んでいること』ノーム・チョムスキー 訳:益岡賢氏
第二次大戦以来、
麻薬取引を活性化するために主要な役割を果たしてきたのは、米国である。
このことは、米国が、戦後反ファシスト抵抗運動を押さえつける仕事を始め、
また、労働運動を主要な標的としたことに 一部 関連している。
フランスでは、米国の援助のもとで、
旧植民地ベトナムの再征服をもくろむ フランス軍への武器供給を、
労働運動が阻止しようとしたため、労働運動の政治力と影響力が高まった。
そこで、CIAはフランスの労働運動を弱体化し、分裂させる手立てをとった。
この仕事を遂行するためには、スト破りと雇われ暴力団が必要であった。
その供給源として、マフィアがあった。
もちろん、マフィアはその仕事を楽しみで行なうわけではない。
彼らは見返りを要求し、
ファシスト政権下で弾圧されていた
ヘロイン商売を再開するお墨付きをもらった。
これが、1960年代まで麻薬取引を支配した
有名な「フレンチ・コネクション」である。
米国は、反ファシスト抵抗運動を弾圧するための手段として、
戦争犯罪人を採用した。
日本においては、1947年に「逆コース」を適用し、
それまでマッカーサー将軍の軍政が進めていた民主化は終わりを告げた。
この逆コースにより、組合その他の民主的運動は弾圧され、
日本は ファシズムを支持した企業家たちの手に握られることとなった。
この時 形成された国家と私企業からなる権力システムはいまだに続いている。
(引用2 同ブログから)
1950年代の 米国による世論工作
【ワシントン21日共同】
1950年代に日本の左傾化を恐れた米広報文化交流局(USIS)が
日本で行った世論工作を詳述した報告書が
21日までに米国立公文書館で見つかった。
左派勢力が強かった京都大学の教授陣を対象にした反共工作のほか、
日本映画やラジオ番組の制作、出版物刊行をひそかに援助、
米国が望む方向への世論誘導を図った実態が細かく描かれている。
報告書は、米政府情報顧問委員長(当時)を務めた
エール大学の故マーク・メイ教授が59年、日本に5週間滞在しまとめた。
フロリダ・アトランティック大学のケネス・オズグッド助教授が発見、
冷戦時代の米対外世論工作をテーマにした著書
「トータル・コールドウォー」の中で明らかにしている。
報告書によると、USISは
(1)日本を西側世界と一体化させる
(2)ソ連、中国の脅威を強調する
(3)日米関係の強化で日本の経済発展が可能になることを理解させる
-などの目的で、50の世論工作関連事業を実施。
このうち23計画が米政府の関与を伏せる秘密事業だった。 2007/10/21 -
「ちきゅう座」から転載。
いやあ、「革命」の話は聞いていても書いていても楽しい。というのは、革命とは(それが中南米の「資本家に操られた軍事革命」でない限り)常に弱者の強者に対する反抗であり、正義の戦いだからだ。(この場合は、「正義とは主観の問題にすぎない」とか「弱者の側に正義があるとは限らない」いう正論は擱いておこう)
私は戦争は大嫌いであるが、革命は大好きだ。革命によって「肥った豚」たちが皆殺しにされるのを見たくてたまらない。それがウォール街にいる連中とは限らない。あるいはスイスやオーストリアにいるかもしれない。いずれにしても、金で政治を買収し、民衆の金をさらに奪う「システム」を作り上げた彼らの足元が今、崩れ落ちつつある。
そこで注意すべきことは当然「反革命」の工作員の活動である。革命の内部から革命を崩壊させる活動が、これから無数に起こってくるだろう。
ともあれ、革命はおだやかに進みつつあるようだ。
私はアメリカ人の自主独立への気概と勇気は完全に失われていたと思っていたが、そうでなかったことを喜びたい。
独立戦争直後のアメリカは、まさしく真の「民主主義国家」であった。それが民衆の手から資本家の手に主権が奪われたのが、アメリカの悲劇の原因なのである。
アメリカが国家を再び民衆の手に取り戻したら、それは世界全体に影響を波及させるだろう。
(以下引用)
ウォール街を占拠せよ ―「アメリカの秋」革命は成功するか―
2011年 10月 10日時代をみる 「ウォール街を占拠せよ」ウォール街デモ半澤健市
<半澤健市(はんざわけんいち):元金融機関勤務>
ドキュメンタリー映画監督マイケル・ムーアは自作『キャピタリズム:マネーは踊る』(2009年)でウォール街を包囲するといって単身で金融機関のビルに突進する。映画はこの戯画で終わる。
《これほどの規模のデモを見たことがない》
しかしこれが戯画でなくなった。いま、自らを「99%」と名乗る人々は本気で本当に、「1%」人種の象徴たるウォール街にデモをかけているのである。「1%」は少数による富の独占と企業社会を表現している。
2011年9月17日にニューヨーク市南部マンハッタンの一郭に1000人が集まった。座り込みを始めた。この大衆行動は、奇跡的な速度で増殖している。10月1日には5000人がブルックリン橋を占拠した。ニューヨーク警察は一挙に700人を逮捕した。史上空前の数という。警官による暴力の行使、動物を捕らえるようなネットを使う検束、催涙ガススプレイの使用があった。しかしこの強圧にもめげず10月5日には、デモ参加者は2万人規模になった。ニューヨークの友人はメールで「今日は夕方のニュース番組を見ているとニューヨークのダウンタウン(WALL STREETのある)ヘリからの実況で10000人以上の動員をうつしだしていた。放送記者はこれほどの規模のデモを見たことがないと興奮していた」と伝えてきた。
発端は一つのブログだった。「アラブの春」革命に感動したカナダ人編集者カレ・ラースンが自社の雑誌「アドバスターズ Adbusters」のブログに「ウォール街を占拠せよOccupy Wall Street」と呼びかけた。7月13日のことである。9月17日以降の急展開の詳細は一々掲げない。時々刻々状況は変化しているからである。運動は全米に広がり国境も越え始めている。言いだしっぺのラースン自身が「予想外の展開」と驚きを隠さない。
《「ウォール街を占拠せよ」とは何か》
一体、「ウォール街を占拠せよ」運動体とは何者であるのか。活動家、失業者、弁護士、ジャーナリスト、学生などである。無名で不定型の混成部隊である。リーダーすら特定できない。何を要求しているのか。正に「ウォール街を占拠せよ」、「企業社会の大改革」、「経済的アンバランスの公平化」である。まことに抽象的である。
彼らのサイトを開くと次のような宣言が載っている。
▼「ウォール街を占拠せよ」運動は、様々な人種、様々なジェンダー、様々な政治的信条を包み込んだ、リーダーの存在しない抵抗運動である。私達の共通認識は、「私達は、1%の人々の強欲と腐敗とを許せない99%の人々だ」というものだ。私達は革命的な「アラブの春」運動の戦術を用いる。目的達成のために「非暴力」を旨とし参加者全員の安全を最大限に重視する。
リーダーなき不定型集団によるアメリカ資本主義の現実に対する根源的な批判だ。始まったばかりのこの運動を、私は「アメリカの秋」革命になるのではないかと直感している。それは次の理由による。
一つはアメリカ経済の悲惨な現実
二つは運動主体の多様性
三つはソーシャルメディアに始まる下からの革命
《「アメリカの秋」革命になるのではないか》
アメリカ経済は、新自由主義を信条とする金融資本主義の破綻に帰結した。9%を超える失業率。一流大学を出ても就職できない。若年層の失業率は30%に近い。4600万人の貧困層が存在する。「アメリカン・ドリーム」の時代は過ぎ去った。
2008年のリーマン恐慌では、「国益」を理由にブッシュ政権は巨額の税金を投入して金融メカニズムの危機を救った。私的企業のツケが国のツケに回った。財政危機である。ツケは大衆の生活を脅かしている。国際的な支援―世界の経済大国による米国債の購入―がなければ、米連邦財政は債務不履行に陥るだろう。外国からの借金は米国GDPの半額にも達している。
私は、米国経済の様子を堤未果の『貧困大国アメリカ』(岩波新書)正続2冊や、上記のムーア作品の紹介によって示した。期待されたオバマ政権は、大統領自身の意識はどうあれ、「ウォール街」のウォールを突破出来なかった。それどころか茶会派と称する反福祉右翼の反乱に遭遇している。
「ウォール街を占拠せよ」運動の主体は多様であり不定形である。
報道をみる限り、彼らの運動は、「反金融資本」、「アフガン反戦」、「環境保護運動」、「緊縮財政への反発」、「政治一般への不信」などの大衆のあらゆる不満、怒り、要求を抱えた総合体である。
《運動内部の自己認識》
運動内部の自己認識を二つ紹介する。
独立系ジャーナリストのアルン・グプータは言う。
▼この運動が成功しつつある理由は具体的な要求を持たないからであり、不定形であるからだ。それは限界でもあり具体策を提示する必要を否定しない。しかし、我々が最初から具体的要求を示したら運動は失敗したと思う。メディアは要求をみて、「物足りない」とか、「画に描いた餅」などと批判するからだ。また運動内部でも政策を巡る対立が起こるからだ。不定形こそが運動を推進し「破綻した経済システム」への憤怒を継続させるのである。(10月5日、ネット配信番組〈Democracy NOW!〉で番組アンカーのエイミー・グッドマンの質問に答えて)
また参加者の1人でニューヨーク市立大の歴史学教授ジェラルド・レニークは言う。
▼20年の時間軸で見て、今起こっている現象は、金融業とカジノ資本主義を基盤とする奇態な経済モデルの総決算だ。大量の新卒大学生・高校生を吸収する経済構造が近い将来にできるとは思えない。この運動が提起しているのは、我々には新しい選択肢が必要であるということだ。その選択肢は、危機からの脱出した上での、「文明の新しいモデル」というべきものだろう。(〈Democracy NOW!〉9月30日)
いずれも見事だが、危うさを含む運動論である。
一方で有識者の支持が拡がっている。経済学者ジョゼフ・スティグリッツ、言語学者ノーム・チョムスキー、芸術家オノ・ヨーコ、女優スーザン・サランドン、映画監督マイケル・ムーア、反体制哲学者コーネル・ウェスト、ジャーナリストのナオミ・クラインらが連帯の気持を表明している。金融業者ジョージ・ソロスまでが「率直に言ってデモ参加者の気持ちはわかる」と発言した。
《不定形組織が先行し巨大労組が参加する》
ソーシァルメディア先行の運動に伴う興味ある事実がある。
10月5日のデモが2万人規模に膨らんだ理由の一つに、有力な労働組合と大学生の積極参加があった。特に、交通労働者、教職員、小売店員、看護師などの主要労組が決起して合流した。
組織労働者が先行して未組織団体が後続するのが普通の構図であるのに反対のことが起こったのである。
『ニューヨーク・タイムズ』(10月5日・電子版)は「エネルギーを求めて労組が反ウォール街闘争に参入 Seeking Energy,Unions Join Protest Against Wall Street」という記事で、労組内部にあった苦慮と決断を報じている。ヒエラルキー型の大労組の幹部会議で、「反ウォール街運動の彼らは何者であるのか」との疑問が出た。一部幹部は、彼らは労組を「運動を取り込み運動を疎外する者」とみて反発するだろうと懸念した。他の幹部は、政府糾弾を叫ぶ極左活動家に悩まされるのを恐れた。しかしある労組では、下部組合員から「我が労組はなぜウォール街にいないのか」と突き上げがあったという。AFL・CIO幹部は「今が具体化の時だ」と言い、多くの労組は運動への参加をコミットした。この記事は官僚的な既成労組と運動の間に存在する思考形式と世代間のギャップを示している。
《閉塞感のなかに祈るような気持で》
さて「ウォール街を占拠せよ」運動は今後どう発展するだろうか。
短期的には急速な展開があると思う。オバマ政権は右からの茶会派に対抗する「リベラルな茶会派」として政局に活用したいだろう。巨大労組はこの運動の戦略的活用を考えるであろう。運動自体は拡大するにつれて、「リーダーと組織」という「官僚機構」の造出が必要になるだろう。「マニフェスト」または「具体的要求」が必要になるだろう。その時に彼らは自立性と統一性を保持できるだろうか。運動が「文明の新しいモデル」を創り出すには、「自立」と「連帯」という困難な課題を克服しなければならないだろう。
この運動は「アメリカの秋」革命になるのではないか。私の直感は殆ど祈りに似ている。日本の反原発運動と同根のものが確かにあるのだ。ウォール街に発した運動は我々にも正面から覚悟を迫っている。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1656:111010〕
