"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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あいば達也の「世相を斬る」より転載。
私が自分のブログでずっと述べてきた、「日本は鎖国をすべきだ」、という考えを持っていたのは私だけではない、と思うと心強い。
あいば氏も別の日の記事で述べていたが、「鎖国したら日本は生きていけない」というよくある議論を私はもちろん信じていない。
肝心の食糧自給問題にしても、現在の科学技術水準なら、簡単に自給できる水準に到達できる。それどころか、現在でも日本での廃棄食糧は、全生産の30%近くだか何だか、正確な数字は知らないが、巨大な割合であると言う。
いわゆる「比較優位説」によって、日本は農漁業よりも工業の方が割がいいから農漁業は他国に任せて、工業を推進してきた結果の食糧自給率低下なのである。つまり、最初から他国との貿易による金儲けが目的で日本の産業シフトは行われてきたのだ。
ところが、その貿易による金儲けが、今後は見込めない、というのが現在の状況だ。仮に一部企業の金儲けはできても、日本国内の産業空洞化と雇用減少、労働者の所得減少は避けられない。
海外との貿易をやめれば、日本は第一次産業重視の社会に戻らざるをえない。そして、その結果、社会全体が「生存に必要な物を作る人間が尊敬される」健全な社会になるのである。
そして、労働集約的産業である第一次産業の復活は、日本が抱える最大の問題である雇用問題の非常に簡単な解決策になる。つまり、高校大学など行かなくても、若者の誰にでも仕事がある、という社会になるのである。
まあ、下記記事にもあるように、いきなり海外貿易をすべて禁止しろ、という乱暴なことは私も言わない。海外貿易がしたい企業はすればいい。しかし、輸出企業のために政治が捻じ曲げられ一般国民がその被害を受ける(「被害を受ける」は「馬から落馬する」と同じく畳語だが、「後で後悔する」と同様、言葉の調子のために必要な畳語だ)という、現在の日本や世界の在り方は、根本的に間違っていると私は信じている。
(以下引用)
円高が大変で輸出産業は死活問題に直面している。企業の空洞化が加速するばかりだ。製造原価を圧迫する日本の雇用体系では国内での雇用は守れない。世界一高い法人税も足枷だ、減税を。もっと成長経済に繋がる政策も急務だし、財政再建と同時並行的に行われなければならない。経団連の米倉爺が口にするのは、以上のような内容だろう。マスメディアもほぼ同様の論調が主流だ。
仰ることは一々ごもっとも、その通りです。ただ、グローバル経済においては、国境を越えて「人モノ金」が移動するわけで、今さら騒ぎ出す方が間抜けなだけだ。円高で国内での製造業が不利であるなら、シコタマ溜め込んだ内部留保のマネーを積極活用、海外優良企業のM&Aに注力すべきだろう。モノ言わず、既に黙々と日本企業の海外企業買収は右肩上がりで進行している。マクロなグローバル経済と云うものは、一種“化け物”なわけで、今さら制御することは不可能なのだと思う。どのような学者や識者の話を聞いても、クリアな答えに出遭わない、各国中央銀行も財務省等々の処方箋を見出していないし、見いだせない可能性の方が高い。
グル―バル経済に組み込まれた産業の分野を、国内的に拡大しようとか、そこで生まれる雇用に期待する政策などは、効果は期待できず、役人どもの権益の拡大と族議員の増大に寄与するのが関の山である。国内立地補助金など、金をドブに捨てる政策に近いと考えるべきだ。核汚染物質再処理施設の候補地に補助金がつぎ込まれるのと同様に、その地域の自主独立の精神をスポイルする弊害しか生まない愚策である。
国内で集中的に国家予算を注ぎ込むべき産業は、グローバル経済に馴染まない土着な産業の方が将来的な投資に繋がるだろう。つまり、国内故に成立する産業の育成に集中投資すべきである。その意味で「地産地消」と云う概念が広義に重要な意味を持つ。「地産地消」は食物に限らず、エネルギーであり、サービスであり、農漁業林業であり、医療介護等である。基本的に、日本国土において成立し得る産業で、尚且つ日本国民を対象とする産業である。
意味のない努力に国富を投ずるは愚かだ。日本固有の産業の育成は、最終的にグローバル経済の中で、バラバラな意志で動く大企業を別扱いするだけの社会構造、産業構造の構築は、実は先進文明国家の共通の悩みである、経済成長の先細りに、僅かな光明を与えることにもなるだろう。たしかに内向きな論理だと云う批難はあるだろうが、グローバル経済はボーダレス経済であり、国家のリアリティを失わせる。つまり、国家の為、日本人の為に何かをするアイデンティティが失われるのだ。国家主義に陥る危険はあるが、現在の日本人に、そのような気風があまりにも失われているわけで、多少は良薬として作用するだろう。丁度、デフレ不況の中で、僅かなインフレ・ターゲット(2%)が容認されるのに似ている。国家主義と云うより、筆者は民族の自立に重きを置いているので、国家の自尊より、国民の自尊に多くを期待したい。
野田政権は、野田佳彦がどれ程気色ばんで否定しても、勝財務事務次官に洗脳された政策にひた走っているのは自明だ。他からみて、そのようにしか映らないことが判らないこと自体、勝次官信者と云う事だ。まぁ実力がないのだから、何かにすがる気持ちも判る、特に責める気にはなれない。適当にやっておきなさい。間違ってもTPPだけは絶対に参加してはイカン!日本の為にも、米国の為にも、まったくならない。
金儲けが至上命題の大企業はグローバル経済の中で、強かに生きていけば良いのだ。特に個別の国家レベルで、何処の誰に塩を送るか判別のつかない経団連参加の乞食根性大企業に、血税を注ぐべきではない。広義の「地産地消」産業の育成こそ、少子高齢化してしまった国家体制を維持する道はない。少子化対策が有効に機能したとして、30年ほどは少子高齢化人口構成が変わるわけではない。
筆者の思考の根幹には、自立出来る国家、最低限「地産地消」で生きられる国家像がある。素朴な言葉で表現すれば、鎖国的国家だ。勿論、個別の企業の貿易にケチをつけることはないが、支援はしない。あくまで市場原理で、売れるなら海外に売り、売れるなら海外から買えば良いだけだ。個別の企業が個別の国家と取引する為に、橋渡しが必要なら、最低限の協力をすれば良いだけだ。勿論、個人の海外旅行禁止などと云う規制もない、緩やかな鎖国マインドだ。PR -
ハイチのコレラについて、「私の闇の奥」の藤永教授の言葉を紹介しておく。
引用冒頭の発言はハーバード大学のメカラノス(?)教授という人物の言葉で、例によって「ワクチンが必要だ」という、製薬会社スポークスマンとしての御用学者発言である。しかし、コレラの蔓延を防ぐには、きれいな飲料水と清潔な下水という衛生環境を整えることが最優先であるはずだ。おそらく、ワクチンは金儲けになるが、衛生環境を整えることは金にはならないから、ワクチン接種を強調しているのだろう。もちろん、アメリカや日本でキャンペーン販売している「子宮頸がんワクチン」のような愚劣極まるワクチンに比べれば、コレラワクチンにはある程度の効果が見込めるだろうから、それもやってもいい。しかし、国連には、本気でハイチを救う気はない。国連というのは、白人(白人国家および富裕者集団)のための詐欺組織なのだから、ハイチで黒人が何万人死のうが、本当は気にもしていないのである。その国連の偽善的発言を(引用2)として転載しておく。国連に集まった金で、ハイチの衛生環境はすでに改善されていなければならないはずだ。「目標額に届かない」というが、その目標額にどのような根拠があるか、知りたいものである。すでに集まった金の多くが正体不明のNGOに流れていることは、藤永博士の以前のブログにあったはずだ。
しかし、今、コレラや不自由な生活で苦しんでいる人々を救うには、義援金を送るしかない。その財布の元締めが信用できない連中であるからといって、救援そのものをやめるわけにはいかないのである。このジレンマをどうしたらいいのだろうか。
(引用1)
「見積もりとしては、現在、20万人分ほどの(コレラの)ワクチンがあるのじゃないかな。だから(人口一千万の)ハイチをワクチン免疫するという考えは、今のところ、問題外です。しかし、それは一大震災の前になぜ問題にならなかったのか? なぜコレラワクチンが備蓄されなかったのか? このワクチンはいくつかの世界の保健機関が有意義だと言わないかぎり、決して備蓄されることはないでしょう。そして問題の焦点に位置するのは,誰が見たって、WHO(世界保健機関)です。ワクチン備蓄の必要ありと言明してその立場を貫くのは勇気を要します。
何も隠す気はないから言いますが、私はこれまでコレラワクチンの開発にたずさわって来ましたから、お前には公私利害の衝突があると言う人があるかもしれないが、コレラワクチンを作って来た人間は他にもいます。問題は、安全で良く効くワクチンを作るかどうかよりも、政府機関に、公共政策の一環としてワクチンを使用しようと言わせることにあるのです。そうなれば、グローバルな備蓄を達成する方法を考え出すことは必ずると出来ると、私は考えます。
しかし、WHO が、ワクチンは必要だし、ぜひ欲しいし、製造されたら使用すると言ってくれなければ,免疫プログラムの成功のために誰かに出費させることは極めてむつかしいでしょう。WHO の人々は世界中が頼りにしているエキスパートだが、コレラの脅威に立ち向かうのに、基本的に反ワクチンの政策を採用することで大変な誤りを犯しつつあると、私は考えます。もちろん、水もクリーンにすべきだが、ワクチン免疫政策をるのは、上下水道衛生政策に反対することではありません。二つの政策は両立するもので、両方とも採用すべきなのです。」■
これは何とはなしに胡散臭い語り口、英語で言えば, It smells とか Something’s fishy といったところでしょうか。Mekalanos 教授の説明するワクチン開発製造とWHO との関係を聞いていると、2010年から2011年にかけての新型インフルエンザと「タミフル」や「ワクチン」をめぐる大騒ぎを思い出しませんか?
最後の所でワクチン免疫政策と上下水道衛生政策は互いに排除する関係にあるのではなく、両方とも採用すべしという意見は確かに正論です。しかし、物の判断は目の前の現実をよく見て下さなければなりません。Mekalanos教授自らが認めるように、今入手できそうなコレラワクチンの量は絶対的に不足しているのですから、免疫政策は、全く問題にならないとすれば、毎日コレラで数人が死亡している現実を前にしての唯一喫緊の対策は、コレラ菌による汚染をハイチ国民の、とりわけ、いまだに少なくとも二十万を数える震災難民のキャンプや貧困地域の生活水から出来るだけ排除することでなければなりません。ところが、この上下水道衛生政策には、実質的に植民地宗主国であるアメリカ(とその手先と化した国連と多くの大型NGOs)は全く熱心ではないのです。私はここでもアメリカというシステムの本質的な残忍さを再確認せざるを得ません。アメリカは国外にしろ、国内にしろ、名も無い人間たちの命を大切にする気など全くありません。ハイチについてこの事を激しく告発し続けている二人のハイチ女性がいます。そうした話はまた次回で致します。
(引用2「ロイター」より)
国連高官「ハイチを忘れないで」、60万人が劣悪環境下で生活
2011年 09月 30日 17:28 JST
[ポルトープランス 29日 ロイター] 国連のバレリー・アモス人道問題担当事務次長は29日、昨年1月に30万人以上が死亡する大地震に見舞われたハイチについて、依然として60万人が厳しい状況下での生活を強いられており、国際社会は同国への支援を続けるべきだと訴えた。
復興途上にあるハイチを訪問したアモス氏は、先進国が自国の経済問題への対応に追われ、ハイチへの人道支援が軽視されている可能性があると懸念を表明。「私の仕事の一部は、ハイチを忘れさせないこと。キャンプで暮らす住民の状況は、まだ危機を脱していない」と強調した。
国連人道問題調整事務所(OCHA)の統計によると、今年に入って国連が呼び掛けた支援3億8200万ドル(約290億円)のうち、約半分の1億9900万ドルしか集まっていないという。
脆弱(ぜいじゃく)なテントなどでの生活を余儀なくされている住民は現在約60万人で、昨年に比べると半数以上減少。しかし、アモス氏は「60万人へのサポートが不可欠だ。資金不足が原因で、いくつかのNGOが撤退した。そのため、施設は以前より劣悪になっている」と説明した。
また、アモス氏は昨年10月以降6300人以上の死者を出したコレラの危険性にも言及し、「水の衛生状態を改善しなければ、コレラの再流行を招く」と警告した。 -
ニューズウィーク電子版(日本語版)からの転載である。
ギリシヤ危機の本質、というより、あらゆる国家財政の危機の本質への批判が、下記記事の中にある「債務なんて知ったことか。私たちが作った借金じゃない。資本主義の大企業と銀行が作った借金じゃないか」という言葉だろう。
アルゼンチンの例を見ても分かるように、政府がデフォルトしようが、しばらくたてば表面的なバブルが消えて、本来の実体経済に戻るだけのことである。
要するに、政府の借金は国民の借金ではないし、大企業や銀行の赤字も国民の大半とは無関係な、無責任な放漫経営のツケにしかすぎない。それを国民への増税や公共料金値上げや年金支給額引き下げなどで国民に支払わせるのが、あらゆる資本主義国家の常である。つまり、資本主義国家とは、企業が政府を駆使する国家のことだ。
(以下引用)
2010年5月に決定された1500億ドルの救済を継続して受け取るために、ギリシャ政府は緊縮政策の強化を迫られている。今年の予算目標の不足分28億ドルを穴埋めするために、新たな固定資産税の導入も発表された。この固定資産税は電気料金を通じて徴収し、未払いの場合は電気を止められる。今週にも議会採決が行われる予定だ。
そんななか、ギリシャ市民の不安や不満は高まる一方。先週は労働組合のストで電車やバス、タクシーが運行を中止し、今週も大規模な交通ストが予定されている。
国営電力会社の労働組合は以前から、電気料金を通じての固定資産税の徴収を拒否すると、声高に叫んできた。それでもエバンゲロス・ベニゼロス財務相は先週、当初は2年間の暫定措置としていた固定資産税がもっと延長される可能性があると発言。さらに、財政改革を行わなければギリシャは2000年に経済破綻したアルゼンチンのような危機に陥ると警告した。
「大企業と銀行が作った借金だ」
しかし公立病院の小児科医クリストス・アルギリス(32)は、政府の要求は行き過ぎだと言う。「私たちは金持ちじゃない」とアルギリス。彼は「週100時間」働いているのに、年収は約3万2000ドルだという。「公立の病院には医者がほとんどいない。政府は銀行にカネを回すために私たちの月給を300〜400ユーロも減らしている」とアルギリスは言う。「だから私たちの答えはノーだ。債務なんて知ったことか。私たちが作った借金じゃない。資本主義の大企業と銀行が作った借金じゃないか」
首都アテネ郊外のガラッシの市場で花売りをするテオという名の男性は、ストがもっと起きればいいと言う。「首根っこをつかまれたような状態で、一体どうしろっていうんだ。ただ座ったまま、死ぬのを待てって? そんなわけにはいかないさ」と、彼は言う。
テオの妻は1年前、ビジネスコンサルタントの職を失った。所有していた車2台のうち1台を売って狭いアパートに引越し、2人の子供が通っていた私立幼稚園も辞めさせた。
「ギリシャはとっくに破産していて、政府がそれを公にしていないだけじゃないかと、みんなびくびくしている」と、テオは語る。「でも、政府が言うほど悲惨な事態になるとは思わない。恐怖を煽るのは、人々をコントロールする効果的なやり方さ」
(GlobalPost.com特約) -
「ダイヤモンドオンライン」の野口悠紀雄の記事からの引用である。
私は、野口悠紀雄という人物はそれほど評価していないが、ここではただデータをまとめた彼の言葉を使いたいだけである。要するに、「大企業の2011年度の設備投資が計画通りになれば、自動車産業では国内設備投資の2倍の投資が海外になされることになる。製造業全体で見ても、国内投資の4分の3にあたる規模の投資が海外に向けてなされる。」という彼の言葉は、日本の産業空洞化が加速度的に進行していることを示しており、また政府は産業空洞化に伴う雇用減少に対して有効な対策をほとんどやっていない、ということだ。
企業活動はべつに日本という国家に貢献するのが目的ではないし、従業員の幸福のためにやるわけでもない。(稀に、そういう企業理念の会社もあるが)従って、少しでも利益になる方向へ進んでいくのは当然である。その結果が企業設備投資の海外シフトであり、国内の雇用減少だ。政府がリヴァイアサンであるのと同様に、企業もまたリヴァイアサンなのである。注意深くコントロールしないと、「新自由主義」や「グローバリズム」のように、社会全体に破壊的な結果をもたらすものだ。もちろん、だからといってお役所の許認可権限や行政指導を強化しろというのではない。
要するに、国民個々の意識の問題なのである。政府という怪物を制御するために国民による政府の監視が必要であるのと同様に、企業という怪物を監視する目が必要なのだ。それは政府監視よりも容易である。なぜなら、企業は営利活動が第一義であるから、その利益を損なうものがあれば、それを回避する。たとえば「不買運動」など、企業がもっとも恐れるものである。
国内雇用の減少に対しては、日本社会全体としての産業構造の転換を考えていく必要がある。何度も言っているように、「これまでは儲からない仕事だったが、社会的に絶対必要な仕事が儲かるようにすること」が、その基本的な考えだ。第一次産業がその代表だが、そのほかに、たとえば、教育や看護なども挙げられる。現在ならば、東日本の環境整備なども一つの産業になりうる。言い方を変えれば、「社会システムの不備や偏りのために無意味に不幸な目に遭っている人々を幸福にすること」が大事なのである。農漁業への補助金に対し悪罵を投げつけるよりも、補助金に代わる新しいシステムを作ることだ。ベッドに縛りつけられ、痴呆症になっていく老人に同情するよりも、老人が精神的に健康で幸福になれる社会の在り方を考えることだ。子供のいじめを嘆くよりも、いじめをしたくなるようなストレスフルな教育制度を改善することだ。
世の中には頭のいい人はたくさんいるが、社会システムそのものを変えようという、「大きな頭」の人間が少ない。すべては思想から始まるのである。思考の足かせとなるつまらない現実主義や個人的利益への欲望を捨て、まずは理想や可能な選択肢を考えてみようではないか。
(以下引用)
以上で見たように、設備投資の海外シフトは、きわめて顕著に進行している。企業規模で言えば大企業、業種別で言えば自動車産業において、とりわけ顕著だ。大企業の2011年度の設備投資が計画通りになれば、自動車産業では国内設備投資の2倍の投資が海外になされることになる。製造業全体で見ても、国内投資の4分の3にあたる規模の投資が海外に向けてなされる。
このように、日本企業の行動は、すでに大きく変化している。そして、それに対して、経済政策が追いつかないのが現状だ。
経済政策の基本的な考えは、海外移転を「空洞化」だとして、それを阻止しようとするものだ。そして、前回見たように、国内立地促進のために、補助金を給付しようとしている。
しかし、こうした政策に効果が期待できないことは明らかだ。そして、現実には、海外移転が進み、国内の雇用が失われることになる。
このような政策は、「何もしていないわけではない」という言い訳だけのために行われているとしか考えられない。本来必要なのは、現在進行している現状を冷静に見つめ、雇用創出のための有効な手立てを講じることである。そのために残された時間的余裕は、急速になくなりつつある。 -
「つむじ風」ブログから転載。
小沢秘書裁判については、下記のつむじ風氏の言葉以上のことは言えないから、彼の言葉を引用することで代弁してもらう。
日本という国は、法治国家ではないし、民主主義国家でもない。旧ソ連並の、官僚支配の暗黒国家である。ただの「期ズレ」記載によって三人の人間、しかも国会議員が懲役刑になるのである。「(小沢は)政治的影響力を持っていた」ことが有罪の論拠となるなら、あらゆる高級官僚と政治家は、その存在だけで死刑にしてよいはずだ。
こういう国家に我々は生きているのである。
日本が「収容所列島」になるのも近いかもしれない。
補足しておけば、下記引用中の「転載」はつむじ風氏による植草ブログからの転載である。その中の
「しかし、政治的な背景を持つ事案について、政治権力が裁判を支配しようと考える場合には、権力は担当判事に権力の意向に従順な人物をあてがえばよいのだ。極めて簡単なことである。
何よりも重要なことは、この意味で、裁判所の判断にはほとんど意味がないということだ。この最重要の事実をしっかりと認識することがもっとも重要なのだ。
政治的背景を持つ事案で裁判所が示す判断は、公正な判断ではない。政治的な判断なのだ。この基本を踏まえることが何よりも重要なのだ。」
という言葉は、国民全体が常識として覚えるべき言葉である。
(以下引用)
ふざけた判決!!
状況証拠という、陥れ判決
最後の牙城、裁判所の人格攻撃総仕上げ判決だ!!
もう、この国には正義という寄る辺を喪った!!
大方予想された結果である。裁判所こそは真理の寄る辺、正義の寄る辺という幻想は、とうに喪っている。
何せ、状況証拠という妄想で、人間を簡単に在任に仕立て上げられるのだ。『疑わしきは罰せず』は、既に喪われて久しい。これで幾人もの人間が冤罪で、人格を貶められた。
すでに裁判所は、真理を審理する場ではない。人格攻撃の最後の牙城と化した。警察・検察によって絵を描かれた人格攻撃をそれに沿って追認する場となった。裁判官は単なるロボットだ。魂の抜けた抜け殻だ。
出世と栄達の虚栄を固める一里塚に過ぎない。裁判官という聖なる衣はとうに脱ぎ捨てられた。単なる官僚裁判官が良心も正義もかなぐり捨てて、シナリオに沿って役割を果たす場となった。
シナリオは誰が書いたか? 官僚裁判官の思弁を利用しようとする利権支配組織である。上は官僚組織、下は似非右翼まで繋がっている。勿論、警察・検察もその中位に属するものだ。その最終仕上げは裁判官と言うことになる。
しかし、よく考えて観よ。
その刃は、それらの内部にも向いている。内部で告発すれば、たちどころにその告発者に向かう。仙波元巡査長、大河原元警部補・・・・はその刃に傷ついた。古賀参事官は、その為に早期退職を余儀なくされた。勿論、植草先生はその最初の犠牲者だ。
利権支配組織は、それ自身戦々恐々としている恐怖と不安の集合体だ。その恐怖と不安をエネルギーに統合しているのだ。彼の東京地裁の判決裁判官は、そうしなければ、立ち所に出世も閉ざされたことであろう。それはおろか、地方転出左遷は間違いなかろう。それを恐れて、不当判決に終始したのである。
真理と正義のないところに平安はない。
平安を捨て、只不安と恐怖に苛まれつつ、栄達に走る。それが利権支配組織である。であるから、この不当判決は容易に予想された。
今や、ほとんど戦争状態にある。あるいは革命前夜にある。低強度戦争、低強度革命の最中にある。
国民主権派と利権支配組織派との格闘の最中にある。今は国民主権派は少ないが、次第にその数を増してきている。だからこそ、利権支配組織派は強硬且つ支離滅裂の暴挙を敢えて強行するのだ。
政治家といえども、その手先に終始しているに過ぎない。今は小沢元秘書かも、あるいは小沢元代表かも知れないが、明日は我が身となる。政治家は利権支配組織派である内はこうした攻撃には免れるかも知れないが、国民主権派に立てば、立ち所にその刃は向かう。
利権支配組織は、別名悪徳ペンタゴンとも呼ばれるし、大蛇とも呼ばれる。八岐大蛇である。その派に属して居れば安泰だと考える政治家は多い。しかし、それも時間の問題だ。
国民主権派が、歩みは遅いかも知れないが確実に勢力を強めている。その拡大を図りながら、革命は成就されるだろう。それまで忍従、臥薪嘗胆の時節にあると言うことを自覚したい。
裁判所という最後の牙城をも巻き込んで、無理矢理判決を生みだしたことは、平成の最大の(迷)判決として語り継がれていくことになる。その汚名を被るのは他でもなく、とうの判決裁判官達である。
【転載開始】2011年9月27日 (火)
私たちは恐ろしい国に住んでいることを認識するべきである。
警察・検察・裁判所の公正、中立性は市民が尊厳を保ち、安心して生きて行けるための最低条件である。
「法の下の平等」が厳格に守られているのか、法令が適正に運用されているのか、裁判官が良心に従い憲法と法律にのみ拘束されて職権を行っているのか。
答えは否である。
裁判の結果を左右するのは法廷における立証の巧拙ではない。事実と証拠の積み上げでもない。
最大の要因は裁判官の属性である。
裁判官の人事処遇を支配しているのは最高裁事務総局である。最高裁事務総局は少数の組織でありながら、裁判所組織全体を支配下に置く組織である。
最高裁事務総局は法務省と一体化して、基本的に政治権力の側を向いて職務を執行している機関であると考えられている。日本の政治権力の最大の特徴は、その中心に宗主国米国が君臨していることである。
検察組織が米国の監視下に置かれていることは、GHQ時代からの歴史的経緯を背負ったものである。法務省は行政組織であり、内閣総理大臣を頂点とする行政権力の一部であり、政治の顔色を見て行動する組織である。
これと一体化して行動する裁判所も、当然のことながら、時の政治権力、そして、その裏側に君臨する米国の顔色を窺いながら行動する組織なのである。
裁判をコントロールすることは極めて容易である。コントロールしたい事案を担当する裁判官に、権力の意向に従順な人物をあてがえばよいのである。
裁判官のなかには、最高裁事務総局の指導に従わない、自分の良心に従って行動する気骨のある人物も存在する。人事評価での不利を承知の上で、良心に従い憲法と法律にのみ拘束されて職権を行う、本来の正しい姿勢を持つ裁判官が、適正な判決を示すのである。
しかし、政治的な背景を持つ事案について、政治権力が裁判を支配しようと考える場合には、権力は担当判事に権力の意向に従順な人物をあてがえばよいのだ。極めて簡単なことである。
何よりも重要なことは、この意味で、裁判所の判断にはほとんど意味がないということだ。この最重要の事実をしっかりと認識することがもっとも重要なのだ。
政治的背景を持つ事案で裁判所が示す判断は、公正な判断ではない。政治的な判断なのだ。この基本を踏まえることが何よりも重要なのだ。
石川知裕衆議院議員、大久保隆規氏、池田光智氏に有罪判決が示された。不当判決以外の何者でもない。三名は、秘密警察国家の冤罪被害者である。小沢一郎氏も同じであるし、私も同様に秘密警察組織の冤罪被害者である。
事案の詳細については、これまでに詳しく記述してきたから、改めて記述はしないが、極めて微細な、事務上の解釈の相違に基づく紛争である。西松建設関連の政治団体からの献金の取り扱いについては、小沢氏の資金管理団体とまったく同じ事務処理を行った政治家の資金管理団体が多数存在する。
これらのなかで、小沢氏の資金管理団体だけが摘発された。
水谷建設から渡されたとされる裏金疑惑も、検察は立証対象とできず、その刑事責任も追及しない、根拠に乏しいものである。それにもかかわらず、法廷では、小沢氏のイメージを悪化させるために証人尋問が行われたが、水谷建設社長車の運転記録とも矛盾する証言であった。その信憑性は極めて低いものである。
疑わしきを罰してはならないのが刑事裁判の基本の基本である。ところが、現実には、このような微小な事務上の解釈の相違で、現職衆議院議員を含めて3名もの市民の尊厳が奪われた。許されざる暴挙と言わざるを得ない。
この不当極まりない判決が示すものは、日本の既得権益、日本政治の支配者がいかに小沢一郎氏を恐れているのかという事実である。
大久保隆規氏の無罪は動かせぬものであったはずだが、裁判所は無理を押し通して有罪判決を示した。
小沢一郎氏の元秘書3名に対する有罪判決は、当然のことながら、これから始まる小沢一郎氏の裁判にも影響を与える。
この状況のなかで、日本の既得権益、日本政治の支配者たちは本性を現し、獰猛な牙をむき出しにした。この刃は小沢氏だけに向けられたものではない。主権者である国民に向けられたものであることを私たちははっきりと認識しなければならない。【転載終了】 -
2チャンネルから、日本の公務員の問題点や解決案について簡潔にまとめたコメントを転載する。
若者の中には、このように問題意識があり、知識もある人間も案外多いのかもしれない。私はいつも、教育とマスコミで日本の若者は白痴化されてきた、と言っているが、現在のようにインターネットが普及すると、社会の裏情報を知る人間も増えてきて、若者の方が精神的には大人で、年寄りの方が社会の現実については無知だというようになりつつあるのかもしれない。
まあ、ネットだけでは「物事を深く考える」という姿勢は身につかないと思うし、若い頃にはもっと思想書などを読んで頭を鍛えるべきだとも思うが、既成思想書や政治関係書物は「洗脳書物」でもあるから、一概には勧められない。
下記アンケートに私が答えるなら、ア「民営化」以外はすべて実現すること、である。民営化されたら、それは公務員ではない。しかし、アメリカにおいては、地方自治体そのものが民間企業に売却されるという恐ろしい事態が進行中なのである。つまり、民主主義そのものが消滅しつつあるのだ。
(以下引用)
89 名前:【次は公務員制度の改革】 [2005/12/04(日) 18:00:06 ID:CxfHCEte]
【問題】あなたは公務員制度改革の中身として、何を望みますか。
次から一つ以上選び、記号で答えてください。(複数回答可)
ア.民営化(非公務員化を含む)
イ.契約職員化(期限が切れたら契約を見直す。よく働く人だけ再契約。)
ウ.国民が公務員の給与を毎年決定する。
エ.機械化(ATM化、自動化)
オ.手数料制の拡大(税金の強制徴収は大幅縮小⇒自分で稼げ)
カ.公共業務への民間企業の新規参入(市場化テスト含む)
キ.公共業務への人材派遣の解禁
ク.天下りの禁止(税金から退職金を2重取り3重取りするな)
ケ.自分の天下り先確保のために、不要な特殊法人・関連団体を作らない
コ.本給より多いと言われる特別手当は廃止
サ.安い官舎の家賃を相場にあわせる
シ.人事院の給与水準参考データに
国民の9割を占める中小企業・零細企業も入れる(今は大企業だけ)
ス.スト権を与えてもいいから、身分保障を廃止する
セ.カラ残業代、カラ出張代を請求しない
ソ.裏金をプールしない
タ.処分を民間並に厳しくする(ニュースで聞くけど甘すぎる) -
今日の井口和基博士のブログに、恐ろしい動画が掲載されていたので、ぜひ多くの人に見てもらいたい。下記引用にもあるように、「経済破綻した地方自治体を企業や企業グループに売却してもよい」という法案がアメリカで可決されたというものだが、これはどういうことかというと、その地方自治体の住民はそこでの政治にまったく口を出す権利がなくなる、ということである。つまり、その土地は一種の企業の「荘園」となり、荘園領主の恣意によって経営が行われることになる。住民は荘園領主の奴隷か農奴のような存在になるわけだ。
これが、21世紀のアメリカで起こっている現実である。
あまりに馬鹿馬鹿しすぎて本当とも思えないことが、現実に起こっているわけだ。
私も、資本主義についてはこれまで散々批判してきたが、その究極の形態が民主主義の追放だとまでは気がつかなかった。
この「民主主義で選ばれた政治家による民主主義の否定」は近いうちに必ず日本でも起こるだろう。
井口博士の記事は長いので、その一部だけを転載する。ぜひ、その記事と動画を見てほしい。
(以下引用)
さて、上の動画で問題になっているのは、アメリカ合衆国の経済破綻した地方自治体を「企業や企業グループ」に売り渡してよいという法案が可決した、というものである。もしこれが日本に出来れば、国(といっても一部の人間が投票した結果結果当選した、一部の人間の代表でしかない議員たち)が東日本を海外企業に売り払ってもよろしいということになるわけである。そのための「TPP」である。
そうなると、イスラエルの企業がやってくるかもしれないし、おそらくそうなるだろうが、日本全国がユダヤ人富豪たちの所有物になるというわけである。日本に先行してアメリカ合衆国がまずはそうなるらしい。アメリカがそうなれば、「外圧」により、日本もそうなるということである。「アメリカが風邪を引けば日本がくしゃみする」とかつてよく言われたが、今や「アメリカがエイズになると、日本もエイズになる」というわけである。いずれにせよ、今世界の大富豪や大企業といっても、一番お金を持っているのは、お金を刷って、お金を保存保管し、法律を握っている人々、すなわちユダヤ人たち(正確には偽ユダヤ人)しかいないのである。
そんな時代が、「自由の国アメリカだ」と思っていた日本人夫婦でも、「どうも違うな、今のアメリカは」とやっと分かって来たというものなのだが、しかしながらそんなことはもう4年以上も前、コールマン博士の本「300人委員会」は1994年出版だから、17年前には分かっていたことなのである。これが着実に実行されて来たというわけなのである。
私ですら、遅くとも4年前には、実際には、コールマン博士やアイクの話が本当かどうかを検証するまで数年観察していたから、7、8年前には知っていたことなのである。 -
「JBプレス」から転載。
ユーロを維持するコストとユーロが崩壊するコストは、どちらが高いか、という興味深いテーマである。
そもそもユーロ経済圏の問題とは、通貨統合という冒険を、将来の十分な見通しも無しに「えいやっ」と断行したところにあるわけだが、今そのツケを支払うことになったわけだ。要するに、働き者の長男や遊び人の次男、偏屈者の三男、怠け者の四男、といった兄弟が財布を一緒にしよう、と決めたようなもので、政府の異なる複数の国が経済だけは統合しようというところに無理がある。もちろん、将来的には政治統合をも目指しているわけだが、その前に経済統合の部分から破綻しそうである。もちろん金融統合と財政統合は別の話だが、大きく見れば経済統合自体の無理、と言えるだろう。
ついでながら、EU(ヨーロッパ連合)の前身、EC(ヨーロッパ共同体)の段階ですでに「非関税障壁の撤廃、労働力・商品・資本・サービスの自由移動を認める統一市場を形成した」(山川出版「政治経済用語集」)わけだが、その結果欧州全体が、ECやEUが無かった場合より発展したかどうか、検証してみる必要があるだろう。
さらについでながら、下記記事の中にあるアルゼンチンのデフォルトと、そこからの奇蹟的回復という事実は、いわば「バブル経済(金融経済)」によって破産させられた国が、「実体経済(生産業経済)」の強さによって復活した事例である。つまり、「物作り」において強い国は、「金融経済に浸食されない限り」は安泰なのである。アメリカなどは、資源に恵まれ、文化的水準も高い国だったのに、第三次産業、つまり「物を作らない産業」へと移行したために国家として貧困化していったのである。これらは言うまでもなく、日本の今後への指針となる事例だ。
(以下引用)
過去にも通貨同盟は崩壊してきた・・・〔AFPBB News〕
ユーロを救う対策のコストは、救済しない場合の結果が恐ろしすぎて考えられないという主張によって正当化されている。
しかし、経済史には、後に固定が解かれた固定為替相場の例がいくつもある。通貨同盟の解体は、それより稀ではあるが、時折起きている。
では、ユーロを維持するコストは、ユーロが崩壊するコストと比べて高いのだろうか安いのだろうか?
この質問に簡単な答えはない。まず、ユーロ圏の崩壊と言っても、様々な展開がある。各国がそれぞれ元の通貨に戻る大規模な崩壊もあるし、欧州北部のハードカレンシー圏と南部のソフトカレンシー圏への分裂もある。少数の国が離脱することもあれば、退場する国が1つだけの場合もあるだろう。
さらに、立ち去る国と残る国が崩壊後に行う様々な選択によって、さらに複雑さが増す。そしてこれらはすべて、経済と同じだけ、あるいはそれ以上に法律と政治にかかっている。
ユーロ圏離脱の2つのシナリオ
2つの具体的なシナリオについて考えてみよう。ドイツは単独で離脱することもできるし、ドイツ産業連盟の元会長ハンス・オラフ・ヘンケル氏が最近提言したように、選ばれた小国集団――オーストリア、フィンランド、オランダ――とともに離脱することもできる。
2つ目のもっと可能性の高いシナリオは、ギリシャが離脱するか、追い出されることだ。
どちらの場合も、経済的な結果は壊滅的なものになる可能性があると多くのアナリストは言う。ドイツが離脱したとすれば、国際的な短期投機資金が「より大きく、より安全なスイス」に一斉に押し寄せるため、新ドイツマルクが急騰し、ドイツの製造業が苦しむことになる。
ドイツの銀行は、国内の預金と融資の新通貨への切り替えには対処できるだろうが、その時は自国通貨に換算したユーロ建て対外資産の価値が下がるため、資本を増強しなければならなくなる。
ギリシャが離脱したとすれば、生まれ変わったドラクマは急落するだろう。これは輸出業者にとってはいいかもしれないが、金融史を研究するカリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーン教授が「あらゆる金融危機の母」と呼ぶものの引き金になるだろう。ユーロに対するドラクマの切り下げで、ユーロ建てのままのすべての債務がとてつもなく大きな負担になるのだ。
同時に、すでに出口に向かってじわじわ進んでいる預金者が一目散に出口に向かう事態が発生し、ギリシャの銀行システムが崩壊するだろう。
スイスの銀行UBSのエコノミストらの最近の調査では、こうしたシナリオはいずれも、コストが恐ろしいほど高くなることが示されている。ドイツが離脱した場合、ドイツが負担するコストは1年目が国内総生産(GDP)の20~25%に相当し、その後は毎年、その半分程度のコスト負担が生じる。
ギリシャが離脱した場合には、1年目のコストがGDPの40~50%、その後の年間コストが約15%になるという。
このようなコストは、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルがデフォルト(債務不履行)した場合に3カ国を救済するためにドイツが支払う一度限りの費用を小さく見せる。だが、UBSのリポートは、ユーロから出ていく国が欧州連合(EU)からも出ていかなければならないという極端な前提に基づいている。
この見方に関しては法的な議論があるが、政治がほぼ確実にそれを凌駕するだろう。地中海東岸で辛い思いをした隣国を抱えたままにしておくこと、あるいはドイツを切り離すことは、欧州の幅広い利益にはならない。
欧州の政策立案者たちは、単一市場をユーロ紙幣のたき火で焼き殺すのではなく、必死に守ろうとするだろう。このことは、ユーロ圏解体の経済的影響が、UBSのエコノミストたちが想像したほど破壊的にはならないことを示唆している。
アルゼンチンの教訓
歴史の教訓は何を物語っているだろうか?
通貨同盟というものは、より大きな政治的分裂の一環として崩壊する傾向がある。ルーブル圏は、ソビエト連邦の崩壊後、長く存続することはなかった。チェコ共和国とスロバキアの通貨統合は、ものの数週間しか続かなかった。
こうした状況は、はっきりとした類似点を示すものではない。だが、2001年終盤から2002年初頭にかけての債務・通貨危機の間に、ペソのドルペッグ制を絶ったアルゼンチンは、ギリシャにとって教訓的な前例になるかもしれない。
アルゼンチンは、自国通貨をドルに固定した1991年に米国との通貨同盟に近い制度を創設し、カレンシーボード制に基づく外貨準備高を通じてドルとの繋がりを支えていた。
その後10年間のアルゼンチンの経験は、ギリシャが2001年にユーロに参加してからのギリシャの経験と不安に感じるくらいよく似ている。どちらも最初は力強い成長を遂げたが、競争力の低下と財政の悪化に苦しんだ。ギリシャ経済の最近の急激な落ち込みは、国債がデフォルトし、通貨を切り下げる前のアルゼンチン経済と瓜二つだ。
アルゼンチンの危機は血なまぐさいもので、銀行預金の引き出し制限(コラリート)が実施され、銀行の資産と負債がそれぞれ異なる為替レートで換算し直されたことによって預金者と銀行が多額の損失を被ったが、それが転換点になった(図参照)。
生産高がさらに落ち込んだ後、アルゼンチンは2003年に9%成長し、その後2008年の金融危機と2009年の世界的な景気後退で減速するまで、ほぼその成長率を維持した(現在は10%近いペースで成長している)。
デフォルトを巡る悪意のある論議がアルゼンチンを国際資本市場から締め出し続けてきたという事実にもかかわらず、農産物に対する世界的な需要拡大の追い風を受けて、国の繁栄が復活している。
ギリシャにとって心強い前例でもあるが・・・
ギリシャがユーロからの離脱を余儀なくされたとすれば、アルゼンチンのケースがギリシャにとって心強い前例のように見えるかもしれない。
競争力を回復するために賃金を引き下げるという長引くプロセスよりも、通貨切り下げを行う方が迅速な治療法になるだろう。さらに、ギリシャの債券の大部分は国内法に基づいて発行されており、これが、現在計画されているヘアカット(債務減免)よりも大幅な削減を課す自由裁量を多少なりともギリシャに与えている。
現在提案中の債務交換がまとまった場合には、これはもう通用しなくなる。英国の法律に基づいて書かれる新たな契約では、今よりはるかに投資家保護が強化されるからだ。
だが、アルゼンチンの前例は、危機がいかに殺伐としたものになり得るかを示している。大規模な社会不安、次々と失脚する大統領等々だ。
しかもギリシャの場合、危機はもっとひどくなる。1つには、急増する経常赤字など、ギリシャが好況時に増大するのを許した歪みは、アルゼンチンのそれよりはるかに大きいからだ。
さらに、ギリシャは銀行預金の引き出し阻止や資本規制の導入に加え、新しい硬貨や紙幣という形で新通貨を導入するという大問題にも直面する。コンピューターからパーキングメーターに至るまで、あらゆるものを再調整しなくてはならない。数多くの新たな困難が、ただでさえ悲惨な状況をさらに悪化させるだろう。
最も心配なのは他国にパニックが広がる事態
だが、投資家にとっても欧州の指導者にとっても本当に心配なのは、ギリシャの離脱が他国でパニックを引き起こし、ポルトガルやアイルランド、そして恐らくイタリアやスペインでも銀行取り付け騒ぎが起きる可能性があることだ。
ギリシャは、アルゼンチンがほかの国の金融制度に組み込まれていたよりもはるかにしっかりと欧州各国の金融制度に組み込まれている。ユーロ圏は、経済統合では期待外れであることがはっきりしたかもしれないが、金融統合はたちどころに進んだ――これは今では慰めと正反対であることが判明している。
ユーロ圏は途方もない規模で感染そして混乱が広がる余地を与えている。これが、ユーロ圏の危機をこれほど厄介で、これほど処理しにくい問題にしている理由だ。 -
昨日の増田俊男の言葉に関連して、パレスチナの国連加盟関係のニュースを二つ挙げておく。
記事はともに「朝日com 」からだが、最近のニュースは、記者の推測や意見までニュースの一部になっているので、正味の情報そのものが読み取りづらい。(引用1)で言うと「しびれを切らした」「必死だ」「不満が募っている」「失望は深い」などの言葉は、記者の印象であり、「事実」とは言えない。まして、「米国も頭から拒否権を行使するのは控えるべきだ」とか「イスラエルには熟考を求めたい」となると、いったいお前は何様か、と思ってしまう。朝日の記者が米国、イスラエル政府に上から目線で物が言えるほどの存在であるのか。
これは、言っていることの当否の問題ではない。これが社説なら、そう明記して「朝日com」に載せるべきだし、ニュースなら、書き方の基本がなっていない。記者の推測にすぎない部分は「必死だ」ではなく「必死なようだ」のように明確に推測であることを示すべきである。
まあ、忙しい現代社会だから、一字でも字数を少なくして記事を圧縮したいという場合もあるだろうが、「事実」と「推測」と「意見」の違いを明記するのは情報伝達の基本であり、そこをいい加減にやられると、世間に誤解を広めるだけである。
もっとも、書かれた記事の内容自体は、実は、これが「意見文」なら、もっともな事ばかりなのである。
(以下引用)
(引用1「朝日com」より)
パレスチナ―米国は拒否権使わずに
国連総会で、中東和平が焦点になっている。いっこうに進まないイスラエルとの交渉にしびれを切らしたパレスチナが、国家として正式に国連に加盟しようとしているからだ。
米国は止めようと必死だ。オバマ米大統領は、パレスチナが申請しても、安全保障理事会で拒否権を使うと明言した。
パレスチナ自治区のヨルダン川西岸では、国連加盟を求める市民のデモが起きている。「アラブの春」による民衆革命の刺激もあり、なぜ自分たちは主権国家として認められないのか、という不満が募っている。
93年にイスラエルと暫定自治で合意してから、自治政府は選挙などで実績をあげてきた。人口は西岸とガザ地区を合計すれば400万人を超える。
一方、交渉を続けてもイスラエルは占領地への入植をやめない。パレスチナの立場は弱くなるばかりという失望は深い。
国連加盟は象徴的な意味だけではない。国際刑事裁判所(ICC)や国連人権理事会にも加盟できる。占領地での不法行為を国際的に糾弾すれば、イスラエルには打撃になるだろう。
ここまで事態をこじらせたのは、仲介役の米国の責任が大きい。昨年9月に和平交渉を再開し、1年以内の和平合意を目指すと確認した。ところが、直後にイスラエルが西岸占領地で入植地の建設を再開した。それを止めることができなかった。
オバマ氏も板挟みだ。
拒否権を使えば、アラブ世界から「二枚舌外交」と反発をかう。しかし来年に大統領選挙を控えているので、米国内に支持者が多いイスラエルに圧力をかけるのも難しい。国内では右派から「テロリストとイスラエルを同等に扱っている」と批判される状態だ。
国連でオバマ氏は「イスラエルの安全保障への米国の関与は揺らぐことはない」と語った。米国が「公正な仲介者」の地位を失うことは、イスラエルの利益にもならないはずだ。
パレスチナが国連加盟を求めることは理解できる。ただ、安全保障理事会は採決を急ぐ必要はない。米国も頭から拒否権を行使するのは控えるべきだ。
国連加盟について、自治政府と統一政府を目指すイスラム組織ハマスは反対しているという。内部で意見が割れているとすれば、その意思統一の時間も必要だろう。
イスラエルには熟考を求めたい。周囲の民衆に敵視されたままでの安全保障はありえない。「2国家共存」を受け入れる以外に選ぶ道はないはずだ。
(引用2「朝日com」より)
米「拒否権を行使する」 パレスチナ、国連加盟申請なら
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米国務省のヌーランド報道官は8日、パレスチナが国連加盟を申請した場合の対応について「(国連安全保障理事会で)拒否権を行使する」と述べた。オバマ米政権はこれまで、加盟申請に反対するとしてきたが、拒否権の発動を明言したのは初めて。
国連加盟は、国連安保理が加盟を承認するよう国連総会に勧告し、総会が承認することで実現する。米国が拒否権発動を明確にしたことで、パレスチナの加盟は絶望的になった。報道官は「我々は(イスラエルとパレスチナの)2国家が平和に共存することを目指している」とし、一方的な加盟申請が和平交渉の障害になると改めて説明した。
ただ、パレスチナが加盟を申請し、米国が拒否権を発動した場合、オバマ政権はイスラエル擁護の姿勢を世界に印象づけることになる。そうした事態を避けるため、オバマ政権は今月下旬の国連総会に向けてパレスチナの説得を続けるとみられる。(ワシントン=望月洋嗣) -
「増田俊男の時事直言」から転載。
相当に危険な予言をしている。第二の9.11が起こる、というのである。その理由は、パレスチナ自治政府が国際的に認められることを阻止し、同時に中東での米国覇権を樹立することだと言う。今月9月23日から開かれる国連総会でパレスチナ自治政府が国際的認可を受ける前に、第二の9.11は起こる、と増田俊男は予想している。国連総会の期間は知らないが、この一週間の間に「パレスチナによる」イスラエル攻撃(もちろんイスラエルの自作自演だ)、あるいは「パレスチナによる」テロ事件が起こる可能性がある、ということだろう。まあ、どうなるか見ものである。
(以下引用)
1998年8月アフリカのケニアとタンザニアのアメリカ大使館が同時爆破された。
2001年9月12日同爆破事件の容疑者9名(アルカイダ一味とされていた)の裁判がニューヨーク地裁で開かれることが決まっていた。
2001年9月11日容疑者9名の弁護士達は無罪を証明する数多くの証拠を携え証人等と共にニューヨークのワールド・トレード・センターにおいて早朝から翌日の裁判の打合せをしていた。
今週9月23日から国連総会が開催される。
パレスチナ自治政府は国連加盟申請を国連事務総長に提出すると発表している。
事務総長はパレスチナからの申請を安全保障理事会(安保理)に付託する予定である。
15か国で構成される安保理は、もしアメリカが拒否権を行使しなければパレスチナの国連加盟を国連総会に勧告をする。
もしアメリカが拒否権を行使すればパレスチナの国連加盟は実現しない。
安保理の加盟勧告が拒否された場合、パレスチナは現在の「オブザーバー組織」から「オブザーバー国家」への格上げ申請を国連総会に求める。
国連加盟国193カ国中126カ国(65%)がパレスチナの国連加盟に賛成しているので過半数以上の賛成でパレスチナはオブザーバー国家に格上げされる。
パレスチナがオブザーバー国家になるとパレスチナは国連刑事裁判所に1967年の中東戦争でイスラエルがパレスチナから取得した地域(ガサ、ウエスト・バンク、エルサレムの一部)はイスラエルの侵略行為によって奪われた領域であるとして返還請求を求め勝訴する可能性は極めて高い。(オブザーバー組織では国際司法裁判所に提訴する資格がない)
同地区をイスラエルが失うと約50万人のユダヤ人は行き場を失うことになる。
アメリカは、今までの「小冊子」で解説したように中東政策を180度変更している。
アメリカは本年5月1日のビン・ラーディン(アルカイダの象徴的リーダー)殺害をもってテロとの戦いは終了し、新たな中東戦略を推進している。
それは昨年末から本年に掛けて北アフリカ(チュニジア、エジプト、リビア等)から中東諸国に起こっている反政府、民主運動である。
民主運動の活動家リーダーたちは資金的にはイスラエル、政治的にはアメリカに支援されている。
新中東政策の目的は民主運動で統率力のある独裁国家を倒し無機能多政党民主国家を作らせアメリカで教育、訓練された、いわばアメリカの傀儡である軍部エリートに国家を主導させることである。
つまりアメリカは中東の間接支配を狙っている。
アメリカが安保理でパレスチナの国連加盟勧告に拒否権を行使するとアメリカの新たな中東戦略を支えている民主活動のリーダー達がアメリカに敵対することになり、アメリカの新中東政策は挫折する。
アメリカに残されているのは安保理での議事妨害で決議を先延ばしすることしかないが、引き延ばしにも限度がある。
第二のセプテンバー(9月?)まで延ばせるかどうかが見物である。
しかし、もしパレスチナがいまだに「暴力組織」であることが世界の目前で証明されればパレスチナの国連加盟もオブザーバー組織からオブザーバー国家への格上げにも賛成する国はなくなるだろう。
そしてパレスチナの和平はアメリカを仲介者としてパレスチナ自治政府とイスラエルとの直接交渉以外に道は無くなる。
