Photo by Takayuki Miki from Flickr
息子3人を灘高から東大理IIIに入れたママ、佐藤亮子氏が炎上した。講演会での彼女の「受験に恋愛は邪魔」という発言が発端になり、彼女の猛烈な教育ママぶりは、テレビや週刊誌を巻き込んで大きな話題となった。通常の炎上と違い、著名人が実名で意見を言い、それでさらに燃え盛った印象だ。作家でタレントの乙武洋匡氏はTwitterで「この3兄弟が幸せな人生を歩んでいけることを心から祈るばかりです」と投稿している。普通、この手の子育て方法の論議は、子育て中のママたちが中心になって炎上させるが、今回は、乙武氏をはじめとして、中年男性が熱心に参加している。
彼らはどこにイラっとくるのか。「東大理III」という日本最高峰の偏差値の学類は、学歴至上主義世代の彼らのコンプレックスを刺激するのだろうか。佐藤ママの長男はモデルとして「週刊朝日」(朝日新聞出版)の表紙を飾ったが、すっとしたイケメンだ。東大に取材に行くと、男女問わず学生の容姿レベルは高まっている。優秀な男性は、美人と結婚し、そういう夫婦の子供が東大に入るので、東大生に美男美女は増えて当然だ。佐藤ママの夫は評判のいい弁護士で、3兄弟を灘高、一人娘も私立に通わせ、かなりの経済力を持っている。それゆえに「結局、金持ちの子供が受験に有利でいい職業に就く。不公平だ」という批判もネットでは見かけられる。
だが、ちょっと待ってほしい。理IIIに進学することは、果たして「勝ち組」なのか?
■医師の世界は、収入とカーストが反比例
平成21年度の中央社会保険医療協議会の調査によると、病院勤務医の平均年収は1,479万円、開業医は2,468万円。開業医はビジネスセンスを磨けば、いくらでも稼げる可能性がある。彼らは多くが親の代から医師で、自営業者の後継ぎだ。たいていは私大の医学部を出ている。つまり、学費の高い私大出身の開業医こそ「金持ちの子が金持ちになる」世界を繰り広げている。
だが、全国紙の医療記者はこう話す。
「いくら稼いでも、医師は、医学界で認められないと、劣等感を持つ生き物なんです」
つまり、東大を頂点とする学閥・医局カーストがあり、研究業績が認められた人間が上に行く。エリートほど満たされ、自己肯定感を強くしていく。
「医師の世界は、収入とカーストが反比例します。東大出身で国立大学付属病院に勤務したら、プライドは満たされるかもしれませんが、経済的には大変だと思います」と話すのは東大関係者。
2009年に当時山形大学医学部長だった嘉山孝正氏が前出の協議会に提出した資料「医療の最後の砦の現状-特定機能病院(NCと大学病院)-」によると、国立大学病院勤務医の半分は非常勤職員で、彼らの年収は、研修医で341万円、医員(平均年齢33歳)で303万円だ。正規雇用になっても助教で475万円(同37.7歳)、准教授624万円(同48.8歳)、そして、“白い巨塔”の頂点である教授は721万円(同52.6歳)である。もちろん、バイトなどで副収入もあるが、先に紹介した勤務医の平均年収に比べても、かなり低く設定されている。
■30歳を過ぎて年収300万円以下
東大理Ⅲは入学後もカリキュラムが厳しく、かなり勉強をしないとならない。そのため、バンド活動などの趣味を諦める学生もいる。また、卒業後2年間の研修医を終えると、たいていは大学院に進み、無給となる。週末、当直のバイトをすれば、サラリーマン以上に稼げるが、東大の院は研究者育成のための機関なので研究も忙しく、そうそうバイトもしていられない。苦労して、博士号を取っても、国立大学の付属病院ではすぐに正規雇用されず、非常勤として年収300万円程度の生活を強いられる。
東大出身の若手研究者は、「特任助教」という肩書を持っていることが多いが、要は非常勤の助手であり、月収約20万円スタートである。30歳を過ぎて年収300万円以下というのは、かなり厳しいのではないか。そして、正規雇用されて、さらに准教授、教授と昇進していくのは激戦だ。バイトをすれば収入は増えるが、そちらに時間を取られると、研究で後れを取っていく。そのため、30代後半以降でも、親から仕送りを受けたり、妻の収入に依存したりするケースが出てくる。
「製薬会社から割のいい仕事をもらって、お小遣い稼ぎ……というのが難しくなっています。今の時代、なにか事件が起きたら、すぐにやり玉に挙がるし、ネットで情報が拡散するから」(東大出身研究職)
「激務で大学病院に泊まり込んでいて、家に帰ってこない。それなのに年収300万円ですよ。家事も生活費も全部私の負担です。しかも夫が、東大出身の医師だとバレると、激しく嫉妬される」(東大卒医師を夫に持つ30代女性)
また、医師には訴訟リスクもある。特に大学病院には重篤な患者が来るので、最善を尽くしても、患者は死亡することが多く、訴えられる可能性が高くなる。最初に診察した町医者のミスが原因で患者が亡くなったのに、訴えられるのは、最後に担当していた大学病院の医師というケースもある。大学病院の医師というのはまったく割に合わない。
■看護師は、20代で年収400万円以上
なぜ、そんな条件の悪い仕事を彼らは続けるのか? それは日本の社会で尊敬されるのは、金持ちではなく、「社会貢献した人」だからである。億ションで芸能人をはべらせパーティーをやっているIT企業オーナーと、ユニクロに白衣羽織って患者のために徹夜で働く大学病院の薄給医師のどちらが尊敬されるかといえば、やはり、後者だ。
「大学でのキャリアを諦めて、民間病院で勤務しだすと、年収が2倍3倍になったりします。しかし、挫折感からストレスを抱え、家庭で妻へのDVが始まることも。DVに年収や学歴は関係なく、劣等感から発生するので」(病院勤務のカウンセラー)
医師免許があるから、食いっぱぐれはしないが、30代で年収300万円程度で、しかも、家に帰れないほど忙しい彼らは、果たして“勝ち組”なのだろうか? 妻は30代前半までに出産したいのに、経済的に子どもが作れないというケースも出てくるのだ。
この「東大医学部出身の医師の現状」を話すと、妙齢の女性たちが「じゃあ、どんな仕事の男性と結婚すればいいの?」と訊いてくる。医療関係では、おすすめしたいのは、看護師である。4年制大学の看護科が増えたことで、男子の看護師はこの10年で2倍に増えている。
男性看護師たちの悩みは「土日休みじゃないから、恋人が作りにくい」「女性看護師は気が強いから、プライベートではつきあいたくない」である。看護師不足は今後も続くので、看護師は職に困ることもないし、男性は体力があるので夜勤も多くこなせるし、管理職への昇進が早いケースも多く、収入も安定している。なにより、女性上位の職場にいるので、女性への恐れというか敬意がある。
看護師ならば、20代で年収400万円以上を安定して稼ぐ。また医師は医局に縛られるので、どこに飛ばされるかわからないが、看護師は勤務先を選べる。世間が知らないところに掘り出しものはあるわけで、現在の婚活的な狙い目は、エリート医師よりも男性看護師なのかもしれない。
(木原友見)
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