前回の記事に書いた私の感想は、私だけの印象ではないようだ。
「泉の波立ち」に、私と同じように新エンブレムを批判する記事があり、その記事へのコメントも面白いので転載しておく。もっとも、「東京オリンピックは開かれない」という可能性が70%くらいある、と私は思っているので、当然、オリンピックに関する話はムダ話にしかならないが、まあ私のブログはそのすべてがムダ話である。ムダこそが動物と人間を分ける文明であり文化であるとも私は思っているが、国立競技場に2500億円も使うような「税金を使った無駄」はまた話が別だ。
孔徳秋水さんは最近のツィートで「ゴキブリでも総理が務まるのではないか」と書いていたが、ゴキブリは気持ち悪いだけでそれほど害は無い。「人間のくず」の安部が国民にもたらした害悪と比べてはゴキブリが可哀想である。私は、日本の次の総理にはゴキブリを推薦したい。ゴキブリなら、言葉も喋れず、何もできないだろうから、日本を戦争に引きずり込んで国家破綻させることもないだろう。
話が逸れたが、下記記事付属のコメントの最後のものは、その最初の一文だけは特に大事なことを言っている、と思うのでその部分だけ抜粋して転載した。
現在の日本は、適任でない少数の人間が重要なものごとを決めて「ごり押し」するシステムに
なったため、新国立競技場のような不適切な決定と水面下の進行(既成事実化するための手付け)
が常態化していますね。
これは、今の日本の政治の最大かつ根本的問題ではないだろうか。
(以下引用)
「泉の波立ち」に、私と同じように新エンブレムを批判する記事があり、その記事へのコメントも面白いので転載しておく。もっとも、「東京オリンピックは開かれない」という可能性が70%くらいある、と私は思っているので、当然、オリンピックに関する話はムダ話にしかならないが、まあ私のブログはそのすべてがムダ話である。ムダこそが動物と人間を分ける文明であり文化であるとも私は思っているが、国立競技場に2500億円も使うような「税金を使った無駄」はまた話が別だ。
孔徳秋水さんは最近のツィートで「ゴキブリでも総理が務まるのではないか」と書いていたが、ゴキブリは気持ち悪いだけでそれほど害は無い。「人間のくず」の安部が国民にもたらした害悪と比べてはゴキブリが可哀想である。私は、日本の次の総理にはゴキブリを推薦したい。ゴキブリなら、言葉も喋れず、何もできないだろうから、日本を戦争に引きずり込んで国家破綻させることもないだろう。
話が逸れたが、下記記事付属のコメントの最後のものは、その最初の一文だけは特に大事なことを言っている、と思うのでその部分だけ抜粋して転載した。
現在の日本は、適任でない少数の人間が重要なものごとを決めて「ごり押し」するシステムに
なったため、新国立競技場のような不適切な決定と水面下の進行(既成事実化するための手付け)
が常態化していますね。
これは、今の日本の政治の最大かつ根本的問題ではないだろうか。
(以下引用)
2015年07月25日
◆ 東京五輪のエンブレム
東京五輪のエンブレム(ロゴ)が発表された。
──
これだ。
デザインの趣旨は、こうだ。
こういうふうに勝手に思いを込めると、ろくなことはない。各パーツがそれぞれ勝手なことを主張するから、全体としてのまとまりがなくなる。また、T にあれこれの意味を付けようというのも、ダジャレの発想で、センスが悪い。
まあ、駄目なデザインセンスの見本だろう。五輪ボランティアのユニフォームがダサいのと同様だ。
ひるがえって、以前の日本のデザインは、どれも良かった。下記に示す。(出典:ハフィントンポスト)
また、今回のデザインが駄目だというのは、特に私だけの見解ではない。世界的に不評だ。世界中で恥をかいているわけ。
→ 東京五輪のエンブレムに海外で賛否両論(海外の反応)
エンブレムというのは、「良い」と思う人が大半なのが当然だ。たくさんあるものの中から、好評のものを選ぶだけなのだから、当然だ。
なのに、ことさら不評が多いものを選ぶのだから、呆れるしかない。新国立競技場と同様だろう。上の方の人が、勝手に奇天烈なデザインを選んだのだろう。まったく、新国立競技場のトラブルの反省ができていない。
──
これだ。
デザインの趣旨は、こうだ。
オリンピックのエンブレムは、「TOKYO(東京)」「TEAM(チーム)」、それに「あした」を意味する「TOMORROW(トゥモロー)」の3つのことばの頭文字の「T」をイメージしたデザインとなりました。
また、5年後の8月25日に開幕するパラリンピックのエンブレムは、「平等」を意味する「=(イコール)」をイメージしています。
2つのエンブレムは、同じ理念で作られていて、すべての色が集まって生まれる色の黒で「多様性」を表現し、さらに大きな円で「1つになった世界」を、そして日の丸のような赤い円で、「ひとりひとりのハートの鼓動」を表しているということです。
( → NHKニュース 2015-07-25 )
こういうふうに勝手に思いを込めると、ろくなことはない。各パーツがそれぞれ勝手なことを主張するから、全体としてのまとまりがなくなる。また、T にあれこれの意味を付けようというのも、ダジャレの発想で、センスが悪い。
まあ、駄目なデザインセンスの見本だろう。五輪ボランティアのユニフォームがダサいのと同様だ。
ひるがえって、以前の日本のデザインは、どれも良かった。下記に示す。(出典:ハフィントンポスト)
また、今回のデザインが駄目だというのは、特に私だけの見解ではない。世界的に不評だ。世界中で恥をかいているわけ。
→ 東京五輪のエンブレムに海外で賛否両論(海外の反応)
エンブレムというのは、「良い」と思う人が大半なのが当然だ。たくさんあるものの中から、好評のものを選ぶだけなのだから、当然だ。
なのに、ことさら不評が多いものを選ぶのだから、呆れるしかない。新国立競技場と同様だろう。上の方の人が、勝手に奇天烈なデザインを選んだのだろう。まったく、新国立競技場のトラブルの反省ができていない。
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コメント
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NHKニュース 2015-07-25 の記事:
>オリンピックのエンブレムは・・・文字の「T」をイメージしたデザイン・・・
黒が太すぎて、不快感、拒否感・忌避感が先ず先に立ち、『「T」をイメージした』といわれても素直に納得できません。左上端の金(金メダルの金?)と右下端の銀(銀メダルの銀?)が形でも色でも中央の黒と親和性がないため、「T」とつながりません。あれを見て「T」をイメージ出来る人はいったいどれだけいるでしょうか。全くの落第デザインではないでしょうか。
>パラリンピックのエンブレムは・・・「平等」を意味する「=(イコール)」をイメージ・・・
こちらはもっとイメージし難い絵柄です。あの図柄から「e」をイメージ出来る人は皆無ではないでしょうか。
>2つのエンブレムは、同じ理念で作られていて、すべての色が集まって生まれる色の黒で「多様性」を表現し、さらに大きな円で「1つになった世界」を、そして日の丸のような赤い円で、「ひとりひとりのハートの鼓動」を表している・・・
「同じ理念」って、どういう理念?2つ並べたときの印象は「Ⅰ」と「Ⅱ」です。
「すべての色が集まって生まれる色の黒」は科学的には誤った表現で、むしろ「白」というべきでしょう。黒は全ての色覚が失われた「色」です、集まって出来る色ではありません。
「大きな円」は図柄からはイメージし難く、『大きな円で「1つになった世界」』というメタファーにも全く説得力がありません。
また「赤い円」は日本人には「日の丸」でしかなく、「ハートの鼓動」を想起できる人は皆無でしょう。
どこから見ても共感の得難いデザインで、いっそのこと、両方とも上部の絵を削った下部だけでいい!のではないか、とさえ思います。
では、どうすればよかったのか。
10点ぐらい?に絞り込んでネット投票にかけ、接戦なら決選投票で決める、でも良かったではないでしょうか。はるかに世論を盛り上げることになったのでは。時すでの遅し?
いずれにしても、センスの欠如した組織委員会の面々に決定権を与えてはいけないということでしょう。
私が次項で書く予定だったのに、先に書かれてしまった。 (^^);
なったため、新国立競技場のような不適切な決定と水面下の進行(既成事実化するための手付け)
が常態化していますね。
(以下略)徽宗注:これは管理人氏ではなく、読者コメントの冒頭である。