-
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
-
私の正体がバレるので、下の文章の筆者が誰かは秘すが、要するに私の兄のひとりだ。
そのブログ記事の一部だが、平和ということに関しては私とよく似たところがある。つまり、子供みたいな感覚が幾つになってもあるわけだ。大人(実年齢とは無関係)がみんな「王様の新しい服は立派だ立派だ」と言っている時に、「えっ、あの王様、裸だよ」と声を上げるのは子供(これも実年齢とは無関係)である。
世界の大人たちが「カネ、カネ、カネ」とばかり考えているから世界から戦争が無くならないわけである。
(以下引用)赤字部分は徽宗による強調。私も、世界の「王様たち」の人生が実に馬鹿馬鹿しく思える。世界を幸福にできる立場にいながら、それをやらないなら何のために国のトップにいるのか。
トランプしかり、安倍しかり、金正恩しかり、一国を牛耳るのも楽しいかもしれないけど、僕には馬鹿馬鹿しい人生に思える。
せっかく国の現実と未来を支えているだろうと思える立場にいるのなら、まずは国民みんなの幸せを考えて行動すべきで、まずは世界の平和を目指すべきだ。
アフリカの隅々まで、世界中の国民の幸せを願う強大な国家が、真剣に動き出せば、世界の平和は実現するのじゃないかな。
警察官以外の武器は、すべて廃止して軍隊をなくすのだ。
これに反する国家や人間は、即死刑だ。
日本は73年間それを実現に向けてアピールするチャンスはあったのだ。
しかし、単に長崎、広島の悲劇を訴えるのにとどまったので、アメリカに無視されてきた。
あのオバマも、ノーベル平和賞までもらったのに、一言のすまないの言葉はなかったのだから、いくら長崎、広島の罪を訴えても、なかなかアメリカ人には受け入れられないと思うよ。
戦争は日本人にも非はあったのだからな。
だから、広島、長崎の悲劇を訴えるのもいいが、その争いの元は何かをはっきりさせて、その上で戦争そのもの否定すべきだと思う。
終戦のドサクサで、北方四島に攻め入り、同盟を勝手に破り、昨日の味方は今日の敵となったソ連、今やロシアも卑怯だが、アメリカもどうかと思うので、今一度その辺もどうだったのかは、はっきりさせたいね。
日本と、日本国民は、文化的な潜在能力は高いと思うので、これからも世界の中心国家の一つとしては生き続けると思う。
すべての今までの戦争の歴史をまとめて、そのつまらなさを書き、戦争で手柄を立てた英雄は英雄なんかじゃないと、今から子供たちに教えていくべきだと思う。
音楽も、英雄が絡んだ曲は全てタイトルを変えるべきだ。
まずは日本から全てを始めるべきだと思う。
案外、今からはネットの時代だし、スマホで世界がつながったんだから、可能じゃないかな。
力のあるリーダーが呼びかけたら、戦争の馬鹿馬鹿しさと、武器の馬鹿馬鹿しさは、分かるのではないかな。
まずは日本からと思うけど、アメリカで大統領が目指すのもいいと思うよ。PR -
現代社会ではというか、現代の日本では恥知らずほど強い者はいない。
あんなコピペ本(内容は知らないが、どうせ右翼臭の強い内容に決まっている。)なんか、発売3日以内にブックオフに並んでいるに決まっているではないか。「日本国紀」がブックオフに並んでいても、百田のことだからどうせ作家を辞めないに決まっている。(これからは作家ではなく評論家を名乗るとかねwww)
(以下引用)百田尚樹「もし日本国紀がブックオフに並んでたら作家を辞める」ブックオフ公式「結構並んでます」
1: 名無しさん 2019/01/06(日) 01:51:28.92 ID:AamqsvtR0
-
これは凄い情勢変化ではないだろうか。
原子力村は日本政府(自公政権)の裏の顔であり、経団連は自公政権のスポンサー集団なのだから、経団連会長がこういう発言をしたということは日本の政治に何かが起こったということのように思える。
(以下引用)経団連会長、脱原発を発表「原発推進の強行は民主国家ではない」
1 :2019/01/05(土) 11:28:26.37 ID:yhNRF4Kh0.net
経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)は年初に際しての報道各社とのインタビューで、今後の原発政策について「東日本大震災から八年がたとうとしているが東日本の原発は再稼働していない。
国民が反対するものはつくれない。
全員が反対するものをエネルギー業者や日立といったベンダー(設備納入業者)が無理につくることは民主国家ではない」と指摘。「真剣に一般公開の討論をするべきだと思う」として、国民の意見を踏まえたエネルギー政策を再構築すべきだとの見方を示した。
原発再稼働を進める安倍政権に対して、従来、経団連は「原子力は最も重要な基幹エネルギー」(榊原定征前会長)として同調していた
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201901/CK2019010502000132.html
-
「混沌堂主人雑記」引用記事の一部を孫引き引用。
「除夜の鐘」が生まれたのは昭和である、というのは初耳である。昭和2年の「テレビ放送のために」始めたものだと聞くと有難みも何も無いwww
まあ、日本人が苦し枡、じゃない、クリスマスを祝うようになったのも近年であり、「生活の風景を豊かにする」ものなら新出来の行事でもあって構わない。良くないのはそれを「昔からの伝統です」と押し付けて商売をする連中である。
ところで、「除夜の鐘」の「除夜」というのは仏教に元からある言葉なのか、それとも「除夜の鐘」を始めた時に作った言葉なのだろうか。で、「除夜の鐘」が真夜中に夜を除いたらいきなり朝になるのではないかwww みんな寝不足になるwww
(以下引用)
除夜の鐘が始まったのは昭和2年!?
一般の人々は、除夜の鐘を非常に伝統的な行事だと捉えている。NHKで「紅白歌合戦」が終われば、テレビの画面は「行く年来る年」に切り替わる。そして年の変わり目と共に、雪深い寺院で除夜の鐘が静かに鳴り響く――。こんな光景が失われていくのかと、危機感を抱く方も少なくないだろう。
ところが、そんな思いを浮かべること自体、間違いらしい。矢澤編集長によると、そもそも除夜の鐘は昭和初期に始まった行事だという。仏教の長い歴史の前には、文字通りの“新参者”なのだ。
「由来には諸説がありますが、昭和2年にNHKラジオの『除夜の鐘(現:行く年来る年)』の番組で、上野・寛永寺に頼んで除夜の鐘として生中継し、これが契機となって全国の寺院が取り入れたことに間違いはありません。これは寺の鐘が時計としての役割を果たしていた歴史を考えれば、簡単に理解していただけると思います。例えば江戸時代、真夜中に寺が鐘を撞くことなど、あり得ないからです」
日本では少なくとも室町時代から、日の出から日没までを6等分する不定時法が用いられた。そして江戸時代には、日の出が「明け六つ」として1日が始まり、日が暮れれば「暮れ六つ」で1日が終わった。つまり現代のように1日の終わりも始まりも午前0時ではなかったのだ。
そして「明け六つ」から「暮れ六つ」までの間、朝五つ、朝四つ、昼九つ、昼八つ、暮れ七つと数えた。そのために現在の午後3時ごろに食べられた軽食を「おやつ」と呼び、それが今でも残っているというわけだ。
江戸時代、寺の鐘は時報としての意味を持ち、文字通りの社会インフラだった。当初は明け六つ、昼九つ(正午)、暮れ六つの3回、鐘が撞かれた。その後、一刻に1回撞かれるようになったが、「真夜中の午前0時」に寺の鐘が鳴らされることは全くなかった。多くの人々が寝ており、ニーズがゼロだったからだ。
「日本人は古来ずっと、日付を変えるのは夜明けです。深夜の午前0時に日付が変わるのは明治の文明開化により、西洋の定時法が導入されてからです。そのため除夜の鐘は、少なくとも明治時代以降に始まったのは確実でしょう。そもそも江戸時代では、夜中に道を歩く方法がありません。たいまつを持って歩くのは映画の世界であり、史実には反しています。街灯や交通機関が整備されなければ、除夜の鐘を行ったとしても、誰も来られません」(同・矢澤編集長)
ただし、昭和初期に普及を遂げると、日本人が除夜の鐘を強く“支持”したのは事実だ。そして、それは仏教にとっても歓迎すべき事態だったという。
「お寺にとっては仏教の布教が最重要です。仏教が葬式の祭礼を整備したのも信者獲得のためでした。除夜の鐘も1年の始まりに際し、荘厳な鐘の音を聞きながら、1年の我が身を反省し、新年の決意を新たにするというのは、非常に収まりがいい。そのため、昭和2年に全国へ普及したという浅い歴史にもかかわらず、お盆や初詣といった行事と肩を並べるほどの普及率を達成したわけです。今では庶民の年中行事としてクリスマスよりも、除夜の鐘のほうがカウントダウンと共に一般化している、とのデータもあります」(同・矢澤編集長) -
「逝きし世の面影」ブログの一節だが、警察予備隊(自衛隊の前身)が朝鮮戦争勃発時に作られたのは知っていたが、その時に在日米軍がすべて朝鮮半島に出動していたとは知らなかった。(在日米軍とは別に米本土から軍を送っていたと思っていた。)
で、その隙に「日本独立戦争(革命)」が起こったら大変だ、というので宗主国の米政府が「日本人に日本人を鎮圧させる」ために作ったのが警察予備隊であり、後の自衛隊であるわけだ。要するに、最初から米国の犬なのである。
今にして思えば、日本独立の最大のチャンスが、在日米兵がほとんど皆無になったあの時だったのだなあ、と残念である。
だが、まあ、「戦争はもううんざり」と平和憲法下の平和に満足していた日本国民が「国内戦争」である革命を受け入れることは無かっただろう。現在のように国民を奴隷待遇にしている政権に対してすら革命を起こす気概も無いのだから。
企業の利潤が労働者に還元され、労働三法遵守によって労働者の待遇改善がどんどん行われていたあの時代は、ある意味天国だったのである。
(以下引用)
自衛隊は朝鮮戦争の勃発で日本占領の米軍4個師団7万人全員が朝鮮半島に出兵したことから1950年(昭和25年)8月10日にGHQ(マッカーサー)のポツダム政令で治安維持目的で7万人規模の軽装備で編成された『警察予備隊』( National Police Reserve)が前身である。
在日占領軍(4個師団7万人規模のアメリカ軍)ですが、その目的は日本において旧日本軍の反乱とか一般市民の暴動の鎮圧目的だったのですから『警察予備隊』(今の自衛隊)も当然同じ目的で存在する。
アメリカ軍の全面占領時代に旧日本軍の反乱鎮圧が主な目的だった『警察予備隊』( National Police Reserve)は旧日本軍幹部を排除して警察組織に似せて(米軍の傭兵組織として警察官僚を中心に)編成されている。
ところが、陸自(National Police Reserve)に遅れること2年、朝鮮戦争の真っ最中の1952年4月にアメリカ軍が設置した不可解な海上自衛隊の場合には積極的に旧日本海軍の職業軍人を中心に編成されていた。そもそもが『日本海軍の復活したもの』が海自だったので今でも海上自衛隊は日本海軍の軍旗である『旭日旗』を引き続き使用することになったのである。
真珠湾奇襲攻撃で大日本帝国を滅ぼした(米軍の天敵であるはずの)日本海軍と、不思議なことに今の日本国の(在日アメリカ軍と一体構造で事実上USFJの指揮下にある)海上自衛隊は歴史的に見れば一つながり(一体構造)になっていた。 -
島田裕巳は宗教学者だから、この言葉はちゃんとエビデンスがあるものだろう。
私自身も「二礼二拍手一礼(だったと思うが自信は無い)」というのが覚えられないので(なんせ、1年に1度行くか行かないかくらいだしwww)神社に行っても域内を散歩するだけでお参りはしないほうが多い。
まあ、サラリーマン用のマナー講師みたいなもので、どこの誰がいつ作ったかも分からない怪しいマナーを人に押し付けて商売にする、というのが最近多すぎる。神社がそれで何のメリットがあるのか知らないが、茶道も華道も最初は個々人が茶を飲み、花を活けるのを好き勝手にやっていたのが「商売人」がそこに口出しをして儀礼で権威づけるのである。- 新しい会話
やっぱ神社本庁なんだ… それなりの「形」にでっち上げたいんだな。 私はなんでもアリでなんでも祀っちゃう節操の無い自由さが好きです、神道の。
子供の頃に教わった参拝方式より、やたら礼(お辞儀)の回数が増えてるな?と思っていたので、でっち上げだと知ってすっきりしました。 私も、八百万の神々がギリシャ神話並みの人間臭いドラマを繰り広げる古事記の世界や、大木や大岩、田んぼや竈にまで神々がいる「古来の」神道なら好きです。
-
今年の締めくくりは(まあ、後で気が向いたらまた何か書くがw)森達也氏のこの言葉で。
前にも書いたが、私は「小公子」の中で町の雑貨屋(ドラッグストア)の老人と主人公の少年(まだ学校にも上がっていない年齢)のセドリックが政治の議論をする、という部分が大好きで、これこそまさにアメリカ民主主義の原点だなあ、と思っている。青少年が、自分が無知なことに臆せず、年配の相手とでも堂々と政治議論ができる国に日本がこれからなってほしいものである。
(以下引用)町山智浩さんがリツイートさらに言えば、政治的であることには何の問題もない。だってあらゆることは政治と切り離せない。政治的であることと政治的でないことを分けようとする行為こそがきわめて政治的。もっと普通にすべての人が思想や信条を口にできる国になってほしい。
-
ただのメモとしての転載だが、現在の欧州の政治情勢が少し分かる記事だ。
メルケルが党首の座を降りたことは初めて知った。
フランスのRNのことを相変わらず「極右」政党という枕詞付きで記事を書いているが、他の政党にはそのような枕詞を付けない。そもそも、極右とはどういうことか。別に、暴力に訴えるような政治活動はしていないはずである。
ここに書いたか「酔生夢人」ブログに書いたかは忘れたが、要するに、極右呼ばわりは、「反グローバリズム(それは反新自由主義でもある)政党」に対して悪印象を持たせるためのレッテル貼りにすぎないのである。なお、マスコミはずべてユダ金の支配下にあるから、グローバリズム(あるいは新自由主義)推進を正義としているわけだ。
(以下引用)欧州統合左右、岐路の1年=来春議会選、秋にトップ交代-懐疑派台頭、独仏に陰り




