またしてもブラック飲食、という話なんだが、大学生が4ヶ月も休みなしで働かされたり、20万円もの自腹購入を強いられたというんだが、世間知らずだと見くびられて、こういう事をされるわけです。プロのアルバイターはすぐに共産党に駆け込むので、ブラックでも警戒するw おいらも大学時代、一ヶ月間、一日も休みを貰えず、頭に来てやめようとしたら給料踏み倒されそうになったw まぁ、そういう時は共産党だw「しゃぶしゃぶ温野菜」加盟社が「団体交渉」を拒否、ユニオンが都労委に救済申し立て 会社の経営者って、驚くほど法律を知らないからw 特に労働関係。罰則が軽かったり、ほとんどなかったりするので、無視です。悪人ほど法律を守る、というのはおいらの信条だが、悪人未満のアホが多いw ちゃんと勉強して、早く一人前の悪人になって下さいw |
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大阪府知事選、市長選のW選挙に、なぜ共産党が独自候補を立てなかったのか、不可解である。最初から、勝てる見込みが無い、と踏んだのかもしれないが、自民候補を応援するようでは、安倍政権の応援をしているようなものではないか。
知事選市長選があることはずっと前から分かっていたのだから、なぜ準備を進めてこなかったのか。いつもながら、出足の鈍さ、情勢読みの甘さが嘆かわしい。頭が悪いのでないなら、本気で政治をする気があるのかどうかすら疑われる。阪神球団フロントのように、「優勝などしなくていい。セリーグで巨人のライバルでいるだけで金は入るし、なまじ優勝したら選手給与があがってかなわん」とでも思っているのではないか。つまり、代議士や党幹部でいるだけで満足、なのか。
本当なら、1年以上前から、候補となるべき人物をマスコミに露出させ、大阪W選挙への府民市民の関心を高めておくべきだったのである。そうすれば、分裂騒動で逆風状態の大阪維新など、一蹴できただろう。
すべて、準備が足りない。共産党の中には、社会心理が分かる人間が一人もいないのか。
共産党幹部(共産党だけの問題ではなく、生活の党や社民党も同様だが)には次の英語の諺を進呈しておく。こういうことを続けていたら、党の命運は長くない、と思うがよい。
Time and tide wait for no man.
Opportunity seldom knocks twice.
(以下引用)大阪ダブル選 維新VS非維新「ポスト橋下」激戦 22日投開票
産経新聞 11月9日(月)14時54分配信
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橋下徹大阪市長の任期満了に伴う市長選は8日、告示され、新人4人が立候補を届け出た。4年前と同様、5日に告示された府知事選とのダブル選となり、22日に投開票される。
知事・市長として約8年間、大阪政界の中心にいた橋下氏は12月18日で市長を退任し政治家を引退する見通し。選挙結果は、府政・市政の「ポスト橋下」の枠組みを決めるとともに、新党「おおさか維新の会」の消長にも影響しそうだ。
市長選に立候補を届け出たのは、元衆院議員の吉村洋文(ひろふみ)氏(40)=大阪維新の会公認▽元北区長の中川暢三(ちょうぞう)氏(59)=無所属▽テーマパーク従業員の高尾英尚(ひでひさ)氏(33)=同▽元市議の柳本顕(あきら)氏(41)=同、自民党推薦。
5月の住民投票で反対多数となった「大阪都構想」の新たな設計図づくりや、市政改革、敬老パスのあり方、経済政策などが争点。
第一声で、吉村氏は「維新は政治家のぬるま湯体質を変えてきた」。9日朝は「橋下改革をさらに前に進める。ひざ詰めで粘り強く合意形成し結果を出す」と訴えた。
中川氏は、兵庫県加西市長や大手建設会社でまちづくりに携わった経験をアピール。「政党に所属するだけで経営改革もマネジメントもできない市長ではだめだ」と強調した。
柳本氏は「行政の無駄をなくし、市も変わらなければならない。都構想で市を廃止分割する破壊的な改革から、政令市の強みを生かす未来志向の創造的な改革へ踏み出そう」と語った。
知事選には、元府議の栗原貴子氏(53)=無所属、自民推薦=と現職の松井一郎氏(51)=大阪維新公認=ら3人が立候補。市長選とともに「維新」対自民を中心とした「非維新」を軸に争われる。
維新陣営の松井氏と吉村氏、民主党や共産党なども支援する非維新陣営の栗原氏と柳本氏が、それぞれタッグを組む。投開票日の「いい夫婦(11月22日)の日」になぞらえ、両陣営が知事・市長候補の連携の良さを強調し、府市合わせ(不幸せ)の解消をアピールする一幕もあった。
▽大阪市長選 (届け出順)
吉村(よしむら) 洋文(ひろふみ) 40 大維 新
おおさか維新の会政調会長・弁護士(衆院議員・市議)九大
中川(なかがわ) 暢三(ちょうぞう) 59 無 新
研究所顧問(市区長・兵庫県加西市長・建設会社員)信州大
高尾(たかお) 英尚(ひでひさ) 33 無新
テーマパーク従業員(タイヤ製造会社員)阪大
柳本(やなぎもと) 顕(あきら) 41 無 新
元市議(自民党府青年局長・党市議団幹事長・電力会社員)京大 【自】
〈名鑑の見方〉氏名、年齢、公認政党、現元新の別、肩書(経歴)最終学歴-の順。四角囲み文字は推薦・支持政党。年齢は投票日基準の満年齢。政党略称は、自=自民党▽大維=大阪維新の会▽無=無所属
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「ギャラリー酔いどれ」から転載。冒頭部分は、「マスコミに載らない海外記事」の管理人氏感想である。ポール・クレイグ・ロバーツの記事についての感想だが、その、米国についての記事は割愛した。同志社大学学長選挙の結果の方が、今の私には興味深いので。
メタボオヤジ氏(御自称であるので、失礼ながらそう記す)の言う通り、「民主主義、理性がまともに機能すると、同志社大学長選挙のような結果が出る」である。
さて、近日に迫った大阪府知事・大阪市長選で、「民主主義」と「理性」はまともに機能するだろうか。もっとも、維新の有力対抗候補が自民である、という、「リベラルには択びようがない」情け無い状況のようだが。例の下品なジョークで言えば、「ウンコ味のカレーか、カレー味のウンコか」を選ぶ選択のようなものだ。
(以下引用)
民主主義、理性がまともに機能すると、同志社大学長選挙のような結果がでる。
民主主義、理性がまともに機能しない国政選挙と、結果はえらい違い。
最近珍しく明るい話題。
宗主国においてこの状況。まして、属国においておや。
しつこくくりかえして、名詞を入れ換えておこう。
そのまま通じることが残念だけれども。
洗脳電気箱や大本営広報紙の固有名詞までは置き換えないが、筆者の意見に同意。
日本人は本当に、犯罪者連中が語り、ジャーナリストを装う娼婦連中が
無限に繰り返すウソだけでその基盤が構成されている
警察/スパイ国家に渋々服従するような、全く役立たずの、
従順で自分の意見をもたず大勢に従う連中、腑抜けどもなのだろうか?
もしそうであれば、日本人はもはや、どうでもよい国民であり、
彼らは政府や地方警察によって、どうでも良い人々として扱われ続けるだろう。
◆http://www.asahi.com/articles/ASHC66K87HC6PLZB02Y.html
朝日新聞 2015年11月6日
◎同志社大・村田学長が落選 安保法制肯定に学内から批判
同志社大学(京都市)で6日、任期満了に伴う学長選挙があり、
現学長の村田晃嗣氏(51)が
元副学長で理工学部教授(機械設計)の松岡敬氏(60)に敗れ、
再選はならなかった。
専任の教職員らによる投票だが、票数は明らかにされていない。
村田氏は7月、安保法制をめぐる衆院特別委の中央公聴会で
「中国が力をつけるなか、日米同盟の強化は理にかなっている」と
法案に肯定的な意見を述べた。
教職員有志のグループから「良心教育を基軸とした本学のイメージを大きく損なう」
と指摘されるなど、学内で批判が高まっていた。
新学長は28日の学校法人理事会で正式に決まる。任期は来年4月1日から4年間。 -
「カマヤンの燻る日記」から転載。昨日の続きである。
問題3と4はつまらない設問だと思うが、答えもありきたりな感じだ。で、私が一番興味のある問題2だが、これに対するカマヤン氏の答え(私が赤字にしてある)は見事だ。真実は、まさに、これだろう。
なお、中学や高校での日本史の授業がだいたい明治維新くらいまでで年間カリキュラムが終わるようになっているのは、太平洋戦争突入や、その敗戦について、国民(生徒)の頭に疑問を起こさせ、政治意識を持たせたくないからだ、というのは多くの人が感じていることではないだろうか。
(以下引用)2015-11-08
■[雑記]日本の教育行政はそもそも何を目的としているのか・2


http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20151106/1446820804 の続き。
現時点で
http://watto.hatenablog.com/entry/2015/11/07/233134
http://www.ugo-butsu.com/2015/11/post-5713.html
http://d.hatena.ne.jp/jo_30/20151108/1446983360
という反応をいただいている。
1
まず自己ツッコミとか。「藩校」ってどうなるんよ? というツッコミをいただきましたが、
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kamayan/20151106/1446820804
nanae_ll 本題とは関係ないけど藩校は身分制ゆえに私塾の扱いなのかしら
俺もそう思いました(後出しジャンケン)が、俺は藩校って内実を知らないので。俺の回答へはそういう反証があります、までにしておく。
徳川幕府に知性で対立しようとした藩に藩校があったんだろうなあと思うけど。ちなみに山梨県には藩校はございません。ウチの地域は長男には学歴を付けません、土地と家があるから。次男以降に財産のある家は学歴を付けさせます。という因習が。
2
試験テクニック的には、こういう設問には、頭から回答してはダメで後者から回答するのが得点を稼ぎ易い(正確には解答しやすいところから解答しろ)という技もあるので、後ろの方から回答を再度試みてみます。
3
<試験に絶対出る教育問題>
以下の問題に答えよ。制限時間なし
.
1 欧米に日本のような予備校や塾はない。
なぜ日本ではダブルスクール化が進んでいるのか。
2 社会に出て必要な「法律」も「経済」も教科にないのはなぜか。
3 「受験」と「教育」と「学問」の違いについて述べよ。
4 「受験秀才」とは揶揄か褒め言葉か。その理由も述べよ。
4について。
「学歴貴族」という集団がありまして。「学歴貴族予備軍」への揶揄が「受験秀才」という言葉だと思われます。
3について。
3-1;「受験」は「学歴貴族」の認定テスト。東アジア史の伝統上「科挙」試験を模範とする。
東アジア社会の悪しき伝統により、「科挙」より程度が悪く、原則的に一生に一度しかチャレンジできない。
チャレンジできる回数が少なくなるほど、階層の固定化にはより有利に働き、縁故社会・身分制社会の際清算にはより有利に働く。AO入試は縁故受験の別名であり、そこから小保方晴子のような人材も輩出される。
学校としては生徒より生徒の保護者が資産家であるかどうか、上層階層であるかどうかのほうが重要であり、できるだけ資産家・上層階層の子弟を入学させたい。
3-2;「教育」は「調教」である。
ある刺激に対して特定の反応を示すよう調教することが原則的な意味での「教育」である。
「ある刺激」と「特定の反応」への普遍性の度合、深度は、社会と時代によって規定される。
最も重要であると思われる調教へ対してはあらゆる手段が用いられるが、教員・保護者・生徒・地域社会・政府・文部省が同時に最も重要だと合意できることは意外に少ない。少なくとも「知識を与えることが最も重要だ」とは彼らのうちだれも考えていない。「実直な精神を刷り込むこと」が最も重要だという合意はなんとなくとられるので、10段ピラミッドのような児童虐待「感動ポルノ」は温存される。
3-3;
中世欧州社会において「学問」は僧侶の独占物だった。
「科学革命」以降、18世紀産業革命を経て20世紀初頭まで、たまたま、より学問的に優れた国家が世界を席巻するという競争的状況が生まれ、国家が学問を支援した。
21世紀以降、どこの国も「もうこの辺で格差固定しようぜ」と方針転換したので、20世紀前半程「学問」に国家は価値を置いていない、と、俺は感じる。
2について。
文部省はきっとこう言う。「公民」や「現代社会」という教科で「法律」も「経済」も教育している。
60年安保から70年安保にかけての学生運動により、「法律」や「経済」を教科として理想主義的に教育すると政府がやばくなると日本政府は経験的に感じ(その頃に「法律」「経済」という「教科」が高校までにあったわけじゃないけど)、深い知識をできるだけ大衆に与えないよう方針づけたというのは考えられる。
根っこには日本の「ナショナリズム」は、既存上流階層が自分の地位を温存させるための「公定ナショナリズム」http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20060220/1140368017を国民へ「教育」しようとし(調教であるから知的にはブレーキがかかるよう設計されているhttp://d.hatena.ne.jp/kamayan/20051214/1134509973)、国内の平等と公正を要求する意味での民族ナショナリズムが育たないよう設計され、それが戦前からの日本における社会科学の教育での貧弱を規定している。
-
「阿**」から転載。
ユダ金支配の米マスコミすら、辺野古新基地についてこのような論説を書いているのは、辺野古新基地建設が、日本政府と米国政府内の一部の好戦派(ネオコン勢力)の意思によるものだ、ということの証明だろう。
米国政府は、日本政府がタダで基地を建設してくれるから、それを喜んで受け入れているだけのことである。米国の国民感情から言えば、日本内の米軍基地など、米政府にとって余計な軍事費負担になるから、全部引き上げてもいいくらいのものだろう。基地所在地の住民に迷惑がられているという想像もしていないのがほとんどではないか。
沖縄県民にとっては、このままだと未来に予想される日中戦争の最前線にさせられる、という馬鹿げた結果しかもたらさないのが沖縄の米軍基地であり、自衛隊基地である。
一部の人間が得るわずかな目先の利益などで沖縄県民全体の命を危険にさらすわけにはいかないのは当然だが、一つ言いたいのは、辺野古新基地だけに問題を矮小化してはならない、ということだ。いずれは沖縄内のすべての米軍基地と自衛隊基地を撤去させるのだ、という意思を沖縄県民は明確にする必要があると思う。そもそも、憲法9条の下で、軍事基地が日本国内にあること自体が欺瞞なのである。基地問題は沖縄だけの問題ではない。
では、軍隊無しに国家の存続は可能なのか、という「耳タコ」の議論については、可能だ、と私は何度も書いてきた。国とは政府ではなく、国民のことなのである。
軍隊があろうが無かろうが、戦争を意図する者の前では戦争は不可避なのであり、戦争になれば勝とうが負けようが民衆は悲惨な目に遭う。最初から降伏した方が、民衆の生命保全のためにははるかにいい、と私は思っている。敗戦でデメリットを受けるのは一部の上級国民だけである。
前の太平洋戦争で日本が負けたのは、日本の国民全体にとっては史上最大の幸福だった、と私は思っている。
軍事に頼らない世界政治戦略というものを考える政治家がそろそろ出てきていい頃である。米国の軍事中心の世界覇権思想が欧州や中東で破産しつつある現状を見れば、戦争で金儲けをする思想そのものが世界中で明確に否定される日は近い、という気がする。要するに、ネオコンも新自由主義も近いうちに時代遅れの存在になるだろう。それと共に、ジャパンハンドラーズも日本政府の上級官僚も勢力を失うわけである。
(以下引用)
米ニューヨーク・タイムズ紙社説/沖縄新基地 「沖縄県民の意志否定」/日米両政府の民主主義が試されている
http://www.asyura2.com/15/senkyo196/msg/157.html投稿者 gataro 日時 2015 年 11 月 06 日 09:30:25: KbIx4LOvH6Ccw
11月4日付の米ニューヨーク・タイムズ紙社説(電子版)は、沖縄県名護市辺野古沖の米軍新基地建設問題で日米両政府は“Denying the Will of Okinawans”(=「沖縄県民の意志を否定している」)と論じた。
同社説は辺野古での新基地建設をめぐる20年間の経過を紹介するとともに、県民の反対世論について解説。翁長沖縄県知事が圧倒的県民世論の支持を背景に先月、前知事による辺野古埋め立て承認を取り消したにも関わらず、日本政府はそれを無視して新基地建設工事を強行しようとしていると指摘した。
同社説はまた、「沖縄県民の怒りの核心は日米両政府による権利の大侵害」であると指摘し、「日米両政府が平和・人権・民主主義を守る国家である」かどうかが問われていると論じた。
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The Opinion Pages | EDITORIAL
Denying the Will of Okinawans
By THE EDITORIAL BOARD NOV. 4, 2015
http://www.nytimes.com/2015/11/05/opinion/denying-the-will-of-okinawans.html?_r=0
Elderly Okinawans trying to block the planned expansion of a U.S. military base last month.Kyodo/Reuters
Japanese police officers in riot gear are dragging away grandparents; protesters are linking arms and lying down in front of military trucks. A local mayor is accusing the central government of lawlessness, and a governor is denouncing “iron-fisted rule” from Tokyo.
That is the tense and ugly situation in Okinawa, where an old battle is intensifying over Japan’s plan, hatched with its strategic partner the United States, to vastly expand an American military base over the long-held, impassioned objections of Okinawans.
For 20 years the American and Japanese governments have been trying to close a Marine base in crowded Ginowan, a city on Okinawa’s main island, and to build a bigger one in a northern, less populated area, Henoko Bay. Okinawa, the poorest and most put-upon of Japan’s prefectures, has long chafed under the American military presence, and many Okinawans argue that the Henoko Bay plan perpetuates their burden. They say it will just shift the dangers, noise and environmental degradation of militarization to another part of the island. They are particularly alarmed at the plan to build giant runways on landfill dumped into a pristine ocean bay, home to coral reefs and an endangered population of a manatee-like creature, the Okinawan dugong.
Okinawa’s governor, Takeshi Onaga, last month revoked permission for construction. The central government ignored him and on Oct. 29 began building a work area for the landfill project. As Mr. Onaga vowed to continue resisting Tokyo, the protesters clashed with the police.
There is a great injustice at the heart of the Okinawans’ resentment. Japan wants the security of America’s military presence, but it wants Okinawans to pay for it. This has been true since the end of World War II, when the bloodiest battle of the Pacific war left Okinawa shattered and a quarter of its civilians dead. It was the only part of Japan invaded and occupied by Americans, who never left. Okinawa, which is less than 1 percent of Japan’s land mass, has more than half of the 50,000 American military personnel in Japan. The island is choked top to bottom with military bases — built on land seized from Okinawans — and the problems that come with war machinery and troops: noise, deadly accidents and assaults against women by American troops.
Japan and the United States see themselves as nations committed to peace, human rights and democracy. Those claims have been tested by the failure to resolve the Henoko standoff.(追記)琉球新報社説にこういう記事があったようだ。さすがに、沖縄の人間は政府というものの正体、戦争というものの正体をよく知っている。戦争が起これば、「非暴力・逃げる・降伏する」の回答が合わせて64%、これはおそらく日本中で最も高い「平和主義・非戦論」の割合だろう。これを「お花畑」と言う連中こそ、洗脳され、頭が硬直しきっている。国(政府)は国民を守らない、というのはフクシマ以来だけでもどれだけ思い知らされてきたか。それでも上級国民のために銃を取って戦う、という阿呆は阿呆たちだけで勝手にやれ、である。<社説>戦後70年世論調査 民意の重みを政治に生かせ
2015年7月23日 06:01共同通信社が5~6月に実施した戦後70年世論調査で、国民の多くが平和憲法の存続を願っていることが鮮明になった。安倍晋三首相はこの結果を真摯(しんし)に受け止め、憲法を破壊する安保法案の成立を断念すべきだ。
憲法を「このまま存続すべきだ」は60%で、「変えるべきだ」の32%を上回った。戦後50年を控えた1994年7月の日本世論調査会の調査では「このまま存続」は55%、「変える」が34%だった。
護憲と改憲の差は約20年で21ポイントから28ポイントに広がった。国民の護憲の意志がさらに強固になったといえる。安倍政権の安保政策によって、憲法の「戦争放棄・平和主義」がクローズアップされ、その重要性を国民が認識した表れである。
仮に外国が日本を攻撃してきた際の対応を聞いた設問では「非暴力で抵抗する」が41%で最も多く、「武器を取って戦う」の29%を12ポイント上回った。「逃げる」16%、「降伏する」7%を合わせると、非交戦派は64%に上る。安倍政権が目指す「戦争のできる国」を国民は拒否していると見るべきだ。
将来、日本を巻き込んだ大きな戦争が起きる可能性については「大いにある」12%と「ある程度ある」48%を合わせ、60%が「ある」と回答した。集団的自衛権行使に突き進む安倍政権の安保政策への危機感を反映した結果ともいえよう。
戦後70年首相談話に、植民地支配と侵略への「おわび」の言葉を盛り込むべきだとの回答は67%を占めた。安倍首相は侵略を明確に認めた上で謝罪すべきだ。
政府が強行する米軍普天間飛行場移設には「工事を中止し、沖縄県側とよく話し合うべきだ」が48%で最多だった。「沖縄県内への移設はやめるべきだ」の15%を合わせると、63%が政府方針に否定的である。
安倍政権は新基地建設計画に国民の理解が得られていないことを踏まえ、計画を撤回すべきだ。
報道各社の世論調査で不支持が上回ったことなどを受けて、安倍首相は「支持率のために政治をやっているわけではない」と述べている。よもや民意に背くことが政治だと考えているわけではあるまい。
民意の重みを政治に生かすことが今こそ求められている。安倍首相はそのことを深く認識し、行動に移すべきだ。 -
「カマヤンの燻る日記」から転載。
1よりも2の方がはるかに面白い問題だと思うし、4などは聞くだけヤボ、という感じもするが、こういう問題を徹底して考えることで、教育問題に限らず日本社会の実相が見えてくるだろう。ぜひ、選挙権年齢引き下げを期に、全国の高校生に、まずこれらの問題を考えてもらいたい。
(以下引用)2015-11-06
(追記)同記事コメント欄で見た、一読者による別解答も転記しておく。「科挙」にこだわりすぎで、同問題への解答としては中途半端に思えるが、示唆的な部分もあると思う。なお、まったくの余談だが、私はここで言及されている藤沢周平の「サラリーマン的時代小説」を好まない。時代小説の一番の特質であるべき華やぎや爽快感がゼロだ、と思う。サラリーマン時代劇ではなく、「政治的時代劇」では、松本清張の長編時代劇小説が、実は非常に面白い。私は彼のリアルな(暗い)現代小説はあまり好きではないが、時代劇小説だと、現実(現代という時代による縛り)から離れていても当然、という心理が読者にも作者にもあるせいか、小説世界にすんなり入れて、面白さも倍増するのである。■[雑記]日本の教育行政はそもそも何を目的としているのか




1
俺の友人がこんなことを述べた。
<試験に絶対出る教育問題>
以下の問題に答えよ。制限時間なし
.
1 欧米に日本のような予備校や塾はない。
なぜ日本ではダブルスクール化が進んでいるのか。
2 社会に出て必要な「法律」も「経済」も教科にないのはなぜか。
3 「受験」と「教育」と「学問」の違いについて述べよ。
4 「受験秀才」とは揶揄か褒め言葉か。その理由も述べよ。
俺は以下のように返答した。
2
1については実際のところそうなんですか? 何かデータと言うか根拠ありますか? 仮に本当だとしたら、
1-1 日本の学校は思想の左右を越えて「学校は『実直な精神』を刷り込むところである」という前提があり、知識を得るところだという合意がそもそもなく、知識を得ることだけを目的とした塾の需要が喚起された。
ということじゃないかな。
日本の文部省と日教組は日本国内で最も仲の悪いイデオロギー集団で、文部省は日教組を疲弊させるために教員を雑用でいっぱいいっぱいにさせる政策を長年とってきたので、教員が教育にエネルギーをほとんど残していない状況があり、知的教育については塾が代替するという傾向は55年以降はあったかなと思います。
上記問題を解決する一番簡単な方法は、発展途上国的官庁であるところの文部科学省を解体することもしくは文部科学省による学校干渉を全面禁止にすることであります。アメリカの教育もけっこう糞だがアメリカの教育の方が日本よりマシなところはアメリカには文部省がない点だとはよく言われるところであります。
とはいえ塾は戦前から日本では盛況でありますから、知識を公教育だけからではなく民間産業から得ようとするのは「日本の文化」かもしれません。それへの評価は色々だけど。
戦前から塾産業が盛況なのは、日本の「学歴」が「科挙」の伝統を踏襲しているので、「科挙」は私塾が教育するのが常態だったから、公教育のほうがむしろ東アジア教育歴史においてイレギュラーだったという見方もできます。
「科挙」の伝統は日本には実際のところなかったので(中国韓国と、この点が日本は違う。)日本においては知識を得るというのは、私塾の「寺子屋」と、「お旦那が芸事を学ぶ」という二つの伝統だけがあり、私塾は日本の伝統に沿い、公教育は靖国神社信仰と同じ程度の普及度合いしかないのではないかという見方もできます。伝統としての長さも似たようなもの。立身出世の手段としての学問というのは明治期から現代に至る比較的最近の、歴史の浅い風潮であります。
日本においては明治期から90年代くらいまでが例外的に学問による立身出世並びに学問によって世界に肩を並べるのが国益に適うという価値観が共有されていた時代で、1920-1945並びに2010年代以降は「日本は身分制国家であり身分を固定することが政策の第一義である、それが日本の伝統である。ついでに言うと日本は欧米や中国みたいには知性を尊敬なんぞしていない。知性は『お旦那』の手遊びであり社会を動かすのは血統である」というのが「日本の伝統」主力価値観となっているというのが俺の感覚であります。
知力を以て世界と伍すという発想があったら安倍晋三が総理大臣になんてならない。
日本の教育行政は、高卒以上の学歴者を殺害したポルポト政権の政策が精神的に近似していると昔から思っているんだが、どうなんだろうね。あと思想統制の歴史伝統をガッツリ持っているロシア・ソビエトの教育政策とも近似しているんじゃないかなあと最近思うけどそっちはポルポト以上に知らないので、どうなんだろうね。
kamayan さんのところ(d:id:kamayan:20151106)で、面白そうなお題を見かけた。
<試験に絶対出る教育問題>
以下の問題に答えよ。制限時間なし1 欧米に日本のような予備校や塾はない。
なぜ日本ではダブルスクール化が進んでいるのか。
2 社会に出て必要な「法律」も「経済」も教科にないのはなぜか。
3 「受験」と「教育」と「学問」の違いについて述べよ。
4 「受験秀才」とは揶揄か褒め言葉か。その理由も述べよ。設問の前提となる事実関係に検証の余地は大いあるが、今はさて置く。
kamayan さんの回答も面白かったが、できればいろんな違う人のいろんな別々の意見も読んでみたいと思った。隗より始めよってことで、私なりの意見を書いてみる。
kamayan さんのエントリーでも言及されている科挙は、近代以前の中国だけではなくベトナムや朝鮮でも実施されていたが、なぜか日本では採用されなかった。
科挙に関する私の知識は、宮崎市定の有名な本を一冊読んだ範囲を出ないことを断ったうえで、科挙制度が設立当初の意図はともかく制度末期の中国清朝においては、事実上「愚民化政策」としてしか機能していなかったことを指摘したい。四書五経を丸暗記するという猛勉強と天文学的な競争率を勝ち抜いて高級官僚に登用された秀才たちが、西洋列強の進出という国難に際してありえへん無能を晒したエピソードは枚挙にいとまがない。阿片戦争においてイギリス軍の砲撃の正確さに驚いた官僚が「あれは魔術に違いない」と判断し、「魔術を打ち破るには穢れを使うのが一番だ」と「おまる」を並べた話とか(おっとこれは宮崎市定じゃなくて陳舜臣の本に出てきたんだったかな?…今調べました。講談社文庫版『中国の歴史(七)』P119です)。
ではなぜ日本では科挙が用いられなかったか? 諸説あるが、幕府が中央政権の体をなしていなかった室町以前はガン無視するとして(ほんの一例だが、応仁の乱前夜の大飢饉に対する室町幕府の無能無策は、ひどいよ。一言でいうとなんもせんかった)、私は司馬遼太郎を援用して江戸期には科挙を用いなくても別の愚民化政策が機能していたという説を提示したい。司馬によると、いわゆる三英傑のうち、信長、秀吉は剣術の価値に重きを置かなかったという。集団戦において、個々の戦闘力の影響は限定的と判断したのだろう。一方、家康は尚武を唱え剣豪を重用した。それによって江戸期の剣術、剣道の空前の隆盛が現れたという。家康が信長秀吉の判断を知らなかったわけがあるまい。この感情的には大っ嫌いだがその偉大さは認めざるを得ない王朝創業者の、とにかく「人が悪い」としか言えない他の諸政策と併せて鑑みると「賢くなると困るからチャンバラでもやらせとけ」と邪推するしかないのである。
しかもその効用がゼロじゃない、どころか大ありだから、さらに始末が悪い。江戸時代は「自力救済」の時代だったのだ。藤沢周平の諸作品は愛すべきものだが、読者は「もし悪い奴が勝っていたら?」との想像はしてみるべきである。相手方にもぜってー言い分はあるから、多分まったく違うドラマができるんじゃないかな?
近世において日本も列強進出の危機にさらされると、そうした政策をとり続けることはできなくなる。近代化が迫られるわけだが、ここで現れたのが「実学」に対する重視あるいは偏重であって、それは「追いつき追い越せ」の時代、kamayan さんのエントリーでいう「明治期から90年代くらいまで」のまさに「例外的に」幸福な時代においては、それに対して「価値観が共有されて」いて誰も疑問を差し挟まなくてもよかったかも知れないが…
今や「実学偏重」は、かつての「科挙」や「剣術」のように、愚民化政策の道具としても使用できる、ということを認識しなければならない時代になりつつあるんじゃなかろうか?
あちこちの ブックマークコメントに “米欧流の学校教育は「根拠を挙げて自分の主張を述べるトレーニング」を小学校から大学までずっとやる。だから日本人が一対一で議論するとたいてい負ける。” という意味のことを二~三度書いた。私の体験は英会話スクールのネイティブ講師相手くらいではあるが、活字やネットで読むことと体感がよく一致はしている。
私が議論で負けるくらいならいい。国を動かす政治家や官僚までもが、学校教育でディベートやディスカッションによる思考トレーニングを重ねる経験を欠くことが、昨日のホッテントリに上がったコレのような目を覆いたくなるニュースにつながっているんじゃないだろうか?
あと、先週のコレとか。
別記事だったがブコメに「やってることが幸福の科学と変わんねーぞ」と、このリンクを貼ったんだった。
どれも言っちゃ悪いが、超難関科挙に合格した優秀な官僚が、大真面目に艦隊砲撃の前におまる並べるレベルだとしか思えないが、どうしてこうなった?
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労働者の駆け込み寺としての共産党、というのはいい事である。現在のように非正社員が4割を越し、やがては正社員の方が珍しい存在になるのもほぼ確実な状況では、労働者を守ってくれる存在が絶対に必要だ。
ブラックバイトだけに限らず、貧困学生(貧困家庭)の支援とかいった地道な人権擁護活動をしていけば、潮が浜辺を浸していくように、共産党アレルギーの社会風潮もだんだんと変わっていくだろう。
ところで、「播州武侯祠遍照院」の記事の中に、「団塊世代の特徴」というのがあったが、その政治姿勢に関する部分が、私の知っている人々とぴたりと一致している。それは私の職場の同僚たちで、はっきり言って、最低賃金で雇われているような、社会の底辺の人間(ただし、前職ではそうでもないのかもしれない)と言えるはずなのだが、それがまさに
その言論の特徴は、特に悪口が、学歴コンプレックスから「サヨク呼ばわり」や反中、反ソ連、反共産党、アジア蔑視で成立している。そして異常に金儲けに固執している。
なのである。これは何なのだろう、といつも思う。政治姿勢以外は、ごく善良な人々なのだが、政治的には「反左翼、反中、反ソ、反共産党、アジア蔑視」であるのはだいたい共通している。そういう人々が、長い間の自民党政権や、今の安倍政権の屋台骨を作ってきたのだろう。
つまり、彼らにとっては「自民党=自分」なのだろう。自民党を否定することは、「自民党の作った社会の中で生きてきた(あるいは成功してきた)自分」を否定することと同じだと無意識に思っているのではないか。これは、ほとんどカルト宗教の信者である。宗教だから、理屈ではなく感情で動き、それに屁理屈を後でつけるだけである。(団塊世代が「異常に金儲けに固執している」、というのは政治と無関係に見えるが、実は「共産主義=金儲けの否定」だと彼らには思われているのだろうから、実はここに彼らの、あるいは大衆一般の最大の「反左翼」心理の原因があるのではないか。社会の底辺の人間や貧困層が反共産主義なのは奇妙な話なのだが、彼らも金は欲しいから、金儲け否定の思想は大嫌いなのだろう。)
彼らが「安倍総理は頑張っているなあ」などと発言をするのを聞いているこちらは、どういう顔をすればいいのか、困ってしまう。私は紳士(と言うより、争い事の大嫌いな、ジェントルな軟弱者・弱虫)だから、反論などしないが、こういう「空気を読んだ沈黙」が、彼らのような「大勢に従う、声の大きい人びと」の声をなおさら大きくしていくのだろうな、と思う。まあ、黙って選挙の時には野党(本物の野党)に票を入れるしかない。
(以下引用)ブラック企業認定おめでとうございます
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まあ、これだけ謝っているのだから、許したい気持ちはやまやまだが、シンゾーが停まるまでは、許さないほうが日本のためだろう。死んで護国の鬼となれば「愛国者」として本望ではないか。靖国(海外では「戦争神社」とされている。)に祭られるには戦争で死ぬ必要があるが。
(以下「阿**」から引用)
「アベ政治を許さない」キャンペーンで「安倍政治(あべまさはる)」さんが傷ついている。本人が土下座で登場!
http://www.asyura2.com/15/senkyo196/msg/140.html投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 11 月 06 日 00:00:06: igsppGRN/E9PQ 「アベ政治を許さない」キャンペーンで「安倍政治(あべまさはる)」さんが傷ついている。本人が土下座で登場!
http://netgeek.biz/archives/55393
Gil Pender 2015年11月5日 netgeek安倍政治(あべまさはる)と名乗る人物がTwitterに現れ、政権批判によっていわれのない誹謗中傷を受けているという嘆きを投稿している。誰もがジョークだと分かるものだったが、Twitterでは1万回近くシェアされ大きな話題になっている。
安倍政治さんが投稿しているちょっぴり笑えるブラックジョークをご覧あれ!
▼安倍政治さんの初めての投稿。土下座のアイコンで突如として現れた。


▼両親も息子が悪い事をしたのではないかと気が気でない…。

▼街では「終わらせる」という脅しを受け続ける…。

▼街中に恐ろしい張り紙をされるのは日常茶飯事だ。


▼洗脳された小さな子ども達も安倍政治さんを目の敵に…。


▼もはや、彼の心が休まる場所はこの世に存在しない!


もちろん、これらの投稿はジョークの可能性が極めて高い。しかし、もし自分が「安倍政治」という名前だったらと考えると、ぞっとする現実なのではなかろうか。もしかすると、安倍晋三首相には世の中がこのように見えているのかもしれないということで、一部の人達には行き過ぎた政権批判が安倍首相個人への誹謗中傷になっていないか考え直してもらいたい。
こんな嫌われ者の安倍政治さんのことが、それでも好きだという人は温かい言葉を投げかけてほしい。

(追記)同じく「阿**」より。「安倍政治を許さない」のプラカードやポスターは、案外世間に溢れているようだ。安倍まさはるさんが嘆くわけである。(笑)
「アベ政治を許さない」集会に街宣右翼17台 参院選後はこうなる(田中龍作ジャーナル)
http://www.asyura2.com/15/senkyo195/msg/869.html投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 11 月 03 日 19:00:05: igsppGRN/E9PQ
「アベ政治を許さない」集会に街宣右翼17台 参院選後はこうなる
http://tanakaryusaku.jp/2015/11/00012322
2015年11月3日 18:17 田中龍作ジャーナル
『アベ仮面』の向かって左手のプラカードには「アベ、デギャージュ(失せろ)」。=3日、国会正門前 写真:筆者=「全国一斉アベ政治を許さないポスターを掲げよう(呼びかけ人:澤地久枝さん)」と「国会開けデモ」(主催:NO WARデモ実行委員会)が、きょう、同時開催された。場所は国会正門前だ。
集会が始まると間もなく、街宣右翼が17台もの車両を連ねて押し掛けた。右翼はスピーカーの音量を一杯に上げてガナリ立てた。
「抑止力を持つために安保法制があるんだあ。誰が守るんだあ」。安倍首相らが国会答弁で使っていたのと同じフレーズだ。
集会の進行係の女性が眉間にしわを寄せながら語った。
「(集会を)評価してくれたんだ。イヤなんでしょうね。司令を出している人、どこかで糸を引いている人は、普通の人が集まっているのがイヤなんでしょうね」。

街宣右翼が大編隊で押し掛けた。いくら費用がかかっているのだろうか? 誰が出しているのだろうか? =3日、右上に国会議事堂の尖塔 写真:筆者=いわゆる左翼のデモ集会に右翼が妨害に来ることはよくある。だが普通のオジサン、オバサンたちが主催する集会に、右翼が大編隊を組んで“ 襲撃 ”してくるのは珍しい。
彼らは計ったように1時間で退散した。ネトウヨが経産省前の脱原発テントに嫌がらせに来て、2時間でいなくなるのと似ている。 “時給” なのだろうか、つい勘繰ってしまう。
野党の体たらくに乗じて右翼政権が猛威をふるえば、街宣右翼もはしゃぐ。
来夏の参院選後に到来するであろう光景を見た思いがした。
~終わり~
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筆者の渡辺千賀という人自身、ユダ金の下っ端という感じもあるから、下の記事をあまり本気にする必要もないと思うが、いわゆる「大企業病」あるいは「大組織病」の一端は描かれてはいるのではないか。ただし、それを「CIAのスパイマニュアルに学ぶ」などと殊更に言うあたりも、実に「私はプロだから、こんな文書にも目を通しているのですよ」という自己宣伝臭が漂っている。筆者はマッキンゼーの出身らしい。いわゆる「経営コンサルティング」の会社だ。
さて、下に書かれた「大組織病」は、しかし、本当に組織にとって有害なものばかりだろうか。
筆頭に書かれた、
「注意深さ」を促す。スピーディーに物事を進めると先々問題が発生するので賢明な判断をすべき、と「道理をわきまえた人」の振りをする
は、後の事項がすべて組織を劣化させるものであるために、これも組織を悪化させるもののように見えるし、この文の中にも「……と『道理をわきまえた人』のふりをする」と書かれているために、この行為自体がサボタージュ行為、組織悪化工作行為のように見えるが、はたして
「注意深さ」を促す。スピーディーに物事を進めると先々問題が発生するので賢明な判断をすべき
というのは組織の足を引っ張る行為なのか。
もちろん、組織発展のためにはスピードが優先される時期もあるだろうが、拙速のあまり、大失敗をすることも多いのではないか。まあ、「考えても失敗する時は失敗する」という覚悟があり、「部分的失敗も計画全体の中に織り込み済み」という大戦略があれば、それはそれでいいが、「絶対に失敗できない案件」を拙速的に進めるとどうなるか。
それは、今の日本政府のすべての政策が示している。
(以下引用)CIAのスパイマニュアルに学ぶ「会社をダメにする11の行動様式」

第二次世界大戦時のCIAの秘密資料。題してSimple Sabotage Field Manual。要は、敵国内のスパイが、組織の生産性を落とすためにどのような「サボり」ができるか、という「サボり方ガイド」である。2008年に公開された。(なお、正確に言うと、CIAの前身組織、Office of Strategic Servicesの作成文書である。)以下、一部を抜粋した意訳です。本文は意訳の後に。
- 「注意深さ」を促す。スピーディーに物事を進めると先々問題が発生するので賢明な判断をすべき、と「道理をわきまえた人」の振りをする
- 可能な限り案件は委員会で検討。委員会はなるべく大きくすることとする。最低でも5人以上
- 何事も指揮命令系統を厳格に守る。意思決定を早めるための「抜け道」を決して許さない
- 会社内での組織的位置付けにこだわる。これからしようとすることが、本当にその組織の権限内なのか、より上層部の決断を仰がなくてよいのか、といった疑問点を常に指摘する
- 前回の会議で決まったことを蒸し返して再討議を促す
- 文書は細かな言葉尻にこだわる
- 重要でないものの完璧な仕上がりにこだわる
- 重要な業務があっても会議を実施する
- なるべくペーパーワークを増やす
- 業務の承認手続きをなるべく複雑にする。一人で承認できる事項でも3人の承認を必須にする
- 全ての規則を厳格に適用する
以下本文。
- Advocate “caution.” Be “reasonable” and urge your fellow-conferees to be “reasonable” and avoid haste which might result in embarrassments or difficulties later on.
- When possible, refer all matters to committees, for “further study and consideration.” Attempt to make the committees as large as possible – never less than five.
- Insist on doing everything through “channels.” Never permit short-cuts to be taken in order to expedite decisions.
- Be worried about the propriety of any decision – raise the question of whether such action as is contemplated lies within the jurisdiction of the group or whether it might conflict with the policy of some higher echelon
- Refer back to matters decided upon at the last meeting and attempt to re-open the question of the advisability of that decision.
- Haggle over precise wordings of communications, minutes, resolutions.
- Insist on perfect work in relatively unimportant products.
- Hold conferences when there is more critical work to be done.
- Multiply paper work in plausible ways.
- Multiply the procedures and clearances involved in issuing instructions, pay checks, and so on. See that three people have to approve everything where one would do.
- Apply all regulations to the last letter.
大企業病
大企業は多かれ少なかれ世界中こんなものではある。(どれくらい多いか少ないかが重要ではあるのだが)。
なお、日本企業については「古来からずっとこうだった」と思っている人も多いと思うが、1960年代、70年代は全然違ったみたい。今70代くらいの人が若かった時代だ。
そもそもその頃は、日本を代表する大メーカーでも平均年齢が20代だったようだ。今では巨大企業になった全国小売チェーンでも、当時は20代の人が「毎週1店舗」という勢いで新店舗を開店させていた、という話をご本人からきいたこともある。(なお、この方は過労で全部歯が抜けて、20代で総入れ歯になってしまったそうだ。)
私が昔働いていた商社も、商社の中では最も官僚的という譽れが高い。しかしそれでも高度成長期には「行きたい国に出張に行ってこい」という上司がいて、その部署ではみんな好きな国に行っては何か新事業ができないか考えていた、とか。今となっては数人がかりでプロジェクトを実施するのが当たり前の海外のプラント建設でも、当時は20代が1人で同時に3つ進めていた、とか。
その頃は、「今の大企業」がまだそこまでの「大企業」ではなかったからできたことではあるし、当然あちこちで無茶苦茶なことが起こったようだが、それでもとにかく前に進む勢いでなんとかなっていたらしい。
急成長期の会社というのはそういうものですが。
(なお、CIAの文書はCIAサイトで公開されています。PDFリンク)
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解説も感想も不要だろう。
自分で自分の両手両足を縛って首吊り自殺しろ、と言われるようなものだ。(笑)
(以下引用)
グレイス@冬コミ委託先募集 @Grace_ssw総務省「マイナンバー作ったで! 他人に教えんようにな!」 会社「マイナンバー教えろ」 視角障害者「点字無いからマイナンバーわかんないお(´・ω・`)」 総務省「誰かに読んでもらって!」 これだけでドンだけ破綻したガバガバ制度か解る
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孔徳秋水さんは、時々、私の心の琴線に触れる言葉を書くから、その民衆侮蔑や、「天皇陰謀論」には辟易しながらも、彼のツィートは私にとっては有益な思索のネタになる。
下の、一連のツィートもその一つで、私もまったくその通りだと思う。天皇(制)を支持する私ではあるが、天皇の起源を言えば、あらゆる政治権力同様、「勝者が戦利品を維持し、さらにそれを肯定、正当化するために、武力による威嚇とイデオロギーを……利用して」作ってきたものだろう。(「諸刃の剣として」という比喩は、「相手だけでなく、自分にも害を及ぼす可能性のあるもの」という意味で使うのが普通だろうから、ここでは不適切かと思う。)
しかし、私は、「権力は存在せざるをえないものだ」と思う。ならば、それが「良い権力の使い方」であるかどうかだけが問題なのであり、権力の行使によって人民が全体として平和と安寧と一定の幸福を得られるならば、その権力者は全否定されるべきものではない。天皇(制)を否定する者が否定している天皇(制)とは、おそらく明治から太平洋戦争までの「神格化された天皇」ではないか。
それは、「日本国憲法」発布によって、とうに終わった話ではないか。ならば、「現在の天皇(制)」つまり「象徴としての天皇」を否定するのはなぜなのか。
おそらく、現在の日本国民の大多数は、「権力を持たない天皇なら、いてもいなくても構わないだろう。ならば、天皇家維持のために無駄な税金を使うより、象徴天皇制も無くしてもいいのではないか」という程度にしか考えない人も多いのではないか、と思う。
だが、はたしてそうだろうか。
日本の歴史は天皇とともにあったことは疑いようのない事実だ。仮に、日本という国の文化や伝統に日本人としてのアイデンティティを持つのであれば、天皇(制)を無くしていい、という発想は出て来ないだろう。無くすのは一瞬でできる。だが、それは2000年近い日本の歴史を捨てることに等しい、と私は思う。その後にできるのは、「新日本人」になるだろう。
では、その「新日本人」とはどんな存在なのか。私には、文化的な根を持たない、「カオナシ」(「千と千尋の神隠し」)、つまり、欲望のみを動機とし、金を生存手段として利用するだけの異様な生物しか生まれないのではないか、としか思えない。日本に根が無いから、能力しだいではどこへでも行ける「国際人」にはなるだろう。だが、世界中に「カオナシ」がはびこった社会とは何か。そんな世界では、新しい、より悪い「強者による弱者の搾取」が行われるだけのことではないか。もちろん、搾取される側も「小カオナシ」である。虫と虫が食い合う社会だ。
日本の文化の中に育つからこそ「もののあはれ」を知る日本人になるのである。そして日本の文化の根には天皇という存在がある。
話が散漫になったが、人間は「過去に吸収した情報の集積体」であり、日本人としての教育や環境(特に言語的環境)を受けて育つから日本人になるのである。歴史もその情報の一つだ。歴史は、我々の体の中に存在し、現在の自分を形成しているのである。我々は突然に大人としてこの世に生まれたわけではない。文化的環境によって日本人になるのである。その意味では、安倍政権による歴史教育改悪は、これもまた日本を「神格化天皇」の時代に戻そうとする犯罪的行為だが、天皇(制)そのものを捨てることは、それ以上の蛮行だろう、と私は思う。
「象徴天皇」など、いてもいなくてもいい、という考えは間違いである。荘子の「無用の用」ではないが、そこにいるだけでいい、という存在もあるのだ。特に、今上天皇ご夫妻の「護憲」の姿勢が、安部一派の憲法改悪の歯止めになっている現状を見ればなおさらである。
(以下引用)
[11/4 02:56] どこの国でもゴロツキ、詐欺師が富と権力を握っている…まずそういう”常識”を身につけて初めて”市民”であり、”主権者”といえる…
[11/4 02:54] > このような研究をしていけば、勝者が戦利品を維持し、さらにそれを肯定、正当化するために、武力による威嚇とイデオロギーを諸刃の剣として利用してきたことが浮き彫りになるであろう。
[11/4 02:54] >社会制度とは、始めに既得権益を手にした者たちがその権力を利用し、維持するために、警察、教育制度、宗教団体などを支配することに由来するものであり、それが社会を構成する人々の間の応分の取決めだと考えるべきではないのである。
[11/4 02:53] >> 内部事情に詳しい人間や投機家あるいは小搾取者が、土地を独占したり、顧客を経済的困難に追い込んで借金をさせたり、さらには相続税なしで子孫に遺産を譲渡したりすることでいかに優位な立場を築いてきたかという点にこそ、経済の研究の主眼を置くべきだと思う。
[11/4 02:53] >彼らが有利な立場を築くことができたのは、社会から土地や他の生産手段を不当な方法で奪取する一方で、司法制度や裁判長の立場を支配してきたからに他ならない。
[11/4 02:52] >したがって、軍事的征服者や弁護士、煽動政治家、腐敗した政治家や官僚、財界の詐欺師が、いかに歴史を作り上げてきたかを学ぶことから始める方が得策である
[11/4 02:52] >世界が実際にどう機能しているかの研究はなされていない。 世界がどう機能しているかを知らずして、日本を含む正直な国家が、自分達の国を操作し、威嚇し、騙そうとする世界規模の略奪者から自国を守ることはできないだろう。
[11/4 02:50] >公費を使い労せずして利益を得ることこそ、最も熟練した経済の勝者が行っていることの本質である。 土地や独占権、その他の資産を実際の価値よりも安い価格で購入すること、しかも自分の存在を可能な限り隠してそれを行うことは、裕福になるための最も確実な方法である。
[11/4 02:49] >実世界で行われているのは、「いかに無償で利益を得るか」ということに集約される。 政治内部に入り込むということは結局、何かを無償で獲得するための政治プロセスに加わることによって、社会からただで恩恵を受ける仕組みを作る立場に立つことなのだ。
[11/4 02:49] >現実を形成しているのは、武力や他の圧力、または窃盗や詐欺行為なのである。さらに重要なことは、国家の支配によって権力が確立されるということである。 国家支配のためには、不都合な政治ライバルが暗殺されたり、誘拐されたりすることもあり、それに協力した仲間には報酬が支払われる。
[11/4 02:48] >同様に、それより7世紀前に行われたイギリスの土地横領では、征服王と呼ばれたウィリアム1世が1066年に英軍を破り、ノルマン人の仲間たちと土地を分割した。それがその後のイギリスの歴史を形成し、また英国議会上院の有権者を決定することになった。
[11/4 02:47] >無節操な土地の横領、およびマンハッタンの南端部にあるトリニティ教会の不動産にまつわるニューヨーク市の腐敗によって、その後2世紀を左右する権力基盤が築かれたのである。
[11/4 02:47] >米国で最古の富豪の財産が築かれたのは、独立戦争勃発の1775年から1789年に憲法が発布されるまでの十数年間、共和国誕生のどさくさに紛れて行われた土地の横領に端を発している。

