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「神州の泉」から転載。
ふだんはかなり右寄りに見える「神州の泉」氏でさえ、今回は共産党に入れるというのだから、TPPによる日本の主権喪失、自民党による国民生活破壊、棄民政策への危惧は多くの人に共有されているようだ。飯山一郎翁も棄権呼び掛けから一転して投票を呼び掛けている。
こうした有名ブロガーの声は、実に心強い。今さら遅すぎる、とは私は思わない。
勝負は最後の数秒でも決まるのである。ジョージ・フォアマンを逆転KOしたモハメッド・アリのように。どんなに劣勢でも逆転は可能なのである。関光徳を、ファイティング原田を逆転KOしたジョー・メデルのように。
政党ポスターに「TPP反対」を明確に書いてあるのは、ここ京都でも日本共産党だけである。しかも、そのポスターはかなり前から出されていた。これだけでも他政党との姿勢の違いは歴然だ。他の野党政党の弱腰ぶりを見れば、共産党が大幅に議席を増やす以外に自民党政治にストップをかける術は無い、と断定していいだろう。
共産党は「毒薬」だという頭は、少なくとも今の若い人には無いはずだ。なぜなら、彼らは、いや、日本国民は共産党によって害を受けたことは一度も無いからだ。むしろ、庶民のために地道に粘り強く戦ってきたのが日本共産党だったということは、表マスコミの記者たちさえ陰では認めている。
その日本共産党の力はまだまだ弱いし、「個人の利益よりも全員の利益を」という思想はエゴイズムに満ちた現代社会では嘲笑され、これまで共産党は次第に力を失ってきた。
だが、3・11以降の状勢は、日本国民が本来の思いやりを取り戻す方向に進んでいる。政治だけがそれに逆行しているのである。
国民の意思が政治に反映されるのが民主主義である。今回の選挙は民主主義の最後の火が消えるかどうかという選挙でもある。「一部の人間の利益のために多くの人が犠牲になる」という社会とはもはや決別しなければならない。そして、その新自由主義の対極にあるのが(本来の)社会主義であり、それを具現した政党は、現在の日本では日本共産党だろう、と私は考えている。
もちろん、生活の党やみどりの風にも優れた人物はいる。彼ら彼女らを落選させてはならないが、しかし政党として自民党に立ち向かえる政党は今の状況では共産党だけだろう。「神州の泉」氏の判断も私と同様なものだったと思う。
(以下引用)
2013年7月20日 (土)
静岡参院選6候補、いよいよ明日に迫った投票日!
神州の泉は静岡県に住む。
6人の参院選候補がいて、その中でTPPに絶対反対のノロシをはっきり上げているのは唯一共産党だけである。
選挙公報を見ると、共産党以外の他の5名はTPPには露とも触れていない。
したがって、神州の泉はためらわず共産党候補に1票を投じる。
今の日本でTPPに危機感を感じない政治家なんぞは無用であり、税金の浪費になるばかりか有害でさえある。
彼らは意識してか、あるいは無知のためか知らないが、グローバリストたちの甘言に引きずられてTPP参加に引き込まれ、売国潮流に乗るしかない害悪だ。
静岡選挙区では「日本維新の会」と「みんなの党」という“偽装チェンジ派”候補が2名もいる。
植草一秀氏を参照すると偽装チェンジ派のミッションは、真正チェンジ派の野党勢力をパワーダウンさせることにある。
みんなの党も日本維新の会も自民党勢力の別動隊であり、後方から別の野党勢力の背中を狙い撃ちして自公勢力を助けるのが彼らの使命である。
植草氏はいう。「みんなの党」も「日本維新の会」も、官僚利権排除を謳いながら、実際には、官僚機構と妥協を図る。
また彼は、これら偽装チェンジ派が対米隷属・市場原理主義・官僚利権温存が三本柱ということになると、これは、ほとんど、小泉竹中政治と同じものであると喝破する。
偽装チェンジ派は、大資本と子飼い的な位置関係にある。彼らが唱える市場原理主義とは、「グローバル資本の論理」である。以下の項目は植草氏のブログからお借りした。
「法人税を下げろ」、
「TPPに参加しろ」、
「雇用を自由化しろ」、
「外国人労働力を輸入せよ」
などの主張が彼らの本質を物語っている。
ゆえに、有権者が自公勢力に独走を許さないために、対抗馬として「みんなの党」や「日本維新の会」に頑張ってもらおうとするなら、全くお門違いである。
むしろ偽装チェンジ政党に入れることは、安倍自民党の暴政体制を強力に補完することになる。静岡県民に限らず、これに気づいた有権者は注意した方がいい。
神州の泉はTPP断固反対の共産党候補にためらわずに票を投じる。 -
「長周新聞」の7月3日付けの記事の中のトルコの反政府デモに関する記述が、まさに今の日本の半年、一年後の未来像かのように思えるので、抜粋して転載する。
さて、明日の選挙で日本国民が選ぶ未来はどんなものだろうか。
言うまでもなく、日本はこのトルコの現状よりもっと悪い。なぜなら、福島原発事故で日本は半分滅んでいるからだ。日本の豊かな美しい自然はすべて放射能に汚染され、安心して食べられる食品など無い。だが、そうした目に見えない死神の姿を存在しないものとすれば、今の日本はまだトルコその他の中東の国々よりは豊かに見える。だからその(一部の人間にとっての)豊かさを維持するために、保守政党に投票する人々もいるわけだ。はっきり言って、そういう投票行動をする人間は日本人大多数にとって敵である。3.11以降の日本の姿を見ていて、自公やその補完勢力に投票する人間は国賊であると言っていい。つまり、日本に寄生し、日本国民の血を吸う吸血鬼やその手下に等しいのである。
少し前に書いた記事の一部をもう一度繰り返す。
今でも福島の避難所で生活している人たち、原発事故収束のために放射線を浴びながら働いている人たち、不正ルートでしか売れるあてのない農作物を作っている人たち、罪悪感に苛まれながら放射能汚染された魚を取って売っている人たち、TPPで失業する可能性の高い業種に就いている人たち、生活保護削減や年金削減で苦しむ人たちのことを考えても、あなたは自民党や公明党、あるいはその別動隊の維新の会やみんなの党に投票できるのだろうか?
(以下引用)*赤字は引用者による強調。今の日本社会や自民党政治との類似は明白だろう。
トルコ 独裁政治への怒り 米国の軍事的要衝
トルコの反政府デモは、イスタンブールのタクシム広場の再開発に抗議する座り込みを警官隊が催涙弾や放水銃をもって弾圧し、多数の負傷者を出したことがきっかけとなった。エルドアン政府が「過激分子のデモに譲歩しない」と主張し、横暴な姿をあらわしたのが契機となって、デモはまたたく間に全国主要都市をはじめ200カ所に拡大した。6月初めには公務員労組連盟24万人が46時間ストをやり、17日には公務員や民間労働者約90万人が加盟する五団体のストがやられるなど、労働者を軸にした反政府行動に発展している。
反政府デモの背景にあるのは、こちらもIMFや米欧資本による新自由主義、グローバル化で外資や国内財閥は肥え太り、労働者、勤労人民が貧困化したことがある。2001年2月、トルコが金融危機に見舞われ、IMFや世銀、欧州連合(EU)など国際金融機関から純総額206億㌦の融資を受けた。03年に誕生したエルドアン政府はその金融支援への見返りとして、公共投資や公務員給与の削減で財政赤字を削減したほか、インフレ抑制、国営企業の民営化、銀行改革、貿易自由化など一連の新自由主義の構造改革・緊縮財政政策を実行した。
また政府は構造改革の一環として、03年に新外国直接投資法を施行し、外資に利益と資本金の移転の自由や出資比率100%、法人税引き下げなどの優遇策をとった。すでにセメント、牧畜飼料、乳製品、飲食サービス、石油販売などは完全に私有化され、旅行・観光、鉄鋼、繊維、海運や肉加工業では50%以上が外資に握られた状況となった。
労働関連法の改悪など「雇用の柔軟化」と称する低賃金政策で無権利の非正規労働者を増やし、約2300万人の雇用労働者のうち約1052万人が非正規とされている。欧米や日本の自動車メーカーなどは安価で豊富な青年労働力に目をつけ、あいついでトルコに進出。外資の投資額は04年の28億㌦から05年は98億㌦へ、06年には200億㌦へと急増。今ではトルコの輸出のトップが自動車となった。安倍首相は先日、独占企業トップを引き連れてトルコを訪問、原発などをトップセールスした。
この民営化や外資導入の過程で、労働者は情け容赦なく首を切られ、近年失業率は公式発表でも10%をこえ、今年2月には失業者は289万人に達した。加えて近年の通貨戦争を反映して、生鮮食料品の価格が上昇、酒・たばこ税の引き上げ、通貨リラ安にともなう各種輸入品の価格上昇が続いている。衣料品や電気、水道、ガスなど生活関連の物価は、この一年間で6・51%も上昇するなど、インフレが生活を圧迫していた。
トルコは欧州と中東・北アフリカをつなぐ戦略的要衝に位置する。米欧支配層はトルコをNATOに加盟させ、中東地域支配の前線基地としてきた。トルコの米空軍基地インシルリクが中東全体をにらみ、一昨年来のシリア政府の転覆策動ではCIAの司令部が置かれてシリアの反政府の傭兵部隊を指揮し、地対空ミサイル・パトリオットも配備されるなど、米国がとくに力を入れて支配してきた。国民の反米感情も昔から強いことで知られている。
対米従属のもとでエルドアン政府が戦争政治とセットで強権支配を実行し、国内の反政府行動を敵視し、独立メディアを解体、既存メディアを買収するなど言論封殺に血道を上げてきた。当初はイスラムを前面に出さず、世俗政府を標ぼうしてきたのが、最近は酒販売規制や「婦人は子どもを3人産むべきだ」などイスラムの戒律まで利用して、独裁的な戦争政治を突き進んでいた。これへの反発が公園開発への抗議行動鎮圧という一つの事件をきっかけにして全土で噴き上がり、米国の軍事的要衝の支配基盤を揺るがしている。
(付録)「村野瀬玲奈の秘書課広報室」で知った記事である。
miyamoto 宮本徹@miyamototooruすごいことになってきた。千葉県議を30年もつとめた自民党の元幹部がしんぶん赤旗日曜版に登場して、公然と、比例代表で日本共産党への支持を呼びかけています。平和憲法を変えると公言する安倍首相の暴走への懸念が広がっています pic.twitter.com/9eIHCPzOQT
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「晴耕雨読」に転載されている「マガジン9」の鈴木邦男、想田和弘対談の後半を再転載する。
私自身も、鈴木邦男氏は右翼を自称しているわりには、実にまっとうな言動をしている人物だなあ、と思っていたがこの対談での発言を読むと、「天皇・憲法・自衛隊」の在り方について、私自身が長い間主張してきたこととほとんど同じと言っていい。そうか、私は左翼を自称してきたが、本当は右翼だったのだ!(笑)
まあ、右翼も左翼も今どきあまり意味を持たないレッテルではあるのだろうが、使うと便利な場合が多いので私自身もこれまで良く使ってきただけである。本当は「愛国者」と「売国奴」で分けるのが正しい分類かもしれない。そして、今の日本において「TPP推進派」と「原発擁護派」が売国奴であり、日本を破壊する連中であることは論じるまでもない。それがどの政党であり、それに反対しているのがどの政党であるかも明白なことだ。
さて、参院選まであと二日となった。我々は売国奴政党の大勝利をこの目で見ることになるのかどうか、興味津々である。それを後押しした人々(残念ながら、その中には井口博士のような興味深い人物もいるし、あるいは選挙での棄権を呼びかけた飯山一郎氏やきのこ女史などもいるのだが)は、日本の未来への罪を永遠に背負うことになるだろう。
(以下引用)
●自由のない自主憲法より、自由のある押しつけ憲法を
編集部 さて、参院選の争点の一つとされている「改憲」ですが、想田さんは自民党が昨年4月に発表した「日本国憲法改正草案」の危うさ、とんでもなさについて、マガ9掲載のコラムなどでもたびたび取り上げられていますね。
想田 最初、「国防軍の創設」が明記されたということについてはかなり騒がれましたよね。僕も最初は「そこだけが問題なのかな」と思ってたんですけど、ネットで検索して自民党のホームページに掲載されている草案の全文を読んでみて、「なんじゃこりゃ」とぶっ飛んだんです。僕たちの基本的人権が制限されるような改変があちこちにある。それなのに、そのことが全然話題になっていないし、ほとんど報道もされないということに、現実的な危機感を持ったんですね。それでツイッターでいろいろ発信したりするようになったんですけど…。
鈴木 おっしゃるように、あの改憲案では、いろんな権利や自由が抑圧されますね。しかも、国防軍の問題もそうなんだけど、前文にも戦争に対する反省の言葉などがまったくなくなってしまっている。それも酷い話だなあ、と思います。さらには、96条――憲法改正のルールを政府が自分たちで変えようというせこい話まであって。
僕はもともと学生時代から「アメリカに押しつけられた憲法はダメだ、自主憲法をつくろう」という意見でした。でも、今の自民党改憲案が通ったら、アメリカが戦争をするときには国防軍を出すなど、さらにアメリカに従属した国になりかねない。今言ったように自由も権利も抑圧されるし、それなら僕は自由のない自主憲法より自由のある押しつけ憲法を取る、と言っているんですよ。
想田 押しつけ憲法というのも、押しつけられたのはその当時の支配者階級であって、民衆ではないんじゃないかと僕は思っています。権力者にとっては大日本帝国憲法のままのほうが都合がよくて、だからGHQが「改憲案をつくるように」と言ったときにも、それとたいして変わらない案しか出てこなかったんでしょうけど。
だって、例えば日本国憲法14条に、人種や信条や性別、身分や門地によって差別されない、貴族制度は廃止するという文章がありますけど、それで困る一般の民衆っていないですよね。あるいは、24条の「両性の本質的平等」が出てきたときに、「平等じゃ困る」って怒る女の人はあまりいなかったでしょう。「押しつけられた」のはあくまで特権階級や男性、つまりは権力の側にいた人なんだと思うんです。
僕は、今の憲法が自分の権利を抑圧してると感じたことは一度もありません。もちろん、例えば同性愛者にとっては24条が抑圧になるかもしれないとか、改善の余地はあると思うけれど、おおかたの部分において、憲法があるから自由にできない、権利が抑圧されているということはないと思います。制定過程がどうあれ、「押しつけられた」と実感として感じない。逆に言えば、自民党の改憲案をつくったような人たちが「押しつけられた」と感じるのは、憲法があるから自分たちの権力が十全に振るえない、民衆を自由に支配できないと思っているからじゃないんでしょうか。
●戦争の「やられる側」になることが、想像できなくなっている
編集部 また、自民党改憲案では、第3条に「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」とあり、日の丸・君が代に対する強制もさらに強まっています。鈴木さんは、以前から「強制には反対」だと主張されていますが…。
鈴木 もし僕が首相だったら、まずその条項のもとに、在特会のデモなんか全部禁止しますね。あれは日の丸をまったく尊重してないですよ。僕らも街宣をやっていたころはそうだったんですが、汚れた日の丸の旗をぐちゃぐちゃに立てていたりして。日の丸に失礼な話ですよ。
あと、卒業式や入学式で強制するなんていうのも、日の丸・君が代をむしろ侮辱していると思います。そもそも、『君が代』って難しい歌だから、大して練習もせずにみんなで歌おうとしても、全然合わない。それじゃとても国歌を尊重しているとは思えないんですよ。
想田 鈴木さんが君が代や日の丸を好きだというのは、どういう感情なんですか? もしあれが、違うデザインの旗だったり違う歌だったりしても好きなのか、それともあの旗であの歌だから好きなのか…。
鈴木 違うものでもいいと思いますよ。極端に言えば、国歌も国旗もなくてもいいと思います。だって、君が代も日の丸も明治維新以降にできたもので、それ以前の歴史のほうが圧倒的に長い。国旗国歌がなかったら日本じゃないなんて思いません。
日の丸って、もともとは江戸幕府が開国して外国と貿易をするときに、船に「日本の印」が必要だからと使い始めたものなんですよね。だから、幕府軍対薩長軍の戊辰戦争のときには、幕府軍が日の丸を掲げて、薩長軍は錦の旗を使っていた。でも、その後戦争に勝って明治政府を成立させた薩長の人々は、なぜかそれまで「賊軍の旗」だったはずの日の丸を日本の旗として使い始めるんです。錦の旗はさすがに畏れ多いとでも思ったんでしょうが、倒した敵軍の旗を自分たちの旗にするなんて、世界でもなかなかないことじゃないでしょうか。
君が代も、誰がつくったのか正確にはわからないような歌ですし、いいかげんというか、やっぱり寛容な国だなあと思いますね(笑)。そういう意味で僕は日の丸も君が代も好きなんです。
想田 天皇制についてはどうですか。
鈴木 僕は、あったほうがいいと思っています。天皇制の成り立ちはともかく、いろんな意味で日本が全体主義になるのを阻止する力になってきた民族の英知だと思う。日本でヒットラーやムッソリーニが出なかったのは、天皇制があったからだと僕は思っているんです。
かつて、日本は戦争に反対する天皇の意思を超えて戦争に突入したけれど、戦争をやめるにあたっては天皇の決断が大きな影響をもたらした。立憲君主制の弱さと利点がそこにありますね。そして今、天皇は政治には一切かかわらない「象徴」となったわけですが、自民党の改憲案ではそれを再び「元首」にするということになっている。政治的なことに今よりもっと巻き込んで、何かあったら責任を負ってもらう、というふうに読めます(※)。
そんなふうに、天皇を再び政治、そして戦争の場に出すべきではないですよ。長い日本の歴史の中でも、象徴的存在であった時期のほうが長いくらいなのですし、精神的、伝統的な象徴としてあったほうがいいと考えています。もちろん、天皇陛下はじめ皇室の方々には、ものすごく重い仕事を国民が強制しているともいえるわけで…政治的なことに関与しない限り、もっともっと自由にしていただいていいとは思いますが。
※自民党改憲草案第1条は、「天皇は、日本国の元首であって…」と定めている。また、現憲法では天皇の国事行為には内閣の「助言と承認」が必要とされているが、同草案ではこれを内閣の「進言」と変更(6条4項)。6条5項では、国事行為以外の「公的な行為」を行う、との定めもある。
想田 自民党の改憲案は、自分たちの権力を思い通りに行使するために、天皇を使おうとしているということですよね。かつての戦争のときには、きっとまさにそういうことが起こっていたんじゃないでしょうか。
鈴木 だから、これからも戦争をしようと思っているのかと勘ぐりたくなります。そもそも、天皇を元首にする、国防軍をつくるというのは、日本を「強い国家にするんだ」というジェスチャーでしょう。そして、領土交渉では「戦争も辞さずに」なんて言い出す。戦争を体験していたら、そんなことは絶対に言えないと思うんだけど。
想田 かつては自民党の中でも、戦争体験のある議員が「ストッパー」になっていたのかもしれませんが、みんな引退していってしまった。戦争体験そのものがこの社会全体から失われていっていて、それはもちろん素晴らしいことなんですけど、一方で「戦争って怖いよね」と肌感覚で捉えられる人がどんどん少なくなっているということなんでしょう。
しかも、戦争で「やられる側」になることが、みんな想像できなくなっていますよね。常に自分たちは「やる側」。僕はアメリカに住んでいてアフガン戦争が始まったときに、アメリカ人の考える「戦争」の中には、自分たちが「やられる」イメージが一切ないんだな、だから「世界の警察」として、いろんな紛争に介入するんだな、と改めて思ったんですけど、日本も徐々にそういう感覚になってきている気がします。
●人の生活を守ることこそが、国益を守ること
鈴木 本来、政治家の一番大きな役割は「戦争をしないこと」だし、それができる政治家が支持されてしかるべきだと思います。でも、今の社会の雰囲気はそうなっていないんですよね。以前、テレビである旅館の主人が「(日中関係の悪化で)中国から観光客が来なくなって大変だ」という話をしているのを見たんですが、続けて「でも、やっぱり国益のことを考えたら我々も我慢しなくちゃいけませんよね」というんです。
想田 その人が、自分からそう言っているんですか。
鈴木 そうです。そういう人の生活こそが「国益」であるはずなのに、「国益」というのは何か別のところにあるものだと考えられている。そして、「毅然とした態度で挑む」とか、週刊誌レベルの勇ましい言葉を言っている政治家のほうに支持が集まって、「話し合いで解決する」なんていうと「反日的だ」「売国奴だ」とか言われたりする。それが怖くて、政治家も「まずは相手の言い分を聞いて…」とはなかなか言えないんでしょう。
ただ、本当の「愛国者」なら、戦争を避けるためには「国賊」と呼ばれる覚悟くらいはするべきですよ。かつて、小村寿太郎が「国賊」と呼ばれながら日露戦争の講和条約締結に踏み切った(※)みたいに。今の「愛国者」は、安全圏にいながら「戦争をしてでも島を守れ」みたいなことを口で言ってるだけなんですから。そんなのインチキですよ。
※小村寿太郎は日露戦争当時の外務大臣。1905(明治38)年、全権大使として日露講和条約(ポーツマス条約)を成立させた。政情不安が続いていたロシア、国力の違いからこれ以上の戦争継続は困難と判断した日本、両政府の意図が合致しての講和だったが、それまで「日本軍の勝利」ばかりの報道に接していた民衆は直接の賠償金なしの講和に納得せず、帰国した小村には「国賊」の言葉が投げつけられ、内務大臣官邸などに火が放たれる「日比谷焼き討ち事件」も起こった。
想田 僕は、いわゆる「現実論」と言われるものが、本当に現実的かどうかを検証する、想像することがとても大事だと思っています。例えば原発にしても、ずっと原発を推進するのが現実派で、いらないというのが理想主義だと言われてきた。でも、福島第一原発の事故が起きたことで、その捉え方は間違っていたことが明らかになりました。だって、廃棄物処理の方法もわからない、事故が起きたら国土が汚染される、しかもメンテナンスのためには誰かが必ず被曝しなきゃならない…。いろんな意味で、実は原発というのは現実的な発電手段ではないことがわかってきたわけです。
領土問題もそうで、強硬論をとる人が現実派のように言われているけど、それをどんどん押し進めていけば、究極的には戦争になります。でも、例えば中国と戦争になれば日本経済はガタガタ…というか、多分もう終わりですよね。それが現実的な選択だとは僕には思えません。やっぱり、現実的な選択というのは鈴木さんのおっしゃるように、どんな手を使っても戦争を避けることだと思うんです。
鈴木 ただ、これまで「憲法を守ろう」「戦争はよくない」と言ってきた側の言葉に、まったく説得力がなかったのも事実だと思います。憲法9条があるから日本は平和なんだ、憲法さえ守っていれば大丈夫だとひたすら言い続けるだけ。それだけでは、中国や北朝鮮の脅威が拡大していて、領土が取られるし拉致被害者も帰ってこない、やっぱり強力な国防軍が必要だ――という声のほうが、説得力を持って聞こえて来てしまうんですよ。
想田 「護憲」を言う人たちの言葉に説得力がないというのは、そこに日常的な「実感」が伴わないまま「正しさ」を言い続けてきたからじゃないでしょうか。平和とか憲法とかの話をするとき、ややもすると僕らは、集団的自衛権がどうのとか、自主憲法がどうのとか、概念の世界でばかりしゃべろうとしてしまいます。だから「9条を守れ」といった言葉はもはやただの決まり文句、スローガンになってしまっていて、人々の感情を喚起しない。そうではなくて、もっと日常に引きつけて考えるというか、「9条がなくなる」のが現実としてどういうことなのかを、きちんと伝えないといけないんだと思います。
例えば、僕が応援している「全日本おばちゃん党」の基本方針である「おばちゃんはっさく」なんて、まさに概念ではなくて実感です。〈その1〉は「うちの子もよその子も戦争には出さん!」なんですが、子どもを戦争に出したい親なんていないわけで、その実感は誰もが共有できますよね。概念ではなくてそういう、生物しての実感ともいうべきところから出発すると、もっと共感が広がりやすい気がするんです。
鈴木 あと、「平和憲法を守ろう」という人たちが一番弱いのは、「自分の国のことしか考えてないじゃないか」と言われることじゃないかと思います。世界には困ってる国がたくさんあるのに、自分たちさえ良ければいいのか、と。そこにやましさを感じてる人が多いから、「日本も金だけ出してるんじゃダメだ」なんていう言説が説得力を持ってしまうんじゃないでしょうか。
僕は、日本ももっと「攻めの論理」を打ち出していくべきだと思います。例えば自衛隊が、外国で血を流していない、人を殺していない、戦争に参加していないことに対して、やましさを感じる必要なんてないですよ。むしろ、自然災害の現場での自衛隊の活躍は、世界中から賞賛されてるんだから、世界の軍隊を自衛隊化する、自衛と災害救助にはあたるけれど外に出て行って戦争はしない、そういう組織に組み替えていくべきだという理想を発信するくらいのことを考えたほうがいいと思う。
想田 なるほど、そうですね。僕はアメリカに住んでいますけど、9・11テロ事件の後、そのアメリカが戦争に進んでいく過程を見ていて、とても怖かったんですよ。世論調査で「アフガニスタン攻撃を支持する」という意見が、たしか9割以上。みんなこぞって星条旗を掲げて、本当に翼賛体制というべき状況でした。
野球を見に行っても、大リーグでは7回終了後に、『私を野球に連れてって』っていう歌をスタンドでみんなで歌うのが慣例なんですが、9・11の後1年くらいはそれが『God Bless America』に替わってしまって。それをみんなで起立して歌うんです。僕は嫌だったので座ったままでいましたけど、ものすごいプレッシャーを周囲から感じましたよ。
鈴木 一つ流れができてしまうと、それに異を唱えるのは難しいんですよね。
想田 はい。アメリカって、どちらかというといろんな価値観が混在していて、ファシズム一色にはなりにくいというイメージだったので、余計にショックでした。僕が今のような、いわゆる「右傾化」というような流れにすごく警戒心があるのは、その経験も関係しているかもしれません。
このままの流れが加速したときに、僕が特に怖いなと思っているのは、改憲にまで至ってしまって、表現の自由が定められた憲法21条までが変えられてしまうことです。もし表現の自由を「公益及び公の秩序」で制限できるとする今の自民党改憲案(※)のような条文ができてしまったら、もう僕たちは政府批判さえできなくなってしまう。事実上、民主主義は終了ですよね。それをもう1回ひっくり返そうと思ったら、武力革命を起こすしかないわけで…そこまで行く前に、なんとかこの流れを止めたいと思っています。
※自民党改憲案では、現憲法にある「公共の福祉に反しない限り」という言葉が、「公益及び公の秩序」に差し替えられている。人権と人権がぶつかり合ったときのみ、それを調整するために人権が制限される、という考え方の「公共の福祉」に対し、「公益及び公の秩序」では政府が「公益のため」と称して、政府に反対する運動などを禁止・弾圧することも可能になる。
(構成/仲藤里美 写真/塚田壽子)
←その1
─対談を終えて─
とても真面目で、真剣にこの国の現状を憂えている。想田さんと対談し、そう思った。僕のイメージの中では、「映画監督」というのは、いつも威張っていて、尊大で、イライラして他人に八つ当たりし、怒鳴っている。でも結果(出来た映画)さえよければいい。そんなイメージだった。
でも想田さんは、そんな「監督」増からは最も遠い。「映画監督とはこういうものだ」という世間のレッテルや印象、「説明」「ナレーション」に僕らは支配されていた。右翼・左翼・護憲派・改憲派という言葉もそうだ。そんなレッテルを貼って、安心し、その人間を理解したつもりになっている。いけないことだ。さらに悪いことには、そのレッテルを貼られた人が、それで満足し、その「役柄」を演じてしまうことだ。もっと右翼らしく生きよう。もっと改憲派らしく生きよう…と。〈現実〉の方が、映画的であり、演劇的なのかもしれない。
そして国民全体が〈現実〉を重視し、現実的であろうと演技している。いや、演技しているという意識もない。それが自然な生き方だと思っている。想田さんは言う。そんな〈現実論〉が果たして現実的か? と。原発を見ても分かるだろう、と。そのとおりだ。今、この国に足りないのは〈現実論〉を疑う知性だ。想像力だ。防衛・憲法にしても、現実を見すえながらも現実を超える夢や理想を語ることだ。本当は、映画監督として想田さんは「改憲し右傾化する日本」をドキュメンタリーとして撮りたいのかもしれない。「改憲後」の日本を映画にしたいのかもしれない。しかし、時間がない。「終わった後」で、教訓を残しても意味がない。だから、焦っているのだろう。たとえ映画の仕事は一時休んでも、「発言」しなくてはならない。そう思いつめているのだろう。「武力革命」まで口にしている。そうならないように僕らも命がけで頑張らなくてはならない。と痛感した。(鈴木邦男)
まだ僕が日本に住んでいた20年以上前から、「右翼」として「朝まで生テレビ」などに出ていた鈴木邦男さんにずっと関心を抱いていた。肩書きとは裏腹に、なんだかいちばん真っ当な人に思えていたからだ。そのギャップが不思議でたまらなかった。だから今回初めてお会いする機会に恵まれて、本当に嬉しかった。思った通りの方だった。そして積年の謎が少しは解けたような気がする。鈴木さん、マガジン9の皆さん、ありがとうございました。(想田和弘)
次の日曜日は、いよいよ参院選。まさに「この国はどこへ向かっていくのか」の正念場です。とはいえ、もちろんそれを越えたあとも、考えること、声をあげることをやめるわけにはいきません。鈴木さんのいう「レッテルを貼って安心しない」こと、想田さんのいう「何が現実論なのかを検証する」ことの重要性を、胸に刻み込みたいと思います。鈴木さん、想田さん、ありがとうございました。 -
「独りファシズム」から、記事の後半を転載。
私の粗雑な頭は、全体を把握することしかできないが、雪乃氏の強靭な知性は全体を把握するとともに、常に細部をも把握している。こうした人間だけが真に社会の木鐸になれるのだろう。
繰り返しになるが、下記記事の二段落目を箇条書きにする。
1.年金支給年齢を5年以上も引き上げ、
2.国保料や消費税率を倍化し、
3.生活保護や教育費を全面削減し、
4.非正規労働を絶対化し、
5.解雇規制を緩和し、
6.国民皆保険制度を解体し、
7.原発被害の補償を打ち切り、
8.原子炉を増設し、
9.放射能ガレキを全国に撒き散らし、
10.放射性廃棄物レベルの食品流通を励行し、
11.被爆地の児童を抑留し、
12.水道事業を外国人に売り飛ばし、
13.多国籍企業に生活保護予算2倍相当の優遇税制を施し、
14.TPPにより伝統農業を終焉させ国家主権すら譲渡する
などと公言しているキチガイ政党
まさにそのキチガイ政党が来る参議院選で勝利確実だとされているのである。
日本人の知的レベルは12歳程度だ、と言ったマッカーサーの言葉は、まだ過大評価であったらしい。
上の赤字部分をぜひ大新聞は自分の紙面に載せてもらいたいものだ。これが、あなたたち国民が選ぼうとしている政党の政策なのですよ、と。
学校の教師たちは、自分の生徒たちに同じことを言ってもらいたい。そうすれば、「あの教師はアカだ」と生徒や父兄たちに言われるだろう。日本人は大政翼賛会時代からまったく変わっていないのだ。
(以下引用)
共同通信は内閣支持率が68%、成長戦略支持率が65%、原発海外輸出支持率が49%などと参院選を射程に捉え、自民党圧倒有利とする世論を激しく捏造しているのだが、それはつまり白昼のサイキック・ドライビング(精神誘導)なのであり、かくもあからさまに支配集団は国民の知性を冒涜し続けているわけだ。
年金支給年齢を5年以上も引き上げ、国保料や消費税率を倍化し、生活保護や教育費を全面削減し、非正規労働を絶対化し、解雇規制を緩和し、国民皆保険制度を解体し、原発被害の補償を打ち切り、原子炉を増設し、放射能ガレキを全国に撒き散らし、放射性廃棄物レベルの食品流通を励行し、被爆地の児童を抑留し、水道事業を外国人に売り飛ばし、多国籍企業に生活保護予算2倍相当の優遇税制を施し、挙句TPPにより伝統農業を終焉させ国家主権すら譲渡するなどと公言しているキチガイ政党を、国民の7割近くが支持しているわけなどないだろう。
そもそも先の衆院選でプログラム改竄が疑われた集計マシーンを再使用するのであり、また政権のステークホルダーがその運営企業に資本参画するというデタラメであり、さらには野党第一党が検察による国策捜査とメディアバッシングにより実質の解体状態なのだから、はなから国民に選択権など不在なのであり、この国の代表民主制度は二重、三重に殺されていると言えるだろう。これはもはや、正常選挙のため国連軍の監視を要請する第三世界の様相だ。
かつてピサロのアステカ侵略に帯同したカトリック司祭は、ジェノサイドの実践にあたり「その拒否から結果する死と損失は、汝らの落度である」と原住民に宣誓したのだが、今夏の衆院選挙もまた、その後に生起する経済殺戮を有権者の自己責任とする悪意のセレモニーなのであり、あらゆる制度改変による近未来の絶望を、国民のコンセンサスによるものであると既成事実化する儀礼行為に過ぎない。
つまるところ衆参両院で過半数議席を獲得する自民党政権とは、本質として「ヒトラー全権委任法」を制定しヴァイマール憲法を終焉させたナチス・ドイツの再現なのであり、彼らもまた日本憲法を破棄し、平和条項を無効化し、思想・言論弾圧法を施行し、公共福祉と人権原理を解体し、戦争国家に陶酔し、若者を徴兵し、戦地あるいは福島原発に送還し、そのような抑圧の社会構造によって企業利潤の最大化を達成するのであり、近未来にあるのは再生不能の国土と破壊された人間の夥しい残骸である。
ナチスが共産主義者を弾圧したとき
私は不安に駆られたが
自分は共産主義者でなかったから
何の行動も起こさなかった
その次、ナチスは社会主義者を弾圧した
私はさらに不安を感じたが
自分は社会主義者でないので
何の抗議もしなかった
それからナチスは学生、新聞、ユダヤ人と
順次弾圧の輪を広げていき
その度に私の不安は増大したが
それでも私は行動に出なかった
ある日、ついにナチスは教会を弾圧してきた
そして私は牧師だった
だから行動に立ち上がったが
もうそのときはすべてがあまりにも遅すぎた
(マルチン・ニーメラー牧師) -
「晴耕雨読」から転載。
中身の濃い対談だが、特に前半に語られた「公職選挙法」の問題は、本来ならもっと前に解決しておかなければならなかった問題だろう。たとえば「供託金」のために、志のある人間が選挙に出られないという問題もある。その中でも一番の問題は「選挙公報」でしか候補者の政見が分からない、という問題だ。その「選挙公報」自体が、どこで見られるのかも分からない。各家庭に郵送されることになっているのか? 昔(私の子供時代)はそうだったように思うが、私はここ数十年、自分の家に郵送されたそれを見た記憶が無い。つまり、我々は候補者の政見を知らないままで投票するように強いられているわけである。これでは、候補者の属する政党が何かで投票するしかないが、マスコミが一部の政党に肩入れし、その政党に有利な情報を流し続けていれば、国民はそれに誘導されるだけである。
これが現在の選挙の状況であり、それに加えていざとなれば「不正選挙」もありだ、となれば、この国から民主主義はとっくに滅亡したと見るしかないだろう。
「霜を踏みて堅氷至る」とは「易経」にある言葉だが、現在の災厄は一朝一夕に現れたものではなく、前々からの蓄積が大きくなり、現在のような最悪の状況になったのである。
国民が「権利の上に眠っている」と、その権利(民主主義)はやがて奪われるぞ、という丸山真男の警告は、いわば予言として実現したわけだ。
(以下引用)2013/7/17
「鈴木邦男×想田和弘「この国はどこへ向かっていくのか」その1:「寛容」と「謙虚」を失ったニッポン」 憲法・軍備・安全保障2013-07-10up
マガ9対談:鈴木邦男さん(作家・評論家)×想田和弘さん(映画作家)「この国はどこへ向かっていくのか」その1:「寛容」と「謙虚」を失ったニッポンから転載します。
この夏、全国で公開中の映画、想田和弘監督の『選挙2』。ある地方議会選挙の様子を通じて、日本の政治の、そして社会の「今」を焙り出す内容に、 注目が集まっています。自民党圧勝との報道が続く参院選を経て、この国はどこに向かっていくのか。私たちは、それに対して何ができるのか。想田監督と、連載コラム「愛国問答」でおなじみ鈴木邦男さんとの対談から考えます。
鈴木 邦男(すずき・くにお)1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」
想田 和弘(そうだ・かずひろ)映画作家。ニューヨーク在住。台本やナレーションを使わないドキュメンタリー「観察映画」作品に『選挙』(07年)、『精神』(08年)、『Peace』(11年)、『演劇1』『演劇2』(12年)がある。最新作『選挙2』が全国で公開中。著書に『精神病とモザイク』(中央法規出版)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs. 映画』(岩波書店)がある。「マガジン9」では『映画作家・想田和弘の「観察する日々」』を連載中。公式サイト:映画作家・想田和弘 OFFICIAL WEBSITE
●選挙制度は、「有権者が関心を持たないように」つくられている
編集部 自民党圧勝の衆議院選挙から半年あまり。そして、参議院選挙ももうまもなくです。そんな中で公開中の想田さんの最新作『選挙2』は、東日本大震災直後の2011年4月に実施された川崎市議会選挙の様子を、完全無所属で出馬した「山さん」こと山内和彦さんを中心に追ったドキュメンタリー映画ですが、まずこれをごらんになっての鈴木さんの感想からお聞きできますか。
鈴木 この、(ポスターにある)街頭で防護服を着て演説するシーンが面白かったですね。どう見ても勝てそうにない闘いなんだけど(笑)、よくここまでやったなあ、と思って。
あと、公職選挙法ってくだらない規定がいっぱいあるんだなあと思いました。
よく駅前で、ビラも配らずにひたすら「おはようございます、○○です」ばっかり繰り返してる候補者を見て、「なんだこいつら」と思ってたんだけど、あれは法律に従って行われているものなんですね。有権者は誰もそんなこと知らないんじゃないですか。
想田 候補者の1人が、「本当なら政策をきっちり書いたビラを配りたいけれど、公職選挙法で禁じられている」とカメラの前で訴えるシーンですね(※1)。
編集部 候補者の選挙カーが名前だけを連呼して走っていくシーンも何度も出てきますが、あれも公職選挙法で、走りながら政策を訴えることはできないようになっていると聞きました(※2)。
※1…公職選挙法142条で、地方議会選挙における頒布物は葉書のみとなっており、ビラは含まれないので配布できないとされている。
※2…公職選挙法141条の規定では、走行中の自動車の上からの「選挙運動」は禁止、ただし「選挙運動のための連呼行為」は許される、となっている。
想田 なんだかすごいことになっていますよね(笑)。公職選挙法というのは多分、有権者が政策や主張や人柄で候補者を選ぶための選挙制度を想定していない。むしろ、そういう選挙制度にしないための規定なんだと思います。
例えば、選挙ポスターは税金を使ってつくられてるわけですけど、よく考えるとあれって、候補者の政策も主張も何も伝えてないですよね。それを伝えようとしたのが、政策提言を細かく書いた今回の「山さん」のポスターなわけですけど(笑)、普通の選挙ポスターには顔写真の他に名前と党名とキャッチフレーズくらいしか書いてませんから、それを投票先を選ぶための材料にするというのは実はすごく不条理です。でも、その不条理を当然のように制度化したのが今の選挙システムなんですよね。
じゃあ、その他に候補者から政策を聞いたり、議論したりする場が設けられているかといったらそれもない。選挙公報と政見放送くらいですね。僕は川崎の市議選を2度観察しましたけど、一度も候補者同士の討論会は開かれませんでした。つまりは、構造的に政治や政策についての議論が起きないように、有権者が関心を持たないように、選挙制度がつくられているんだと思います。
鈴木 候補者同士が市民会館などに集まって討論する会というのは、昔はよくあったんですよ。社会党の委員長だった浅沼稲次郎が、選管などが主催した立会演説会で刺殺されるという事件があって以来、行われなくなってしまったようです。警備上の都合などがあるようですが、今もどんどんやったらいいのになあ、と思いますね。外国には選挙カーもないというし、立会演説会や討論会をちゃんと開けば、かわりに選挙カーを走らせるのを禁止したって十分選挙はできますよね。ネットでの選挙運動も解禁されたし、そのほうがうるさくなくていいかもしれないですよ。
あと、想田さんが自民党のある候補者にカメラを向けていると、本人や周囲の選挙の運動員が「撮るな」と制止しようとするシーンもありましたけど、あそこまでよく出しましたね。あんなものを公開して訴えられるとかいうことはなかったんですか。
想田 今のところはないですけど、あり得ますね。すでにあれを撮ったその日、党の顧問弁護士から文書が来て「あのシーンは使うな」と要求されました。でも使ったんですけど(笑)。
鈴木 彼らは個人情報保護だとか言っていたけど、選挙なんだからね。誰にでもオープンにすべきものでしょう。盗み撮りしたわけじゃないんだし。
想田 はい。たすきを掛けて拡声器を使って演説していて、プライバシーも何もないだろう、と。しかも、それは税金を使って行われているわけで…弁護士とも相談したんですけど、訴訟になっても負けるはずはないし、ここで自主規制しちゃまずいな、と思ったんです。
で、当の自民党が出してきた改憲案では、表現の自由を定めた憲法21条も骨抜きにされてますけど、ああいうシーンを出せるということこそがまさに表現の自由が守られている、憲法が生きているということだと思うんですね。今はまだ、憲法がちゃんと僕たちの権利を守ってくれている。それなのに自主規制してしまったら、自分から表現の自由を放棄して、自民党の改憲案を事実上認めてしまうことにもなる。だからここは恐れずに出して、もし物言いがついたら、憲法を使ってちゃんと反論しよう、憲法上認められている権利をちゃんと行使しようと思ったんです。表現の自由が憲法上は保障されていても、それを使わなかったら意味ないんですよ。
●「右翼」「左翼」というレッテル貼り
編集部 さて、改憲についてのお話も出ましたが、ここからはそれも含め、今の社会や政治状況のお話に移っていきたいと思います。
想田 まず、僕が鈴木さんにお聞きしたいのは、最近よく言われる「日本社会の右傾化」についてです。イメージとしては多分、在特会(※)に代表されるような排外主義、教育現場で日の丸・君が代が強制されるといった全体主義、あと例えば安倍首相が「国防軍をつくる」と言っているような、軍事化というかマッチョイズムのようなもの。そうしたことを指して「右傾化」と呼んでいると思うんですね。
で、「右翼」を自称している鈴木さんからすれば、本来は社会の「右傾化」は望ましいことになるはずだと思うんですけど、どうもそうではないような気がします(笑)。こうした「右傾化」と言われる現象は、そもそも本当に右翼思想と関係があるんでしょうか。
※在特会…在日特権を許さない市民の会。日本社会において在日コリアンが不当な「特権(在日特権)」を得ていると主張し、その撤廃を目標に掲げる市民団体。各地でデモや街宣活動を展開してお り、その中では「在日を殺せ」「朝鮮人を叩き出せ」といった過激な排外主義的発言も多く見られる。
鈴木 いや、無縁だと思いますね。在特会も、あれは右翼ではまったくない。そもそも、右翼の世界には民族差別はないですよ。以前から、「日本と韓国と台湾は共産主義に対して連帯して戦わなきゃいけない」といった反共インターナショナリズムが、ナショナリズム以上に強いですから。在日コリアンで右翼団体に入っている人も何人もいますよ。一水会にもいました。
それから、日の丸・君が代や国防軍の話の前に言っておくと、実は僕は自分で右翼だと名乗ってるわけじゃないんです(笑)。
想田 あれ、そうなんですか。
鈴木 そう。テレビなどに出るときは、「この人は右翼です」と説明が入るんですけど、自分で名乗ることはありません。
想田 でも、否定はなさらないですよね。
鈴木 そうですね。あだ名みたいなものだし、いちいち訂正するのも大変だから「まあいいや」と。勝手に何とでも呼んでくれ、と思っています。
そもそも、大学時代に政治団体に入ったときも、僕は自分が右翼になったという意識はなかったんですよ。学内で、あまりにも左翼の学生団体が横暴だから、それに対抗して自由を求めて闘うんだ、という感覚だった。今でも、自分は右翼だとかいうつもりはなくて、左右の全体主義に対して闘ってるんだと思っているんですよ。なかなか理解されないんですけど(笑)。
本来は、人にはそれぞれ、いろんな問題についていろんな考え方がある。原発について、TPPについて、憲法について、夫婦別姓について、意見はみんな違うはずです。でも、テレビ番組などは、それだと大変だから、「この人は右翼」「この人は左翼」とレッテルを貼る。そうすると楽じゃないですか。見てる人もそのほうが安心できるし楽なんでしょうね。
●「思い上がり」よりも「自虐」のほうがずっといい
編集部 鈴木さん、「右翼」を自称されているわけではないとのことですが、「愛国者」という言い方はされていますよね。マガ9での連載コラムのタイトルも「愛国問答」ですし、『愛国者は信用できるか』というご著書もありました。
想田 鈴木さんの「愛国」ってどんなことですか?
鈴木 僕が日本という国で好きなのは、文化についても人的交流についても、非常に寛容である意味アナーキーなところなんです。
かつては中国、朝鮮、あるいは明治維新以降は欧米と、あらゆる国々の文化を取り入れてきて。たいていの国なら多分もう、文化の洪水状態になっちゃって自分たちの文化がなくなっちゃってるんじゃないかと思うんですよ。実際、ヨーロッパなどはかなり受け入れを限定しているように思えますが、日本はそこを相当無制限に受け入れて、それでも自分たちの文化も守り続けてきたわけで。
想田 包容力がある。
鈴木 包容力と、あと咀嚼力があったということでしょう。ただ、最近は「外国人を追い出せ」みたいなデモが堂々とやられていたりと、どんどん寛容性がなくなってきている感じがしますが…。
あと、非常に「謙虚」な文化のある国だったとも思うんですね。例えば古事記とか日本書紀とか、建国にまつわる神話を見ても、神様やその子孫の天皇が、闘ったり殺し合いをしたり、悪いこともたくさんやっている。神話なんだから、もっと立派な、きれいなだけのものにしようと思えばいくらでもできたはずなのに、そこをあえて…
想田 矛盾を含めたまま残している。弱さとか誤りをも抱擁するというか、受け入れるということですよね。
鈴木 そう。そしてそこには、神様も天皇もこれだけ過ちを犯す、ましてや我々は神でも天皇でもないんだからもっと謙虚になろうよ、という教えがあったように思うんですね。
ところが明治維新以降、西洋列強と肩を並べて「強力な国家をつくろう」とする中で、だんだんと思い上がりが生まれて、そうした「謙虚さ」はどんどん失われていった気がします。そして今、日本人は何も悪いことをしてないとか、謝れと言うなんて反日だとか言う人が増えてきている。本来、そこでちゃんと誤りを認めて謝れるのこそが日本人だと思うんですけどね。
想田 最近、橋下(大阪)市長の従軍慰安婦をめぐる発言が波紋を呼びましたけど、その議論の中でも、彼の発言を擁護して「過去の戦争を侵略だと認めるのは自虐的だ」「売国奴だ」という声が、けっこう聞かれましたよね。それは鈴木さんからすれば、本当の意味の「愛国」とはいえない?
鈴木 だって、個人だっていっぱい失敗もあるし、「あのときああすればよかった」ということはたくさんありますよね。集団だったらなおさらですよ。それが一点の過ちもなかったかのように言い張って、過ちを指摘することが反日だなんて、おかしいですよ。それなら「自虐」のほうがずっといい。 「謝れというなんて自虐だ」という人の中には、自分自身は普段弱いけれど、国家が強くなったら自分も強くなれるかのように錯覚している人が多いような気もします。それがそもそも間違っているんですよね。
●「富国強兵」から抜け出られていない日本
想田 いま、明治維新以降に思い上がりが生まれてきてしまった、とおっしゃいましたけど、たしかにそのころから、日本はどんどん「日本的」じゃない方向に進んできてしまった、そしてその延長上に今があるんじゃないかというのは僕も感じます。
例えばTPP。普通に考えれば、あれは日本には相当不利な条約です。TPPに参加すれば、農林水産物の4割くらいは駆逐されてしまうといわれていて、ということは僕たちが慣れ親しんできた田園風景も破壊されて、国土も荒れてしまうだろう。日本はさまざまな面で主権行使さえできなくなるかもしれない。そんな条約であるにもかかわらず、世論調査ではTPP参加を支持する人のほうが多いという結果が出ていますよね。
なんでなのかなと考えていたんですけど、当然ながらTPPに参加すると、得もいっぱいありますよという宣伝がされているわけですが、その「得」って何かというと、関税障壁がなくなるから外国に進出しやすくなるということですよね。つまりTPP賛成派が多いということは、自分もそれによって得をする、収奪される側ではなくて収奪する側になれると期待している人が多いのかなという気がしてきて。それって実は、明治時代の「富国強兵」と同じ発想なんじゃないかと思ったんです。富国強兵も、産業を興して軍隊を強くして収奪する側に回るぞっていうことですよね。その路線が敗戦後も払拭しきれず、潜在的に残されているから、これだけTPPに対する受容的な雰囲気があるのかな、と。
鈴木 原発もそうですね。あれだけ「危ない」とわかっていながら、よその国に輸出しようとする、それでもみんな何も言わない、という。
想田 日本の精神、日本的な美徳の一つだったはずの「謙虚さ」にも大きく反しますよね。
鈴木 明治維新以降も、日清戦争くらいまではまだ謙虚な部分があったと思うんですけどね。日露戦争で勝った――本当に勝ったかどうかは別にして、勝ったということになって、そこから思い上がりが生まれたんじゃないですか。あんな不利な状況でも勝った日本は神の国だ、と。そこから、アメリカと戦争するときも、「我々は神の国なんだから」と、精神力だけで勝てるかのように暴走してしまった。今もだんだんとそうなってるんじゃないかと思うことがあります。
想田 『坂の上の雲』がブームになったりするのを見ていても、あの日露戦争「勝利」の時期に、すごく郷愁を覚える人はいるんだろうなと感じますね。
でも、よく考えたらおかしな話ですよね。日清も日露も、勝った戦争は私たちの中にどちらかというと「いい戦争」のイメージがある気がする。一方、負けたアジア太平洋戦争は「悪い戦争」というか、基本的にネガティブなイメージ。勝った戦争はいい戦争、負けた戦争は悪い戦争と、そういう感覚がどこかにあるんでしょうか。
鈴木 僕らが学生のときも、右翼学生は「次の戦争で勝てばいいんだ」とよく言ってましたよ。
想田 戦争ってそういうものなのかもしれないですね。橋下市長も、あの慰安婦に関する暴言の中で「敗戦国として、侵略したということは受け入れなくてはならない」と言っている。翻れば、同じことをやっていても勝っていたら侵略だと認めなくていい、ともいえます。
鈴木 そうすると、もし日本があの戦争に勝っていたら、どうなってたんでしょうね。東京裁判じゃなくてワシントン裁判があって、アメリカを日本が占領して…そして、アメリカに天皇制を押しつける。今度、そんな映画を撮ってみたらどうですか。ドキュメンタリーじゃなくなっちゃうけど(笑)。
(構成/仲藤里美 写真/塚田壽子)
その2へつづきます -
「so-netブログ」というサイト(ブログ)から転載。
ネットで「参院選公約各党比較」で調べても、ほとんどヒットしないという異常な状態である。つまり、政策の比較をされては困るから、「経済良化ムード」だけでこの選挙を押し切ろう、という政府姿勢に、ネットも含めたマスコミは協力しているわけだ。
その中で、やっと見つけたのがこのサイトだが、この比較表にも主観的判断が入っている。(それは記述者自身が言っている。)特に、「改革」とは何なのかが不明だ。日本維新の会のように外資やユダ金の道具として日本を破壊し、国民の主権喪失を積極的に進める政党が「改革に前向き」とされ、「○」を貰い、日本を守ろうとする政党は「▲(黒三角)」や「×」をつけられたのでは、まるで前者は良くて後者は悪いような印象になる。
そういう点に注意すれば、各政党の基本姿勢を単純に把握する上では、このような表は役に立つ。とは言っても、単純化すれば野党はすべて似たようなもの、保守政党(維新の会やみんなの党も当然、政権補完政党であり、保守政党・偽野党だ。)は、偽野党を含むだけに表面的公約には微妙な相違があるが、本質は同じ、となる。
人間の頭はそれほど複雑なものを保持する能力は無いので、こうした「単純化された知識」はある程度利用できるだろう。
なお、ブログ記事タイトルは「各党公約比較」で、記事内では「公約各党比較」としたのは意図的である。こうした事に関心のある人が検索した時に、少しでも多くヒットさせたいという戦略である。
(以下引用)参議院選挙 2013
参議院選挙 2013 最新情報! 政治は参議院選挙で決まると言われています。注目の選挙情報!
参議院選挙 2013 マニフェスト・公約ブログトップ2013 参議院選挙 公約 比較 [参議院選挙 2013 マニフェスト・公約]
2013 参議院選挙 公約を比較してみました
各党の公約・マニフェストの争点を整理し比較してみました。政党 原発 消費増税 TPP参加 憲法 改革 自由民主党 再稼働推進 賛成 賛成 改憲 ▲ 公明党 脱原発 賛成 賛成 加憲 ▲ 民主党 脱原発 賛成 不明 不明 ▲ 日本維新の会 フェードアウト 賛成 賛成 改憲 ○ みんなの党 脱原発 反対 賛成 改憲 ○ 生活の党 脱原発 反対 反対 加憲 ▲ 日本共産党 脱原発 反対 反対 護憲 × 社民党 脱原発 反対 反対 護憲 × みどりの風 脱原発 反対 反対 護憲 × 新党大地 脱原発 反対 反対 改憲 ▲ 緑の党 脱原発 反対 反対 護憲 × 幸福実現党 不明 反対 不明 改憲 ▲
※上記の比較は、各党の公約・マニフェストから当ブログが独自に解釈し、
整理したものです。
※各党の公約・マニフェストは、各党名からリンクしています。
※詳細の内容については、ご自身で各党のマニフェストで確認して下さい。
※特に改革については、独自の判断しており、改革と公約されていても、
他の公約やマニフェスト内容から、判断させて頂きましたので、ご了承下さい。
※争点についても、関心が高い思われるものを独自に選択しています。
・原発:前の衆議院議員選挙では、意外と争点とならず、一番曖昧な主張をしていた
自民党が政権の中心となる結果となりました。政権奪取後は再稼働に意欲的な姿勢
を見せ始め、この選挙では争点の1つとして浮上しているように思えます
・消費税:来年より消費税増税されることが決定していますが、最終的な決定は、
今年の秋に行われます。(参考ブログ:消費税増税 いつから?)この選挙結果で消費税増税が先送りされる
可能性もあり、争点として注目されています。
・TPP:TPP交渉参加表明は安倍政権により決定されていて、マレーシアでの交渉参加も
話題になっています。(参考ブログ:TPPとは?わかりやすく考えよう!)
農業や、医療など国民生活にも直結するテーマであり、注目度は高いでしょう。
・憲法:憲法は当初言われたほど注目されませんでしたが、やはり注目度は高いでしょう。
・改革:独自に各党の公約・マニフェストから読み取りました。 -
「村野瀬玲奈の秘書課広報室」に面白い記事が載っていたので、転載する。
日本共産党を自民党の影の補完勢力とか攻撃するブログを時々見るが、どこをどうすればそういう見方ができるのか、不思議でならない。そういう書き手は、共産党が多くの地域で候補者を立てるために、「自民党の対抗勢力であるべき野党」に入るはずの票が分散する、とか言うのだが、馬鹿馬鹿しい論法である。そもそも、基本的な立場が違うから別々の政党があるのであり、なぜ野党という大きなくくりだけで他の野党に票を譲る必要があるのか。そして、そのような(マスコミ推薦の)「自民党の対抗勢力となるべき野党」がロクな働きをしたことが無いのは、我々はこれまで何度も学習したではないか。その中で、共産党だけは、他の野党とは画然と違って、常に自民党政権と毅然として対決してきた。原発問題にしても、真剣に問題視してきたのは共産党だけではないか。他の野党はすべて官僚の操り人形であり、財界の紐付きではないか。
まあ、日本共産党が「十全にして十善」だなどとはまったく思わないし、過去には内部粛清などの暗い歴史もあったのだろうが、今、信頼するに足る野党は日本共産党だけである、という私の見方は変わらない。日本人にはクーデターも革命も起こす勇気は無いだろうが、せめて日本共産党に自分の一票を入れるという冒険くらいはしてもいいのではなかろうか。その結果、どんなに悪く行っても、「全員が平等に貧乏になる」だけだ。(笑)それでいいではないか。どうせ人間、給与が1億円あろうが一度に一食しか食えないし、寝るときは畳1畳分しか必要とはしないのだから。他人を苦しめてまで自分がいい生活をしたいという思想にはそろそろお別れすべきだろう。
今でも福島の避難所で生活している人たち、原発事故収束のために放射線を浴びながら働いている人たち、不正ルートでしか売れるあてのない農作物を作っている人たち、罪悪感に苛まれながら放射能汚染された魚を取って売っている人たち、TPPで失業する可能性の高い業種に就いている人たち、生活保護削減や年金削減で苦しむ人たちのことを考えても、あなたは自民党や公明党、あるいはその別動隊の維新の会やみんなの党に投票できるのだろうか?
(以下引用)*下記記事の最後で共産党を「暴力装置」と書いたのは、共産党への好意に満ちた内容とのバランスを取るための下手なジョークだと解するべきだろう。
NEWSポストセブン - 国内 - livedoor ニュース
追及能力持つ共産党の10議席 他野党の数十議席と破壊力違う
http://news.livedoor.com/article/detail/7822093/
2013年07月03日07時00分
国民にとって「共産党」という党名と、その主義・主張に対するアレルギーは強い。だが、東京都議会議員選挙で日本共産党が、17もの議席を獲得し、民主党や日本維新の会を押さえ「野党第一党」の座に立った。多くの有権者が“劇薬”を手にしたのは、それが国民に負担を強いる安倍・自民独裁政治に対する究極にして唯一の「NO」の意思表示だったからか。 地方議会がオール与党化する中で、共産党が行政チェック機能を果たしてきたことが支持を集めた理由だろう。その機能は、参院選でも共産党に1票を投じるという「劇薬」の効能になるかもしれない。
国会では自民・民主の2大政党制が事実上崩壊し、民主党は消費増税で自公と手を組み、維新やみんなの党という「第3極」もアベノミクスを支持し、共産党以外の多くの野党が「安倍自民の補完勢力」と化した。
「自民党1強」の状況は、15年前の1998年参院選の時に似ている。当時は自民党と並ぶ2大政党の一角だった新進党が解党し、共産党は小党乱立の中で東京、埼玉、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫の7選挙区で当選、比例代表でも820万票を取って合計15議席を獲得、非改選と合わせて23議席に躍進した。
今回の参院選で共産党が都議選並みの得票率(13.6%)を取れば、非改選と合わせて会派として認められる10議席に回復する。仮に、いま解散・総選挙となった場合、衆院でも25議席オーバーが視野に入る。
「共産党が多少、議席を増やしても政治は変わらない」と考えるのは大きな間違いだ。共産党の10議席は民主党や第3極など「政権と戦わない野党」の数十議席とは“破壊力”が違うからである。
共産党の「最大の武器」が、全国に張り巡らせた地方組織と機関紙『しんぶん赤旗』を中心とする調査能力の高さであり、国政での政権追及能力は数々の政界疑獄事件に発展してきた。
第1次安倍政権を揺るがした一連の事務所費問題(*注)は赤旗のスクープが発端で、労働問題では財界中枢企業の「偽装請負」を追及して社会問題化させた。
最近では原発再稼働に動いた九州電力の偽メール事件を報じるなど、政官財による利権政治の暗部にメスを入れてきた。
国会ではそうした問題を、「追及を受けたくない議員の2トップ」(自民党閣僚経験者)といわれる国対委員長の穀田惠二氏や佐々木憲昭氏らが追及する。メディアの政界疑獄でも“ネタ元”が共産党議員であることは珍しくない。
だが、現在衆院8議席、参院6議席(改選3議席)の共産党は、質問時間がままならず「牙」が封じられている。穀田氏がいう。
「参院では議員が10人いれば本会議で質問ができ、委員会の理事にもなれる。これがないのは痛い。いまは参院の議運委員会理事会へのオブザーバー参加も認められていない。非常に歯がゆい。参院選ではなんとしても議席を増やしたい」
自民党にとって共産党躍進が厄介なのは、他の野党への取り込み工作も難しくなることだ。衆院事務局出身で国対政治の裏側を見てきた平野貞夫・元参院議員が語る。
「自民党は国会をうまく運ぶために野党理事を接待してきたわけです。しかし、共産党の議席が増えた時代は、理事会にメンバーを送り込んで目を光らせるから、そうした料亭政治ができなくなった」
自民党にすれば、与野党談合で懐柔できる野党ならば数十人の議席でも恐くないが、それが通用しない共産党の躍進は脅威なのだ。裏を返せば、他の野党が自民党政権をチェックできない状態が続くならば、有権者は共産党という“暴力装置”に手を伸ばすという選択もあり得るということだ。
【*注】架空事務所の支出を不正に請求、または過剰な支出を事務所費として計上していた問題。赤旗は伊吹文明・文科相や松岡利勝・農水相らが事務所費を不正請求していたことを報じ、安倍内閣の支持率低下の一因となった。
※週刊ポスト2013年7月12日号 -
「カレイドスコープ」から、全文転載。含まれている動画や画像も多分コピーできると思うが、あまり知られていない情報がたくさん含まれた記事だと思う。「解釈」部分は別としても、「事実」部分だけでも拡散した方がいい記事だろう。
(以下引用)Sun.2013.07.14現状を国民に知らせないように、東電と民主党の経済産業大臣は恫喝を続けた
日刊ゲンダイが吉田前所長の死去に当たって、奇妙奇天烈なことを書いています。
国民が知りたいのは、「吉田前所長を取り巻く環境の中で、いったい何が起こっていたか」についてであって、「英雄視云々」ではないはずです。こうした記事は、新聞記者、ブンヤ上がりのジャーナリストに多いようです。彼らは相変わらずです。
2011年3月11日以降、民間人で殺人的な高線量の福島第一原発構内に初めて立ち入ったのは、独立総合研究所の青山繁晴氏です。
(そのときの模様は青山氏のプログ「現場入りを続けています」に綴られています)
福島第一原発の連鎖水素爆発後、わずか一ヵ月後のことです。
この映像は青山氏が自らカメラを回して撮影したもので、すぐにテレビ各局で放送されたものです。
このときの青山氏は大分痩せています。氏は大腸がんの術後経過を見ている状態だったのです。それで原発構内に入るという無謀というか、命知らずというか…。
青山氏を構内に案内した福島第一原発の前の所長・吉田昌郎氏が生きていて、多くのことを語ってくれていたら、安倍内閣の再稼動への暴走を止められたはずだ、と多くの人は言います。
関西の報道番組「スーパーニュースアンカー」の水曜日レギュラーの青山繁晴氏が、7月10日の生放送で今まで表に出なかった事実について語っています。
動画は以下の三分割。三本すべて視聴すると30分です。
感激屋の青山氏は、ときどき感極まって怒鳴るように話すので大分耳障りですが、そのときはボリュームを調節ください。
時間のない方のために、各編ごとに重要ポイントを抽出しておきます。
04:15~
青山氏:
…吉田所長は、初対面なのに両手で固く握手してくれた。
小さなホームビデオカメラを持って、「恐る恐る、ひょっとして、一部なら撮っていいですか』と吉田所長に訊ねたら、『あっ、全部撮ってください」という返事。
そのとき、吉田所長は、「しかし、撮った後で必ず圧力がかかるから、青山さんならそうした圧力に負けない人だと思ったので来てもらった」と話した。
部屋に入る前に、吉田所長は僕の両手を握りながら揺さぶって、「こんな奥までよくきてくださったな、ありがとう、こんな深くまでね」と言われた。
なんで吉田所長が、「こんな奥深く」を強調するのかと思ったら、吉田所長は、後になってこんなことを言っていた。
「わが祖国・日本においては、福島第一原発がこんな現状になっているのに、専門家の中で誰一人、(原発構内に)入ろうという人がいなかった。入りたい、というオファーさえなかった」。
原子力委員会、原子力安全委員会、東京大学の先生方、そして東京電力の人間も全部、安全な東京にいて好き勝手な指示をしてくるから、どんどん無残な事態になるので、誰か専門知識のある人で、中に入る人はいないのかと思っていたら、前から関心を持っていたあなたがいた」と。
08:45~
青山氏:
…免震重要棟の2階にある緊急対策本部の床に座って待機している人が何人かいた。
その中で、いちばん若い人は19歳で、いちばん年配の方は67歳だった。
「定年になっても、日本のためにがんばれるのであればと思って、ここにやってきた」と、その67歳の人は言っていた。
そして、最年少の19歳の青年は、自らを暴力団関係者だと名乗りながら、こう言った。
「高校中退してから、ずっと曲がった人生をやってきた。
俺は組の手配でここに来たけど、来てから人生変わった。吉田さんを始めとして、あのオヤジも、このオヤジも、自分のためにやっている人は一人もいない。
みんなチェルノブイリとは違った結果にしようとして、ここに来ている人たちばかりだ」。
暴力団関係者でさえ、吉田所長には感化されたようだ。
00:54~
青山氏:
もう一度、津波が同じところから襲ってきたら、今度は(海側にあった)防いでくれる建物は破壊されてしまってない。
Jビレッジで着替えてからタクシーに乗り、郡山に向かっている途中、吉田所長から携帯電話に連絡が入った。
これは、「本店に(青山氏を独断で入れたことが)知れて、撮った映像を公開させるなと、早速、吉田所長に圧力がかかったな」と思いながら電話に出たら、そうではなく、豪快な声で「今日は意義のある良い議論ができましたなぁ。色々ありますよ、色々あるんだけれども、お互い約束したとおり頑張りましょう」と言って、電話は切れた。
つまり、電話の向こうの吉田さんの周りには、いろいろな人がいる(監視されている)、ということが分かった。
「色々ある」と何度も強調したことから、「映像を公開させるな」と圧力がかかったな、と分かった。
「しかし、青山さん、あなたに構内に入ってもらったのは、それと闘うためだよ、あなたも命懸けて頑張ってください」と、そういう電話だな思って、凄いな、この人は、と思った。
この電話が2011年4月22日の午後6時ごろのこと。
この1時間後に、政府と東電が 当時、存在していた統括本部の全体会議をやって、その席で当時の経済産業大臣(管理人:海江田万里のこと)が、「青山さんはテレビに出ている方でもあるから、よきに配慮するように本人に伝えます」と言ってことが分かった。
つまり、(海江田大臣は)僕に圧力をかける、とその会議で言ったのだ。
吉田所長が、この1時間前にくれた電話は、このことを知らせて、「青山さん、決して脅しに屈せず、そのビデオを公開して欲しい」という念押しの電話だったと悟った。
そして、この海江田経済産業大臣は「本人に伝えます」と会議の場で言っておきながら、東電の幹部に「青山に脅しをかけろ」と指示したようだ。
早速、東電幹部からあったのは、「原発構内に入ってしまったのは仕方がない。でも、その映像を公開すると、青山さんのためにもなりませんぞ」という脅し。
この言葉に大噴火して、「ためにならないとは、どういうことか、やるならやってみろ」とその東電幹部に問い詰めた。
その次は、当時の原子力担当の副大臣と、こんなことをやりあった。
「公開するために福島第一原発に行ったんだから、全部無償で、どのテレビ局にも出しますから放送されます。
委員は政府に任命されたのではない。委員(青山氏のこと)は、こちらから政府側に物申す立場だから、あなたに指図されるいわれはない」と言ったら、「権限はないんです、でも、言っておかなければならないんです」と。
東電を使って恫喝させてもダメ、原発担当の副大臣でもだめ、そして、とうとう官邸は、私を警察に逮捕しろ、と言った。
ところが、警察の側は、「福島第一原発の現場の最高責任者から許可を得て構内に入っているのだから、警察に逮捕することはできない」と政権側からの圧力を突っぱねた。
だから、今、こうしてテレビで語ることができる。
陰で、東電、当時の政権との攻防があった後、吉田所長は食道がんになってしまった。
そして、吉田所長は、入院先から青山氏に以下のようなメールを送った。

福島第一原発の惨状をテレビで放送したことによって、まず、官邸から現場への横暴な命令が少なくなった。
(つまり、作業員の被曝上限値を100ミリシーベルトから500ミリシーベルトに突然、引き揚げてしまったことに象徴されるような)
このことによって、作業員が収束作業に専念できるようになった。
暖房もなく、飲み水もなく、凍った握り飯1個だけで作業服のまま冷たい床に崩れるようにして仮眠をとるような苛酷な環境も改善された。
吉田所長は、多くの国民に真実を知らせれば、国民は目覚めるだろうと考えていた。
だから、まず、東電、政府の脅しに屈しないような人に構内に入ってもらって、まず事実を知らせたいと考えていた。
そうすれば、国民が立ち上がるだろうと。
吉田所長は、まず、国民を信じることによって危機的状況を変えよとしていたということだ。
吉田所長は魂となって、福島第一原発に飛んでいっているはずです。
東電・吉田元所長 食道がんと闘病中も「福島に戻りたい!
防潮堤も、汚染水処理施設も、循環冷却装置も、すべて仮設のまま
00:00~
青山氏:
吉田さんほどのリーダーでも、いつくか後悔をお持ちでした。
女子アナ:
去年7月23日に出された政府の最終報告書には、「吉田さんが2008年に大津波の試算結果を知りながら福島第一原発の津波対策を行なわなかった」と書かれています。
青山氏:
専門家による調査では、津波による被害が出る危険性があることを指摘されていた。
にもかかわらず、その対策を延期したことを悔やんでいた。
「自分で全部の責任を取ることができるのであればいいが、そうではない」と青山氏に話していた。
東電全体の判断だとしても、仮にも自分が管理部の責任者だったので、国会で本当のことを話したいと言っていた。
しかし、そうしているうちに3.11の震災が起きてしまった。
「すべてが引き受けられるようになってから」という意味は、吉田氏ひとりが、「防潮堤を造らなければ大変なことになる」と会議で主張するのは無責任だと考えていたということ。
吉田氏に同調した部下たちも、東電内では、その瞬間に将来の出世の道を絶たれてしまうから。下手をすれば解雇されるかもしれない。
だから、彼らに批難が及ばないようにして、自分が発言力をもう少し増してから取り掛かろうと考えていた。
いずれにして、「防潮堤の計画を延期」したのは東電の決定だった。
それよりも、吉田所長の悔いは別なところにある。
それは、これ。
防潮堤も、汚染水処理施設も、循環冷却装置も、すべて一時しのぎの仮設のものが、2年以上経った今も、そのまま使われている。
国会事故調査委員会の調べで、「地震で1号機の配管が壊れた」という報告書が出ていたのに、この間、原子力規制委員会の報告者では、「あれはプールの水がこぼれただけ。配管が壊れたのであれば水蒸気が出ているはずだ」となっていた。
新聞では、ほんの小さな扱いだった。本当は一面トップにならなければいけない記事。(下)地震直後の水漏れ、プールからか~規制委
(2013年6月17日)
福島第一原発の事故調査を進めている原子力規制委員会は17日、地震直後に1号機の原子炉建屋内で起きた水漏れの原因について、配管の破損ではなく、使用済み燃料プールの水がこぼれた可能性が高いとの見解を示した。
次の破滅的事態を引き起こさないためには、今の段階では、津波対策が何より重要。阪神淡路大震災も、十数年も経ってから、再び地震が起きた。
東日本大震災で、まだ大きな余震が起きていないということはリスクがそれだけ高くなった、ということ。
この写真の土嚢の防潮堤は、2011年6月23日に造った仮設の防潮堤だ。
これは、金属の網に石を入れてシートをかぶせているだけのもの。
一昨年のこの状態が、今でも続いている。
だから、電話で吉田所長が何度も青山氏に、「この仮設の防潮堤を本物の防潮堤にしなければならない。
これは、私がやらなければならないことだ」と言っていた。
なぜ、吉田所長でなければできないのかというと、後任の所長は、東電という官僚主義の会社にいる人だから、周囲を押し切って進めていくことなど期待できない。
信じがたいことに、役所は、「構内に新しい構造物を建設するのであれば、まずは書類を出せ」と言っている。
その書類審査に、なんと1年はかかると。
東電は東電で、それを聞いて、それならメディアが注目している他のことを優先しようと、今でも仮設のまま放置状態にされている。
今日、巨大な余震が起きて津波が襲ってきたら何が起こるか。
汚染水処理施設も、循環冷却装置も破壊され、汚染水タンクの水が津波とともに海に流れ出す。
そうなれば、漁民の生活どうなるだろう?
それが吉田前所長の無念なのだ。
吉田さんが、「国民に知っていただく」ことが何より大事だ、と言っていたのはこのこと。
書類審査だけで1年などと言っていないで、役人も学者も連携をして、防潮堤なら防潮堤をさっさと造る国に日本を変えましょうよ、というのが吉田前所長のメッセージだと思う。
(以上、重要ポイントのまとめ)
(管理人)
マスコミこそが当事者なのに、突然、傍観者に成りすまして正論まがいの記事を書く
次の津波が大きなものであれば、構内にある汚染水タンクが破損して、膨大な量の高濃度汚染水が流れ出すでしょう。
そうすれば、海を汚染することも大問題ですが、作業員が作業ができなくなってしまうのです。
そして、再び、原子炉と使用済み燃料プールを冷やすための水が入れられなくなってしまう可能性が出てきます。
その吉田前所長が危惧していたことが現実となっています。地下水汚染、南に拡大=福島第1、ストロンチウムなど-東電
(時事通信 2013年7月12日)
東京電力福島第1原発の地下水や港湾内の海水で高濃度の放射性物質が検出されている問題で、東電は12日、3号機タービン建屋近くの海側の観測用井戸で 11日に採取した地下水から、ストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり1400ベクレル検出されたと発表した。
この井戸は海側に設置されている中で最も南にあり、ここ数カ月はベータ線を出す放射性物質に関して検出限界値未満の状態が続いていた。
地下水の汚染がさらに拡大していることが明らかになった。
東電が、先月24日、福島第一原発2号機タービン建屋の海側に設置した観測用の溝から地下水を採取して分析したときは、放射性ストロンチウムが1リットル当たり1000ベクレル、トリチウムが50万ベクレル検出されました。
これは、国が定めた海への放出基準の8倍から30倍にあたる濃度。
ただし、これは井戸水です。
3号機タービン建屋近くにある深さ約30メートルの立て坑内の汚染水は国の定めた基準値の100万倍のセシウムです。福島第一3号機付近で限度の100万倍セシウム
(読売 2013年7月11日)
東京電力は11日、福島第一原子力発電所3号機タービン建屋近くにある深さ約30メートルの立て坑内の汚染水を調べたところ、国が定めた許容限度の約100万倍にあたる放射性セシウム137を検出したと発表した。
…調査は10日に行われ、水深1メートルの場所で、セシウム137が1リットル当たり1億ベクレルだった。6月までに調査が行われた2、4号機の立て坑内の濃度と比べ、10~1000倍高い。
問題は、今まで聞きなれないトリチウムです。
カナダの物理学者、ゴードン・エドワーズ博士、オーストラリアのカルディコット医師が、トリチウムの本当に恐ろしさについて警告しています。
汚染水の海洋放出 ガンを誘発するトリチウム汚染の恐怖
2011年の段階で、すでに、原子炉建屋の地下に遮水壁を建設する案が浮上していました。
しかし、やっと実現に向けて第一歩が踏み出されたのが、今年の5月。
『建設費は数百億円という。東電などは年末までに実現可能性や費用対効果を確認した上で、2015年度中の完成を目指す』ということです。
「費用対効果を確認」などと言っている間に、太平洋がさらに汚染される事態が実際に起こったのです。
もう手遅れでしょう。
青山氏が言うまでもなく、この周辺海域での漁業はできなくなってしまいました。
さらに、これだけの高濃度の汚染水が、少なくとも、(計画通りであれば)2015年の完成まで、タダ漏れ状態なのです。その量は増えることはあっても減ることはないでしょう。
太平洋の島嶼国からの補償を求める裁判が起こされる可能性が高い。
分かっていたことなのに、2年以上も、もたついていた国と東電による人災です。
毎日が「人災」で、もう国民は麻痺してしまったのでしょう。
2007年から検討を始めた国の新指針では「津波は最初から想定外」
もうひとつ。
時間がなかったのか、青山氏は肝心なことを言い忘れています。
新潟中越沖地震(2007年7月)が起こったときの政権は、安倍晋三政権(2006年9月26日~2007年8月27日)でした。
このとき、原発の専門知識を持つ共産党の吉井議員が、国会で福島第一原発が津波によって電源喪失する可能性があることを指摘していたのです。
それに対する自民党からの回答は、「何の対策もしていないが原発は津波で破壊されない」というものでした。
2007年7月、柏崎刈羽原発から放射能漏れが発覚したとき、国は原子力安全委員会が新指針を策定しました。2007年から議論を始めて、2008年から適用された新しい指針です。
その中では、「津波は最初から想定外」になっていたのです。
つまり、東電、国、当時の政権が、こぞって「津波では壊れない」という最初から「結果ありき」の結論を出していたのです。
吉田前所長なりに「戦略」を立てたのでしょう。
「福島第一原発の最高責任者になったら、有楽町の平和ボケの経営幹部たちの横っ面を叩いても防潮堤を造ろう」と。
しかし、予想より早く地震が起こってしまいました。
青山氏の報告で、東電の異端児、吉田昌郎という男が、いかに東電幹部や国からマークされていたかが分かるでしょう。
彼には、公での一切の発言が許されなかった。
未だに「原子力緊急事態宣言」(原子力災害特別措置法)は解除されていません。
安倍首相自身が、野田内閣のときに出された「原発事故収束宣言」を撤回する、と国会で明言しているのです。
原発事故は、今日も「継続中」なのです。
この日刊ゲンダイの記者は、今までの人生で本物のリスクを負ったことがないはずです。まったくトンチンカンな視点で記事を書いています。
また、ある経済記者は、「(吉田前所長が)事故前に安全対策に万全を期すよう大ゲンカしてほしかった。強く主張していれば、事故は防げた可能性があるのです」と書いています。
それを後押しするのがマスコミの役目でしょう。
彼らは、常に「ことが起こってから」自分たちの怠慢だけは棚上げするのが上手です。
何より、東電と国、そして経団連の召使いである政治家たちによる鉄壁の“隠蔽トライアングル”にガチガチに取り囲まれ、日々、監視同然の状態に置かれていた男の危険な境遇に思い至らない鈍感さ。
特に、原子力ムラからの政治献金と票集めに目を血走らせている政治家たちからの圧力は凄まじいばかり。
それさえ、捏造記事ばかり書いている日本のマスコミは明らかにできなかったのです。
吉田前所長が最後に希望をつないだのは、国でもなく、政治家でもなく、ましてや、マスコミでもなく「国民」でした。
「知らせること」によって、この国は変わると信じていたのです。 -
「長周新聞」が、安倍政権の政策全般を適切に批判しているので、参院選前の総まとめとして、転載しておく。
(以下引用)物価高の上に増税や福祉切捨て
安倍政府の社会保障改革
生活保護の改悪を手始めに 2013年6月28日付
安倍政府の社会保障改革 「マスコミは“アベノミクスで景気がよくなった”といっているけれど、もうかったのは輸出大企業とヘッジファンドだけ。一般庶民の暮らしはますます厳しくなっている」という声がちまたにあふれている。そのなかで安倍政府は、社会保障制度改革と称して、消費増税に加えて医療、介護、子育て、年金などの、社会保障を切り捨てる方針を具体化している。憲法改悪をはじめとする戦争政治と連動した、安倍内閣の大収奪・貧困化政治に対して国民の怒りは爆発せざるをえない。
国民搾り米国や財界に貢ぐ
下関市内に住む70代のある婦人は、燃料から光熱費、食料品まで、日日の生活に不可欠な物の軒並み値上がりに直面している。
月6万円の国民年金から、介護保険料や後期高齢者医療の保険料が引かれ、家賃や光熱費を支払うと残りはわずか。さらに離婚してパートで働きながら2人の子どもを育ててきた娘に仕送りもしてきた。葬式代にと貯めてきた貯金をくずしてきた。
生活保護は受けておらず「いつ倒れてもおかしくないから携帯電話が頼り」だという。
近所では、親が亡くなったことを契機に60代の子ども世代が都市部から帰省してきたが、非正規雇用で働いてきたため、年金は少ない。「子どもや孫の世代が年をとったとき、私たち以上に大変になる」と心配している。
同じく下関市に住む90歳の婦人は、市役所から突然、年間4万7000円の市県民税を払えという請求が届いて驚いた。この婦人は毎年確定申告をおこない年金は年間200万円あるが、夫が死亡し寡婦ということで市県民税は無料になっていた。しかし昨年から国は、年収400万円以下の人は確定申告をおこなわなくてよいとした。本人はそれを知らず、用紙が送られてこないのでそのままにしていた。
これまで確定申告が市税の目安であった。ところが確定申告がなくなると、夫が死亡したデータもなくなり、市は2人暮らしとみなして4万7000円の市県民税を請求した。申告をしなかった者の自己責任のような扱いだが、なんの説明もなく事情がわからなくて当然で、その他にも不当に支払った人も出ているといい、詐欺のようなやり方に怒りがつのっている。
国というものが国民の生命や財産を守ってくれるものだと信じていたら、とんでもない目にあうことが、市内のあちこちで語られている。それに安倍政府の社会保障の切り捨てが追い討ちをかける。
来年4月からは8%に 消 費 税
そもそも安倍政府の社会保障改革は、昨年8月、民主・公明・自民3党などの賛成多数で消費増税を柱とする「税と社会保障の一体改革関連8法」が成立したことに始まる。
それによって消費税は来年4月から8%、2015年10月からは10%に引き上げることが決まった。消費税は食料品をはじめとする生活必需品や公共料金の支払いなど、あらゆる消費に課税するもので、低所得者ほど負担が重くなる。そしてこのとき、年金、医療、介護など社会保障の切り捨てを同時に進める目的で「社会保障制度改革国民会議」が発足した。
今月12日、安倍首相は成長戦略の「第2弾」として、企業の設備投資を促す減税を来春から実施すると発表した。法人税減税については、すでに民主党内閣の2010年末、法人税の実効税率を40・69%(東京都内の企業)から35・64%に引き下げることが決まっている(2015年4月実施)。国民に消費増税の新たな負担を強いる同時期に、大企業はダブル減税となる。
過去の現実は「消費税収はすべて社会保障のために使う」など大嘘で、法人税減税による税収減の穴埋めに使われている。1989年の消費税導入時に法人税率は42%であったが、99年までのその後の10年間で12%も引き下げられた。法人3税(法人税、法人事業税、法人住民税)の1989年から2010年度までの減収額の累計は約208兆円。一方、同時期に国民からしぼりとった消費税額の累計は約224兆円にのぼった。税金負担を庶民に押しつけたのが実態である。
しかも消費税は海外への輸出企業に仕入れでかかった税額を還付するしくみになっている。消費税の税率が増えれば増えるほど還付金は増えることになる。ちなみに税金に関しては、日本の所得税制は累進課税を採用しているといわれるが、所得額が1億円をこえると所得税負担率は急激に下がる。100億円に至っては13・5%にまで下がる。その多くは株式の売却による所得だが、日本の税制がそうした所得に特別措置を適用しているからだ。
それに加えて、所得や利益を海外のタックス・ヘイブン(租税回避地)に逃がして、本来なら国に納めるべき税金を払わないですませている大企業や高額所得者がたくさんいる。そこから生まれる税収のギャップは、アメリカでは年間3450億㌦(32兆円)といわれる。日本の課税当局は推計すらしていない。
全基準の引下げに直結 生 活 保 護
安倍政府は生活保護の支給額を、この8月から2015年4月にかけて総額670億円減らす。生活保護基準額の削減幅は平均6・5%(最大10%)となり、1950年に現行の生活保護法が制定されて以来、過去最大の基準引き下げとなる。
生活保護制度の基準値は、最低賃金の額や基礎年金の支給額、また就学援助の基準、住民税の非課税基準、国民健康保険の保険料や窓口負担の減免、介護保険料の軽減基準、保育料の徴収基準など多くの低所得者対策の基準となっており、それらの切捨てに直結する大きな問題になっている。
下関市内の学校現場では、生活保護基準引き下げが就学援助の縮小につながると問題にされている。下関市の就学援助の基準は「生活保護基準の1・3倍以下の世帯」となっており、市内の小・中学高校の就学援助受給率は35・1%、山口県内でトップとなっている。
ある小学校では「市内の小・中学生の3割が収入の少ない家庭で生活している。生活保護基準が引き下げられると、これまで就学援助を受けていた家庭で受けられなくなる子どもが出てくる。教育費が払えない子どもを切り捨ててしまうということだ」と話されている。
「要支援」外す事を策動 介 護 保 険
介護保険をめぐっては、小泉改革で「要介護1」の人人の5~7割を「要支援」に引き下げて給付制限をしたが、安倍政府はさらに「要支援」の人人を介護保険からはずすことを狙っている。社会保障制度改革国民会議で「軽度者向けサービスの見直し」として論議し、来年の通常国会にも介護保険法改定案を提出しようとしている。
下関市内の要介護認定者(2012年度)は1万7595人だがそのうち「要支援1」が3221人、「要支援2」が2462人、合計して5683人となっている。つまり「要支援」の高齢者は全体の32%にのぼっている。この高齢者を介護保険の対象からはずそうというのである。
市内の介護現場からは、「いずれみんな年をとるし、病気にもなる。戦火をくぐり、焼け野原から今日の日本をつくってきた世代をないがしろにすること自体、国として恥ずかしいことだ」との声があがっている。
介護をめぐっては、保険料負担額は年年上がる一方で、「施設から在宅へ」といって特別養護老人ホームなどの介護施設は増やさず、このため介護施設に入所したくても入れない人が全国で42万人、下関市内でも約1700人にのぼっている。在宅で親の介護をするために「介護離職」をする人が増え、「介護殺人・心中」などの社会的悲劇すら起こっている。「介護の社会化」を政府に要求する声は切実さを増している。
物価下落を理由に削減 年金制度も
最近、日本年金機構から「10月から年金を減額する」という手紙が届き高齢者を驚かせた。この間物価下落にもかかわらず年金額を据え置いたので、その2・5%分を2015年4月まで3段階に分けて減らすというのである。この年金制度でも安倍政府は大幅な改悪を狙っている。
今月3日に開かれた社会保障制度改革国民会議では、「年金の支給開始年齢について、早期に引き上げを検討する必要がある」との意見で一致した。日本の公的年金の支給開始年齢は今年度から段階的に65歳まで引き上げられるが、その後67歳~70歳に引き上げる論議がされている。
年金問題の専門家は「平均寿命は永遠に延び続けるものではなく、今後下がる可能性が大きい。事実この2年は下がっている。70歳支給開始が決定し、平均寿命が75歳に落ちたと仮定すると、年金ももらえず職もない高齢者が増えるとともに、年金を40年間かけ続けてたった五年しか受けとれないことになる。国家による詐欺だ」と訴えている。
そのうえ安倍政府は、国民が零細な収入のなかから積み立てる掛け金(公的年金資金)に目をつけ、これを社会的に横領し、国債をはじめとする国内債券・株式や外国債券・株式を買って資産運用しており、それが急落すればツケは国民に回されることになる。
しかも3日の国民会議では、東大大学院の御用学者が、日本政府が膨大な債務を抱えている下で「国債市場での信任を確保するため、将来にわたって社会保障改革を続けていく意志と能力があることを市場に示していかなければならない」として、「消費税の再引き上げ」や「高齢者医療費をカバーする目的での死亡消費税の導入」を提案した。現在、日本の相続税は国民全体の4%の資産家にしかかからないのを、死亡した全国民の財産に消費税と同じ税率をかけて巻き上げる。税金は死んでもなくならない。
ODAや米軍費に散財 福祉切捨てる一方で
安倍政府や財界は「高齢化が進むと医療、介護、年金にかかる金は増え、借金はふくらみ、放っておけば将来にツケを回す」「国の財政が危機だ」という。しかし消費税を引き上げ社会保障を切り捨てた端から税金を散財してきたのは歴代政府や財界である。
この間安倍政府は、「国土強靭化」といって10年間で総額200兆円もの国家資金をゼネコンにつかみどりさせようとしてきた。またミャンマーにはODA(政府開発援助)910億円と債務免除5300億円、アフリカ諸国に対してはODA総額1兆4000億円と、日本企業の進出先に異常なバラマキをおこなった。
軍事費は11年ぶりに増額して、中国や北朝鮮をにらんでPAC3を買ったり南西方面の軍事力強化に使った。
そして異次元の金融緩和によって市場にマネーを注ぎ込み、アメリカのヘッジファンドや外国人投資家をもうけさせた。安倍政府に対して、法人税率の引き下げや農業分野の規制緩和、消費税の15%以上への引き上げを求めたのはIMF(国際通貨基金)である。
そして歴代政府は、毎年の在日米軍への「思いやり予算」に加え、米軍再編にも3兆円もの大盤振舞をしてきた。日本国民は、自分の納める税金で原水爆戦争の危機に追いやられようとしている。
日本社会を構成するすべての国民が、社会の一員として集団で労働し生活し、税金を納めているのに、国家の責任で社会保障すらしないのはみずから統治能力もない末期症状をさらけ出しているだけである。アメリカと独占大企業が、国家を使って税金を巻き上げては好き放題に使い果たし、国政が機能する構造はもはや隠しおおせなくなっている。
ヨーロッパでは緊縮政策による増税や教育・医療の切り捨てに反対して各国でゼネストが起こり、ブラジルやトルコでも物価の高騰を契機に数十万人がデモ行進をおこなっている。日本でも消費増税や社会保障切り捨てに反対する怒りは充満しており、それが安倍政府に鉄槌を加える大規模な行動に転化することは必至となっている。そのたたかいは、日本の独立と平和、繁栄をめざす運動のなかで重要な位置を占めている。










