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「JBプレス」から転載。
ユーロを維持するコストとユーロが崩壊するコストは、どちらが高いか、という興味深いテーマである。
そもそもユーロ経済圏の問題とは、通貨統合という冒険を、将来の十分な見通しも無しに「えいやっ」と断行したところにあるわけだが、今そのツケを支払うことになったわけだ。要するに、働き者の長男や遊び人の次男、偏屈者の三男、怠け者の四男、といった兄弟が財布を一緒にしよう、と決めたようなもので、政府の異なる複数の国が経済だけは統合しようというところに無理がある。もちろん、将来的には政治統合をも目指しているわけだが、その前に経済統合の部分から破綻しそうである。もちろん金融統合と財政統合は別の話だが、大きく見れば経済統合自体の無理、と言えるだろう。
ついでながら、EU(ヨーロッパ連合)の前身、EC(ヨーロッパ共同体)の段階ですでに「非関税障壁の撤廃、労働力・商品・資本・サービスの自由移動を認める統一市場を形成した」(山川出版「政治経済用語集」)わけだが、その結果欧州全体が、ECやEUが無かった場合より発展したかどうか、検証してみる必要があるだろう。
さらについでながら、下記記事の中にあるアルゼンチンのデフォルトと、そこからの奇蹟的回復という事実は、いわば「バブル経済(金融経済)」によって破産させられた国が、「実体経済(生産業経済)」の強さによって復活した事例である。つまり、「物作り」において強い国は、「金融経済に浸食されない限り」は安泰なのである。アメリカなどは、資源に恵まれ、文化的水準も高い国だったのに、第三次産業、つまり「物を作らない産業」へと移行したために国家として貧困化していったのである。これらは言うまでもなく、日本の今後への指針となる事例だ。
(以下引用)
過去にも通貨同盟は崩壊してきた・・・〔AFPBB News〕
ユーロを救う対策のコストは、救済しない場合の結果が恐ろしすぎて考えられないという主張によって正当化されている。
しかし、経済史には、後に固定が解かれた固定為替相場の例がいくつもある。通貨同盟の解体は、それより稀ではあるが、時折起きている。
では、ユーロを維持するコストは、ユーロが崩壊するコストと比べて高いのだろうか安いのだろうか?
この質問に簡単な答えはない。まず、ユーロ圏の崩壊と言っても、様々な展開がある。各国がそれぞれ元の通貨に戻る大規模な崩壊もあるし、欧州北部のハードカレンシー圏と南部のソフトカレンシー圏への分裂もある。少数の国が離脱することもあれば、退場する国が1つだけの場合もあるだろう。
さらに、立ち去る国と残る国が崩壊後に行う様々な選択によって、さらに複雑さが増す。そしてこれらはすべて、経済と同じだけ、あるいはそれ以上に法律と政治にかかっている。
ユーロ圏離脱の2つのシナリオ
2つの具体的なシナリオについて考えてみよう。ドイツは単独で離脱することもできるし、ドイツ産業連盟の元会長ハンス・オラフ・ヘンケル氏が最近提言したように、選ばれた小国集団――オーストリア、フィンランド、オランダ――とともに離脱することもできる。
2つ目のもっと可能性の高いシナリオは、ギリシャが離脱するか、追い出されることだ。
どちらの場合も、経済的な結果は壊滅的なものになる可能性があると多くのアナリストは言う。ドイツが離脱したとすれば、国際的な短期投機資金が「より大きく、より安全なスイス」に一斉に押し寄せるため、新ドイツマルクが急騰し、ドイツの製造業が苦しむことになる。
ドイツの銀行は、国内の預金と融資の新通貨への切り替えには対処できるだろうが、その時は自国通貨に換算したユーロ建て対外資産の価値が下がるため、資本を増強しなければならなくなる。
ギリシャが離脱したとすれば、生まれ変わったドラクマは急落するだろう。これは輸出業者にとってはいいかもしれないが、金融史を研究するカリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーン教授が「あらゆる金融危機の母」と呼ぶものの引き金になるだろう。ユーロに対するドラクマの切り下げで、ユーロ建てのままのすべての債務がとてつもなく大きな負担になるのだ。
同時に、すでに出口に向かってじわじわ進んでいる預金者が一目散に出口に向かう事態が発生し、ギリシャの銀行システムが崩壊するだろう。
スイスの銀行UBSのエコノミストらの最近の調査では、こうしたシナリオはいずれも、コストが恐ろしいほど高くなることが示されている。ドイツが離脱した場合、ドイツが負担するコストは1年目が国内総生産(GDP)の20~25%に相当し、その後は毎年、その半分程度のコスト負担が生じる。
ギリシャが離脱した場合には、1年目のコストがGDPの40~50%、その後の年間コストが約15%になるという。
このようなコストは、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルがデフォルト(債務不履行)した場合に3カ国を救済するためにドイツが支払う一度限りの費用を小さく見せる。だが、UBSのリポートは、ユーロから出ていく国が欧州連合(EU)からも出ていかなければならないという極端な前提に基づいている。
この見方に関しては法的な議論があるが、政治がほぼ確実にそれを凌駕するだろう。地中海東岸で辛い思いをした隣国を抱えたままにしておくこと、あるいはドイツを切り離すことは、欧州の幅広い利益にはならない。
欧州の政策立案者たちは、単一市場をユーロ紙幣のたき火で焼き殺すのではなく、必死に守ろうとするだろう。このことは、ユーロ圏解体の経済的影響が、UBSのエコノミストたちが想像したほど破壊的にはならないことを示唆している。
アルゼンチンの教訓
歴史の教訓は何を物語っているだろうか?
通貨同盟というものは、より大きな政治的分裂の一環として崩壊する傾向がある。ルーブル圏は、ソビエト連邦の崩壊後、長く存続することはなかった。チェコ共和国とスロバキアの通貨統合は、ものの数週間しか続かなかった。
こうした状況は、はっきりとした類似点を示すものではない。だが、2001年終盤から2002年初頭にかけての債務・通貨危機の間に、ペソのドルペッグ制を絶ったアルゼンチンは、ギリシャにとって教訓的な前例になるかもしれない。
アルゼンチンは、自国通貨をドルに固定した1991年に米国との通貨同盟に近い制度を創設し、カレンシーボード制に基づく外貨準備高を通じてドルとの繋がりを支えていた。
その後10年間のアルゼンチンの経験は、ギリシャが2001年にユーロに参加してからのギリシャの経験と不安に感じるくらいよく似ている。どちらも最初は力強い成長を遂げたが、競争力の低下と財政の悪化に苦しんだ。ギリシャ経済の最近の急激な落ち込みは、国債がデフォルトし、通貨を切り下げる前のアルゼンチン経済と瓜二つだ。
アルゼンチンの危機は血なまぐさいもので、銀行預金の引き出し制限(コラリート)が実施され、銀行の資産と負債がそれぞれ異なる為替レートで換算し直されたことによって預金者と銀行が多額の損失を被ったが、それが転換点になった(図参照)。
生産高がさらに落ち込んだ後、アルゼンチンは2003年に9%成長し、その後2008年の金融危機と2009年の世界的な景気後退で減速するまで、ほぼその成長率を維持した(現在は10%近いペースで成長している)。
デフォルトを巡る悪意のある論議がアルゼンチンを国際資本市場から締め出し続けてきたという事実にもかかわらず、農産物に対する世界的な需要拡大の追い風を受けて、国の繁栄が復活している。
ギリシャにとって心強い前例でもあるが・・・
ギリシャがユーロからの離脱を余儀なくされたとすれば、アルゼンチンのケースがギリシャにとって心強い前例のように見えるかもしれない。
競争力を回復するために賃金を引き下げるという長引くプロセスよりも、通貨切り下げを行う方が迅速な治療法になるだろう。さらに、ギリシャの債券の大部分は国内法に基づいて発行されており、これが、現在計画されているヘアカット(債務減免)よりも大幅な削減を課す自由裁量を多少なりともギリシャに与えている。
現在提案中の債務交換がまとまった場合には、これはもう通用しなくなる。英国の法律に基づいて書かれる新たな契約では、今よりはるかに投資家保護が強化されるからだ。
だが、アルゼンチンの前例は、危機がいかに殺伐としたものになり得るかを示している。大規模な社会不安、次々と失脚する大統領等々だ。
しかもギリシャの場合、危機はもっとひどくなる。1つには、急増する経常赤字など、ギリシャが好況時に増大するのを許した歪みは、アルゼンチンのそれよりはるかに大きいからだ。
さらに、ギリシャは銀行預金の引き出し阻止や資本規制の導入に加え、新しい硬貨や紙幣という形で新通貨を導入するという大問題にも直面する。コンピューターからパーキングメーターに至るまで、あらゆるものを再調整しなくてはならない。数多くの新たな困難が、ただでさえ悲惨な状況をさらに悪化させるだろう。
最も心配なのは他国にパニックが広がる事態
だが、投資家にとっても欧州の指導者にとっても本当に心配なのは、ギリシャの離脱が他国でパニックを引き起こし、ポルトガルやアイルランド、そして恐らくイタリアやスペインでも銀行取り付け騒ぎが起きる可能性があることだ。
ギリシャは、アルゼンチンがほかの国の金融制度に組み込まれていたよりもはるかにしっかりと欧州各国の金融制度に組み込まれている。ユーロ圏は、経済統合では期待外れであることがはっきりしたかもしれないが、金融統合はたちどころに進んだ――これは今では慰めと正反対であることが判明している。
ユーロ圏は途方もない規模で感染そして混乱が広がる余地を与えている。これが、ユーロ圏の危機をこれほど厄介で、これほど処理しにくい問題にしている理由だ。PR -
昨日の増田俊男の言葉に関連して、パレスチナの国連加盟関係のニュースを二つ挙げておく。
記事はともに「朝日com 」からだが、最近のニュースは、記者の推測や意見までニュースの一部になっているので、正味の情報そのものが読み取りづらい。(引用1)で言うと「しびれを切らした」「必死だ」「不満が募っている」「失望は深い」などの言葉は、記者の印象であり、「事実」とは言えない。まして、「米国も頭から拒否権を行使するのは控えるべきだ」とか「イスラエルには熟考を求めたい」となると、いったいお前は何様か、と思ってしまう。朝日の記者が米国、イスラエル政府に上から目線で物が言えるほどの存在であるのか。
これは、言っていることの当否の問題ではない。これが社説なら、そう明記して「朝日com」に載せるべきだし、ニュースなら、書き方の基本がなっていない。記者の推測にすぎない部分は「必死だ」ではなく「必死なようだ」のように明確に推測であることを示すべきである。
まあ、忙しい現代社会だから、一字でも字数を少なくして記事を圧縮したいという場合もあるだろうが、「事実」と「推測」と「意見」の違いを明記するのは情報伝達の基本であり、そこをいい加減にやられると、世間に誤解を広めるだけである。
もっとも、書かれた記事の内容自体は、実は、これが「意見文」なら、もっともな事ばかりなのである。
(以下引用)
(引用1「朝日com」より)
パレスチナ―米国は拒否権使わずに
国連総会で、中東和平が焦点になっている。いっこうに進まないイスラエルとの交渉にしびれを切らしたパレスチナが、国家として正式に国連に加盟しようとしているからだ。
米国は止めようと必死だ。オバマ米大統領は、パレスチナが申請しても、安全保障理事会で拒否権を使うと明言した。
パレスチナ自治区のヨルダン川西岸では、国連加盟を求める市民のデモが起きている。「アラブの春」による民衆革命の刺激もあり、なぜ自分たちは主権国家として認められないのか、という不満が募っている。
93年にイスラエルと暫定自治で合意してから、自治政府は選挙などで実績をあげてきた。人口は西岸とガザ地区を合計すれば400万人を超える。
一方、交渉を続けてもイスラエルは占領地への入植をやめない。パレスチナの立場は弱くなるばかりという失望は深い。
国連加盟は象徴的な意味だけではない。国際刑事裁判所(ICC)や国連人権理事会にも加盟できる。占領地での不法行為を国際的に糾弾すれば、イスラエルには打撃になるだろう。
ここまで事態をこじらせたのは、仲介役の米国の責任が大きい。昨年9月に和平交渉を再開し、1年以内の和平合意を目指すと確認した。ところが、直後にイスラエルが西岸占領地で入植地の建設を再開した。それを止めることができなかった。
オバマ氏も板挟みだ。
拒否権を使えば、アラブ世界から「二枚舌外交」と反発をかう。しかし来年に大統領選挙を控えているので、米国内に支持者が多いイスラエルに圧力をかけるのも難しい。国内では右派から「テロリストとイスラエルを同等に扱っている」と批判される状態だ。
国連でオバマ氏は「イスラエルの安全保障への米国の関与は揺らぐことはない」と語った。米国が「公正な仲介者」の地位を失うことは、イスラエルの利益にもならないはずだ。
パレスチナが国連加盟を求めることは理解できる。ただ、安全保障理事会は採決を急ぐ必要はない。米国も頭から拒否権を行使するのは控えるべきだ。
国連加盟について、自治政府と統一政府を目指すイスラム組織ハマスは反対しているという。内部で意見が割れているとすれば、その意思統一の時間も必要だろう。
イスラエルには熟考を求めたい。周囲の民衆に敵視されたままでの安全保障はありえない。「2国家共存」を受け入れる以外に選ぶ道はないはずだ。
(引用2「朝日com」より)
米「拒否権を行使する」 パレスチナ、国連加盟申請なら
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米国務省のヌーランド報道官は8日、パレスチナが国連加盟を申請した場合の対応について「(国連安全保障理事会で)拒否権を行使する」と述べた。オバマ米政権はこれまで、加盟申請に反対するとしてきたが、拒否権の発動を明言したのは初めて。
国連加盟は、国連安保理が加盟を承認するよう国連総会に勧告し、総会が承認することで実現する。米国が拒否権発動を明確にしたことで、パレスチナの加盟は絶望的になった。報道官は「我々は(イスラエルとパレスチナの)2国家が平和に共存することを目指している」とし、一方的な加盟申請が和平交渉の障害になると改めて説明した。
ただ、パレスチナが加盟を申請し、米国が拒否権を発動した場合、オバマ政権はイスラエル擁護の姿勢を世界に印象づけることになる。そうした事態を避けるため、オバマ政権は今月下旬の国連総会に向けてパレスチナの説得を続けるとみられる。(ワシントン=望月洋嗣) -
「増田俊男の時事直言」から転載。
相当に危険な予言をしている。第二の9.11が起こる、というのである。その理由は、パレスチナ自治政府が国際的に認められることを阻止し、同時に中東での米国覇権を樹立することだと言う。今月9月23日から開かれる国連総会でパレスチナ自治政府が国際的認可を受ける前に、第二の9.11は起こる、と増田俊男は予想している。国連総会の期間は知らないが、この一週間の間に「パレスチナによる」イスラエル攻撃(もちろんイスラエルの自作自演だ)、あるいは「パレスチナによる」テロ事件が起こる可能性がある、ということだろう。まあ、どうなるか見ものである。
(以下引用)
1998年8月アフリカのケニアとタンザニアのアメリカ大使館が同時爆破された。
2001年9月12日同爆破事件の容疑者9名(アルカイダ一味とされていた)の裁判がニューヨーク地裁で開かれることが決まっていた。
2001年9月11日容疑者9名の弁護士達は無罪を証明する数多くの証拠を携え証人等と共にニューヨークのワールド・トレード・センターにおいて早朝から翌日の裁判の打合せをしていた。
今週9月23日から国連総会が開催される。
パレスチナ自治政府は国連加盟申請を国連事務総長に提出すると発表している。
事務総長はパレスチナからの申請を安全保障理事会(安保理)に付託する予定である。
15か国で構成される安保理は、もしアメリカが拒否権を行使しなければパレスチナの国連加盟を国連総会に勧告をする。
もしアメリカが拒否権を行使すればパレスチナの国連加盟は実現しない。
安保理の加盟勧告が拒否された場合、パレスチナは現在の「オブザーバー組織」から「オブザーバー国家」への格上げ申請を国連総会に求める。
国連加盟国193カ国中126カ国(65%)がパレスチナの国連加盟に賛成しているので過半数以上の賛成でパレスチナはオブザーバー国家に格上げされる。
パレスチナがオブザーバー国家になるとパレスチナは国連刑事裁判所に1967年の中東戦争でイスラエルがパレスチナから取得した地域(ガサ、ウエスト・バンク、エルサレムの一部)はイスラエルの侵略行為によって奪われた領域であるとして返還請求を求め勝訴する可能性は極めて高い。(オブザーバー組織では国際司法裁判所に提訴する資格がない)
同地区をイスラエルが失うと約50万人のユダヤ人は行き場を失うことになる。
アメリカは、今までの「小冊子」で解説したように中東政策を180度変更している。
アメリカは本年5月1日のビン・ラーディン(アルカイダの象徴的リーダー)殺害をもってテロとの戦いは終了し、新たな中東戦略を推進している。
それは昨年末から本年に掛けて北アフリカ(チュニジア、エジプト、リビア等)から中東諸国に起こっている反政府、民主運動である。
民主運動の活動家リーダーたちは資金的にはイスラエル、政治的にはアメリカに支援されている。
新中東政策の目的は民主運動で統率力のある独裁国家を倒し無機能多政党民主国家を作らせアメリカで教育、訓練された、いわばアメリカの傀儡である軍部エリートに国家を主導させることである。
つまりアメリカは中東の間接支配を狙っている。
アメリカが安保理でパレスチナの国連加盟勧告に拒否権を行使するとアメリカの新たな中東戦略を支えている民主活動のリーダー達がアメリカに敵対することになり、アメリカの新中東政策は挫折する。
アメリカに残されているのは安保理での議事妨害で決議を先延ばしすることしかないが、引き延ばしにも限度がある。
第二のセプテンバー(9月?)まで延ばせるかどうかが見物である。
しかし、もしパレスチナがいまだに「暴力組織」であることが世界の目前で証明されればパレスチナの国連加盟もオブザーバー組織からオブザーバー国家への格上げにも賛成する国はなくなるだろう。
そしてパレスチナの和平はアメリカを仲介者としてパレスチナ自治政府とイスラエルとの直接交渉以外に道は無くなる。 -
朝日com.より転載。橋下知事の危険性が明確に現れてきたようだ。石原慎太郎二代目とも言うべき超右翼政治家である。それをファッシズムならぬ「ハシズム」と呼ぶ向きもあるが、その程度のネーミングでは、彼の危険性は一般人には伝わらないだろう。
この「橋下手法」に対する内田樹の論評を「引用2」として転載しておく。
権力の本質が暴力であり、さらに脅迫である、ということを、ヤクザの弁護士であったとかいう橋下は熟知している。あの童顔の下にあるのは怪物である。
「俺が実権を握った後は、俺に反対した人間は皆殺しにする」と言う人間と、「私が実権を握っても、私に反対した人に危害は加えません」という人間のどちらが実権を得ることになるか、自ずと明らかだろう。橋下のやっていることは、市職員に対する脅迫である。
恐ろしいのは、こうした「橋下手法」をむしろ面白がり、「実行力のある政治家」だとして高く評価するB層が、彼を支持する可能性が非常に高いことである。
自らは無力な庶民の、それも最下層にいる人々が、思いのままに暴力をふるって世の常識や秩序を破壊する怪物に快哉を叫ぶわけである。だが、破壊されるのは自分たちの生活なのだ。ナチスに反対する人間がすべて粛清されるなら、全員がナチスを支持する社会以外にはなりえない。そんな社会を大阪府民や大阪市民は望んでいるのだろうか?
(以下「朝日コム」から引用)
橋下知事「都構想推進する大阪市幹部、リストアップを」
大阪府の橋下徹知事は12日、代表を務める「大阪維新の会」の会議で、同会の大阪市議らに「大阪都構想を推進してくれる市幹部を10月初旬までにリストアップしてほしい」と述べた。大阪市長選を控え、平松邦夫市長や市幹部らを牽制(けんせい)する狙いがあるとみられる。
橋下氏は、維新の会として都構想の具体像や工程表をまとめた「推進大綱」について、「市役所は真っ向から反対しているが、実現する組織にしないといけない」と指摘。「市長選を取ったら一気に政治で人事権を行使する。(維新市議の)皆さんが市職員を詳細に評価してほしい」と訴え、「政治に足を踏み込んできている市職員がいる。根こそぎ外しにかかってください」と力を込めた。
橋下氏は会議後、報道陣に「(選挙前の)10月10日前後に人事会議をやる。そこで市役所の新しい態勢を決めていく」と述べた。
(引用2「内田樹の研究室」より)
橋下大阪府知事は、持論である大阪都構想に賛成の市職員を抜擢し、反対する市職員を降格するためのリスト作りを維新の会所属の大阪市議に指示した。
首長選の候補者が選挙に先立って公約への賛否を自治体職員の「踏み絵」にするというのは異例の事態である。
公務員が遵守義務を負うのは、憲法と法律・条例と就業規則だけのはずである。「大阪都」構想は、その当否は措いて、今のところ一政治家の私念に過ぎない。それへ賛否が公務員の将来的な考課事由になるということは法理的にありえまい。
まだ市長になっていない人物が市職員に要求している以上、これは彼に対する「私的な忠誠」と言う他ない。彼はそれを「処罰されるリスクへの恐怖」によって手に入れようとしている。
私はこの手法に反対である。
脅迫や利益誘導によって政治的意見を操作してはならない。私はそう信じている。それは強制された政治的意見は必ず間違っていると思うからではない。暴力的に強制されたのだが「内容的には正しい政策」というものは論理的には存在しうる。
私は政策の当否について論じているのではない。
「強いられた政治的意見」は「自発的な政治的意見」より歯止めを失って暴走する傾向が強いことを案じているのである。
歴史を振り返るとわかるが、「強制された政治的意見」を人々は状況が変わるといとも簡単に捨て去る。
後になって「ほんとうは反対だったのだが、あのときは反対できる空気ではなかった」という言い訳が通ると思えば、人はどれほど過激な政策にも同調する。私が恐れるのはそのことである。
あからさまな強制は、それに屈服した人たちに「説得力のある言い訳」を用意してくれる。その「安心」が人を蝕む。 -
2チャンネルから、現在の日本を総括する簡明な文章を転載する。
前半は文化的停滞、後半は政治経済的停滞の総括だ。
まあ、確かに現在の日本はこの通りなのだが、ではどうするか。日本をこんな風にした責任は誰にあるのか、これからどういう方向に行けばいいのか、を考えるのは無益ではないだろう。嘆き節ばかりでは何も変わらない。
何度も言うが、「思うに、希望とは道のようなものである。もともと道などない。歩く人が多くなればそこが道になるのだ」(魯迅『故郷』より)という言葉は真実だと私は思っている。
ついでに処方箋も示しておこう。それは「虚業を廃止して、生活に直結した産業を重視する社会に変えること」である。さらに言えば「社会システムを変え、金を一番必要とする底辺層に金が十分に行くようにすること」でもある。
(以下引用)
3 名前: 忍法帖【Lv=24,xxxPT】 【東電 78.2 %】 [] 投稿日:2011/09/05(月) 15:28:06.10
CDが売れない、いい曲がない
漫画の発行部数も右肩下がり
出版不況で本・雑誌が売れない
邦画・洋画ともにヒット作なし、DVDも売れない
新卒大学生が就職できない
少子化でアニメ産業もピンチ、玩具やゲームも売れない
超高齢化社会
コンサート、舞台も客が入らない
テレビも視聴率がとれない、ドラマも大コケ作品多し
死ぬほどつまらない番組ばかり
デフレ、円高、先の見えない不況
GDPも中国に抜かれ、世界の中で益々影が薄くなる
コメの消費量も減り続け、農業もピンチ
公共事業減や不況で建築業界もやばい
若者のクルマ離れ、クルマ売れない
地方経済崩壊、シャッター通りばかり
政治・外交も末期、尖閣問題も
地震・原発で日本さようなら -
「阿修羅」記事から転載。
私はこのブログで、自分が亀井静香ファンであることを何度も表明してきたが、下記記事の亀井発言を読めば、その理由もわかるだろう。今の日本で日本国民のため、という行動基準で働き、行動している政治家の中では亀井静香が筆頭である。小沢一郎は、亀井静香ほどには対米独立の意思を鮮明にはしていない。亀井静香のように、CIAに命を狙われても日本のために行動する、と大胆に発言した人間が日本の保守政治家の中に一人でもいただろうか。
下記記事に対するコメントも、なかなかいいことを言っているので、それも一緒に転載する。
(以下引用)
<いま最も勇気ある政治家><健全なナショナリズム><CIAを恐れない亀井静香><日本人なら対米自立派になれ> 本澤二郎
http://www.asyura2.com/11/senkyo119/msg/588.html
投稿者 五月晴郎 日時 2011 年 9 月 18 日 01:41:32: ulZUCBWYQe7Lk
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/51906647.html
「ジャーナリスト同盟通信」2011年09月17日 本澤二郎の「日本の風景」(880):
<いま最も勇気ある政治家> <健全なナショナリズム> <CIAを恐れない亀井静香> <対米従属派と自立派の決戦> <従属派・売国奴の代表は岸信介・中曽根康弘・小泉純一郎> <日本人なら対米自立派になれ>
を、下記に転載投稿します。
=転載開始=
【いま最も勇気ある政治家】
多くの日本人は北朝鮮を嫌っている。中国に対しても良い感情を抱いていない。筆者からすると、それは悲しい見方でしかない。なぜなら、かの国には外国の軍隊などいない。外国の軍事基地さえも。独立国なのである。自立しているからだ。日本は自立していない。全ての政策をワシントンに委ねている。対米従属派が東京を支配しているからだ。既に戦後66年。ようやく、おかしいと公然と従属派に対抗する動きが表面化してきた。これこそが日本再生の切り札なのである。
【健全なナショナリズム】
ワシントン支配にNOといえる政治家が現れてきた。彼らが対米従属派と対決するというのである。健全なナショナリズムの高揚といっていい。日米対等論を公約にした民主党である。松下政経塾は従属派の典型だが、反松下の中には対米自立派が多い。
小沢派や鳩山グループは自立派に違いない。自民党内のリベラル派にもいる。社民党や国民新党、共産党なども自立派だろう。だが、勝負を挑む勇気ある政治家はいない。と思っていたら、本物の自立派が名乗りを上げた。自立派と従属派の決戦が火ぶたを切ると大号令を発している。ワシントン・財閥が強要するTPPが第一ラウンドになろうか。
【CIAを恐れない亀井静香】
多くの永田町の政治家の怯えというと、それはCIAに狙い撃ちされることである。CIAに纏わりつかれると、政界からの失脚が待っている。最悪の場合、命の保証がない。ハリウッド映画の世界が、日本でも現実のものとなるかもしれないのだ。
田中角栄はロッキード事件で逮捕された。マスコミと検察が、CIAの手先だという事実を認識していなかったからである。彼は、直前まで「おれは違う。軍用機などに関係していない。中曽根だ」と思い込んでいた。当時の筆者もまるで事情をわかっていなかった。
最近は日米対等論を公約にした鳩山と小沢が、彼らの餌食にされてしまった。この様子に誰しもが震えあがっている。対抗しようという勇気のある政治家が皆無なのだ。共産党さえもCIAに楯つく勇気などない。公明党などは論外だろう。しかし、こんな日本でいいのか。いいわけがない。勇気ある政治家の登場を期待していたのだが、遂に現れた。
国民新党代表の亀井静香である。彼が最新の雑誌インタビューで対米従属派との決戦を呼び掛けたのだ。亀井は対米自立派の代表である。「CIAに殺されるまで戦う」と宣言したのである。
これはすごい。彼は本物の愛国者である。万感の思いで支持・支援したい。遂に本物の日本人・政治家が永田町に現れたことになる。亀井内閣の誕生が日本独立を約束するだろう。
【対米従属派と自立派の決戦】
ワシントンには、寛容なリベラル派も存在する。しかし、対日政策は全て産軍複合体が牛耳っている。軍事優先・緊張政策による利権外交である。その典型的な政策が沖縄に集中している。
金融など経済政策にも及ぶのだが、ひとたびワシントンから指令が発せられると、霞が関が動き、政権与党を懐柔してしまう構造になっている。日本をアメリカの属国と受け止めている日本人研究者は多いはずだが、それどころか「属領」と分析している専門家もいる。
日本人であれば、誰でも「おかしい」と思いながら、しかし、それを口に出したりする、行動に起こすことはしない。第一、久しく右翼団体も飼い猫のようにおとなしかった。そもそも右翼が対米従属派なのだから。右翼政治家ほどワシントンに忠誠を誓っている売国奴である。
ようやく賽は投げられた。亀井が大号令を発した。マスコミは彼のスキャンダル探しに躍起となるだろう。警察・検察の公安も蠢くことになろう。しかし、幸いにも彼は元警察官僚である。相手の手の内を読める。
かつて後藤田正晴という彼の先輩がいた。後藤田も事態を認識してはいたが、せいぜい中曽根の暴走外交を止めるのが精一杯だった。これまでCIAと対決する勇気ある政治家など日本に存在しなかった。
亀井の決起に賛同する政治家が出てくるとみたい。日本は、もはやどうにもならない危機的事態に追い込まれているのだから。窮鼠猫をかむ、のたとえである。亀井決起に覚醒する政治家が、次々と出てくるだろう。それは燎原之火のごとく、である。
胸に手を当てれば、売国奴政治家でいいわけがないのだから。
【従属派・売国奴の代表は岸信介・中曽根康弘・小泉純一郎】
このさい、明確にワシントンに身も心を捧げてきた売国奴政治家を列挙すると、まずはA級戦犯容疑者の岸信介が筆頭だろう。60年安保改定を強行した人物である。人は昭和の妖怪と呼んだ。中曽根康弘は超円高によるバブル経済政策を強行して、とどのつまり経済大国を破綻させた。平成の妖怪は筆者が名付け親である。小泉純一郎はワシントンの指令のまま郵政改革を強行した。さらに弱肉強食の経済に追い込んで、日本社会に格差を持ち込んでしまった。
日本属領内閣そのものだった。偏狭なナショナリストである。
【日本人なら対米自立派になれ】
対米従属派の官僚政治は完璧に破綻した。亡国の日本である。経済大国も福祉の日本も破綻している。福島原発も収束できない。何もかもが壊れてしまった。CIAのワシントンも、である。もはやアメリカ依存では生きられない。自立せよ、が唯一の選択である。亀井に続け、と叫びたい。
2011年9月17日15時55分記
=転載終了=
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コメント
01. 2011年9月18日 01:46:50: LbPgBxytTE
アメリカの軍事評論家・ロバート・ナイマン氏「週金」2011-1-21
「米軍基地の真の目的は、、、、
日本を米国の支配下に留めておいて、中国と手を結ばせないようにすることである。」
韓国民も同じ民族で油もない貧乏北朝鮮相手に
1機3500万ドルもする戦闘機F15Kスラムイーグルを
ボーイング社から40機も売り付けられている。
http://esashib.web.infoseek.co.jp/tohokuzisin03.htm
http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=massacre+iraq
沖縄の軍事基地を認めるということは
イラクやアフガン、朝鮮、ベトナムなどでの米軍による多くの家族虐殺の共犯者、犯罪的な傍観者になるということだ。
自分の家には「犯罪者や犯罪共犯者はいない」と思っていたら大間違いだ。
http://esashib.web.infoseek.co.jp/kenpo05.htm
沖縄の米軍基地は世界中で多くの家族を虐殺している。
自衛隊もその共犯者として同盟している。
家族殺しの血に塗れた歴史が厳然としてある。
http://www.jca.apc.org/~yyoffice/Son%20My/Part2.htm#2.
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1319480.html
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マドモワゼル・愛(注:男です。むさくるしい顔のオッサンだ。)のブログから転載。占星術師であるようだが、言っていることは、占いの話ではなく、健全な常識による未来展望だ。少し、船井幸男に似ている。私も世界がこのような方向に進むのが良いと思う。
今の世界は、世界史の変わり目にあるのかもしれない。NWOの陰謀が逆に働いて、彼らの悪事に対する反動が世界的に起こる可能性もある。それは、「世界史の真実」つまり、近代の世界史は西欧文明による他文明略奪の歴史であることに多くの人が気づくようになってきたからである。「西洋文明」ではなく、「ユダヤ大富豪による世界支配」と言うのが適切かもしれないが。
もちろん、彼らの影の支配に対する戦いは容易なことではない。だから、日本が一国だけで幸福になる道は、鎖国が一番だ。これほど簡単な方法はない。アフリカや南米の国々が自由貿易の結果、どのような貧困に陥ってきたかを考えれば、自由貿易のメリットよりデメリットの方がはるかに大きいのは一目瞭然なのだから。
まあ、鎖国論についてはもっと緻密な議論をしてくれる専門家の出現を期待することにして、今は「マドモワゼル・愛」の言葉を聞いてほしい。日本への愛による愛の言葉だ。
(以下引用)
新らしい魅力的な生活スタイルを築くことができたら、
大混乱は自然終息する。
その場合は大混乱を利用して次の収奪新システムに
移行したい勢力を抑えることが可能になる。これから競争が始まる。
その競争は壊し合いの競争をならざるを得ない。
だから今回の混乱は世界的に行きつくところまで行く可能性がある。
具体的に言うと、金融異変、それに伴う経済破綻、同時に食糧危機、
などだが、政変ももちろん大きくなる。世界では大混乱になると思うが、
こうしたことがこの5年以内に進行しピークを迎えるだろう。
日本も大混乱だが上がちゃんとした日本のことを考え実行する者が
政治を行えば、混乱はかえって新たなシステムを生むチャンスにもなる。
アメリカではそれは期待できない。これまでの負のツケが大きすぎ、
悪魔に乗っ取られすぎた形。FRBの負債はいかばかりか。
それは国民につけられたツケなのだから、アメリカは奴隷化されるか
何十代にまでわたるツケを永遠に支払わされるか、
国自体を崩壊させるか、しかない。
本当なら基軸通貨を持つことは強みだから
何としてもそれを維持した政策で行くのが
本筋と思われるが、そうした方向ではなく、アメリカの打つ政策は
ことごとく自国を追いこみ、
崩壊の際の衝撃がわざと大きくなるような政策ばかりの
連続であるから、これは本気で壊したいのだな、とわかる。
目的達成のためには、第二次世界大戦まで引き起こすのが
人間のトップだ。
アメリカを壊し、資本主義を壊し、世界を大混乱にする程度のことは
当然行う。甘く見ない方がいい。日本はそこで何を行うか。
食糧危機が訪れた場合、日本はこれまでの農業政策で
非常に不利な形にされているので、かなり効く。
だから真っ先に行わねばならないことは、
食糧自給体制の確立となる。
日本の女性が率先してこれは行えると思う。
マンションの中でも屋上でも農作物は作れる。
しかも美しい農園風園芸が流行することになる。
日本はいずれ上が変わるだろうから、そうしたらとにかく鎖国し、
変な人とは付き合わないようにし、
新たな生活のシステムを作ってしまえばいい。
それはあっという間にユートピアにすらなる。
10年以上前に出した、森と平野に分化定住する時代、
だが、本当にそうした時代がやってくる。
この本は出しておいてよかったと今更ながら思う。
エネルギーもタダになる。食糧もタダになる。
教育は国まかせではなく、地域の優秀な人がいいシステムを
考え実行するようになる。
どこに行ってもそれぞれの文化や風土に根差したものが息づき、
旅行が楽しくて仕方なくなる。
移動も自転車道が全国に整備され
電動自転車が乗り捨て自由で安価で借りられる。
ホスピタリティに富んだ旅館、温泉、民宿、それがどれも安価で清潔で愉快だ。
日本人全員がやさしく親切で善意で人に接するようになる。
守るものはなくとも与えるものがたくさんあるという人々の群れ。
それでいて無限に生み出される富。上が変わり、政策が変わり、
時が変わると、こうしたことが起きてくる。何より地球が喜ぶ。
地球の富を一人占めし、地上の民を使役しつくしたところから、
世界は行き詰った。
その逆の政策は人間味にあふれた地上の楽園を作っていく。
白人に壊された無数の楽園と民の息吹はすみやかに再生される。
200年前のハワイやインドネシアや南の海洋諸国などは、
どんなに楽園であったことだろう。
500年前のアフリカにはどんなに豊かな喜びの日々が
あったことだろうか。
そうした人間の営みが今度は力を持って、
一回り豊かになってよみがえってくる。
人は上を目指さなくなる。自己の充実を完成を目指すことで、
他者との争いは不要になる。
生きる喜びの表現としての文化が花開く。
上の上の支配者も、支配者でいることに飽きてくる。
そんなことよりも素直で正直な民に囲まれ、
うそでない尊敬を集めて生きることを求めだす。 -
「増田俊男の時事直言」から転載。
予測が外れても何の責任も取らなくていい学者や経済評論家と違い、増田俊男は自分の発言への信頼性が自分の生活に直結している。いわば、予測のプロだ。まあ、だからと言って、その予測が当たるとは限らないが、その言葉は聞くに値するだろう。
その増田俊男が下記記事で言っている、いや、ほのめかしているのは、「9.11」に近い事件がアメリカで勃発する可能性が高い、ということだ。いや、米政府自体が、「9.11 10周年記念テロ」の可能性を言っているのである。もちろんそれは自作自演テロだが、別に精密な計画の必要などない、というのは9.11で証明済みだ。どんなに粗雑な自作自演でも、米政府がこうだと発表すれば、それで通るのである。おそらく50年後には、すべてが詐欺だったことが歴史的事実として認められるだろうが、その時には事件の張本人たちはすべて墓場の中である。
まあ、米国での「突発的大事件」で米国株式が大暴落する前に、関係者は米国株を売り払うことである。もちろん、そう考えている人は無数にいるだろうから、今さら遅い、ということになるかもしれないが、少しは損を減らすことはできるだろう。
(以下引用)
「今こそ生と死の選択の時」!
とは現在先行受付中の「小冊子Vol.28」第9章の副題である。
オバマ大統領の$470 billion(約36兆円)に及ぶ雇用対策を中心にした経済成長パッケージの発表後NY株価は307ドル下落の中暴落だった。
(私の指摘通り)アメリカ経済の病根に手を付けていないからだ。
このままではアメリカ経済は間違いなくリセッションに逆戻りだろう。
経済自律作用が働かない時こそ政治出動の番である。
ブッシュ政権時の2001年は、クリントン時代のバブル崩壊の最中にありアナリスト達はアメリカ経済の不況突入は避けられないと口を揃えていた。
丁度その時NYのワールド・トレード・センターに小型機が突入、ビル爆破、崩壊と同時にワシントンD.C.のペンタゴン(国防総省)にも小型機が激突、炎上の映像が世界中を駆け巡った。
この日を待っていたかのようにアメリカはテロとの戦争を世界に宣言、同盟国はもとよりロシア、中国までも巻き込みアメリカ主導の世界戦争が始まった。
以後2007年10月のNY株価が最高値をつけるまでアメリカはもとより世界は好況を満喫した。
今アメリカ経済は再びリセッションに陥ろうとしている。
ヨーロッパ、特に東欧諸国の財政危機は今や解決不能に陥りイタリアも中国の国債買いでやっと救済されるような状況である。
日本は大震災復旧公共投資と金融緩和続行で先進国中唯一成長トレンドに乗ろうとしているところへ野田機能不全内閣になった。
今回の「小冊子Vol.28」で、はたしてアメリカは「伸るか反るか」の勝負にでるかどうかを分析した。
1967年以前のパレスチナとの国境線に戻れと言うイスラエルに死を求めるオバマ大統領の真意について述べると共に今後の中東情勢を予告した。
21世紀の変化は政治、経済における価値観の変化である。
マネーの流れが逆転し、食糧、鉱物資源は枯渇する。
新しい形の植民地戦争のマグマが今噴出しようとしている。
こうした時、今までの投資の常識は通用しない。
絶対にしてはならない投資、絶対に報われる投資については最大の力を入れて書いたつもりである。
アメリカも伸るか反るか、我々も伸るか反るかになってきた。 -
「日経ビジネス」より三橋貴明の記事を転載する。(「休火山」というブログで見つけた記事だ。)
野田内閣がいよいよ国民いじめの大愚策である増税に踏み切ろうとしているようなので、災害復興時の増税がいかに馬鹿な政策かを、本職の経済記者(経済評論家か?)の筆で説明してもらおう。
この程度のことは、別に経済学の知識など無くても、素人でもわかることである。ただ、専門家の記事の方が説得力があるから代弁して貰うだけだ。
私は国債の市中銀行引き受けや日銀引き受けなどというまだるっこしい方法より、政府が日銀に命令して紙幣を大増刷させ、それを貧窮者に配れ、という考えだ。日銀がそれを拒否するなら、日銀のもつ紙幣発行権を取り上げて、政府が紙幣発行機関になればいいだけだ。どこの誰とも知れない民間グループが紙幣発行権を持っているという薄気味悪い事態より、そのほうがずっとましである。政府が紙幣発行権を持つと紙幣乱発をする、という人がいるが、政府より民間団体が信用できるという論拠がどこにあるのか。
(以下引用)*このブログでは図表はコピーできないので図は省略。
前回も解説した通り、増税とは国民の支出意欲を削ぐ政策だ。ここで言う支出とは需要のことであり、GDP(国内総生産)そのものだ。震災により、ただでさえ萎縮している国民の支出意欲を削り取り、GDPが低成長もしくはマイナス成長に落ち込むと、当然ながら政府の税収は減る。結果、被災地の復興の財源が先細りになってしまう。
さらにGDPが成長しないと、被災地が復興し、その地域から生産物などの付加価値が生み出されるようになった時、国民がその対価を支払うに充分な所得を得ることができなくなってしまう。
現在の日本は、国内の過剰貯蓄という問題を抱え、長期国債金利が世界最低という、深刻なデフレに悩んでいる。過剰貯蓄ゆえに国債の95%超は国内の金融機関などで消化され、しかも100%日本円建てだ。すなわち、日本は世界で最も復興財源を国債発行で調達しやすい国家なのである。
過剰貯蓄問題とは、要するに国内の金融機関に「運用先が見当たらないお金」があふれているという話だ。預金や生命保険料など、各金融機関が「負債」として集めたお金の貸出先が増えていないのである。結果的に、金融機関は国債購入に走り、長期金利が低迷している。
そして、なぜ金融機関に集まるお金の運用先がないのかと言えば、もちろんデフレだからだ。デフレ下では実質金利が高まり、同時に投資収益が下がるため、企業は融資を受けてまで投資を拡大しようという気にはなれない。
ともあれ、現在の日本の問題はあくまでデフレであって、マスコミなどで騒がれる「日本は国の借金で破綻する(=デフォルトする)」などという話ではない。前回も書いたが、政府が金融政策と財政政策のパッケージという「普通のデフレ対策」を行えば、日本はデフレから脱却することができる。
話を関東大震災に戻す。日露戦争の戦費などで政府に外貨建て対外負債があった当時の日本政府であっても、復興のための財源を国債発行に求めた。さらに、各種の「減税」も合わせて実施された結果、政府の財政は悪化した。
また、復興需要で輸入が拡大し、震災前まで1ドル=2.04円だった対ドル為替レートは、震災後には1ドル2.5円と急落した。2011年の東日本大震災発生後は、日本円の為替レートはむしろ「急騰」したが、それは現在の日本経済が極端な供給過剰に悩まされ、政府の対外負債もないに等しいためである。関東大震災後の日本を含め、普通の国は大震災に見舞われると、為替レートが下がる。
財政悪化や円の急落を受け、時の日本政府は復興が一段落した途端、緊縮財政に舵を切り、政府支出の削減を始めた。さらに、震災により金融システムがダメージを受けたこともあり、当時の日本は物の見事にデフレ経済へと突っ込んでしまう。いわゆる、昭和金融恐慌である。
図2-2の通り、政府の緊縮財政により、もともとデフレ傾向にあった当時の日本は、関東大震災後に再び東京小売物価指数がマイナスに落ち込んだ。1926年の東京小売物価指数は、対前年比で8%超も下落したわけであるから、まさしく「デフレ」だ。
復興後のデフレ深刻化を受け、日銀は「印刷機をフル回転させ」日本円の紙幣を刷り、マネタリーベースを拡大させた。時の蔵相、高橋是清も、一部の銀行に対しモラトリアム(支払猶予措置)を行うなどの手を打ち、何とか恐慌を沈静化させたわけである。
東日本大震災は「特別な事由」でないのか
昭和金融恐慌が収束し、物価はプラス方向に向かい始めたのだが、1929年10月のウォール街株式大暴落に端を発した世界大恐慌が始まり、日本経済は再びデフレの谷底へと落ち込んでしまう。しかも、時の濱口内閣が金本位制復帰を目指し、またもや緊縮財政や産業合理化に突き進んでいたことが、日本のデフレ深刻化に拍車をかけた。すなわち「昭和恐慌」の始まりだ。
1930年の東京小売物価指数は、対前年比で何と14.6%ものマイナスである。深刻なデフレを受け、高橋是清が再登板し、日銀の国債引き受けや政府支出拡大などのリフレーション政策を実施した。結果、日本は世界が羨むほどの速さで恐慌から脱することができたのである。
さて、話を「今」に戻す。東日本大震災の復興の財源確保のために、日銀による国債引き受けを主張する人がいる。筆者は別に日銀に国債を引き受けさせずとも、国内に過剰貯蓄があるわけであるから、普通に建設国債を発行すれば良いのではないかという意見だ。とはいえ、本当に日銀の国債引き受けが実現できるのであれば、もちろん筆者も賛成する。
問題なのは、復興増税を主張する政治家や評論家などが、
「日銀の国債引き受けは法的に禁止されている」
「日銀が国債を引き受けると『歴史的に』インフレを制御できなくなる」
などの虚偽情報を流していることだ。
日銀の国債引き受けが「法的に」禁じられているという話は、前回も解説した通り、明確なうそである。財政法第5条は「特別な事由」がある場合の日銀引き受けについて、国会の決議の枠内において認めている。東日本大震災のような大規模災害が、「特別な事由」でないはずがない。
円の供給量が増えれば円高も一服
また、現在の日本は消費者物価指数(CPI)上昇率がマイナスで推移し、国債金利も世界最低だ。日銀が国債引き受けでマネタリーベースを増やしたところで、インフレ率が制御不能な状態に陥るような事態は発生しない。
しかも、リーマンショック以降にアメリカが極端な量的緩和政策を採っており、日本円の流通量が足りないこともあり(何しろデフレだ)、円の為替レートは高めに推移している。日本政府は、震災後3月16日の1ドル76円台という極端な円高を受け、「円売り、外貨買い」の為替介入を行った。とはいえ、日本円の流通量が「相対的に」少ないという大元の問題は解決されていないため、円の為替レートはすぐに上昇に転じてしまった。
ちなみに、日本政府(財務省)の為替介入は、銀行などに「政府短期証券」という債券を発行し、調達した円でドルを購入するというスタイルだ。購入したドルを現金のまま保有していても仕方がないため、日本政府は米国債を購入することになる。すなわち、日本政府の為替介入は、政府の借金を増やし(=政府短期証券発行)、アメリカ政府に貸し付ける(=米国債購入)というプロセスになるのだ。
大震災で復興のための「日本円」が必要な時に、何が哀しくて政府が借金を増やし、アメリカ政府に貸し付けなければならないのだろうか。日本政府が日銀に国債を引き受けさせるなりしてマネタリーベースを増やせば、復興の原資が確保できるのはもちろん、円の供給量が相対的に増えることで、円高も一服することになる。
さて、日銀の国債引き受けに反対する人々が言う「日銀が国債を引き受けると『歴史的に』インフレを制御できなくなる」について考えてみたい。1929年の世界大恐慌のあおりを受け、デフレ状態に落ち込んだ日本において、実際に高橋是清が日銀の国債引き受けという対策を打った。果たして、「インフレが制御できなくなる」状況になっただろうか。
高橋是清存命の時代、東京小売物価指数の上昇率は、ピークの1933年であっても6.5%に過ぎなかった。小売物価指数上昇率6.5%を「凄まじいインフレ」と評価するかどうかは、個人の価値観の問題だが、少なくとも「インフレが制御できなくなった」という言い回しは使えない。
制御不能のインフレは、軍事費が原因だった
ところで、金融政策と財政政策のパッケージという「普通のデフレ対策」により、昭和恐慌から脱した日本だが、その後の東京小売物価指数の上昇率は確かに高まっている。なぜだろうか。
実は、「普通のデフレ対策」により日本が恐慌状態を脱したことを確認した高橋是清は、政策目標を達したとして、政府支出の削減に乗り出したのである。政府支出削減とは総需要抑制策であるため、インフレ対策の一種だ。
「デフレの時には、デフレ対策を打つ」
「インフレの時には、インフレ対策を打つ」
高橋是清は、まさしく現代の政治家が忘れてしまった「当たり前のこと」を実施しようとしたわけであるが、削減される政府支出は軍事費がメインになっていた。すなわち、高橋是清は総需要抑制策として、拡大した軍事費を切り詰めることでインフレを沈静化させようとしたのである。
これに腹を立てた(これだけが理由ではないが)一部の軍人がクーデーターに走り、高橋是清は暗殺されることになる。すなわち、二・二六事件である。
二・二六事件以降、日本は軍事費の削減が不可能になり、1937年以降、日中戦争に邁進し、国内のインフレ率は高まっていく。今も昔も、戦争こそがインフレを暴走させる。日本国内で生産される武器弾薬は、次々に軍隊により消費されるが、その費用はもちろん政府支出により賄われる。政府支出にしても、GDPの需要項目の一部である。国内のリソースの多くが軍に割かれ、供給能力が高まりにくい環境の中において、需要が拡大する一方になるため、物価は上昇傾向に向かうのだ。
図2-2を見ると、日本の物価上昇は1941年以降に本格化している。もちろん、太平洋戦争勃発が原因だ。いずれにせよ、日中戦争以降のインフレ率上昇は軍事費の拡大が主原因であり、昭和恐慌時の日銀引き受けのためではない。日銀引き受けで『歴史的に』インフレが制御できなくなるわけではない。軍事費拡大による需給バランスの崩壊こそが、『歴史的に』インフレ率を高騰させたのだ。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
1996年の橋本政権も同様だが、震災復興のために財政支出が拡大すると、政府は「復興後に」緊縮財政に走ってしまう。結果、日本経済にデフレ深刻化という病をもたらすことになったわけだ。関東大震災、阪神・淡路大震災(95年)と、日本政府は2度も「間違い」を起こし、震災復興後にデフレ不況を到来させてしまった。
しかも、今回の東日本大震災に至っては、政府はなんと復興前の時点から「増税」というデフレ促進策を採ろうとしているのである。先にも書いたが、関東大震災後の日本政府は、震災被災者の生活を支援するために「減税」を実施した。
今回、日本政府が本当に復興目的で消費税をアップしてしまうと、被災者までもが負担を強いられることになる。さらに、前回も書いたように大震災後に増税を実施したようなおかしな政府は、人類の歴史に存在していない。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという。それでは、歴史からも経験からも学ぼうとしない人は、果たして何と呼ばれるべきなのだろうか。 -
「山科恭介のブログ」に、恐るべき記事があったので、転載する。
恐るべき、と言ったのは、諸外国が日本からの食品輸入を禁止しているという事実ではない。その食品が日本国内では平然と流通しているという事実なのである。同記事にある農水省のレポートは、国民全員が知るべき事実であるが、さらに恐ろしいことに、こうした重大事実をマスコミは、おそらく意図的に隠している。そして日本国民は放射能汚染された食品を毎日体の中に取り込んでいるのである。
うちの娘の学校の理科の教師など、関東の放射能は問題ない、などと何の根拠もないことを生徒に言い、生徒はそれを、教師が言ったことだからと信じたりしているようだ。その教師は、その発言に対してどのような責任が取れるのか。まあ、国が問題ないと言っていたのだから、自分が同じことを言っても罪には問われない、と思っているのかもしれないが、道義的な罪はどうなのだ、と言いたい。これは風評被害などというレベルの話ではなく、人命に関わる問題なのである。
(以下引用)
尚、日本の農作物はもうすでに世界中の国から忌み嫌われていることは、ご承知だと思うが、それがどの程度なのかを知っている人間が日本にどれだけ居るだろうか?
9月6日付で、国民に知られないようにひっそりと出した農水省の資料を是非、ご覧いただきたい。
そこに驚愕の事実が記されているので、眼を皿のようにして見なさい。
要するにだ、日本にはもう真っ当な食べ物など、無いってことだよ。(笑)
農林水産省 「諸外国・地域の規制措置」
http://www.maff.go.jp/j/export/e_info/pdf/kensa_0906.pdf
