(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)
中国を高く評価している現在の綱領
日本共産党の現在の党綱領では、中国やベトナムなどの「改革・開放」路線やドイモイ(刷新)路線を高く評価して、次のように規定している。
「今日、重要なことは、資本主義から離脱したいくつかの国ぐにで、政治上・経済上の未解決の問題を残しながらも、『市場経済を通じて社会主義へ』という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探究が開始され、人口が13億を超える大きな地域での発展として、21世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしていることである」
具体的な国名は書いていないが、中国、ベトナム、キューバを「社会主義をめざす国」と評価していた。このことは、2004年1月の第23回党大会での不破哲三中央委員会議長(当時)が綱領改定報告で「『社会主義をめざす』国に北朝鮮をふくめているのか、という質問でした。7中総(第7回中央委員会総会)でもお答えしましたが、私たちが、現実に社会主義への方向性に立って努力していると見ているのは、中国、ベトナム、キューバであって、北朝鮮はふくめていません」と述べていることでも明白である。
この3国が「21世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしている」と言うのだから、社会主義をめざす日本共産党として最大限の評価をしているということである。
中国評価の規定を削除へ
ところが来年(2020年)1月に行われる第28回党大会でこの評価を削除するそうである。
今年11月4日の第8回中央委員会総会で志位和夫幹部会委員長が綱領の一部改定案についての報告を行っているが、そこで「大きな改定が必要になりました」と述べている。
前述したように現在の綱領では、中国、ベトナム、キューバについて、「社会主義をめざす新しい探究が開始」され、「人口が13億を超える大きな地域での発展として、21世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしている」と規定している。だがそれが実態に合致しなくなったというのだ。
一般常識で考えれば、この間の中国やベトナムの経済発展は目を見張るものがあったが、根本的な体制の変化があったわけではない。それなのに志位氏はなぜ「大きな改定が必要」と言うのだろうか。
志位氏の理屈はこうだ。
――中国、ベトナムなどの現状を評価する場合に、何よりも重要になるのは、それぞれの国の指導勢力が社会主義の事業に対して真剣さ、誠実さをもっているかどうかにある。
――ただし、中国やベトナムの国に住んでいるわけではないので、これらの国の指導勢力の真剣さや誠実さをはかる基準としては、対外的な関係――外部にあらわれた事実を評価するしかない。
この基準に照らし合わせると中国は大きく変質してきたという。
「社会主義」と両立し得ない4つの問題
志位氏は報告で4点について述べている。
第1に、核兵器問題をめぐる問題である。
中国はかつて核兵器禁止の国際条約を求めていたが、これに敵対する立場を取るようになってきたという。その時期は、志位氏によると「2008年から2009年ごろ、胡錦濤政権の最後の時期から習近平政権が始まる時期」(11月7日、綱領の一部改定案についての結語)だそうである。恐らく中国での核兵器開発が大きく進展したから態度を変更してきたのであろう。もともと核兵器開発に必死に取り組んできた国が核兵器廃止に本気で取り組むはずもない。
第2に、東シナ海と南シナ海での覇権主義的行動である。
中国公船による尖閣諸島の領海侵入、接続水域入域が激増・常態化している。他国が実効支配している地域に対して、力によって現状変更を迫ることは、国連憲章および友好関係原則宣言などが定めた紛争の平和的解決の諸原則に反するものだと指摘している。
また2014年以降、南シナ海において大規模な人工島建設、爆撃機も離着陸できる滑走路、レーダー施設や長距離地対空ミサイルの格納庫、兵舎などの建設を進めてきたことについても批判している。
第3に、中国は国際会議の民主的運営を踏みにじる横暴な振る舞いもしてきたと言う。2016年にマレーシアのクアラルンプールで開催されたアジア政党国際会議(ICAPP)総会で、中国共産党代表団が、同会議の宣言起草委員会が全員一致で確認した内容(核兵器禁止条約の速やかな交渉開始の呼びかけを含む)を一方的に覆したというのだ。
第4に、人権問題の深刻化である。
香港での自由と民主主義を求める市民の行動を抑圧し、武装警察部隊を展開させ、武力による威嚇まで行ったことである。またウイグル自治区で、大規模な恣意的勾留、人権弾圧が中国当局によって行われていることが問題だと言う。
これらの中国の行動は、どれも、社会主義の原則や理念と両立し得ないものであり、中国を「社会主義をめざす新しい探究が開始」された国と判断する根拠はなくなったと結論づけている。
絶賛したベネズエラが失敗
現綱領の骨格とも言えるもう1つの箇所でも改定が提案されている。それは、次のように規定している箇所だ。
「21世紀の世界は、発達した資本主義諸国での経済的・政治的矛盾と人民の運動のなかからも、資本主義から離脱した国ぐにでの社会主義への独自の道を探究する努力のなかからも、政治的独立をかちとりながら資本主義の枠内では経済的発展の前途を開きえないでいるアジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの広範な国ぐにの人民の運動のなかからも、資本主義を乗り越えて新しい社会をめざす流れが成長し発展することを、大きな時代的特徴としている」
1999年2月、ベネズエラでチャベス政権が誕生した。同政権は「21世紀の社会主義」を掲げていた。同政権はマルクス主義政党によるものではなかったが、革命に成功したということで日本共産党はこれを大いに評価した。それがこの規定に反映されていたのだ。
だがチャベス政権、その後を継いだマドゥロ政権とも政権運営に失敗し、経済ではハイパーインフレを引き起こし、大量の人民弾圧・人権侵害を行っている。到底、評価できるようなものではなかったのだ。そこでこの規定も削除するというのである。
中国も駄目になり、ラテンアメリカも駄目になり、社会主義への展望や流れはついにほとんど消えてしまったというのが、今回の綱領改定提案なのである。
志位氏の報告では、キューバについても、マドゥロ体制を支えていることに憂慮しているという。残るはベトナムだけである。ベトナムは、「『経済上・政治上の未解決の問題』を抱えつつも、社会主義の事業に対して『真剣さ、誠実さ』をもってのぞんでいる」と言う。
もはや、社会主義をめざす運動は、「21世紀の世界史の重要な流れの一つ」でなくなってしまったのだ。「資本主義を乗り越えて新しい社会をめざす流れが成長し発展すること」が「大きな時代的特徴」などではなくなってしまったということである。
そもそも一党独裁国家を評価することが間違っている
今回の綱領改定提案は、要するに21世紀の世界についての日本共産党による特徴付けが、ほぼ間違っていたということである。本来は、この誤りの根底に何があったのか、このことを厳しく自己分析することこそが日本共産党指導部の責任であろう。
だが、もちろんそんなことをする政党ではない。それどころか志位氏は報告で、こういう規定することには「合理的根拠があった」と強弁している。その理由として、1998年に日中両共産党の関係正常化を図った際、当時の中国指導部が毛沢東時代の覇権主義的干渉の誤りを認めたこと。2003年のイラク戦争に反対したことを挙げている。これで、それまでの中国共産党への評価を一変させたのである。前者について言えば、日本共産党との関係だけのことである。後者はアメリカが仕掛けた戦争だから反対したのである。中国人民にも、日本国民にも何の関係もないことだ。
そもそも一党独裁国家が国内では人権弾圧を行い、外に向かっては覇権主義に走ることは常識である。これこそが諸悪の根源なのである。「経済上・政治上の未解決の問題」などという中途半端な言い方ではなく、一党独裁体制を厳しく批判することこそ日本共産党の責任であろう。「社会主義」を名乗る国に対して、その批判ができないのが日本共産党ということである。
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