英国防省は20日、ロシア軍との戦闘を続けるウクライナに対して、主力戦車「チャレンジャー2」とともに、劣化ウラン弾を供与することを表明した。劣化ウランは、原発や核兵器に使用するための濃縮ウラン(核燃料)抽出後に出る残渣で、比重は鉄の2・5倍、鉛の1・7倍ある。戦車などの鋼鉄製の標的を容易に貫通させることができるため、合金化し砲弾の弾芯として利用したのが劣化ウラン弾だ。米国や英国はイラク、ボスニア、アフガニスタンなど世界中の戦場で使用してきたが、炸裂したさいに飛散する放射性物質によって一般市民を含む多くの人々、とりわけ子どもたちに甚大な後遺障害をもたらしてきたことで知られる。戦況が長期化するなかで停戦を促すことなく、もっぱら武器供与を続ける西側諸国の関与は世界をより危険な水域へと導いている。
停戦促さず戦火に油を注ぐNATO
英国政府がウクライナへの劣化ウラン弾供与を発表したのは、米国が始めたイラク戦争開始から20年目を迎える日であり、中国の習近平国家主席がロシアに赴き、プーチン大統領にウクライナとの和平案を提示したタイミングでもあった。
劣化ウラン弾供与の動きに対して、ロシアのプーチン大統領は21日、「それが現実となった場合、西側が核を成分とする兵器を使い始めていることを念頭に置き、対応をとらなければいけない」と警戒を促した。
ロシアのザハロワ外務省情報局長も同日、「(劣化ウラン弾が使われた)旧ユーゴスラビアの二の舞いになる。人命を奪うだけでなく、環境を汚染し健康被害を引き起こす」と英国を批判。ラブロフ外相も22日の記者会見で、(飛散する放射能によって)とくにウクライナの農業に悪影響が及ぶと問題視した。
これに対して英国防省は声明で「(劣化ウランは)標準の材料であり、核兵器とは何の関係もない」「英国軍は数十年にわたり、徹甲弾に劣化ウランを使用してきた」と反論。「ロシアはこれを知っているが、故意に誤った情報を流そうとしている。英王立協会を含む科学者グループによる独立した調査で、劣化ウラン弾の使用による人体や環境への影響は低い可能性が指摘されている」と正当性を主張している。
だが、過去に使用歴があることが「人体に影響がない」ことを裏付ける論拠にはならず、劣化ウラン弾の非人道性を「ロシアの偽情報」で済ませるわけにはいかない。
原料は核廃棄物 湾岸戦争で最初に使用
劣化ウラン弾が最初に実戦で大量使用されたのは第一次湾岸戦争(1990年)で、米英軍が350~800㌧使用したと推計されている。それまで対戦車貫通弾にはタングステンが利用されていたが、核保有国に“核のゴミ”として溜まり続け、処分に困っていた劣化ウランの方が、より安価で、貫通能力に優れ、1200度で燃焼する高い焼夷効果をもつことに着目して兵器転用が進められた。コソボ紛争で10~100㌧、アフガニスタンで1500㌧、イラクでは公式発表はないものの2000㌧使用されたとの推計もある。
被爆地・広島市は、「劣化ウランとは核兵器の製造や原子力発電で使われる天然ウランを濃縮する過程で生じる放射性廃棄物で、天然ウランよりウラン235の割合が少なくウラン238の割合が高くなったもの。劣化ウランの成分の約99・8%はウラン238で、その放射能が半分になるまでの半減期は45億年」と説明する。また「劣化ウラン弾が目標物に当たると爆発し、霧のようになった劣化ウランの細かい粒子が空中に飛散する。これを吸い込むと、化学的毒性により腎臓などを損傷するとともに癌などの放射線障害を引き起こす。また、土壌などに付着し、半永久的に環境汚染も引き起こす」と危険性を喚起している(ホームページ参照)。
劣化ウランは濃縮ウランに比べて核分裂性のウラン235の含有量は少ないが、主成分の「ウラン238」も同様にアルファ線と呼ばれる強い放射線を放出する。まき散らされる微粉末(エアロゾール)は「悪魔の煙」とも呼ばれ、体内に取り込まれることで内部被曝をもたらす。
湾岸戦争当時、米国では帰還兵約70万人のうち18万6000人が何らかの病気や障害を訴えた。ボスニアやイラク戦争の帰還兵からも、うつ症状やガン・白血病、免疫不全などが次々と発生し、「バルカン症候群」「湾岸戦争症候群」などと呼ばれ、広く社会問題となった。
だが、米国政府や軍は劣化ウラン弾との因果関係を否定し、「ストレスによるもの」など他の要因をあげて不問に付した。因果関係を立証するためには、劣化ウランによる汚染状況や病気発症率など多くの交絡因子を調査しなければならず、多大な時間と労力を要することに乗じて、これまで疫学調査を含めた科学的な調査はおこなわれていない。
だが、約300㌧もの劣化ウラン弾が使用されたと推定されるイラク・バスラでは、湾岸戦争前の1988年と比較して、5年後あたりから癌死亡者が急増しはじめ、2000年以降には20倍に達したと報告されている(バスラ大学アル・アリ医師の調査)。とくに小児の白血病が急増し、非汚染地区との癌患者発生率の比較では、リンパ腫(5・6倍)、白血病(4・9倍)、脳腫瘍(4・4倍)、肝癌(2・1倍)、骨癌(2倍)、胎児性癌(1・4倍)、肺癌(1・5倍)など軒並み高水準となった。現地住民だけでなく、帰還兵の間でも奇形児発症率が高まったという提起もあるが、因果関係は不明のままだ。
米軍が地下施設を爆撃するため劣化ウランを含む「バンカーバスター」を使用したアフガニスタンでは、深刻な地下水汚染が発生した。ここで米軍が使った劣化ウランの量は1500㌧を上回るとされている。カナダの独立機関「ウラン医療研究センター」は、空爆を受けたアフガン各地の住民の尿検査で、他地域の一般人に比べて最高200倍の濃度でウランが検出されたと報告している。
NATO軍が約3万発の劣化ウラン弾を撃ち込んだボスニア(旧ユーゴスラビア)でも1999年の段階で、ガンの発生率が約1・5倍になったことをボスニア保健省が報告している。近隣では白血病の罹患率や奇形児の出生率増加などの健康被害が問題になり、欧州でNATOの責任を問う世論が高まった。
国連人権小委で禁止決議も
1996年、国連人権小委員会は、劣化ウラン弾は非人道兵器・大量破壊兵器であるとして禁止を求める決議を採択(賛成15、反対=米国、棄権8)。欧州議会も2007年、劣化ウラン弾使用禁止の決議をおこなっている。
日本国内でも、原子炉から生み出される劣化ウランは「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)に規定される核燃料物質として特別な管理の下に置かれており、300㌘(30㍉径の劣化ウラン弾1本分に相当)をこえる劣化ウランを許可なしに使用することはできない。輸送・貯蔵などの取扱いについても、厳重に法律で定められている(関西電力が濃縮役務を委託する米ウラン濃縮会社に無償譲渡していることが物議を醸した)。
また、国連環境プログラム(UNEP)も2022年発表の報告書で、ウクライナでの劣化ウラン弾使用に懸念を示し、「劣化ウランや一般的な火薬に含まれる有害物質は、皮膚刺激や腎不全を引き起こし、癌のリスクを高める可能性がある」と指摘。「劣化ウランの化学的毒性は、その放射能による影響の可能性よりも重大な問題と考えられている」とのべている。
世界的には「無差別殺傷兵器」「非人道的兵器」と認識されている劣化ウラン弾は、使用地域やその地で暮らす人々に拭いがたい禍根を残すことになることが実証済みであり、それを使う国がどこの国であるかによって使用が正当化されるような代物ではない。
「ロシアが核を使う可能性がある!」と声高に非難する欧米側が放射能兵器である劣化ウラン弾を供与し使用を促す――このような二重基準こそがロシアのウクライナ侵攻を招いた一方の要因であり、核戦争の現実的な脅威を引き寄せている。
ウクライナを被曝地帯にしかねない劣化ウラン弾の供与は、「ウクライナ支援」と称しておこなわれる西側諸国の一連の行為がウクライナの一般市民の命や権利を守ることとはまったく別目的でおこなわれていることの証左といえる。
また、最も核兵器被害の苦しみを知る広島選出である岸田首相がこの動きに便乗し、被爆国首脳として停戦に向けた独自の和平アプローチに踏み出さず、ウクライナへの装備品供与(3000万㌦分)を約束するなど、欧米側の代理人として犬馬の労をとっていることも被爆地としての使命を冒涜する恥ずべき姿として国内外の失望と批判をかっている。
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