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<転載開始>
ネット空間を広告無法地帯化させた、運用型広告の問題点について解説します(写真:tadamichi/PIXTA)
3月初旬に2つのサイト、クラシルとオレンジページで相次いで性的な広告が表示されたと話題になった。両者ともすぐさま謝罪するとともに原因究明や審査体制の確立を発表した。そのスピーディな対処はかえって評価されたようだ。
読者を不快にするネット広告
ただこの件は、今後同じ問題が続けて起こることを予感させた。性的な広告が表示されるのはこの2サイトに限らないからだ。そして読者を不快にする広告はほかにもある。歯茎をむき出しにした画像、目の下のたるみの不気味な画像などなど、目を背けたくなるビジュアルの広告がそこかしこで表示される。身体的悩みへの効用を表現したいのだろうが、度を超えたものであふれている。それらがおいしそうな料理や素敵なファッション、深刻なニュースの隣に野放図に表示される。
アドネットワークと呼ばれるネット広告の仕組みにより、どのページにどんな広告が出るかは関係なく表示されるのでこうなってしまうのだが、あまりの無神経さに思わずページを閉じてしまう。せっかく読もうとした記事を読む気がなくなる。
さらにネット広告はスマホの狭い画面に所狭しと表示され、見出しに誘われて開いた記事の本文がどれかわからない。読み進もうにも次々に広告が出現し、動画広告が勝手にナレーションを喋りはじめ、記事を読ませたくないのかと思うほどだ。
ページをめくると画面いっぱいに広告が表示されたり、動画広告を見ないと進めなかったりで、よりいっそう不快にさせられる。サイト運営は広告のおかげなのだから見て当然とばかりに広告を押し付けてくる。
いまやネット空間は広告無法地帯と化したと言っていいのではないだろうか。2つのサイト以外でも問題が浮上するのは時間の問題だと私は考えている。その無法地帯をもたらしているのはアドネットワークをはじめとする運用型広告なのだ。
伸びない雑誌デジタル、下がってしまった新聞デジタル
2月27日に電通が「2024年 日本の広告費」を発表した。毎年この時期に、前年の広告費をメディア別に集計しているもので、日本の広告動向を考える基礎データになっている。
インターネット広告費は前年比9.6%増で3兆6517億円だった。新聞・雑誌・ラジオ・テレビを合わせたマスコミ四媒体広告費は2兆3363億円なので、その1.5倍以上だ。
ただ、ネットメディアがオールドメディアに取って代わったわけではない。ネットにおけるメディアと呼べるものの多くは実は新聞と雑誌のデジタル版で、インターネット広告費のごく一部でしかない。電通のデータではその金額も出しており、雑誌デジタルは637億円と少なく、新聞デジタルはたったの195億円だ。しかも、その伸び率はインターネット広告全体と比べると低い。雑誌デジタルは前年比4.3%増、新聞デジタルに至っては前年比6.2%減と大きく下がってしまった。
ぐんぐん伸びるネット広告市場にいれば伸びそうなものだが、2022年まではなんとか食い下がっていたのに落ちこぼれてしまった。
インターネット広告費と新聞デジタル広告費を2軸で重ねたもの。電通「2024年 日本の広告費」より筆者作成
新聞がデジタルで稼げないのは、何よりDXに手をつけるのが大きく遅れ、時代に取り残されたからだ。業界として反省すべきだろう。
だがそれとは別に、ネット広告が運用型だらけであることが新聞雑誌のデジタル版にネガティブに働いた。何しろネット広告は薄利多売に陥っている。だから所狭しと広告を表示し、広告を見ないとページをめくれなくしてしまう。広告の中身の審査がゆるいから性的広告や不快な広告が平気で表示され、そのため読者が離れてしまう。私は最近、読みたい記事の見出しをニュースアプリで検索して読むようにしている。本体よりずっと読みやすいからだ。広告が不快なせいで広告費を失うのは本末転倒だろう。
そして2023年ごろから問題になっているのがMFA(Made For Advertising)サイト。昨年3月の記事「ネット広告を荒らす『悪意』に社会は勝てるのか」で解説したが、広告を表示するだけの目的の集団がAIを駆使して運営する偽メディアだ。企業の広告費のかなりの部分が得体のしれないサイトに注ぎ込まれてしまっている。アドネットワークに紛れ込むことで広告費をかすめ取るのだ。AIの進化によってその勢いは1年前よりさらに増すばかりだ。
記事らしきコンテンツのあらゆる隙間に広告が貼られる。実在のMFAサイトをもとに筆者作成
運用型広告費は米国巨大IT企業に吸い取られている
MFAを超えて問題を感じることがある。3月12日にインターネット広告費の詳細が発表された。いくつかの切り口で3兆6517億円の中身を解説している。広告種別ではビデオ広告が前年比23.0%増の8439億円、ソーシャル広告は前年比13.1%増で1兆1008億円だった。インターネット広告費の成長は動画やSNSが中心で、オールドメディアを脅かしている。
さらにインターネット広告費から制作費などを引いたインターネット広告媒体費2兆9611億円の中身を取引手法別で見ると、なんと運用型が2兆6095億円で88.1%を占めていた。出稿先が決まっている予約型広告は9.4%に過ぎない。ネット広告はほとんどがどこに表示されるかわからない運用型なのだ。
運用型だらけだから新聞雑誌デジタルは表示がむちゃくちゃになり不快な広告がまかり通る。そして主力は動画とソーシャル広告。
ここでよく考えてほしいのだが、動画広告と言えばYouTube、ソーシャル広告と言えばXやFacebookにInstagram。それらはほとんどが運用型でもある。日本のぐんぐん伸びるインターネット広告費はアメリカの巨大IT企業に吸い取られているのだ。
XのCEOはイーロン・マスク氏だ。トランプ政権ではあらゆる予算を削りまくり、USAIDが支援していた世界中の活動が次々にストップしている。Facebookを運営するMeta社はせっかくはじめたファクトチェックをやめてしまった。GoogleのピチャイCEOもトランプ大統領就任式の席にちゃっかり座っていた。
Facebookでは昨年、著名人の名前と写真を堂々とパクった詐欺広告が横行し数百億円も被害が出た。Xではインプレッションを稼ぐためだけの怪しいアカウントがタイムラインを跋扈し、「おすすめ」には偽誤情報やポルノまがいの投稿が平気で並んでいる。
クラシルやオレンジページは性的広告が表示されて問題になり、即座に対応した。一方でXやFacebookにはひどい投稿や詐欺広告と並んで日本の大手企業の広告が表示されている。これはいったい、どういうことだろう?
フジテレビに疑惑が生じたら即座に多くの広告主がCMを引き揚げたのは、まっとうな判断だろう。では無法地帯と化しつつあるネット広告を、広告主は検証しているのだろうか? 反社会勢力がひそかにうごめくいかがわしい裏通りに立派な企業の看板が出ているような状況を、なぜほっておくのか。
ネット広告が社会を、世界を悪くしていないか
広告はメディアの血流だ。社会に対してニュースやその解説を提供するメディアに養分を補給している。そしてニュースは民主主義を支える重要な存在だ。だとすれば、ネット広告はメディアを通じて民主主義を支え社会をより良くしているはずだった。
だが逆にいま、まっとうなメディアが養分を受け取れず息絶え絶えになっている。その代わりに巨大ITのソーシャルメディアを通じておかしな集団に広告費が回っている可能性が出てきた。ソーシャルメディアも疑問を感じてしかるべきなのに、巨大な広告費を吸い取っている。
大げさに言えば、日本の民主主義がいま、養分不足で干からびようとしている。企業は自分たちの広告費がどう流れているのか、洗い直すべき時だ。まっとうでない先に自分たちの貴重な広告費が注がれているなら、流れを変えてほしい。具体的に言うと、運用型の表示先をチェックしたり、運用型の割合を減らす検討が必要だ。PMP(Private Market Place)のように広告の表示先がはっきりした手法を取り入れるべきだろう。
メディアの側も、自分たちの広告の内容や表示形式をチェックすべきだ。コタツ記事のような安易に作った記事に大量の広告を表示するいまのメディア運営の潮流はいずれ行き詰まる。そんなやり方が儲かっていないのはデータから明らかだ。
私はここ数年、書く場所を自分で運営するMediaBorderといくつかの専門誌以外では、東洋経済オンラインに無意識に絞っていた。データや取材をもとに書いた記事をきちんとした編集者とやりとりし、一定の質を保てるメディアだからだ。広告が記事を妨げることもない。そんなメディア本来のやり方でネット空間が成り立つ方向に、ネット広告業界全体が必ず向かうと信じている。
(境 治 : メディアコンサルタント)
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