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徽宗皇帝のブログ

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「社会進化論」の罠
「ネットゲリラ」常連のtanuki氏のコメントだが、思考課題(ネタ)として面白い。ここで私の言う「思考ネタ」は、「進歩」や「革新」という概念のいかがわしさがあまり知られていないという事実である。その対立概念が「伝統」や「保守」だろう。で、資本主義は「進歩」や「革新」と非常に親和性が高いが、日本ではなぜか資本家が保守政治家とタッグを組むわけだ。
その大前提として、「保守とは『所有』に伴う心的傾向である」という確固とした命題(テーゼ)がある。ならば、資本家が政治的には「自分の『所有物』を守る」ために保守党政治家をバックアップするのは当然だが、しかし、「商売」として「進歩」や「革新」を利用するわけだ。これは実際に「技術革新」をすることが商売上の成功に結び付くわけだが、単なる「宣伝」としても進歩や革新は「古い商品を捨てさせ、新しい商品を買わせる」ことに結びつくわけである。進歩や革新が無ければ、人々は買った物を擦り切れるまで使い続けて、地球の資源は長持ちするが、商売人は困り果てるだろう。つまり資本家が言う場合はSDGsなど大嘘だ、ということである。
ついでながら、「進歩」陣営がほとんど無視している事実があって、それは「進歩で利益を得る人々と、被害を受ける人々がいる」という事実だ。たとえば、私が、「茶道や華道など古い。この世から抹殺すべきだ」と言ったら、私は茶道や華道の家元に暗殺されるだろうwww
で、今の時代のようにすべてが電子化されたら、「印刷文化」は消滅していくわけで、我々の手元には「電子情報」だけがあり、書籍(本)という「実物財産」は残らない。その電子情報は、配信元が廃業したら、それと同時に消えるのである。つまり、我々は進歩によって得られるものしか頭に無いが、進歩によって失われるものの無限の価値をいい加減に考えているのである。まあ、前に進むのもいいが、進む先が断崖絶壁かもしれない、ということだ。

(以下引用)


もう死語になってしまったがかつては「婦人」といったんですな。
それさえ差別概念があると言って「女性」になったんだが、そのかわりにLADYの訳語=女性への敬称を失ってしまったのがフェミニズムの一つの成果ですな。


まあさらにもう一つの死語「進歩的」という言葉でかつて文化はひとくくりにされた。対立概念は「保守」あるいは「封建的」ですな。


腐れトンキンマスゴミはいまだにこの「進歩的」という埃のかぶったゴミ概念を錦の御旗だと思っている。


進歩的な連中がつねに掲げる「弱者保護」なんだが、この弱者の設定は極めて恣意的。女性であったり子どもであったり、被差別民であったり外国人やLGBT=変態性欲者であったり。まあ今回の報道から漂う悪臭はいかがわしい「進歩的」価値観の押しつけだからでしょうな。


まあさらに最近の進歩的な言論は、ちゃんと新自由主義への誘導があることも知っておいたほうがいいでしょうな。
伝統的価値観を壊す、ということ意図は最終的には民族解体だということですな。


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