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徽宗皇帝のブログ

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世俗主義・ライシテ・セキュラリズム

ウィキペディアから引用。
フランスの首相が「テロとの戦争」を宣言したとき、「世俗主義と表現の自由を守る」と言ったのが心に引っかかり、「世俗主義」とは何だ、と思って調べると、かつて「つれづればな」の尾崎文美氏が前後2回の論文で書いていたあれか、と分かった。もっとも、その時にはそれがタイムリーな問題点となるような社会情勢でもなかった。と言うより、日本人にとっては関心を引かない話題だったので、私もその小難しそうな論文は読まなかった。シャルリー・エブド事件が起こり、欧州とイスラム世界が鋭く対立しつつある今なら、読むべきものだろう。
その尾崎文美氏の論文も転載してもいいが、興味のある方はご自分で探せばいいことだ。
なお、「世俗主義」という訳語は良くないと尾崎氏は書いていたが、私も同感である。「政教分離原則」というのが一番いいが、ライシテ(これはフランス語で、英語ではセキュラリズムと言うらしい。)という概念はそれよりもう少し幅広く、一般的な政治の場面だけでなく、社会活動全般における公の場での宗教性の排除の原則を言うらしい。
ここではライシテが持つ異人種異民族抑圧の側面などについて論じることまではしないが、はたしてライシテは絶対的・普遍的な社会的原則であるのか、考える必要はありそうだ。もちろん、宗教自体の持つ抑圧性、非人間的側面、他者排除の欠陥に比べて、公の場から宗教的色彩をできるだけ排除するのは優れた原則ではあるだろう。だが、行き過ぎたライシテは宗教への侮蔑となり、今回のシャルリー・エブド事件につながったのではないか。つまり、ライシテの原則において、宗教は常に抑圧されるべき存在であり、それに対して無制限な「表現の自由」が傍若無人にはびこるという現状があるのではないか、ということだ。


(以下引用)




フランスの政教分離(ライシテ)[編集]

フランスの政教分離はライシテ (laïcité) の原則に基づく。ライシテとは非宗教性、世俗性、政教分離等の概念を含んだフランス独自の原則で、国家をはじめとする公共の空間から宗教色を排除することで、私的空間において信仰の自由を保障する。ライシテと政教分離は等しい概念ではないが、ライシテの概念を理解することがフランスの政教分離を理解することにつながるので、しばしば同一のものとして扱われる。


ライシテの語源は、ギリシャ語のラオス (laos) =聖職者に対する民衆、の意味でラテン語のライクス (laicus) を経てフランスに入り、1870年代にライック(laïcもしくはlaïque)=宗教的信仰から独立した、という形容詞から1870年代に形成された。ライシテは、第三共和制の時代に主に教育現場からのカトリック色の排除という形ですすんだ。ジュール・フェリー教育相は1881年に公教育を無償化するとともに、1882年には初等公立学校の現場から宗教教育を排除し、諸科目の筆頭に道徳と市民教育を掲げる法律を制定した(ジュール・フェリー法)。この法律は、学校に週一回の休みを設けて学校外で教会の教育を受けられることを保障するなど教会教育にも配慮したが、教室からは十字架像が徐々に撤去されるなど公立学校の宗教色は薄められ、1886年には公立学校の教師から聖職者が排除された(ゴブレ法)。1898年に起こったドレフュス事件に乗じてカトリック勢力が発言力を強めると、共和国防衛内閣を組織したピエール=ワルデック=ルソーは1901年修道会を認可制にし修道会系教育機関の設立許可制を導入。1902年に首相となったエミール・コンブはカトリック系学校約12,500校を閉鎖。非聖職者による再開や公立学校への吸収を実施した。これは教会財産の国家接収を意味し約3万人の修道士女が国外へ亡命した。1904年にエミール・ルベ大統領がイタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世を訪問するとローマ教皇庁はフランス政府と国交を断絶した。


カトリック派と反教権派の対立が激化するなか、1905年「教会と国家の分離に関する法律」(Loi de séparation des Eglises et de l'Etat) が成立。信教の自由の国家による保障と国家の宗教への中立性を明確にし、ライシテは一定完成した形となった。


ライシテが憲法に規定されたのは、1946年第四共和制憲法である[注釈 9]1958年成立の第五共和国憲法に引き継がれ、現在にいたっている[注釈 10]

宗教的な少数派[編集]

フランスでのムスリムのスカーフ着用禁止など、政教分離原則の適用が多数派による少数派への圧力として作用してしまうこともある。ただし、フランスの場合学校は全ての宗教から中立であろうとする結果として行われた処置だろうという見方をする人たちもいる。この件についてはル・モンド誌がヨーロッパ各国の反応を掲載した記事があり日本語訳も入手可能である。またフランスはライシテ(laïcité、 宗教からの独立)の原則を遵守しつつカルト的団体に対処するためセクトという概念を持って犯罪性の部分のみに対処するという方向性を打ち出した。これを、建前だけ立派で実質は少数派と異文化への弾圧とする人達と、逆に犯罪被害に対する良質かつ控えめな対処として賞賛する人たちに別れ議論を巻き起こした。フランス政府の行政資料(日本語訳もある)を根拠に犯罪対策が中心に行われ異文化排斥の側面は弱いと見る人もいる。また研究者達の間では異文化排斥の側面が極めて弱いとの意見が主流だと語る専門家もいる。


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